「拾八」Before the war








朝だった。今日は多分、あの日だ。
加持さんは既にいなかった。アスカはヒカリの所に寄って行くと言って、弁当を持ち、早めに家を出た。

今日も学校にトウジは来ていない。ケンスケも僕は避けていた。
アスカの機嫌も良くないらしい。不機嫌と不安が入り混じっている様子だった。
こういうときは何も言わない綾波のそばに行った。

ひそひそ女子が話をしている。
大体の内容はわかるよ。乗り換えたのか?とかそんな話だろう。
今の僕は単に必要以上の他人との接触を抑えたいだけだ。


「綾波・・・・・」
「なに?碇君」
「あ、いや、いい天気・・・だね・・・」
「そうね・・・・・」
「・・・松代・・・涼しいのかな」
「さあ、わからないわ」
「トウジ・・・だいじょうぶかなぁ」
「・・・・・」




2時限目が始まるころには僕ら3人は呼び出された。
車両の中でインタフェイス越しにマヤさんの状況説明を受ける。原因不明の爆発事故の第一報だった。

わかっている。

(爆発事故だろうけど、あの通り事件が起きたってことなんだろ・・・
やはり、戦わなくてはならないのか?救う手段はあるのか?何がどうなるんだ?
僕は闘うつもりだ。できるのか?どうしたらいいんだ?)

僕の悩んでいる表情を見て綾波が声をかける。
「とにかく行きましょう」
アスカは前を向いたまま無言だった。

到着し準備を終えると状況の説明がある。
松代で起動実験中の3号機の実験中にトラブル発生、巨大なエネルギーが解放。
それにより松代の施設で爆発が起き、死傷者が多数出ている模様。
現在救助作業中で行方不明者にはミサトさんとリツコさんも含まれている。
3号機は現在のところ詳しい状況は不明ながら南方に向け移動中らしい。

エヴァを空輸し接触予想地点に配置する。電源は即席でもその場に準備するとの事だった。
今回の作戦は父さんが直接指揮を執るらしい。
(まずいな・・・全く原作と一緒じゃないか・・・)



空輸され、準備が整った。ここは山梨の野辺山だった。
僕は気を紛らわせようとアスカに通信を入れる。

「アスカぁ、終わったらここのアイスクリーム食べようよ。おいしいんだよ」
「そう・・・黙っててくれない!ウザいから・・・」
逆効果だった。

「波長パターン青!!目標を使徒と確認しました。映像送ります」青葉さんの声だ。
送られてきた映像はエヴァそのものだった。実際に動いているそれを見せられると信じられない気がした。
あれに多分トウジが乗ったままなのだ。
もう外は夕日がきれいだった。


やがて、望遠で確認できるところだった。そして自分の目で確認した。
参号機はゆっくりとした足取りながら確実に僕らのいる方向、南へ進んでいる。
このまま本部を目指している。同じ力を持ち、僕たちと同い年の子供が乗っている。
正直言って怖いと思った。


「来るわよ」
これはアスカだ。
「ちょ、ちょっと、何?!いきなり!!キャァァァ!!」
ブツンと映像も音声も切れた。
オペレーターからは「弐号機パイロットは脱出」との事。
まあ、一安心した。しかし、すぐに綾波の声が入る。

「彼、乗っているわ」
そしてすぐさま綾波の悲鳴に変わる。押さえつけられているらしい。
いや、それだけではなく侵食を受けている。綾波の苦痛の声が聞こえる。状況は深刻なようだ。

本部の指示がいきなり入る。
「右腕切断!!」
えぇ!!
神経回路繋がったままなのに・・・・・
「キャァっ!」短い悲鳴だがあの綾波からも悲鳴が出る。
少なくともフィードバックは脱臼のときの痛みくらいは来るはずだ。


なおも使徒は南下を止めない。最終ラインは僕だ。来るまでにはまだ間がある。
「シンジ、お前が最後だ。お前が倒せ。」
司令の声だ。

そうか・・・・・この時はやはり来てしまったのか・・・・・
君を助けたいがある程度は覚悟してもらう・・・
無駄に手を抜いたほうが君にとって危険なのがわかっているからだ。
今回の作戦ではダミープラグを積んでいる。僕が戦いを拒めばそれにとって代わられる。
はっきり言って未完成品で、人間らしい感情なんか持ち合わせていない。
エヴァを単なるエリミネーターに変えてしまう。


来た・・・形はエヴァそのもの・・・あれが使徒??人が乗っている・・・あれが・・・

彼はいきなり飛びかかってきた。飛び蹴りか!?
それをかわすと考えられないような関節伸ばしの上で、首絞めに来る。内側から手を入れてカットする。
もう一度間合いを取る・・・



トウジは運動神経がいい。これはエヴァに乗る素質の一つだ。
運動神経がいいという事は精神的なものに影響されなければ喧嘩に強いということになる。
さらに今は精神的に使徒にやられてイっちゃってる状態だ。痛みすら感じていないのかも知れない。
薬により痛みを感じない状態は、人間の常識の限界を超えた現象を生み出すことがある。
海外でエンジェルダストでイっちゃった奴に対して警官が発砲、実に20発の弾丸を体中に浴びても倒れなかったという記録すらあるくらいだ。

