「弐拾六」Save Us







アスカはまだ入院中だ。
まだ自分で積極的に食事を摂っていないそうで栄養補給は点滴が中心である。
実際のところそれだけではエネルギーが足りないから体力の回復は遅れがちだ。
身の回りの事は完全介護なのであるが彼女が寝ているうちにお風呂に入れたりもしているらしい。
看護師さんも仕事とは言え感謝している。

「良く来てくれている男の子ね。」
担当の看護師だった。アスカに関して言えば治療に関して待遇は悪くないようだった。
気立てのよい優しそうな人だ。彼女になら任せても安心かなと思った。


彼女の復帰に関しては白紙の状況である。
チルドレンの本格的な管理を任されていた赤木博士は、先日の件で拘束されている。
そのためパイロット復帰のためのパーソナルデータ書き換えなど複雑な作業を進めることはできない。

アスカが戻って来たとしても重大な精神汚染も懸念されている。
シンクロ率の伸び悩みを解消するための弐号機の調整、パイロットの調整が必要になるだろうと見込まれているわけだ。

僕らは兵士だから使い物になる状態になってなくてはいけない。もっときつい言い方だとエヴァという兵器のパーツの一つだ。
現状では彼女は戦力としての復帰は難しいと判断されても仕方がない。
ハーモニクスなど各種の調整などが煩雑になると思われるため彼女については入院中のまま保留の状態だった。

僕の体調も思わしくはない。不眠や過労が重なっている。実はアスカのお見舞いに行ったついでに睡眠薬を貰っていた。
まだハルシオンだから軽いものではある。これの効きが良くなければデパスでも頼もうかな・・・



そんな中、五番目の適格者が召集される。
渚 カヲル・・・・・
暫定の弐号機のパイロットであり・・・彼の正体は最後の使者である。



僕は湖の畔で一人佇んでいた。

アスカの退院については目処が立たない。退院したとしても僕を受け入れてくれるかはわからない。

綾波にも会いたくない。綾波のスペアを見てしまい、それが破壊された事で綾波に同情と怖さと入り混じった複雑な気持ちがある。

ミサトさんは仕事や、調べものとかでほとんど家にいない。
もし、帰って来ていたとしても、彼女の部屋のドアには「仕事中、声掛けないで」の張り紙が貼ってある。
リツコさんの処遇の件、戦闘による被害の復旧、そして自分の調べもの、人類補完計画の事だろうが、などで忙しいようだ。

周囲の友人たちは・・・・・ケンスケやヒカリは疎開し、トウジも入院中のまま疎開していった。学校はすでに休校しクラスメイトも誰もいない。

今は誰かにそばにいて欲しかった。そばにいてくれるだけで安心する。



鼻歌が聞こえる。「第九」だ。多分、彼だろう。
見回すとペガサスのオブジェのような形をした瓦礫の上に彼は座っていた。
「歌はいいねぇ・・・リリンの生み出した文化の極みだよ。そう思わないかい?」

「碇 シンジ君」

やっぱり僕を知っていた。
「君がカヲル君?渚カヲル君?フィフスチルドレン・・・・・」

振り返り僕に話しかける。屈託のない笑顔・・・僕はしばらくこんな笑顔をしていない。
「そう、フィフスチルドレン、渚 カヲル。君と同じ仕組まれた子供だよ。」

「僕の事を知っているのかい?」
「当然さ。君の事を知らない人間はこの世界にはいないよ。失礼だが君はもっと自分の事を理解した方がいいと思う。」

そう言って彼は瓦礫から降りて僕のいる岸にやってきた。そして握手を求める。
彼には全く敵意がない。好意的な態度だった。とても僕らの敵になる存在とは思えなかった。
正直言って彼と戦う事になるとは思えなかった。
僕もその握手に応じて「よろしく」とお互いに挨拶をする。



今日はそのままテストだった。会話もそこそこに別々にテストのケージに着く。
現状、初号機はS2機関を取り込んでおり封印は解除されているものの研究が進んでおらず不安要素のあるままの運用だった。

