「八」Heart beat







帰り道は送迎もなく、電車と徒歩での帰り道だった。帰る場所が同じ二人は、当然、同じ道を歩いていく。

「あ、あの・・・さっきはゴメン」
「何のこと?」
「あの・・・エヴァに乗っかっちゃって・・・その・・・」
「ああ、そんなこと。いいのよ。気にしないで」
ツンとして言い放つ彼女。ご機嫌は最悪の模様だ。

「アタシ、聞きたいことがあったんだ・・・・・」
「え、何?」
「アンタに聞きたいことがあるのよ!!」
「正直に答えなさい。私は心の広い人間よ。人は過ちを犯す動物なのよ。」
「そ、アタシもそのくらい、ちゃぁんとわかってるわ。」

目が据わっているようだ。僕は明日の朝日を拝めるんだろうか・・・・・
特訓中に数々の新技?の被験体にされている僕は底知れぬ恐怖を感じる。
でも、彼女とはしっかり向き合わなければならない。
「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ・・・・・」

僕の顔を覗き込むアスカ、睨みつけている。目が真剣だ。僕も見つめ返した。


「僕が寝ていたら、アスカ・・・トイレに起きたみたいで・・・気が付いたら僕の隣で寝ていたんだ。」
「フーン・・・」
「正直、きれいな女の子がいきなり隣に来て、無防備な姿だったから・・・・・その・・・キスしようと思って・・・」

神妙な顔のアスカ
「で、したの?」
「いや、しなかったんだ・・・・・」
「どうしてぇ??アタシって魅力なかったぁ?」
おどけるアスカ。僕は言っていいのか迷っていた。フォローできる自信はなかったから・・・

「で、どうしたのよ?」
覚悟を決めて僕は言った。「気を悪くしたらごめん!」
「顔を近づけたら、アスカが何か言ったんだ・・・もう一度、今度ははっきりと、ママ・・・って・・・・・」
「そして、涙を目に溜めてるのを見たら・・・キスできなかった・・・」

「それだけ?」
「続きがあるでしょぉぉ?!言わなきゃ殺すわよ・・・・・」

「アスカのおでこにキスして、それからアスカを胸に抱いたんだ。」

やや間があって必死に弁解をする。
「僕には・・・それが精一杯だった・・・そんなアスカ見るのが辛かったから・・・・・」

冷静そうな反応で聞いていた彼女。
「で、アタシの反応は?」
「僕の胸の中で・・・今度は本当に泣き始めたんだ。僕もすごく辛くて・・・でも、アスカが落ち着いて、僕もそのまま寝ちゃった。」

アスカは「そう・・・」と一言言って下を向いていた。
「あ、お母さんって・・・・・」
「もういいわよ・・・」

「ありがと、正直に言ってくれて・・・多分、アタシは・・・ママの夢を見ていたのよ。
そして泣き出したんだわ・・・今までにもあったもの・・・その夢を見てシンジの胸で・・・泣いたのよ・・・」

一言一言を区切るように声を絞り出したアスカ。そんなアスカは見ていて切ない。


「朝起きたらシンジの胸の中で寝てたわ。優しい腕枕のおまけ付きでね。自分は泣いてたんだってすぐにわかったわよ。」
「そして優しく見守ってくれたのがシンジだったってこともすぐにわかった・・・」
「あの朝食はせめてものお礼みたいなもんね。」
アスカの声が少し明るくなった。でも、さっきまで泣いていたのかも知れない。

「あ、あれ、おいしかったよ」
こういうとき、女性にはお世辞に限る・・・・・これは経験から来るものだ。

「あんたバカぁ?!あったりまえでしょう!この天才少女のアタシが作ったのよ!絶世の美女が作った料理を食する事ができるなんて幸せ者よね!」


夕暮れの道を歩きながらだった。



「アスカは・・・・・何か好きなものとかないの?」
「うーん・・・・・ハンバーグ♪」
「よし、今日はハンバーグを作ろう。任せてよ。」
「アタシは味にうるさいわよ・・・この前のミサトの料理?みたいなのアタシに食わせたら、コ・ロ・シ・テやるからね!!」
「ハハハ、じゃスーパーに寄って行くよ。アスカは戻っててもいいからね」
「アタシも行くわよ。材料から監視しないと大変なんだからぁ」

