「アスカちゃん、おはよう!」
マヤが元気よく部屋に入ってくる。
「おはようございます!」
アスカも元気にあいさつを返す。



[碇アスカ育成計画4]

written by オサーン




心地よい緊張感と穏やかな空気が混じり合う室内。
「えーと・・・今日は昨日言った通りお料理中心よ。その前にちょっと話をしておかないとね。」
「え?何?話って」

「アスカちゃんはお料理の失敗する原因って考えたことある?」
「うーん・・・・・」
「ちょっと突き詰めてみようか?」

アスカは考えてから答えた。
「焦がしちゃう・・・とか?」

「そう、焦がしちゃうのが一つだけど逆にお肉とかお魚は火が通ってなくて失敗することもあるわね。」
あ、そうか。確かに生焼けの焼き魚とかそういうのも失敗の一つだ。

「つまり、火加減を考えなきゃだめなのよ。それと常に時間を気にしないと焦げちゃったりしちゃうわね。」
「ふむふむ」
「逆に熱が通りにくいものは火を弱くしてじっくり熱を通す必要があるでしょ?」

納得はするが疑問が残るアスカ。
「でも、それを見分けるのってどうするの?」

「まず料理には弱火でとか強火でってまず手順があるでしょ?その通りの火加減にして決まった時間だけ熱を通せばいいのが一つ。」
「それから、料理によって見分け方とか、見分けるポイントがあるのよ。それは作りながら教えるわね。」


「うんうん」
「あとはわかるかな?」
「えーと・・・・・」

「味付けよね。」
マヤがあっさりと言う。

そうだ。ミサトの料理もアタシの料理も基本的にものすごい量の調味料が入っていて食べられなくなってるっけ。

「味見しながら、物足りなくなっちゃって物凄くしょっぱくしちゃったり、辛くしちゃったりするでしょう?」
「・・・・・・・」
マヤの言ってる事はズバリそのものだ。身につまされる思いがする。
ここは自分の弱点そのものだと感じてアスカも身を乗り出して聞いている。

「でもね、初めのうちは、食べる人が自分に合わせて勝手に味付けして食べちゃうから、薄味のままでいい事の方が多いのよ。」
「どうして?」」
「できないものもあるけど・・・好みでお醤油かけたりお塩かけたり胡椒振ったりすればいいでしょ?」
「うんうん」

目から鱗が落ちた感のアスカ。
そうよ、少し甘口だったら勝手に食べる人がやればいいのよ。
最低限、形になっていれば・・・の前提だけど・・・

「あとはね、特に日本人とかはそうなんだけど、口内調味って聞いたことある?」
「え?なにそれ?」
「例えばね。ごはんと梅干しがあったとして、梅干しだけ食べたらしょっぱくて酸っぱくてたまらないでしょ?」
「うん」
「そのときってご飯を口に入れてそれを調節するわよね?」
「逆だったら梅干しを齧るでしょ?」
「うん」
「他の料理を食べていてもそうなのよ。少し位なら味付けが違ってても食べる人が口に入れるご飯の量を調節するのね。」
「へえ・・・・・」
そうだ。普段気が付いてないけど、確かにご飯とか一緒に食べて口の中で味を調節してるわね。

「そうね。確かにそういうこともあるわね。」

「うーん、料理って案外人間科学なのかも知れないわね・・・・・」
「そう考えると理系のアスカちゃんにも考えやすいでしょ。」


ゴソゴソとマヤは紙袋に手を入れる。
「ジャーン!!エプロン用意したの♪かわいいでしょ?」
「・・・・・・」
アスカは目が点になっている・・・
ピンクのエプロンにフリルらしきものがたくさん付いている。はっきり言って趣味が悪いと思う。
完全にマヤの趣味に違いない。もう一着取り出したのはどうやらお揃いと言う事らしい。
拒否しようとしたが、これはマヤが自費でプレゼントしてくれるものだという事にアスカは思い到った。
支給品ならこんなデザインのもののわけがない。
せっかく好意を持ってプレゼントしてくれるわけだし断れないと思った。それにここには誰も来ないわけだし・・・
いいか、と思ってそのエプロンをしてみるとマヤが似合ってると褒める。
アスカには似合ってるかどうかはわからないが少し恥ずかしい気がした。



「じゃあ、購買に行って材料買って来るから、その間お米研いでおいてもらえるかなあ?」
「うん」
「じゃあ、行ってくるわね。」
「あの・・・マヤさん・・・・・」
「何?」
「あ、いや・・・何でもない・・・です・・・」
お米は洗剤で洗うんじゃないことはわかる。でも、どのくらいまで洗えばいいのかはわからない。
ヒカリのを見た時もどの位まで洗ってたのかわからなかったし・・・・・
とりあえず・・・やってみよう!

