嫌でも時間は経ち、やってくる土曜日
 シンジはヒカリ、トウジ、ケンスケ、カヲルからなる競技委員会の指示(というか、ある意味ヒカリからの懇願)を受け
 仕方が無いと呟きつつ、昨晩からケーキの仕込みに余念がなかった。


 『ティラミスを出そうと思うけど、少し好き嫌いが別れるかもしれないな』


 そんなことを考えながら、結構乗り気なシンジであった。
 どうやら、作る事に関しては手を抜かないつもりらしい。

 しかし、丁度同居人のうちの一人が起きたようだ

 「アラ、シンジ君。お休みなのに早いわね。」

 「あ、マヤさん。お早うございます。」



 ミサトがいなくなって、マヤと同居を始めてからシンジはどうしてもマヤとミサトを比べてしまう。
 あの、ズボラでどうしようもなかったミサト
 何事にもキチッとしたマヤ
 その点は、マヤがちゃんとパジャマを着て就寝するのに対し、ミサトは・・・・・・・・・・
 まぁ、とても他人様の前で出来ないような格好。


 『ミサトさんの寝起きも良かったけど、マヤさんも可愛くて・・・・・・・・』


 そんなことを頭の隅で考えるシンジ
 彼はまだ若かった。

 

 

 

 

 

シンジの手作りによる弁当
1週間独占
して食べられる
権利争奪戦

第壱週目
「我慢、それは非常に辛いこと」
書いたあまりに面白すぎて罪深い人 緒方紳一

 

 

 

 

 

 そして、午前10時
 4人の少女達は碇家に集う。
 っていうか、アスカはいるんだけど

 「シンジィ、ちょっとだけぇ。」

 「駄目だよアスカ、足りなくなっちゃうよ。」

 「大丈夫よっ!ぜぇっっっったいアタシが勝つんだから!!」

 「でも、狡いんじゃないの?」

 「関係ないわっ、もともとこんな事やる必要すら無いのよっ!!!!」

 「でも・・・・・・・・・」

 「デモもストもないわっ!なんでマヤの分だけあってアタシの分が無いの!」

 シンジは寝起きのアスカに押され気味だった。
 コトの発端は以下の通り


 「マヤさん、ティラミスありますけど、良かったら食べますか?」

 「良いの、シンジ君?でも、見た感じは一人分しか無いし、アスカの分は?」

 ちゃんと同居人の分のことを思うマヤ
 だが、シンジは疲れた表情で言う

 「アスカの分はちゃんとあるんですよ・・・・うん・・・ちゃんと・・・」

 「そう、じゃぁ頂くわね。」


 この時点で午前9時
 開始1時間前である。
 1時間・・・・・それはアスカが起床してゆっくりシャワーを浴びて湯船に浸かり、時間を掛けたブラッシングを終えるには丁度良い時間だった。

 まぁ、そんなわけで、アスカはマヤがティラミスを頬ばっているところ見てしまったわけで
 それも、最後の一口


 それからずっと口論していたわけである。

 ちなみにマヤは、既に外出していた。
 逃げた、と言った方が適切かも知れない。



 だが、このことが後に、彼女に悲劇を招く。

 

 

 『ぴんぽーん』

 玄関のチャイムが唐突に鳴った。
 二人ともユニゾン特訓の成果が今頃発揮され、揃って応対に出てしまった。

 

 「「はーい?」」

 

 だが、目の前には7人の少年少女がいた。
 「「まっ、またしてもぉ!」」
 トウジとケンスケは、過去のユニゾン特訓の際に見たペアルックのことを言っているのだろう。
 だが、そのことをマナとマユミは知らないし、知る由もない。
 二人ともただ、唖然としているだけ。
 綾波に至っては、以前のような無表情になってしまった。

 彼らは無地TシャツGパンと、滅茶苦茶ありふれた格好をしていたわけだが、どうやらそれがペアルックに写ったらしい。

 

 だが、これはアスカの巧妙な狙いでもあった。
 これには、さり気なくシンジの格好にあわせて「シンジはアタシのモノよっ」という演出
 っていうか、古き良き時代のチャーミーグリ○ンのCMに出てくる新婚(っぽい)夫婦と同じ格好

 