スーパーに入り、挽き肉や野菜などを買い揃えて行く。あれもこれも、買い揃えて結構な量になってしまった。
買い物の最後で、酒類コーナーで立ち止まる2人。

「どうしようか・・・?」
「まあ、今日は使徒を倒したお祝いの日だしね。いいんじゃない?」
「でも、ミサトさんのカードだし、すぐわかっちゃうよ」
「大丈夫よ!ミサトはお酒たくさん買ってるから、わかんないって」
「そ、そう・・・・・」
申し訳なさそうにシャンパンもカートに入れてしまった。

家に着いて、僕は食事の支度を始め、彼女はお風呂を沸かし、そして入ってからゴロゴロしている。
日常の有難さを感じさせてくれる、貴重な時間だった。

「あ、そうだ!綾波も呼ぼうか?せっかくだし・・・」
「バカッ!ファーストなんか呼ばなくていいわよ!!」
「でも、せっかくだし・・・・・」
「じゃ、電話してみたら?」
ご機嫌の傾斜がどんどん急になっていく感じだった。でも、とりあえず電話しよう。

「ありがとう、碇君。でも、今日は司令に夕食を呼ばれてるの・・・・・」
「へぇ、どこに行くの?」
「フレンチのフルコースらしいわ。えーと・・・」

彼女の口からは高級店の名前が出た。

「そ、そう・・・・・じゃ、次の機会に・・・・・」

申し訳なさそうに受話器を置く。
「ほら、言った通りでしょう!」
「うん、そうだった・・・ね・・・」
詳しい事は言うべきではない。黙っていよう・・・・・


料理の目処がついたのでシャワーを浴び、盛り付けを始める。
オーブンで温めたプレートに熱を少し入れたハンバーグを置き、スープを分け、サラダを盛り付ける・・・
先ほど買ってきたおいしそうに見えた焼き立てのバゲットにナイフを入れ適当な大きさに切り、デザートを冷やしておく。
そしてフリュートグラスを置き、冷やしておいたシャンパンを取り出す。
彼女の椅子を引き、座らせる。自分も席に着きシャンパンを開ける・・・

開かない・・・・・せっかくここまでカッコイイと思ってたのにぃ!!
何とか開けて彼女のグラスに注ぐ、彼女が笑みを湛えながら僕のグラスに注いでくれる。
ハンバーグの焼けていく香りとシャンパンの香りはとても刺激的だった。
彼女はグラスを光にかざしてジッと見ていた。

「かんぱーい♪」
彼女は匂いを嗅ぐだけでなかなかシャンパンを口に入れようとしない。
「どうしたの?まさか初めて・・・?」と聞くと
「そうよ、飲んだことないのよ!」との事だった。
意を決して少し口に入れてみると「うーん、わからないわ・・・・・」と一言。
意外に辛口っぽいシャンパンだった。

ハンバーグにナイフを入れ、彼女が口に入れる瞬間、この瞬間が僕にとって緊張の一瞬。
・・・・・  ・・・・・  ・・・・・
彼女の口もとが上がり、目尻が大きく下がった、その刹那は写真に撮っておきたいほど幸せそうな顔だった。
が、次の瞬間には顔を戻して、澄ました顔で「まぁ、いけるじゃないの」と素気なく言ってくれた。

「まぁ。これだけ料理ができるんだったらぁ、ここに住まわせてあげてもいいわよね♪」
とか何とか言って・・・結局、シャンパンは2人で空けてしまい、料理も無事に片付いた。
このハンバーグはかなり彼女のお気に入りだったらしく、しきりに
「次はいつかなぁ??」
と瞳をキラキラさせて訊いてくる。