お米は1合でご飯お茶碗1杯分くらいだっけ?じゃあ4合くらいあれば2人で足りるのかな?

彼女はそう思って4合分のお米をカップに取って炊飯器の釜に入れた。学校でやっていたヒカリの見よう見まねである。
水を入れて力一杯かき混ぜながら洗って行く。水はすぐに白くなるのでその水を捨てては水を入れて洗い続ける。

40分後、まだアスカは米を研ぎ続けていた。
・・・いつまで洗っても水はすぐ白くなっちゃう・・・どうして?
どうしてまたすぐ白くなっちゃうの?アアーん、もうマヤが帰って来ちゃう!!まだ洗っても洗っても水が白いよぉ・・・

「ただいまぁ。アスカちゃん終わった?」
「マヤぁ・・・まだ洗うとすぐに水が白くなっちゃって全然終わってないのぉ」
「え?・・・えーと・・・ずっとやってたの?」
「うん」
力なくアスカは答える。マヤが台所で様子を確認する。
「あのね、アスカちゃん。これはお米を洗うのが目的じゃなくて、表面に細かい傷を付けて水を吸いやすくするのが目的なの。」
「え?」
「だから、水がきれいになるまで洗う必要はないのよ。」
「じゃ、やってみせるわね。」

1合だけ米をとりボールで軽く何度か洗う。サッサッサと簡単に洗って水を替えたのは5回位だけだった。
アスカはしっかりメモを取り「白くなるまでやらなくていい」と念仏のように繰り返していた。

炊飯器のお釜を改めて確認すると・・・マヤは問わずにはいられなかった。
「で、アスカちゃん・・・お米、何合出したの?」
おそるおそるマヤが聞く。
「4合だけど?」

「多いわよ・・・炊き上がったら1合のお米はお茶碗2杯分以上になるのよ。」
「え!?」

マヤのお手本と合わせて5合の米がある。いくらアスカが育ち盛りだとは言え女性二人で食べきれる量ではない。
炊飯器は幸い5合炊きだから炊き上がることは問題ないが、一度研いだお米を置いておくことは無理だ。
マヤは決心して口を開いた。

「これ全部炊いちゃいましょう。食べられない分は誰かに食べてもらうから。」
「大丈夫、ちゃんと声かけておくからこの位の量なら始末できるわよ♪」

アスカは固まっている。
もし、声を掛けておいて失敗したら・・・ごめんなさいと謝らなくてはならない。いい恥さらしだ。
さらに、それを失敗作だと気付かずに渡してしまい、あとで食えたものじゃなかったと言われる・・・これも情けない。
ここにいる2人以外にその料理が渡るのは怖いのだ。

一方、マヤはその点では明るい見通しを持っている。自分の周囲には優秀な残飯処理スタッフが多数思いつくからだ。
まず、味音痴の作戦部長・・・かなりの物でも問題なく胃袋に収めるはずだ。
同僚のオペレーターも泊まり込みが多いし、普段それほどいいものを食べているはずがない。手料理には絶対文句を言うはずがない。
それに今日はサードチルドレンも別件で呼ばれている。彼も文句を言うという事は考えにくい。
そう考えていくとよほど致命的なミスをしない限りは周囲の人間で片付けることは十分に可能なはずだ。


「さあ、おかずも多めに作らなきゃね。」
マヤは張り切っている。

「で、何を作るの?」
「えーと、から揚げ♪」


材料の確認をする。
「アスカちゃん、手伝ってもらうけど手を洗ってきちんとメモを取らなくちゃだめよ。」
「うん!」
アスカの顔には緊張感が滲む。失敗はできないとかなり気負っているようだ。
不安でしょうがないがここは従うしかない。


「お肉切りましょうか?やってみる?」
「ええ・・・」

そう言ってパックから鶏肉を取り出すと、アスカは生肉に触る感触に慣れていないため気持ち悪く感じた。
つまむようにしてまな板に乗せたのだがそれをマヤに咎められる。
嫌々ながら左手でしっかりと肉を押さえて包丁を当ててみるのだがなかなか切れない。
かなり力を入れて上から叩きつけても切れる様子はない。それに対してかなり苛ついてきた。

「フン!」「トォっ!」「ウォリャっ!!」
とうとう、アスカは包丁が悪いのだと思って文句を言った。
「この、包丁研いでないのぉ?全然っ切れないわよ!」

「アスカちゃん、包丁の使い方が悪いのよ。ちょっと代わって」
そう言われ、台所を明け渡してマヤの手元を見る。それほど力を入れなくてもちゃんと切れて行く。
「何でアタシがやっても切れないのに簡単に切れちゃうの?」
「あのね、のこぎりと同じで前後に動かさないと包丁って切れないのよ。じゃ、やってみようか」

