続々夫婦絶唱  


子供たちの挽歌編 雨の日協奏曲(れいにーでいず・こんちぇると)




by三只さん




























良く晴れた休日。

碇リュウジは愛車をガレージから引っ張り出すと、アイドリングを行なっていた。

祖母であるリツコから、16歳の誕生日に贈られたブラックカラーのドゥカティ。

あれから3年以上たった今でも、ネルフの技術スタッフがちょくちょく持っていっては、メンテナンス、チューニングを行なってくれるので、今日の吹けあがりも上々だ。

ただ、帰ってくる度に、妖しげな機器やボタンが増えているのは勘弁してもらいたかったが。

厚手のジャケットを着込んでヘルメットを被り、さあ行こうかとアクセルを捻ろうとした瞬間、本邸の玄関のドアが開いた。

「あ、ちょっと待って、リュウジ!! 」

異常に元気な母の声に、リュウジはこけそうになったがどうにか踏みとどまる。

フルフェイスのバイザーを開け、駆け寄ってくる母親を見やる。

母であるところのアスカの手には、何やら包み紙が抱えられていた。

「なんだよ、母さん。危ないじゃないか」

「あんた、湯本の方へ行くんでしょ? だったら、途中でミサトんとこ寄って、これ置いてってくんない? 」

二男坊の抗議を聞き流しつつ、アスカは包み紙を押し付けてくる。

「別に・・・・いいけど」

明らかに不満そうな表情をしていたからだろう。

アスカは目を吊り上げるとリュウジに言う。

「なによ、嫌なの? だったら、こっちの方をレイの家へ持っていってもらおうかしら・・・・・・」

その声に、ヘルメットを被ったまま激しく首を振るリュウジ。

旧姓綾波、現、渚レイの家には、彼の恋人で、レイとカヲルの娘であるところの渚ミレイがいるはずだ。

清楚で大人しい印象とは裏腹に異常にアクティブな娘と、まったく何を考えているか解らない両親の元を迂闊に訪れようものなら、そのまま婿入りさせられるかも知れない。

「まあ、そういうわけで、頼むよ」

アスカの背後から、父親であるシンジが出てきて声をかけた。

柔らかで優しい微笑み。

それは、全てを承知して湛えている笑みである。

「・・・・・・・行ってきますよ」

ヘルメットを被りなおしつつ、リュウジは応える。

「あ、雨降るかもしれないから、気をつけてね」

そう微笑む父親に対して、リュウジは訝しげに視線を空へと上げた。

雲一つない青空である。

「あ、そういえばさっきツバメが低く飛んでたもんね」

にこやかに手と手を叩くアスカ。

「うん。良く知ってるね。‘ツバメが低く飛ぶと雨’っていうから」

微笑み返すシンジ。

「そういうわけで、傘、持っていきなさい」

盛大にコケるリュウジ。

「何ころんでるのよ、大丈夫? 」

キョトンとした表情で傘を差し出す母に対して、リュウジは頭を抱えるしかない。

・・・・・バイクでどう傘を使えってんだよっ!!