ただ、この機体だけが現在のネルフの唯一の戦力と言えた。
弐号機は機体の損傷はないもののパイロットが欠員状態のため戦力にならない。カヲル君はそのパイロット候補として派遣されている。
零号機はもう存在しない。
パイロットのレイもテストのため来ていた。久しぶりに顔を合わせたが特に会話をすることもなくテストが開始された。
実は綾波のテストは初号機の疑似プラグである。
以前に起動できた実績があるため初号機の予備のパイロットとして彼女は考えられている。


テストの中、僕のシンクロ率はまあまあの数値だった。最近、精神的に不安定なため心配していたがそれほどの問題はなかった。
エヴァの中では特に余計な事は考えなかった。ただ操縦のための意識を集中させた。

カヲル君は弐号機のコアがアスカ用のそのままで高いシンクロ率を示した。
彼はさらに特技を持っていた。
エヴァとのシンクロ率を自らの意思で制御する事が出来た。これは彼の事を知らない人間からすると驚異に値する。


僕の場合は当初から、エヴァとのシンクロに重要なコアの事を知っていた。
その初号機のコアには誰がいるかも知っていたし、重要な事ではあるがそのコアは母親がいるという事も知っていた。
母親からすると成長した息子を見ることは嬉しいに違いない。そして僕もコアの中では心を開いた。
本当のシンジの心ではないのかも知れない。しかし、それに対して母さんの心は拒絶せず、愛しい息子として接してくれた。
だから初号機に乗っている限りではシンクロ率の大きな低下と言う事態には僕は対処せずに済んだ。
しかし、彼が今回のテストしたのは弐号機である。弐号機のコアは彼と面識のある人物のものではない。


彼はやはり僕たち人類と言う存在ではない・・・
アダムより作られし者・・・最後の使者だ。

弐号機は実は僕の乗る初号機とベースが異なっている。
僕の初号機はリリスより作られし者、弐号機以降のエヴァについてはアダムより作られし者だ。
彼もアダムより作られし者であり、アダムの心を持つ者である。
ここでの肉体こそ僕らとサイズや見た目は変わらない。しかし、本質は僕らより明らかにエヴァに近い存在だ。
コアに宿っている魂についても、パイロットとの関わりがある者がコアであっても心が開かれていなければ意味がない。
弐号機は彼と親和するのはやはり本質的なものなのだろう。



テストが終わって、僕はゲートの前で彼を待った。今日は部屋に帰るつもりはない。
やがて、彼が来た。僕に対して屈託のない爽やかな笑顔を向ける。
その表情からは僕に対しての敵意などは微塵もないと思う。現に敵意はもってないだろう。
彼の前では弱気な演技をしながらも、色々話をしなければならないと思っている。

「やあ、シンジ君。僕を待っていてくれたのかい?」
「う、うん」

「シャワーは浴びたかい?」
「いや、まだだけど・・・・・」
「じゃあ、一緒に行こう。僕もここに来たばかりで、実はよく知らないんだ。」
ここまでの会話はまるで僕らが昔からの知り合いのような親しさを持ったものだった。
そして僕らは大浴場に向かう。

二人で風呂に入る。
手早く身体を洗い二人とも湯船に入る。

「君は強い心と繊細な心を持ち合わせているみたいだね。」
僕の方を見ていたが正面に向き直って続ける。

「人は誰だって弱さを持っている。でも、その弱さと向き合っていくことができなければ、そして受け入れることができなければ、生きてはいけない。
それは必ずどこかで噴出するんだ。」


「あの弐号機パイロットのようにね・・・・・」
アスカの事をなぜ知っているのだろう?彼はやはり超越した存在なのだろうか?

彼の手が僕の手に触れる。

「誰もそれを一人で乗り越える必要なんてないんだよ。一人よりも他人を頼ったっていい。
そうして仲間ができて・・・場合によっては家族になることだってある。リリンはそうして繁栄してきた・・・・・」

「でも、人はいつもさみしさを感じながら生きている。心が痛がりだから他人を気にして、そして他人を求めて生きている。
でも、他人を怖がったままでは、特に大事な事を隠し通したままでは、傷つくこともないけどわかり合う喜びを得ることもないよ。」

意味ありげに僕の目を見る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
「君は僕と話したいんだろう?」



照明が落ちた。
「ここはもう時間なのかい?」
「そうみたいだね。」

「君は帰らないのかい?」
「・・・・・・・・」
「まあいいさ。僕も君と話したいことがあるし、僕の部屋でいいかい?」
「うん。邪魔にならなければ、泊まらせてもらっていい?」
「ああ、もちろんかまわないさ。君もそれを望んでいるんだろう?」