これはアスカの教育のためにやっているのだから基本的にはほとんどの事はアスカにやらせる。
アスカは再び包丁を手にした。
「お肉を持つ所、左手には気を付けてね。手を切っちゃうから」
そう言われて左手の位置を確認してから包丁を肉に当てる。軽く押し当てながら前後に動かすと・・・切れた!
アスカにはちょっとした感動だった。

その感覚を覚えると次々に肉を切って行く。
もともと、覚えが良く飲み込みが早いからすぐにできるようになった。
そして多めの肉をすべて切り終わると、ボールに肉を入れた。
「でね、この中にお醤油をたっぷりと入れて・・・」
アスカはメモを取っている。かなりの量を入れたらしい。
「どのくらい入れたの?」
「適当かなぁ?とにかくきちんとお醤油がなじめばいいのよ。」
「うんうん」
「で、しょうが洗ってくれるかなあ?」
「しょうが、ね」
「あと、おろし金も取ってもらえる?」

マヤはボールの上からしょうがをすりおろし始めた。
それが終ると立ち上がって唐辛子とごま油を持ってきた。
「唐辛子を使うのは私のオリジナルよ。でも、あんまり掛け過ぎちゃだめ。辛くて食べられなくなっちゃうわ」
マヤが悪戯っぽく言ってもアスカは真剣に答える。
「はいっ!」

「さてと・・・アスカちゃん。これ、ちゃんと馴染むようにかき混ぜておいてくれる?」
アスカにそれを任せている間にマヤはから揚げ粉と鍋に油を入れて準備を始めた。
真剣そのものでアスカは肉の入ったボールをかき混ぜている。

「それ持ってこっちに来て。揚げるわよ」
ボールに入れたから揚げ粉に一つずつ肉を取り出して絡めていく。マヤの見た感じでは鶏肉にもしっかり味が馴染んでいそうだった。
「じゃあ、行くわよ。揚げていくけどはねるかも知れないから気をつけてね」

ジュぅぅぅ・・・・・
小気味よい音を立てて鶏肉が油の中で泳ぐ。火を少し弱めてからアスカに自分のいる場所に来るように促す。
「じゃ、今みたいにやってみて」

いきなりさらっと言われても・・・本当にできるのかしら?
そんな事をアスカが考えているとマヤがいつの間にか内線を掛けていた。
「あ、もしもし・・・先輩・・・」
(げっ、これの差し入れ先ってリツコのところなの?まずいわ・・・失敗なんかした日には嫌味タラタラ言われそう・・・
あと、この左手のリングもやばいわね・・・電気椅子並にバリバリやられそう・・・どうしよう・・・・・)

電話はさらに続いている。
「あ、そうですか。来ているんなら二人分ですね・・・ええ、一生懸命やってますよ。期待して待っててください♪」
「じゃあ、できたらお電話します。」
(ちょ・・・何が期待よ・・・まあ、とにかくやらなきゃ・・・でも、もう一人分って?)

「アスカちゃーん、2名様分追加よぉ♪」
(ええい!行けっ!!)

アスカは決意してから揚げ粉に絡めた鶏肉を鍋に入れ始めた。マヤが火を弱めてくれていた事もありそれほどはねる事もなく順調だった。
小気味よく音を立てて、猛烈に泡立ちながら油の中で泳いでいる鶏肉はなぜか気持ち良さそうに見える。
アスカはそれを菜箸で一つずつ丁寧に突いたり沈めたりしていた。
「ねえ、どの位揚げればいいのかなぁ?」
その声にマヤが寄って来て、どれどれ?と菜箸でつまみあげている。
「から揚げはね、大体色で判断するのよ。最初に私が入れたこれはこんがりと良い色でしょ。これはOKね。」
「こっちはまだ色が薄いからもう少し待った方がいいみたい・・・ところでこれ、味見してみよっか?」

マヤは菜箸でつまみあげた、いい色をしたのを取って口にくわえる。
「アチっ、ハフハフ・・・おいしいぃぃ!」
その残り半分をアスカが口に入れる。
「アツっ!うむむ・・・おいしい!!」

「いけるぅぅ!!やったぁぁぁ!!」
歓声が上がり二人はハイタッチを交わす。
でも、マヤは注意を忘れない。
「アスカちゃん、揚げ物は目を離しちゃ絶対にだめよ。」


やがて全てを揚げ終わり火を止める。そして差し入れ用のものを準備する。
アスカが研ぎ過ぎたお米も美味しそうに炊きあがっているようだ。おひつに半分ほど移す。
そして大皿を二つ用意してレタスを添えて盛り付ける。見るからに美味しそうにできたとアスカは自画自賛だ。
その間に2つ3つをつまみ食いしているのだが怒られなかった。
こういう作りたてをつまみ食いできるのは料理を作る者の特権らしい。
そして、2人分の食器を用意してリツコの来るのを待つ。


