「弐拾参」Windmill







アスカはどこに行ってしまったんだろう?
僕も心当たりのある場所に行ってみることにした。
ガードさんも僕を尾けてはいるはずだが僕の外出は止められなかったようだ。

深夜1時の街、住宅街であるこの辺りでは、ほとんど物音もしない。
マンションなど住居の灯りは付いているところも多いが、誰一人にもこの近くでは会わなかった。
野良猫が少し離れた所から僕を光る眼で睨んでいる。
僕はあの公園に来た。ユニゾンの時、彼女が僕を認めてくれた公園だった。
そこには誰もいなかった。


彼女と歩いた道、一休みした小さな公園、川沿いの土手、コンビニなど、僕は気が付いた場所を回ってみたが彼女を見つけることはできなかった。
精神的なショックが大きいだけに自殺することだって考えられたから気が気ではなかった。
2時間も歩きまわった頃、普段着ではあるけれどもそれとわかるガードの人に止められた。
「サードチルドレン、今日は部屋に戻りなさい。」



促されて部屋に戻ったが眠れそうにない。
彼女の部屋に無断で入り、窓を開けて明るい月を眺めて後悔を始める。
・・・・・アスカ・・・・・
このベッドは僕にとっての思い出のベッドだった。その枕に顔を当てると彼女のぬくもりがそこに残っている気がした。
強く押し付けると涙が出てきた。結局、そこに横になってしまうと僕はそこでそのまま眠ってしまった。

翌朝、目覚めると僕は彼女のタンスを勝手に開け、ハンカチを取り出した。
前に僕がプレゼントしたものだった。
デートの時、マナーの話になりどこに行っても恥ずかしくないような小物の話をしてプレゼントしたちょっと高級なものだった。
大切そうに取ってあるらしく使った様子はなかった。
思い入れがあったので・・・それを持っていると、そのハンカチが僕らをまた引き合わせてくれるような気がして、僕はそれを持ち歩く事にした。


その日のお昼ごろの電話でミサトさんからは
「あなたが探しても無駄よ。諜報部が探しているからその結果を待ちましょう。だからシンジ君は目の前の事に集中してちょうだい。」
と言われていた。

しかし、翌日も見つからなかった。夕方、ミサトさんは帰ってきた。
ミサトさんに僕は八つ当たりのように大声を出した。

「ごめん、シンジ君、まだアスカの行方が分からないの・・・でも、シンジ君は気にしないで次の戦いの準備に専念して・・・・・」
「何を言ってるんですか!!ミサトさん!!だったら早く見つけてくださいよ!!」
尚もしつこく食い下がっていると彼女がいきなり僕の襟首を掴みこう叫んだ。

「あなた子供のくせに何ができるってのよ!!私たちだってやれることはやってるのよ!!」

そして力なく僕を解放すると、静かにこう言った。

「ごめん・・・シンジ君・・・私たちも、今余裕ないのよ・・・諜報部を信じて待つしかないわね・・・・・」
「シンジ君も辛いでしょうけど我慢してちょうだい・・・」
既に恋人を失っているミサトさんから、このように言われると僕も強くは言えなかった。



何日か後の昼頃に呼び出しがあった。どこへも行きたくない気分だったが指示とあれば仕方がない。
重い足取りで本部に向かった。本部に着くと、リツコさんとミサトさんが訓練用のケージにいて、リツコさんの研究室に来るように言われた。

部屋に着くと僕には椅子がすすめられた。リツコさんは自分の椅子をこちらに向け、ミサトさんも適当な椅子に腰掛け、それぞれが向かい合った。
コーヒーはミサトさんが入れて、マグカップが僕に差し出される。


早速、リツコさんが切り出す。

「アスカとのことなんだけれども・・・・・最近はうまくいってなかったの?」
「はい・・・アスカの機嫌も最近悪くって・・・」

「そう、あんなに仲が良かったのに。わからないものね、男と女って」
ミサトさんが繋げる。
「シンジ君、最近は精神的にも辛いことが多かったはずだから、別にあなたを責めてるわけではないの。誤解しないでちょうだい」



「アスカは・・・・・もともとかなり深刻なトラウマを抱えていたのよ」
リツコさんの告白だった。
「彼女についてドイツからの報告書でも、情緒が不安定であること、そしてその背景にある家庭状況とか・・・
対応策の有無など来た時から多くの問題点が指摘されていたのよ。ここには彼女のカウンセリングの結果も来ているわ」

続けてミサトさんが続ける。
「かいつまんで言ってしまえば、彼女の精神的な安定と、正常な精神的な成長のルートに乗せる事がここでは必要だったってわけよ。
それがアスカのためでもあったわけだしね。」

「だから、ユニゾン訓練の後もあなた達には一緒に暮らしてもらう事にしたの。
それぞれここではあなた達には家族、それとは別な特別な存在でも・・・・・とにかく愛情が必要だと判断されたのよ。」

「じゃあ、僕らの関係は、あなた方に弄ばれていただけだってことなんですか!?」

「いいえ、そういうわけじゃないわ。
あなた達の様子を見ていたけれども、お互いに好意を早いうちから持っていたのはわかっていたわよ。
だから、それが発展していくのがアスカだけじゃなくシンジ君にも良いことだと判断したの、それだけの事。
止めるつもりもなかったし、決定的な破局がない限りは応援するつもりだったのよ。」



確かに僕はアスカが好きだった。
ここで現実にふれあったアスカは・・・僕にとって守るべき存在であり恋人だった。
アニメの存在を全く知らないまま彼女を知ったとしても、きっと彼女を望んだはずだ。

