「拾五」Sign





穏やかな日常は続いていた。



ある土曜日、学校の大掃除のため僕らは学校に駆り出されていた。
まじめに掃除をしていたが、雑巾を絞る綾波の姿を見つけた。僕はつい見とれてしまった。
その姿が妙に家庭的だった。家庭とは無縁だと思っていた彼女の一面を見て僕は思い返す。

彼女は僕のこの身体にある遺伝子を半分持っている。それは母の遺伝子・・・・・


彼女は美しい・・・そして邪な欲望が頭をもたげる。

インブリードの世界。競馬ではよく言われる、いわゆる近親交配のことだ。
メリットとして血の重なった馬の長所を引き出し、デメリットとして体質の虚弱、精神的不安定、生殖能力の問題、奇形の発生などの危険性が増す。
基本的にはデメリットが大きい。
しかし、1頭のチャンピオンを作りだすための世界ではよく行われていることだ。
有名な所ではコロナティオンと言うフランスを代表する名牝がいる。
父と母がそれぞれ祖父が同一、つまり人間で例えて言うと、父と母の子供、父と愛人の間の子供が結婚して子を産んだ。
それが彼女と言うことだ。
彼女の競争能力は素晴らしかったが常に精神的に不安定だった。また、生殖能力にも問題があったようで一頭の子孫も残せなかった。
ここまではインブリードの悲劇として言われるところだが、実は彼女の全妹は生殖能力に問題がなく優秀な仔も輩出している。

ちなみに現代ではもっとどぎつい事も行われた。父と娘の禁断の仔も存在している。
つまり、もちろん関係は結べるし、少なくともサラブレッドで言えば子孫を残すこともできるのである。

人間の世界だって、真偽はわからないが、古代の話の中には結構色々あるわけで・・・・・



何が言いたいかとすれば、綾波レイにはそれだけの魅力があるということだった。
もちろん、それを実行に移すことはないし、せいぜい妄想の域止まりだ。最愛とも言える女性もいる。
その妄想もトウジのちょっかいで断ち切られた。少し感謝している。


その夜、僕はテストの後ネルフのエレベーターの中で綾波と二人っきりになってしまった。
父についての事を聞くと、やはり冷たい答えの後
「雑巾を絞る姿、お母さんみたいだった」ということだけ告げた。
まさか、さっきの妄想は・・・言えない。
案外主婦も似合いそうだ、と軽口を叩くと彼女も意識したらしく、普段からは考えられない、動揺した、少し恥ずかしがる表情を見せた。



明日は葛城家のそれぞれに予定がある。
僕は母さんの命日ということで父と会う事になっている。
墓標は単なる飾りに過ぎないがエヴァで見守ってくれている母への敬意を表すということにおいては重要な日である。
それよりも父とどう接するかの問題の方が重要かも知れない。
ジレンマだった。その事を考えるととても眠ることなどできそうにない。

アスカはヒカリの付きあいで出かけるらしかった。まあ、ヒカリのことだから問題はないだろうと思ってはいるが・・・・・
僕は彼女を・・・信じている・・・・・

ミサトさんは友人の結婚式に出席するらしい。その衣装合わせのため、アスカと楽しそうにはしゃいでいる。

僕だけが浮かない気分で悩んでいる。ミサトさんが少々的外れだが心配してくれる。
寝たふりをして適当にやり過ごしたが心配してくれた事には感謝した。



翌日、僕は花を買ってその場所に向かっていた。花は母を表すカーネーションにした。
墓地に着き、花をたむけ、抜け殻のような墓標だったが頭を垂れていた。
やがて、父親がヘリコプターから降りてきた。
父親は総司令官という立場上、多忙なのだがそこまでしてここに来るということは母に対する愛情を感じさせるに十分なものだった。


「シンジ・・・母さんの事はおぼえているか?」
「いや・・・・・何も覚えていないんだ・・・・・母さんは・・・どんな人だったの?」
「今は何も残ってはいない・・・私が教えてやれることもない。しかし、彼女は身をもって大きなものを残してくれた・・・今はそれだけでいい・・・」
「父さん!!僕は、僕は!!・・・・・」
「世界は・・・・・お前の心の持ち方次第だ・・・・・今、お前にだけしかできないことをさせていると思えばいいだろう・・・・・」

「時間だ・・・また会おう」

こうして対面は終わった。
僕にとっては言いたいことが言えなくて、伝えられなかったようで、言わなくてむしろ良かったのかで判断ができない。
一方の父親はどう感じたのだろうか?



