バレンタイン記念

NO.4



常套句

シュウト






  拝啓 惣流・アスカ・ラングレー様



 日本語に、「常套句」という言葉があります。

 意味は、ある場合にいつもきまって使う文句、決まり文句と言う意味ですが、大勢の人に握り締められ、踏みにじられた結果、意図された力・目新しさが失われた言葉と言うような意味もあるそうです(リツコさんから聞きました)。

 だから、これから書く言葉はみんな、常套句になってしまうでしょう。

 でも、本当の気持ちなんです。

 常套句でしか、僕は気持ちを表せません。

 アスカなら、僕にそういうところがあるのを分かっていると思います。

 僕は「ごめん」ばかり言ってましたね。

 あれも、僕の一種の常套句です。



 さて、アスカは今、何していますか?

 どんな気持ちでいますか?

 気分はどうですか?

 僕は今、もちろん、あなたに向けて、手紙を書いています。

 気持ちは、正直、辛い気持ちです。

 だから気分は、良くはないです。

 僕は、日曜日の、気持ちいい朝に手紙を書いています。

 日本はずっと夏なので、やっぱり熱いけれど、クーラーの力で、僕は気持ちのいい朝を迎えています。

 ペンペンはいつも通り僕と一緒に朝ご飯を食べます。

 今日も焼き魚です。

 まだ部屋の中にはそのニオイが残っていて、少し嫌ですが、そのニオイも、心地いい日曜日の朝には負けてしまいました。

 ミサトさんは会議があるらしく、「寝坊した!」と叫んで慌てて着替えて、早く起きていたリョウジさんに呆れられながら、どたどたと家を出て行きました。

 リョウジさんは、スイカ畑に行きました。

 今日は、スイカをいくつか取ってくる、と言っていたので、僕とペンペンは腹を空かせて待っています。

 そして、綾波は(この前のメールでアスカは、レイと呼べと僕に言いましたが、僕はまだ言えずにいます。なんだか、言いにくいのです)、部活に行きました。

 毎日走ったり、とても頑張っています。

 と、いうことで、僕たちの家には、今、僕とペンペンしかいません。

 そのペンペンは、僕の太ももを枕にすっかり寝込んでいます。

 まだ朝だというのに、困ったペンギンです。

 さっきから、トイレに行きたくて仕方ないのですが、我慢します。

 やっぱり無理です。仕方ないので、ペンペンを起こします。

 痛い……。ひっかかれました。

 では、話をもとに戻します。

 僕は、気持ちのいい日曜日の朝を過ごしていました。

 しかしです。この手紙をいざ書くとなると、その僕の気持ちや気分は、さっき書いたように悪くなってしまいました。

 気分を悪くしないでください。

 別にこの手紙を書きたくなかったからそうなったわけじゃなくて、ちゃんと理由があるのです(書きたくなかったら、書いていません)。

 ところで、委員長たちのことが気になりませんか?

 委員長は、相変わらず高校でも委員長の仕事を完璧にこなしています。

 トウジも相変わらずです。部活に入らず、僕とケンスケとの3人で遊びます。

 ケンスケも相変わらずです。女子の写真を撮っては売りさばいています。

 委員長とトウジは、当然まだ付き合っています。結婚しそうな勢いです。

 何も進展はない、と2人は供述していますが、絶対にキスはしてます。

 平和になりました。

 あの戦いの後に、こんな平和で、のどかな暮らしがあるのだったら、苦しんだかいがありました。

 でも、満足はしてません。







 会いたいです。

 今すぐにでも会いたいです。

 大人の世界なんて関係ない。

 会いたいです。

 会って、それから別れたくないです。

 ずっと一緒にいたいです。

 アスカがいないと、僕は不安で、寂しくて、こんなことばかり考えます。

 あなたが思うよりも、僕は混乱します。

 これには絶対の自信があります。

 机の上の集合写真を見る度、やりきれない気持ちになります。

 そう、あの、副指令が撮った写真です。

 僕が邪魔で綾波の頭だけしか見えなくなってしまって、アスカに怒られた、あの写真です。

 アスカが僕の右肩に左手を乗せて、ウインクしている写真です。

 知ってました?この写真のシンジは、アスカが隣にいることが嬉しくてたまらないんですよ。知らなかったでしょ?

