NO.1



BAD COMMUNICATION

シュウト



Well.........I really don’t know how to say, but ...........I guess I love you.




Zero



僕がとても心穏やかではいられない状況に陥った時、「もし、あなたが本当に人を愛する時が来たら」母が言った。
「たとえ何があろうとも、相手にあなたのことを忘れさせないようにするのよ」 僕は「うん、分かった」と頷いた。

One



キスをしたことがある。彼女のことはよく分からなかったし、分かろうとなんてしなかった。
要は、問題はそこじゃなかった、ということだ。
つまり僕が知りたかったのは、何故僕と彼女はキスをしたのか、と言うことだった。
僕はたまたま、と言うより必然的に映画館に向かっていた。
今では何のためにそこへ行こうとしたのかも忘れてしまったが、とにかく何か、僕を映画館に向かわすような物事が起こったのは確かだ。
もしかしたら、好きだった小説の映画版の公開日だったような気もすれば (その映画の名前すら憶えていない)、誰かに呼ばれたために行ったのかもしれない (その誰かすら憶えていない)というかんじ。
車がゲリラ豪雨のように前から後ろから襲い掛かってくる、国道を歩いていた。
歩道は極端に狭く、雨粒たちはこんなところを歩くんじゃねぇ、と吠えていた。
僕はそんなものには気にせず、地平線のように真っ直ぐな(僕にはそう見えた)国道を歩いていた。
遠くには寿司屋と焼肉屋が立ち並び、店員たちは旗をまるで西洋の騎士たちのように振り回していた。
そして僕のすぐ隣にも回転寿司があって、道路をはさんだ反対にもあった。すぐ後ろにも似たようなのがあった。
それぞれ特徴があっていいのだろうけど、僕にとってはどれも回転寿司であり、それは、世界からしても同じことがいえた。
外に綺麗な寿司の姿の載った旗が風に操られている限り、回転寿司は回転寿司であり続けた。
前から高校生らしい、恋人たち(らしい男女)が自転車で向かってくる。
バナナみたいに並んで。
僕は避けない。僕は避けられない。
今思えば、彼らはとても変だったような気がする。
髪の毛は青と白だったし、目も赤かった(ような気がする)。
彼らはお互いを見つめあって僕に気が付かない。
つまり、僕みたいなハエは放っておけば退いてくれるから注意を払う必要がない、ということだ。
僕はそんな奴らに腹を立てたから、避けられない。
僕は自分の感情には素直に従おうと努力するように、そのころ心がけていた。
案の定、彼は僕にぶつかった。
僕は背中から馬鹿みたいに倒された。
そして、目をつむった。
人が目を瞑るときは、その人は死んでもいいと思っているときだ、と僕は考えていた。何故かは知らないけれど。
目はもう一生分の働きをしてきて、すぐにそれを永遠にやめようとしていた。
こんな簡単につまらない人生を終えられるのだったら、こんな狭い国道も存在価値があったな、と思った。
どうか、ぶつかった彼とその彼女が死んでいませんように、とも。

Two



息が苦しくなって、目を開けると、彼女がいた。
僕は驚いて自分の体を後ろに飛ばした。
呼吸を整えながら彼女を見ると俯いて手を、その白い肌が真っ赤になるくらいに握り締めていた。
僕はなんでそんなことをするのか、分からなかった。
「やめなよ、手にあとが残るよ」
「うるさい!」そう言うと彼女は洗面所に向かって走り、わざとらしいうがいをした。「おええ…やっぱ暇つぶしにやるもんじゃないわ」

僕は焦っていた。
何故僕は彼女を知っている?
何故僕はそこが洗面所だと知っている?
何故僕は僕なんだ?
意識が遠のいていく気がした。
まるで台風の日の風みたいに僕の頭の奥で何かがのたうち回っている。
僕は膝を抱え脚と脚の間に顔をうずめ、何も見えないように瞼を絞めて、口の中の前歯の当たるところを強く噛んだ。
血の味が僕を、あるいは世界を、支配する。そのはずなのに遠くで聞こえる水道の水は流れ続ける。

