「拾六」(褐色のマリア)





先日の一件以来、アスカの態度が少しずつ変わっているようだ。
今までは腕を向こうから組んで来たり、向こうからキスしてきたりしていた。
しかし、自分から求めて来るという事はほとんどなくなってしまった。
僕から求める場合、それらを無理に嫌がることはないようだ。
でも、キスをしても心が・・・こちらを向いていない気がする。なぜだろう?ただ恥ずかしがっているだけ・・・?

当然ながらあの夜の続きはなかった。
彼女の態度などからするとそれを求めにくかったし、彼女も求めない以上、無理に求めるのにも抵抗があった。


僕はどうしていいかわからなかった。そして僕のとった方法は・・・・・
結局、様子を見る以外に何もなかった。



あの日から、彼女のシンクロテストの結果が落ち始めた。
綾波のテストには変化はなかった。それは、必要にして十分にエヴァを働かせるものであり、全く順調だった。
僕のテスト結果も順調だった。少しアスカのシンクロ率が落ちてきたとは言え、僕らは貴重な戦力である。
アスカのシンクロ率低下だって深刻な状況ではないため、原因の追及は深くは行っていないようだ。


僕はアスカとの夜をエヴァの中で白状した。
それを知った母さんははにかみながら、そして、妬みながら、少し喜びながら、複雑な感情を見せていたが基本的には嬉しかったようだった。
いや、正確に言えば喜んでいた。
内容は覚えていないが色々説教じみた話をされ、作れるものなら赤飯でも炊きそうな勢いだった。
最近のアスカの変化を話すと、少々複雑な表情をした。そして何も答えてはくれなかった。


ただ、その時以来、僕は母さんとはこの中で自由に意思の疎通ができなくなってしまった。
でも、別に拒絶されているわけではないようだった。
表面上に出る数値は全く変化無く、順調そのものだったし、中にいての感触も近くにいるような気がした。
特に困ったことはないわけで、あまり疑問を持たずにその状態を受け止めた。
今のところの変化はそれだけだった。




再び、戦いの銅鑼が鳴り、動き出したようだ。
未確認の物体が来襲との警報が鳴り響く。僕ら3人はそれぞれエヴァに乗り出撃する。

僕はサーベルを片手に、拳銃を片手に持ち出撃した。
エヴァには僕らが日常を過ごしている間にも新装備ができていたりしていた。
僕のものは強いて言うなら近世の騎馬隊の装備で、馬がないものだと思ってくれればいい。
騎兵は第一次世界大戦で戦車が登場するまでは各国の精鋭部隊の装備だった。
アスカは近接攻撃のためのソニックグレイブを持ち、後ろに斧の装備を選択した。
これは中世のヨーロッパの騎士に随従する歩兵の装備に似ていた。
綾波はスナイパーライフルを選択した。
これが一番ビジュアル的にはカッコ良かったかも知れない。少し後悔・・・



出撃するとすぐに異様なゼブラ模様の球体がフラフラしながら浮いているのを見つけた。
今回の敵の弱点は不明だった。
(えーと・・・こいつ何してくるんだっけ?)
まずは作戦配置に着き、攻撃しつつ市街地から遠ざけることが第一段階の作戦目標だった。
僕は案外落ち着いて作戦位置に向かった。
弐号機からの通信が入る。

「はーい!先行はシンジ君がいいと思いまーす!!」
言われなくてもやるつもりだった。僕はアスカに対してこう言った。
「わかったよ・・・やればいいんだろ・・・」
「こういうのはぁ、成績優秀、勇猛果敢な殿方の仕事でしょ?ね、先生?」
「ちょっと、あんたたち・・・」
「大丈夫ですよ、ミサトさん!!」
「アスカぁ、仕事して疲れて来るんだから晩御飯くらいはちゃぁぁんと用意してくれよ。いつもみたいなレトルトはやめてよね。」
「ちょ、いつもって何よ!!それじゃあ、アタシは何にもできないような言い草じゃない!!言いがかりはやめなさいよっ!!」

「じゃ、僕がやってきます。よろしく、ミサトさん!!」
「はあ・・・女が料理しなきゃならないなんて前時代的よねぇ・・・弐号機バックアップ」
「零号機もバックアップ」