後片付けは・・・意外な事に彼女がするらしい。
「シンジはお風呂に入りなさいよ。さっきシャワーだけでしょ?」
お風呂から上がると、かなり不完全ながら一応、後片付けがしてあった。洗い直しをしていると、呼ぶ声がする。
「ねえ、シンジィ、終わった?」
「もう終わるよ」

リビングに行くと・・・これは・・・お酒の準備だった。
「ジャーン♪」「明日は土曜日だし・・・もう少し.・・・飲モッ♪」
「お酒はどうするのさ?」
「冷蔵庫にもミサトのがあるし、部屋の中にも飾ってあるわよ」
彼女の眼が妖しく光っている。これを断ることは・・・できないなぁ。

結局、僕はビールを、彼女はちょっと高そうなワインをセレクトして、2次会開始。
お酒も入り、いつしか肩を並べていた。
さすがにワインを飲んでいた彼女が先に酔い、スースーと寝息を立て始めた。
今日は特に進展はないんだろうなぁ・・・と少々ガッカリする。

でも、彼女のほんのり桜色に染まった頬、幸せそうな寝顔・・・これは僕を幸せな気分にしてくれる魔法の風景だと思う。
僕は彼女の髪に触れながら、飽きることなく眺めていた。


「ただいまぁ♪」
「何、アンタ達、やってるのよ!?」
アスカも目が覚めたらしく「あら、ミサト・・・?」
ミサトさんの表情か険しくなっていく・・・・・が一瞬、悪魔の笑みを浮かべた後で、
そして普通の笑顔になり・・・・・
「あらぁ、シンちゃんもアスカも気持ちよさそうね。せっかく私も帰って来たんだから、飲み直しましょう♪」
と、のたまったのは2人ともびっくりだった。


酒量は思いのほか進む・・・僕が「いや、もういいです。」と断っても
「まぁまぁ、シンちゃんも♪・・・くぉらぁ!!アタシの酒が飲めないって!?」
アスカにもほぼ同じことをしているのだが、もう少し言葉の使い方などを変えて
「アスカ、まだ若いしぃ。すごいじゃない!アスカ、アスカァ♪」
と、大人の実力を見せつけてくれた。つまり、僕には力で、アスカにはおだてる・・・
接待とか飲み会なんかではよく使われるテクニックだ。

さらにミサトさんはずーっとビールで通している。
しかし「なかなかいいのがあるのよーん♪」と言って僕らに勧めてくれたのはワイルドターキーだった。

僕はうすーくして、ちびちび飲んでいた。
その姿を見ていたミサトさんは
「シンちゃん、ゴメン。水がないのよぅ・・・これでいい?」


ワイルドターキーをビールで割ったものが出てきた。それも割ると言うより半々くらいだ。

アスカはすでにミサトさんと話していて呂律が回っていない。
そのうちに「キモチワルイ」と言いだした。

結局、明け方までにかなりの量を空ける事になってしまった。



そう、これは最悪、最凶のお仕置きだったのだ・・・・・
元気なのはミサトさんだけ。
僕ら2人はせっかくの休みをリビングデッド状態で、しかもものすごぉぉく気持ちが悪いまま過ごす事になるのである。
しかも、「おそうじしなきゃねぇぇ♪」と言いながら、アルコールティッシュで僕の部屋、アスカの部屋をペタペタ拭き始める。
さらにアルコール臭に満たされる部屋・・・・・二日酔いの威力を思い知ることになる。

「さて、あのコ達もこれで懲りたかしら」

ちなみに昨日ミサトさんからもらった小物は後日にちゃんと返しておきました・・・・・





(ASWADのグレイテストヒット収録のものを聞きながらです。歌詞は内容にそぐわないかも知れませんが恋心を感じさせるメロディが好きです。)












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