はぁ…

「はい、これは?」
「インターフォン」
「じゃあこれは?」
「炊飯器」
「じゃあ次」
「ねぇ…」
「『ねえ』じゃないわよ?」
はぁ…
「もう1000回くらいやってるよ…」
「残念、まだ600とちょっとよ」

僕が目をさまして
アスカが担ぎ出されて
りっちゃんが来て
僕が普通に喋ってるのに驚いて
しばらくしてこのテストが始まって

はぁ…

「もういいでしょう?」
「まだダメよ、十分なデータが取れないわ」
真顔のりっちゃん

僕は正気を失っていたらしい

そんなこと言われても…
全然覚えてない…

結局僕は休む暇もなく
ひたすらりっちゃんの実験みたいなことに付き合わされて
それが丸二日続いて
途中で頭にきたからりっちゃんのおっぱい思いっ切り握ってやったら

「性欲はあるみたいね」

気にもされなかった

はぁ…
早くアスカが迎に来ないかなぁ


クタクタに疲れてるから夢も見ない
りっちゃんに隠れて綾波が覗きに来ても返事も出来ない

おやすみかあさん
いま、見張られてるから声は出せないよ?

綾波は嬉しそうに笑うと消えていった

そして僕は眠りに落ちた
目が覚めたとき
アスカがいることを願って


“碇君”

なに?

“だいじょうぶ”

ありがとう




人の気配で目が覚めた

僕の願いは叶えられた

「おはよう」

「おはようシンジ」




ベッドでアスカの帰りを待った

今朝、アスカに
「なにが食べたい?」
って聞かれたから
「シュークリーム」
って言ったんだ
ほんとに食べたかったから

「わかった」
アスカはキスして駆けてった
それで1時間もしないうちに帰ってきて
それで
買ってきてくれたのは
ペコちゃんのシュークリーム…

おいしかったし…
嬉しかったけど…

もう十年以上一緒にいるのに…
いっつも僕が食べてるのはサクサクで中身がホイップクリームのやつなのに…

だから
次はって意味で
「皮がサクサクしたやつがよかった」
って、食べ終わってから言ったんだ
控えめに

そしたらアスカ
え!って顔して
あ!って顔して
ようやく僕が普段食べてるのとちがうってことにきずいて
「ちょっと待ってて」
そお言うと
またキスして出て行った


「いってきたわよ!」
笑顔でアスカが帰ってきた

あれ?
監視カメラにタオルをかぶせた
なんだろう?

「なにやってるの?」
って聞いても笑うだけ

それで
シュークリーム手に
僕の横に腰掛けて
「シンジ、食べさせてあげる」

恥ずかしいから断ったんだけど
「食べさせてあ・げ・る!」

アスカの迫力に負けちゃった

なんだか人に食べさせてもらうのって変な感じで
上手く食べれなくって

僕の顔や
アスカの指はクリームでべとべと

それを見てアスカが
「わたしがなめてあげる」
はずかしい…
恥ずかしいから断ったんだけど
キスするみたいに唇ごとしゃぶられて
それが済んだら
アスカが
「ねえ…私の指…なめて」

僕も恥ずかしいけどアスカの指をなめた

そしたら
アスカが僕の上に乗っかってきて
僕の首に軽く噛み付いて
僕の手をとってアスカの胸に
僕の股間をふとももで…

ここ…病院なのに…

僕の股間が急激に熱くなってくる

病院だけど…ちょっとだけ

そう思って
アスカの下着に手をかけようとした瞬間


「シンジが元気で安心した」


アスカは笑顔で飛び起きた

なんだ…
僕の勘違いか…
でも…
ちょっと残念



まさかこれが毎日続くとは
夢にも思わなかった



僕が退院した夜
大騒ぎ
りっちゃんとミサトさんがドンちゃん騒ぎ
もう完全にただの宴会!
ひたすら二人の苦労話聞かされて…
「でぇ?私とリツコ、どっちが綺麗?」
とか聞かれて
アスカがピキピキてなって
絶妙のタイミングでりっちゃんが
「アスカに決まってるわよねぇ〜」
って言ってくれて助かった

不機嫌そうなアスカ

僕はアスカの手をそっと握った

りっちゃんとミサトさんは大学の校歌を歌ってる
それをあきれた目で見つめるアスカ
アスカの口が動く

“ばかね…私が一番に決まってるじゃない…”

歌い終わると二人は連れ立って外にのみに行った

ようやく二人っきりになった

「シンジ…」
「ん?」
「お風呂」
「うん」


湯船で
アスカを膝の上でだっこしながらいっぱい仕返しをしたんだ
入院中の仕返し
もちろんベッドの上でも

最強の戦士
エヴァンゲリオン
その唯一の適合者
アスカ・ラングレー

僕はその弱点を今日もひとつ見つけた

「だめぇ!シンジ!そこはだめぇぇ!」

ほらね?


