「拾九」Acid rain








僕は無気力だった。
なぜ、友人がパイロットに選ばれて、事故がきっかけとは言え、殺し合わなきゃならないんだ?
でも、あの場ではやらなきゃやられてた。僕が抵抗せずにやられれば・・・もっと多くの人たちが犠牲になったかも知れない。
ただ、納得はできない。戦果かも知れないが胸を張るなんてできそうにない。


「僕は友人を殺そうとして、実際にやりかけた・・・・・」


原作だったら、それは自分の意思ではなく、眼前ではあったがダミープラグがやった事だ。
でも、今の僕は望んで、彼に憎悪はなくても自分からやったわけだ。
彼が、乗っていればフィードバックがあり彼を痛めつけるのと、さほど変わりがないことを知っていたのに・・・・・



あれ以来、アスカともまともに向き合っていない。あの時から僕は自分から接触を拒んだ。
僕の事をわかってくれないままに、ただ慰められたくなかった。
いや、彼女も傷ついていたに違いない。でも、今は僕を一人にして欲しかった。

これ以上弱い自分を彼女に見せたくなかった。
彼女はそれをわかってはくれなかったに違いない。
そして、彼女も僕が壁を作ってしまったように壁を作ったのかも知れない。
「ジェリコの壁?」
自嘲の苦笑いだ。

僕はこの時期、テストや訓練を拒否した。
ここにいて自分のやっていることが正しいのか否か、むしろ否定的に捉えていた。

戦い続ける理由はあるの?僕は単なる兵士としてエヴァに乗って人殺しになるわけだ。
憎しみのない、しかも自分の数少ない友人でも・・・・・場合によっては殺らなきゃならないわけだ。

アスカもあれから積極的に僕の事を気遣うのを避けていたようだった。
こんなことを考えていても、本当は彼女には近くにいて欲しかった。でも自分から拒絶してしまった以上、近づきにくくなった。

そのときの僕はニートみたいな状態になっていた。
人に会うのが怖かった。



それでも、何となく・・・だったがジオフロントに足が向いた。
中に入る気はなく、周りをフラフラしていると、スイカ畑があった。そこは加持さんが水を撒き、世話をしていた。
加持さんのその物言わぬスイカを育てている様は、僕にとっては新鮮だった。
スイカ達は愛情をかけられれば素直に成長し実を付ける。向こうから文句を言っては来ないからいつも手をかけなくてはならない。
でも、誤解したり誤解されたりということが絶対にない。ただ、素直に純粋だ。そこにあるものだけが真実・・・・・
先日、参号機の頭をスイカのように蹴ったこと、僕がやったのではないが殴り潰した事を思い出したのは心が疲れているからだろう。

その翌日に使徒が攻めてきた。僕は使い物になるかどうかわからない状態だったし、わざとに遅れて行ってやった。
それに行くかどうかすら迷っていた有様だった。



結局、僕はその日はまたジオフロント内のスイカ畑にいたのだった。
花を付け、実を成らせる植物は見ていて僕の心を少しでも和ませてくれたからここに通っていた。

それに加持さんは僕を責めたりはしなかった。
別に僕の機嫌を取るわけでもなく、話題を選び差し障りのない会話でナーバスになっている僕をリードしてくれていた。



サイレンが鳴り響くとジオフロントの天蓋に大きな衝撃が響いた。そして簡単にそれを破り使徒が姿を現す。

始めに前回の戦闘で比較的損傷が少なかった弐号機が迎撃態勢をとっていた。
弐号機の様子は、アスカらしいと言えばそうでもあったが何だか様子がおかしかった。

彼女の周りにはかなりの射撃武器のみが準備されていた。それもありったけ。これは彼女らしかった。
揃っていたのはパレットガン、キャノン砲、ロケットランチャー等々だった。違和感はそこにある。
彼女の性格からすると、威力の高い直接攻撃を嗜好するはずだった。
ソニックグレイブ然り、ブログナイフ、スマッシュホークなどの武器だ。
当然、直接攻撃の方が与えられるダメージは大きいし、時間もかからない。
彼女は自分の体術、エヴァにおいてもかなりのもので自信を持っているはずだった。

そんな彼女が射撃武器しか使う様子がないというのは変だ・・・



やがてジオフロント内に降下してきた使徒。大体、あの天蓋を破って来る位だからパワー自体がすごいんじゃないか?

