NO.7



くるみ

シュウト



第三話:Please stand by me…





「いい?リツコ。よく聞いてよ。それが、その……出たのよ」

「私はよく聞いていたけど、あなたのその説明ではあなたの言わんとすることが全く分からないわ。もっと、詳しく教えてもらわないと」

「分かったわよ。それが……HGの幽霊が出たのよ」

「ごめんなさい。私はよく聞いていたんだけど、私が馬鹿なのね。あなたが何を言っているか分からないわ。本当にごめんなさい」

「ほらぁ!シンちゃんにアスカ!やっぱり信じてくれないでしょ?」

「リツコさん、お願いです!信じてください!本当に父さんの幽霊が出たんです」

「シンジもミサトも嘘は言っていないわ!あたしも見たもの」

 リツコさんは、コーヒーを飲み、何かの資料を読みながら僕たちを聞き流していた。
 リツコさんはまるで興味がないみたいだ。
 あ、何か書き出しちゃったし。

「あのね、私はあなたたちみたいに暇じゃないの。いえ、ミサト、あなたは今日忙しいはずよ。それにシンジ君とアスカも学校に行かないでこんなミサトの遅刻の言い訳を手伝って……。いくら保護者がこんなだからってふざけるのにも限度があるわよ」

 リツコさんは、一切僕らを見ずに言った。
 まあ、しょうがないよね。
 僕がリツコさんの立場だったら、忙しいのにこんな非現実的なことをいくら熱っぽく言われても信じられないもん。

「リツコ、信じて。リツコしか頼れる人、いないのよ」

 ミサトさんが甘えるような声で言った。
 でも、確かにリツコさんに断られたら八方塞がりだよ。
 知り合いでリツコさん以上になんて言えばいいんだろ、安心感、かな?
 それを与えてくれる人は多分いない。
 リツコさんがAだと言えば、みんな「ああ、これはAなんだな」と確信してしまうような感覚に陥ってしまうんだ。
 絶対的なオーラ。

「加持君は?加持君なら信じてくれるんじゃない?彼、暇そうにしてたし。」

 ああっ!加持さんを忘れてた。
 そうだね、加持さんならリツコさんと同じくらい冷静だし、きっと僕たちの言うことを信じてくれるよ。
 それに暇しているんだったら、煙たく思われることもない。
 万が一忙しかったとしても、ミサトさんが一言言えば万事オーケー。
 いつかアスカが言っていたけれど、加持さんって尻に敷かれるタイプらしい。
そういうことも考えると、リツコさんには悪いけど加持さんの方に行った方がいいかも……。

「げっ、加持かぁ……。そうね、行ってみるかぁ……。よーし!シンちゃん、アスカ!行くわよ!」

「ミサト?」

 リツコさんが低い声で言った。
 「ミサト?あなたには仕事があるのよ」、と言うところを「ミサト?」だけで済ませるんだから実に効率的だ。

「……はいはい、分かってますよー。じゃあ二人とも。先にあいつのとこ行っててくれる?そうね、私も18時ごろになったらそっちに行くと思うわ」

「それまでに終わればいいわね。日向君たち今日も残業だってぼやいてたわよ」

「げ……。もしかしたら遅れるかも……」

「はい」

「りょーかい」

僕たちは言って、リツコさんの部屋を出た。


☆彡



 加持さんは、僕たちの家の最寄駅からリニアで五駅行ったところにある古びたアパートに暮らしているんだ。
 ミサトさんはときどきそこにお泊りに行く。
 なんてったって大人だし、婚約までしているんだから、なにも悪いことじゃないんだけど、なんとなくミサトさんがお泊りして帰ってくる翌日はなんだかぎこちない空気になる。
 ミサトさんは全然気にしていないみたいだけどね。
 アスカはどうなのか知らないけど、僕はミサトさんがお泊りに行った夜、今頃加持さんと……なんて考えたりする。
 なんだかミサトさんが悪いことをしているように感じることもある。
 アスカの言う、大人の不潔な付き合いってやつに。
 早く大人になりたいな、なんて思ったり、まだ大人になんかなりたくなんかないな、って思ったり。
 でも、そんなこと考えているとアスカが僕の部屋にやってきて、ゲームでもやらないかって誘ってきてくれる。
 僕は一人でいると、ずっとそんなことを考えてしまいそうだから、いつもアスカと一緒にテレビゲームをするんだ。
 だいたいいつもアクションゲーム。
 RPGだと一緒にできるのってなかなかないからね。
 いつもアスカは攻撃力と素早さが高い近接戦闘向きのキャラクターを選ぶ。