どうにかドゥカテイを引き起こしたリュウジは、謹んで傘を辞退すると、改めて包み紙を抱えなおし、シートへと跨った。

「じゃ、行ってきます・・・・・・」

ため息一つ吐いてアクセルを捻る。

「「 行ってらっしゃ〜い 」」

見事なユニゾンの声に送られながら、リュウジは愛車を発進させた。

バックミラーに遠ざかるペアルックの両親を見やりながら、彼はまたしてもため息を吐いた。

うちの両親って、微妙にずれてるよなあ・・・・なんて思いながら。










法定速度+10キロオーバーほどで軽快にドゥカティを走らせる。

まだまだ開発されてない景色が、緑の帯びとなって後方へ流れては消えていく。

それが心地良い。

両親の予言を裏切るかのように天気も上々。

絶好のツーリング日和かも知れない。

まだ、午後を少し回ったくらいの時刻だ。

これからあう友人たちと、いっそのこと遠出するのも悪くないかも。

20分ほどバイクを走らせると、見覚えのある家並みが見えてきた。

とある家の前にドゥカティを止めるリュウジ。

表札の『加持』という文字を確認し、シートから降りる。

バイクのエンジンはかけっぱなしのまま、インターフォンを押した。

「あの〜、リュウジです」

程なく玄関が開き、見なれた顔が出てきた。

「いらっしゃい、リュウジくん♪」

加持ミサトである。

もはや五十の大台に指しかかろうとする年頃だが、妙に若々しい。

彼女の纏う雰囲気のせいだろう。

「よっ、リュウジくん。久しぶりだな」

更に背後から、男性が出てくる。

渋い、精悍な顔立ちは、今でも十分女性の一人や二人泣かせられそうだ。

ミサトの夫、加持リョウジであった。

「あ、ご無沙汰してます」

自分がヘルメットを被ったままだったことに気づき、慌ててメットを外してリュウジは頭を下げた。

「せっかくだから、あがっていかない? 」

ミサトは訊ねてくる。

なぜか知らないが、妙にミサトに可愛がられた記憶が多いリュウジである。

素直に頷きたくなったが、約束があるから、と、どうにか思い留まった。

「そっか、残念ね・・・・・・」

「すみません、またゆっくり寄らせてもらいますから」

謝罪しつつ、リュウジは包み紙を加持へと渡した。

「母からです」

「ああ、確かに。・・・・・近くまで来たら、また遠慮なく寄ってくれよ? 」

「それは是非」

リュウジは微笑むときびすを返し、低く唸るバイクへ跨ってヘルメットを被った。

「それじゃ、また」

軽く手を上げると、リュウジはドゥカティをスタートさせた。

「気をつけてね〜」

遠ざかる後ろ姿を見送る加持夫妻。

角を曲がってその姿が見えなくなってから、ミサトは舌打ちしつつ指を鳴らす。

「ちっ、酒の肴をのがしちゃったか・・・・・・」

「おいおい」

呆れ顔の旦那にミサトは胸を逸らす。

「冗談にきまってるじゃない」

とてもそうとは思えなかった。

そんな彼女の鼻の頭に、大粒の水滴がぶつかった。

「・・・・・・・雨? 」

空を見上げると、にわかに掻き曇っている。

「こりゃ、本降りになるぞ・・・・・」

低く唸る加持の背中をミサトが叩く。

「なにボ−ッとしてんの!! 洗濯物入れるの手伝ってよ!! 」

慌てて夫妻総出で洗濯物の取りこみを敢行する。

どうにか本降りになる前に全ての取りこみを完了し、夫婦ともどもリビングで一息入れる。

それから五分後。

インターフォンが鳴った。

『・・・・すみません、雨宿りさせてもらえませんか?』

急いで玄関を開けたミサトの見たものは、全身濡れ鼠と化したリュウジの姿であった。














「・・・・・はい、リュウジくん。

ゴメンねー、旦那の古いシャツしかなくってさ」

「いいえ、そんな・・・・・・・」

風呂上りのリュウジはタオルで頭をぬぐいながら応える。

加持夫妻と別れてすぐ、リュウジの携帯へと電話が入った。

それは、これから会う予定だった友人からのものだった。

なんでも、別の用件が出来たので、今回の約束はキャンセルさせてもらいたいという。

残念だけど仕方ないね、と答え、バイクをUターンさせたリュウジだったが、今度は土砂降りの雨。

ダブルパンチを食らったリュウジは、慌てて加持家に避難した次第であった。