「アスカ、大丈夫?」
僕はあの敵にはアスカは敵わないだろう事を直感した。


彼女はパレットガンを乱射、更にバズーカを打ち込み、ロケットランチャーも惜しげもなく叩き込む。
しかし、全く効いていないようだった。
敵は邪魔だと思ったらしく彼女のいる場所に何かを撃ち込んだ。目が妖しく光っただけだったが彼女のいる地表が爆発した。
爆発では彼女にダメージはなく、今度はナイフを構えて突進した。
使徒は折りたたんでいた紙のようなその手を刃のようにしてものすごい速さで突き出す。
その瞬間、彼女の両腕が吹き飛び、ごろんと転がる。そして吹き出す大量の血・・・・・

弐号機の血は紫色だった。初号機と零号機のそれは赤く人間のようなのだ。
人間そのものとは違うとは言っても、これはこれで見ていて痛々しさを感じる。

「あれは・・・・・」
彼女はさらに突進する。
「両腕がないのに?!どうするんだ?!」
多分、錯乱している。

「アスカ!!やめろぉっ!!」
今度は首だった。その吹っ飛んだ首はどこかのシェルターに当たったようだ。
死傷者が出たらしく、そこの大人たちが叫びながら駆け回っている。
そして、弐号機は首と両腕を失ったまま、その血液を吹き出して立っている。
当然、動けるはずもない。


「君がやらなくて、誰が止められるんだ?君が戦うのをやめれば・・・・・
世界中がああいう光景で埋め尽くされる。いや、人類が滅びてしまう・・・・・止められるのは・・・・・」



加持さんの言葉が途中で止まる。発進用のビルの扉が開き、今度は零号機が発進したからだ。
その姿は・・・・・片腕のままだった。
まだ先の戦闘の修復が終わっていないのだ。
彼女は片手にN2爆雷を抱えていた。その姿から・・・彼女がやろうとしている事は明白だった。

「捨て身の攻撃!?」

彼女はそのまま突進していく、そしてその爆雷を使徒の眼前に突き出してこじ入れようとしている。
ATフィールドが激しくぶつかり合い干渉している。何とか彼女のフィールドが使徒のそれを突き破り炸裂する。
一瞬何も見えなくなるほどの閃光が走った。

綾波・・・?
爆風と閃光が止むと僕は零号機の姿を探した。
零号機は立っていた。しかし、もう動く事はできなかった。次の瞬間・・・・・彼は零号機の首も跳ね飛ばした。
そして、零号機は力尽きその場に倒れた。
その首は僕のすぐ近くに落ちた。綾波の意思だと思った。


「アスカも・・・綾波も・・・」
「そう・・・今、君にしかできないことをやらないと・・・君は生きていたって一生後悔するだけだ・・・
・・・それを選ぶのは君自身だ・・・後悔のないようにな」


「僕はやっぱり逃げられないみたいですね・・・・・」
「そうだ。逃げてるのもいいだろうが・・・君は男なんだ。守りたいものがあるんだろ?」



僕は全力で走った。エレベーターを探し、IDを通してすぐに乗った。係員はいなかった。
そしてエヴァのケージに辿り着くまでがもどかしかった。ケージに着くとそこには父さんがいた。
「シンジ、何をやっていた・・・?・・・帰れ!」
「父さん、僕が、僕が行きます!!」
「僕は初号機パイロットです!!今、やらなきゃ・・・・・」
息が切れて言葉に詰まった。父さんはすぐに僕の回収のサインを出して、プラグへのレールを回してくれた。
目も合わせず無言だった。表情すらわからなかった。

プラグスーツを着ることなくそのまま僕はエヴァに乗ることになった。

父さんは使徒の侵攻から、今までここにいて初号機の起動を確認していた。
ダミープラグでの起動がうまくいっていなかったのだ。彼は初号機の秘密を知っている。
きっと、祈るような気持ちでここにいたに違いない。



乗り込んで起動を急ぐ。(外部電源がない。早いうち何とかしなくちゃ)
もう使徒はメインシャフトの全ての装甲を破り、発令所まで来ようとしていた。
そして発令所に到達した使徒、それを一人睨みつける作戦部長がいた。
他のクルーを先に退避させた後、彼女だけはその意志の強さから残っていたのだった。

間一髪、僕は間に合った。そいつを引きはがし、ぶん殴って、蹴り飛ばしながらカタパルトに持って行く。
その間に反撃を受ける。アスカのいた地面をえぐり、シャフト内の装甲を一撃で破壊したあの光線だった。それが僕の右手を切断する。
激痛だったが痛さに捉われている時ではなかったし、それすらも今の僕は跳ね飛ばしていた。
とにかくまずは外に出さなくては・・・・・