 僕はこの3年、充実していたのでしょうが、コアの部分がすっぽりとなくなっていました。

 コアを失ったエヴァは動けませんが、僕は何とか動けました。

 でも、常に、何かが欠けているのです。

 人類補完計画とは何だったのでしょうか?

 僕は、僕が一番補完してほしかった部分を補完されませんでした。

 会いたいです。

 会って何するとか、決めてないけど、顔が見たいです。

 狂いそうなほど動揺し続けます。

 昨日も、一昨日も、その前も、ずっと、アスカの置いていった、インターフェイス・ヘッドセットを握りながら寝ます。

 いつの間にかそうしないと、眠れなくなってしまいました。

 今日も、そうやって寝るつもりです。

 気持ち悪い、って思うかもしれません。

 でも、僕はそれほど不安なんです。

 大好きです。

 愛しています。

 最近の日本の歌は、こんな歌詞ばかりで僕はうんざりしていました。

 でも、僕もこの常套句の力を借りなければ、気持ちを伝えられません。

 初めて、「愛している」と言われた人間は、相手が何を言っているのか、分からなかったと思います。

 でも、相手が何を言っているのか分からないのに、相手の言いたいことは分かったのだと思います。

 使い古されて、持っていたすごいパワーや、魔法はもう、本当に少なくなっています。

 でも、それでも。

 君に会いたい。

 大好きです。

 愛しています。





  敬具  2018年2月1日碇シンジ













  Dear Shinji Ikari



 いきなりの手紙に驚きました。

 手紙が来ていたのに、2日も気づかなかったの。

 もう、手紙なんて全然来なくなったから、ポストの中は砂埃だらけで、せっかくの手紙が少し汚れてしまいました。

 すぐに、私はポストをゴシゴシと洗い、いつでも手紙が来ても大丈夫なようにしました。

 ドイツは常に冬なので、ポストを洗うのも手がかじかみました(こんな日本語あったのね)。

 まずは、みんなが相変わらずで安心しました。

 あなたも大概相変わらずですね。

 心から安心しました。



 常套句という言葉は、初めて知りました。

 あなたの書いた通り、あなたの手紙は、常套句専用のワークブックみたいに常套句ばかりですね。

 とりあえず、質問に答えます。

 今はあなたの手紙を、暖炉の前のソファーにゆったりと座って読んでいます。

 研究所には、呼ばれた時だけ来ればいい、って言われていて、なかなか呼ばれることがないので、私は家に居ることが多いです。

 そうね、週に4日は家にいるかな。

 なんかね、私がまだ子供だから、って遠慮してくれてるみたいよ。

 でも、だからってずっと家に閉じこもっているわけじゃないわよ。

 毎日走っているし、犬を連れて散歩も行くし、買い物だって行く。

 今度、レイと走りたいな。

 あなたとも訓練以外では一緒に走ったことはなかったので、走りたいです。

 自分で料理を考えて、自分で作れるようになりました。

 今度、あなたに食べさせてあげる。







 私も、会いたいです。

 あなたが好きです。

 あなたがそうするように、私も、自分のつけていたインターフェイス・ヘッドセットを握って寝ています。

 そうすると、あなたももしかしたら同じ時間にもう一つのそれを握って眠っているんじゃないかな、て思えたからです。

 ドイツと日本じゃかなりの時差があるのにね。

 だから、あなたの手紙を読んだとき、びっくりしてしまいました。

 気持ち悪いなんて思いません。

 全然嬉しいです。

 とりあえず、嬉しい気持ちです。

 気分も良好。



 さっき書いたけど、私も、あなたが好き。大好き。

 今すぐ会いたい。

 あなたのその、見るとやりきれなくなる写真は、私も、卓上に飾ってあります。

 あなたは鈍感だから、知らないでしょうけど、シンジ、っていう男の子の私たちから見て左側の、金髪の、ウインクしている女の子は、そのシンジっていう男の子が好きなのよ?

 それでね、とても不安なのよ。

 シンジやあなたは(何度でも書くけど)鈍感だからそんなの思いつきもしないのでしょうけど。

 自分と一緒にいて嫌な気持ちにならないか。シンジが自分を好いてくれるか。

 ね?少しも思いつかなかったでしょ?