「どんどん早くて強い攻撃を繰り出せれば、守備力なんて必要ないのよ!」

 アスカは言う。実にアスカらしい選択だと思う。
 そう言えば、アスカは言っていたっけ。

「戦いは常に無駄なく美しくよ!」って。

 アスカからすれば、守備力は無駄なのかもしれない。
 それに対して僕はいつも補助系のキャラ。
 回復の呪文とか、攻撃力とか守備力とかがアップする呪文とか使えて、ちょっとだけ強い攻撃魔法が使えるようなキャラだ。
 理由は、まぁ、僕がそういうキャラが好きっていう一番の理由と、アスカがあんなキャラを選んじゃうからなんだ。
 敵の攻撃を食らいながらも、大ダメージを与え続けるアスカの体力を呪文で回復させたり、守備力が異常に高いボスには補助呪文を使ったりするんだ。
 時には攻撃魔法も使うけどね。
 でも、これって結構楽しいんだ。

「アスカ、体力回復するからこっちに来てよ!」

「あたしがそっちに行ったら、呪文唱えている間に敵が来て全滅するわよ!あんたが来てよ!」

「ああ!死んじゃった!ちょっと馬鹿シンジ、早く蘇生呪文使いなさいよ」

「やってるよ!でも詠唱時間が結構かかるんだよな……ああっ!やられた!」

「何やってるのよバカ!もう一回行くわよ!」

「次はもっと僕のそばにいてよ」

「いるわよ!いつも!」

「回復呪文の範囲内までだよ」

「あんたもあたしの方に来なさいよ」

「了解」

 こんなふうにね。
 アスカも口は悪いけど、どうやら本気で言っているわけじゃないみたいだと最近僕は気がついた。
 アスカにバカって言われると、けっこうショックなんだよね。
 イラッとするんじゃなくて、ショックなんだよ。
 トウジにアホか、って言われたり、ケンスケにバカだなぁ、って言われるとイラッとするんだけどね。
 もちろん、その二人もアスカと同じく本気で言ってるんじゃなくて、からかって言っている……はず。
 いつもニヤニヤ笑いながらそう言ってるからね。
 対してアスカは結構真面目な顔で言っているけど、どこか相手の出方をうかがっているような、そんな気がする。
 それに、アスカは本気で思っていることを言うときには声のトーンが全く違う。
 あのとき、僕に言った「嘘ね」という言葉。
 鳥肌が立った。
 あれは本当に起きたことだったのか、それとも僕が見せられていた世界なのか分からない。
 でも、どちらにせよ、怖かった。


☆彡



 おおっと、加持さんの話だった。
 前に一度、なんでもっと僕たちの家の近くに住まなかったのか加持さんにスイカ畑で訊いたことがあった。

「まず、葛城の部屋のあるマンションの近くには、スイカとか野菜を育てられるようなところがないからだな。やっぱり女もいいけど、女よりもこういう植物の方が可愛く感じるんだよな。もう歳だな、俺も。でも、シンジ君も大人になったらやってみたらいい。都会なんかで暮らしていると、つい忘れてしまうけど心の平穏っていうのは本当に大事だぞ」

「ミサトさんといると心は落ち着きますか?」

 僕は訊いた。

「うーん。落ち着きはしないな」

「なのに、婚約したんですか?」

「ま、そういう恋愛もあるんだよ。落ち着きはしないけど、いつもドキドキハラハラしてる子供みたいなのが。でも、いつもそういうのは疲れちゃうから俺はこうして畑に来ているのかもしれないな」

「なるほど」

「まあ、あと理由を挙げるとしたら、俺は第二東京のけっこう田舎で育ったからかな。旧長野県だ。前、話した通り、俺は一人になってから親戚に育てられたんだ。その親戚がそこに住んでいたんだ。大学もそこだったし。あそこは常に静かなんだよ。都心の商店街でも、第三東京の高級住宅地レベルの静けさがあるらしいからね。ああ、そういえば、君は第三東京に来る前は第二東京に住んでいたんだっけな」