しばらくしても彼女は洗面所から出てこなかった。
その間、僕はずっとその体勢で何かに怯え続けていたけれど、ある時を境にそれはなくなり、玄関(なぜそこが玄関だと分かる?)から、空気の抜ける音がした。
少しよろめいてそこへ向かうと、酔っ払って、ちぎれそうな綱のようになっているミサトさんと、彼女を支える加持さんがいた。
加持さんが何か言っている。
彼女が洗面所から走ってくる足音が聞こえる。
その二人が会話をしている。
彼らがミサトさんを部屋に連れていくのが見える。
加持さんが帰るのが分かる。
彼女が玄関のロックを閉めた後、ピサの斜塔のように突っ立っているのを感じる。
僕もそんなように突っ立っているのを見て、彼女が何かを言っているのが皮膚で感じる。
僕はそこでシャット・アウトされた。

Three



目が覚めると、手が温かかった。
それは彼女の寝息が当たっているからだった。
時間を知ろうとしたけど、僕の部屋はもとは物置だから窓なんてなくて、時計はというと、何故か見当たらなかったから、結局分からなかった。
分かるのは彼女が僕の手のあたりに顔を置き、寝ていることだ。
見て確かめたわけじゃなかったが、僕はそれを確信した。
案の定、彼女はそうしていた。彼女を起こさないように、足で彼女の、明るい山の中の雪のような脚を踏んずけないようにベッドから降り、僕の腹にかかっていた薄い布団でその雪でかまくらでも作るようにそっと彼女を包んだ。
部屋を出て、ダニすらも死んでしまったように静かなリビングで、僕は熱いコーヒーを飲んだ。
月の光によって、リビングは淡い青色の世界の中で神秘的な模様を作っていたけれど、僕にとっては陰鬱な模様をした、酸素濃度が低い世界だった。
意識して呼吸をしなければ、死んでしまいそうだった。
ブラックは飲めないはずだったけれど、その妖しい液体を用意し、窓際に座ってその馬鹿みたいにまずいそれを飲んだ。
月の模様はいつもと違う、アメーバのような形をしていた。
僕がそれを見入っていると、彼女が僕の部屋から出てきた。
あの時のようにトイレではなく(あの時とはいつだったのだろう?)、僕の隣にそっと座った。
彼女も僕と同じようにアメーバを見ていた。
彼女の金髪は川の流れのように穏やかで、僕を落ち着かせた。
目は虚ろで、霞がかかったようだった。
そして僕は、僕たちのお尻にいったい何匹のダニが踏みつぶされているのだろう、と思った。
彼女はさっきと変わらずホットパンツで、その隙間から見える雪の白さに僕はドキドキした。
目をそらし、ペンペンの冷蔵庫を見た。ランプが彼がそこにいることを伝え続けていた。
誰に向かってそうしているかなんて、なんて僕にわかるわけがないだろう?
先に口を開いたのは彼女だった。
そのままの体勢で、目だけ僕を見て言った。
「あんたさ」それはに対して言う、彼女の声ではなかった。
「シンジじゃないでしょ?」
僕は肯いた。
「でも、シンジなんでしょ?」
僕は肯いた。
「じゃあ、シンジはどこにいるの?」
僕は少し考えて言った。「分からない。きっとひどくこみ合った事情でシンジになってしまったんだと思う」
「そう」
はきっとシンジになったんだろうけど、絶対に君の言う、シンジじゃないよ」
「どうして?」彼女はそれだけ言ったから、僕は彼女が「どうして分かるの?」と言ったと理解した。
「だって、シンジにとって大切な人のはずの、君の名前が分からないんだ」
「そう」彼女は特別驚いたわけじゃないけれど、その声は、シンジに対して言う、あの声だった。
「ねぇ、シンジ
「何?」
「アタシ、シンジが好きよ」
「うん」
「男の子なんて大っ嫌いだと思ってたのに」
「人は変わる。それはひどく哀しくて、喪失感の大きいことだけれど、そうしなければたちは生きていけない」
「……時々地獄の門が開いたってくらい、シンジが憎くなるの。……怖くなるの。シンジが何かをしたとき、なんでそんなことをするのかが、分からないからなのか分からなくて、イライラするの」
「それはきっと、と君が似ているからだよ」
「そう…そうかもしれないわ」
「なんか、やけに素直だね」
「アンタにはそうなれそうなの。アンタがシンジってことには変わりないんだけどさ」
「今限りの付き合いだからね。何を言ってもシンジは覚えていないよ」
「アンタの口調は、普通の時に聞いたならイラつくんだろうけど、今は全然苦じゃないわ」
シンジだからだね」
「そうね」彼女が笑った。
その夜、は名前も知らない女の子と朝の気配が満ちるまで話し合った。
「ねぇ、そろそろお開きにしましょうよ」彼女が眠たそうな目をして言った。
「そうだね。学校もあるし」は自分の感情に素直に従って言った。
「あーあ。ねむーい」
シンジは、君のことが好きだよ」僕が言った。
「どれくらい?」
「自分の気持ちが分からなくなるくらいに」
「そんなくらいじゃ、好きってことじゃないじゃない」
「そんなくらい、心からそう思っているんだ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「ありがとう」彼女は微笑んで、言った。
「これから辛いことがあっても、君にはシンジがいる。シンジには君がいるように」
「そうね」
「ねぇ」僕はいつか、誰かが僕に話した言葉を思い出した。
いささか思い出したくないことだったけれども、彼女に言ったように、人は変わるものなのだ。
やはり、それは哀しいことだったし、喪失感が僕の血となり、肉となって、僕の心臓の隣辺りを支配した。
「何よ?」
のこと覚えていてくれる?」
「きっとね」
「ありがとう。はきっと君が好きだと思う」
がそう言うと、彼女は軽く俯いて、素敵な言葉を投げてくれた。僕は笑って言った。
「僕で練習したの?」
「さあね」
彼女はくすっと笑って言った。
「ねぇ、最後に教えてよ」
「嫌」
彼女は微笑んで優しくの頬を叩いた。


