へっぽこエヴァ劇場
季節外れの百エヴァ語〜恐怖のスイカ男〜
薄暗い室内を、先ほどから仄かな炎が忙しなく左右に行き交う。
「だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、もう暑いわねぇ!!! 」
自慢の栗色の髪を掻きむしるように、いらただしげな声を上げたのはアスカだった。いつものタンクトップにショートパンツという姿である。
「だったらそんなに動き回らないでじっとしてれば・・・・・」
「うるさいっ!! 」
アスカはせっかくのシンジの忠告にも牙を剥く。彼女が手に持つロウソクの照り返しもあって、見ようによってはかなり怖い表情である。
今現在、真夏(?)の夜の第三新東京市は、停電の真っ最中であった。電気が止まれば文明の利器は悉く享受できなくなるのは必然。ゆえに、さきほどからこの室内の唯一の証明器具は、数本のロウソクのみである。
「シンジ〜、氷はないの〜こおり〜 」
「さっきので最後だよ。だいたいペンペンの分まで食べちゃうんだから・・・・・」
シンジは傍らのクーラーボックスを叩いてみせる。クーラーが停まってからは、アスカは専らかき氷を食べて涼を取っていた。
「え〜〜〜〜〜〜〜」
しかめっ面をするアスカ。彼女は暑さに弱い。正確にいえば、日本の高温多湿な暑さに弱い。いくらセカンド・インパクト以降の温暖な気候に産まれても、ドイツ育ちの彼女は、いまだ日本の気候に馴染めていなかった。
「ねーシンジ〜、氷買ってきて〜ん」
一転、今度は甘えた声を出してしなを作る。
「・・・・・・冗談だろ? 市街まで行かなきゃ買えないよ」
「んーもー、キスでも何でもしちゃうから」
「え?! 」
露骨に動揺するシンジ。
「んなわけないでしょ!! そんなに安かないわよ、あたしは!! 」
シンジの弛んだ表情に、軽蔑の視線を投げかけるアスカ。
「だいたい氷ごときとあたしの純情可憐な唇が、等価値なわけがないでしょ!!! 」
宣言するように、年齢の割には豊かな胸を反らす。
「・・・・自分で言ったんじゃないか」
「何か言った!? 」
シンジは慌てて首を振る。アスカの発言に一貫性がなくなってきている。彼女がキレ始めた証拠だ。触らぬアスカに祟りなし、である。
「いっそのこと、ネルフ本部にでも行ってやろうかしら・・・・」
アスカは、しなやかな指先で顎を抓み、考え込む。
「・・・・止めといたほうがいいと思うよ」
控えめに発言するシンジ。
「ミサトさんがいうには、MAGIやエヴァの維持で手一杯だから、本部でも冷房を使ってないって」
「じゃあ、どうやってこんな熱帯夜を乗り切れっていうのよ!!! 」
そんなことは知らないよ! と反射的に怒鳴りそうになって、シンジは慌てて言葉を飲み込む。アスカの両眼は血走っていた。
かわりにシンジは唇を舐めて、ゆっくりと慎重に言葉を選びながら発言した。
「ほら、一応、日本の風物詩ていうか、涼しい気分になれるものも用意したし」
シンジの指し示す窓の方向には、暗くて輪郭しか見えないが、風鈴が吊してあるはずである。ところが風が全くないので、その涼しげ音色は響くこともない。
「・・・・・・・・・・・・」
アスカの刺すような視線に冷や汗を感じながら、シンジは慌てて手元の団扇を振ってみせる。
「それに、団扇で仰げば、少しは涼しく・・・・・・・ならないよね」
これだけの暑さでは、団扇で仰いだところで熱気が掻き回されるだけであった。
「ああああああああああ、もういい!!! あたしもペンペンと一緒に水風呂に浸かる!!!」
アスカはキレた。やおらタンクトップに手をかけると、一気に胸下まで捲りあげる。
「駄目だよ、アスカ、こんなところで!! 」
狼狽しつつアスカを制止するシンジ。
「五月蠅いわね!! 涼しけりゃいいのよ!! 」
ピンポーン
丁度その時、玄関のチャイムが鳴った。
「・・・・・誰よ? こんな時に」
アスカはタンクトップの裾を降ろす。
