ホワイトデー記念
NO.6
ギリギリchop
2014310シュウト.
「義理よ!義・理!ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ!!」
「わ、分かったよ。ありがとう」
3月5日。
「あの時アスカは義理って言っていたけど、返した方が良いのかな?」
「碇君は、返したいの?」
「う〜ん。まぁ、義理とはいえ貰ったんだから、返さなきゃいけないんだよね?」
「私、知らない」
碇シンジは迷っていた。
何を迷っているのかというと、彼の同居人である、惣流・アスカ・ラングレーにバレンタインデーに貰ったチョコレートのお返しである。
まず、返すべきなのか、ということと、もし返すのなら何を渡せばいいのか―――市販のチョコレートか、それとも手作りか―――である。
彼は、誰に相談すべきか問うた。
まず浮かんだのは、アスカに直接訊くこと。
でも、「ホワイトデーのお返し欲しい?」なんて男が女に訊くなんて聞いたことがない。
それに、訊いたとしたら「普通そういうことを本人に訊く?」なんてアスカに言われるかもしれない。
シンジはアスカ案を却下した。
普通なら、アスカ案なんて浮かんでくるはずがないのだが、シンジはそういう面に疎かった。
なにしろ、アスカにもらったチョコレートが、バレンタインでの初チョコだったのだ。
それに彼の父のそう言う面にニブい遺伝子も加わって、アスカ案を彼に浮かび上がらせたのだ。
しかし、彼の名誉を守るために加えるとすれば、この年にシンジにチョコレートを渡そうとした女性はたくさんいる。
第三新東京市に来るまでは、シンジは活発な生徒ではなかったため、モテなかったというより、目立たなかったのだ。
彼は、第二東京の学校にいたときは、授業が終わるとさっさと帰り支度をして帰ってしまっていた。
去年のバレンタインデーでは、もう少し遅ければ、彼はチョコレートを得ることができたのだ。
その渡そうとしていた女子は、来年こそは!と意気込んでいたが、シンジは第三新東京市に引っ越してしまったため、会うことすらなくなってしまった。
悲しいが、シンジはその彼女のことを、もう、忘れてしまった。
去年はその1人だけだったが、今年は、同じクラスの女子生徒に始まり、隣のクラスの女子、1学年上の先輩、1学年下の後輩、トウジの妹のサクラ、ネルフ女性職員……。
何しろ、世界を救ったチルドレンというだけでアスカやレイなどはかなりのスターになってしまったのだ。
それに2人の容姿が勢いを加速させた。
それは、シンジも同じだったのだ。
それでも、何故シンジはアスカ以外から受け取れなかったのかというと、彼女たちは、バレンタインデーにシンジからほとんど離れなかった女子生徒により、チョコレートを彼に送ることができなかったのだ。
その女子生徒は、もちろん、惣流・アスカ・ラングレーである。
学校でも、ネルフでも、彼女はシンジといた。
シンクロテストが終わり、シンジが一人で休憩室に座っていて、ネルフの女性職員がそのシンジに声をかけようとすると、アスカは猛ダッシュで休憩室に突撃し、驚くシンジに息を整えながら言った。
「バ、バカシンジ、何飲む?ハアッ、ハアッ、奢ってあげるわよ」
「う、うん、ありがとう。じゃあ、コーラで」
シンジはまた驚いた。
アスカが僕に奢ってくれるなんて!
いつも奢らさせられてるのに……!
明日は雪が降るかも。
シンクロテストの結果が良かったのかな?
女性職員は、アスカに睨めつけられ、足早に休憩室から逃げて行った。
アンタ、何しようとしてたの?その手に握られている包みは何?まさかバカシンジへ渡す物なわけないわよね。確かにアンタみたいな大人もシンジに惚れるのは分かるわよ。シンジったら可愛いところもあるから、アンタみたいなショタコンには最高よね。でもね、シンジはやめてくれる?フィギュアスケートの羽〇さんでも見てなさいよ!まぁ、羽〇さんも、シンジには及ばないけどね。
彼女の目は、そう語っていた。
アスカは缶コーラを一本買うと、シンジに投げて渡した。
「はいよっ!バカシンジッ!」
「痛っ!投げないでよ!泡が出てきちゃうじゃないか!」
シンジは、おそるおそるコーラの蓋を開けた。
プシュッ!