Four



果たして彼女は10年経った今でも、僕のことを覚えてくれているだろうか?
僕の顔を見て、僕を咄嗟に思い出すだろうか?
いや、疑問を持つことさえ許されないだろう。
何故なら僕には今、キスをしたことのある彼女がいる。
川の流れのような金髪で、雪のような白い肌の彼女だ。
僕の何が彼女を惹きつけたのか分からないけれど、一目惚れしたらしい。
きっとそれは彼女のおかげ(たとえそれが悪戯だったとしても)だと思う。
きっと彼女もシンジとこうして日曜日の朝の心地よい空気の中、腕を組み、映画館に向かっているに違いない。
もしかしたら、彼らの左右には、子供がいるかもしれない。
僕たちの左右には、極端に狭い道をはさんで、回転寿司が立ち並んでいる。
つまり、10年経った今でも。
彼女に悪いけど、僕は彼女を忘れない。
だって、彼女に忘れられたくないから。人は常に何かを与えることによって、その何かを得ているのだから。
母が死んだ理由なんてあの人は教えてくれなかったし、ということは、知ろうとしても知ることのできないものなのだろう。
僕があの人に何も与えることができないから、そういうことが起こってしまうのだ。しかし、それでいい。
あと、当然のことだが、僕は、今腕を組んでいる彼女の名前を知らない。
きっとこの悪い関係がずっと続くのだろう。
きっと彼女たちもそうに違いない。
でも、いつか教えてくれるはずだ―――いや、教えてもらおう。
彼女のことをずっと忘れないように。

僕は鼻歌を歌っている彼女にキスをした。



End






あとがき


この話は僕が人生で初めて完結させることのできた話です。
大抵の話は僕の頭の中で自己完結され、文章なんかに変換されることなく、僕の記憶の闇の中にゆっくりと、アイスクリームが溶けるように沈んでいきました。
……なんてあとがきを書いたら堅苦しいのでやめます。はじめまして、シュウトと申します。
この話は、B’zの、BAD COMMUNICATION から想像しました。
何といってもこの曲は、
“キスは交わしたけれど、名前も知らない”
で始まります。そして、
“Is it love?それとも?”
と続きます。この大好きな冒頭からこの話を作りました。
さて、ここまで読んでくださった方がどれくらいいるのか分かりませんが、「」は「シンジ」と「彼女」がキスをしている途中で、「シンジ」と入れ替わった、ということですので、僕のように心の底からLAS人の方には少し嫌な気分になってしまった方もいるかもしれませんので、一応付け加えしておきます。
まぁ、「」も「シンジ」なんですけどね(笑)。
最初の堅苦しいやつに書いたように、この話は僕の処女作です。
アスカをもっと可愛く、そしてシンジをもっとシンジらしく書きたいのですが、あまり上手くいきません。
色々な作家さんの作品を読み漁ってこのザマですが、次に掲載させていただいて、読んでくださったのならとてもうれしいです。
最後になりましたが、こんな文章を読んでくださった皆様、そして怪作様に感謝して、あなたの中の僕とは違うエヴァを補完する材料となれれば、と思います。

2013年12月16日 シュウト.







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