「弐拾壱」Plastic tears








第14使徒を倒した。
僕は退院と共にそのまま定期テストに出た。アスカとも、綾波とも顔を合わせたけど時間が押していて話す暇は全くなかった。
お見舞いには来てくれていたらしいのでお礼くらいは言いたいと思っていたのに残念だった。


テストの結果は・・・アスカの様子がおかしかった。シンクロ率が以前に比べてかなり下がっているようだった。
「どうしたんだろう?」
ここまでひどい状態ということは彼女に何か大きな異変が起きていると思うのだけれども
原因が僕にははっきりわからない。
「原作ともアスカとの関係は少し違うんだけどな・・・・・」
とりあえず様子を見るに越したことはなさそうだ。


アスカだけは帰りが別になってしまった。カウンセリングなどのため残る必要があるらしい。
帰りは綾波と二人で帰ることになった。

僕にとって他人とまともに接触するなんて久しぶりのことだった。
あの使徒を倒してから、僕は少し自信を取り戻していて気分が良かったし、何よりも他人との接触がこんなに楽しいものだとは思っていなかった。


綾波と話していても、綾波も僕の帰還を喜んでいたのか心なし嬉しそうに見えた。

「碇君、おつかれさま」
「みんなに心配かけちゃったしね。綾波、ごめんね」
「いいのよ。でも、無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」
「自分でも・・・良く帰って来れたなぁって。すごく不思議・・・」
「どうして、ああいう風になったのか、覚えてる?」
「うーん、それがあんまり・・・覚えてないんだ・・・戻って来れたことも含めて。」
「そう・・・でも良かったわ。」

「ところで僕がいない間に何か変わったことってあった?学校もしばらく行ってないし。」
「学校のみんなは碇君が戦闘で負傷して入院してるって信じてるわ」
「そうか・・・でも、街とかも学校どころじゃないような気もするね・・・」
「そう・・・かも知れない・・・」

「綾波も大きな怪我がなくて、よかった・・・」

「僕がもっと早く行ってたら、アスカも綾波ももっと楽だったんだ・・・ほんとにごめん」
「いいのよ・・・一番大変だったのは碇君だったもの」
「そう言ってもらえると助かるよ・・・あ、電車だ。それにしてもアスカ、遅いなぁ」
「じゃ、綾波、また明日!」
「さよなら。碇君」

そう言えば綾波とこんなに話をしたことってなかった。
それに彼女も表情は乏しいながらも、いつも見ている人なら嬉しく感じていることがわかる。
アスカの機嫌はどうかな?



家に着くと僕は久しぶりに冷蔵庫を開け、部屋の様子を確かめる。
ミサトさんの部屋もそれほどひどくはないようだったし、僕の部屋ももともと物がないだけに少しほこりを払えば良さそうだった。
冷蔵庫の中もある程度の食材があり問題なさそうだった。

僕は久しぶりに料理の腕をふるう。結構久しぶりにやっても案外できるものだなって思う。
料理を作り僕は一人で食べていた。アスカはあまり家に帰っていないようだった。
多分、ヒカリの家か本部に泊るのだろう。ミサトさんもそんなような事を言っていた。
ガードが付いているから、夜遊び・・・と言うわけには僕らはなかなかいかないのだ。
常に所在は知られていると思った方が良さそうだった。


いずれにしても綾波に比べて、今のアスカとは会話しにくい。
彼女は最近のシンクロテストの結果にナーバスになっていた。
彼女は人一倍プライドが高いだけに下手に慰めてもむしろ逆効果になる可能性もある。
今は彼女の様子を見るしかないと思った。

僕らは学校にも行けなかったし、本部で会ってもそれぞれ忙しく顔を合わせる機会があまりなかった。
それにいつも不機嫌そうにしているため話しかけにくかった。

話しかけても何か考え込んでいる様子ですぐに

「話しかけないで!」と拒絶されてしまう。
そんな感じで2,3日が過ぎた。




この2,3日が過ぎた日、ミサトさんが早めに帰宅した。
ミサトさんの様子がおかしい・・・
「ただいまぁ」と元気のない声が聞こえたので僕はリビングにゆっくりと向かった。何かに脅えるミサトさんの姿・・・
僕は声を掛けられなかった・・・

恐る恐る、リビングの電話に手を伸ばすと、留守番電話の伝言に気づき、そのボタンに手を掛ける・・・・・

アスカがこの場にいないのはせめてもの救い・・・だった。
聞こえてきたのは・・・加持さんの最後のメッセージだった・・・・・
ミサトさんはそれを聞き終わると膝をつき、号泣し始めた。そして、加持さんへの想いの言葉が嗚咽と共に紡がれる・・・・・
僕はそれを見て、掛けられる言葉は持っていなかった。そっと近づき「ミサトさん・・・」
と声を掛けるのが精一杯だった。

彼女はその声に反応すると僕の方を見て一度だけ泣き止み、また膝を付いたまま、今度は僕にすがり付いて号泣し始めた。
僕も膝を落とし彼女の要求を受け入れる。

部屋には彼女の嗚咽だけが響く。僕は彼女の背中を抱いたまま、上を向いて涙をこらえていた。
でも、僕も涙をこらえ切れなかった。涙が目尻を走るのを感じた時、僕も下を向き彼女と一緒に涙を流した。
僕は思い切り目をつぶり嗚咽をこらえて泣いていた。