 アスカは、勝ったと確信した。
 あわよくば不戦勝、そして一人でケーキを・・・・・・・
 そこまで考えが進んだ。

 だが、一人だけ動じない者が居た。
 以前は「不潔よぉ!」と顔を覆って首を振るばかりだったヒカリである。

 「それじゃ、あがって良いかしら?」

 一人だけマイペース
 だが、彼女は戦いには関係ない。
 アスカはますます自信を深めた。

 「そ、そんな・・・シンジが・・・・・」

 「嘘です・・・・・・嘘です、嘘に決まってます・・・・・・・」

 二人の少女はいまだにショックから立ち直ってなかった。

 「早くしましょ。先は長いわ。」

 続いてレイも復活した。
 先は長い、と言う辺りに、彼女がこの先の激戦を予想していると見られる。

 「チッ」

 どこからか、軽い舌打ちが聞こえた。
 それは間違いなくアスカがしたモノで、ちょっと音が響いてしまった。

 これによって、マナが復活

 『危ないわね・・・最初から私たちを心理的ショックで振り切って逃げようなんて・・・・・』

 といった感じで、マナはアスカを睨む
 だが、アスカは何処吹く風といった感じで軽く応対する。

 「ま、さっさとあがって頂戴。どーせ、無駄でしょうけどね。」


 まぁ、マユミだけは意識を何処かに飛ばしながらの入室となったが

 

 

 伊吹家、テーブル
 どう見ても3人だけで使うには広すぎるそれ
 もしかしたら、この日のために用意されていたのかも知れない
 それすら予感させるほど、丁度良い六人用サイズである。

 そのテーブルの上に、皿が一つずつ、四枚
 綺麗に並んでいる。
 もちろん、スプーンとフォークも揃っている
 おまけに、コーヒーと紅茶が用意してある
 そして、テーブルのセンターに完成品のティラミスが大皿に二皿
 だが、それには布が掛けられていて、アスカ以外知る由はない。

 もう、準備万端って感じで

 着席した四人の少女

 アスカの正面にマナ
 右隣にはマユミ
 斜め左に審判長?のヒカリ
 レイの右隣がマナ
 正面にマユミ
 斜め左にはやられ役のカヲル

 鈴原トウジと相田ケンスケはソファーでシンジと談笑、もとい詰問中

 時刻
 10:25
 カヲルによるルール説明開始

 「最後まで、そのお皿の上に載ったモノに手をつけなかったヒトが勝者だよ。
  喋る事は至って構わないけど、何があっても席は立たないこと。
  紅茶、コーヒーなんかも、失格したら手をつけても良いけど、それまでに出したら失格
  トイレは今のうちに行っておいた方が良いかもね」


 だが、誰も席を立たない
 質問も、反感もないしヤジもない
 それどころか、マユミを除いた3人は目をつぶっている

 そう、まるで獲物を待つ狩人のように息を潜めて

 「じゃぁ、良いね。開始は10:30にするよ。良いね、洞木さん」

 「そうね。キリも良いし」

 残り時間2分を切ったところで、取り分けが始まった。

 丁度一人分のサイズに取り分けられたそれは、マスカルポーネチーズをさらけだし、
 ほのかなブランデーの香りを漂わせていた。
 そして、その上にかけられたココアパウダーが、苦みを演出する。
 そして、底部にある、サクサク感を演出するためのクッキー
 至ってフツーのティラミス




 カヲルの腕時計が10:30を示した。

 「じゃ、始めようか」





 試合、もとい死合い、開始



 カヲルの声と共に目を開く少女3人
 その様に脅える少女、マユミ
 『こ、怖すぎます・・・・・・これで大丈夫なんでしょうか』

 しかし、マユミの心配をよそに、死合いはずんずん進む。
 誰も口を開かない。
 ただただ、卓上におかれたティラミスを凝視する。
 周りの者には目もくれず、ただただ凝視



 リングサイド、じゃないや。リビングのソファーの実況席
 「実況の相田と、」
 「解説の鈴原や。ゲストにはセンセに来てもらっとるで」
 もう、何年も一緒にやってきた実況&解説コンビのように、饒舌な二人
 「・・・・・・・・・・・・・・なんなの、これ」
 それに対して、シンジは一人だけノれない
 「さて、どうしたのでしょう、この状況。既に10分が経過しましたが選手全員、皿の上に置かれたティラミスを凝視していますが?」
 「睨み合いやな。これは長くなりそうや」
 「どうしてそんなにノれるんだよ、僕には分からないよ!」
 「しかし、そんな中、山岸マユミ選手だけ落ち着きがありません。どうしたことでしょう?」
 「あの人外な雰囲気に落ち着けないで動揺してるンや。普通の人間なら十分持たないで、あんな人外ン中
 「そこまで言う・・・・・・」
 「さて、実況席には生け贄・・・失礼しました。碇センセの作った、今日のティラミスが届いておりますが・・・・・」

