「七」(君の瞳に恋してる)








かくして、練習が開始された。音楽を頭に叩き込み、その上で振り付けなどを研究する。
バレエや体操などのビデオを見たり、またその合間にミサトさんが仕事へ行き、編集などをして内容を決める。
そして「これでいきましょ」と振付の内容を決めていく。
振り付けの内容については女性陣に主に任せることにした。


本格的な練習は2日目から。振り付けを覚えて、ステップをセットの上で合わせてみる。
結果は・・・・・言うまでもない。なかなか難しく合わせられなかった。
アスカは要領よく、呑み込みも早い。全くすごい才能の持ち主だ。
すごく様になっているしほぼ完璧にできているわけで・・・こちらの状況は・・・・・芳しくない。


僕の状況を見かねてミサトさんが「す、少しレベル下げましょうか・・・・・?」
と言って難易度を下げてくれた。それでもまだ追い付かない。


2人とも夜になるとさすがに僕も疲れており、夕食は保護者が作ることになった。
「ふぐぅ!!」
「ギェェぇ!!」
「何、これェ!!!」
「水、水!!!」
「ウェェェ・・・!!」
「気持ち悪い・・・・・」
「どうやったらこんな味になるんですかっ!!」

「チョッチ変わった味がするけど、イケるわよ、これ・・・・・♪」

まったく精神汚染が心配される出来栄えだった。さすがのアスカも参ったようで
「シンジィ、シンジィ!ウック・・・ウック・・・・・」と泣き出してしまった。
これは葛城家に住まうものへの洗礼だと思ってもらえればいい。
結局、出前を取っての夕食になってしまった。



3日目、レベルを下げたままの訓練だったが少しは僕も合わせられるようになってきたようだ。まだ、ミスは多いのだが。
アスカはミスなく完璧にこなしているが、僕に合わせてくれるという気は全然ないようだ。
「自分について来られるものならついて来なさいよっ!」
こんな感じで真剣に殺気立っている様にメニューをこなす。

僕にはわかっている。これではユニゾンは成立しないことを・・・・・
踊りの内容が問題なのではなく二人揃った動作こそがこの作戦では重要なファクターなのであってそれを考える事が彼女にはできないのだ。
とりあえず、彼女のレベルに合わせるべく僕も精一杯の努力をする。
今日はミサトさんが仕事のため日中ずっと、アスカの怒声が響きわたっていた。


夕方近く、来客があった。お揃いのペアルックで対応に出た。
委員長とトウジとケンスケだった。
「はーい」と二人でドアを開けると3人の驚いた顔・・・・・

「ウ、裏切りモン!!」
「またしても、今時ペアルック・・・・・イヤーンな感じ」
「こ、これは、日本人は形から入るものだって・・・無理やりミサトさんが・・・・・・」
「フケツだわっ!」
「誤解だよ!!」
「ゴカイもロッカイもないわ・・・・・」と委員長がイヤンイヤンしながら泣き出してしまった。

ちなみにここでの会話については無意識のうちに完璧にユニゾンしている。
「あら、いらっしゃい」
声の先にはミサトさんと綾波がいた。

「これはどういうことなんか、説明してください」

家に入ってもらいミサトさんが事情を説明する。その間も僕らは時間を惜しんで練習だ。
「アーっ!!もう!!」
「大体このシンジに合わせてレベル下げるって、ふざけてんのよ!」

「じゃ、やめる??」
「どうせ、他に人、いないんでしょ?」
得意気になってアスカが答えると

「レイ、・・・・・やってみて」
「はい」

冷静なやりとりの後、さっきアスカが投げ捨てたヘッドセットを装着して綾波が隣で踊る。
それに合わせて僕も踊る。不思議にも完璧にそのタイミングは合っていた。

「えー?!えー!?えー!?」
アスカの顔が驚きと共に蒼白になっていく。さらに追い打ちの一言
「これは作戦変更してレイと組んだ方がいいかもね。」


零号機は先のラミエル戦で大破しており、未だ修復中だった。
そのためレイは手持ち無沙汰の状態なのである。
「もう・・・!やってらんないわっ!」
思わず涙目になり部屋を出て行くアスカ。その剣幕にさすがの僕も気づき、アスカの方を見る。委員長が僕を呼んでいる。

「いィィかァァりィィくゥゥん!!」

委員長の方を見やると委員長が吠えた。
「追いかけてっ!!」
「女の子泣かせたのよっ!!責任とりなさいよっ!!」


アスカは近くのコンビニで保護された。冷蔵庫の中を見つめ、無言の彼女。
さっきまでの気迫とか勢いとかが削がれていて・・・・・それはごくごくありふれた自信なさげな女の子だった。
僕はそんなアスカにかける言葉を持っていなかった。彼女に近づき彼女を見やると
「わかっているわ・・・・・アタシはエヴァに乗るしかないのよ・・・・・」
と言って立ち上がって買い物を済ませ外に出た。

