「弐拾七」  Heaven can wait







僕らは規定の時間、翌朝8時に起こされた。
カヲル君は今日もテストだ。
僕の予定はオフだ。監視は付いているのか付いていないのかわからない。
付いていたとしても余程のことでない限りは表立って僕の行動を止めようとしない気がする。

僕は綾波に会いに行くことにした。何を話せばいいかはわからない。でも会えば何かあるかも知れない。
交通機関も大きなダメージがあるみたいなので、電車には注意した。
電車を降りると、午前中なのに夏の日差しだった。とても暑くチリチリと日差しが肌に刺さってくるようだった。

差し入れと言うかジュースを数本買っていく。綾波の部屋の前で呼んでみるものも留守だった。
せっかく来たのだし帰るのももったいないと思った、とは言えここで待っているのも暑い・・・・・
鍵は開いていたので中に入っていることにした。

彼女の部屋は冷房を入れなくても何故かひんやりとしていた。
冷蔵庫を開けて買ってきたジュースを冷やす。冷蔵庫の中には牛乳と少しの食材、そして薬が入っていた。
その他のところに目を向けると食器は少ない。
ただ、ゴミなどはほとんどなく本当に机と椅子とベッドと何冊かの本しかない殺風景な部屋だった。

椅子に座ってそこにある本を手に取った。
生物学の本だった。どうやらアミノ酸やたんぱく質の生物が合成する際の理論らしい。
分子量の変動などが書いてあったのだがさっぱりわからかった。


一時間ほどで彼女が戻ってきた。
「碇君、どうしたの?」
と、さほど驚かない様子で声を掛けられた。
こんなことが許されるのは多分綾波だからなんだろうなと思いながら、軽く謝って冷蔵庫のジュースを取る。
「これ、差し入れ」

ジュースはよく冷えていた。
「何本かあるけど何がいいかな?」
と訊ねると彼女が指定したのはコーラだった。意外な顔をすると
「カロリーと水分の補給にはいいから」
と合理的な答えだった。


彼女の事も好きだと思う。今の彼女が、彼女と知り合ってからの記憶が完全じゃないのかも知れないが断片的な記憶は残っていると思う。
彼女を好きなのは人間的に好きなのであって、魅力的だけれども異性としてのそれではないのかも知れない。
でも、前の使徒戦で彼女の僕に対する思いを知ってしまった。それは僕にとって彼女を避けたかった理由でもあったのだが、少しだけ整理ができている。



僕は病室でアスカに思いを伝えた。その言葉、気持ちは揺らぐことはない。



「碇君、何の用なの?」
「うん、カヲル君の事なんだ・・・」

「フィフスチルドレン・・・彼は私と同じだと言っていたわ。私には意味が分からない。」
「そうだよね・・・・・」

僕は息を飲んで、言葉を選びながら彼女に伝える。
「彼はね・・・・・最後の使者なんだ・・・・・」

「彼は・・・彼自身は僕らと戦う事を必ずしも望んでいないみたいだけど・・・・・」
「戦う事になるかも知れない・・・・・」

「そうなのね・・・」

「綾波はどうするの?」

「私?・・・・・彼が使徒で戦わなくてはいけないのなら仕方と思う。
でも、戦うと言ってもエヴァもないからどうしていいかはわからない・・・・・」


次の言葉には僕はドキッとした。
「でも、あの人・・・・・私が知っている人のような気がする・・・・・」
「そして・・・私を呼んでいる気がする・・・・・」


「用件はそれだけ?」
大事な話だったのに事も無いように言う彼女の前に僕はそれ以上の言葉が出てこなかった。

「あ、今日は・・・その・・・綾波と話ができて良かった・・・」
「そう・・・ありがとう」
そう言った彼女は少し嬉しそうだった。


僕は家に帰らず本部に泊る事にした。ミサトさんに電話で伝えると来訪者用の職員の個室があるとの事でそこを空けてくれた。
ちょっとした買い物などをして部屋に入ったのは夕方だった。
アスカの所には寄らなかった。あらぬことを言ってしまい余計な心配を掛けたりしたくなかったから。
もう少し落ち着いたら会いに行きたいと思った。


部屋で昨晩の会話を思い返す。
彼は時間が欲しいと言った。彼の結論が出るのはいつなのだろうか?
それよりも戦う道を選ぶのか、僕らと共に生きることを選んでくれるのだろうか?

