「弐拾弐」Lava







久しぶりにアスカも、ミサトさんも揃っての夕食だった。
その日は僕と綾波は先にテストを終え、最近の日常のように一緒に帰った。
アスカは基本的に時間がずれるし、一緒にいるときでも考え事をしているようであまり会話がなかった。
それに僕らを拒絶しているように見えた。


家に帰り、夕食の支度をする。葛城家にはそれほど余裕があると言うわけでもないので、腕によりは掛けたが普通の食卓だった。
アスカがわざとらしく、「いただきます」と言い久しぶりの食卓を囲んだ。
彼女は最近のテストの不出来から慢性的に機嫌が悪いようで僕らとの接触は避けたいようだった。
だから本部に泊っている日が多くなっていたようだ。

彼女の撒き散らす不機嫌は久しぶりの食卓での会話を封じた。
ミサトさんだって決して機嫌が良いわけがなく、かなり湿りがちなのだ。そしてちびちびビールを飲んでいる。
僕もそんな空気を読んで何も言わない。
こんな状況でみんなが揃ったとは言っても冷たい空気の食卓だった。


刺のあるしゃべり方で「ごちそうさま」とアスカが言い席を立つ時に電話が鳴った。
ミサトさんがその場に一番近かったアスカに声を掛けると彼女は
「嫌よ」と言って拒否した。

そして次の彼女の一言は僕に疑問を投げかける。
「どうせ加持さんからのラブ電でしょ?ミサト。」
「それはないわ・・・・・」
(やっぱり伝えなきゃ・・・・な)

アスカも加持さんに連絡を取ろうとしていたはずだった。
この追い詰められた彼女の状況では、僕にも敵意を持っているようだし、当然ミサトさんにも良い感情が今はない。
そうすると、結局初恋の人でありドイツから一緒の加持さんに接触をとろうとしたはずだからだ。

電話は僕が取った。彼女が嫌味を言ったが僕は彼女を睨みつけてその電話を取る。彼女は後ろを向いていた。

取った電話は国際電話だという事でオペレーターが案内してくれた。
アスカの義理の母からアスカ宛のものだった。
「アスカ、電話だよ。ドイツのお母さんだって」
僕は明るく言うと彼女はきょとんとした顔で「アタシに?」と言い、
「貸しなさいよっ!」と受話器をひったくった。

流暢なドイツ語で話す彼女は普段からはあまり感じないものを感じさせ、知らない人のようだった。
彼女は笑いも交えながら陽気に話していたようだった。
かなりの長電話の後、電話を切った。
その瞬間の彼女の表情の変化を僕は見逃さなかった。笑顔が消え深刻な表情になったのだ。
しかし、アスカとの会話のいい機会だと思って話しかけた。

「ドイツからお母さんの電話かぁ・・・家族っていいなぁ・・・」
「義理の母親よ。本当の家族じゃないわ」

「でも、嫌いってわけじゃないの。ただ苦手なだけ・・・・・」
と言った後はっとした様子で
「なんでこんなことアンタに話さなきゃならないのよ!」
悪態をついて見せた。

アスカは今日最後のお風呂だった。僕らは先に帰っていたのでお風呂を済ませていた。
お風呂から何か大きい音がした。
その後に
「・・・・・大っ嫌い!!・・・・・なんでアタシが、アタシがぁぁ!!」
と彼女の悲痛な叫びが聞こえた。
内容は知っているつもりだけれども今の僕にとって深入りすることは難しい・・・



翌日のテストのアスカの結果はひどいものだった。たびたび彼女への注意が飛ぶ。それでも結果は良くならないようだった。
さすがにたまりかねたリツコさんから一人だけテスト終了を言い渡される。僕らもテスト後にコントロールルームに集められてそれぞれ批評を受ける。
そこでのアスカへのコメントは特に短いものだった。でも、マヤさんが席を立った時に見えたコンソールの数値は僕を驚かせた。

彼女の今日最高のシンクロ率は・・・・・20.8・・・・・
エヴァの起動する最低の数値は18・・・・・だったはず。瞬間的には起動に必要な数値を割っているかも知れない。
このままではアスカはパイロットとして用をなさないレベルにまで落ちていくことになる。

