NO.7
くるみ
シュウト
第二話:Don’t stand by me!!
☆彡 ☆彡 くるみ 第二話 ――― 終 ――― 2014310 シュウト.
「ええと、シンちゃん?誰におはようって言ったの?」
ミサトさんはおそるおそる、といった感じで僕に言った。
とぼけているわけじゃなさそうだ。
「ミサト、司令が見えないの?」
アスカはまだ腰が抜けているみたいだ。
当たり前だ。人畜無害な僕の部屋を開けたら、人畜有害な父さんが寝ている僕の隣に突っ立っているんだもの。
「し、司令……?司令がいるの?」
「そうよっ!シンジの横に立っているでしょ!」
「どこら辺よ?」
ミサトさんは、腰が抜けて座っているアスカを乗り越えて、部屋の電気をつけて部屋に入ってきた。
電気がつくと、僕は眩しくて目を伏せた。
でも、我慢してミサトさんを見たんだ。
父さんは僕の顔から手をどかして、ポケットに手を突っ込んでミサトさんを見下ろしていた。
ミサトさんは、父さんの目の前に立っているけど、平然としている。
本当に見えてないんだ……。
「葛城三佐。私が見えないのか?」
父さんの声も、ミサトさんには届かない。
そして、ミサトさんはもう一歩前に進んだんだ!
「うわっ!」
「いやあああああああ!」
「ど、どうしたの、シンちゃん。アスカ。私、なにか変?」
変だ。
ミサトさんは見えてないからいいけど、僕は見えるんだ。
ミサトさんは完全に父さんに重なってしまって、父さんより小さいミサトさんは完璧に見えなくなってしまったんだ。
父さんの幽霊は、全く動じない。
「……あー。分かった。あんたら2人でグルになって私を騙しているんでしょ。まったく、最近仲が良くなったと思ったらそんな悪戯してくるの?」
「ち、違います!」
「でも、嘘つくのならもっとマシな嘘をつきなさいよね。なんで司令なのよ!なんであの息子に似て不愛想な―――いや、息子が似たのか!あはは!あの髭グラサンがいるだなんて嘘をつくのよ!ははははははっ!」
「ミサトさん……」
「いやー。シンちゃんには悪いけど、あのHGが帰ってこなくてみんなホッとしてるのよ!あ、HGっていうのは髭グラサンの略ね。もー研究所では必ず司令のことをHGって呼ぶのよ。それにHGの話になると、もうおかしくって。ぐふふ……思い出すだけで笑っちゃうわ!」
「もうやめて!ミサト!」
アスカが叫んだ。
僕からは父さんの背中しか見えないけど、アスカからは父さんの顔が見えるからだ。
きっと父さんはまさに地獄の門が開くような光景が見えているはずだ。
僕は、父さんの幽霊の背中すら見る勇気なんてない。
そして僕からしたら、父さんの背中からミサトさんの声が聞こえてくるようなものなんだ。
「なによアスカ。司令は死んでいるのよ。死んだ人の悪口言ったって、特にあの司令なんだから、だれも怒らないわよ。ね、シンちゃんも司令の悪口言われても怒らないでしょ?」
「え、いや、その……」
僕は、父さん幽霊の背中をチラッと見た。
さっきとまったく動いてないけれど、怒っているのは目に見えて分かる。
空気が変わってしまった気がする。
もし僕がはい、なんて言ったら僕は呪い殺されるんじゃないだろうか……?
「お、怒りますよ!僕の、父さんだもの」
僕は目を瞑って言った。
「えー。やっぱりシンちゃんてファザコンだったのぉ?……どうしたのよアスカ、一緒にシンちゃんをからかいましょ?」
きっとミサトさんはにんまり笑っているんだろうけど、僕からもアスカからも父さんが見えるだけだ。
「あ、あたしはパス……」
アスカも全く動けないみたいだ。
「つれないわねー。あ、日向君の書いたHGの絵を持ってきてあげる。日向君たら本当は絵を描くのすっごくうまいのに、すっごく下手に面白く描いたのよ。私、5000円払って買っちゃった。あれは5000円の価値はあるわよ。だって5000円で毎朝朝一番に笑えるんだもの。ちょっと待ってて」
うおっ!父さんからミサトさんが幽体離脱するみたいに出てきた!