彼はその日捉まらなかった。食堂で夕食を摂り、いるかも知れないと思い大浴場に向かったがいなかった。
さすがに彼の部屋に向かうのは気が引けたので部屋に戻り早目に寝た。



翌朝10時、起動試験に備えてケージに行くと・・・プラグスーツを着たアスカがいた。
いるはずがない。だって入院中で、体力的にもまだ戻ってないはずだった。

「ア、アスカ?」
「シンジね・・・」
「アスカ、病院はどうしたの?」

「抜け出してきたのよ・・・今日はすごく悪い夢を見たの・・・女の勘・・・かな?」

その言葉にはっとした。
「まさか・・・今日・・・」

それも彼は戦う事を選んだということなのか?
アスカは弐号機のケージにいるわけではない。なぜかここにいる。



警報音が突然鳴り響いた。
「本部内において、パターン青の波長を確認。各員第一種戦闘配置。繰り返す・・・・・」

そしてケージの非常回線が鳴る。
「シンジ君、聞こえる?最後の使者が尻尾を出したわよ。出撃準備をして!」

回線を切るとアスカが
「出撃準備?・・・アタシも連れてって・・・」
「アスカ、無理だよ。その身体じゃ戦闘に耐えられない。」
「嫌・・・ここにアタシを残して行かないで・・・そのためにここに来たんだから・・・」
彼女が鋭さのある眼光で僕を見つめる。

「・・・わかった・・・じゃあ行こう。」

二人でプラグ内に入りLCLを満たした。彼女を膝の上に乗せてそのままベルトを掛ける。
彼女が軽く感じられた・・・・・


「シンジ君・・・命令を伝えます。使徒は弐号機を伴いセントラルドグマへの侵入を開始したわ。」
「・・・使徒の本体は・・・フィフスの少年よ・・・必ず殲滅して。」

僕の説得は無駄だった。彼は僕を裏切った。友達だと言った僕を裏切った!!
「ミサトさん・・・嘘だと言ってください・・・」

「残念ながら事実よ・・・ところでアスカ・・・?どうして・・・?」
「ミサト・・・・・」
「・・・いいわ・・・時間がないの。そのまま出撃して。」



「ワイヤーウィンチ装着完了。エヴァ初号機発進します。」
「通路27番を現在降下中。使徒との接触まで45。」
「使徒並びにエヴァ弐号機、肉眼にて確認します。」

「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったんだ。」
「アタシの弐号機が・・・どうして・・・」

「カヲル君!!」
「シンジ君、君が来るのを待っていたよ・・・」
「やっぱり君とは戦わなくてはいけないのか?やめてよ!今ならまだ間に合う!」
「それはできないな。話した通り、僕は僕が生き続けるのが本能だからさ。」


初号機に対して弐号機が彼の降下阻止の妨害をしてくる。
弐号機と取っ組み合いになる。すごいパワーだ。
「カヲル君、やめてよ!!」
「やめてよ!!私の弐号機!!」

「弐号機は今、心を閉ざしているからね・・・」

「アダムより生れし者・・・・・僕もアダムより生れし者だからね。魂さえなければ同化だってできるさ・・・」


「シンジっ!!」
弐号機がナイフを抜いた。そしてそのナイフを僕の肩口にいきなり刺し込もうとする。
僕もナイフを抜いて、その刃を防ぐ。そしてその刃は弾かれて近くに浮遊していたタブリスに向かう。
パキーン・・・
ATフィールド?
「そう、誰もが持っている心の壁だよ・・・リリンもわかっているんだろ・・・」

弐号機がそのすきに僕の肩口にナイフを刺し込む。
「うぐっ!!」
激痛が走る。
「アスカっ!!ごめんよ!!」
僕も弐号機にナイフを刺し込む。

そのうちにセントラルドグマに着いた。ワイヤーが自動に落ち、僕も落下する。
空中でのもみ合いは僕が上になって落ちた。
立ち上がって、さらに先へ進もうとするタブリスを追う。しかし、弐号機が僕の足を掴んで離さない。
そのうちにタブリスはセントラルドグマのさらに奥、ターミナルドグマへと向かう。
巨大な扉のロックを解除し浮遊したまま、そこに足を踏み入れる。

