「拾」(Worm Summer Rain)








僕らの中学校でも、修学旅行があるらしい。
自由時間などは、カップルであればいつもと雰囲気の違ったデートを楽しみ、女子の部屋へ忍び込んだりして・・・
部屋ではプロレスごっこを楽しんだり・・・まあ。そんなもんだろう。

どうやら、予定場所は「オキナワ」らしい。
海で過ごす時間もあり、アスカはノリノリで加持さんと水着を選びに出かけた。
僕はどうせハウスキーパーだし、興味もない。
それに、修学旅行に行けない事はわかっている・・・冷静に考えれば突発的な非常事態の最前線にいるわけだから極々当然の帰結だ。
まあ、機嫌を損ねないよう、アスカには黙っている。
荷物をウキウキでまとめているアスカ・・・呆れて見ているだけの夕方である。


やがて、保護者兼作戦部長がお戻りになり、着替えて毎日の儀式に必要な麦で作られたお神酒を片手にしている。
そしてリビングに召集されて僕らに通達が下る。

「修学旅行には行けません」
冷たく言う作戦部長・・・当然、同僚は反駁をする。
表情が変わり、優しい説得の表情と語気になる。

やがて、矛先がこちらに向くので「仕方ないよ。こういう時だし」
と、言っておく、しかし・・・
その後の保護者の追い打ちは強烈だった・・・

僕のテストの点数・・・実は特定の科目に限って最悪の結果だった。

国語、悪くはなかったけど漢字は書けていない、普段PCで文書を作っているから・・・
数学 できてない、方程式とか因数分解なんて普段の生活で使ってるぅ?
理科、フレミングの法則だの落下速度だの・・・これも社会生活には不要だ。
英語、これは問題なかった。問題ない出来栄え
歴史、これも読書が趣味なので問題はなかった。
公民、この世界の事なんか知るかぁぁぁ!!
保健体育、これは・・・ね・・・貫禄でしょ・・・

と、まあこんな感じで、全体的に言うと・・・結構、悲惨な結果が待ち構えていた。
アスカ嬢はさらに噛みついていたが命令が覆ることはない。
最後に負け惜しみのように悪態をついて出て行った。
彼女の手には電話の子機が、おそらく、ヒカリに愚痴るのだろう。

学校へはとりあえず集合、先生から都合により僕らが行けないことが告げられると、
クラスメイトのその対応が・・・ムカつく!
ゴーヤチャンプル、イラブーの煮物、うまいんだろうな・・・・・
お土産は星の砂とか・・・だよな・・・オリオンがいいな・・・
僕は態度に出さなかったが、同僚はみんなが出発の後も屋上で未練たらしく飛行機雲を見つめていた。



でも、一応、修学旅行中ということで学校は休みだし、僕らにも特典は用意されていた。
本部の娯楽施設を使っての休暇、もとい、自主勉強という形での待機任務だった。
それを知った同僚も少しは機嫌が戻ったようだ。


とりあえず、常夏のここでの定番はプールだ。
結構いい雰囲気だったし、僕はアイスコーヒー片手に・・・ただし、僕は泳がなかった。
理由は2人の若い同僚の刺激的な姿・・・想像が膨らむ・・・
若い肉体が我慢できずに膨張してしまって不快な思いをさせてしまう可能性があるからだ。
僕は泳げるけど今日は雰囲気と目の保養で我慢する・・・いや、勉強してるんだって。

綾波も無表情ではあるが水との戯れを楽しんでいるようだ。水中の感触を体で感じて満足しているらしい。
僕はプールサイドで仕方なく勉強している。

理科のテキストを読み、問題を解いている最中に彼女が現れた。
「ジャーン!!」得意そうな彼女・・・健康的で均整の取れた肢体・・・
目のやり場に困ります・・・

「この程度の数式が解けないの?どれどれ・・・ハイ、できた!」
PCの画面よりも・・・奪えなかったその唇と、強調されるバスト、露出の多い素肌・・・
気を取り直して「よく、こんな難しいのができるのに・・・」
と勉強の話に意識を戻す。彼女も僕とは違うがカルチャーショックがある人間で、ここに適応できていないだけなのだ。

「どれどれ・・・熱膨張?幼稚なことやってるのねぇ」
とかいつまんで講義をしてくれた。
「アタシの場合、胸だけあっためれば、少しはオッパイが大きくなるのかなぁ?」
自分の保健体育分野の熱膨張を心配していたので気の利いたコメントが返せなかった・・・
「つまんない男・・・・・」と一言つぶやいて彼女は去って行った。


その時、プールサイドの対面では綾波が水から上がり、髪を拭いていた。
彼女もスレンダーながらスタイルが良い・・・・そして透き通るような肌・・・・・
アスカとはまた違った魅力を感じさせる。
対象的なその魅力は、どちらでも満足はするのだが両方を持ち合わせるという事は難しいのではないのだろうか?
見とれながらそんなことを考えていた。