「ミサトさん!!早く!!」
その声に「5番射出!!急いで!!」
僕と使徒はそのカタパルトの上昇で再び外に跳ね飛ばされる。

「ウォォォォォッ!!」
跳ね飛ばされ、空中に舞い上がった僕はバランスをとって使徒の上になる。

そのまま夢中で、残った左手だけで殴りつける。固いものを殴っている感触だった。

「オラオラァァ!!」
強いて言えばヘルメットの上から力一杯に殴っている感じ。
そのときの僕は恍惚を感じていた。僕の中にある狂気だった。

「こんなんじゃ埒が開かない!!」
彼のコアを覆っているそのカバーを掴み引きちぎった。そしてそこに最後の一撃をぶちこんでやる!!
大きく左手を振りかぶって殴りつけようとした瞬間だった。


「・・・活動限界・・・?」
全てのフィードバックが消え、当然、エヴァは全ての活動をやめた。



「嘘だろ??嘘だろ??」
必死にパ二くって、動かそうとあがいても反応はない。やがて大きく跳ね飛ばされた。
外はどうなっているかわからないが、プラグのあるコアには周期的に衝撃が走っている。

「原作ではここで暴走してくれるのにぃぃぃ!!」

「動いてよ!!今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ!!もうそんなの嫌なんだよ・・・だから、動いてよぉぉ!!」
あのセリフが自然に出たが、それでも動かないらしい。


「衝撃が激しくなってきた・・・コアが砕ける?」
まだ、ちびってはないらしい。
「僕もここまでなのか・・・・・」

「ここで死ぬのか?嘘だっ!!」

そのとき、僕は切れた。いや、意識が飛んだ。
でも、自分で何をしたか、何を望んだのかはっきりとわかっていた。
「僕は闘うんだ・・・・・みんなを守るんだ!」



その怪しい、紙のような使徒の手を掴んで、そのまま蹴り飛ばし引きちぎる。
そしてそれを右手に付けるのではなく、いきなり口にした。その瞬間、口には生肉の歯ごたえと血の匂いが混じり合った。

はっきり言って・・・うまかった。その血液は喉を潤すように感じられたし、その味と歯ごたえは僕に力をくれた。

蹴り飛ばして、そいつに飛びかかる。頭突きを何度も叩き込む。
使徒は叩きつけられたビルに埋もれていく。一度距離を取って再度、殴りつけようとする。
ATフィールドで防御してきた。左手のパンチで応戦する。負けるわけはない。
そのまま拳は使徒に突き刺さった。その先には少し固い、丸いものがある気がした。
一度、手を引き抜きもう一度、今度はその丸いものを狙って突きを入れる。
何かが砕けた気がした。それでも、まだ生きているようだった。


使徒もさる者、残っていた片手で僕を押し返す。しかしそれは結果的に逆効果だった。
そのおかげで距離ができ、また勢いをつけることができた。
「がぁぁぁぁっ!!」
三度目の左手のコアへのパンチ!完全に砕けた。そしてこれは勝負あった。

「僕を殺そうとしたな・・・そしてみんなを・・・殺そうとしたな!!」
そのまま左手でめり込んだ使徒をひきずりだした。もう使徒はぐったりとしていた。

この次の行動は僕の意思ではない。いきなり、エヴァは使途に噛みついた。そして・・・
やっぱり喰い始めた。今度は僕に味のフィードバックはなかった。でも、自分のエヴァが非常にうまそうに喰っているのがわかる。
僕は吐き気も何も感じずに彼女の食事を見守っていた。
そのうちに更なる力がみなぎってきたようだった。
窮屈になったYシャツのボタンを引きちぎるような感じがして、その装甲板を、窮屈な所だけ引きちぎってやった。
いや、これって充実した気分。何か清々しい。

そして、彼女が満腹するとそのフィードバックだけが伝わってきた。そのまま眠くなってきた。
温かいまま僕は眠ってしまったようだった。





「ここはどこ?」
まるで夢心地だった。温かいが暑いということもなく、そうだ!誰かに触れている感じ。
この感じは男のごつい肉体とか、そんな感じではない。女性の感じだ。
でも、不思議なことに異性と愛し合ってる感じとも違う。
ぴったり抱き合っても感じる隙間とか、肌じゃなくブランケットの感触とか・・・
ブランケットがないときの背中の手が当たってない所のひんやりする感じとか、そんなものも全くない。