弐号機はそのうちに立ち上がり、再び組み合いが始まる。片手が離れるとそれぞれに刺し込んでいたナイフを抜こうとする。
ナイフを抜く事はできたが手に取る事はできなかった。近くに落ちたようだ。
弐号機のナイフの刃は僕の肩口に刺さったまま折れた。そして新しい刃を出す。

組み合って・・・弐号機にパワーで負ける?
片手の力比べで僕は組み伏せられ、弐号機は僕の上になる。
そして、ナイフを上から止めを刺そうとするが如く振り下ろす。
そのナイフは僕の腕に刺さり再び激痛に顔を歪める。

弐号機のナイフはカッターナイフ様のものだ。僕の腕に刺さったまま刃が折れた。
もう刃がないナイフだが、それを僕に向かってメッタ刺しにするように何度も振り下ろす。


「やめてぇっ!やめてぇっ!!」
アスカの悲鳴だった。
アスカが大声で泣きながら叫ぶ。

「やめてよぉっ!!もう・・・いやぁぁぁっ!!」


「シンジぃ!!ごめんね!!ごめんね!!」

「これはアタシの心なのっ!!シンジがアタシよりもファーストを見ていたことに嫉妬してアンタを憎んでいるアタシの心なのっ!!」
「だから・・・だから・・・」
「やめて!やめて!やめて!やめて!」
「もうやめてよぉぉぉぉっ!!」

声も限りの叫び声だった。
アスカはそのまま気を失う。


一瞬、弐号機の動きが止まった。僕は上半身を起して左手で弐号機の顎の辺りに手を掛けて押しやる。
それを防ごうと弐号機は両手で僕の左手をつかんで引き離そうとする。

僕の右手は空いた。その手を動かしてさっき落としたナイフを手探りで探す。
ナイフを掴むと弐号機は両手で首を締め始めた。意外に相手の頭部が近い。
右手の逆手で持ったナイフを頭に力一杯突き立てた。
弐号機は活動をやめた・・・・・

弐号機を払いのけ起き上がる。プラグ内のアスカは気を失ったままだった。



タブリスを追って白い巨人の前に向かう。片隅に去って行く綾波の後姿が見えた気がした。
巨人の前の使徒が振り返って言う。

「ありがとう。君を待っていたよ。」

僕の意思ではなかったが右手で彼を掴む。彼は抵抗しなかった。

僕をしっかりと見据えて彼は話し始めた。

「シンジ君、ありがとう。弐号機は君に止めて置いて欲しかったんだ・・・そうしないと僕は弐号機と共に生き続けたかも知れないからね。」

「カヲル君、何でこんな事を選ぶんだよ・・・」
「これが僕の運命だし、本能なんだ・・・だけど、ここで僕は死を選ぶことだってできる。」

「・・・生と死は等価値なんだ。僕にとってはね。」
「カヲル君、死ぬ気・・・?」
「ああ、死ぬことだけが僕を自由にしてくれる・・・・・」

「ちょっと待って!カヲル君、君は僕を友達だと言ってくれたじゃないか!!」
「そう、君は友達だ・・・だけど僕は君達とはこのまま生きられない・・・未来を与えられる生命はたった一つなんだ。」


「それは僕ではない・・・君達さ・・・」

長い沈黙だった。

「これは僕の遺言さ・・・いや、君が言う事がもし正しいとしたら、また会えるかも知れないね。」
「君達に幸あれ。そして君の傍にいる女性にもよろしく伝えてくれるとうれしいな。」

再び沈黙が訪れる。そして彼はその目を閉じた。
「さあ、僕を消してくれ・・・」




・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼を握りつぶした・・・・・
最後の使徒を、僕を好きだと言ってくれた僕の友達を・・・・・
彼の首は静かな微笑みを浮かべてLCLの海に落ちた。



「ミサトさん・・・・・最後の使徒を殲滅しました・・・・・」
「アスカは気を失っています・・・・・」
「弐号機と・・・・・アスカをお願いします・・・・・」



僕は初号機を降り、本部を出た・・・・・外は午後の日差しが降り注いでいた。
暑い午後だった。





(ガンマ・レイ。タブリスが希望の種を播いてくれた事に対して明るく送り出すというところかも)







オサーンさんからのお話はここまでが補完までの展開になっております。
いわば長い序章のようなものでしょうか。

続きは執筆中とのこと。ゆっくりと続きが読める時を待ちましょう。

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