「ああ、僕が呼んだんだ」
「一体誰を、何のために呼んだのよ? 」
「そりゃ涼しくするために、さ」
「・・・・・・・・・・・? 」
訝しげな表情を浮かべるアスカを尻目に、シンジはいそいそと応対に出る。
しばらくして室内に複数の人が入ってくる気配。
「おう、惣流!! 夜も猛っとるかぁ!! 」
「こんばんはー、アスカ」
「鈴原ぁ!? それにヒカリも!? 」
懐中電灯片手にどやどやとリビングへ上がり込んできたのは、いつものクラスメートたちだった。
「随分と過激な格好しとるやんけ」
アスカに懐中電灯を向けてトウジが言う。
「なによ、あたしの普段着に文句でもあるの? 」
懐中電灯の光を眩しそうに遮りながらアスカ。
「いや、だってノーブラ・・・・・・・」
「シュトゥルム・ウント・ドランクッッ!!! 」
「あどるふっ!!! 」
アスカの目にも止まらぬ拳と蹴りの乱打を受けて吹っ飛ぶトウジ。
「どこ見てんのよ!! このヘンタイ、スケベっ!! しまいにゃぶっ飛ばすわよ!? 」
「・・・・・ぶっ飛ばしておいてからからいうなやっ!! 」
トウジが鼻血を流しながら抗議の声を上げる暇もあらば、彼の背後より新たな殺気が迫る。
「す〜ず〜は〜ら〜!!!! 」
「いいいい、いいんちょ、ギブ、ギブ・・・・・・・」
ヒカリのチョークスリパーが、もろにトウジの喉元に食い込む。
「あのー、オレもいるんだけど」
じゃれつく(?)二人を横目に、両手一杯に袋を抱えたケンスケが、弱々しく自己主張する。
「ああ、アンタもいたのね」
機嫌が悪いため、アスカの応対も極めて冷淡だ。トウジにノーブラを指摘されたので、胸の前で腕を組んでいる。
「そんな言い方しなくてもいいだろ、アスカ」
アスカをたしなめるシンジ。
「ごめんね、ケンスケ。ところで例のもの、持ってきてくれた? 」
「よよよよよ・・・・・。シンジ、やっぱり君は心の友だ。ほら、家にあるのを全部かき集めてきたぞ!」
感涙にむせびながら、胸元の袋を開けるケンスケ。
そこに大小さまざまなロウソクが詰まっていた。細いもの、色つき、更にパーティ用の捻りの入ったものや、サンタクロースの形のものまである。
「なによ、こんなたくさんのロウソク。見てるだけで暑苦しいわねぇ! 」
彼女が全てのロウソクに一斉に火がついた光景を想像して嫌みを口にしたであろうことは、想像に難くない。
「ふふん。分かってないな、惣流。これだけなきゃ涼しくならないのさ」
胡散臭げな視線を注いでくるアスカに対して、ケンスケはメガネをずり上げてみせた。
「百物語〜? 」
「そう」
半ば呆れたような声を出すアスカに、シンジは説明する。
「昔から日本で行われている、夏のイベントみたいなものなんだ。百本のロウソクに火をつけて、一つ怪談を話すごとに、一本のロウソクの火を消していく。そして最後のロウソクが消えた時になにかが起こるってね」
「ふん。そんなもの迷信に決まってるでしょーに」
一蹴するアスカ。
「いーや。そうとも限らないぜ〜〜〜」
ケンスケのメガネが、ロウソクの明かりを受けて奇妙に反射する。
「古今東西、この百物語ってやつの奇妙な体験談ってのは後を断たないんだ。いわく、ロウソクが勝手に消えたとか、人の気配が増えた、とか」
「そやそや。わしの聞いた話やと、何でも百物語をした三人のジョシコーセーだったかが、百本目のロウソクを消した瞬間に何かとてつもなく怖いものを見て、ショックで心臓麻痺起こして逝ってもうたってことや」
ようやくヒカリのチョークスリーパーから蘇生したらしく、トウジもケンスケの話に乗ってくる。
しかしアスカはトウジに冷ややかな視線を投げかけると、
「あんた馬鹿ぁ? 三人とも死んだのに、なんでロウソクが消える寸前にとてつもなく怖いものを見たってわかるのよ? 」
「・・・・・・・・・・・」
「ま、まあ、そういう話が囁かれるくらい、百物語ってやつはポピュラーってことだよ」
取りあえずフォローを入れるケンスケ。