「ほら、風邪引くと悪いから、こっちに来るといい」

「はい・・・・・・」

加持の言葉に促されるように、リュウジは囲炉裏の傍へと腰を下ろした。

外の雨はいよいよ本降りという感じで、まだまだ止む様子はない。

加持家のリビングへは、なぜか立派な囲炉裏がある。一体夫婦どっちの趣味なのだろう。

「リュウジくん、何がいい? 熱燗? ホットウィスキー? それとも両方? 」

嬉々とした声を投げかけてくるミサト。

加持家の家訓として、「親しい人が来たら即宴会」というものがある。あくまで妻の方の主義主張なのだが、今では旦那の方も抑制することは滅多にない。

ましてや、雨で冷え切った身体を温めるのに、酒は最高の嗜好品だろう。

相変わらずのミサトに、リュウジは苦笑しつつもズバリと言った。

「両方、お願いします」

「おっけ♪」

ミサトはいそいそと準備を始めた。

彼女の機嫌がいいのは、一緒に飲む相手ができたからである。

事実、ここ数年ミサトにとって、このシンジの容姿を色濃く継いだ少年が、最高の飲み相手だった。

「おつまみは、チーズケーキでいいわね? 」

「えっ、あるんですか? すみません、でも嬉しいなぁ・・・・」

二人のゲテモノ趣味を熟知している加持は、苦笑一つ浮かべただけで、囲炉裏でスルメを炙り始めた。

しばらくして、ポットやグラス、おつまみ一式に、缶ビールをぶら下げたミサトがキッチンから出てくる。

加持は近くのサイドボードから封の開いてないウイスキーを取り出していた。

「はい、どーぞ、リュウジくん」

お猪口にコップ、ウイスキーグラスがまとめて手渡される。

受け取りながら「おれって雨宿りしにきたんだよな・・・」などと思い返すリュウジであったが、目前のアルコールの誘惑は何物にも変え難かった。

だからといって、彼は若い身空でアル中というわけではない。

どんなに大量に飲んでも二日酔いすらしたことはないのだ。

いわば、『酒豪』である。それも、常軌を逸した。

「乾杯〜♪」

何が目出度いのか定かではないが、一本の缶ビール、一つのコップ、一つのお猪口が空中で音を立てた。

ちゃっかり加持の冷酒をのコップも混ざっている。

「「 く〜〜〜、美味い!! 」」

リュウジとミサトの声が見事にハモる。

そんな二人を等分に眺めやって、加持は笑みを湛える。

「こうやって、リュウジくんと飲むのも久しぶりだなぁ」

「すみません、思ったより大学の方が忙しくて・・・・・・・」

空いたお猪口を置いて、後頭部を掻くリュウジ。

すかさずお猪口に熱燗が満たされた。

「さあ、グッといってグッと!! 」

「は、はい」

促されるまま、急いでほどよい熱さの液体を煽る。

「ほらほら、もっと♪」

そうやって忙しなく継ぎ足しつつ、ミサトのビール消費量も並みではない。あまった左手は、六本目のプルトップにかけられている。

加持はあくまで自分のペースを維持。スルメなんぞをかじりながら、悠々と飲んでいた。

大分酔いも回ってきたころ(常人なら泥酔状態)。

「うふふふふ・・・・・・・」

空き缶を両手で挟みながら、ミサトは笑いを洩らす。

「どうしたんですか? 」

訊ねるリュウジの口調はしっかりしたものだ。

酔いの形跡が認められるとすれば、かすかに紅潮した頬だけだろう。

「ん〜〜? つくづくリュウジくんはシンちゃん似ているな、と思って♪」

ミサトはそう応えるとケラケラと笑った。

「ほんとに、シンジくんの若いころにそっくりだよ、きみは」

加持も追従の声を上げた。

「そうなんですか・・・・・・ねぇ? 」

確かに、容姿的に、父の若いころの姿と自分はそっくりだとは思う。

でも、性格は全然違う。何より、父と違って家事全般は苦手だ。

首を捻って、リュウジは最後の熱燗を喉へと送りこんだ。

次はホットウイスキーである。

軽い酩酊感を心地よく感じながら、リュウジは常々思っていた疑問を思い出した。

ちょうど良い機会だ。訊いてみるのもいいかもしれない。

「うちの父さんと母さんって、どんな風に出会ったんでしょうか? 」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