アスカの呼ぶ声で正気を戻した。
「見て、見て、シンジぃ♪バックロールエントリー♪」
アスカもご機嫌なようだった。


ひとしきり、水際でのバカンスを楽しむと僕ら3人に召集があった。ブリーフィングルームらしい。
そこは真夏の太陽を感じさせない、あくまで人工的な場所だと思う。
そこでデスクスクリーンの前で、まるで人間の胎児のような画像を見せられる。
羽化する前の使徒だということだった。今回の作戦では羽化前の使徒を捕獲するのが目的だとの説明があった。
作戦担当にはアスカが指名された。綾波の本部待機の命令に軽口を叩くが、その挑発にも綾波は無反応だった。

高温、高圧のマグマ内での作戦・・・試作機の範疇を出ない零号機、初号機ではこの作戦に対応する特殊装備は不可能だった。
当然、弐号機の専属パイロットである彼女が適任なのである。が、スーツに着替えて、装備の打ち合わせの段になってトラブルが発生した。
彼女の着用したプラグスーツは特別な構造になっていた。リツコさんの指示でスイッチを押すと・・・
みるみる内にスーツが膨れ上がり・・・ダルマさんのようになっている。
「何よ!これぇぇぇ?!」彼女が頓狂な声を上げた瞬間、僕は一瞬吹き出してしまった。

しかし、一番驚いたのは隣の「プッ」と綾波の吹き出す声が聞こえた事だった。
次の瞬間、視線がこちらへも向くことも予想された為、すぐに2人とも顔を引き締めた。

彼女はその自分のプラグスーツ、また100年も前の潜水服を着ているような弐号機を前にして作戦の担当に駄々をこね出す。
その心情には同情せざるを得なかった。
なかなか説得に応じない彼女・・・しかし、綾波が手を挙げた時、彼女の態度は一変する。
敵意をむき出しにして、その提案を拒否して担当者が最終決定された。



浅間山に空輸されると、作戦準備はほぼ完了しているようだった。
空軍機が飛んでいるので理由を尋ねると、作戦失敗の場合には僕らを含めて熱処理する為だとの返答だった。
僕らも緊張せざるを得ない。


やがて、準備は完了し、作戦が開始された。
アスカは僕よりもリラックスしているようで溶岩内進入の時に
「ジャイアント・ストロング・エントリー」
を披露してくれた。その精神的な余裕は僕を少し安心させてくれる。

僕は初号機の中で音声モニターでしか様子を知ることができない。
作戦の進行に伴い、深度が進むにつれて緊張が深まっていく・・・・・
結局、作戦は延長されて、一時的な成功を収める。作戦に関わった全体に安堵の空気が流れる。
このまま終わればいいな。早く温泉に行けるし・・・
僕はアスカに声をかけると、彼女も安堵した様子で答える。ここまで、この作戦の彼女の勇気は称賛に値すると思う。


少しの時間が経ち・・・緊急事態が発生した。
作戦目的は変更され、使徒の殲滅が命じられる。その瞬間、彼女の勇気は再び燃え上がる。

音声モニターでは事態の全容を把握する事は難しいが、固唾を飲んで見守り、また指示を待つ・・・・・
モニターの様子から判断すると彼女は苦戦している様子だ。ただ、今の僕にはそれを見守る事しかできそうにない。
「シンジ君!!弐号機にブログナイフを落として!!」
「投下場所のデータをください!!」
データ到着をすばやく確認しナイフを投げ入れる。
その間にも音声モニターからはアスカの声と金属の切削音が交錯している。
ブログナイフは到着し彼女も奮戦しているようだが状況は好転していない。

そのとき、プールサイドでの会話が頭に浮かんだ。一人で奮戦する彼女も同じく思いついたようだった。
彼女の勇気と機転で使徒は殲滅された。

その瞬間、僕は今までの金属の切削音と違う金属音をはっきりと聞いた。
「ワイヤーを下ろしてください!!」
こう叫んで耐熱装備のないエヴァで、片手にワイヤーを掴み緊急降下した。
溶岩内に入った瞬間は焼けるような痛みが走ったが、すぐにその痛みを忘れていた。
そして弐号機を見つけるまでの時間は非常に長く感じられた。

耐圧装備が既にボロボロの弐号機を発見し、すぐに手をかけて確保する。
「バカ、無理しちゃって・・・」と呟いた彼女の声、
その声には少しだけ嬉し泣きの声も入っていた。

「ワイヤー、すぐに戻して!」ミサトの指示だ。
僕はその引き上げられる間中、その熱さのために歯を食いしばり、無言だった。
この苦痛の時間も長く感じられた。

マグマから出て、真夏の太陽と、清涼な空気を感じた時、僕は安堵して、この当たり前に享受できるものに感謝した。

作戦の、独断専行についてのお咎めはなく、僕らはすぐに解放された。
感覚的には辛い部分もあったのだが、特に外傷もなく、メディカルチェックでも異常はなかった。
本来はバカンスの予定だった僕らには好待遇が用意されており、作戦が一段落した保護者と共にタクシーでリゾートに向かう。
後部座席に座るパイロット2人に対して作戦部長であり保護者のミサトさんは称賛の言葉を惜しまなかった。
もうビール片手のミサトさんは特に僕に対して、分量的には冷やかしの言葉を多く掛けてくれた。
僕は苦笑いと弁明に終始し、本作戦の英雄は緊張から解放され、束の間の休息中だった。







(高中正義です。これもジャングルジェーンツアーライブ収録を聞きながらです。このアルバムの中の曲は完成度が高くてかっこいいです。)





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