「弐拾四」 エリーゼのために







アスカがあんな状態になったとしても、使徒は襲ってくる。
次の使徒は紐みたいなヤツだっけな・・・・・
綾波レイ、やっぱり彼女は作られた存在なのか?

でも、今やるべき事はわかっている・・・・・彼女を守らきゃ・・・
今の彼女を守るんだ・・・・・

流され続けている僕への使命みたいなものだ。



戦闘配置に着く。箱根山中からの映像は・・・・・
うそ・・・・・紐じゃない・・・?

その姿は人型に近い。のっぺりとした、人の姿をした物体が青白く光っている。
巨大な彼はゆっくりと浮遊しながら第三新東京市に向かっていたのだ。

(えええ!どういう事なんだ?!違うぞ!!
これじゃあどういう風に戦っていいか全くわからない!
僕もやっぱりここで死ぬのかも・・・どうしよう?綾波・・・)

零号機がライフルを持ち迎撃に向かう。初号機はまだ封印されている。
違うのはもうバックアップに予備のエヴァがない以上、初号機は発進もやむなしの状態だった事だ。僕も搭乗してスタンバイしている。
零号機がメインだが危険な場合にはその援護には向かわせる、という意思だろうか?


零号機がビルの影からライフルを構えて片膝を付く。そして射撃を始めようとした時、
使徒が反応する。彼はいきなり地に足を付けビル影に隠れたのだ。
「くっ!」綾波が射撃を開始する。しかし、当たらない。
零号機の攻撃は障害物のビルに命中したり、市外の丘陵に当たりそれらを吹き飛ばしているだけだ。
巧みに態勢を低くしたりビル影に隠れたりしながら、次第に零号機に近づく。
零号機のライフル残弾はもうほとんどないはずだった。そして零号機に攻撃を加える。


その攻撃は彼女のライフルを掴み取り、握りつぶしてしまっただけだった。
零号機はライフルを奪われてバックステップで距離を取り、腰に装着したナイフを取り出し突撃する。
ナイフをかざして切りかかるが彼はその右手首を掴むとそれを捻りナイフを捨てさせる。

かなりの実力なのか、簡単にそれをやってみせた。ナイフが捨てられたのを確認すると・・・使徒は意外な行動に出た。

零号機を恋人のように優しく抱いたのである。
零号機は抵抗できなかった。零号機は優しく抱き止められながらその活動をほとんど止めてしまったのである。
そして座り込む零号機は為すがままに使徒の胸にやさしく抱かれ続けている。
ただ異常を示していたのは生体部分の露出している所は神経節が浮かび上がっていた。
何らかの形で零号機が侵食されているのは確かだった。


外部モニターを見て僕は「綾波っ!!綾波っ!!」と呼びかけるが反応はない。
零号機のプラグ内部は音声しか入って来ていない。
聞こえるのは綾波の呻き声・・・・・
でも、その呻き声は苦しさを堪えているだけの呻き声ではないのかも知れないが、いずれにしてもパイロットも危険な状態なのは確かだった。

「零号機、さらに侵食を受けています!!」
「すでに精神汚染が、侵食が進んでいるわ!!パイロットは?!」
「すでに危険な状態です!!生命の維持に問題が発生しています!」
コントロールの声は厳しい。そこに割り込む。
「このままでは綾波がっ・・・!!父さん、ミサトさんっ!!」


単なる使命感だけではない。彼女にもアスカとは違う感情かも知れないが好意を持っているからこそだった。
仲間・・・?
それだけじゃない。彼女は僕がここに来ての初めての戦いのときには命をかけて僕を守ってくれたんじゃないか!
いつだって彼女は僕らのために尽くしてくれてたんじゃないか!


ややあって通信が入る。
「現時刻をもって初号機の封印を解除。ただちに初号機を出せ。」
僕の所には小さく聞こえたが司令の声だ。
「出撃だ、シンジ」
「初号機発進!!」
「零号機の救出にあたって!!早く!!」

地上に出るとサーベルが準備してあった。それを取りフィールドを展開する。
今まで零号機を抱いていた使徒がそれをやめてこちらを向く。
そして少し離れて直立不動の態勢で初号機と相対する・・・・・
気を付けて見ると、零号機に使徒の身体の一部が・・・尻尾のように刺さったままこちらを向いているのだった。
サーベルを持ち身構える僕だったが、どうしていいかわからない。
それに使徒を前にして戦わなくてもわかる実力差を感じさせられて動けなくなっている。

彼は一歩、また一歩、ゆっくりと近寄ってくる。
「な、なんなんだ?コイツ・・・・・」
彼の右手は騎士の持つランスのように先が尖っていた。自らの身体の一部を武器に変えていたのである。

斬りかかる!使徒の反応は早くサイドステップで距離を取る。サーベルは彼の後ろのビルを袈裟切りにしただけだった。
再び彼の方に向いた時、使徒は突進を開始していた。
右手の突きが襲いかかる。

!!
その突きは左の肩口にヒットしていた。装甲板は役に立ってはいたが、砕けると共に使徒の右手の先端の一部は肩に刺さった。
装甲板がなければ貫通していたかも知れない。

痛みを堪えて僕は片手でサーベルにて斬りかかるが簡単にその右手に弾かれる。
そこからの切り返しの突きは、やはり狙いが正確だしスピードもある。
弾き返しながらの前進は難しく、後退させられている。実力的には打つ手なしだった。

そしていつの間にかサーベルを握る手は手首を掴まれて落としてしまう。
左手は肩口の負傷のせいで激痛が走り、また動かそうとしても動かない。

「まずい、右手で刺される!!」
しかし、使徒の右手はいつの間にか普通の手に戻っていた。
左手で僕の右手を掴みながら、右手は僕の肩から首に回され、頭部を近づけていた。
まるで、恋人同士のように・・・
使徒に殺意があるようには思えなかった。


