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くるみ

シュウト



第六話:HGの謎





 人を平気で待たせるくせに、自分が待つのは嫌いなミサトさんは、約束した時間に家に居なかったのを加持さんに怒った。
 ミサトさんの怒りには残業になるかもしれないところを頑張って仕事を終わらせてきたからというのもある。
 僕とアスカは、アスカが加持さんのツリーハウスのことをミサトさんに報告したおかげで怒られずに済んだんだ。
 でも、そのせいで加持さんはミサトさんに「ふうん。そんなもの作ってなにがしたいのかしら?私が嫌なのかしら?」と怒られ、その加持さんは告げ口したアスカではなく僕を睨んだ。
 やっぱり加持さんは怒ると怖そうだ……。
 アスカは怒られている加持さんを見てニヤニヤ笑っている。
 30分くらいの説教の後、僕たちは父さんの幽霊について会議を始めた。
 あ、ちなみに僕は加持さんに怒られずに済んだんだ。
 ミサトさんが、加持さんが僕を睨んでいるのを見つけ、叱ったから。
 ミサト様様だよ、本当。

「まず、HG……いや、司令の幽霊はどうして現れたのか、考えましょ」

 ミサトさんが言った。
 途中で言い直したのは、いつ父さんの幽霊が現れるか分からないからだと思う。
 今朝みたいなことが起こってしまうかもしれないもんね。

「ミサトには話していないけど、あたしとシンジで加持さんのツリーハウスに向かっているときに森の中で司令と会って話したの。その時に言ってたわ。『私はユイとの約束を果たすだけだ』って。ユイっていうのは、シンジのお母さんよね?」

「そうだよ。そして、その約束には僕が関わっているらしいです。母さんと父さんのその約束の内容と僕が全く関係ないかもしれないじゃないかって言ったら、それはあり得ないって言っていました」

「違うでしょ。『それはありえない。……ユイはお前を愛しているからだ』、でしょ」

 アスカが父さんの口調を真似て言った。
 あまり似てないけど、真似ようとしているアスカに僕は笑った。
 その笑っている僕にミサトさんは「シンちゃんは良いわねぇ。いろんな人からモテモテで。ね、アスカ?大変よねぇ」なんて言って僕をからかった。
 なんでアスカの名前が出てくるのか僕には分からないけど、アスカはミサトさんを睨んでいた。 
 加持さんはと言うと、真剣そのものといった顔つきだった。「それで?」と先を促した。
 きっと加持さんは僕たちには言えない色々なことを考えているんだ。

「とにかく、誰かを呪いに来たわけじゃないみたいだったわ。シンジには取り憑くって言ってたけど」

「そうか……。司令がユイさんと約束したってことは会ったってことだから……」

「だから?だからなんなのよ、加持?」

「いや、言えない」

「はぁ?なんでよ?!」

「これ以上言うと俺の身が、な」

「はぁ?」

「ミサトさん、僕たちが説明しますから、加持さんには訊かないでください」

 僕たちはミサトさんに森の中での話を話した。

「ふうん。無、ねぇ」

「多分、司令は相当なリスクを背負ってきていると思う。通常の霊は、霊感の強い人間にしか見えないんだが、アスカはともかくシンジ君に見えているということは……」

「「「ということは?」」」

 僕とアスカとミサトさんが言った。
 三人の声が綺麗にユニゾンして、僕たちは顔を見合わせて笑った。
 でも、その前にどういうイミですか?
『アスカはともかくシンジ君に見えているということは』っていう一文は。
 でもまあ、加持さんの言う通り、霊なんて見たことないから霊感なんてないに等しいくらいなのだろうけど。

「いや、スマン。これ以上は俺の身が、な」

「肝心なところがこれなんだから。大体死んだら身なんてないでしょ?」

 ミサトさんが言った。

「おいおい。それがもうすぐ夫になる男に言う言葉かよ」

「はいはい。申し訳ありません。あ・な・た」

「加持さん、ミサトなんかやめて他の人と結婚すれば?こんなガサツで口の悪い女なんか放り出してさ」

 と、冗談っぽくアスカ。

「うん。考えておくか」

 と、乗りかかる加持さん。

「ガサツで口の悪いのはアスカも同じでしょ?!」

 と、顔を怒りで赤くしたミサトさん。

「ハァ?あたしがズボラで口が悪いですって?あんたあたしと何か月も暮らしてて何も分かってないじゃない。あたしほど繊細で優しい女はいないわ」

「へぇ。アスカが世界で一番繊細で優しい女なんだぁ。だったら地球上の全ての家の中や結婚した男たちは大変なことになっているでしょうねぇ。みんながみんなシンちゃんみたいに優しいワケじゃないのよ?」