使徒は全くと言っていいほど動きを見せなかった。でも使徒と確認されている以上は排除せざるを得ないわけで作戦を開始する。
それぞれの作戦配置が完了し、行動を開始する。

「行くよ」
僕はフラフラ浮いている使徒に拳銃を向けた。発砲しようとすると、いきなり足元が暗くなった。そして何かに引き込まれる気がした。
「何だ!?」
幸い、すぐに反射してジャンプした。サーベルはそのときに捨てた。
僕は引き込まれ掛けていたビルに立ち、さらにジャンプし事なきを得た。

「何?どういうこと?」
アスカの通信だ。
「わからない・・・底なし沼みたいだ・・・」
綾波が援護射撃を開始する。すると使徒は一瞬にして姿を消し、今度は弐号機の下に影を作った。

「な、何これぇ!!」
「アスカ、近くのビルに上るんだ!!」
彼女はビルにグレイブを刺しそれに捕まり、さらに背中のホークも使い建物に突き刺して足がかりにしてよじ登る。
彼女の美意識からすると情けない格好ではある。
僕は彼女がビルに上っている最中に上空の奴に向けて発砲した。
それにより、また使徒は瞬間移動する。弐号機の乗っているビルはそれにより沈降をやめアスカは危機を脱していた・・・
・・・が今度は零号機の下に影ができた。

零号機は比較的重いスナイパーライフルを持っているし、そのせいで両手が完全に塞がっていた。つまり、回避が遅れたのである。
あっと言う間に膝下まで飲まれていく。
影に向けてライフルを数発撃っているが全く効果がない。僕は拳銃を捨て綾波めがけて飛んだ。

「碇君!!」
すぐに膝くらいまで埋まったが彼女を抱え上げ、そして放り投げた。しかし、僕はその時点で腹まで埋まってしまっていた。
飛び込んだことをちょっと後悔し始めたが遅かったと思い・・・諦めた。
そのまま、僕は沈んで行った・・・・・



意外な事に通信は聞こえていた。
「こんなの、どうしろって言うのよ!!ファースト!!アンタ何やってるのよ!!」
「碇君・・・・・」
綾波は力なく言うのが精いっぱいだったようだ。

ミサトさんの歯を食いしばっての声が聞こえる。
「現時点をもって作戦を終了します・・・両機は撤退・・・・・」
「ちょ!」アスカの声をかき消すように綾波が割って入る。
「待って!!碇君が!!・・・・・」
ミサトさんの悔しさを押し殺した声が響く。
「命令よ・・・・・撤退しなさい・・・・・」


やがて、ケーブルが切れたので外との連絡が付かなくなる。
僕はソナーやレーダーで周りの様子を知ろうとするが全く役に立っていないことを知り、エヴァを停止させた。

何も連絡がなく、外は真白な世界だった。遠くまで見えるのだが何もない世界だった。
「何だ??ここ・・・・・」
とりあえず、すぐには救助も来れないだろうし、眠ることにした。
「アスカの晩御飯は・・・・・無理だろうな・・・」



これは後日、日向さんから聞いた話だ。

赤木博士の状況分析の後、日向さんは・・・・・見たらしい。
綾波は・・・・・自責の念があったのかどうか・・・無表情のまま一言も発しなかった。
アスカは状況の報告が終わった後、ずっと綾波をにらんでいたらしい。
報告が終わり、暫しの待機中の事だった。
アスカがものすごい形相で綾波に近づき、顔を合わせて、くっつきそうな距離でこう怒鳴ったそうだ。
「アンタのせいで・・・アンタのせいで・・・アタシの馬鹿シンジがいなくなっちゃったじゃない!!
アンタ!!どう責任取るのよ!!言ってみなさいよ!!!死ぬならあんたみたいな人形女が死ねばよかったのよ!!」

あわててミサトが「アスカ、やめなさい!!」と大声で制止するがアスカはやめない。
「もし、シンジが死んだら絶対・・・絶対アンタを許さない!!よく覚えておきなさい・・・」
アスカが綾波を睨みつけて言った。
綾波はアスカを見据えて、いや、にらみ返して、一言言ったそうだ。
「責任はとるわよ・・・・・」