わずかな沈黙が加持家のリビングを支配した。

囲炉裏の炭がはぜる音、激しい雨が屋根を叩く音だけがあたりに響く。

「聞いて・・・・・ないのかい? 」

ようやく口を開いた加持だったが、口調が妙に重々しい。

「・・・? いいえ、全然」

訝しげに答えるリュウジに対し、ミサトは奇妙に納得した声を上げ頷いていた。

「そりゃそうよね、うんうん」 

「・・・・・・・???」

更なる疑問を口にしようとしたリュウジだったが、加持に手で制されてしまう。

「いいかい、リュウジくん。あの二人の事に関して、オレたちも色々と知ってはいる。

でも、二人が話さない限り、オレたちも話すことはできない。そういう性質ものが多すぎるんだ、これは」

「・・・・はあ」

リュウジは明らかに納得できない表情を浮かべる。

「まあ、そういうことに触れなきゃ、大丈夫じゃない? 」

至って能天気な声を上げるミサト。

その声に、加持はしばし考え込む。

そしてリュウジに視線を転じると、再び口を開いた。

「まあ、それらに触れずに教えられる範囲だったら構わないか」

言ってのけた口調は明るい。

思うに、酔っていたのだろう。別段彼を弁護するわけではないが、歳を経るごとに人とは感傷的になるのかもしれない。

「さて、何から聞きたい? 」

砕けた態度でこられると、リュウジも調子に乗って訊ねてしまう。

「じゃあ、父さんと母さんの馴れ初めから、お願いします」

「ふむ・・・・。二人が出会ったのは、互いに14歳の頃だったのは知ってるかな? まあ、何が原因で二人が出会ったとはいえないが、アスカは以前ドイツに居たんだ」

「はい。ドイツでは飛び級して13歳で大学を卒業したって自慢してました」

リュウジが頷くのを確認してから、加持夫妻は視線を交し合う。

「シンジくんとアスカのファースト・インプレッションは、なぁ・・・・・」

「そうね・・・・。一言でいえば、最悪」

そして示し合わせたように二人は笑い声を上げた。

リュウジは、非常に興味深げな視線を両親の知己へと注いでいる。

「アスカにしてみれば、シンジくんを単なる劣等生だと思っていただろう。『冴えないヤツ」とレッテルを貼って憚らなかったからな」

「そうそう。そんで出会い頭にビンタだったもんね〜」

「・・・・・・・・・・・」

一体どんな出会い方をしたのだろう? リュウジは有り余っている想像力をフル回転させた。

えーと、初めてあった母に、劣等生かつ陰鬱な父がいきなり抱きついて、平手打ちで返り討ち? 

・・・・・・まあ、伝聞的かつ断片的な情報を統合すると、真実とは著しく差異のある出会いの場面が展開されること請け合いである。

ややもすれば混乱一歩手前のリュウジに、ミサトは更なる爆弾を投げつけてくる。

「そんでね、もろもろの事情があってね。あたしが無理矢理二人を同棲させたのよん♪」

そしてまたもケラケラと笑った。

「おい、ミサト・・・・・・・・・」

加持はたしなめたが、どうにもその口調は真剣さに欠けている。

対してリュウジは目を丸くする。

「そうだったんですか!? 」

「あ、アスカが来る前から、あたしとシンちゃんは一緒に住んでたのよね〜〜」

「・・・・・はあ」

酔いも廻ってきたのだろうか。疑問符も頭の中をグルグル回っている。

「あの頃のアスカはね、わがままを絵に描いて、傲岸不遜でデコレーションしたみたいでね。

シンちゃんは毎日がてんてこ舞だったわ」

ミサトはどこか懐かしそうに、しかも嬉しそうに言う。

「わがままというと? 」

「えーとね、朝風呂の温度は41℃じゃなきゃ駄目だとか、風呂上りに飲む牛乳は雷印じゃなきゃ駄目だとか・・・・」

ふーむ、と考え込むリュウジ。

なんだか、今と大して変わらないような・・・・・・・?

