昨晩はシンジとはあまりアスカは話をしなかった。
これから家事を覚えさせられる・・・それが恥ずかしく、またそれを平然とやっている彼を見ると何となく不快だった。
ともあれ、翌朝9時、5分前に研修場に着いた。



[碇アスカ育成計画3]

written by オサーン




「おはようございます」
一応、挨拶をしてドアを開ける。彼女にしては丁寧な挨拶だ。
朝から機嫌を損ねるとあの電撃オババに今日一日いじめられかねない。結構あれは痛いのだ。

「あら、おはよう。アスカちゃん。」
そこにいたのはリツコではなくマヤだった。きょとんとして尋ねる。
「あれ?リツコ・・・さんは?」
さん、を付けたのはもしかしたら近くにいるかも知れないと思ったからだった。そしてその女の勘は的中する。
「あら、おはよう。アスカ。」

「私はこれでも結構忙しいからマヤに教えてもらって。マヤはこういうの結構得意だから。」
きょとんとして、制服姿ではなくラフな格好をしたマヤを見ているアスカ。
「アスカちゃん。よろしくね」
マヤが笑顔で挨拶する。

「アスカ。よろしくお願いします、でしょ?」
リツコの手にはあのリモコンがしっかりと握られている。慌てて挨拶をした。
「よ、よろしく・・・お願いします・・・」
よろしくの後に言葉が切れたのはいつもの癖で「よろしくね」と言ってしまいそうになったからだ。
なかなか今日のアスカは集中している。

「じゃ、これ渡しておくわね。アスカ、ちゃんと覚えるのよ。それとマヤ、これ使っても構わないから。」
「は、はい」

申し訳なさそうにリモコンを受け取るマヤだったが、気のせいかアスカの方に向かって嫌な笑顔を向けた気がした。
(普段、マヤに横柄な態度取ってるから・・・まずいわよね・・・今は素直に従っとくか・・・)



リツコが部屋から出て行くとマヤが話しかけてきた。
「ねえ、アスカちゃんは家事とかってできる方?」

そのときのマヤの笑顔は透き通るような純粋な笑顔だった。決して色気があるとかそういうわけじゃなくて、向けられると・・・
・・・嘘が吐けない。アスカは正直に答える。
「あ、いや・・・その・・・全然ダメなの・・・」

あの夜ミサトに対抗して料理してみた。結果は・・・惨敗だった。
それに学校の家庭科の授業でも情けないことに武勇伝を作っていたのである。
お米を研ぐときに洗うと聞いて洗剤を入れようとしたとか、熱しすぎたフライパンに油を入れて豪快にフランべしたとか・・・
カレーを作っていておしゃべりに夢中になり、しっかり焦げ付き鍋をだめにした・・・などなど枚挙に暇がない。

「そうなんだ。でも、しょうがないよね。教えてくれる人がいなかったんだから。」

マヤのその言葉にアスカは思わず泣きそうになってしまった。
軽くマヤは言ったのだが、アスカは幼くして亡くしてしまったママの事が頭によぎったからである。
(ママがいたらやっぱり教えてくれたのかな?)
そう思うと自分が不憫に思えた。マヤの前で涙を見せるわけにはいかない。
でも、アスカはマヤに亡き母の面影と言うより優しい姉の姿を見た気がした。
一人っ子で幼くして英才教育を受けた彼女は、何となく寂しくて兄弟が欲しいと思ったことも何度かある。
アスカはマヤに思わず抱きついてしまった。
マヤは一瞬びっくりしたがそれを受け止め、優しく抱擁した。

やがて、アスカが落ち着くと
「うん、じゃあ始めようか」
と言って、紙袋からファイルケースを取り出した。
「いい?アスカちゃん。これに教えた事をちゃんとメモを取っておくのよ。わからないことがあってもこれを見ればいいでしょ」
「そうよね。うん、がんばる!!」

「じゃあ、お洗濯からいきましょう!」


洗濯機の前にはゴミ袋があった。
「何?これ?」
「これ、昨日のアスカちゃん家の洗濯物よ」
中を検めてみると確かに昨日着たブラウス、下着、タンクトップやホットパンツなどが入っていた。
「えぇぇ!これもぉ?」
アスカが大声を上げたのはその中にはシンジの洗濯物も入っていたからだ。
シンジの着たカッター、短パン、靴下、「百式」と大きく書いてある趣味の悪いTシャツ、そして・・・パンツ、も・・・・・

それを自分が洗うと思うと少し恥ずかしかった。
赤くなっているアスカに気づかせるようにマヤが声を掛ける。
「じゃあ、やってみて。」

アスカは何も考えずゴミ袋を持ち上げ、洗濯機の中に全部放り込んだ。
洗剤を取って目分量を入れる。そして蓋を閉めてボタンを押そうとした。
当然それを見て、慌ててマヤが注意する。
「アスカっ!だめ」
「え?何で?」