「どう責任取るってぇのよ!!」
アスカが怒鳴る。
さらに一段大きな声でミサトが再び制止する。今度はミサトさんも怒鳴っていた。
「やめなさい!!アスカ!!」
「レイもあの装備、あの状態ではどうしようもなかったわ・・・さらにシンジ君が無理に飛び込んだのも悪いのよ。」
「もちろん私にだって責任はあるの・・・レイに責任はないわ・・・」

「何よ!!何よっ!!何よぉっ!!!・・・・・グゥゥっ・・・・・」
アスカは泣き出してしまい、もう言葉が出なかった。
流れ落ちる涙もそのままに綾波をにらみつけて・・・・・

「・・・・・殺してやる・・・・・」
と言って立ち去って行った。

綾波は何も言わずその言葉を受け止めていた。
いや、無言のまま「いいわ、私も死ぬわ」と言っているのがはっきりとわかったそうだ。


その後の作戦会議もすごいものだったらしい。
作戦の立案は赤木博士だった。
N2爆弾でものすごいエネルギーを集中させて、一瞬でもATフィールドを干渉させ機体を回収するという作戦内容だった。
はっきり言って無謀であり、成功したとしてもパイロットの生命はかなり危険と言って、いや無視だった。
最後に博士が言った一言

「パイロットの生死は問いません・・・・・」
言い終わりを待たずにアスカは
「待ちなさいよっ!!」と叫ぼうとして、「ま」しか言えなかった。
綾波は息を一瞬止め、博士を睨んだ。
アスカの言葉が止まったのは・・・ミサトさんがいきなりリツコさんの頬を力いっぱい張ったからだった。
リツコさんは顔を上げて睨み返し、毅然とした声で
「あなたのミスなのよ」と冷たく言い、さらに追い打ちをかけた。

「現作戦担当者は私です。速やかに作戦準備に移行します」




僕は眠りから目が覚めた。状況は変わっていなかった。時計を見ると8時間を過ぎていた。
LCLが変質してきている。浄化能力が落ちてきているようだった。
血の匂い・・・口を切り、大量の鼻血が口の中と鼻の中に充満し、さらに気管にも入ってしまったような感じがする。
それも嫌だったが、僕は生命の危険を感じて思いを巡らせた。
「アスカともっと仲良くなって終わりたかったな・・・綾波は、助けたけど・・・・」
「全く・・・やり残したことがあり過ぎるよ・・・母さん・・・どうしようか?」
 再び意識が遠くなった。

目を覚ますと、いや目が覚めたのは環境のせいだった。はっきりと目を覚ましたのかすらわからない。
一つは空腹のためだった。何しろ12時間何も食べていない。
それから寒さのため、これは省エネのため最低限のエネルギーしか使えない状況のせいだった。
さらに、息苦しさを感じる。エネルギーが切れかけているためLCLの酸素循環が弱くなっていた。
酸素不足と気圧(LCLの圧力)の変化による高山病みたいな状況だと思っていい。

さらに、孤独感が拍車をかける。母さんとの意思の疎通もできない。
いるだろうことはわかってはいる。でも、遠い所にいる感じがする。
この状況ではさすがに僕も冷静さを失って喚きながら力いっぱいレバーを叩きつけた。
結果的にはさらに低酸素症をひどくするだけだった。また、すぐに意識が遠くなった。



これは夢??
アスカが目の前に立っている。僕を別に招いている様子ではないし怒ってもいない。
すぐにミサトさんと綾波が現れた。さらにすぐ後には、知っている人達が並んでいる。
リツコさんに加持さん、トウジやケンスケ、青葉さん、日向さん、マヤさんに、父さん?
それらが一斉に後ろを向いて歩きだした。
僕は必死に追いかけるが追いつかない。独りにされる??
怖くてまた目が覚めた。

朦朧とした意識の中で「限界か・・・・・」と呟いた。
すると、何かが僕に入って来たような・・・温かい・・・母さん??