「シンジくんも、若い身空で大変だったな。こいつの世話だけでも大変だったのに、そこにアスカまで加わったんだから」

「何いってんのよ、あたしはシンジくんの保護者で、あたしが彼の世話していたのよ? 」

「シンジくんがいなかったら、アスカが来る前に、おまえんちはビールの空き缶と酒瓶で埋め立てられてたよ」

ぐっと言葉に詰まるミサトに、リュウジも肯定的な苦笑を浮かべるしかない。ミサトの家事能力の絶無さは、もはや伝説となって両親から語られている。

苦笑しつつリュウジは自らにも疑問を投げかけている。

普通の子供は、自分の両親の馴れ初めなどに興味を示すのだろうか?

そこまで考えて、リュウジは哄笑を洩らしてしまう。

愚問だった。

普通の子供以前に、まず両親が激しく普通ではないのだから。

含み笑いを洩らすリュウジを見咎め、ミサトは眉根を寄せた。

「なによ、リュウジくん。そんなに笑うことはないでしょお? 」

「いえいえ、そんなそんな・・・・」

「あたしだって、料理の一つや二つなんてこなせるんだからさぁ!! 」

目が座ってきている。更にビールを一息で飲み干した。

絡み酒である。

「え、えと、じゃあなんでそんな父さんと母さんは、その・・・ラブラブな状態になったんですか? 」

リュウジは慌てて話題を変える。しかしもっとも聞いてみたい質問であった。

その質問に、加持はおろかミサトすら絡むのを止めて考え込んでしまった。

「リュウジくんは・・・・・・・・父をシンジくんのことをどう思っているかい? 」

質問の答えは質問だった。

「それは・・・・・・・・・」

リュウジは仄かに熱い頭を冷ますように軽く左右に降った。

「暖かくて・・・・・・ほんわかしていて・・・・・とらえどころがなくて・・・・・・・いつも笑ってて・・・・・」

酔いのせいか、考えたことがそのまま口から出てしまう。

「そしてとても優しいでしょ? 」

ミサトが缶ビールを持ったまま微笑んだ。

「・・・ええ」

リュウジも素直に肯定してみせる。

父であるシンジはとても優しい。子供たちを怒鳴りつけたことすらない。

もっぱら子供たちの躾は母であるアスカによって成された。

怒鳴るは叱るはときには折檻すら辞さない母のおかげで、碇家の子供たちは規範的な社会常識を身につけるに至った。

しかし、子供たちの心がすさまなかったのは、母の苛烈すぎる愛情表現もあったが、根底には父親の肖像が確かにあった。




リュウジの中で記憶が深く掘り起こされる。

まだ自分が小学校低学年だったころ。

リュウジはとある些細な事象から、高学年の男子生徒とケンカした。

普段からネルフ本部に出入りしては、保安部の面々から格闘技の手ほどきのようなものを受けているリュウジは、年齢、体格差にかかわらず、その上級生をノックアウトしてしまった。