「マヤ、いい?」
「先輩♪」
リツコはちゃんとバスケット持参だった。
「アスカ、おいしそうにできてるじゃない?じゃあ、頂いて行くわね。食器は洗って返すわ」
アスカの表情は終始固い。もし失敗していたらの事を考えると怖くてたまらない。


「じゃあ、わたし達も食べよっか」
「うん」
ご飯をよそって向かい合ってテーブルに着く。ちゃんと両手を合わせて挨拶をする。
「いただきます」

少し冷めてもから揚げはおいしかった。しっかり味も染み込んでいてソースも何も必要ない。
興奮、緊張状態から冷静さを取り戻したアスカも率直においしいと思う。
自分が作ったんじゃなくてもひいき目なしにきっとおいしいはずだと確信した。

マヤもおいしいと言いながら食べている。
「アスカがしっかり馴染ませてくれたからすごくおいしいわよ」
そう言われるとアスカは嬉しくてたまらない。
マヤのおいしいと言ってるのは嘘ではない。
その証拠に3合近くあったご飯は若い女性2人によってきれいさっぱりと片付いてしまった。


食休みを取ってから、後片付けを二人でする。
紅茶を淹れて、ノートに色々書き込んで、わからなかった事を聞いたりして、うとうとしたりするともう3時半だった。
台所の掃除をして今日の研修は終了。
「おつかれさまでした」
と言いマヤと別れる。



家に帰るとシンジが制服のままソファーで昼寝をしていた。彼も別件で呼ばれていたらしい。
声を掛けると夕食を作ると言って、着替えてから夕食を作る。
改めて見ると彼の動作には無駄がない。非常に効率的に手間と時間を使っている。
こういう目で彼を見るのはアスカには初めてで新鮮だった。

夕食後の会話で今日は何をしていたかとアスカがシンジに尋ねると
「今日はネルフで勉強させられてたんだよ。だからすっかり疲れちゃって・・・・・」
情けなさそうに話すシンジだった。
アスカにとっては自分で作ったお昼のから揚げが印象に強く残っていたためか、無意識に質問してしまう。
「アンタ、お昼何食べたの?」

「え、から揚げだよ。」
(ま、まさか・・・もう少し聞いてみなきゃ・・・)
「食堂で食べたの?」
「いや」
「どこで?」
「リツコさんの部屋」

・・・・・あの時の2人分って・・・シンジだったのぉ!?
間違いない。状況からすると食べたのはコイツだ。でも誰が作ったのか知ってるのかな?

「いきなり、リツコさんがお昼はここで食べましょうって言って、どこかからもらってきたんだよ。」
勝手に続けるシンジの言葉からは誰が作ったのかは知らないらしい。
アスカは彼が食べたのだと知ると、自信作だと思っていても自分が作ったとは言い出せなかった。
なぜなら、目の前のコイツには家事と料理はまだまだ敵わない。その偉大さが今になってわかりかけている。
彼からの評価はかなり辛口だったとしても不思議ではない。

でも・・・誰が作ったのか知らないのは好都合かも知れない。客観的な評価を得るにはいい機会だ。
「で、おいしかった?」
ドキドキしながら、でも平静を装ってアスカが聞く。
「うん、おいしかったよ。味付けが良かったね。しっかり味が馴染んでたし、唐辛子って珍しいよね。」

アスカはおいしかったの一言を聞いて天にも舞い上がるような気分だった。
そしてあらぬことを口走る。

「唐辛子はアタシもどうかと思ったんだけど・・・・・」
そこまで言いかけて口を塞ぐ。シンジはきょとんとしてアスカを見ている。
(しまったぁ・・・気付かれた?)

「と、唐辛子って、か、から揚げに唐辛子って珍しいわよね」
「うん、でも良く合ってたし、おいしかったから今度やってみるよ。アスカの口に合うかはわからないけど。」
どうやら気付かれなかったようだ。このときばかりは彼の鈍感さに感謝だ。
しかし、次の言葉は彼を油断できない人物へとランクアップさせる。

「うん、あのから揚げ、油が最初に使った油だったでしょ?だからいい香りだったよ。あとご飯は少し研ぎすぎかな?」
「お米の匂いがね、僕のいつも炊いてるのより薄かったし、米粒も少し割れてるようなのが多かった気がする。少し柔らかかったんだ。」

ちょ・・・そんなことまでコイツわかるって言うの?ホントおっそろしい奴・・・・・

「ハハ・・・ご飯貰っておいてそんなこと言えないよね。でもおいしかったんだよ。」

その言葉が聞けただけでもうアスカは満足だった。
よし、明日もがんばろう!!









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