「はい。でも都心の方じゃなくて、僕も田舎だったのでかなり静かでした」

 結局分かったのは、加持さんは、心の平穏を求めて、少しでものどかなあの場所に住んでいるということと、少しでも静かな所を求めて、あの場所に住んでいるということ。
 そして驚きだったのが、先生のことを加持さんが知っていたんだ。


☆彡



「かーじーさん!あたしよ!開けて!」
 アスカがドアをドンドン、とノック―――いや、ノックと言うには強いけどとりあえずノックと言っておこう―――して言った。
 加持さんの部屋のインターホンは壊れていて、こうしないと加持さんには気づいてもらえないんだ。
 でも、加持さんは出てこなかった。

「どうしたんだろ。畑かな?」

「シンジ、加持さんの畑の場所知ってるの?」

 僕が頷くと、アスカは「じゃあ、連れて行ってよ」と言った。
 加持さんの畑は、ここから少し離れたところにあるんだ。
 森と村の境界線のあたりに加持さんは畑を持っている。
 もともと静かな村なんだけど、森はもっと静かっていうかなんていうか空気の冷たさがより音をすり減らして、時間の動きも遅くさせる気がする。
 こんなことが言えるのは、この前加持さんと森に入ったからなんだ。
 加持さんは森の奥に1人だけでツリーハウスを作ろうとしていて、僕だけには見せてあげるって言って見せてくれたんだ。
 完成した後、僕がいつでも来たいときに来れるように。
 ミサトさんには絶対言わないって約束させられたけどね。
 だから、もし加持さんが畑にいなかったら多分そこにいるのだろうけど、今はアスカがいる。
 加持さんが本気で怒ったら怖そうだな……。
 普段優しい人ってだいたいそうなんだよね。
 見た目はあんなのだけど、実際は……みたいに。

「ねぇアスカ、加持さんの怒ったところ見たことある?」

「あるわよ」

「どんなかんじ?怖い?」

「どんなかんじって……静かに起こるかんじかな。ほら、あたしたちの担任みたいに。授業中に私語がうるさいと一切授業を進めなくなる、みたいなかんじが近いかなぁ」

「大きな声で怒鳴らないの?」

「ええ。でも、迫力はあるわよ。そういう面では司令と少し似ているかもね」

「そ、そうなんだ……」
 ああっ、まずいなぁ。僕の嫌いなタイプだ。
 大人の皆さんには怒るのだったら一気に手短に怒って欲しいよ。
 そうそう、アスカみたいに。

「そういえば、いつアスカは加持さんの怒っているとこ見たの?」

「えっ……」

 アスカはたじろいだ。
 なんでだろう?
 僕が思いついたのは、プライドの高いアスカのことだから、僕にアスカが怒られたことを言うのが嫌なのかな、ってことだった。

「ドイツにいたころ、なんだけどね。加持さんにちょっと用事があって加持さんの家に行ったのよ、昼間に。……で、ドアをノックもせずに鍵が開いていたから入ったのよ……。ドアをノックしないのはその日に限ってってわけじゃないのよ。いつも加持さんの家に入るときはしていたの……。でね、中では、その、加持さんが………………女と寝てたの!」

 えっと、それって……。

「つまり、ぐっすり寝ていたのにアスカに起こされて怒ったの?」

 僕は意外だった。
 加持さんって結構寝起き悪いんだ。
 あ、でも加持さんがミサトさんがいなくて泊まりに来たときはそんなことなかったなぁ。
 加持さんの料理、美味しかったな。
 結婚したらミサトさんじゃなくて加持さんが作るのかな?
 アスカは、呆れた顔をしていた。

「そういうことでいいわよ、もう」

 なんでアスカがそんなことを言うのか、僕にはよく分からないけどアスカがそういうことでいいなら、そういうことでいいんだよ。きっと!