僕は改めて彼女のことを考える。
次の使徒はアスカの精神に大きなダメージを与える、精神汚染を攻撃の手段とする奴だ。だったら・・・・・彼女はここで出ない方がいい。
残酷だけれども僕がここでダメージを与えてこの戦いに出られないようにした方が、彼女にとっていいのかも知れない。


彼女は、まだ加持さんには好意的な感情を持っているのはわかっていた。
それに・・・・・真実を彼女に隠し通すのはやっぱり辛い。
僕は決意した。

「ミサトさん・・・・・」
「何?シンジ君」
「今日・・・・・加持さんの事、アスカに伝えます・・・・・」
「そう・・・いいわ。そのことはあなたに任せたもの・・・」
「はい・・・」


今日は一人で部屋に帰った。アスカも少し遅れて部屋に着いた。
僕は玄関に立って彼女が部屋に籠らないように彼女の進路を塞いでいた。
彼女は僕を見るなり「どきなさいよ」と不快感を露にした。
アスカを睨みつけて僕は言った。
「留守番電話のメッセージを・・・聞いてくれるなら・・・どくよ」
「はん!アタシに何の関係があるってのよ?!」
彼女が詰め寄ってくる。でも、僕はここを引く気はなかった。
「どかないつもり?」
「アスカが聞くと言うまでは退かない・・・」
「そう、アタシに帰って来るなってこと?」
「違うよ!」

彼女が部屋を出ようとしたので僕は彼女の左手首を掴んで離さなかった。
「なんなのよっ!!バカっ!!」
向き直って右の平手が頬を打つ。でも、僕は意志を曲げない。
あの戦闘に出ることが彼女をダメにするから、彼女には出て欲しくないから・・・・・
それにいつかは伝えなきゃいけないんだ・・・・・
そのまま向き直った彼女をリビングに無理やり引いて行った。

彼女の手を乱暴に放し、電話の方を向いて、はっきりと言った。
「加持さんはもういないんだ・・・・・加持さんの・・・・・最後の・・・・・言葉だよ・・・・・」
初恋の人の、それも自分には全く触れられていない遺言を聞かせるなんて・・・

アスカの方は見なかった。僕は後ろを向き、彼女をできるだけ意識しないようにした。
少し経ち、彼女は再生のボタンを押したようだった。ノイズ音が始まる。
そして、僕は彼女の方に向き直った。
あの、加持さんの最後の言葉が他の物音一つしない部屋に響く・・・・・

アスカは呆然として聞いていた。
次第に俯いて、拳を握り締めていた。それでも意外に冷静だった。
低い声で「ミサトも知ってるのね?」と訊ねた。
「うん・・・」とだけ答えると、あとは何も言わずに彼女は部屋に向かった。

「スイカ・・・・・食べたろ?・・・あの前の日だよ・・・」
彼女の後ろ姿に向かって言った。
「バカ・・・・・」とだけ言い残し、彼女は部屋に籠った。
彼女の部屋からは長い時間、堪えながらの嗚咽の声が聞こえていた。
「アスカ?」と呼びかけても返事はなかった。



翌日は低い雲がたれこめる雨の日だった。やっぱり使徒が現われて僕らは召集された。
僕の配置は・・・・・エヴァのプラグの中だったが、そのプラグは挿入さえされなかった。
つまり、動かす準備すらまともにしてもらえなかった。
初号機は先の戦いの後、補修されてはいたが封印されていたのであり、完全な出撃準備をするわけにはいかないらしかった。
ただ通信ケーブルは繋がれており操縦ができないだけで様子は普段と同じように知ることができる。
よほどのことでもなければ出られない状態だ。


