Lady And Sky 







Act7:The name is 『TIGER』!!   後編


作者:三只さん

































葛城邸に新しい住人が増えてから、はや三週間が過ぎようとしている。

彼女(?)を迎えいれたことにより、二人の生活に変化はあっただろうか?

最初のころはエサだトイレだと雑事に負われていたシンジであったが、いまや慣れてしまっていた。

アスカにしてみても、最初のころほどベタベタ可愛がらなくなっている。

有り体にいえば、二人ともごく自然に、ミニチュアシュナウザーの子犬を生活に受け入れてしまっていた。

メスなのに『ティーゲル」と名付けられたくだんの子犬も、十分に環境に適応しているようである。

飼い主であるアスカと、家主であるミサトには存分に愛嬌を振る舞う。

ミサトもミサトで可愛い仕草ですり寄られると単純に喜んでしまう。ペンペンがいないことも関係あるかもしれない。

で、シンジには、というと。

ご飯が欲しいときには可愛く拗ねたような声で鳴き、足下にまとわりついてくる。

ご飯を作っているときは、急かすようにワンワン吠える。

ご飯を出されると、貪りついてあとは一瞥もくれない。

気まぐれというか八方美人というかなんというか。

・・・・犬は、その家庭の人間を格付けするっていうけれど。

日曜日のお昼どき。シンジは一心不乱にエサを食べているティーゲルを眺めながら考える。

たぶん、僕なんか、最下層に格付けされてるんだろうな・・・・。

この珍妙な同居犬が来てからの弊害は、アスカにその嫉妬を看破されてしまったことぐらいだ。

あれは未だに恥ずかしい。ときどきテーブルをひっくり返して叫びたくなる。

なんとなく、しゃがんでティーゲルの背中を撫でようとしたら、急に顔を上げて牙むき出しでうなられた。

慌てて手を引っ込めて、肩をすくめて敵意のないことを示すシンジ。

にしても、なんか誰かに似てるな、ティーゲルは・・・・?

「シンジ〜!! お腹空いたの〜!!」

背中に柔らかい感触。

肩に彼女の顔が乗せられ、ついでに金髪まで前へ流れてくる。

シンジの背中に被さりながら、彼の肩越しに手を伸ばして、アスカは飼い犬のアゴをくすぐる。

すると、嬉しそうにティーゲルは一声鳴いた。

その光景にため息をつき、目だけを自分の肩にアゴを乗せたアスカに向けて、シンジは訊ねた。

「で? なに、食べたいの?」

「ん〜・・・・。今日のお昼はグラタンな気分♪」

シンジの背中から身体を離し、アスカはコケティッシュな笑みを浮かべる。

立ち上がったシンジはキッチンへと向かう。その後ろをアスカがついて来る。

「そういうと思って・・・・」

オーブンを開け、中から出来たてのグラタンを引っ張り出す。

「もう作っておいたんだ」

フォークを添えて食卓に出したとたん、アスカの態度が豹変する。

「ふん! 出来てるなら早くだしなさいよ!! あたしはお腹ペコペコなんだからさ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

