「壱」 Jumping take off

written by オサーン





碇シンジはプラグスーツを着てエヴァンゲリオン初号機に搭乗していた。
戦闘中だった。いや、それは一方的なものだった。
彼は使徒と闘っていたはずだったがその先制攻撃を浴び、意識を失っていたのだ。
「そ・・・んな・・・嘘だ・・・いきなり・・撃ってくるなんて・・・・・」
ここまでで彼の意識は一度途切れる。





「心停止だ!!カウンター準備!!」
慌ただしく動き回る医療スタッフ。彼らは碇シンジがそのエントリープラグから回収され、
そこからストレッチャーに移された時から任務が始まった。
状況は・・・・・正直、あまり良くはなかった。


彼の心停止の原因はいわゆるショックだ。
人間は急激なショックを受けると、まさしくそのショックで心臓まで停止させる。生命の維持にまで必要な機能も停止させてしまうのだ。
例えば銃で撃たれたとすると、その予想される痛み、出血などを本能的に判断して生命維持を優先する。
予想される出血を防ぐためにその活動を停止、あるいは最小限に抑える。その過剰反応によるショックというのは非常に多いのだ。
そして、本人には苦痛を感じさせないように、いわゆる脳内麻薬(ブレインオピエート)が分泌され意識レベルを低下させるという機能がある。


ちなみに最強の麻薬、どんな痛みにも効果があるモルヒネ(ヘロイン)はその脳内麻薬に類似した成分である。
普通の痛み止めとはレベルが違う物なのだ。
そのためBBB(脳血液関門)も高い濃度を保ったまま通過する。
そして脳内で分泌されるブレインオピエートと同様の効果をもたらすのである。すなわち多幸感であったり、感覚の鈍化などである。


ただ、その自己防衛の活動により命すら落としてしまうのも非常に多いケースである。
一説によると戦争で死んだ人間、つまり銃弾に撃たれ、爆風やその破片に吹き飛ばされ、炎上した煙を吸い込み亡くなった人達・・・・・
数えきれない数ではあるが、その防御反応により一瞬のうちに意識を失い、心臓など生命維持に関するものまで止めてしまう。
それが原因で死んでいった者が実際には戦死者の半分にも上ると思われるくらい重要なものなのだ。
戦場では望めない場合が多いが、ショックの場合、負傷者でも適切な治療をすれば助かる可能性もあるということも言えるらしい。



今の彼はまさにその状態であった。
しかし、正直言って加粒子砲を撃たれてから、スタッフが駆けつけ、彼を収容し、手当を始めるここまでにもう5分以上と言う結構な時間が経っている。
それだけ心停止の時間が長かったという事になる。
残念ながらその時間が長かったという事は人間の思考を司る脳への血流が滞っていることに他ならない。
つまり、死に至る可能性がかなりあるということだった。



「パルスと血圧?!」
収容されたとは言え、救急車の中の狭いスペースでストレッチャーの彼に対する措置は迅速を要求される。
正確な位置に測定器具を取り付けて、それを計測するスタッフは明らかに手練だと言えた。
確かにネルフの医療スタッフ、救急スタッフにおいては現在の日本の医療スタッフの中でも有数のものであろう。


「パルスナッシング!!プレッシャー微弱!!」
「まずいな・・・・・ショック準備!!」
「カウンター当てるぞ!!準備!!3,2,1」


彼の身体は「ビクン!」と大きく胸の部分を中心に大きく跳ね上がる。パルスが一瞬大きく乱れた後、規則的な波を打ち始めたようだ。
その1回目のショックで、彼の心臓の鼓動は再び始まった。
これだけの時間が経ち、しかも最初のショックで目覚めるとはたいしたものだ。
やはり、彼の若さゆえ、そして生命力、エヴァのコアの頑丈さを示したと言える。



ただ、魂レベルでは、予期せぬショックのため変調を来していた。
彼の魂と言うべきものはある意味変容してしまったのだった。
つまり、彼の魂はその脳の血流不足、などの諸々の要因で不完全に宿るに過ぎなくなった。
「魂の入れ物」と彼の肉体は化してしまったのである。


ただし、彼の肉体を構成する細胞にはその記憶や習性が刻まれていた。
第一の少女がその細胞レベルで碇シンジに好意を抱き、碇ゲンドウに対しても絶対的な信頼を寄せているのと同じ状況だ。


いや「魂の入れ物」と化したという表現は正しくないのかも知れない。
彼の魂が不完全な状態ではあったが誰かの魂と同化してしまい混じり合ってしまった。
そして一体化した彼の思念体が彼を新しく形作っていると言って良い状態になっていたのである。



では、彼の魂に混じってしまった思念体はどこから来たというのか?
それは別の宇宙から来たものである。


並行する宇宙は物理的に存在する可能性は否定をできない。
興味のある方は宇宙論などを読んでみて頂きたいが、かいつまんで言えば、原子の元となった紐から始まる宇宙は常に生まれている。
そしてその中の発展した一つが我々のいる宇宙と言う事になる。つまり宇宙は一つとは限らないのだ。
さらにある学説によるとブラックホールなどの高エネルギー体のもとでは空間すらエネルギーによって歪むとされている。
時空の裂け目というものが存在するとしてもおかしくはないのだ。