「ミサト?あんたあたしの部屋見たことあるの?ないからそんなことが言えるんでしょ。そして人のことをどうこう言う前に自分を直しなさいよ!さらになんでシンジの名前がその流れで出てくるのよ!」

「ほらほら。そこら辺で葛城もアスカもやめておけ。それで、聞いた話では葛城が持っていた絵が司令に奪われて破かれたそうじゃないか。霊がものに触れられるなんて、滅多なことじゃないと……」

「「滅多なことじゃないと?」」

 ミサトさんとアスカの声が綺麗にユニゾンした。
 二人はにらみ合い、お互いにぷいっと顔を背けた。
 もう仲が良いんだか悪いんだか……。

「スマン。これも言えないんだ……」

「全く。使えないわねぇ」

 ミサトさんが愚痴をこぼした。
 今ふと思ったんだけど、加持さんが霊のこととか憶えているのは良いことなのかな?
 あの世的に。

「そう言えば、絵を破った後何か言ってたわねぇ」

 今加持さんが(言い切ってはいないけど)言ったことだって生きている人からすれば新しい知識だ。
 もしかしたら加持さんは死んだら無に送られてしまうかも。

「確かに言ってたわ。なんだっけ?『力を使いすぎた』、だったっけ?ねえ、シンジ」

 そうなったらどうしよう?
 僕が助けを求めたせいで加持さんが無に行くなんて。

「ちょっとシンジ?」

 無に行ったら一人ぼっちで蘇りができないんだっけ?
 それにしても、蘇りってなんだろ?

「シンジ?」

 生き返ること……なわけないだろうし(生き返ることが加持さんの言う蘇りなら、僕やみんなはゾンビだということになってしまうと思って僕は鳥肌が立った)、生まれ変わりのことかな?
 訊いてみても……多分加持さんは答えられないんだろうな。

「シンジったら!」

「ん、どうしたのアスカ?」

「もうっ!さっきから呼んでたのに一人で考え込んじゃって」

「ご、ごめん。それで、どうしたの?」

「だーかーらー。今朝司令の幽霊が、消える前に『力を使いすぎた』って言ってたわよね?」

「ええと、多分言ってたと思うよ」

「力……か」

 加持さんが呟くように言った。

「何の力なの?」

「すまん、言えない。……だが、司令はやはり相当なリスクを背負って、特別な方法でこの世に来ていると見てまず間違いないだろう」

「でも、その言葉から推測するに、きっと司令の幽霊は力を使うとものに触れたりできるってことでしょ?それで、使いすぎるとどこかに行って回復するんじゃない?今朝みたいに」

 アスカが言った。

「そうね。今のところ、それくらいしか考えられないわね」

「そもそも、なんで僕とアスカしか父さんの幽霊を見れないんでしょう?」



……………………



 僕たちは延々と同じような話をして結局あまり成果を見つけられないままだった。
 9時になると僕とアスカはコンフォート17に帰った。
 え?ミサトさん?
 ビールの飲み過ぎでべろんべろんに酔っ払ってそのまま泊まっていくことになったんだ。
 それだけの理由でミサトさんは泊まることになったんだけど、僕とアスカはなんとなく大人な雰囲気を感じて帰りの道や電車は、やはり気まずかった。

☆彡


 家に着くと、ポストに手紙が入っていた。
 だから僕は先に家に入って冷蔵庫のアイスの棚を開けたアスカに手紙が来ているよ、と呼んだ。
 この家のポストに入れられる手紙の99%アスカに宛てられたものなんだ。
 僕には手紙なんて来ないし、そもそも僕は父さんからのあの手紙しか14年間の人生でもらったことがない。
 ミサトさんにはときどき税とかそういう手紙が来るだけ。
 そんな僕たちに対してアスカにはドイツのお母さんからの手紙が多い時には週に2回、少なくても2週間に1回は来る。
 ドイツ語(多分)で書いてあるから内容を見れたとしても、さっぱり分からないだろうけど、きっとアスカを心配しているんだと思う。
 ちょっと羨ましい。
 本当のお母さんじゃないらしいけど、そうやって遠くの国にいても心配してくれている人がいてくれるアスカが。
 とにかく、そんなわけでこの家でポストに手紙といったらアスカなんだ。
 だから僕はアスカを呼んだわけ。
 ただ、真っ白の封筒に入っているし、その封筒の厚さが薄いという点でいつものアスカ宛ての手紙と違っているから僕は不思議に思った。
 アスカ宛ての手紙の入った封筒は、花の柄なんかがあっておしゃれだし、手紙の枚数が多いのだと思う、なかなか厚いんだ。
 僕は手に持った封筒をひっくり返してみた。
 それはなんと僕に宛てられたものだった。