その時、僕にはその使徒が綾波レイのように感じられた。
彼女が微笑みながら、初号機に顔を寄せて来る。そして両手で初号機の背を抱いた時だった。

「あ、綾波が・・・綾波が・・・僕の頭に入ってくる・・・・・ぐあぁぁ!」
僕は頭を両手で頭を抱える。激しい頭痛の中、綾波の心が・・・言葉が僕の頭の中にあふれかえる。


「わたしのこと好き?」
「碇君と一つになりたい」
「わたしの事、見て」
「わたしはあなたを求めてるのに」
「どうしてわたしを見てくれないの?」
「わたしと一つにならない?それは気持ちのいいことなの」
「あなたのこと、好き・・・」
「碇君」「碇君」「碇君」「碇君」「碇君」「碇君」・・・・・・・・・・


頭の中に溢れかえる、並んでいるたくさんの綾波レイ・・・それらが僕に次々と言葉を投げかける。
「あ・・・頭が割れそうだ・・・うがぁぁぁあっ!!うぅぅ・・・あぁぁっ!」
「綾波ぃっ!!綾波ぃっ!!」


「シンジ君、ナイフで応戦して!!」
現実のミサトさんの声だ。
その声に反応し、拘束の緩くなっていた右手を動かしナイフを手にする。
そして密着に近い状態の中からナイフを真上から彼女の肩口に刺し込む。
真っ赤な血がそこから噴水のように噴き出す。

「痛い・・・痛いわ・・・碇君・・・」
「うぅ・・・」
「くぅっ・・・」

僕の目の前の多数の綾波が一斉に刺された場所を押さえて痛みを堪える。
ある者は肩口を押さえたまま片膝をつき下を向き、またある者は立ったまま傷口を押さえて僕を見る。
多数の同じ負傷を負いながらも綾波はそれぞれに違う様子で痛みに耐える。
そして、どの綾波の左肩からも大量の血があふれ出す。やがてその血は血だまりを作り、地面を赤に染める。


「あぁぁ・・・あぁぁぁっ!!」
目の前の、僕を苦しめていたはず・・・だけど、綾波を僕は殺してしまうのか!?
その怖さに僕は耐えきれない。
頭痛もますますひどくなるばかりで精神的、肉体的な苦痛は、限界のように思われた。
「綾波・・・助けてよ・・・綾波・・・」


これらの声を心の中で聞きながら、音声としての綾波の声が聞こえてくる。
「これは・・・・・碇君と一つになりたい私の心・・・だめっ!!」
猛烈な頭痛の中で聞こえたリアルの綾波の言葉だった。


「何してるの!? レイっ!やめなさい!!レイぃっ!!」
「ダメ・・・わたしが消えればATフィールドが消えてしまう・・・だから、だめ・・・」


僕の心に入り込んでいた綾波が一瞬にして、短い悲鳴と共に溶けた。
そして解放された僕は一瞬の安堵感と共に動けないまま呟く。
「綾波・・・・・やめて・・・・・」
と呻くように言うのが精一杯だった。


零号機はその使徒を吸い込むように自らに引き寄せて行く。
「レイっ!!やめるんだ!!レイっ!!」
コントロールではめったに響かない父さんの大声が響く。
使徒の身体と零号機の身体が接触した時
「レイ・・・死ぬ気??」

「零号機、臨界突破!!」

その瞬間、あの使徒が再び綾波に見えた。刹那だったけど・・・笑顔だった。
零号機は彼を引き止めるように抱きかかえながら・・・
一瞬の光と熱に変わった・・・
僕は呆然として見ている事しかできなかった。



戦闘終了後、僕はすぐに解放されて自由行動になった。
向かったのは・・・アスカの病室。
物言わぬ、眠ったままの彼女に僕はかけられる言葉なんてなかった。
多分、綾波は帰ってくるだろう・・・3人目になっているだろうけど・・・
でも、悲しかった。今まで知っていたはずだったが・・・現実に綾波の気持ちを知ってしまったから・・・
・・・そのおかげで僕は守られてここに来ている。


2人目の綾波は仲間だった。
いや、僕はアスカに持った気持ちとは違うが彼女に確かに好意を持っていた。
彼女は初めての戦闘で、僕を命懸けで守ってくれた。そして何度も彼女は献身的に戦ってきた。
単なる戦友だけの関係だけではない。やはり何かの絆を感じていた。
そして自分を文字通り犠牲にして僕を守って消えてしまった。
僕は何も言わないアスカを見つめていただけでそのまま病室を出た。


それからの数日、僕は自宅にこもりきりだった。ミサトさんとも一度しか会っていない。
一人きりのこのマンションで、アスカのもとにも行かず、僕は何もできずに過ごしていた。
そんな数日だった。



そしてその翌朝、綾波が無事だった事を知らせる電話があった。
「やっぱり・・・作られた存在・・・」

病室に行ってパジャマで包帯姿の彼女に会った。彼女は窓の外を眺めていた。
僕は言葉が出てこなかった。やっと出てきた言葉が
「ありがとう・・・綾波。僕を守ってくれて・・・」

彼女の返答は
「そう、あなたを守ったのね・・・私は何も知らないの・・・」
「知らない?」
知っていて聞き返す僕はバカだ。

「多分、私は3人目だと思うから・・・」


綾波レイは・・・彼女はたしかに碇ユイの遺伝子を持っている。でも、その心は碇ユイのものではない。
リリスの心だとしても綾波レイは綾波レイだ。
人類補完計画・・・彼女を使って人は人をどうしたいんだろう?




(ベートーベン、エリーゼのために。綾波レイの気持ちに応えるという意味で・・・)

















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