NO.7
くるみ
シュウト
第四話:二人の勇気
☆彡 ☆彡 ☆彡 くるみ 第四話 ――― 終 ――― 2014723 シュウト.
僕たちは加持さんのツリーハウスに向かっているんだけど、ときどき肩とか、ひじが隣を歩くアスカに当たってその度ドキドキするんだ。
夏だからもちろん二人とも半袖で薄着だし、特にひじなんかは直に当たって、それがアスカのひじがすごく熱いんだ。
いや、僕のひじが熱いのかもしれないけど。
ひじから体全体に広がっていく感じで体が熱くなっていく。
森の中だから涼しいはずなのに。
繋いだ手にはうっすら汗をかいてしまった。
それでもアスカは手を離す気がないみたいだ。
この森は少し薄暗い。
背の高い木が、太陽の光を遮断してしまう。
ときどきなにかの拍子に僕たちに見せる木漏れ日がとてもきれいなんだけど、あまりそんなのに気が配れないほど不気味なんだ。
木の陰からお化けでも出てきそうだ。
それにしても。
「アスカ、ちょっと近すぎじゃない?」
アスカはほとんど僕にくっついていた。
僕としては異論は決してない。
だって、性格は置いておいておいてもこんなきれいで可愛い女の子が自分から体を寄せてきてくれるんだもん。
これで嬉しくない男なんて珍しいと思う。
でも、アスカは僕のことを別に好きじゃなさそうだし、こんなにくっついていいのかな、って思ったんだ。
だって、太ももと太ももがぶつかるようになったんだよ。
これで街を歩いていたら、完全にアツアツのカップルじゃないか……!
「これで、いいの」
アスカは不愛想にそう言った。
そしてむしろ体を近づけてきたんだ!
完璧に腕と腕が密着してるよ!
それに、ああやっぱりアスカはいい香りがする。
どこからそんな香りがするんだろ?
顔を見てみると、アスカはなんだか怯えているような顔をしていた。
怖がっている……のかな?やっぱり。
「シンジ。」
不意に聞こえる音に僕たちは足を止めた。
小さな、低い音だ。
僕たちはその音源の方向を見ることができなかった。
鳥肌が立ち、今まで熱かった体はすっかり冷めてしまって、背中と胸に気持ち悪い冷や汗が流れた。
さ、寒い……。
「シンジ。」
僕たちが立ち止まっていると、またその音が聞こえてきた。
今度はその声が近くなっている。
後ろの方からだ。
なんなんだよ、これ!
アスカは強く僕の手を握った。
少し痛かったけど、そんなことはどうでも良かった。
「シンジ。」
「きゃああああああああああああ!」
「うわっ!」
今度は、アスカ側の耳元からはっきり聞こえた。
僕はむしろ、アスカの驚きっぷりにびっくりした。
うわっ、っていうのは、アスカが僕に飛びついた時の僕の声だ。
そのあとアスカは僕にきつく抱きついてきたんだ!