☆彡



 のどかな細い道を僕とアスカは並んで歩いた。
 少し暑かったけど、それでものどかな空気や鳥の鳴き声は僕を心地よくさせた。
 アスカも体を伸ばしたり、リラックスしてるみたいだ。
 途中、畑仕事をしているおじいさんやおばあさんに「見慣れない制服だねぇ」なんて声をかけられたけど、僕たちは笑って「サボってここに来たんです!」と言うと、わっはっは!って笑って「お似合いだよー仲良くやれよー」って言われた。
 僕はしばらくアスカを見れなかった。
 ……暑い。
 それで、畑に着いたんだけど、加持さんは最悪なことに畑にはいなかった。
 アスカは「加持さんいないじゃない。本当にここが加持さんの畑なの?」なんて言った。正真正銘、碇シンジの名に誓ってここは加持さんの畑でございます。
 でもどうしよう、アスカをあそこに連れて行って……怒られるよね。
 アスカならきっとミサトさんとかに教えちゃいそうだもん。
 だからといって、アスカにここにいてなんて言って僕が森に入って行ってもアスカならついてきそうだ。

「なんか、そこの森、不気味よね……」

 アスカが明らかにトーンの低い声で言った。
 彼女を見ると、俯いて、スカートのポケットに手を入れて絶対に行きたくなんかありません、って体で言っていた。
 僕は、父さんの姿をした幽霊を見た時のアスカの反応を思い出した。
 やっぱりアスカ、そういうのに弱いんじゃ……。

「アスカ、怖いの?」

 僕が言うと、アスカの肩がピクッと反応した。
 そして顔を上げて、僕に人指し指を突き付けて大きな声で言ったんだ。

「はん!あたしが?こんな森が怖いって?ははははっ!そんなわけないじゃない。なら、行ってみる?あたしは別にいいわよ。でも、底なし沼とかありそうよねぇ。それに毒蛇とかいるかもよ。毒蜘蛛とか、毒を飛ばしてくるカエルとか、握りこぶしくらいの大きさのスズメバチとか。そ、それでも行くぅ?」

 僕は少し迷ったけど、アスカがこんなこと言うんだったらどんなことをしてもアスカには加持さんの秘密をバレちゃうんだからどっちみち同じだと思って言った。

「多分加持さんはこの森の中にいるんだ」

「へ?」

「アスカ、誰にも言わないでよ。特にミサトさんには。そうしないと、加持さんに僕は怒られるから。……加持さんは、この森の奥にツリーハウスを作っているんだ」

「こ、こんな森の?奥に?」

「多分、そこにいるよ。行ってみよう。それにきっと危ない虫はいないよ」

「あ、あああんた、道は分かるんでしょうね?」

「うん、多分」

「じゃあ、さっさと行きましょ!森の中だったらきっと涼しいし」

 アスカはそう言うなりずんずん、と森の方へ行ってしまった。
 僕もそんなアスカについて行ったんだ。
 でも、森に入る前にアスカはピタリと止まった。
 僕はアスカにぶつかりそうだったけど、つま先に思いっきり力を入れて何とか耐えた。
 そして、アスカは振り返って言ったんだ。

「はぐれて遭難するの嫌だから、手を貸しなさいよ。あと、あんまり早く歩くんじゃないわよ!」

 アスカは少し顔が赤くなっていた。
 僕はドキドキしながら手を―――アスカの手を握ったんだ。
 アスカの手は熱くて、柔らかかった。
 森に入ると涼しくなってよかったけれど、僕は熱くて汗を少しかいていたから寒いくらいだ。

「ちょっと!早いわよ!」

「アスカが遅いんだろ」

「そんなことないわよ!ほら、もっとこっちに来なさいよ!」

 僕はアスカに引っ張られて、肩と肩がぶつかった。
 僕たちは、並んで加持さんのできかけのツリーハウスに向かった。



くるみ 第三話 ――― 終 ―――





 えらくお久しぶりです。色々と忙しかったのと、某ちゃんねるのエヴァ専用の場所を興味本位で覗いた結果、家のパソコンを全くいじらない日々が続きました。
 特に、某ちゃんねるの方は醜い争いと言いますか、LASだLRSだっていう口喧嘩が起きていて僕は書きこんではいないのですが、もしかしたら僕も彼らと同じかもしれないと思ってしまい、このような間をあけました。
 さて、もう分かっていただいているとは思いますが、このアスカは、幽霊とか、不気味そうなものが苦手っていう設定です。シンジの一人称なので分かりにくいですが……。(んなことないか)
 実際のアスカはどうなんでしょうか?使徒に立ち向かっていくぐらいだからやっぱり苦手じゃないんだろうなぁ。
 次回は2人が森を進んでいきます。無事に加持さんのところにたどり着けるのでしょうか。
 ぜひ読んであげてくださいね。

2014622 シュウト.




シンジは鈍い、というかもう天使(確信)
是非、読後にシュウトさんへの感想をお願いします。