あっという間だ
日本に来たのが9月の初め
色々あった
半年
日本に来て半年
もう今日で中2も終わり
明日から春休み

皆はどこに遊びに行こうか盛り上がってる

僕はアスカと過ごす

アスカといればエヴァのハンガーだって快適だ
だから

「シンジ、鈴原たちと遊んできなさいよ」
「え?いいよ、アスカと一緒にいるから」

アスカといればどこだって天国
だからトウジに茶化されてもなんともない

それにおば…ママのことも
4月に日本に来るって
とりあえずホテルに泊まるらしい
多分…そのまましばらく日本ですごすつもり…
だって滞在予定期間が未定…
あぁ…
逢いたいし
甘えたい
でも
毎晩ホテルとかレストランで食事は…
苦手なんだよなぁ…

あれ?
携帯が鳴ってる
とうさんからだ

「もしもし?」
“昼食は?”
「まだ」
“来い”
「うん」
“ラングレー君もだ”
「え?」
“話がある”
「うん」

切れた
なんだろう?
話って…箱庭かな…


「アスカ」
「なに?」
「父さんが一緒にご飯食べようって」

しかめっ面された…

アスカは父さんの事があんまり好きじゃない…
最近は特に…


駅までみんなと帰って
そこでみんなと別れた

「じゃあまたね!」

洞木ヒカリ
僕の聞いた彼女の最後の声
彼女が二児の母になるのはもう少し先の話

「じゃあな碇!ラングレーも!」

相田ケンスケ
僕の聞いた彼の最後の言葉
ケンスケは“デア・グロス・クラッシュ”から帰らなかった
現実より素敵な世界にいったんだろう

「はなな!」

鈴原トウジ
僕の聞いた親友の最後の言葉
彼のプロポーズの言葉は“碇の変わりはできへんぞ”
二人の結婚式に僕たちはちょっとしたいたずらを用意して
そのときのトウジの叫びは“この裏切りもぉ〜ん!絶交じゃ!”だったそうだ

でもそんな事、このときはまだ知りもしなかった
4月になったらまた…
それぐらいの気持ちだった


ネルフに向かう電車の中でふと思いついて
アスカに頼んでみた

「こんやさぁ」

あれ?アスカ耳が真っ赤
なんだろう?

「アスカに作ってほしいんだ」

ん?一人で照れてる?
なんだったの?

「なにを?」

僕はドイツでおばさ…ママに作ってもらった料理をリクエストした
もう半年も食べてない
少しドイツが恋しい

「いいよ、つくったげる」

アスカは楽しげに笑った


凄い
父さんは天才だ
このカレーを作ったなんて
まるでプロだ
後でアスカにも教えてあげよう

だってアスカ…
父さんの言ってる事よくわかんないんだよね
まあ…「ああ」とか「そうだ」みたいな事しか言わないから
わかりにくいって言ったらわかり難いけど…

食べ終わると父さんが話し出した

「準備が調った」

箱庭に帰る準備だ…
どうしよう…
僕はわからない…

かあさんが帰ってくる

それは嬉しいけど…
そこはここと同じなのかな?
アスカはいるのかな?
もしいないなら…

父さんはにこやかに笑ってる

「君の最後の出番だ」

これはアスカに向かって

「まもなく最後の使徒が現れる…期待しているよ」

アスカの顔が一瞬“え?”ってなって
その後凄く厳しい顔になった

父さんは立ち上がると、僕の頭をなでて行った
父さんの手はカレーのにおいがした


帰り
アスカがエスカレーターでだれもいないのにまるで誰かを見つめているようだった
なんだろう?