「うわっ!………もう。やっぱり泡になっちゃったじゃないか」
シンジは泡を口ですすってから言った。
シンジの口の周りは、薄くコーラで湿っている。
アスカは、自分の口でそのコーラをぬぐってあげたくなった。
しかし、まだ二人は彼氏彼女の関係ではない。
まだよ、まだまだ……。
シンジがそのコーラを手の甲で拭い、ハンカチで手や、手では拭いきれなかった口元のコーラを拭くと、アスカは喪失感に襲われた。
ああ。舐めて……いやいや、拭ってあげたかったな……。
その思いとは裏腹に、つっけんどんな声でアスカは言った。
「なによ、男のくせに。ならそのコーラ寄越しなさいよ。アタシが飲んであげる。アンタにはアタシのまだ開けてないのあげるから」
「え。いいの?」
「いいの!」
シンジは、躊躇しながら、アスカの新品のコーラと自分のコーラを交換した。
アスカはシンジの隣に座り、脚を組んで、シンジが泡をすすった部分にためらいなく口をつけてコーラを飲んだ。
シンジはその様子を無意識にじっ、と見ていた。
「な、なによ」
「えっ、いや、僕が口を付けたところを……」
「嫌?」
アスカは組んでいた足を戻し、シンジの方を向いて、上目づかいをして言った。
ほんのりと、頬が赤らんでいる。
アスカは、しっかりと自覚していた。
だから顔は赤くなったし、口をつけた瞬間、立ちくらみがするように、意識が飛んでいきそうになった。
シンジはアスカにドキッ、っとした。
シンジも、顔を赤くした。
「別に、嫌じゃないけど……。でも、アスカは嫌じゃないの?」
「もう慣れちゃったわよ。アンタとアタシの共同生活はもう半年も続いているのよ。間接、キスくらい何よ」
アスカは、キスと言って胸が締め付けられた。
首をあと30センチくらい伸ばせば……。
「そ、そうだよね。あはははは……」
アスカはそれを聞くと、少し炭酸の抜けてしまったコーラを一気飲みしてみせた。
アイドルはうん〇もゲップもしない、というのは嘘だ。
アスカは必死にゲップを耐えた。
話がそれた。
とにかく、シンジは、アスカ案を破棄した。
次に浮かんだのは、ミサトさん案。
しかし彼には、すぐにビールを飲みながら彼をからかう姿が浮かんだ。
そんな状態では、ミサトに良いアドバイスを貰うのは不可能そうだとシンジは思った。
次は、加持さん案。
シンジはこれ以上の案はない、とリョウジを探し回ったが、彼は出かけていた。
加持さんを探すのは、本当に手が折れるんだ、とシンジは思った。
まず普段のミサトに訊くと。
「あんな奴の居場所を知ったって何にもならないわよ。それにアイツの言うことは信じちゃだめよ。あのバカのバカは天性のバカだから。全く、あんな奴と付き合っていただなんて……。シンジ君。あなたはお願いだから、あのバカみたいにはならないでね。あなたは、しっかりと腰を据えて生きるのよ。だからといって司令ほど腰を据えるのも良くないけど。とにかく、あのバカには関わらないこと。私からアイツに言っておくから」
数分後の酔ったミサトに訊くと。
「私が知りたいわよぉ〜。ど〜せどっかの女の尻でも追っかけているんでしょ〜。出張とか言っちゃってさ。それにネルフの若い子に手ぇ出してるみたいだしぃぃぃ。噂だとマヤちゃんも手ぇ出されちゃったみたいだしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!ああ!私の何が悪いのよ!私の方がマヤちゃんより胸も―――」
アスカに訊くと。
「アタシが知ってたらこんなに苦労しないの!あ〜加持さんと明日一緒にショッピング行きたいな〜。アタシの服を買って、その後、アンタの服を一緒に選ぶの!あっ、チョコなんか見ていこうかな〜。その後は、食事でしょ。もちろん、ハンバーグね!あ、サラダはシーザーサラダ。ハンバーグに味噌汁は合わないと思うけど、まぁ、もう作っちゃったんだったらしょうがないからいいわよ。えーと、帰ったら2人で……って何言わせるのよバカシンジ!」