「ここは何なんだろ?」
僕はこの中を・・・何かの制限はあるようなのだが動く事ができるらしい。

「何が欲しいの?」
「何を求めるの?」
「私と一つになりたい?」

それぞれ、今まで僕の性の対象になってきた女性が語りかけてくる。

(とりあえず、気持ちいいしこのままでいようかな?)
僕は思う。そしてその心地よさを満喫して目を閉じる。
そのまま、眠りについたり、たまに目を開けたりしている。
何が見えるというわけでもないがそれだけ気持ち良さを視覚の分まで感じている気がする。
セックスとは違う。僕は誰かと触れ合っているようだがそこには相手の反応がない。
(何なんだろ?ホントに?)
でも、気持ち良かった。ここにずっといても、いや、いたいと思った。
(僕は一体どうなったんだろ?死んだ?ここって死後の世界?)
それでも良かった。この場にずっといて、これが続くのならそれでもいいと思っていた。
そして、考えるのをやめて眠りに就く。


そしてその繰り返しを続けている。現世の事なんて、どうでも良かった。
あまり知りたいとも思わなかったし、ここでの感覚が気持ち良かった。

やがて、先ほどまで語りかけていた女性たちの様子がおかしくなってくる。
そして、その後の僕の見る風景・・・・・


ここで・・・ある女性が正面に立ち、何も身につけずに僕を睨んでいる・・・・・
もっとも身近な女性だった。その方向へ引き寄せられるようにして歩いて行く。
触れると彼女はさらさらと砂のように崩れていった。
全て砕けて目の前に小山になると光り始める。
そして、そのガラスのようなキラキラした砂が舞い上がり、僕の全身に絡みつく。

初めは少し気持が悪い気がした。さらに砂は僕の肌にめり込んでいく。そこまでいくと気持ち悪くない。
寧ろ気持ち良くなってくる・・・・・
僕は黙ってそれを受け入れる。その砂が僕に入って来て僕の身体を駆け巡り、熱くする。

これは先ほどまでとは違う気持ち良さだった。いや、少々、辛いような痛いような気もするがこれも気持ちいい。
自分の中に入り込んだ砂が意思を持ち、歓んでいる感じがする。
そう、砂は向こうから僕に入って来ているわけで僕を拒絶しているわけではない。
(この砂は他人の意思?・・・・・僕が無条件に感じている気持ち良さじゃない。でも僕もこの感じは嫌じゃない・・・・・)

さらにその砂は、直接、言葉ではないが意思を伝えようとしているような気がした。
僕はその砂の要求するままに身体をよじったり、動かしたりしている。それは自分がこうしたいと思う気持ちと重なっている。
そして、その砂は異物である僕と一体になっている。
その砂は僕の肌から出たり入ったり、少し離れたり僕にめり込んだりしながら光ったり、くすんだりを繰り返しているみたいだ。

前まで感じていた気持ち良さとこの気持ち良さは全く異質のものだった。
前までの気持ち良さは知っていた気がするものだった。
それは記憶の果てにあるもので自分では思い返すことができないもの・・・・・
今の気持ち良さは知っているはずのものだった。僕の記憶の中で自由に引き出すことはできないまでも何度か味わったもの・・・・・?


その快感はいつしか終わっていた。
僕は少し疲れたようだったが、その快感の余韻を楽しむとその疲れはそれほど気持ち悪いものではなかった。
この充足感は何だろう?

そして、僕の前にさっきまで砂だった女性が質感を持って、姿を現した。優しく笑っていた。
くるりと後ろを向き、そして僕の前から立ち去って行った。僕は無意識にそれを追いかけた。そこでこの夢は終わった。




気がつくと・・・・・何度か見た天井・・・・・
病院だった。また僕は入院したらしい。横の机にあるカレンダーを確認すると僕はかなりの時間、意識がなかったようだ。

いや!!僕はシナリオの通りにエヴァの中で溶けていたんだ・・・・・
病室の中で気がついても僕しかいなかった。やがて看護師さんが来て僕に気分を尋ねる。
あまり悪くない旨を伝えると看護師さんは部屋から出て行った。
そして、間もなくミサトさんが部屋に入り、いきなり身体を起こしていた僕に抱きついて泣き始めた。
そのとき思い返した。意識がない間に僕に対して泣きついていた女性がいる。それは今のこの感触の女性だけではない・・・・・

その女性が何人なのかは僕にもわからない。でも、この涙もそうだけど別の涙も熱く感じた事を思い返していた。
ただ、その時にはミサトさんの他に誰も来なかった。






(リキッド・テンション・エクスぺリメンツより。激しいビート、緊急事態って感じ)













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