アスカは何とかってグループの誰とかが破局したって言って、スポーツ新聞を買いに行った

僕はベンチでアスカを待った

誰かが僕の前に立つ

「みんなバラバラだよ」

あれ?
ホモ
じゃなくて

「渚君」

「老人は全てをひとつにしてリリンに成ろうと言う…」

何言ってんだ?
こいつ

「君の父親はただもう一度…それだけ」

「渚君?」

いや…ちがう
人じゃない…

「シンジ君…君はどうするんだい?不完全な形からの進化か…母への回帰か…それとも君がこの星を…」

「アスカと」

「…」

「アスカと」

「そう…リリン…君の魂も汚れたんだね」

「お前にわかるもんか…子供に何も与えなかったお前なんかに…」

「ふふ…じゃあ僕が全てを始めてあげよう…またね…リリン」



「ほら!やっぱりあいつら分かれたわよ!」

気がつくとアスカは嬉しそうに新聞を広げていた

なんだろう?
僕は誰かと話してたような…
なんだろう
この気持ち…

「どうしたの?」
不思議そうに僕を覗き込むアスカ

「うぅ〜ん」
なんだか吐き気がした
だいっ嫌いな誰かと一緒に居たような
そんな気分

「んん?」
僕のことを覗き込むアスカはとても可愛く
「あ!」
おでこにキスした
「バカ…」



スーパーで買い物
アスカは何とか豆が見当たらないって言って
「ねえシンジ、今日はオニオンスープで我慢して」
「えぇ〜」
「美味しいのつくったげるから」
「う〜ん」
「ママに造り方聞いてママとおんなじ味にしてあげる」
「ほんと?」
「まかせて!」

まあ本当はアスカが作ってくれるんなら何でもいいんだけどね
あれ?
アスカりんごを不思議そうに眺めてる
食べたいのかな?


アスカはてんてこ舞い!
ママに電話しながら料理して
一々「シンジはどうしたほうが喜ぶ?」とか「シンジの好みは?」とか聞いて…
まるで旦那さんの好みを姑に伺うお嫁さん

そんな喧騒の中りっちゃんが帰ってきて
驚かされた

「外国かと思ったわ」

アスカは料理に夢中で気付かなかったみたいだけど
りっちゃんはドイツ語でそういった

うん
これで謎がひとつ解けた

アスカが時々ドイツ語の小声でりっちゃんの悪口言って
りっちゃんはそれを聞くと睨んで
僕は“あぁ、悪口だって位はきずいたのかな?”って思ってたけど

うん
能ある鷹は爪隠すだね




ベッドの中
僕はゲーム
アスカは服のカタログを眺めている

アスカは上機嫌
なんだろう?

覗いてみると
下着のページを見てる
しかもりっちゃんがしてそうなやつ

うん…
まだアスカには早いよ

僕はなるべく遠回しにそう言おうとして
「服買うの?」
って聞いたら

アスカはすごく嬉しそうに
「そ!シンジがあんまり私の下着汚すもんだから足りなくなっちゃった」

ええ!
「ぼくが!?」

「シンジ、エッチだから」

もしかして!?
夕べの事!?
いや…だって…ほら
あれはアスカが離してくれないから
しょうがなく…
そ!そうだよ!
僕のせいじゃないよ!



朝、アスカが呼び出された

りっちゃんも急いで用意している

アスカは怖い顔になると
「シンジ、あんたも準備なさい」

僕は頷いた
とても嫌な予感がする



ネルフ本部
僕は来客ブースで待つことにした
別に使徒が来たわけではないらしい

なんだか胸がムカムカする

別れ際にアスカが買ってくれたジュースをなめた
それを見たアスカは笑いながらキスをしてくれた

「じゃあ、まってて」

アスカはとても朗らかだった

僕は言いようのない気分になった
まるで
この先いいことは何も起きないような…



ここから先は僕が見たものだけじゃなく
りっちゃんや
アスカや
ネルフの人たち
それに綾波や
かあさんが教えてくれた事

それに僕に見えたこと



アスカは父さんの所に着くと父さんに頼まれたらしい
全ての使徒を倒したら今度は悪の組織と戦ってほしいって

アスカはもちろん了解した

その時、
父さんに先手を打たれた悪の組織が反撃を始めた


最初の一人は日向さんだった
日向さんは隣に座る青葉さんをピストルで撃ち殺し
それが悪の組織…ゼーレって言うらしい…そいつらの反撃ののろしになった


外ではネルフを守るため密かに集結していた自衛隊が、謎の集団に襲撃され始めた


多分そのころなんだと思う

僕は胸苦しく
息をするのも辛くなってきた

めまいも

そして
気がつくと
綾波が立っていて

「いそいで」

そういって僕の手を引き部屋の外に僕を連れ出した

僕は綾波に引かれるまま走った
綾波は何かに焦っていて
僕は引きずられるように走った

綾波の心は

碇君! 碇君! 碇君!