「あのね、色のついたものと白いものを一緒に洗うと、色落ちした時に白いものに色が付いちゃうのよ。」
「ほらブラウスとか、Yシャツとか、この靴下の色とかが移っちゃったらもう着れないでしょ?」
そう言われてアスカは思い出す。そう言えばシンジは何回も洗濯機を回してたっけ・・・
こういう理由があったんだと感心する。
「じゃ、最初はブラウスとカッターを洗うわよ。」

他の洗濯物を取り出して蓋を閉めて洗濯開始。
「これだけで30分もかかるのね」
「そうよ。その間に少し教えるわね。」

マヤの講義が始まる。学校の家庭科の焼き直しかも知れないが今日はスラスラと頭に入るし、納得もできる。
そのうちに洗濯が終わり、ブラウスとカッターを干す。
「一応、形状記憶みたいだからそのまましわを取って干しておきましょうか。アイロンはまた教えるから。」
「さて・・・次は何を洗うのかな?アスカちゃん」

「シーツ・・・?」
「そうね、これが終わったら下着を洗って、残りを洗えばいいわ。ね、簡単でしょ?」
「うん!」
そうアスカは答えたものの真剣そのものである。
しかし、洗濯だけでこんなに時間がかかるものだとは思わなかった。これでは午前中一杯かかってしまう。

「さて、こういう空いた時間に掃除とかするのよ。綺麗だけど一応練習だからやってみましょうか」
掃除だけはアスカもそれほど問題はない。さすがにシンジに自分の部屋の掃除をさせるわけにはいかないから自分でやっている。
「うんうん、お掃除は問題ないのね。」

アスカは気が付いた。あの恐怖のリモコンはそう言えばずーっとテーブルに置きっぱなしでマヤは一度もそれを手に取っていない。
「あの・・・」
「ん?何?アスカちゃん」
「リモコンはいいの?マヤ」
「うん♪」

楽しそうにマヤが答える。
「だって、家事って楽しくやらなきゃ続かないし、痛い思いなんてしたらやりたくなくなっちゃうでしょ?」
それもそうだ。
アスカは普段家事をしているシンジの様子を思い浮かべた。
そう言えば何も楽しいことがなくても、よく鼻歌を歌ってたりして楽しそうにやってる・・・・・


何度目かの洗濯機を回しているともうお昼に近い。
「じゃあ、お昼にしましょうか?」
「まだ、早くない?」
「やーねぇ、アスカちゃん。作るのよ。ここで。」

「簡単なものしか作らないけど・・・今日はほとんど見てるだけでいいわ。」
「えー・・・なんか教えてよぉ」
アスカに家事に対する意欲が出てきたらしい。
そのことにマヤは嬉しくなった。
「じゃあ、サンドイッチにしましょうか!」

「じゃあ、私が野菜切ったりするから、手伝ってちょうだい」

マヤはレタスを適当な大きさに切り、ゆで卵を作る。彼女はオーソドックスに水から入れる派だ。
穴を空けて熱湯に入れるとか、穴を空けて電子レンジにとか、そう言う事はしない。
塩を少し入れる。火は中火くらいかな?
後ろでアスカは熱心にメモを取っている。
「フフ・・・アスカちゃん。何回か作れば感覚で覚えるわよ。」

マヤはサラダ用にきゅうりを薄めに切る。店屋物ほど薄くはないけれどこのほうが歯ごたえがあっておいしそうに見える。
きゅうりが切れるとマヤは冷蔵庫からツナ缶とマヨネーズを取り出し、お皿と一緒にアスカに渡す。
「これ、マヨネーズで味付けして混ぜてくれるかなぁ?」

請けたもののマヨネーズの分量がわからない。
「どのくらい入れればいいのかなぁ?」
「アスカちゃんの好みでいいわよ」
事も無げにマヤは言ってくれる・・・・・でも、アスカには勝負だ。そして天才美少女の頭脳が回転する。
(一応、ツナ缶って味が付いてるのよね・・・じゃあ、そんなにたくさんってことはないわね・・・)
(少しずつ入れて、味見しながらやれば大丈夫かな?)
一定の結論を得て作業開始。慎重に、慎重に進めていく。
(これで、しくじったらミサトの味音痴と変わらないわっ!)
彼女にとってはプレッシャーだがマヤはさらに続けて用事を言いつける。

「ゆで卵もできたから、これも混ぜといてね。」


精神をすり減らしながら、混ぜ終わった。その間にマヤはハムを用意し、食パンの耳を落とし、量はないが洗い物までしていた。
「じゃあ、挟んでいこっか」
8枚のパンにゆで卵のマヨネーズ和えとツナときゅうりとマヨネーズ和えとハムとレタスが挟まれていく。
見ているだけでもアスカにとっては楽しみだった。そして味付けに対する一抹の不安・・・
でも、コンビニの物よりもたっぷりと具を入れて切ったサンドイッチは切り口を見ると比べ物にならないほどおいしそうに見えた。