シンジは、アスカが何を言いたいのか分からなかった。
えーと、でも、つまりハンバーグが食べたいっていうことだよね。今味噌汁作っちゃったんだから。
シンジはその日の晩御飯に、焼き魚に味噌汁を作っていたのだが、賢明にもハンバーグを慌てて作った。
インスタントにしようかと思ったのだが、「あっ!もちろん、行くお店のハンバーグは手作りよ!」と隣で言われてしまい、走ってスーパーに向かい、ハンバーグの材料を買ってきた。
その間アスカは、シンジを買いに行かせてしまった罪悪感に囚われ、お風呂にお湯を張り、リビングを掃除した。
帰ってきたシンジが、ありがとう、と言うと、これで貸し借りなしよ!とアスカは言った。
やっぱり、ハンバーグ食べたかったんだな、とシンジは思った。
シンジはやる気をだして、ハンバーグを作った。
しかし、お望みのハンバーグを食べれたというのに、アスカは次の日不機嫌だった。
シンジとショッピング行きたいぃぃぃぃぃぃぃ!手を繋いで……ううん。シンジの腕にくっついて、ご飯を食べる時も隣に座って食べさせ合って、クライマックスは高台にある公園からの第三新東京市の夜景を見ながら……。
アスカがベッドの上で飛び跳ねた時の音は、シンジにはベッドに八つ当たりしている音に聞こえていた。
また話がそれた。
リョウジの居場所は、長い道のりを経て、リツコに訊くことになったのだ。
しかし、リョウジは京都に行っていたため、加持さん案は断念した。
次にホワイトデーの件で浮かんだのは、トウジとケンスケ。
い、いや、やめておこう。
その次は、委員長だ。
しかし委員長は、シンジのホワイトデーどころではなく、逆にトウジの委員長へのチョコレートのアドバイスをさせられる羽目になった。
あの二人はアツアツだな。
次は、リツコだ。
リツコは何かを勘違いしたらしくて、チョコレートの組成を彼に詳しく教えてくれた。
リツコと話すためにネルフに来たので、シンジにはゲンドウの顔が浮かんだが、即行却下した。
あの父さんが、チョコレート?
ゲンドウが真剣にスーパーでチョコレートを選び、エプロンを着てチョコレートの型を作っているのを想像したシンジは腹を抱えて笑った。
近くにいた人たちは、彼を気味悪がった。
この長い長い過程を経て、レイに辿り着いたのだ。
「綾波は、誰かにあげたの?」
「司令」
「えっ、父さんに?」
「司令が、欲しいって」
「……本当に?」
「ええ」
「どんなチョコレートをあげたの?」
「スーパーに売っていたチョコレートを変形させたわ」
「変形って……。でも、上手にできた?」
「碇司令は喜んでくれたわ。一緒にいた副指令も褒めてくれたわ」
「そっか。じゃあ、僕もそうしようかな。綾波、ありがとう」
シンジが席に戻ろうとすると、レイは言った。
シンジは正直、早く席に戻りたかった。
彼は、アスカがトイレに行っている僅かな時間を使って、レイと話しているのだ。
別に、アスカがレイと話すのを禁じているわけではなく、アスカはシンジにレイを名前で呼ばせようとするからだ。
「なんで姉弟なのに、『綾波』と『碇君』なのよ!」アスカは言った。
シンジとレイは、アスカが何故『姉弟』を強調して言うのか、分からなかった。
それは置いておいて、彼はなかなかレイ、と呼ぶのが慣れない。
それに今は場所が悪い。
朝のホームルームが始まる前で、2分前着席にうるさい委員長のせいでクラスメイトはアスカのようにトイレに行っている者以外は、席の近くでおしゃべりをしている。
こんなところでレイなんて名前で呼んだら、誤解される。
じゃあ、アスカは良いのか?
…………………良いのだろうか?