「敵は衛星軌道上。超長距離射撃戦準備」
ミサトさんの指示だ。
「零号機は攻撃準備、弐号機はバックアップに回って」

「アタシがファーストのバックアップ?冗談じゃないわ!弐号機発進します!」

結局、彼女が作戦を遂行するのか?何も変化なしってことか・・・・・
僕は落胆し俯く。

初号機の音声モニターは全くクリアーに司令部内の声まで拾ってくれる。司令室からの通信はケーブルであり、質がいいからだ。

「いいわ。やらせましょう」
「これでだめなら弐号機のコア、変更もやむなしね」
「ラストチャンス・・・ですか・・・」


沈黙の時間が過ぎる・・・・・僕の通信は弐号機のアスカが焦り出している事まで拾っている。
そして・・・・・運命の時が来た。


いきなり彼女の悲鳴が聞こえた。

「キャァァァァァっ!!」
「アスカっ!!」

司令部内の会話から彼女への精神汚染の進行が急であり、深刻な事がわかる。
止むことのないアスカの悲鳴と悶える声・・・・・
アスカが長距離砲を混乱したまま乱射して、その着弾のかすかな衝撃音がここにも響く。

「アスカ撤退よ!!アスカっ!!」
「嫌よ!!ここで退くくらいなら死んだ方がマシよっ!!」
「アスカっ!!」

その間にもアスカの悲鳴はより恐ろしいものとなる。身の毛もよだつ感覚、と言っていい。

「やめてぇっ!アタシの心の中に入ってこないで!!アタシの心を覗かないでっ!!
イヤっ!!イヤっ!!イヤぁぁぁっ!!」


「アスカっ、撤退するんだ!!父さん!!僕を出してよ!!父さん!!」
「だめだ・・・今、初号機を汚染されるわけにはいかん」
「やられなきゃいいんでしょう!?」
「その保証はない」
「でも、このままじゃアスカは・・・・・」
「構わん!!それに初号機が出たところで攻撃のしようがない・・・わかるな?シンジ・・・」

父さんの言う通りで今の初号機にあの使徒を攻撃する手段はなく、結局はあの槍がなければ何もできない。
それに今はプラグが挿入されてもいないのだ。
戦況を知ることができるようにエヴァを介した通信ケーブルが生きているだけまだマシな状態だった。


あの槍の存在は知っている。しかし、どのように槍までたどり着けばいいのかは知らない。


バックアップの綾波も砲撃を焦っていた。

「零号機射撃準備、照準修正よしっ、エネルギー充填完了」
「発射っ!!」

射撃開始の時、綾波の「くっ!!」と気合いが聞こえた。
命中する。しかし・・・
「この距離では敵のATフィールドを破るには全くエネルギーが足りません!!

無情にもこの距離では射撃は全く効果がなかった。
しばらく経つとさらにアスカの状態は深刻の度合を増してきた。
彼女は通信に答える事もままならなくなり、彼女の呻き声や悲鳴が聞こえるだけになってきた。


「アタシの心を覗くのはやめてぇぇっ!イヤぁぁぁっ!!」

「ウウッ・・・もうやめてよぉ・・・もうやめてよぉぉぉ!!・・・」

「お願い・・・ウウゥっ・・・もうやめて・・・お願い・・・」

「もうやめてよぉぉぉっ!!」



唐突に司令室からの声だった。

「レイ、ドグマを降りて槍を使え。急げ。」

「弐号機、生命維持に問題発生!パイロット、危険域に入ります!」
綾波、早くしてくれ・・・・・

アスカの悲鳴は止んでいる。もう悲鳴を上げることすらままならない状態だった。
「やめてよぉ・・・」と力なく言いながら、すすり泣く声だけが聞こえる・・・


すごく長い時間だった。やがて弐号機からの通信は無言になる。
「零号機地上に出ます!」
「データ修正。カウントダウン開始します。」
カウントダウン終了と共に槍が放たれる。その力一杯に放ったであろう槍は垂れ込めた雲を突き抜けて宇宙へと消えた。
その飛翔する衝撃音はここまで響いた。



使徒を殲滅してその攻撃は止んだ。
「弐号機、解放されます。パイロットの生存を確認。」
その声と共に僕も一安心した、とは言っても彼女がどうなっているかを考えると楽観はできない。


弐号機は回収されたが、警戒態勢は続いている。アスカはそのまま病院に送られた。
僕には彼女がどんな精神状態にあり、今後どうなるのか、予測がつかなくなってしまった。
どちらにしても彼女に会いたい・・・・・彼女の様子を確かめたかった。


しかし、彼女の様子を確かめることはできなかった。彼女は病院から出てそのままロストしたとの事だ。
それを知ったのは深夜のミサトさんからの電話だった。




















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