「あ、行かないで……」
アスカがとても儚い声で言った。
あのアスカがあんな声を出すなんて!
だって、アスカだよ?この前怖い男の集団に囲まれた時だって腰に手をやってリーダーみたいなサングラスの男の人に指を突き付けて罵声を浴びせていたあのアスカだよ?
(ちなみにその後男たちは黒服の僕たちのボディガードさんに鎮圧されたんだけどね)
そのアスカが父さんの幽霊でここまで怖がるなんて……!
「惣流君。行かないでとはどういうことだ?」
父さんがアスカに訊いた。
アスカはゆっくりと父さんの方を向いて、父さんと目が合うとピタリと動かなくなってしまった。
「えええ、えっと………。その……」
「言え。言わねばセカンドチルドレンの資格を剥奪するぞ」
「え?で、でも……」
「でも、なんだ?」
「あた―――わたくしは、とっくにセカンドチルドレンじゃ―――」
「おっまったせー!じゃじゃーん!これが日向君の描いたHGよっ!」
ミサトさんがやってきて、扉の所にいるアスカの後ろから絵を僕たちに見せてきた。
僕たち、っていうのは、僕と父さんのことだ。
アスカはミサトさんが来たのにも気づいていないみたいだ。
それほど怖がっている。
それに、さっきもあたしって言おうとして、わたくしって言った!
アスカがわたくしなんてまったく似合わないけど、僕はそれを笑うことなんてできない。
その絵を見て、僕は顔を手で覆った。
ミサトさんの持ってきたその絵は、きっと普段だったら笑えるんだろうけど僕はむしろ怖くなったんだ。
HGは、日本人が描いたザビエルみたいに後頭部が禿げていて、そこからは謎の赤いチューリップが元気よく咲き誇っている。
いやらしい目をサングラスの下に隠していて、鼻は豚のようで、鼻毛もでている。
髭は適当に書かれて、黒ひげ危機一髪の黒ひげみたいに口の周りに楕円形に生やされている。
口はこれも適当に、にっこり笑っている。
身体はムンクの叫びみたいによれよれで、変なダンスを踊っているみたいで、体のわりに大きすぎる顔の周りに様々な音符が謎の浮遊をしている。
服は、黒いいつもの服をボタンを外し、その下には「シンジ命」というプリントと、その下にものすごく上手に僕の顔が描かれている白いシャツを着ている。
ズボンは何故か半ズボンで、気持ち悪いほどすね毛が生えている。
父さんは、まったく動かない。
ミサトさんは、僕たちが大爆笑すると思っていたのか、気の抜けたような顔をしていたけど、自分でその絵を見て大爆笑をしている。
ひぃ、お腹痛い!なんでそんな冷めてるのよ、だって。
大爆笑どころか、僕はベッドの上で少しも動けないし、アスカなんか今にでも泣き出してしまいそうだ。
あれ?でもアスカってそんなに父さんを怖がっていたっけ?
あっ、そっか。父さんがミサトさんを見ているから、必然的に父さんを見ちゃうからだね。
父さんに睨まれたらきっと使徒でも逃げちゃうよ。
「え、アスカ、なんで泣いてるのよ?」
ミサトさんが、泣き出しそうなアスカを見て言った。
「な、泣いてなんか」
「私の顔が、そんなに怖いか。」
目元をハンカチで拭っているアスカに父さんが言った。
父さんが口を開くたび、アスカの肩はビクッと震える。
目も、もともと大きい目をしているのにもっと大きくなる。
「そ、そんなことない―――ないです」
「だーかーら!誰と話しているのよ、アスカ!」
ミサトさんが少し怒った口調で言った。
「幽霊よ……」
「だから、もっと上手い嘘をつきなさいって」
「シンジはともかく、あたしならもっと上手い嘘をつくわよ!でも、本当にいるんだもん!シンジの横に!……今、ミサトを睨んでいるわ。ミサトがそんな絵を、ひぃ!」
アスカの「ひぃ」は、父さんがアスカとミサトさんの方に進みだしたからだ。
アスカは後ずさりをして、ミサトさんの足にぶつかった。
そんなアスカにミサトさんはおろおろして言った。
「ど、どうしたの?何かが来てるの?」
「だから、司令よ!司令がこっちに向かってきて―――きゃああああああああああああ!」
「うわあああ!」
今度はアスカの足に、父さんの幽霊の足が通り抜けた!