僕は前に二人で話した時に彼を止められなかったことを悔いていたのではなかった。
どうにしても彼の行動は止められなかったと思っている。
それが行動を決めた男の意志なのだから仕方のないことだったはずだ。でも、結果からすると・・・・・

こうなる事は必然だったろうが普通に悲しかったし、ミサトさんの気持ちも伝わってくる。
もらい泣きではなく、ミサトさんの心情を察すると涙をこらえ切れなかった。

ミサトさんはなかなか泣くのを止められなかった。
このまま夜が更けて行っても僕は良かったし、それを受け入れる覚悟だってしていた。
やがて、彼女の嗚咽が変わってきて、静かな泣き声になってきた。そして僕から顔を放す。
しょんぼりとはしていたが彼女の泣き顔はおさまっていた。


「シンジ君・・・・・ありがとう・・・・・」
僕は何も言えなかった。やがて彼女は立ちあがると、冷蔵庫に向い僕にビールを投げた。
そして着替えに向かった。僕はビールを開けたが飲む気にはなれずに椅子に座って待っていた。
彼女は戻ると自らもビールを取り僕の目の前に座った。

「シンジ君・・・・・今日の事は誰にも言わないで・・・・・」
先ほどよりもしっかりした話し方だった。
「もちろん・・・・・誰にも言いません・・・・・」
と答えると「ありがとう」と言い
「今日は飲んでもいいわよ・・・・・いえ、少し付き合ってちょうだい・・・・・」
と言われ、僕も付き合う事にした。

少し、元気がないながらも僕も彼女もビールを口にした、とは言ってもお酒が入ってもあまり明るくはなれなかった。
それでもミサトさんもだいぶ落ち着いたようだった。



「ねえ、加持の言ってた花って何?」
「スイカ・・・・・です。ジオフロントの一角にあって・・・結構前から育てていたみたいです。」
ミサトさんは少しさみしそうに笑って
「スイカ・・・ねぇ・・・まあ、なんだかアイツらしいかも知れないわね・・・・・」
と言って遠くを見る素振りをする。
「ミサトさんも行ってみますか?・・・・・場所は案内しますよ・・・」

「んー、私はいいわ。きっとあなたに残したものよ。何のつもりかはわからないけど・・・」

本当はミサトさんにもスイカ畑を見て欲しかった。
でも、見てしまうときっと悲しくなるから行かないんだろうと思ってこれ以上誘うのをやめたのだった。


僕はこれを聞かざるを得ないと思って、決意して言った。
「このことは・・・アスカにはどうしたらいいでしょう・・・・・?」
「そうねぇ・・・あの子も加持にたまに連絡しているようだし・・・それに隠し通せることでもないでしょうし・・・・・」

「伝えるタイミングはあなたに任せるわ。ところで、最近のアスカ、何か心当たりはある?」
と聞き返された。
「僕もわかりません・・・・・」
と答えると、それ以上追及せずに「そう・・・・・」とため息をついただけだった。


意外にビールはお互いになかなか進まなかった。
ミサトさんにしてもペースは遅かったようだったが、静かな追悼の会はなかなか終わらなかった。
二人とも、さして話す事はなかったが近くに人がいて安心していたのかも知れない。
彼女はあまり加持さんの話題に触れようとしなかったし、僕も必要以上に触れたくなかったのは一致していた。
アスカのことについてもお互いにあまり話さなかった。
それでも、奇妙な安らいだ時間だった。


そうして、夜は更けて行った。
「今日はありがとう・・・・・」と彼女の声で終了した。
長い時間だったので、結局かなりの量を飲んでいた。当然ミサトさんの方が僕の倍くらい飲んでいたけれど。

「明日のテストはリツコに適当な事を言ってパスしてもらうから心配しないでいいわよ。
部屋でゆっくり休んでてちょうだい。」
そう言って簡単な後片付けをしてから二人とも部屋に戻った。


でも、部屋に戻ってから程無く・・・・・彼女のむせび泣く嗚咽が聞こえてきた。
相当、僕も酔っているのにも関わらずその声には胸が締め付けられる思いで僕も眠れなかった。
でも、彼女は一睡もしていないにも関わらず、その朝もシャワーを浴びてネルフに出かけて行った。


僕は昼過ぎまで寝た後に家事を片付けて、夕刻近くに加持さんのあの畑に出かけた。
水をやり、雑草を少し抜いて、小さめの、それでいて熟してそうなのを一個持って帰った。
空は初めてここに来た時のようなきれいな夕焼けだった。

家に戻ったが、まだ睡眠不足なので僕は早く寝た。スイカは4分の1にして冷蔵庫に入れて置いた。
翌日、冷蔵庫の中を見ると残りの4分の3のうち2つはなかった。

久しぶりに、近いうちにここでの夕食にみんなが揃いそうな気がした。










(高中正義です。甘くて切ない気持が表現されている気がします。)






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