余談であるが、その日、兄であるアスマがおたふく風邪で休んでいたのは幸いだった。でなければ、ノックアウトなどという穏便な表現ですまなかったに違いない。

リュウジがケンカせざるを得なかった言い分をしっかりと聞き、それでもやはり謝らなければと、その生徒の家へと息子を連れて丁寧な謝罪をしてきた帰り道。

『人はなんで傷つけあうんだろう・・・・・・・・? 』

息子の手を引きながら、シンジは落日の太陽を眺めた。

『我慢するのも大切だけど、ときにはガンとやらなきゃ、男のコケンにかかわるって母さんが・・・・』

俯いたまま幼いリュウジは、しゃくりあげてポツリと言う。

実際、悔しくて仕方ない。正しいことをしたと信じている。

伏せられたた顔は無言の抗議に他ならない。

シンジはリュウジの前にしゃがむと、その手をとって顔を上げさせた。

そして、息子の目尻にあるくやし涙をそっとぬぐってやると、柔らかく微笑んだ。

同時にリュウジの心も少しずつ落ち着いていく。

『アスカ、母さんがいうように、絶対に譲れない、守りたいものはある。

でもね、リュウジ。相手を傷つけてまで守らなければならないものというのは、本当に少ないんだよ』

『・・・・・・・・・・・・?? 』

『人間は、もっと、ずっと我慢できるものなんだ。だから拳を出すのは最後の最後でいい』

『でも・・・・・・・・・・・・』

なお何か言いかける息子の頭をシンジはそっと撫でた。

『殴られたら痛いだろ? だったら、他の人を殴ったとき、どれだけ痛いかも解るだろうにね』

そういって父親は微笑んだ。落日の最後の残照を纏ったその笑顔は、はっきりと印象に残っている。

酷く稚拙な、あるいは青臭い発言だったが、その意味はリュウジの心に刻みこまれた。

この時、父はまだ20代後半だったはず。その論理の脆弱さを責めるのは酷というものだろう。

在りし日の、父の肖像だった。



「アスカは・・・・・・・言うなればヤマアラシみたいなもんだったのさ」

加持の声がリュウジを回想から引き戻す。

「そう。自らを守るために針を突き立てて。でも、本当は優しくしてもらいたかったけど、誰もが針を恐れて近づけない・・・・」

旦那の声をミサトが引継く。

「そしてシンジくんもヤマアラシだったわ。

でもね、シンジくんは自らの針を捨てた。そしてアスカを針ごと優しさで包み込もうとしたわ。

傷つき、傷つけあうことも厭わずに。そしてアスカはやっと針を捨てることが出来たの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

優しい沈黙が3人の間を横切った。

「つまり、そういうことさ」

加持が締めくくる。

「・・・そうだったんですか」

リュウジの中で疑問が氷解していく。

心地よい感覚が彼の全身にじわじわと広がっていた。決して酒の効果だけではない。

「それで、アスマが生まれた頃には、もう取り返しがつかないくらい激ラブ状態だったわよ♪」

キャ、とばかりに口にしたミサトだったが、話し相手たる少年は何の反応も示さなかった。

傍らにあった茶箪笥にもたれるように、リュウジは軽い寝息を洩らしている。

「ありゃりゃ、寝ちゃったか・・・・・・」

ミサトは苦笑とともに缶ビールを置くと、毛布を取りに行くために立ちあがった。

加持はというと、ウイスキーを舐めながらその少年の横顔に軽く視線を走らせている。

腹腔にはむずがゆいような温かいような感触がある。ウィスキーのせいではない。

碇リュウジ。

自分の名を捩られた少年。

ミサトが毛布片手に帰ってきた。

少年を起こさないように注意しながら、そっと掛けてやる。

そして、加持夫妻はしばらくそのまま二人だけで飲み続けた。

「・・・・どうする? シンジくんに連絡して迎えにきてもらおうか? 」

加持は言う。

雨は止む気配を見せない。大雨になるかも知れない。

「そうね。・・・・・・・でも、もう少しだけ」

ミサトは目を細める。

その瞳には、優しくも懐かしい、シンジと酷似した少年の寝顔が映っていた。
























おしまい。























どもども三只です。

お待たせしました!! 続々夫婦絶唱三部作其のニをお届けします。

でも実際確実にまってくださっていたのは、某М氏だけだと思いますが(笑)

しかし、子供ネタは書いていて一番楽しいですね。

なんせ幸せな結末なのは決まってますから。

周囲の見解により二人の幸せを浮き彫りにしていくという手法がお気に入りです。

二人ラブラブな状態も好きですが、その先にある更なる幸せをわたしは追い続けたいと思います。

たとえ、誰も追従してこなくても(笑)

・・・・・・・・・・いいですよ、わたしは好きなんですから。好きなもの書きます。いじけてなんかないやいっ!!(爆)


最後に、こんなわたしの作品を掲載してくださる我が電波師匠こと怪作さんに、心よりの感謝を。

それでは。

 三只さんから投稿作品をいただいてしまいました。

 皆様お待ちかね‥‥「夫婦絶唱」の続編三作目であります。

 作品全体から、『優しさ』が伝わってくるようではないですか。
 幸福のかたち‥‥それが浮き彫りになっているからですね。

 なにをいってるやら少々意味不明でありましたが、つまり三只さんのお話は良かった〜といいたいのです(^^;;

 怪作と同じく三只さんのお話が良かったと思われた方、ぜひ感想メールをお願いします〜