偶然ではあるが彼に入った思念体の元の居場所では・・・・・彼らの物語が綴られていた。
その世界は人体の小宇宙と呼ばれる人間の思考から作り出されたものである。
さらにその解釈はさらにそれを視聴した者がその小宇宙により世界を作っているというものなのである。


そしてその物語を視聴していた者の一人の魂が碇シンジの中に一体となって混じる事になった・・・・・
不完全な物語の記憶と、碇シンジの思考、そして碇シンジの遺伝子、そして前世の記憶とが全く境目のなくなったまま彼は目覚める。








 「!!」
「何でこんな所にいるの??」


辺りを見回す。病院のようだ。
別にどこも痛くない。ちょっとぼんやりするだけ。強いて言えば熱射病の後みたい。
でも、何か違和感がある。
そう思って自分の手を見てみる・・・・・あれ???
自分の身体じゃない感じ?????



改めて辺りを見回す。ん??「NERV??」ってエヴァンゲリオンだっけ?
そう言えば昔、見たっけ。結構ハマったのよ、これ。
最後のよくわからんのはどういう事だったんだろう??



夢か何かなのかな??いや夢だろ・・・・・
でも、妙にリアルな感じ。触感とか・・・・・
そう言えば小一時間経ってるよな・・・・・
よく醒めないなぁ。まぁ何か身体もダルいし横になってよう・・・・・


よくこの夢終わらないな。まあ夢の中でまた寝るのもいいか。


とにかく不思議な夢だ。何かおかしい。夢の中のはずなのに??


そう言えばどんな内容だっけ?一通り内容を思い起こしてみる。
印象深いアニメ、演出で名台詞とか結構覚えてることが多いなあ。


碇シンジだっけ?ベッドの上のプレート・・・・・やっぱりそうだ。
そうかシンジだよ。成長しない主人公だったっけなぁ・・・・・


まだ醒めない??


寝坊しちゃうぞ。これ・・・・・
あれ?あれ? おい!おい!



誰か来た・・・・・とりあえず、おとなしくしよう。
プシュー
自動ドアが開く。その先にはそう青い髪、赤い眼・・・・・あの娘・・・?


「具合どう?」
無表情な声・・・・・


「大丈夫みたいだよ」
あれ?声が変だ!!必死に動揺を隠す。
夢にしては・・・・・変だ、変だ、変だ!!



少女は構わず無機質に予定を読み上げる・・・・・


「乗らないの?」
最後に聞かれた。


「乗るよ」


「そう・・・・・これ食事」
「あ、ありがとう」


「乗るのね。伝えておくわ」


ここまでの会話は冷たい印象だった。


夢ならば覚えている通りの展開でいいだろう。
とりあえず体を起して運ばれた食事を摂る。変だ・・・・・これもリアルだ。


少し休んでいるとまたドアが開く。今度は制服を着た大人だった。
「迎えに参りました。これに着替えてください。現地にてブリーフィングの予定です。」
あれ???こんなシーンあったっけ?


とりあえず着替えてエレベーターに向かう事にする。
裸の上に直接スーツを着るわけで・・・・・当然大事なものを確かめる。
「中学生レベルってこんなもんだよな・・・・ハハ・・・・ハ」
ここまで来ると・・・・・やけくそな気分・・・・・どうにでもなれよ!!


案内されて外に用意されている車に乗り込む。自衛隊の車のようだ。




「ヤシマ作戦についての詳細な・・・・・」


凛とした声が響く。そう、この姿・・・・・葛城ミサト。
やっぱりいい女だぁ!ちょっと感動する。
「シンジ君は・・・・・ちょっと聞いてるの!!シンジ君!!」
こちらを睨んでいる・・・・・真剣そのものだ。
「ハイ!!」思わず大きい声で答えた。


指示そのものはちゃんと聞いていた。ターゲットをロックしてトリガーを引けばいい。
別に難しい事ではない。
「その間、射撃された場合、レイが楯でブロックをするわ。だからシンジ君は命中させることだけに集中して」


「日本中のエネルギーをあなたに預けるわ。頼んだわよ」




ブリーフィングは終了。外に出てみると・・・・・いた。
ラミエル・・・・・大体どんな奴か知ってる。その姿はまさしく・・・・・




空には月が光っている。登場準備中は並んだタラップで待機だ。


目を移すと綾波がいた。


名場面の一つ・・・・・そう僕の目に見た光景は本当に美しかった。
凛とした空気・・・・・決意・・・・・その悲愴感・・・・・美しい彼女・・・・・
何故かわからない。鳥肌が立っている。そして違和感・・・・・
そう、現実を感じる。