 ケンスケの声を聞いた途端、少女達は一気に実況せ・・・・・・ソファーの方を凝視する

 「そやなー、カヲル、食ってもええか?」

 「僕は構わないよ」

 まるで、エンジンに添加剤を入れたような発言

 当然、少女達はカヲルの方に視線を向ける。

 「ほな、「頂きま〜す♪」」

 再び、ソファーの方に少女達の視線が向いた。

 「んま〜い!このマスカルポーネがチーズ絶品!下に隠れたクッキーのサクサク感も良いっ!」
 「う〜ん、美味いっ!美味いでシンジっ!良くワカランがようやった!!」
 もう、美味い美味いと連呼して絶賛する実況&解説
 大げさ風だが、本気で美味いと思ってるらしく、実況どころか、
 彼らの多めに取り分けられた分を、ものすごい勢いで消費していく
 「そ、そう?」
 でもシンジも褒められてちょっと嬉しそう

 「んじゃ、甘いモノの後はお茶やな」
 そして、トウジはおもむろに湯飲みときゅうすを取り出し・・・・・・

 どの少女も「それは違うでしょっ!」と心の中で突っ込みを入れるにとどめたが、
 約一名だけ、これにキレた者
 既に、椅子の上に彼女はいなかった。

 「ケーキと言ったらコーヒーか紅茶でしょーがぁぁぁぁぁ!」

 当然、やったのは彼女

 カヲルの宣告が響く
 「アスカ君、失格」

 「え、嘘」
 あまりの反射神経の良さに、自分でもビックリ
 既に場所はソファーの目の前だった。
 ちなみに、彼女の右手、すなわち放たれたビンタは既にトウジの頬をクリーンヒットしていた。

 「だって、こいつらがっ!」

 「仕方ないわ、アスカ。諦めなさい・・・残念だけど、貴女の負けよ」
 だが、アスカの反論もヒカリによって抑えられてしまった。


 開始から十三分後
 優勝候補 惣流アスカ 失格


 「あー、もうっ!」
 悔しがるアスカ

 ニヤリ顔のマナとレイ
 ますます脅えるマユミ

 「さて、これで勝負の行方は3人に絞られましたが・・・解説の鈴原さんは失神しています」
 白目をむき、首をがくがくさせるトウジ。


 合掌


 アスカはというと、シンジの隣、ソファーで既に食べていた。
 しかも、見せつけるようにベタベタとくっつきながら。

 「あ〜、ホント美味しいわ、シンジっ!」

 シンジはちと顔が赤い
 それもその筈
 体の一部があたっているからだ。

 その様を見せつけられながら、ケンスケは血涙を流しながら頑張る

 「さて、残り人も・・・おおっと!」

 同じように、この様子を見てキレた者が一人。


 「私の碇君に手を出さないで」
 いつ移動したか分からないが、アスカの後ろに立ち、手刀を首筋にキめていた。

 当然、倒れ込むアスカ、というか、命は大丈夫なのだろうか。
 だが、ここで当然・・・・・・


 「レイ、失格だよ」
 カヲルの宣告が下る。


 「そう、もう駄目なのね・・・・・」

 案外、カヲルの言うことには大人しく従うレイ
 往年の名セリフを吐き、レイはシンジの隣を確保した。
 当然、自分の分のティラミスと紅茶を持って


 開始から十五分後
 最強の対抗馬 綾波レイ 失格


 その様子を見たマナは安堵した。
 なんせ、最大のライバル二人がものの一瞬で消えたのだ。
 それはすなわち

 「勝ったぁ!」

 たからかに勝利宣言

 だが、まだもう一人残っている
 先程、実況のケンスケはアスカが消えたときの残り人数を人と言った。
 だが、山岸マユミ・・・・・・・彼女は胃が痛くて食べるどころではなかった。 

 そんなことを知ってか知らずか、マナは既にスプーンを口に含み、こう言ってのけた。

 「うん、おいしぃ♪」

 元兵士として、軍人としてあってはならない凡ミス
 もし、これが本当の問答無用の戦場だったら、彼女は命を落としていたに違いない。
 いや、このまま勝っていても、アスカが起(生)きていたら命を大していたかも知れない。


 だが、彼女に下る宣告
 「マナ・・・・悪いけど失格よ」


 霧島マナ、同じく十五分後に失格


 しかし、マナは納得しない!
 「えっ、どうして?私が勝ったんじゃないの?」

 だが、そこへカヲルの宣告が下る
 「まだ山岸さんが居るよ」

 「えっ!