そうなっている奴を相手にするには、多少こちらが上回っている程度では勝てない。
でも、勝たなくてはならない。勝って、エントリープラグを無傷のまま排出させなければならない。



「こっちから行くぞっ!!」
目の前でジャンプし右の飛び蹴り、ブロックはされたが敵は崖にしたたかに背中を打ちつけている。
そこにジャンピングニーを入れる。さらに崖にめり込む。
頭を掴んで引きずり出し、後ろに手を回す。
「プラグさえ抜ければ・・・」
しかし、その態勢から再び首を締め付けられる。この攻防では諦めざるを得ない。

左手を下から巻き込むように入れてその手を外す。そして、諦めて戻した右手で殴りつけておく。

やはり簡単にはいかないようだ。距離を取ると今度は向こうがタックルを仕掛けて僕は押し倒される。

「やばいっ!思ったより強いぞ!!」
彼は僕の足の間から僕を下にして殴りつける。幸いにも頭部へのパンチはそれほど効かないようだ。
しかし、こちらに余裕なんて全くない状態になっていた。
手で頭部はガードしている。だが、ボディへのパンチは強烈そのものだ。
結構長い時間、僕は下になり殴られ続けていたようだ。

「グゥッ!!」「オゴッ!!」「ゴホッ!!」「ウッ!!」

やばいな・・・一番下の肋骨は折れたかも・・・?

「シンジ!!何をやっている!!」

こっちだって手加減なんかしていない。でも、このままではダミーに替えられても文句は言えない状態だった。
身体を捻らせながら右足をじわじわとずらす。足が上げられるようになれば良い。その位置まで持って来れた。
一気に力を入れて、右足を大きく上げる。上げた所で身体を大きく捻って相手の脇から、相手の胸板に入れて態勢を立て直す。
そして右足を落とせば態勢が入れ替わる。

この反撃により敵の右足が放り出されている。
「来たっ!!」
相手を倒して足首を掴み関節を極める。
「ボキッ!!」
足首を折ったみたいだが、痛みには鈍いようだ。
「グハァっっ!!」悲鳴が聞こえてきた。
でも全く力は落ちていないようでまだ暴れている。

相手を引きはがして立ち上がる。力は落ちていなくても骨格を壊しているのだから、当然と言えば当然に敵の動きは落ちる。
僕はサイドステップから軸になっている足に横蹴込みを叩きこむ。
それでも、まだ立っており首を絞めて来る。使徒の執念!?

覚悟を決めたのか、最後の力か、とにかくものすごい力だった。


そのとき思った、「殺される!!」
「やらなきゃ・・・やられる・・・」本能だった。

「殺さなきゃ!!そうしなきゃ勝てないし、僕が殺される!!」
トウジが乗っていようが関係なくなっていた。

今度はその相手の左の腕を外側から自分の右腕を回し、体を返して脇固めに取った。
さすがに相手の下半身の力は弱くなっていて簡単に跪かせることができた。
そして、左手で相手のリストを固定すると肩口に右ひじを叩きこんで迷いなく折った。

苦しんでいる三号機の顔面を何度も左足で蹴り飛ばす。鮮血が飛び散り、顔面が砕ける。
この時の僕は狂気に操られるままだった。トウジが乗っていることすら忘れていたと思う。

僕は左右の手でしっかり相手を固定している。
相手がしばし力を緩めた時、たまたまだったが人間らしい感情が戻った。
「そうだ、トウジが乗ってるんだ」
右手を伸ばすとやっとの事でプラグに手が届いた。
プラグをつまみ上げ、それを持って一度離れる。プラグは少し離れた所に置いた。


あとは、こいつの始末だ。これで完全に使徒だけになった。
さすがに使徒だけあってその間にも自己修復を始めていた。やつはコアがなくても動かせるのか?!
パンチをカウンターでもらう。さらに蹴り込んでくる。さっき痛めたあばらが痛む。
起き上がって僕も殴りかかる、しかし簡単にかわされてしまった。

息苦しいし、さっきまでの優位はもうないようだった。
トウジの入っているプラグを排出したら気が抜けてしまい、僕の反応が鈍っている。
痛みとか苦しさも一気に襲ってきているらしい。
とどめは・・・やっぱり首絞めか、しつこいやつだ・・・まずい・・・意識が飛び始めた。

そのとき「シンジ、もう限界だな」
そうか・・・・・やっぱり使うのか・・・・・



僕の苦しさなどが一気に解放された。エヴァとの接触は一切なくなっていた。
あとは・・・首を絞め返してへし折り、地獄絵図だった。
顔面をパンチで押しつぶして、装甲をはがして殴りつける。まるで狂気だ。
四肢もひきちぎってしまう。そして皮膚を突き破り、内臓を直接殴り潰す。