「綾波・・・さん?だよね・・・さっきはありがとう・・・」
「何が?」
「病室に来てくれたこと・・・・・」
「命令だったから」


「ところで綾波さんは怖くないの?あんなのと戦うなんて・・・」


「怖い?わからないわ。私はただ任務を遂行するだけ・・・」


次の彼女からの突然の一言は僕を困らせる。
「あなたは怖いの?」


「怖いよ。あんな大きい、怪物みたいな奴と戦えって言われたら怖いと思うのは普通じゃない?」



やや間があって、彼女は振り返って月を見ながらこうはっきりと言った。


「あなたは死なないわ。私が守るもの・・・・・」


彼女は覚悟している。死を覚悟している。その気迫は静かに僕の心を満たしていく。



そう君を守りたい。守らなくては・・・・・


別に彼女が特に特別な感情があるわけでもないがそう感じる。




エントリープラグに入る。LCLに満たされるプラグ。
これに関しては抵抗がない。意識を集中させる。やはりエヴァはちゃんと動く。


作戦配置に入る。時間など必要だと思われる情報はコンソールにある。


開始時刻に近づく。バイザーが降りて来て、それをかける。コントロールを握る。手に汗が滲む。
緊張してきた。


武器の性質上連射ははっきり言って無理だ。一撃で片付けたい。




開始時刻直前。
「!!」


「え!?」
向こうが先に撃ってくる!


一瞬のうちにこの状態で食らうとまずいと感じる。しかし、身体の取れる反応は全くない。射撃体勢のまま無防備で食らうと危険だ。
(やられた?)
思わず目を瞑ったが一瞬だった。目を開けると正面には零号機が大きく映っていた。


綾波が加粒子砲をシールドで阻止している。
「こっちは撃てないのか?まだか!!」
ここからでもシールドが傷んでいるのがわかる。やはり長くは保ちそうもない。


ロックオンが出る。
「発射っ!!」
コントロールのミサトさんの声だ。


真剣に当たってくれることを祈った・・・・・でも・・・・・
弾かれる!


「なぜ!!」
バイザーのロックオンが一度消えた・・・・・
零号機からの堪える声。本物だ。やがて通信が切れる。
光の奔流が容赦なく彼女を飲み込んでいく・・・・・



「まだか!まだか!まだか!」
ずっと叫んでいた。もうその事しか頭になかった。
彼女の覚悟の姿・・・・・それが頭に割り込んでくる。


その瞬間、バイザーに二度目のロックオンが出る。サイトが合い照準も含めて発射可能だ。
「てぇぇぇっ!」
コントロールのミサトさんの声だ。


覚悟を決めてトリガーを引く・・・・・
エネルギーの干渉・・・・・多分1秒もないほんの短い時間、それもスローモーションのように見える。




結果はストーリーの通りだった。ライフルの光の筋が使徒を貫き作戦は完遂された。
いや、そんなことはどうでも良かった。
身を挺して守ってくれた少女の姿を探した。


砲も放り出しすぐに向かった。いや、意思ではない。夢中だった。
すぐに彼女の救出に入る。これも夢中だった。
無意識のうちにエヴァを操作しエントリープラグを出す。


そして僕はエントリープラグを飛び出し彼女がいるはずのエントリープラグへと急ぐ。
熱いエントリープラグのバルブ、それを力一杯回す。手に熱い感覚を残した・・・
が、そんなことだって問題ではなかった。


既に熱湯のようになっている湯気を発しているLCLが排出される。
プラグの中に彼女の姿を探し出し必死に彼女の名を連呼する。
自分が何を言ったか覚えていない。必死に、叫ぶように、何かを伝えていた。
死を賭して自分を守った彼女を見て自分は泣いていた。
泣きながら感情のままに話していた。自分の涙で少し正気を取り戻したのかも知れない。
必死な自分に対し怪訝そうな表情の彼女・・・・・


「笑えばいいと思うよ・・・・・」


自然に出た言葉だった。そして彼女の微笑を目にする。
安堵感、達成感、嬉しさ、様々な感情が入り混じる。
人の声がする。後ろから誰かに抱き留められる。その安心感で疲労していた僕も気を失いかけた。
そのまま運ばれていくようだ。




手が痛む・・・・・この感覚は・・・・・
気を失いかけた上でのこの感覚はやはり夢のものじゃないのか・・・・・


そう感じながら気がついた時にはあのベッドだった。



気がつくと手は手当されていた。とは言ってもまだ痛みがある。
ほどなく看護婦が来て「丸1日寝てたのよ」と告げる。そう言ってから身の回りの世話を始めた。
やがて医師が来る。数日間の安静が言い渡される。


その間、休んだり、このストーリーを思い出すのに必死になったり・・・・・



やがて退院。タクシーに乗ると案内されたのはあるマンションだった。
エレベーターに乗り実に自然にそこに辿り着く。ドアを開けると「おかえり〜!」の声。
ビールの匂い・・・・・そうあの同居人がいた。


バスルームを開けると洗濯物・・・・・振り返ると大量のビール缶・・・・・
ため息が思わず漏れた。幸い手の痛みはだいぶ引き、機能にも問題はなかった。
作業を開始する。同居人にぶつぶつ小言を言いながら。
そのあとの食事の雰囲気は二人だけとは言え、自分はビール抜きでもあったが楽しかった。


自分はここに居付いてしまっているのか?








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