僕でいっぱいで
まるでアスカのようだった

僕は綾波につれられ
隠し扉みたいなところから、少し寒い廊下みたいな所へ入った

壁の向こうからは
悲鳴
怒号

人の命が消える音

そんなのを聞きながら
僕は綾波につれられて
奥へ奥へ

胸は少し楽になった

わかってる

地下の
あの巨人に一歩近づくたび
僕の体は楽になってゆく

綾波は僕を自分のもとに連れて行こうとしている

あの
白く
美しい巨人の下に

そこで僕に
最後の何かを授けるために



突然綾波は立ち止まると唸るような声を出し
歯軋りをした

不完全なまま命を紡いだ僕たちには見えない何かを見つけて

綾波は僕を連れて来た道を少し戻り
何かを確認すると僕を座らせた

「ここにいれば大丈夫…碇君、あなたは死なないわ」

そういいながら

僕は外から聞こえる音に
命がはじけて消える音に
脅えていた

綾波はそんな僕をやさしく抱きしめてくれた
そして僕に一握りのキャンディーを渡し
それを食べながら待つように言うと

「今は見えないほうがいい…」

そういいながら僕の目に手を当て
僕から光を見る力と
人の命が消える音を消してくれた

そして
「シンジのおともだちが来るまで、なにがあってもここを動いちゃだめ、かあさんは用事がある。シンジ…おともだちが来たらキョウコさんのところに向かうの、できるわね?」

まるで思い出したようにかあさんのふりをし
僕にキスをした

「わかった、かあさん…いってらっしゃい」

僕がそう答えると綾波は僕の手からキャンディーをひとつ取り
口移しで僕に

そして


「いってきます」


そう言い残すと
忽然と気配を消した

僕は残りのキャンディーをポケットに押し込み
その場に座り込んだ


しばらくすると
人の足音が2つ

足音は僕の手前で止まる

「君は…何でこんな所に?」

聞いたことのある声だ
そうだ…
僕が始めて綾波の部屋に行ったとき
案内してくれたマシンガンを持った人だ…

アスカを待ってる
そう答えようとした時

気の抜けたような“パスパス”って音が聞こえて
人が倒れる音がした
僕の顔に何かぬるいものが少しあたった

音はまだ聞こえる
僕のほうに向かって
でも
僕の近くでカラカラ音を立てる
なんだろう?

「ATフィールド!?」

突然聞こえたその声を聞いて
僕はほっとした

「ミサトさん?」

僕が呼びかけると
ミサトさんの“止め!”って声が聞こえて
僕の周りに飛んできてた何かも止まった

「シンジ君!?こんなところで…」
「ミサトさん?」
僕は声を頼りにミサトさんのほうを向いた
「シンジ君?目…どうかしたの?」
「うん…ちょっと…さっきからよく見えないんだ」
「そう…」
ミサトさんの声はなぜか少し安心したような声で
ミサトさんと一緒に来たたくさんの足音にむかって何かをかたずけさせていた
そして
とても優しい声で
「じゃあそこで待ってなさい、すぐに迎えに来てあげるから」

ホッとした

でも僕一人じゃ…
だからミサトさんにアスカのことを聞いてみた
「アスカを待ってるんだ!アスカ見ませんでしたか!?」
「…いえ」

ミサトさんの声が沈んだような…

「…じゃあ必ずアスカも連れてくるわ、とにかく動いちゃだめよ!」

僕の気のせいか


ミサトさんは僕の顔を拭ってくれて
僕にキスをして

「まかせて」

そう言うと
沢山の足音と一緒にかけていった


僕は
今日はキスの雨だななんて思って
はは…キスとアメかな?