次の瞬間、勝手にエヴァが起動した。それもものすごいパワーだった。
僕の意思で動いているのではない、身体一杯に両手両足を広げると一瞬にして真白だった外がいきなり真っ赤に変わった。
何かの壁に当たるとその壁を突き破った。そこから赤い液体を外に撒き散らしているらしかった。
その壁に穴を開けるとそこに両手をこじ入れて力一杯に広げ、そこから脱出した。
そして、僕は全くの意識をなくした。



気が付くと、プラグが開いていた。プラグの外ではアスカがいて、綾波も心配そうな視線を向けていて、ミサトさんがいきなり抱き締めてくれた。
この安堵感は言葉にできない。ただ体力が限界だった僕は
「みんなに会いたかったんだ。もう一度・・・・・」
とだけ言い、気を失った。


目を開けると病院のベッドだった。誰かがいる。左を見ると綾波が、右にはアスカが僕を挟んでいた。
アスカは無言だった。身体を起こそうとすると綾波が
「今日は寝ていて。後は私達で処理するわ」と言った。
「大丈夫だよ」と答えると
「そう、良かったわね」と言い「ありがとう」と言って席を立った。
アスカは無言のまま僕を冷たい目で見ていた。
「じゃ、アタシも行くわ」と言って、僕は独りになった。

あのときの血の匂いはなかなか取れなかった。一つは手である。
あの使徒を突き破った手・・・それと肺にまで入ったLCLの匂いもそうだった。
僕らが生きているこの世界、そして僕らは戦うことから逃れられないんだと思うと寂しくなった。


僕は即日退院できたので、帰り道はアスカと一緒だった。
しばらく無言だった。
「一つ聞いていい?」
「もし、アタシがあれにはまっていたら・・・アンタはファーストを助けたように飛びこんでくれた?・・・答えて・・・」
「もちろんだよ!!」
即答し、しばらくお互いに黙った。
彼女は目を閉じた。この仕草はキスのサインだ。僕は優しく抱き、そっと口づけた。
唇を離すとアスカは小さい声でこう言った。
「アイツのためになんか・・・もうこんなことしないで・・・・・」
彼女の目が潤んでいた。


外食で済ませて部屋に着くととても懐かしい感じがした。
疲れているから早く寝たら?という事になりベッドに横になっていてもなかなか寝付くことができない。
そしてすごくさみしくなってきた。
アスカの部屋の前でアスカを呼ぶ。
「アスカ、入っていい?」
了解を得て部屋に入る。
そして、そのままアスカのベッドに潜り込んだ。
「ちょ、ちょっと!?いきなり何よ?!」
と困惑して手が出そうになったが、手は出なかった。
僕がいきなりアスカの胸で泣き出してしまったからだ。

「本当に・・・ひとりで・・・さみしくて・・・アスカにも・・・みんなにも・・・会えないかと思って・・・・・」

泣く事を止められなかった。ただ彼女の胸に顔を埋めて泣く事しかできなかった。
彼女は何も言わずに優しく包み込んでくれていた。

泣いている途中、誰かが部屋の戸を開けたようだったが、何も言わずにすぐに戸は閉った。
結局、僕は泣き疲れてそのまま眠ってしまい、朝まで彼女の横にいさせてもらった。



アスカとの関係も少し戻った気がした。学校も終わり、保護者と3人の夕食を済ませると
アスカは「今日は早く寝る」と言ってさっさと寝てしまった。
「昨日は大きな赤ちゃんのお守りをずっとしてたのよっ!!今日は来るなっ!!」

保護者いわく
「昨日帰って来て、アスカの部屋から何か聞こえるなと思って見てみたら、シンジ君がベッドにいるじゃない。」
「暗闇の中のアスカの目・・・・・そりゃあ怖かったわよ。
そうねぇ、まるで子猫を守る母猫みたいな感じで・・・手を出したら殺されそうな気がしたもんねぇ・・・・・」






(cobaです。ポスティーニョ・ラ・デルソル(太陽の贈り物?)から。二人の気性の激しいマリアを思いました。)









オサーンさんの異世界転移ものでシンジとまざったらしい系の長編です。

批判もありましょうが。これは作者の個性ということで、ええ。

27話までと15話の外伝的なおはなしを貰っておりますので、そちらのほうもいずれすぐにでも公開をと。

あと、表題は歌や楽曲からとっているようですね。オサーンさんの解説がついています(気付かなかった)

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