シンジは、そのことに気付いていない。
「碇君は、欲しかった?」
「え、まぁ、僕なんかにくれるのだったら、嬉しい、けど」
「了解」
レイは、不気味に微笑んだ。
シンジは、アスカからの焦りからその不気味さを感じ取ることができなかった。
3月12日。
「できた!」
シンジは、アスカへのチョコレートを、学校の家庭科室で完成させた。
家庭科の教師の許可を取るのはとても恥ずかしかったが、家で作るのはなんだか気が引けたから、我慢するしかなかった。
完成品は、かなりの完成度だった。
きっとこれならアスカも喜んでくれるだろう。
アスカはハート型のチョコレートをくれた。
シンジもハート型を、と思ったが、アスカに嫌な顔をされたら、と思うとシンジは怖かった。
怒鳴られるのが怖いのではなかった。
アスカは面白がって、あんな型のチョコレートをくれたんだ、シンジは思った。
だって義理だってあんなに言っていたじゃないか。
だから、アスカが気に入っているであろう物の形のチョコレートを2つ作った。
もし、アスカが喜んでくれたら……。
自分はとても嬉しいだろう、その勢いで……。
まぁ、駄目だろうけどね。
シンジは考えた。
3月14日。
アスカは、泣いていた。
トイレに駆け込んで、泣いていた。
ヒカリは心配してアスカを追ったが、アスカは個室に鍵を閉めて閉じこもってしまった。
それに、ヒカリは喜びで満ち満ちていたのだ。
彼女は、トウジから望み通り、チョコレートを貰うことができた。
好きな人からこんな日にチョコレートを貰って浮かれない人間は、かなり少ない。
ヒカリはもちろん、その少数派には入らないから、アスカもどうせ授業になったら出てくるだろう、と思っていた。
しかしヒカリの予想に反して、アスカは授業になっても帰ってこなかった。
シンジは、授業が始まったというのに、席にいないアスカを呑気に心配していた。
「い〜か〜り〜君!」
ヒカリは授業が終わると、シンジを問い詰めた。
「アスカに何かしたでしょう!?」
「え?なにもしてないよ」
「でも、アスカが碇君以外のことでこんなことになるなんて考えられないわ!」
「そうなの?」
「そうでしょ?!分からないの?」
「だってアスカは僕のことバカシンジって呼ぶし、家でも貶してくるし……」
ヒカリは、顔を手で覆った。しかし、今は呆れている場合じゃない。
「おいおい、シンジ。惣流が帰ってこない理由が分からないのか?」
2人の会話を聞いていたケンスケが言った。
「うん。ケンスケは分かるの?」
「当り前さ。君は女心というのを全然分かっていないよ、碇シンジ君」
「相田君!格好つけてないで、早く教えて!」
「そうや!委員長の前でカッコつけんなや!」
「カッコ良くもないのに」
ヒカリにすぐ同意したトウジにつられて、シンジも言った。
「……………………シンジ、お前、綾波にチョコあげて、いっしょに仲良く食べてたろ?」
ヒカリとトウジは、シンジを見た。
「本当なのっ?!碇君!」
「シンジ、なんでお前が綾波にチョコ渡すんや!お前は惣流からしかチョコ貰ってないって言うてたやろ!」
トウジは、ヒカリの攻撃に追い打ちをしかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕は綾波から今日貰ったんだよ」
「なんでだ?」
「この前、訊かれたんだ、綾波に。チョコレートが欲しかったか、って」
「それで碇君はアスカにあげるはずだったチョコをそのチョコと交換したのね?!ひどいわ!」
「なんて奴や!」
「だから待ってって。んなこと言ってないだろ。綾波は、ホワイトデーの父さんからのチョコを僕にくれたんだよ」
「…………なんだって?」
「だから、綾波は、ホワイトデーの父さんからのチョコを僕にくれたんだって」
「え、今度は碇君が待って。なんで碇君のお父さんが碇君にチョコを渡すの?親バカとファザコン?ま、まさかホ―――」