父親は母への愛情を示す事においては、それは執着と言って良いだろう。
公務にも、保護者の立場とは言え私的に、母親の少女時代の面影を強く持っている綾波を同行させている。
また、彼女に対する特別な、よくわからない接し方をしている。
愛情を持って接しているのか?または単なる道具として利用しているのか?
どちらとも取れる行動をしている。
前者は自らの手で零号機エントリープラグの熱いバルブを手の火傷も顧みずに開けて彼女を救出したことだ。
後者については、ここでの説明はしなくてもいいだろう・・・・・いずれにしても理解に苦しまざるを得ない。
ヘリの窓から見えた綾波の顔を見て考え込んだ。


部屋に戻ると、もう夕暮れに近い時間だった。
色々なことを考えていると、そこにあったチェロを弾きたくなった。
簡単に調弦して何か弾いてみた。慣れているので目を閉じたままでも演奏できた。
誰に聞かせるためのものでもなかったが、ひとしきり終えると拍手が聞こえた。拍手の主はアスカだった。

「けっこう、いけるじゃない」
「ああ・・・別に才能はないと思うけど・・・なんとなく」
「へえ・・・アンタにそんな秘密があるとはちょっとびっくりねぇ・・・」

「あれ?はやいね?」
「ヒカリもお姉ちゃんから頼まれてしょうがなくって・・・・・」
「お姉さんの友達を紹介するとかで・・・デートなんだけどおもしろくなくってさ・・・勝手に帰って来ちゃった」

ジト目でにらむと彼女は少し慌てた様子で
「それよりさっ、おなか減った・・・ハンバーグがいいなぁ♪」

「ふーん」

無視すると
「何にもなかったわよ!!ホントに!!何、アタシを信用してないの??本当に心の狭い男よね!!だからアンタはグズなのよ!!」
と逆切れしていた。怒る様子を見るのも良かったが、からかうのはこの位にして
「わかったよ・・・・・さ、作るよ。」と明るく言った。


思ったより早く夕食ができ、食し、お風呂等を済ませて自由時間となる。
特にすることもなく暇な時間だった。そして、ミサトさんからは今日は帰らないとの電話がある。



最近、アスカは初恋の人、加持さんがミサトとよりを完全に戻したことを知っているようだった。
彼女は彼女なりにけじめを付けようと思っているらしい。
とは言え、僕との関係だってそれほど発展しているわけでもない。キスだってディープではないし、当然その先はあり得ない。
僕が単に奥手なのか?そういうわけでもないと思っている。
強引に進めても拒否はしないと思うのだが彼女が求めないそれ以外の理由があるんじゃないかと思っている。
この辺の意識は、僕が歴史を変えてしまっている以上、うかがい知ることはできない。
言わばブラックボックスであり、展開が読めない部分で真剣勝負をしているつもりだ。

まあ、僕はきちんと意思表示をしたし、彼女も受け入れている。ここまでは良好な関係を保っているのは満足そのものだ。



彼女は暇そうにテーブルに突っ伏している。
(そう言えば、ここでキスするんだっけ・・・でも、あのレベルのはしてるんだよな・・・)
彼女の機嫌を窺う。特に普通にひまそうであるだけでどうということはない。
僕は意識して(あのキスじゃお互い傷つくだけだろうしなぁ・・・どうしよ?)
などと思ったりしていた。とりあえず、僕も暇だったのでテーブルに着き、ぬるめのお茶を入れて飲んでいた。
彼女が頭を上げ僕の方を見て、鋭い目付きではなかったが、激震がはしる。


「ねえ、シンジぃ」
「??」
「セックスしよ。」
「へ?」
「セックスよ!セックス」
「!!」


飲んでたお茶が噴き出た。ま、そりゃ選択肢の一つとしてあり得るけど、別に準備していたわけではなかった。
「シンジ・・・イヤ?」
「嫌じゃないけど・・・・・」
「なに?ママの命日に初体験するのはイヤ?それとも女の子が怖いのかなぁ♪」

アスカが挑発してくる。
「そ、そんなことないよ!!」
「そ、じゃあ、部屋で待ってるから。もう一回シャワー浴びて来て。それと他の部屋の電気も全部消してくること。わかった?」


アスカは初体験・・・だよな・・・?結構、気を使うんだよな、初めての時って・・・
僕はシャワーを浴びながら「いいのか?いいのか?」と半分喜び、半分怖くなっていた。
開き直りが大切だと言い聞かせてシャワーを出た。



アスカの部屋はカーテンも締切り真っ暗で何もわからなかった。静かにベッドに入り、ぎこちなく彼女の肩に触れた。


この後については別枠で触れたいと思うので結果だけ書くと、
目的は達したが非常に不本意な結果に終わった・・・・・ということでいいだろう。


結局、朝まで彼女のベッドで過ごしたが、会話もなかった。
すれ違ったような、虚しいような、うれしいような、少し恥ずかしいような複雑な気分だった。
翌朝はちゃんと学校に行った。別に昨日の事はなかったかのように彼女はふるまっていた。






(エイス・オブ・ベイスです。名曲だと思います。ちなみにこの曲もレゲエのコードです。)


















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