その後のミサトさんの活躍は
何度もアスカから聞かせてもらった

アスカと父さんは部屋に押し込んできたゼーレの連中に追い詰められたそうだ
父さんは打たれ
怪我をして
アスカは
ここまでだな!
なんていいながら銃口を押し付けられ
絶体絶命

その時

颯爽と現れたミサトさん
次々とゼーレの連中を倒してゆく

「アスカ!行きなさい!この先でシンジ君が待ってるわ!」

そう叫ぶと一人でゼーレの連中に立ち向かっていった
父さんもアスカを見て頷いた

アスカは二人に促され僕の元へ

二人はとてもカッコよかった
アスカは何度もそう話してくれた


アスカは言われた通りぼくを目指し
扉を開き
僕の元へ


そのころりっちゃんは
たくさんの死体に囲まれていた

青葉さんを撃ち殺した日向さんは、そのままりっちゃんのほうを振り向いて
引き金を引こうとした
その瞬間

伊吹さんに撃ち殺された

伊吹さんはネルフがゼーレに送り込んだ二重スパイで
それで日向さんは伊吹さんは仲間だと思ってたから安心して背中を向けた

でも伊吹さんが日向さんを打った理由は…
うん
初めての人だったんだって
青葉さんが…

それと…
なんていうか…
アオイさんとカエデさんとサツキさんもゼーレの人間で
僕の大好きなお姉さん三人は…
僕にバレンタインデーにチョコをくれた三人は…

いつも僕の味方してくれて
すぐにからかってくるけど
大好きでした
ありがとう


さようなら




僕は
がちゃって音がして
すぐにやさしいにおいに包まれた

「アスカ?アスカなの?」

僕を包むやさしいにおい
アスカは小さい声で
「うん」
って

僕もアスカも脅えてた

僕が目が見えないって言っても
アスカはそんなに焦らなかった
「どうしたの?」
少し心配そうに言うだけで
だから僕も綾波にがそうしたっていったら
「そう」
っていって
僕の手を引いて
エヴァの
キョウコさんのところへ向かった

僕たちは
銃声がするたび
爆発が聞こえるたび
立ち止まり
抱き合い
震えていた

目が見えないせいで転んじゃって
でもそのおかげで死なずに済んだ

熱と風

アスカは
「なんでもない」
って言うけど
僕たちは僕が転んだおかげで焼かれずに済んだ


どれくらい掛かったかはわからない
とにかくエヴァにたどり着いた

エントリープラグに逃げるようにもぐりこむ
震えで上手く着替えれないアスカ
僕がプラグスーツのボタンを押してあげた

「これ、持ってて」

注水開始前にアスカは自分の脱いだ服を僕に渡してきた
僕はアスカの横に腰掛け抱えたアスカの服のにおいをかいだ

注水が始まると、アスカの服が一枚、漂いそうになり急いで抱えなおした
さわった感触でわかった
ブラジャーだ
パットは入ってない
アスカが僕を求めたあの日以来
アスカは胸のパットを使わなくなった
アスカなりの意思表示なんだと思う


注水が終わると
僕の目はゆっくり光を取り戻してきた

でもまだ明かりが見えるだけで
それでもアスカはわかる
赤い
でもそれ以外はよくわからない

そんな時
アスカの息を呑む声が聞こえた

「ミサト!今お医者さん呼ぶからまってて!」

ミサトさん!?
怪我してるの?!


僕はアスカに何度も
「アスカ、どうしたの?ミサトさんどうしたの?怪我してるの?大丈夫なの?」
って聞いてみた

一息おいて
アスカが

「…いまお医者さんに運ばれたところ…」

ほっとした


“ありがとう…ばいばい”


あれ?
ミサトさん?