「ごめんアスカ。僕宛ての手紙だったよ」

「はぁ?なんでよく見ないのよ!」

「ご、ごめん」

 アスカは使徒と戦っていた時は本当の母親じゃないからどうのって言っていたけど、お母さんからの手紙を楽しみにしている。
 その証拠に手紙を読んでいるときになにやらドイツ語で笑いながら言っているし、なにより手紙を読んだ後は機嫌がよくなる。
 まさに神様からの手紙だよ。
 手紙を読む前にどれほど喧嘩していても、手紙を読んだ後だとアスカはコロッと機嫌を直しちゃうんだ。
 だから、アスカが怒るのも無理はない。

「ふん、まあいいわ。それにしてもあんたに手紙なんて珍しいじゃない。誰から?」

「えーと………。うっ!」

 僕はその名前を見た瞬間凍り付いた。
 本当に凍り付いたように動けなくなった。
 ど、どうしてあの人から手紙が……?
 中身はどんなことが書いてあるんだ……?

「どうしたのよ?誰からだったの?」

 僕はアスカの言葉が耳に入らなかった。
 少し震えながら封筒を開ける。
 3つ折りにされている無地の手紙を開く。
 僕の横からアスカが覗き込む。

『出て行ったきり手紙もよこさず顔も出さず
 この恩知らずめ
 もうすぐ夏休みだろう?
 〇月△日に来い
 二泊三日で部屋を用意してやる
 友人を連れてきても構わない』

「女からのラブレターかと思ったら、なんなのこの不愛想な手紙は?」

 アスカが言った。
 ラブレターなワケないじゃないか、と僕は言った。
 僕たちは玄関からリビングに移動した。
 遂に来てしまったかぁ。
 手紙を出さなかったのは悪いし、出さなかった理由も忘れてたからっていう理由だから僕が一方的に悪いからしょうがないと言えばしょうがないんだけど……。

「先生からの手紙だよ」

「先生?先生ってあんたがここに来る前に一緒に暮らしていたっていう?」

「うん。第2東京で、小さい旅館をやっているんだ」

「へー」

 アスカはあまり興味がなさそうに言った。

「で、あんたこの日に行くの?夏休み初日じゃない」

「まぁ、こんな手紙が来ちゃったら行くしかないし……」

「なら、あたしも行くわ」

「ええっ!なんで!?」

「だって手紙にも書いてあるじゃない。友人を連れてきてもいいって」

「で、でも……」

「なに?あたしに来られちゃまずいことでもあるワケ?」

 僕は考えてみたけど、そんなものはなかった。
 確かに、先生と僕の2人きりになるのは嫌だから、アスカに来てもらうのはいい案かもしれない。

「いいよ。アスカが行きたいなら」

「イヤッホー!それで、その旅館には温泉はある?」

「まぁ、あることにはあるよ。小さいし、僕は入浴したことはないけどね」

「どうして?そこに住んでたんでしょ?」

「お客専用だからだよ。僕はその温泉には掃除でしか入ったことはないんだ。でもきっと、アスカが来れば入らせてもらえるかもしれないね」

「あ、なら、ヒカリも誘っていい?」

「いいよ。多分。じゃあ僕はトウジとケンスケを誘おうかな」

「げー。……まあいっか。あの熱血バカとヒカリの絡みも見れるかもしれないし」

「トウジと委員長がどうかしたの?」

「あんたって本当にバカぁ?」

 なんで僕が馬鹿にならなくちゃいけないんだろう?
 それを聞こうとすると、アスカはお風呂へ向かってしまっていた。
 一人になった僕はペンペンに生魚を一匹与え、自分の部屋のベッドに寝転んで目を瞑った。

「先生、か」

 思い出す平穏な日々。
 でも、その日々には何もなかった。空っぽだった。
 先生は良い人だけど、僕のあそこでの生活は色彩にかけていたと思う。
 僕は目を開けた。
 あそこに戻りたいとは思わない。
 僕はこの第3新東京で大切な人たちと出会って、喧嘩したり、仲直りしたり、笑ったり、命令されたり、生き方を学んだり、泣いたり、そして、傷つけもした。
 何回もあそこへ帰ろうとした。
 でも、結局帰らなかった。
 あそこに帰ることは逃げることだったから。
 だから、先生には悪いけど、もうあそこには帰らない。
 僕はこの街でみんなと生きていくんだ。

☆彡


 その夜、コンフォート17中に女の叫び声が響き渡った……。



くるみ 第六話 ――― 終 ―――





 次回から先生編が始まります。
 それにしても、「先生」という呼び名からして学校の先生だったのでしょうか?
 オリキャラはできる限り出したくないのですが、先生はオリキャラなのでしょうか?
 どんな人かも説明されていないし……。
 さぁーてこの次もサービスサービスゥ!!

2014729 シュウト.