「どっちにしろアスカも参加するだろ? どうせ、このままでいたって涼しくなるわけでもないし。それに怪談話の一つや二つくらい知ってるでしょ? 」
シンジも助け船を出す。
「う〜〜〜〜〜〜ん」
しばし腕を組んだまま宙を仰ぐアスカ。
「ねえ、アスカも一緒にやりましょうよ」
ヒカリも援護する。
それでようやく決心がついたらしく、アスカは口を開いた。
「そうね。ヒカリがどうしてもっていうんなら、やってもいいわねー。シンジの言うとおり、このままいても涼しくならないしね」
そう言っておいて、シンジ、ケンスケ、トウジらを睨め付ける。
「ただし、生半可な怪談話をして、あたしに涼しい思いをさせないようなやつは、後で極刑よ!! 」
ケンスケとトウジは毒気を抜かれたような顔をして、傍らのシンジの方に視線を送る。
「・・・・・・・・ほんまセンセイは、こんな性悪わがまま女と、よく同棲できるのぉ」
しみじみというトウジ。
「これも、愛の成せるワザ・・・ってか? 」
ケンスケも茶化す。
「何か言った? 」
二人を睨むアスカの視線がより鋭さを増す。
「いや、別に・・・・・・」
しれっと答える二人。
当のシンジはというと、何ともいえない微苦笑を浮かべるだけであった。はっきりいって賢明である。
「さあ、やるんだったら、早速準備しましょ! 」
そう建設的な発言をしたのはヒカリだった。委員長とあだ名されるだけあって、彼女の場を読む能力は人一倍長けている。現在のあやふやになりそうな雰囲気を一転させる、的確な発言であり判断であった。
「ああ、そうだね」
真っ先に唱和したのはシンジだった。
彼はそそくさとテーブルの上に皿をおいて、そこにロウソクを立てていく。
「テーブルの上に百本も並べるの? 危なくない? 」
「まあ、百本点けて消えるまで話終わらなきゃならない、ってルールもあるみたいだし」
「それって地方によってルールが異なるんだろー? 」
「ロウソクは部屋のあちこちに分散していいんじゃない? 」
「あ、ロウソクはな、ちびっこいやつ、細いやつは最後の方で火ぃ点けぇな。んで最初の方の話で使うんや」
「この皿使ってもいいかー? 」
「誰か、こっちにもライター」
ヒカリの発言を皮切りに、皆暑さを忘れて作業を開始する。もともとそれほど大変な作業でもなく、総勢五人がかりということもあって程なく終了した。
「・・・・・これだけロウソクがつくと、結構明るいもんだね」
「そお? 炎が揺れるたびに影が幾つも揺れて気持ち悪くない? 」
アスカが気味悪そうに自らの両肩を抱く。
「だから言ったろ? 涼しくなるためにはこれだけ必要だって」
得意そうにケンスケ。
「ふん。まあ視覚的効果は悪くない、ってことよ」
あくまで肯定も賞賛もしないアスカであった。
「相変わらず素直じゃないやっちゃなー」
トウジが揶揄し、シンジとヒカリはやれやれという風に同時に溜め息をつく。
「ほら、アスカもトウジも、始めようよ」
「鈴原もいちいち文句つけないの」
その時、ベランダの方から、微かな歌声が流れた。
フンフンフンフン フンフンフンフン フンフンフンフンフ〜ンフフン♪
不意に流れてきたその歌声、ハミングに、全員が硬直する。
「何か、あたし、凄くイヤな予感がするわ」
「わいもや。しかもその予感、間違いなく大当たりやで」
今度はアスカとトウジの見解がピタリと一致する。
このままハミングを聞いていてもしょうがないので、アスカは本当に渋々といった表情で床にあった懐中電灯を拾い、声のする方に光を向ける。
懐中電灯の光に照らされたベランダには、手摺りに腰と片足を乗せた、一人の少年の姿が浮かび上がった。
全体的に細い身体を学生服に包み、驚くほど秀麗な顔には微笑が浮かんでいた。
「怪談はいいねぇ。人類の生み出した文化の極みだよ」
「渚・・・・・・・・」
ケンスケが脱力した声を出す。実のところ渚こと渚カヲルという存在は、ケンスケにとってアスカと並ぶ二大被写体の一人なのだが、とある出来事があってから、ひたすら関わり合いを避けていた。