ええと、アスカの足に父さんの足が刺さっているように見えるんだ!
「な、なんなのよ、もう!……え?!」
父さんの幽霊は、ミサトさんの持っていた絵をミサトさんから奪い取り、ビリビリに破いた。
アスカは叫び声を上げた時に開いた口がふさがらない。
僕も、無意識に口が開いてしまっている。
そして、ミサトさんはひどく驚いた顔をしている。大きく口を開けて。
ミサトさんからしたら、見えない何かから持っていた絵を奪われ、その絵が勝手に破れていくように見えているんだろう。
大きく口を開けた3人の視線の先では、儚く5000円の絵がパラパラと散っていた。
「ちっ、力を使いすぎた。シンジ、また来る。」
父さんの幽霊は、そう言って消えた。
残ったミサトさんとアスカの叫び声が父さんはやっぱり幽霊として戻ってきたんだってことを証明しているような気がした。
僕たちはゆっくりとリビングに移動した。
アスカは腰が抜けちゃったらしくて、立つのに時間がかかっていた。
先にリビングに移動していたミサトさんがそんな様子のアスカを見て、「アスカを抱っこして連れてきてあげたら?」なんてすっかり落ち着いた元の口調で言ってたけど、冗談じゃない。
そんなことしようとしたら殺されるよ。
それに、僕だって上手く体が動かないんだ。
歩くだけで足がつりそうだ。
アスカは、必死に立って壁に寄りかかりながらリビングに来た。
でも、そこからミサトさんのいる目的の机、もっと言えば僕の隣のアスカの特等席までは寄りかかるものがない。
アスカはその特等席を譲ろうとしないんだ。
きっとテレビが見やすいからだろうね。
こんなことでも考えていないと、怖さに押しつぶされてしまいそうだ。
「シンジ。杖になって」
アスカは暗い声で言った。
杖になれって言われても、どうすれば良いのか分からない。
とりあえずアスカの手を握った。
アスカはその手に全体重を乗せているみたいで、少し重い。
でも、こんな弱ったアスカなんて滅多にないぞ。
いつものアスカだったら這ってでも行きそうなのに。
それに、握った手が熱い。
ふう、なんだか体も熱いや。
ミサトさん、なにが青春なの?
ほら、アスカもそう言ってる。
何でもない、だって。なんだよ、それ。
アスカが床に座ると、僕はその隣に座った。
机を挟んで向こう側にミサトさんは座っている。
僕は少し気になったことを思い切って訊いてみた。
「ねぇ、アスカ。アスカって、幽霊とか苦手なの?」
「は、はぁ?どういう思考回路をしたらそういう考えを浮かび上がらせられるのよっ!?」
アスカは興奮気味に言った。
そして僕を睨む。
でも、あのアスカの反応を見てたら僕のこの考えが浮上してくるのは自然だと思うんだけど……。
「だ、だって、確かにあの幽霊は怖かったけどさ、アスカの怖がり方は普通じゃなかったから」
「ふん!アンタが寝坊してたからこのあたしが起こしに行ってあげようとしたら、あんたのベッドの横にいないはずの司令が立っていたのよ。そんなの、誰だって驚くでしょ?あれが司令じゃなくて、本当のお化け―――例えばゾンビとかだったらあんなに驚かないわよ!」
「そ、そっか」
なんとなく僕は納得してしまった。
アスカならもしあの父さんの幽霊がゾンビだったら冷静に迅速に殲滅後、僕を叩き起こすだろう。
「そうよ」
「とにかく、あなたたち今日は学校休みなさい。で、研究所に行って、リツコと話し合いましょ」
ミサトさんは言った。
「私、幽霊とか心霊系は大丈夫なんだけど、司令は勘弁してほしいわ」
ミサトさんはペンペンを引っ張り出して、さっきからきつく抱きしめている。
ペンペンは少し苦しそうな顔をしているけど、僕はミサトさんを止めることはできない。
だって、見えないから逆に怖いってこともあるよね。
特にミサトさんは、あの父さんの目の前であんなことを言って、あんなものを見せちゃったんだから。
あれ?そういえば、なんでミサトさんは父さんが見えないんだ?