フィードバックはないが目の前の光景は・・・はっきり言ってトラウマになりそうだった。
「やめてよっ!!こんなのやめてよ!!」
叫んでも止まらない。多分、未完成のもののため止められないのだ。

一応、勝負ありの所で電源は切ったらしい。それでも、僕以外の意思で動いているエヴァは狂気の赴くまま殺戮の動作をやめない。
この地獄絵図は顔面を押しつぶしてから、電源が切れるまで5分間続いた事になる。



ようやく止まり、僕は大人に抱えられ外に出た。
外はエヴァからの血液や飛び散った肉片のため、これも地獄のようだった。
僕も、メディカルチェックではフィードバックからとは言え、やはり肋骨にひびが入っていた。
重傷ではあるけれどもひどいってものでもない。中には肋骨の骨折は折っても気が付かないまま何十年も放っておく人もいる位だ。
それに内臓に異常が無ければ手足のようにギプスで固定されることもないくらいの怪我だ。


見回すと、負傷して寝かされているミサトさんがいた。
彼女は明らかに重傷だった。泣きながら「ごめんね、ごめんね」と繰り返していた。
傍らには加持さんがいて泣きながら謝る彼女を慰めていた。

「トウジは・・・・・?」

トウジが運ばれているのを見かけた。彼はやはり重傷だった。
使徒の侵食からの意識障害もあるだろうが、フィードバックからだって意識を失うくらいの痛みを受けたに違いない。
足は変な方向に曲がっている。おそらく骨折だろう。
顔にも血の跡があった。鼻血なのか口からなのかはわからないが首筋などにこびりついているのがわかった。

毛布が掛けられているので詳しくはわからないが、ストレッチャーは所々血で汚れていた。
結構な量だったからどこかは解放骨折なのかも知れない。


僕もその場で疲労からか気を失ってしまった。



気が付くとまたも病院だった。トウジが隣で寝ていた。
手当はしっかりしてあった。輸血のチューブ、何本もの点滴、酸素マスク・・・
足は頑丈に固定されて吊るされていた。ギブスはしていないが横から挟みつけるような器具が見える。
ボルトで固めるほどの大けがだったのだろう。
腕と頭にも包帯を巻かれていた。


僕の容体は軽く今日にでも病院を出られるようだった。
医師に聞くとトウジの容体は結構重かった。
全身打撲、右足首骨折、左膝靱帯損傷、左上腕骨折、あと、頬骨にもひびが入ってるらしい、が主なものだった。



いずれにしても自分で友人を傷つけなくてはならなかったのは心苦しい。
帰りを待っていたヒカリにも、やらなきゃやられる状態だったとは言っても僕がここまでやったなんて伝えられない。
いや、伝える自信はない・・・


切断されるはずの足が無事なだけ良かったとでも言え、と?
詳しい事情を知らないヒカリなら、単なる事故として捉えるだろう。でも、真実は違う。
いや、僕は恐怖に駆られて本気で彼を殺してもいいと思った。
四肢の切断とか、死亡しなかったのは単なる結果に過ぎなかったことは自分が一番知っている。




家に帰ると、アスカの抗議が待っていた。
トウジをあそこまで痛めつける必要はあったのかという抗議だ。また自らの敗北の悔しさもあるだろう。

視線が僕を蔑んでいる。

「なんだよ!!」
「あそこまでやる必要はあったの・・・?」
「仕方なかったんだ!!どうすれば良かったんだよっ!!」

「アンタの友達だったのにね・・・・・」
「じゃあ、どうすれば良かったんだよ!!アスカがやれば良かったじゃないか!!」
「アンタ、彼が乗ってるって知ってたんでしょ!!彼を傷つけるって知ってたんでしょ!?」
「・・・・・・・・」

「何であんなに痛めつけるのよ!!それにヒカリの気持ちも考えないの?
ヒカリだって心配してるはずよ・・・・・知っててあんな事するなんて・・・・サイテーね・・・・・」

「自分がその立場になかったから言えるんだよ・・・アスカが先に止めてさえくれてれば・・・・・
僕がこんなことしなくても良かったはずじゃないか!!」



ぱん・・・・・



彼女はその冷たい視線をやめない。そして一言・・・

「・・・消えて・・・アタシの前に来ないで・・・・・」

僕は無言のまま部屋に入った。そして一人で・・・泣いた。
戦いの、精神的な辛さが襲って来たようだった。


泣いているうちに誰かが戸を開けている気配を感じた。
「来るな!!」
アスカだろうという事をわかっていて怒鳴った。

友人が死んでも自分が勝たなきゃ、生きなきゃならなかったんだ。
それでも自分の手にかけようとした自己嫌悪、反省、自分への悔しさ・・・・・
さっきのアスカの言いたいことは分かっていた。心に刺さっていた。
多分、今のアスカは謝りに来たんだろう。慰めだったかも知れない。でも、僕は拒絶した。
彼女はさみしそうに「ごめん・・・・・」と一言を残して去った。






(ハロウィンです。余裕のない状況・・・スピード感・・・。ちなみにジャーマンメタル。)












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