それぞれ分けられて皿に置かれたそれを挟んで向かい合う。
「いただきます」
二人の声はユニゾンしてそれを手に取る。でも、アスカは何か失敗していないか気が気ではない。


アスカはサンドイッチを口に運ぶマヤを固唾を呑んで見守る・・・

「おいしい!」
「アスカちゃんも食べようよ」

(ほんと?ほんとにおいしい?)
アスカも手にとってみる。自分が味付けした卵のやつだ。そして三角の角の一つを口に入れる。
噛む、中の具が出てきて舌に接触する。そしてその判断が自分の脳で行われる。

(ホントにおいしい・・・)
(やった!やったよぉ!)
今日初めての満面の笑顔だ。本当においしい。自分で作ったと言うこともあるけれど、それは聖なる食物のようにおいしかった。
注いであるオレンジジュースもそこそこに二人はそれを平らげた。

「ごちそうさま」
この声もユニゾンし、満腹感と満足感がアスカを充たした。
洗い物をするマヤをアスカは率先して手伝った。もっとも簡単に終わるものだったが。

「少し昼寝しよっか?」
「えぇ?・・・いいの?」
「だって洗濯物乾くまではすることないし・・・・・」

セミダブルのベッドだろうか?二人で寝るには少し狭い気もするけれど問題はない。
マヤはすぐにすやすやと寝息を立て始めた。その寝顔を見てかわいいな、とアスカは思う。
アスカはなかなか寝付けなかった。ベッドの脇にある引出に気が付いたので開けてみると・・・・・
そこには前の住人の結婚写真があった。

きれいな人だし、旦那さんも優しそうな人だと思う。でもそれよりアスカにとって印象的だったのは、新婦さんの嬉しそうな笑顔だった。
それを見ているとアスカは複雑な気分になった。
(うらやましい・・・でも、どうしてこんなに幸せそうなんだろう?この人達は今も幸せなのかな?ママもこういう写真とかあるのかな?)
とりとめもなく色々考える。でも、そのうちに眠くなってきた。
写真を引き出しに片付けて彼女も目を閉じた。



彼女は夢を見た。
今日洗った洗濯物がベランダで風になびいている。
その背景の空は青空だ。雲は少し見えるけど、透き通った空だと思う。
シーツはそよそよと風をはらんで動き回る。結構、風があるみたい・・・

自分はそれをリビングのソファーから眺めているらしい。

ハンガーに隣合って掛けたブラウスとカッターがせわしく動く。
まるで中に人がいるみたい・・・時には激しく袖を相手にぶつけ合っている。
そして、時々仲が良さそうに袖が絡みあったり、ぶつかりあったりして・・・まるで中の着ているアタシ達みたい。
でも、現実ではそんなに仲良くは・・・ない・・・か・・・・・

横の方ではアタシのブラと彼のパンツが仲良さそうに一緒にはためいている。
それを見ていると悪い気分ではないけれど少し恥ずかしくなってくる。

夢の中でアスカは気付く。これは今日の洗濯物じゃなくって・・・今日はお風呂の乾燥機だもん。
えーと・・・そうだ・・・いつも見てた風景だ。ひまそうにリビングで頬杖付いて見てた風景・・・・・
でも、洗濯物が仲が良さそうに絡んでるのを見て羨ましいなんて初めて思ったのかなぁ・・・?


見ていて心地よさを感じてそのまま寝付いてしまった。


「・・・ちゃん。アスカちゃん。もう3時過ぎたわよ。」
「起きて、起きてってばぁ・・・」
「ん・・・ん・・・あ・・・マヤ?」
「結構疲れてるのね。洗濯物たたむわよ。」

「ん・・・うん・・・」
目をこすりながらアスカは起き上がった。

「慣れないことして、気を使っちゃって・・・何か疲れちゃった。」
マヤはそのアスカの言い訳を笑顔で聞いている。
リビングで洗濯物をたたむ。これも一応アスカはできる。
それを紙袋に詰めると、今日はこれですることがなくなった。初日終了。


「じゃ、マヤ。また明日ね。」
「うん、明日はねぇ・・・料理中心だからね。」
「うん♪」

言葉遣いは少し横柄かも知れないがすごく親しい間柄のような感触の挨拶だった。
アスカは家に帰り、いつものようにシンジの作った夕食を食べ、いつものように過ごす。
でも、機嫌が良かった。その日は一度もシンジを罵倒することなく就寝まで過ごした。
自分たちが洗った洗濯物は気付かれないようにそっとリビングのソファーに置いておいた。
きっと、シンジが気付いて分けてくれるはずだ。

アスカは2日目を楽しみにしてベッドに入った。


オサーンさんからアスカを好きなように教育してやろうという(やや違)中編をいただきました。
もちろん、シンジラブなようにしていくのですね。わかります。

実に皆様好みの展開ではないでしょうか。続きもたのしみですね。(既に6話までいただいてますので随時公開します)

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる