アスカ編

加持リョウジの執務室。
そこには一人の少女が陣取り、こめかみには明らかに青筋が浮かんでいた。そして引きつった顔で不機嫌を露にしていた。
以前、碇シンジが体調を崩し、彼女が看病した時の一部始終が彼のパソコンの画面に映し出されていたのを発見したのである。
加持には彼女の後ろには暗黒の霧のような・・・瘴気と言って良いだろう・・・黒い「もや」が見えるような気がした。
彼女が詰問すると、加持はその瘴気に恐れをなし、すぐにクライアントの名を明かした。
これではスパイ失格である。そのクライアントの正体を知った彼女はまとった瘴気もそのままに青い目をギラリと輝かせ不気味な笑みを浮かべた。そしてその瞬間、加持には彼女の黒いオーラが部屋中を満たしたかに思われた。
かくして彼女の逆襲計画は幕を開けたのだった。

作戦部長 惣流・アスカ・ラングレー

written by オサーン

これは彼女にとって由々しき事態であった。あの映像を何も説明なく当事者以外の者が見たとしたら、明らかに誤解をして理解をするに違いない。
「惣流・アスカ・ラングレーが意識のない碇シンジの唇を奪った・・・」
あの映像の所有者の加持リョウジですらそう思っているに違いないのだ。
あの記録がそこにあったのは碇シンジの依頼で多少映りの悪い映像を補正しているところだったらしい。

本人にもうかつだったと反省するところは大だったし、彼女もその作戦に乗ってしまう事により結果的に得たものは大きかったし、事実はもはや消し去ることはできない。しかしながら、この由々しき事態により当事者の間で自らの優位を失う事は非常にまずい状態であることは彼女にもわかっていた。
「目には目を・・・歯には歯を・・・」
彼女も同じような作戦を立案し遂行する事にしたのだった。


「ゴホゴホ、風邪ひいたかな?ゴホゴホ」
翌日の午前7時、いつもの起床の時間より少し遅めにベッドから離れ、彼女は保護者に体調不良を訴える。
「あら、アスカも風邪?」
「そうみたい。頭も痛いし、喉も痛いし・・・」



「この前、シンジの看病をしてうつされちゃったかな?」
彼女の保護者への説得力を増すための自然な嘘である。しかしその嘘には何ら不自然な所はなく保護者はその訴えに耳を傾けた。
「今日は学校休むわ・・・」
元気なくアスカが言うとシンジも心配そうな顔を向ける。 「アスカも風邪?」
シンジからすると自分がうつしたのではないことは確信しているが、どこかでもらってくる可能性も否定はできない。

「この前、アタシが看病してあげたのにな・・・・・」
さみしそうに下を向いてアスカが呟くとシンジはそれに抗う事はできなかった。
「この前は僕が寝ていた時・・・看病してくれたんだし・・・」
「僕も学校、休みます。いいでしょ?ミサトさん」
その言葉を聞いてアスカは素直にうれしさを感じた。しかしその2秒後には心の中で
(ちゃーんす!)と笑みを浮かべていたのである。
仕事に出るミサトに
「今日は早めに・・・帰ってきて・・・」と弱々しくお願いをする。
ミサトも普段は見せないアスカの様子に同情し約束して出かけて行った。
作戦開始である。


午前8時
シンジは彼女のためにお粥を作っていた。お粥が出来上がりアスカを呼ぶと彼女はだるくて仕方のない様子で部屋を出てきた。そしてテーブルに着くとシンジは食事を勧める。
「食べたくない・・・」
「え?でも食べないと薬だって飲めないよ

「じゃあ、食べさせて」
「え??」
「食べさせてよ」
かくして食事を摂る事は承諾したもののここからがまた一苦労だった。
シンジはお粥の上っ面をすくい、添えてあった味噌や梅干しを器用に取り分けて彼女に匙を向ける。
しかし、彼女は口を開けない。
「アスカ、アーンして」
シンジのこの言葉に反応しアスカは口を開けその食事を口に入れた。しかし、次の瞬間

「アチっ!!」



と言い再び食事を拒否する。
「アンタねぇ・・・ちゃんと温度確認してから食べさせなさいよ!」
元気なく言いながらもしっかり迫力を保っている。さすがはアスカだ。
「ご、ごめん・・・」
と謝りつつフーフーとお粥を冷ますシンジだったが彼女は容赦しなかった。
「ちゃんと自分の舌で確かめてから食べさせなさいよ・・・」
かくしてシンジは匙を運ぶたびにアスカの口を付けた匙に一度口を付けてから食べさせるという事になったのである。
その匙を差し出されてがっちりと口に含んだアスカの匙にまたシンジがお粥をすくい、彼が一部を口にしてから食べさせる。そのエンドレスな間接キスは延々1時間にも及んだ。
その間、シンジは真っ赤になりながらも黙々と任務を遂行した。

「ごちそうさま・・・」
ぶっきらぼうに言って彼女は席を立ち、自室に引き籠った。布団を被ると彼女は嬉しさのあまり、真っ赤になって外にバレない様に一人で悶えていた。そして、この前の口移しで水を飲ませた分についてはほぼ逆襲できた、とよくわからない判断をしていた。そのまま悶えていた彼女だが少し疲れたのかそのまま眠ってしまった。

目を覚ますと13時だった。時計を確認すると、シンジは勉強机に陣取り宿題をしているようだった。近くにいるのを確認すると彼女もまたあの時のシンジと同じように安心して嬉しさを感じていた。
しかし・・・逆襲と言うからにはあんなものでは物足りないのである。
もっともっと、強烈な一撃を加えなくては勝利はおぼつかない・・・・・
彼女はある作戦を思いついた。ルビコン川を渡るような心境でそれを実行に移す・・・

「ねえ、シンジ・・・・・」
「アスカ?」
「寒い・・・」
「大丈夫?アスカ?」
「寒いの・・・シンジ・・・」
(どうしよう・・・・・どうしよう・・・・・)
「布団に入って・・・あっためて・・・」
涙ぐんだ目でシンジを見つめるアスカ・・・当然の事ながらこれも演技である。

「逃げちゃだめだ・・・逃げちゃだめだ・・・逃げちゃだめだ・・・」
覚悟を決めたシンジはアスカの隣に横になった。



アスカは身体ごとシンジの方を向き
「ありがとう・・・」
と艶っぽい吐息と共に囁く。これでシンジは正常な判断力を奪われた。彼女からすると・・・もはやまな板の上の鯉だった。
やがて、彼女はまた「寒い」と訴え出す。
今度の彼女の要望は
「服を着たままじゃ、あったかさが伝わらないの・・・」

しおらしく彼女がささやくと彼は覚悟を決めてジーンズとポロシャツをベッドの中で脱ぎ棄てて、外に放り出した。そしてトランクスだけの姿で彼女の隣に横になる。
そんな要求をした彼女の恰好も、風邪をひいているにも関わらず、ブラなしのタンクトップとホットパンツという、いつもながらも露出の多いものだった。

「シンジぃ、こっち向いて・・・」
もはや正常な判断力が奪われたシンジはすでに抗う事はできない。
アスカにしてもこれは捨て身の作戦ではあったが、これ以上は今のところ何も考えてはいなかった。作戦が失敗し彼が暴走した場合には・・・
それも止むなしだと考えが変わり始めていた。
いずれにしても横向きのシンジは彼女に対し腰をかがめざるを得ない状況の中で、アスカも同じ体温を共有していたのだった。

午後2時30分
シンジはいつの間にか興奮も収まりすっかり寝入っていた。一方のアスカは心地よさにまどろみながらも意識を保っていた。
「ただいまぁ。アスカぁ、大丈夫?」
保護者が帰ってきた。そして彼女はアスカの部屋の襖を開ける・・・

アスカは突然保身を図った。そして彼女にとって予想外の展開だったがこの作戦の仕上げをここで始めたのだ。
「キャァァァっっ!!」
アスカの悲鳴・・・それにシンジは飛び起き、トランクスだけの恰好で布団の外に飛び出した。その姿は・・・まさしく間男だった。
明らかに彼は嵌められていたのである。
「シンジ君・・・アスカに何したの?!シンジ君!!」
保護者として悲痛な叫びだった。
最悪の事態も予想される。しかも病人を襲うなど・・・男のクズじゃないか?!



「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!僕がアスカにヘンな事したなんて・・・そんなの嘘だっ!!」


この格好では彼に説得力はまったくないと言って良かった。とにかく服を着るように言われ、両人ともリビングに連行される。そして事情を聞かれる・・・
保護者としては真剣そのもの・・・サードチルドレンが犯罪者になりかねないのだから。

「エグッ、エグッ、エグッ・・・グスッ、グスッ、グスッ・・・」
アスカは泣き続けている。 「シンジが・・・シンジが、こんなやつだったなんて、グスっ、もう、お嫁に、グズッ、いけないよぉ・・・グスッ・・・グスッ」 「アスカ・・・・・」

明らかにアスカが彼を嵌めて悪人に仕立てる。普通なら濡れ衣の彼は力一杯否定することだろう。しかし・・・事実は事実としてアスカの方から誘ってきた・・・この言い訳を口にすることは大切なアスカのメンツを潰してしまう・・・
彼女の立場を慮ってだろうか?彼の口から出たのは意外な言葉だった。

「ごめん・・・アスカ・・・僕がバカだったんだ・・・本当にごめんよ・・・」
その言葉にアスカはきょとんとして一旦泣き止んでしまった。

人物観察に鋭いミサトはこのときに自分の初期判断に確実に疑問を持ったのである。
(いくら何でもシンジ君がアスカのベッドに入り込めるわけがないわ。まあ、本気でアスカが拒否するなら今頃シンジ君は半殺しにされてるはず・・・それに今のアスカ、一瞬とまどって泣き止んだのも明らかにおかしいわ・・・あと、早く帰って来てって言ってた割に朝から顔色も良かった・・・もう少し様子を見てみましょうか・・・)

アスカは躊躇して一瞬泣き止んでしまった。しかし彼女は再び泣き真似を始めた。
ただこの時、混乱していた彼女は重大なミスを犯していた。無意識のうちにシンジの腕にしがみついて泣き始めてしまったのだ。これを見てミサトは確信した。
(これは何かの茶番ね・・・まあ、つきあってあげましょうか・・・)

「で、アスカ、シンジ君に何をされたの?」
「そんなこと言えるわけないじゃないのよ・・・グスッ」
「シンジ君?」



「多分、僕も何もしてないと思うんです・・・でも・・・」
「アスカは・・・シンジ君を許せるの?」
「許すも何も・・・グスッ・・・バカっ!!」
アスカの演技はまだ続いていた。
(あーあー、暑いわね。普通、相手の腕にしがみついて泣きながらこんな事言う奴ぁいないってーの・・・)
ミサトはあやしい笑みを浮かべてからシンジを見た。しかし、心優しき彼らの保護者は、この茶番を仕組んだと思われるアスカの心情に沿って次の質問を投げかける。

「シンジ君・・・責任を取る覚悟はあるわね?」
一際大きな声でシンジが答える。

「もちろんです!!責任は・・・とりますっ!!」

その言葉を聞いた瞬間、アスカの中で何かが砕けた・・・
「アスカは・・・どう責任取って欲しいの?」
「もう、アタシは、グスッ、お嫁にいけないのよ。シンジに責任とってもらうしか、グスッ、ないじゃない・・・シンジ・・・シンジィ!!」

このときのアスカはすでに泣き真似ではなかったのだ。シンジが男らしく言い訳をしなかった事、そして自分を受け入れた事を悟って、それはいつの間にか本当の嬉し涙に変わっていたのだった。

そんな彼女を自らも涙ながらに優しく包み込むのは愛しの碇シンジだった。

(あー、あちいあちい・・・これじゃもうプロポーズしたようなもんじゃないのよ・・・
ケッ、自分の幸せだってまだなのによぉ。齢が私の半分のガキどもに先越されるなんて・・・)

我ながらシンジへの最後の質問、アスカへの最後の質問は失言だったと悔やんでも悔やみきれない。彼女は惨めな気持ちで二人を見ていた。
ミサトも涙ぐんでいた。しかし彼女のそれは若い二人を祝福する涙ではなかったのだ。



かくして惣流・アスカ・ラングレーの作戦も予想以上の成果を挙げて作戦の終了と相成ったのである。



数日後の彼らに対するコメントは以下の通り
「あの二人・・・もう新婚さんの風格がありますよねぇ」byマヤ
「まあ、二人の精神状態も安定しているようだし問題はないわね」byリツコ
「葛城さん・・・最近すげぇイライラしてるな」
「ああ、何でも家に帰っても全然落ち着かないって言ってたよ」by日向、青葉
「あの二人を見ていると・・・何だかすごく不愉快なの・・・」by綾波レイ
「碇、まだ早いのだが孫ができたら・・・抱かせてくれんか?なあ、碇・・・」by冬月
「あの二人か・・・ああ予定通りだ・・・もうすぐだよ・・・ユイ・・・」byゲンドウ
「おい!加持!!いい加減に年貢を納めやがれっ!!コラっ!!そこの二人!!私の前で
くっつくんじゃないっ!!キスもやめろぉ!!この色ボケどもめっ!!」byミサト





オサーンさんからアスカとシンジが巧妙な作戦をお互いに対して企てるお話です。

最終的な勝者は…アスカとシンジの二人。敗者はミサトさん、というとこでしょうか。

なかなか楽しいお話だったのです。これからもこういう話が読めるといいのですね。

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