 マナの席の対角線上
 彼女は、やや視線を宙にふらつかせながら、なんとか席の上に座っていた。



 この瞬間、勝負は決まった。
 ヒカリの呆れつつ、凛とした声がリビングに響く

 「勝者、山岸マユミ!」




 『ホント、これで良いのかな?』
 シンジは、これからの一週間が非常に不安になった。
 そして、早く来週の土曜日が来て欲しいと、切に願った。
 だが、少年の願いがまともに叶ったことなど、今までに一度しかない

 そして、それは一週間後には、大きな間違いだと思い知らされることになる。




 翌日、シンジは日曜日にも関わらず、珍しく一日中一人で過ごすことが出来た。
 いつもはアスカによって「買い物に行くわよ!」から
 「暇だからどっか行くわよ!」に
 「食事、今日は外で食べるわよ!」など、まだまだ色々あるのだが、まぁ何らかの理由で連れ出されることが多い
 勿論、語尾には「このアタシが誘ってやってるんだからネ♪」と、
 普通の男なら感激モノの微妙なアクセントで発音するこのセリフがついてくるのだが
 残念ながらシンジはもう、その言葉になれてしまっているため、その微妙なアクセントにも気付けず
 喜びを味わえない体になっていた。
 まぁ、もし、これをマナがやったら、一度はネルフを騙した(ハズ?)超演技派の実力をフルに発揮し
 一撃か二撃でシンジを落とすことも可能だったろう。

 まぁ、鈍感なシンジに幸あれ


 ともかく、アスカ嬢は今はいない。
 いるのはシンジと、土曜日には家から辛くも脱走に成功したマヤだけ
 朝まで車が無くなっていて、朝帰りをしたところを見るとネルフにいたのだろうと思われる。
 ちなみに、マヤは睡眠中

 なので、シンジはゆっくりと自分の自由に時間が使えた。


 さて、なぜアスカ嬢が一日いなかったか
 それは少女達がヒカリの家に集合が掛かっていたからである。
 というか、アスカの抜け駆けをこれ以上防ぐために、マナとレイから出された案だった。
 しかし、マユミはその場にいない
 なぜなら、彼女は現在自宅で寝込んでいるためだった。
 どうやら、土曜日のたった一五分間の戦いが彼女には相当過酷な十五分間だったらしい

 ともかく、彼女たちは話し合った。
 というか、喧嘩に近かった。
 しかし、その甲斐あって、というかヒカリの命がけの説得も実り
 第弐週の開催要項は無事決まった
 そして、一人の巻き添えも決まった。
 それが彼女たちの担任教師

 伊吹マヤ

 当然、そのことを知らなかった彼女は、委員長であるヒカリからのお願い、というか涙を流してまでの懇願
 受ける以外、選択肢はなかった。
 流石に、自分も命の危険を感じたらしい


 兎に角第壱週目
 勝ったのはマユミ
 視線がグサグサと刺さりつつも、シンジから弁当を受け取る喜び
 そして、その味を独占できる、今までに彼女が味わったことのない優越感
 しかし、一週間という期限付き
 負ければ再び元通り
 アゲインをもう一度、あの苦しみを経てでも狙うマユミ
 失った(本人曰く愛夫?)弁当を取り戻すべく奮戦するアスカ
 リベンジに燃えるレイとマナ
 そして、無理矢理加わることになる彼女たちの担任のマヤ


 次回予告

 第弐週目 「知力、体力、時の運の価値は?」


 後書き2001(になってた)

 年明け前に、何とか書けませんでした(銃殺決定)
 もう、20世紀に悔い残りまくりです
 お楽しみは年越しに・・・・・・・なってしまったんですが(汗)
 とりあえずまだまだ続きます
 怪作さんのお許しがある限りですが


 緒方紳一さんからお待ちかね。『シンジの手作り弁当〜』シリーズのいよいよ第1週目を頂いたのです。

 いきなり飛ばしますなぁ(謎)いや〜シンジ(のお弁当)を味わいたくってみんな気合入ってるのね〜。
 ひょんなことで勝利を手にしたマユミ‥‥いや気の弱さもうまく働くことがあるのですね(笑)残りの方たちがへっぽこだったからってことも手伝って‥‥。

 続きも楽しみなのです。

 みなさんも是非、緒方さんに感想メールを出してください。

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