公園のベンチではすっかり先ほどまでのアスカに戻っていた。
「アタシ・・・・・やるわ・・・・・レイやミサトを見返してやるのよ」
「見返すだなんて・・・・・」
「あまーいっ!!男のくせに!傷つけられたプライドは・・・・・10倍にして返してやるのよっ!!」
「ほら、ボケボケっとしてないで戻るわよっ!」
そう言って僕の手を掴み部屋に戻った。
戻るや否やカレンダーの11日の所に赤マジックで大きな印を書き込む。そして僕を睨みつける。無言の圧力だ。


翌日から、レッスンはハードになり・・・・・アスカ様の熱血指導によりどんどん上達していった。
また、今までのレッスンの中で僕にとって難しかった部分の修正に応じるなど妥協が示されたりもする。
一緒の部屋で、当然ミサトさんを挟んでだが、一緒に寝ることも拒まなくなったり、アスカの態度が少し変わってきた気がする。

ただし、この数日間は生活においてユニゾンしている場面ではあるがそこには男女の、というものは全く存在していない。
人と人、その繋がりである。
ただ、生活パターンがかなり似通ってきている。タイミングが無意識のうちに、何をするのでも合っているのだ。


そして最終日、夕方の最後のレッスンでは完璧に動きを合わせることができた。
終わった瞬間、ミサトさんが「2人とも、完璧よっ!よくぞ、ここまで・・・・・」
と言葉を詰まらせた時に、思わず抱き合って喜んでしまったのは失敗だった。

真っ赤な顔をしてミサトさんが笑いを浮かべて
「じゃ、明日はよろしく頼むわね・・・・・」と恥ずかしそうに言った時に
我に返った2人。その直後に僕の頬に紅葉マークが刻まれたのは言うまでもない。



夕食をとり、アスカはお風呂、僕はゴロゴロして雑誌を読んでいると、風呂上がりの
アスカが「ミサトは?」
「今日は徹夜で戻れないって」
「そう、今日は二人っきりってわけね♪」

彼女はここにあった自分の布団をミサトの部屋に運び、ピシャリと閉めた後、もう一度開けてはっきりと言う。
「この壁は決して壊れることのないジェリコの壁!この壁を一歩でも越えたら死刑よ!
子供は夜更かししないで早く寝なさい!」
その話している姿、Tシャツの隙間から彼女の豊かな乳房が覗いていて、これは逆に誘惑されていると取られてもおかしくなかった。
まあ、彼女の剣幕に圧倒されてそこに目が行ってたわけではないのだけど・・・・・

彼女はすぐに寝息を立て始めたようだ。僕はなかなか寝付けなかった。
明日に備えての復習も兼ねて音楽を聴いたりして眠れない夜を過ごしていた。



夜半に彼女が起き出したようだ。
いきなり、こちらの戸を開けて、それからトイレに向かったようだ。僕は寝たふりをして目をつぶっていた。
「バタン!」と大きな音がしたので目を開けると、目の前には彼女の寝姿があった。
豊かな胸が強調されている。美しい顔、かわいい唇も目の前にある。シャンプーの香り・・・
また、女の子特有のミルクな様ないい匂いも周囲を満たし、僕を刺激する。

彼女を見ていると・・・僕はその目の前の美しいものに触れたくて、我慢ができなかった。
息を呑み、目を閉じて自分の唇を彼女に寄せる。
その刹那「マ・・・・・マ・・・」
ささやくような声だったが、もう一度、今度ははっきりと
「ママ」と言った。
彼女の目には涙が一杯溜まっていた。
彼女を見て、僕は自分の浅はかさを恥じた。
彼女の心の傷・・・・・それにつけこむ自分は卑怯だ・・・・・
でも、さみしそうな彼女・・・・・一人ではいられない彼女・・・・・

僕のとった行動は・・・額に軽くキスしたあと、両手で彼女を抱きよせた。そして彼女の
頭が僕の胸に当たるようにして胸を貸した。
彼女はそこで、もっとはっきりと「ママ!ママ!」と言い、溜まっていた涙を流し始めた。
僕はその声を聞きながら、とても切なかった。できる限りやさしく彼女を包みこんでいた。
僕も泣きそうになったけど我慢した。

やがて、彼女も落ち着いたようだ。
彼女の夢の結末がどこに行ったのかわからなかったけれど、僕も安心した。その姿を見て僕も安心して眠りに落ちていった。

「大丈夫、きっとうまくいくよ・・・・・」



翌朝、寝坊したのは僕だった。
「バカシンジ、起きなさい!!」
アスカの声で起こされたのだ。アスカはもう着替えていた。
「ボケボケっとしてないで、さっさと顔洗って来なさいよ!」
顔を洗って出て来ると、そこには焼きたてのトースト、目玉焼きとコーヒー、がテーブルにあった。
「あ、ありがと。これ、どうした・・・の?」
「アタシが作ったのよ!!感謝して食べなさいよね!」
「う、うん・・・・・でも、料理できるんだね・・・・・知らなかった・・・」
「シッツレイねぇ!!アタシだってこのくらいはできるわよッ!!」
「う、うん、ゴメン・・・・・」

軽い沈黙があって、アスカから口を開いた・・・・・うつむき加減で
「昨日は・・・・・アリガト・・・・・」
「あ、いや、いいんだ・・・別に・・・」
また沈黙・・・・・僕は彼女を見つめていた。
彼女は微笑を返し、コクリと頷いた。

「今日は頑張ろう!」精一杯明るく声を掛けた。
「うん!あ、もうこんな時間!迎えが来るわよ!早く食べなさいよ!」
味も含めて悪くない朝食だった。



本部に着き、準備を終えて戦闘配置に就く。
「最初から最大戦速、フル稼働でいくわよ!」
「わかってるよ。62秒でケリをつける。」

「発進!!」作戦担当の大きな声と共に射出された2体のエヴァ、身体が覚え込んでいる通りに自分の動きをすればいい。
パートナーも同じだろう。お互いに信頼し切っている。
何も心配する事はない。
後半、2体の使徒を空中に浮かせ、最後の攻撃に移る時、その信頼感は確信された。
人と信頼し合う事の嬉しさが心からあふれ出している。

最後の一撃までは全くミスなく進んでいた。無事、今回の使徒も殲滅したのだった。

うつぶせになって倒れている弐号機の上にだらしなく乗っかって倒れている初号機・・・・・
見方によっては疲れ切った情事の後のような感じでもある。
プラグを排出して外に出るとすぐに通信が鳴る。
誰かはわかっている・・・・・

「チョットぉッ!!アタシの弐号機になんてことするのよっ!」
「そんな・・・・・そっちが突っかかって来たんじゃないか・・・・・」
「大体、最後にタイミング外したの、そっちでしょ!!普段からボケボケっとしてるからよ!!昨日の夜だって寝ないで何してたのよ!!」
「今日の復習・・・・・」
「ウソおっしゃい!!寝てる隙にアタシの唇奪おうとしたくせに・・・・・」
「ずるいよ!!起きてたなんて!」
「アァァァッ!!冗談で言ったつもりなのに、本当なのっ?!キスしたのね!!」
「してないよ!!途中でやめたんだよ!」
「エッチ、バカ、ヘンタイ、信じらんないっ!!」
「そっちこそ、寝言と寝相が悪いのが悪いんじゃないか!!」
「僕の布団に入って来て・・・・・」
「アァァー!アァァー!それ以上言ったら殺すわよッ!!」


発令所には別々の車両で戻った。
「おつかれさま。二人とも、よくやったわぁ」
「シンジ君もアスカも大事なパイロットなんだから・・・間違いだけは起こさないでね」
リツコさんの声、単刀直入な一撃だ。
顔が真っ赤になる3人である。さすがにアスカが反駁した。
「アタシ達、別に何にもなかったわよ!アタシが寝ぼけてシンジの布団に入り込んで、朝起きたら隣にいただけよ!」

「アスカも大胆ねぇ♪」これは保護者の弁。
僕もたまらず口を開く。
「いや、ほんとに何もなかったと思います・・・ちゃんと・・・その・・・服も着てたし・・・・・ほんとですよ!!」
真っ赤になったアスカが
「バーッカ!!あったりまえでしょ!!」

「あーあ、三十路を前にして、若いコのを見せつけられるって言うのもつらいわ・・・・・」
「ハァ・・・・・」切ない溜息だ。これには同情する。
「ま、シンジ君だから・・・・・性格から言っても、何にもなかったんでしょうねぇ♪
若い二人はまだまだこれからってかぁ♪」

「葛城だってまだまだ捨てたもんじゃないさ・・・・・」
後ろから聞き覚えのある声が響く。加持さんだ。
「あんたねぇ・・・・・!」
「加持さん、私は加持さんのためにキレイな身体のまんまよ。加持さんは信じてくれるわよねぇ?」
涙目で訴えるアスカ。
加持さんは「はいはい、信じてるよ」と一言で返し、またミサトに話しかける。
「今日はまた徹夜になりそうですなぁ。今日の御誘いはパスしとくよ」


「おつかれさま。じゃ、二人とも帰っていいわよ。私は今日も帰れないから。
た・だ・し・・・近所の体面もあるから声が近所迷惑になるとかはやめてよねェ♪」
ニヤニヤしながらのミサトさんのセリフは凄味があった。

スタスタ歩いて行くアスカ。さらに、帰り際にミサトさんが寄って来て僕に
「シンジ君、ファイト!!」握り拳をぐっと引いて、そして小物をそっと忍ばせる。
振り向いたアスカの視線が刺さるように痛い・・・・・

小物は、予想通りのものだった。





(色んな人がカバーしてますね・・・歌詞がないものを聞きながらです。)



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