「誰よ、こんな変態ナルシストを呼んだのは!! 」
口ではそういいつも、アスカの視線は既に一人の人物を捕捉している。いうまでもなくシンジである。
「えっと、やっぱり大勢の人でやったほうがいいかなって思って・・・・・」
「あんたねぇ、もう少し人は選びなさいよ!! 」
シンジの胸倉を掴み上げるアスカ。
「御挨拶だね。僕は招かれざる客ってことかい? 」
カヲルは手摺りから飛び降りる。
「まあ、別に僕はシンジくん以外にどう思われようが、かまわないけどね」
そう言うとシンジにとびっきりの笑顔を向けた。
「カヲルくん・・・・・・」
「くぉら!! あたし以外に、しかも男にときめいてどーすんのよ!! 」
アスカはシンジの胸元を締め上げ揺さぶる。
「ちょっと待って。渚くんはいつの間にこの部屋に来たの? 」
至極常識的な疑問を口にしたのは、ヒカリだった。
「ああ、屋上から縄梯子を使ったんだよ」
カヲルはベランダの一角を指さして見せる。なお懐中電灯で照らされているベランダには、縄のようなものが揺れていた。
「ありゃ、縄梯子じゃなくて、縄そのものちゃうか? 」
「フフ、シンジくんに会うためなら、その程度の些末なことなど、問題ではないのさ」
カヲルはサラリと口にすると、両手をポケットにつっこみ、音もなくリビングへと足を踏み入れる。
「それに、是非僕も百物語に混ぜてもらいたいな。そのほうが色々都合がよくてね」
「なんの都合よ? 」
シンジを失神寸前まで締め上げておいて、アスカはギロリとカヲルを睨む。
「それは、君たちの知るところではないよ。強いていうなら大いなる意志ってやつかな? 」
肩をすくめて見せるカヲル。
「僕は修正者であり、鬼札(ジョーカー)であり、道化(ジェスター)でもある。そう定められてるんだ」
そういって、笑顔を浮かべながら、リビングにいる全員の顔を見回す。
「「「「・・・・・・・・・・・・・? 」」」」
「まあ、あんたが単なる不様な道化ってのを認めるのは、やぶさかじゃないけどね」
難しい日本語の言い回しを披露しながら、吐き捨てるように悪態をついた人物はいうまでもない。
それでもカヲルは全く意に介した様子はなく、微笑を浮かべながら不敵な発言者を見やる。
「フフフ・・・、僕に対する激しい敵意の裏には、君のシンジくんに対する想いが伺える。それもとても強いものだ。全く尊敬に値するよ」
「な、な、な、な、な・・・・・・!! 」
思いもよらぬ反撃に激しく動揺するアスカ。
「な、なんで、超絶完璧天才美少女のこのあたしが、こんなブァカを好きにならなきゃならないのよ!! それにあんたに尊敬されても全然嬉しくないわよ!! 」
そういって顔を真っ赤にしながら両手をブンブン振り回す。まだ襟首を掴まれたままのシンジは、激しく上下に揺さぶられ、けきゅっ、という言葉を発すると昏倒した。
「なんや、惣流のやつ、センセイにベタ惚れだったんとちゃうか? 」
その光景を見ながら、トウジはポツリと呟く。
「バカねぇ。好きに決まってるじゃない」
ヒカリが小声で答える。彼女には解る。なぜなら彼女自身も同じようなことを経験していたから。
「まあ、早く始めないと、ていっても、始まらないよなぁ・・・・」
ケンスケの視線の先には、なおがなりたてるアスカと、涼しい微笑を浮かべているカヲルがいる。アスカの両手に胸元を掴まれたままのシンジの顔が青白く見えるのは、多分ロウソクの炎のせいだろう。
ロウソクは無慈悲に燃え続ける。
・・・・・・結局、事態が一応の収まりを見せ、百物語が開始されたのは、それから二十分後のことだった。
続く
三只さんからまたしても頂き物、それも今回は続き物ですね‥。
凶暴な(笑)アスカ。謎めいたカヲル。ちょっと(凄く?)情けないシンジ‥。
続編の素晴らしく電波な期待がもう凄いです♪
みなさんもぜひ続きをはやく!のメールを送って下さい。