昼食の後片づけを終えてリビングへいってみると、アスカとティーゲルが並んで寝ていた。

二人は等分に眺めてシンジは埒もない感想を抱く。

飼い主に似る、ってはいうけれど・・・・。




















学校での昼休み。

今日もアスカは裏庭でティーゲルと戯れている。

もちろん校内に動物を入れること、動物を飼うことは校則違反だ。

しかし、超のつく成績優良児であり、特異なキャラクターの所持者であるアスカゆえに、お目こぼしをもらってる次第である。

このお昼の邂逅を知らない在校生はいない。

遠目に、たくさんのギャラリーが裏庭に潜んでいる。

隠れる必要のないシンジは、コンクリートのブロックに腰をおろし飽くことなくその光景を眺めていた。

正直、嫉妬したのが嘘のようだ。シンジは苦笑する。

女生徒は、アスカとティーゲルの戯れている姿が微笑ましいという。

洞木ヒカリなどは、まるで仲のいい姉妹みたいと形容していた。

委員長がいっていたように、仲の良い姉妹に嫉妬するのも変な話だ。

こうして慣れてしまえば、ペットだと割り切ってしまえば、なかなか可愛いいとも思っているのである。

それに。

なにか、満たされている―――。

最近のアスカは見ていると、とみにそう思う。

まるで、失われた半身がもどってきたような―――は大げさか。

とにかく、今のアスカの生活は充実しているらしい。

そして、アスカが嬉しそうにしていると、シンジも嬉しいのだ。
 
『センセェは、惣流のヤツが喜べばなんでもいいんやろ?』

なんて、トウジに皮肉られるのも仕方のないことかも知れない。

放課後ともなればシンジは、アスカと一匹の後ろをゆっくりついて帰る。

ときおり振り返るアスカを真似するように首だけ背後を向くティーゲル。

苦笑してしまったけど、なぜか楽しかった。

家に帰れば帰ったで、その二人にご飯を急かされる。

手際よく食事の準備をしながら、いつもより会話が増えていることに気づく。

ティーゲル絡みの他愛もない会話なのだが、それでもにぎやかなのはいいことだろう。

食後は、アスカはティーゲルと一緒にお風呂に入る。

これに嫉妬するなんてことはさすがにない。

浴室から聞こえてくる、「やん、ダメよ、そこ触っちゃ〜」などというアスカの嬌声には、なかなか平静ではいられないけど。

しかしてお風呂上がりのリビングでは、ティーゲルの毛を乾かすアスカに、アスカの髪を梳かして乾かすシンジ、というシュールな光景が展開され、たびたび保 護者が目撃し、その都度苦笑を誘った。

すべてが当たり前の日常。

こんな日が続くのも悪くないかもしれない。

ほんわかした頭で、シンジは半ば予言的に考えていた。
















なにごとにも終わりは来る。

この世界が絶えず変化し続けているのは自明の理。

そして、終幕とは、大抵唐突に訪れるものだ。

「アスカっ!? 元の飼い主がティーゲルを探してるって!!」

「!?」

放課後、洞木ヒカリが教室へ駆け込んでくる。

帰り支度をしていたアスカの手から教科書がこぼれ落ちる。

「洞木さん、本当っ!?」

シンジも思わず立ち上がる。

「ええ、これを見て!!」

ヒカリは手に持っていたチラシをアスカの席に広げる。




探し犬

犬種:ミニチュアシュナウザー

   メス 2歳半

名前:ブリュンヒルデ




「ぶりゅんひるで・・・・・?」

ゴージャスなのか何なのかわからない名前を呟きながら、シンジは隣のアスカの表情を伺う。

青い瞳がいつになく険しい。視線の先は写真を見つめている。

カラーのそれは、間違いなくティーゲルだった。

「どうするの・・・?」

一緒にチラシをのぞき込んでいた女生徒が訊ねる。

アスカは顔を上げ、ケロっとした表情と声でいった。

「ま、しゃーないわね。飼い主が見つかったなら、今日すぐにでも引き取ってもらうわ」

そのサバサバとした態度に、クラス全員違和感を抱いたのも無理もないことかも知れない。

特にシンジはその傾向が顕著だ。

それでもアスカのその態度に、なぜか安堵を覚えたのも事実である。

もし、ここでダダでもこねられたら。

人道、常識をさておいて、少なくともシンジは全力で協力することを余儀なくされたことだろう。

「・・・いいの、アスカ?」

代表しておそるおそる訊ねるヒカリである。

「なにいってんの、ヒカリ? 飼い主がいるなら返すのが常識でしょ?」

「ま、まあね・・・・」

アスカの口から正論がでるのは非常に珍しい。

「さて、帰りますか」

カバンをひっつかむと、アスカは教室を出て行った。

アスカが校庭に出ると、一匹の犬が彼女の足下にまとわりついてくる。ティーゲルだ。

その光景を教室から眺めながら、シンジは寂寥感と得体の知れない不安に襲われていた。

いつのまにか、すぐそばに洞木ヒカリが来ていて、なんともいえない表情をつくっている。

「正直、アスカが、素直に返すなんて言わないと思ったけど・・・・・」

「うん・・・」

シンジも曖昧な返事をする。

借りた物は返す、なんてアスカの辞書にはないと思ってたんだけど。

それは彼女も常識をわきまえている、という証左たり得るだろうか?