「あの、なんでミサトさんは父さんの幽霊が見えないのかな?」
僕が言うと、ミサトさんは「そういえばそうね」と言い、アスカは俯いたまま「ミサトが鈍感だからじゃないの?」と言った。
「あ、そうかも」
僕が手をポンと叩いて言うと、ミサトさんは僕に指を突き付けて言った。
「あのね、私は鈍感かもしれないわよ。でもね、シンジ君。あーなーたに言われたくないわ」
「そ、そんな!僕のどこが鈍感なんですか?!」
ミサトさんとアスカは溜め息をついた。
僕はムッとした。
僕は鈍感なんかじゃない。
誰だ!僕が鈍感だなんて言い出したのは!
するとアスカが僕に訊いてきた。
「じゃああんた、ヒカリが誰を好きか分かる?」
「ヒカリって、委員長だろ?委員長に好きな人がいるわけないじゃないか」
何を言っているんだよアスカ。
委員長は潔癖症なんだよ。
そんなの委員長の親友のアスカがよく知っていることじゃないか。
「ほら。鈍感じゃない」
アスカは言った。
僕はその時のアスカの様子に疑問を持った。
だっていつもだったら、もっと大きな声で明るくもっといたずらっぽく言うのに、今のアスカったらいつもみたいにしたいんだけど、上手くできないって感じだったんだ。
どうだ!これだけアスカのことが分かるんだから、僕は鈍感なんかじゃないぞ!
でも、そんなこと言ったらいくら今のアスカでもいつもみたいになって襲いかかってくるから口には出さないけどね。
「ネルフのみんなだって知っているわよ」
「なんでネルフのみんなが知っているんですか?全然ネルフと委員長なんて接点がないじゃないですか」
僕の質問に二人はまた溜め息をついた。
どうして?なんでネルフのみんなが知っているの?
僕は言い訳を思いついて、言った。
「だって僕は委員長のことを気にして見たこととかないし」
僕が言うと、ミサトさんが軽く笑った。
「だってよ、アスカ」
「なによミサト。何が言いたいわけ?」
「言って良いのぉ……?」
「だーめ!……っていうか、なんでミサトには見えないのか、っていう話でしょ?」
「アスカったらかわいい」
「もうっ!ミサトのバカ!」
なんて言いながらアスカは少しずついつもの様子に戻ってきた。
ちょっともったいないな……。
「まぁ、それも研究所に行ってから考えましょ。ささ、早いとこ行きましょ……あー!」
「どうしたんですか?」
「遅刻……。リツコに殺される、副指令に殺される、マヤちゃんに殺される、日向君に殺される、みんなに殺されるぅ!」
ミサトさんは頭を抱えた。
「とにかく、ミサトは着替えなさいよ!で、シンジは学校に電話して」
「アスカがすればいいだろ?電話に一番近いんだから。それに僕だって着替えなきゃ」
僕が言うと、アスカは俯いて顎に手をやって少し考えた。
そして、パッと顔を上げると立ち上がって言ったんだ。
「あんたバカぁ?あんたの左手のそばにあるのは何よ?」
電話の子機だ……。
アスカの方を見ると、勝ち誇ったような顔をして、僕を見ていた。
欠席の連絡をすると、僕たちはミサトさんの車で研究所に向かった。
ふと、父さんの幽霊は今でも僕のそばにいるんじゃないか、と思うと鳥肌が立った。
stand by meの逆だよ、まったく。
えーと、don’t stand by meかな?
でも、あの幽霊はまた来るって言ってたな。
とりあえず、お守り買おう。うん。
ゲンドウの幽霊……。怖いですね。シンジやアスカの怖がり方も当然だと思います。
さて、次回はあのリツコさんのところに3人は向かいます。
あの現実主義者っぽいリツコさんは信じてくれるのでしょうか。
では、三話も読んでみてください。