アスカは僕の胸でよく分からない言葉(多分ドイツ語!)で大声を上げるから、すこしくすぐったい。
でも、嬉しいし、心臓の鼓動がアスカに知られていると思うと、もっとドキドキしたし、恥ずかしくもなった。
「そんなに、私が怖いか。」
アスカは顔を上げ、助けを求めて上目づかいで僕を見た。
か、可愛い……。
顔は赤くなり、その大きな瞳には涙も浮かんで、この暗い森の中でもキラキラ輝いている。
「答えろ。」
「こ、怖い……です」
アスカは僕を抱きしめながら、その音源を首を曲げて見て言った。
音源は、やっぱり父さんの幽霊だった。
アスカの返答を聞くと幽霊は近づいてきた。
幽霊は幽霊だから、歩くんじゃなくて立ったまま平行移動してきたんだ。
それを見るなりアスカは僕の胸に顔をうずめて、僕を父さんに対しての盾にしようとした。
僕は二つの勇気をだして、まず、大雨の時にベランダで雨宿りする少し濡れてしまった小鳥のようなアスカの背中に手を回して、思い切って抱きしめた。
次に、父さんに向かって言ったんだ。
「アスカにはなにもしないでよ、父さん!なにかするんだったら僕だけにしてよ!」
我ながら男らしい発言だと思う。
似合わないかもしれないけど。
アスカは僕の胸から顔を離し、僕の顔を見上げて小さな声で僕の名前を呟いた。
でも僕は、父さんの幽霊から目を離さなかった。
何をされるか分からないから、というのと恥ずかしいというのがあったから。
「私はユイとの約束を果たすだけだ。惣流君には、もし惣流君がその約束に関わりがないなら私はなにもしない。だが、シンジ。私はお前には取り憑く。」
「そ、そんな……。僕が母さんと父さんの約束とは全く無関係だったら?」
「それはありえない。……ユイはお前を愛しているからだ。」
父さんの幽霊は急に僕を睨んで言った。
その声にはもともと十分すぎるくらいあるのに、もっと凄みがのっかかって鳥肌が立った。
しかも母さんが僕を愛していることは母さんと父さんの約束とは無関係ではないことのなんの理由にもなっていない。
「それはそうと、なんでお前たちはこんなところにいる?探すのに少し苦労した。」
「父さんのことを、加持さんと相談するためだよ」
「何故、加持君なのだ?」
「最初はリツコさんのところに行ったんだけど、父さんのことを信じてくれなかったんだ。だから加持さんなら信じてくれるし、ちゃんとアドバイスをくれると思ったんだ」
「赤木博士……?」
「……父さん?」
「いや、何でもない。……それで、お前は私をどうしたいのだ。」
父さんの問いに、僕は何も答えることができずに考えた。
僕はこの父さんの幽霊をどうしたいんだろう?
別に、もう父さんを恨んでいるわけじゃない。
サードインパクトのとき、僕は父さんの心を見たし、見られた。
ただ、言っておかなきゃならないのは、全部を見たり見られたりしたわけではないということ。
僕が父さんの心を見た時に分かったことは、父さんは、母さんが死んでもずっと好きだったってことだ。
僕にきつく当たっていたのは、赤ん坊の僕を母さんは可愛がっていて父さんにあまりかまってくれなくなったから。
つまり、それって嫉妬だ。
僕はそれを知って、父さんに呆れた。
その呆れはサードインパクト後に僕を笑わせたんだ。
母親が自分の子ども、しかも赤ちゃんが可愛いのは当たり前じゃないか。
人間はそういうようにできているんだから。
それなのに、父さんは自分の赤ちゃんの息子に嫉妬していたんだよ。
あんな顔とあの雰囲気で。
笑う以外ないよ、本当に。
それに、最後に父さんは謝ってくれた。
だから、恨みはない。
前にアスカにこのことを言ったことがあるんだ。
アスカはからかったりせずに、真面目に聞いてくれた。
「普通じゃないのかな、僕」
僕はアスカに訊いたんだ。
だって、色々とひどいことをされたのに一言謝られただけで心のわだかまりのすべてが消えてしまったんだもの。
「別に、あんたが良ければそれでいいんじゃないの?あたしもそう思ったら、パパともママとも仲良くなれたしさ」
アスカは、サードインパクト中に父親や今の母親と心を通わせたらしい。
その結果、アスカはドイツに一週間行って本当の家族のようになれたらしいんだ。
アスカが言うんだ、きっとその通りだ。
それでも、母さんに会いたいがために人類にあんなことをするのは悪いことだ。
それに、綾波もかわいそうだ。
でも、父さんは死んでいるから僕は何もできない。
「僕は父さんを成仏させてあげたい」
僕が言うと父さんの幽霊は、僕をじっと見つめた。
多分、これが僕の気持ちだ。
昨晩と同じような、吸い込まれそうな目で僕を見つめてくる。
なんだろう。少し、表情が明るくなったような気がする。
そして、いつの間にかこの幽霊への恐怖はなくなっていた。
「そうか。」
しばらくそうしていると、父さんがそう言った。
また静かな間が空いた。
僕は何をしたらいいのか考え、父さんはじっと僕たちを見下ろしていた。
「碇司令。司令は、あたしたちを呪いに来たわけじゃないんですよね……?」と言った。
「そうだ。」
おそるおそる僕の胸の中のアスカが訊いた。
そして、父さんの返事を訊くとアスカは僕から離れてしまった。
失った温もりに僕は悲しくなった。
温かい太陽が黒い雲に隠されてしまったように。
アスカは慎重に訊いた。
「司令。シンジのお母さんと司令の約束はどんなことなのですか?」
「それが、思い出せないのだ。」
「…………………………はぁ?」
アスカは言った。
あんなに怖がっていたのに、どうしてそんなことが言えるんだ!