我知らずシンジは頭を振る。

こと僕に関してだけ、常識が適用されていないような・・・?

焦燥感を抱えたまま、なおアスカのいない校庭を眺めるシンジである。

早く自分も帰りたいが、なぜか、今はアスカの側にいないほうがいいだろう、と思った。

彼なりに気を利かせているつもりなのだが、もしアスカがこのことを知ったら、「逃げてるだけよ、臆病もの!」と遠慮なくののしったことだろう。











「ただいま〜・・・」

20分ほど遅れて帰宅したシンジは、まずキッチンへと向かう。

これは、夕食の準備などをしなければならないゆえの合理的な行動パターンである。

「あ・・・」

予想してはいたけれど、キッチンには先客がいた。

すでにいつものラフな格好に着替えたアスカが、椅子の背もたれの方に逆向きに座りながら、床に視線を落としていた。

視線の先にはペットフードを無邪気に食べるティーゲルがいる。

今日、ここで食べる最後の食事だと理解しているのだろうか?

「シンジ・・・?」

「あ、ああ、ただいま」

なぜかしどろもどろになってしまうシンジである。

アスカはじっと少年を見つめた。

ますます落ち着かなくなる。このようなときは大抵怒鳴られたりするのだ。

しかし、アスカは視線をスッと逸らすと、キッチンの壁の方を向きながらいう。

「・・・悪いけど、あんたが電話かけてくんない・・・?」

「・・・・えーと、どこに?」

「・・・・・」

この期に及んで分かり切っていることを確認してしまうシンジである。

さすがに怒鳴るかに見えたアスカだったが、あからさまに不機嫌な表情をしただけだった。

「このチラシに書いてあるところよ・・・!!」

押し殺した声でいう。

「そりゃあ、いいけど・・・・」

チラシを受け取りながら、シンジはアスカの表情を伺う。

「でも・・・本当にいいの?」

呆れたことに、ヒカリと同じ質問をするシンジである。

愚かなのは彼自身も承知している。

ただ、二人きりの今なら、アスカが自分に本心を吐露してくれるかも知れない、という期待があった。

期待に反してアスカは小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、また足下の子犬に視線を落とした。

そのまま待っていても仕方がない。

シンジは気が進まないながらも、チラシに書いてある電話番号をダイアルする。

当たり前のことだけど、知らない家に電話するのは緊張する。

我知らず唇をなめて湿らせてると、落ち着いた男の人の声が出た。

「はい、もしもし?」

「あ、えと、その・・・・・」

チラシに視線を落とすシンジ。・・・えーと、設楽って、なんて読むんだっけ? 

「その、セ、セツラクさんのお家ですか?」

「はい、設楽とかいてシタラと読みますが、若い方には難しいやもしれませんね」

慇懃は訂正が返ってきた。

頬を赤らめながら、シンジはアスカを横目で見る。もしかして、アスカ、シタラが読めなかったから、僕に電話させたのかも。

「それで、当方にいかほどのご用件でしょう?」

つっかえつっかえながらもシンジは用件を告げた。

うちで預かっている犬は、そちらの探している犬かもしれないこと。

そしてチラシを見て電話してみたこと。

犬はすこぶる元気であること。

最後の一言は余計な気がしないでもないが、電話むこうの声は明らかに変わった。

といっても、事務的な口調に変わりはないが。

「・・・・それでは、大変申し訳ありませんが、ご自宅のご住所を伺わせていただいてよろしいですか?」

数分後、通話を済ませキッチンへ戻ったシンジにアスカが顔を上げる。

「どうだった?」

「うん、30分後くらいにお宅に伺わせていただきます、って」

「・・・・そう」

それきり黙ってアスカはティーゲルを撫でる。

沈黙を苦痛に感じたのはむしろシンジの方だった。

一緒にいるのもはばかられ、一人と一匹を残しキッチンを出る。

洗濯物を片づけながら、ただ時間が過ぎるのを待った。これほど30分が長く感じたのはしばらくぶりだ。

不意に玄関のチャイムが鳴る。

タオルをたたむ手を止めてシンジは立ち上がる。

玄関へ行きがてらキッチンを覗いてみたが、アスカは椅子に腰を降ろしたままだ。ただうつむいてティーゲルだけを見ている。

ドアのロックを解除すると、温厚そうな老人が立っていた。

白手袋をして、杉のような細い身体は仕立てのよさそうなスーツを着ている。

出てきたシンジを見るとゆっくり頭を下げてきた。

「こちらが葛城さんのお宅でよろしいでしょうか?」

「はい、そうですけど・・・」

間違いなく電話で話した声だ。この人が飼い主なのだろうか。

「申し遅れました。ワタクシ、設楽家の執事で柏原と申します」

そういって、柏原老人は馬鹿丁寧にまた頭を下げた。

本物の執事さんて初めてみた・・・とシンジが妙に感心していると、柏原さんは口を開く。

「それで、さっそく拝見させていただきたいのですが・・・・」

「え、ええ。ちょっとお待ちください」

シンジは振り返り、アスカを呼びにいこうとして―――呼びにいく必要はなかった。

ティーゲルを抱えたアスカがいつの間にか廊下を進んできている。

梶原老人の前まで来て、抱えたままのティーゲルを見せる。

白いものが混じった眉が微かにしかめられた。

「これは―――間違いないですな」

スーツ姿の老人は玄関をいったん出て、外の廊下で誰かを呼ぶそぶりをした。

次の瞬間、柏原さんを押しのけるようにものすごい圧力をもった物体が、葛城家の玄関に飛び込んできた。

アスカもシンジも冗談抜きで数歩後ろにたたらを踏んだほどである。

「ブリュンヒルデちゃ〜ん!!」

キンキン声と凄まじいまでの香水の匂いがあふれる。

むせかえりそうになりながら、ようやくシンジはその物体が、いわゆるセレブなオバサマであることに気づいた。

紫色のスーツに執事の体積の二倍ほどありそうな身体を押し込めている。

パーマががっちりかかった頭に金縁メガネ。口紅もドギツイまで赤い。

こ、こんな天然記念物みたいなオバサマがいるなんて。まるでマンガみたいだ・・・・。

ドギモを抜かれたまま、アスカの方を見る。

すると、この少女にしては奇跡的なことにボーゼンとしていた。

オバサマの手にティーゲルが奪い去られたのにも気づかないほどである。

「ブリュンヒルデちゃあああああああああん!!」

盛大に犬に頬ずりをするオバサマの横で、柏原老人が額の汗を拭いながら説明する。

「奥様は、ブリュンヒルデが失踪してからことのほかお嘆きで・・・」

「はあ・・・」

アスカはなお呆気にとられているようなので、かわりにシンジが返事をする。

「それで・・・このような言い方は大変失礼かと思いますが、お礼の方は・・・」

「まあっ!!」
 
執事の声をオバサマの素っ頓狂な声が切り裂いた。

「ブリュンヒルデちゃんの毛が痛んでるわ!! それになんだか痩せて顔色も悪いみたい・・・」

犬の顔色もなにもないだろうと思っていると、オバサマにジロリと睨まれる。

金縁メガネの奥の視線が先ほどまでティーゲルを抱いていたアスカを向いた。

「ふん!! どうせ、ろくな食事も世話もしてもらえなかったんでしょ!! 柏原!! お礼なんかしなくていいわよッ!!」

その言葉に、アスカよりシンジが激昂した。

なんだよ、その言いぐさは?

実際世話したのはほとんど僕だけど、アスカなんかメチャクチャ可愛がってたんだぞ!?

一言いってやろうと前に一歩踏み出したシンジを制したのは、なんとアスカだった。

そんな彼女の表情は全くない。

はっきり言って逆に怖い。

どんな修羅場が展開されるか戦々恐々のシンジの目前で、意外なほど優しい声でアスカが言った。

「お礼なんか、いりません。でも、できたら、最後にもう一度だけ頭を撫でさせてもらえませんか・・・?」

その申し出にオバサマも拍子抜けしたらしい。

ま、まあそれくらい・・・・などとブツブツいいながらも、腕の中の子犬を差し出してきた。

ゆっくりとした動きで、アスカの手がティーゲルの頭を撫でて―――。

「!?」

「がうっ!!」

ティーゲルが牙をむいた。見るとアスカの手の甲に、赤い小さな血の玉が盛りあがっている。

思わず手を押さえるアスカに向かって、オバサマは勝ち誇った笑みを浮かべて鼻を鳴らした。

「ふんっ!! やっぱり本当の飼い主は分かっているものね〜」

笑い声を高らかに、そのまま犬を抱えて出て行ってしまう。

残された柏原老人は、オロオロとアスカの手と顔を眺めていたが、シンジによる手当てが済むと、深々と頭を下げて主人の非礼を詫びてきた。

「すみません、ああいうお方でして・・・・」

しきりに額の汗を拭いながら、懐からは封筒を差し出してくる。

アスカは包帯の巻かれた手を押さえたまま沈黙しているので、必然的にシンジが対応せざるを得ない。

いえ、そんな受け取れませんよ―――いえいえ、どうかお納めください―――などとやりとりがなされたが、シンジは断固受け取らなかった。

あんな人からなにももらう気はない。なにより、受け取ったら、まるでお金目当てにティーゲルを保護していたみたいじゃないか。

では、せめてこれだけでも、と柏原老人は半ば無理矢理押しつけるようにお菓子が入っているらしい箱をおいて葛城邸を辞していった。

まだ香水が残る玄関に二人取り残される。

きづかわしせげにアスカを見やるシンジ。

顔を伏せたままの彼女の唇が微かに動いた。

―――バイバイ、ティーゲル。


























「ほら。今日はアスカの好きなハンバーグにしたよ!!」

明るい声でシンジはアスカの前に湯気を立てる皿を乗せた。

返事は、ない。

沈黙がいたい。ティーゲルがいなくなった今、信じられないくらい静かだ。

実は、シンジが明るく振る舞うのも自己嫌悪の裏返しなのだ。

ティーゲルがの飼い主が見つかったと聞いたとき、一瞬でも喜ばなかったか?

アスカを独占できると、心の中で微かにほくそ笑まなかったか―――。

彼女がここまで落胆するとも思っていなかったから、なおのこと後悔の味が苦い。

「・・・ほら、でもティーゲルもあの家へ戻ったほうが幸せかもしれないよ? ここよりいいもの食べさせてもらって、ペット用の美容室へ連れていってもらっ てさ」

しゃべりながら、とてもそうとは思えなかった。

確かに、シタラさんとやらの家に戻れば何不自由ない生活を送れるだろう。しかし、それがティーゲル自身にとっての幸福になりうるだろうか?

答えははっきりしている。

違うからティーゲルは失踪したのだ。

じゃあ、なんでティーゲルは最後にアスカに牙をむいたんだろう・・・・?

疑問を抱えたまま更に言葉を紡ぐ。

「でも、やっぱり犬だね。もとの飼い主が来たとたん、君に牙をむくんだから・・・」

シンジは怒鳴られるのを覚悟する。

それでも良かった。アスカがなにかしゃべってくれたほうがいい。

「・・・・あんたにティーゲルの何が分かるってのよ?」

弱々しいが、アスカは声を発した。

「そうだね。犬以下の僕にはわからないさ・・・・」

心が痛む。でも、構わない。

怒るなら怒って、騒ぐなら騒いで、発散して忘れてくれればいい。

泣き叫ぶってのは想像できないから割愛するとして、アスカにはやく元に戻って欲しかった。

箸でハンバーグをつつき始めたアスカを見て、シンジは傷だらけの胸を撫で下ろす。

食べてさえくれれば、なんとかなる。今日の料理には自信があった。

自分の分のハンバーグも盛りつけようとして食卓に背を向けたときだった。

「シンジ・・・!!」

「え?」

振り返った胸に、暖かい塊が飛び込んできた。

とっさに受け止め、それが同居人の少女だと確認したとき、シンジの背中が冷蔵庫にぶつかる。

再びキッチンに沈黙が落ちる。

ただし今度はシンジの顔が真っ赤だ。

・・・これはどういうことなんだろう?

金髪の頭を見下ろしながらシンジは固まってしまう。

とにかく声を出そうとしたとき、アスカが呻くように言った。

「ちょっと・・・ちょっとだけでいいから・・・動くんじゃ・・ないわよ・・・」

シンジがその通りにしていると、金髪が微かに揺れる。

そしてアスカのほんのりとしたいい匂いとともに、低い嗚咽がシンジの周囲を回遊した。

胸越しに伝わってくる震え。

シンジは理解した。

なぜ理解できたのかは謎だ。

しかし、分かってしまったのだ。

アスカが泣いているワケが。

エヴァのエースパイロットとしての地位も。

初めて憧れた年上の人も。

母親の眼差しも。

すべてが、手に入れたと思ったものが滑り落ちていく。

あたしの欲しかったものが全部なくなっていく。

―――ああ、だから君は泣いているんだね。

胸の中の少女が急に小さく見えた。

同時に、ティーゲルのことも理解できた。

あの気まぐれな子犬もアスカと一緒なのだ。

戦闘的で比類もなくプライドが高くて、その裏は孤独で不器用な。

お金持ちの家庭で飼われる、何不自由ない生活。

しかしその魂は、豪奢な檻より外の自由を望んだ。

だからこそ、首輪もつけず飼い主の元から逃走したのではないか。

ならばこの二人が出会ったのは当然なのかも知れない。

何より似ていた二人は、姉妹のように惹かれ合ったのだろう。

では、最後の別れにアスカに牙を剥いたのはなぜか?

これも、ティーゲルとアスカを入れ替えて見ればよく分かる。

アスカなら、決して泣いて助けてくれなどと哀願しない。

そういう弱さは彼女にはない。

助けの手を退け、むしろ相手を睨みつけるだろう。

あんたは自分の道を行け。あたしはあたしの道を行く、と。

・・・・・もし、そうだとしたら、この逃避行事態、終わりが来るのを見越していたことになるのではないだろうか?

十二時までの時間を楽しむシンデレラのように―――。

100%正確な自信はもちろんない。。

美化しているかもしれない。

過大に、過小に解釈しているかもしれない。

でも、本質は、たぶんそうズレてはいないとも思う。

とにかく、今のシンジに腕の中の彼女にかける言葉はなかった。

それに、口に出せばきっとひっぱたかれるだろうから。

そろそろとアスカの肩に手を回しながら、シンジは心の中で呟く。

強く強く呟く。













だいじょうぶ、僕はずっと君のそばにいるよ―――。



















  



Act8へ続く?




三只さんからLady And Sky act 7をいただきました

アスカの雌犬版ですか‥‥(微妙違)

アスカなのに、シンジ君にはなつかなかったようですね。

別れがあって寂しかったですが、シンジ君がいれば人間のほうのアスカは大丈夫ですね

素敵なお話を書いてくださった三只さんに、是非感想メールをお願いします。

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