 もう、私はその頃のアスカの気持ちは分からなくなっちゃったわ。

 もっといろんなことが不安で、窮屈で、何かがひん曲がっているような気がして、怖かったはずなのよ。

 歳がとるって、こういうことなのね。

 今のアスカは、安心した生活をしています。

 でも、突き詰めれば、私は、安心なんかしていないのよ。

 だって、あなたがいなのだもの。

 あんた、よくあんなこっぱずかしい文章が書けたわね。

 私は今恥ずかしくて、暖炉が熱すぎるわ。



 とにかく、好きって言われて嬉しい。

 会いたいって言われて嬉しい。

 愛してるって言われて嬉しい。

 すぐにでも、会って、同じことを言いたいくらい、私、嬉しいのよ。

 でもね、私に言わせてみれば、





 今、チャイムが鳴りました。ちょっと出てきます。





 あんた、ずるいわよ。

 本当に相変わらず馬鹿なのね。

 馬鹿で空気が読めなくて女の子の気持ちなんて少しも考えないで!

 何が「なんで泣いているの?」、よ!

 あんたが馬鹿すぎて嬉しいからに決まっているじゃない!

 あんたが馬鹿でドジで愚図で良かったわ。

 ねえ、私は、「でもね、私に言わせてみれば、」の後にこう続けようと思っていたのよ。

 「なんで会いに来てくれないの?それは本当に私が好きなんじゃないんじゃないの?ねぇ、本当に、本当に私のこと好きなの?」って。

 なんでそのタイミングで……この裏切り者!

 もう!大好き!



 ああ、私ね、あなたの顔を見た瞬間、この手紙をあの暖炉で燃やしたくなったのよ。無性に。

 見返してみると、私も常套句ばかりね。それにこんな恥ずかしい文章ばっかり。

 あの時、燃やしていれば良かったわ。

 それで、あのあと、黒服の奴らに殴られたりしなかった?

 大丈夫なの?



 あなたがあんなサプライズをするなんて思っていませんでした。

 それの足元にも及ばないけど、この手紙をバレンタインデーに着くようにしました。

 日本では、バレンタインにチョコレートを女の子が好きな男の子にあげるんでしたね。

 だから、手作りチョコレートを同封します。

 もし、手紙がバレンタインデーに着かなかったり、チョコが割れていたら、すぐに電話してください。

 クレーム入れますから。

 あ、やっぱりバレンタインデーに届いても、チョコが割れていなくても、電話してください。

 あなたからしてください。

 そしてそのとき教えてください。

 チョコレートの感想と、次、いつ会いに来てくれるのか。

 そして、いつになったら、別れのない再会をしてくれるのかを。

 しょうがないから、心のこもった常套句でね。



  Sincerely  2018/2/9  Soryu Asuka Langley





おわり




あとがき

 バレンタイン記念です。
 なんかあんまりバレンタインと接点なくね?とか言わないでください!
 今回のタイトルは、ミスチルの「常套句」からいただきました。
 いい曲です。泣きそうになりました(歌詞のような経験のない自分に)。
 話の中だと、手紙のやり取りなので、上手く書けなかったのですが、設定としては、
 ・EOEから3年後。みんな復活。
 ・アスカ、ネルフドイツ支部からの命令で帰還。研究所で赤い海の研究に参加。
 ・ミサトと加持、結婚。
 ・シンジとレイとミサトと加持(+ペンペン)が同居。
 ・シンジとレイは、一応血が繋がっているので兄妹(姉弟)ということで。
 ・アスカが手紙を書いている途中で来たのは、もちろんシンジ。高校入学と同時に始めたアルバイトの給料を使った。
 ・シンジ、アスカは、政治的ないざこざで20歳まで海外に行くことができない→黒服の連中に捕まり、日本へ強制的に帰らされた。
 みたいな感じです。
 常套句でもなんでも、言わなきゃ伝わらないことがあるんですねー(棒)。
 皆様、どうか素晴らしいバレンタインをお過ごしください。

201429シュウト.




シュウトさんよりバレンタイン記念短編をいただきました。
素敵なお話を書いてくださったシュウトさんにぜひ感想を!

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