それに相手はあの父さんだよ?
怖がり過ぎて吹っ切れたの?
ほら、父さんの幽霊がアスカを睨んで……る?
ただ見つめているのか、睨んでいるのか分からないよ。
でも、怖いのは確かだ。
それなのにアスカは腰に手を当てて、父さんの幽霊に指を突き付けて言った。
そう。まるで僕に向かってするように。
「なんで大事なところを憶えていないのよ!親子そろってそういうところ抜けているんだから!」
「ア、アスカ?」
「頑張って思い出しなさいよ!ほら、シンジも言って!別に呪われるわけじゃないのよ。それに相手は幽霊。幽霊がどんなことをしてもあたしたちには触れないのよ」
アスカが僕の背中を押した。
物理的にも、精神的にも。
ちょっと力強くて、僕は前につんのめっちゃったけどね。
はは、アスカらしいや。
……うん、でもやっぱりあの弱々しいアスカもいいけど、いつものアスカの方がいいや。
そりゃあいつでもこうだとちょっと勘弁してほしいけどね。
アスカは僕を手伝ってくれるのかな。
……………父さんの成仏を。
「父さん!思い出してよ!」
僕は思い切って言った。
なんだか少し、恥ずかしかった。
父さんを見ると、父さんは、まったく動いていなかった。
僕たちを見下したままだ。
「……フッ、シンジ、また今度だ」
「ちょ、ちょっと!」
父さんが消えようとしたから、僕が止めた。
でも、父さんは言ったんだ。
「お前たちを見ていても思い出せそうにない。一人でじっくり考えてみよう」
父さんはそれだけ言って指をパチンと鳴らして消えてしまった。
もう何が何だか分からない。
父さんが消えるなりアスカは腰が抜けたように座り込んじゃったんだ。
アスカはすごく疲れていて、「立てな〜い」なんて言ってる。
でも、冗談じゃなくて本当に立てなそうだ。
なんで立てなくなっちゃったんだろ?
父さんがいるときはあんなにいつものアスカらしかったのに。
勇敢で、堂々としていて、僕の背中を押してくれるくらいの余裕があったのに。
ああ、木漏れ日がアスカの金髪を照らすと、キラキラ光ってきれいだ。
薄暗い中でキラキラ光るアスカは、なにかの劇のお姫様のようだ。
スポットライトだけが唯一の灯りで、その行先には座り込んでしまったお姫様が他国の王女様と結婚してしまった王子様を思って悲しんでいる……みたいに。
僕はしゃがんで、座り込んだアスカの顔と同じ高さに顔を持って行って言った。
「アスカ、大丈夫?」
「ちょっと休ませて。ああっ、筋肉痛になったみたい。なんでこんな状態になるのかしら?」
アスカはそう言うと、曲げていた足を大きく動かしながら伸ばしたんだ。
そのときにチラッと見えそうだったんだけど、いかんせん暗い森の中だから、黒い影が邪魔になって見れなかった。
バレないようにしないと。
見ようとしていたなんてバレたらいくらアスカがこんな状態でもどうにかして僕に制裁を下すよ。
「アスカ、よくあの父さんに向かってあんなこと言えたね」
僕が考えていたことを忘れようとアスカに言っても、何も返さなかった。
その後、アスカが立ち上がると僕たちは再び加持さんのところに向かった。
もう手を繋いでいないのが、寂しいんだけどね。
でも、手を繋ごうなんて言えるはずがないじゃないか。
「司令がね、シンジのお母さんにぞっこんだったって分かったら、急に勇気が湧いてきたっていうか、言っても大丈夫だって思えたの。それに司令もあんたも女の尻に敷かれるタイプだと思ったのよ。誰かさんみたいに」
僕は何の話だろうと思ったけど、さっき僕が訊いた質問に対する答えだというのに気付くのにはそれほど苦労はしなかった。
「どうしてそう思ったの?」
「勘」
「勘、かぁ。でも、アスカの勘って当たりそうだな。あ、そういえばアスカ、やっぱり怖がってたじゃないか」
僕は、言ってから後悔した。
制裁が下される!