「そんなわけないよ!綾波が、父さんに言ってくれたんだ。僕もチョコを欲しがってた、って。別に父さんのが欲しかったわけじゃないけど。でも、なんでアスカは帰ってこないんだろう?」
シンジ以外の3人は、驚きを通り越して呆れた。
「……追いかけて」
「え?」
「女の子泣かせたのよ!責任取りなさいよ!」
「でも、まだ授業が……」
「私がどうにかしておくから!早く!」
シンジは戸惑いながら、鞄も置いて、アスカを追い、走り出した。
ハアッ、ハアッ……。
家には帰ってないのかな。
どこにいるんだよ、アスカ。
シンジは、アスカの部屋をおそるおそる開けてみた。
アスカの部屋は整理され、いい匂いがした。アスカのシャンプーの匂いだ。
シンジは申し訳なく思いながら、部屋に踏入った。
そもそもシンジはアスカの部屋に滅多に、というよりまったく入らないから、アスカの部屋の中からアスカが帰ったのか知るのは不可能だった。
それでもなにか手がかりはないか、と辺りを見回すと、机の上に、日記があった。
こ、これは……。
その日記には、シンジに勇気をつけさせるだけのことが書き綴られていた。
シンジがアスカを見つけ出したのは、もう日は沈み、都市のネオンが輝き始めてからだ。
アスカは、高台の公園のベンチに座っていた。その公園とは、この前のアスカの妄想の舞台の公園だ。
「アスカ!」
電灯は、まるでスポットライトのようにアスカを照らし、アスカが落ち込んでいることをあからさまにしていた。
シンジの声を聞いたアスカの身体は、鳥肌が立つようにビクッと反応し、それまで垂れていた頭は上がった。
だんだん近づいてくるシンジの足音にアスカは怖くなった。
「来ないで!」
足音は、好きなアニメを見ていて、誤ってテレビの電源を切ってしまったみたいにしなくなった。
「アンタは、妹のレイが好きなんでしょ!だったらアタシに構わないで!こんなところまで追いかけたりしないで!」
シンジは戸惑った。
しかしそれと同時に、ある勇気が湧いてきた。
3分の戸惑いと、7分の勇気で今の彼は構成されていた。
シンジは何も言わず、ゆっくりとネオンに向かった。
つまり、崖の方へ向かった。
木でできている手すりと柵を兼ね揃えたそれをひょいと乗り越え、向こう側に立った。
つま先は、もう宙に浮いていて、シンジがもし手を手すりから離したら、彼は真っ暗で何も見えない闇に落ちてしまうくらいしか、足場はない。
「ちょっとアンタ、何やってるのよ。こっちに来なさいよ」
シンジは、アスカに首だけで振り返り、手を手すりから離し、アスカに見せるように大きく体を広げた。
彼らしくない、勇気のある行為にアスカは茫然としたが、すぐにハッとし、シンジを連れ戻すため、彼に向かって行った。
それを見たシンジは、崖の上を、アスカから遠ざかるように歩き出した。
「……どこ行くのよ」
シンジは、ゆっくりとフラフラしながら進む。
足場は悪いし、わずかに電灯の光が届くだけで、ほとんど足元は見えない。
でも、シンジは、手すりにつかまらず、両腕を広げてバランスを取りながら、ギリギリの崖を行く。
「怖くないの?」
「……怖い」
「じゃあ、やめなさいよ」
「やめない」
「どうして?」
シンジに追いついたアスカは、手すりを間に入れてシンジと並んだ。
いざというときは、シンジを助けられるように警戒しながら。
2人は、進む。
「好きだから」
アスカは、ドキッとして立ち止まった。
シンジは、凛々しい顔をして、進み続ける。
アスカは、深呼吸をして、シンジを追う。
「ギリギリが、好きなんだ、きっと、僕は」
シンジは言った。
「ふーん」
「僕は、今みたいにフラフラするけど、でも、好きなんだ」
「死ぬかもしれないわよ」
「……ギリギリまでやって死ぬんだったらいいよ。でも、まだ僕は本気を出していない」
シンジは、立ち止まった。
アスカもちょっとシンジより進み、止まった。
「アスカ、あそこの木のところにいてよ」
シンジが指さす方を見ると、ネオンによってうっすらと影の見える大きな木があった。