彼の部屋の床に毛布を敷き、そこに僕は横になる。二人とも上を向いたまま話した。

「カヲル君・・・カヲル君は何をしにきたの?」
「ん?」
「君はただのチルドレンじゃないんでしょ?」

「そう、その通りさ。なぜ君がそれを知っているのかは今は聞かない。僕はアダムより作られし者・・・」
「君の知っている綾波レイと同じようなものだよ。」

「綾波・・・・・?」

「ああ、彼女はまだ覚醒していない。きっと自分が何者なのか気が付いていないだけだ。」
「・・・・・でも、多分気が付くだろうけどね・・・・・」


「僕らと相入れることは君にはできないの?」
「はっきり言うと僕らとの戦いをやめることはできないの?」

「ああ、そのことかい・・・・・」

彼は自分を落ち着かせようとしたのか時間を置いた。

「僕は君達とは違う人の可能性を持って生まれてきた人なんだ。」
「しかも僕を作り出した、蘇らせたリリンは僕を使って・・・どちらの人の世も終わらせようとしている。
それにより人は幸せになり、満ち足りたものになると思っているらしいけど、それは僕の本能とも合致するからね。」

「え?」
「僕が生き続ける、という本能さ。」

上を向いたまま話していたが今度は僕に向き直って続けた。

「シンジ君、君の言いたいこともわかるんだ。でも、この事は僕一人の意思では決められないことさ。今は答えることはできないな。」

さらに僕の表情を確かめるように見つめながら言う。
「でも、僕は君が好きだ。君と会えて良かったと思っているし、君や君たちと生き続けられるのならそうしたいとも思っている。」

「カヲル君・・・・・」



「さあ、今度は君の番だ。僕は君に対して正直に話したつもりだ。僕は君を信頼して話した・・・君も僕の事を信頼してくれるね?」

彼になら話してもいいと思った。僕も追い詰められていたし、彼にはそれを引き出す魅力がある。
それにここにいる彼はキーパーソンでもある。
それよりも、恋愛の対象としてではなく、正直に話してくれた彼を僕は本質的に好きだ。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・僕は本来ここにいるべき人間じゃないのかも知れない・・・・・」
「ん?」

「僕はこの世界の行く末を知っている・・・君との戦いの後・・・さらに悲惨な戦いが待っている。」
「そして・・・崩壊した僕の・・・僕の心と初号機とリリスによってサードインパクトが引き起こされる・・・・・」
「それでも人類は絶滅しないと思う・・・綾波とカヲル君と僕とアスカと・・・母さんの意思で・・・」
「結果、人の形をしてこの世界に残るのは・・・僕とアスカだけなんだ・・・・・」
「その後の世界に人間は僕とアスカしか残らない・・・・・」


「それからはどうなるんだい?」
「それは僕も知らない・・・・・」

「でも、それは未来の君が望んだ世界じゃないのかい?」
「今の僕はそんな世界を望んでいない。」

「そうか・・・・・」

僕は話してやっぱりほっとした。話してしまっての罪悪感はなかった。
だけど、本当は彼から引き出したい言葉がある。

「ところで、僕は君の友達と言っていいのかい?」
「うん。カヲル君は僕の友達・・・だと思う・・・・・」
「でも・・・・・」
「でも?」

「やっぱりカヲル君と戦わなくてはならないのかい?
僕は戦いたくない。君は僕が知っている事を話した今はただ一人の友人なんだ。」

「ごめん・・・さっきも言ったように僕の本能と僕を作り出したリリン達は君たちと僕が戦うことを望んでいる。」
「しかも、君たちを滅ぼす方向でね・・・・・」

少し時間を置いた。
「だけど、それとは別に君が好きだ。君は・・・唯一、僕だけが知っている碇シンジ君は僕にとって大切な人間だからね・・・・・」


「僕にも時間が必要だと思ってくれるかい?」


「おやすみ・・・シンジ君」
彼は会話を打ち切って眠る意思を示した。




(ハロウィン。彼にすがっている感じです。激しい曲ですが僕を守って欲しいという叫びでしょうか))










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