「……し、シンジこそよくあんなことが言えたわね」
「へ?何のこと?」
アスカの言う「あんなこと」が分からないよ。
なんだろ?父さんに思い出してよって言ったことかな?
結構勇気を出したんだよね。
アスカに褒められるなんて!なんだかうれしいような……。
「分からないんだったらいいわよっ!もうっ!」
あれ?急に怒り出した。
なんなんだよ、もう。
「さ、ドンドン行きましょ!歩くの遅いわよ、バカシンジ!」
「ゆっくり歩けって言ったの、アスカだろ」
「そんなのとうの昔のことじゃない。早く加持さんのところに連れて行きなさいよ!ほら!」
とうの昔って、まだ十分もたってないじゃないか。
僕はムッとしてそう思ったんだけど、アスカに手を握られて僕はドキッとした。
やっぱりアスカの手は温かくて、柔らかい。
ああ、ずっと触っていたい……。
僕ってゲンキンな奴だな。
「かーじーさーん!」
「かーじさーん!」
僕たちは無事にできかけのツリーハウスに着いたんだけど、なんと加持さんはいなかったんだ。
もしかしたら木を取りに行ったのかもしれないってここで加持さんを呼んでいるけど、もし加持さんは森に来たんじゃなくて、家からスーパーに買い物に行っていたとかだったら僕はアスカに殺されるだろう。
こんな山奥だ。誰も助けてはくれない。
だから必死に加持さんの名前を呼ぶ。
「それにしても、加持さんいいところ見つけたわね……ちょっとシンジ?なにやっているのよ?」
アスカが口を開いた瞬間、僕は怒鳴られると思って体が勝手に逃げようとした。
そうしたら足元の石に転んじゃっていたんだ。
アスカはそんな僕をみて大爆笑。
僕は恥ずかしくなって、ムッとして立ち上がった。
でも、アスカの機嫌が悪くないならいいか。
うん、確かにいい場所だ。
作りかけのツリーハウスは、さっき僕らが来た森から抜けた小さな草原の真ん中にポツンと立っている大木の上に作られている。
日光が直接当たるのに、心地いい風のおかげで全然暑くない。
それに、遠くに見える山の輪郭も綺麗なんだけど、カッコいい。
ここも標高が都市に比べて高いから、第三新東京市が一望できる。
加持さんの求めていた心の平穏と静かな場所は、ここで満たされる。
ときどき聞こえる鳥の声と風の音、あとその風で草が揺れてサワサワと鳴るくらいしか音はないんだ。
「ヤッホー!」
ようやく笑いがおさまったアスカが叫んだ。
そしてニコニコしながら僕を見た。
それの示すことを理解した僕は、立ち上がって、アスカより大きな声で言った。
負けないよ?
「ヤッホー!!」
僕がアスカを勝ち誇ったように見ると、アスカは眉をひそめて僕より大きな声で言った。
「ヤッホー!!!」
そんな子供みたいなことを僕たちはずっと繰り返していた。
物語の進行が遅いなァ。
でも4000〜6000字の間って決めているからなァ。しょうがないなァ。
それにしてもシンジ、鈍感すぎますかね。アスカももどかしいでしょう。
次は、加持さんと話し合います。
では、ごきげんよう(笑)