アスカがシンジに顔を戻すと、シンジは言った。
「走っていくからさ」
アスカは、目を瞑り、木へ向かって行った。
「いいわよー!死ぬんじゃないわよー!」
木の下にたどり着いたアスカは、シンジに向かって大声で言った。
大体、距離は10メートルくらいだ。
しかし、足場は相変わらず心もとない。
これは、シンジの決意の表れだ。
もしかしたら、一歩走ったところで僕は怖くなって、逃げてしまうかもしれない。
……逃げちゃだめだ!逃げたら、何も得られない。
シンジは、走り出した。
狭いからあまり速度は出ないが、それでも走っていると言える。
暗闇を、一歩一歩確実に、でもフラフラしながら走る。
前に進むしかないんだ。
後ろに進んだら、きっとバランスを崩して落ちてしまうだろう。
前に進む方が安全だ。
大丈夫、僕の場合は。
前に進むって決めたら、失敗しないさ。
彼は走った。
シンジは、アスカにキスされた。
彼は冷汗や、普通の汗をかいていて、それに息が切れていたが、アスカが一方的にキスを仕掛けた。
シンジも、応じる。
シンジの鼻息は荒いが、アスカは気にしなかった。
夢にまで見たシンジの唇だ。
それは、シンジにとってもそうだったのだが。
長いキスの後、シンジは告白した。
当然、アスカは喜んで受け入れた。
「こんな危ないことするアンタと一緒にいれるのは、アタシしかいないんだから、しょうがないじゃない!」
口ではこんなことを言っていたが。
シンジが手すりを乗り越え、安全になると、アスカはシンジをビンタした。
「もし死んだらどうするのよ!」
泣きながら貶してくるアスカに、シンジは謝り続けた。
その後、レイからのチョコレートの件を説明し、アスカには笑顔が生まれた。
そして、シンジは自信満々にポケットに入れておいたチョコレートを渡した。
「開けていい?」
「いいけど、なんか緊張するな」
「そんな必要ないじゃない。私なんか一か月前、アンタの100倍は緊張していたんだからね。アンタ料理上手なんだから……え?」
シンジの作ったチョコレートの形は、アスカのいつも身に着けている、インターフェースヘッドセットだった。
アスカは、笑い出した。
「な、なんでこんな形なのよ?」
アスカが笑いながら訊くと、シンジは答えた。
「アスカはいつもそれをつけてるからさ、気に入っているのかな、って思ったんだ」
シンジの応えに、アスカは2つあるインターフェースヘッドのチョコレートの片方をシンジに渡すことで応えた。
「ふーん、で、これは何チョコなの?」
「何チョコ、って……アーモンドとかってこと?」
「ハハハ!違うわよ。友チョコとか、義理チョコとかってこと」
なんだ、そういうことか、シンジは思った。
「義理だよ」
「ん?」
「え?」
「何だって?」
「ぎ、義理だよ……」
「え?義理、なの?」
「だって、ホワイトデーってさ、バレンタインデーのお返しをする日だろ。だから、アスカには義理チョコを貰ったから、僕も、って作ったんだけど」
アスカは呆れて顔を手で覆った。バカ正直のバカシンジ。
しかし、そんなシンジだからこそ、アスカは彼が好きなのだ
「あんたバカぁ?アンタね、そういうときは、嘘でも本命だって言いなさいよ、このバカ!」
アスカは、シンジにチョップした。
「うわっ!やめてよ!」
「やめないわよ!帰って本命チョコ作るまで、チョップし続けてやる!」
END
あとがき
ホワイトデー記念です。
こ、これ内容を少し変えてバレンタインデーに持っていけばよかったんじゃ……と少し後悔しております。
そうすればこのタイトルともシンクロ率高かったのに……。
もちろん、B’zの「ギリギリchop」から題名をいただいたのですが。
本当は「ギリギリchoco」にしたかったんですけど、ネーミングセンスの悪さをひけらかすようで恥ずかしくなり、そのまま引用させていただきました。
稲葉さんカッコいいですよね、全然老けないですし。
ま、まさか、エヴァの呪縛…………?(笑)