「それに司令・・・あなたのお父さんも歓迎していたことなのよ。」

「父さんが?」
「そうよ。この報告を初めてした時に
{ああ、非常に結構な事だ。愛するべき存在があればこそ人は強くなれるのだからな}ってあのポーズで言ってたんだから・・・」
そう言ってミサトさんは軽く笑った。でもリツコさんは笑っていなかった。

「私たちには・・・賭けだったのよ・・・
アスカがあのままの心理状態でいたら、多分、すぐ手の施しようがなくなって放り出さざるを得ない状況だったと思うわ。
でも、あなた達の良好な関係が続く事によって、お互いに精神的にも安定していい結果を出していた。
それによってあなた達だけではなくわたし達もその恩恵を受けていたのよ。」

「わたしもねぇ・・・努力はしたつもりだったのよ。」
「あら、自分も楽しんでいたのではなくて?」
場が和んでいるようだった。それでも、またリツコさんは真剣な表情になった。

「ところで、アスカとの関係の変化だけど・・・思い当たることとかある?」

「あなたたちは世間一般からするとかなり早くに大人になったわね・・・・・」
僕を真剣な眼差しで見つめながら話す・・・・・

「・・・一度だけです・・・」
「そう・・・だったの・・・・・」

ミサトさんは少し思いつめた様子で、茶化す様子もなく言う。
「こんな状況下で、別にあなた達に対して若すぎる性がどうとか倫理的な事を言うつもりはなかったわ。」
「溺れさえしなければそれでいいと思っていたの。」

リツコさんが続ける。
「あの子のトラウマの一つには、父親への嫌悪から来る男性への拒否反応があったのよ。
だから、あの子はシンジ君を父親と被らせてしまったのもあるのかも知れないわね。」

僕はドキッとした。そうだ、あの関係を境にして彼女の様子が変わったんだ。

リツコさんがさらに続ける。

「それと、あの子のお母さんの事は知ってる?」
「詳しくはないですが・・・・・」

「あの子の本当のお母さんは・・・あなたのお母さんと同じくエヴァでの事故によっておかしくなってしまったの。
肉体は戻ってきたのだけれども深刻な精神汚染を受けてしまったのよ」

「そして、自らの命を絶った・・・・・」
ミサトさんの一言だった。

「だから、あの子はそんなトラウマから逃れるために必死だったのよ。」
「それからの彼女にはエヴァの操縦が全てだったの・・・
勉強や運動もエヴァの操縦に関係する事には、それこそ血のにじむような努力をしていたわ。
私も保護者をしてたときも、加持が保護者だった時もそうだったのよ。そして強固過ぎる、危ういプライドが彼女を支えるようになった・・・」

「そうだった・・・んですか・・・・・」
知っていたこととは言え、彼女の壮絶な過去を考えさせられると、それは僕を委縮させるには十分だった。

リツコさんが僕を慰めるように言う。
「それを、ここまで・・・結果的には申し訳ないことになってしまったけど・・・
ここまで彼女を保たせてくれたのはあなたなのよ。だから、あなたを責めることなんて
誰もできないわ。それに彼女もあなたを選んでいたわけだし・・・」



長い沈黙だった・・・・・

「・・・アスカは昨日発見されたわ・・・・・」
ミサトさんの一言は僕を安心させたが、その続きは厳しいものだった。

「昨日、街外れの廃アパートで発見されたの。今は附属病院に入院しているわ。」
「で、容体は!?」
大声になってしまった。答えたのはリツコさんだった。

「極度の脱水症状と栄養失調、体力的な消耗が結構激しいわ。
あと、精神的にもかなり参っていたらしくて、自殺の心配すらあると医療部のスタッフが言っていたわ。」

「・・・・・会えないんですか・・・・・?」

「いえ、お見舞いには行けると思うわ。
でも体力の回復と精神的な安定の手がかりができるまでは、今はほとんどの時間を薬で寝かせてるのよ。
そうしておかないと点滴まで拒否しかねないから。あと、当然ながら24時間監視されているわ。」
事務的なリツコさんの返答だった。

「シンジ君、彼女が完全に薬で眠っている午後2時から6時までなら傍にいてもいいわよ。
ただ、彼女との会話はしないで・・・あなたの存在に気づけば情緒が不安定になりかねないわ。それを約束してくれるなら会いに行ってもいいわよ。」
ミサトさんの返答も素気ないものだった。
僕は「ありがとうございます」と頭を下げて部屋を出た。


会話するなって・・・・・彼女に意思の伝えようがないってことじゃない?
それじゃあ、彼女を救うことなんてできやしないじゃないか!!
何のためにここまで来たの?何も変わらないじゃないか、この世界は。
僕は物語のあらすじを知ってここにいるわけだけど、まるで予定調和じゃないか?
みんなが幸せなハッピーエンド・・・とはいかなくても僕らは幸せな未来を送れるようにやってきたはずなのに・・・・・
僕は結局、単なるいくじなしだった・・・・・のか?
単に必死に闘って、流されただけだったって事なのか?
ここにいる僕の存在の意義って何?

これは予定調和、って事?結局、あのシナリオって変えられないってことなのか?
いや、変えられるチャンスは何度もあったはずだ・・・でも、この結果とはね・・・
僕はヘタレなんだよ・・・いくじなしで・・・臆病で・・・ずるくて・・・弱虫で・・・

目の前の彼女からは様々なコードが伸び、点滴などのチューブが張り巡らせていた。
そんな、寝息を立てている彼女をもう二度と目覚めないんじゃないか、そんな恐怖にも駆られた。
ここまでの結果は・・・・・僕の招いた、僕が引き起こした結果だ。
もっとも恐れた結果の一つが目の前にある。
彼女との楽しかった日々に戻りたい。
今はただそれだけ・・・・・・・・




(ガンマ・レイのバラードです。)













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