アスカはエヴァを動かすと
湖の底に向かった




そのころ綾波は
綾波とかあさんは
アダムと戦っていた

僕には見えない誰かを追って初号機へ向かった綾波

綾波が初号機のゲージにたどりついた時
綾波の目の前で
アダムはかあさんの魂を引き裂いた

体をなくしたアダムは別の体を求めていた
自分と同じ体を
リリスから作られた初号機を

初号機の中にとどまるかあさんの魂は必死に抵抗した
犯されようと
引き裂かれようと
最後の最後まで抵抗して
その魂をバラバラにされ

殺されてしまった

そして初号機を手に入れたアダムは地上を目指した


間に合わなかった綾波は
砕け散ったかあさんの魂
その一欠けらを手に
今度は本当の自分の体に向かった




湖底に潜むエヴァ
僕たちはただ、手を握っていた
とても静かだ

でも、この悲しい静寂を打ち破ってくれた
あったかい声

「アスカ!?無事なのね!そこにいるのね!」

突然のりっちゃんの声

「ええ…シンジも…私も大丈夫」

「シンジ君もいるの!?…よかった」

「とにかくそこで隠れてて、多分今日中には…なに?」

スピーカーの向こうでりっちゃんが誰かと言い合っている

「なにを言ってるの!シンジ君はアスカと一緒にいるのよ!?動くわけないでしょう!」



僕たちの終局が始まった



地上に出たアダムは目に入るもの全てを破壊した
彼の目に映るもの
アダムが大嫌いな穢れた魂を持つ
僕たちを
アダムにとっては何の価値もない
僕たちの魂を


りっちゃんがアスカに指示を出した
「初号機を捕獲して、原型を止めてなくてもかまわないわ」

「…わかった」
アスカは僕を見つめ

「シンジ…いくわよ」

「うん…」
光を取り戻した僕の目に映るアスカは
僕の愛するアスカは
とても綺麗で
僕の太陽だ




アスカは湖面から顔だけだして外の様子を伺う

まるでおもちゃみたいに自衛隊のロボットがやられている

それを見てアスカが叫んだ

「加持さん!ケーブルを狙って!」

それを聞いた1台のロボットがケーブルを引きちぎった

それを見たアスカは
「よし!」
って言うと湖から飛び上がり
「シンジ!ごめんね!」
って言いながら初号機に蹴りかかった

けど
アスカの蹴りは初号機の寸前で止められてしまった

声が聞こえる

“野蛮だな…なぜリリスが君たちを選んだのか…”

初号機の口が開き
やつがその姿を現した

“僕にはわからないよ…だから僕が君たちを無に帰してあげよう”

アダムは
最初の使徒は
最後の使徒として僕たちに襲い掛かってきた


地球で一番強い
赤いエヴァンゲリオンと
アダムの魂を宿した初号機

アスカはアダムにまったく歯が立たず
何をしても簡単に吹き飛ばされてしまう
赤いエヴァンゲリオンはみるみる傷ついていく

“番犬が主人に抗えるとでも思ってるのかい?”

番犬…主人…
僕の中で言葉がぐるぐる回り
答えが見つかった

2年B組
渚カヲル

いや…ちがう
そんなやつはいない

そうだ
こいつは…


「アダム…」


“正解、さすがリリスのお気に入り”

まるで“よく思い出せました”って小ばかにするみたいにアダムはせせら笑った

その隙を突きアスカは渾身の一撃をアダムに叩き込む

“シンジ君、きみはリリスのお気に入りだから、特別にこの星に残してあげよう…これからはリリンと名乗るんだ”

アダムはアスカの蹴りを受け流すと、僕に名前と魂を捨て
僕があらためてこの星の最初の一人になれと
まるで神様みたいに
高慢に言い放った

そして

“無駄な事を…”

そう言い放つと
突然アスカが目を見開き
声にもならないような叫びをあげた

“まったく…”

赤いエヴァンゲリオンは全身に穴を穿かれ
装甲板を吹き飛ばされ
内臓をぶちまけ
倒れこんだ

途切れ途切れの悲鳴を上げるアスカ
体は…
よかった
なんともない

あ…
ママ…
ママがアスカを抱きしめてる
痛みに顔をゆがめながら

そっか…

“さあ…終わりにしよう”

アダムがやれやれだと言わんばかりに手のひらを向ける

「アスカ!」

僕はママと一緒にアスカを抱きしめた

アダムをにらみつけた

アダムの顔は不可解さと不愉快さに歪んでいた

ざまあみろ!
僕の魂はお前だけには触らせない!
僕の魂が望むのは
僕の太陽だ!


その時
木漏れ日が初号機を射した
まるで聖書の一説のように
あの美しいステンドグラスから射す光のように

その光を追うように
天使の放った矢が
初号機の心の壁に突き刺さる


空を見上げれば9体の天使


天使たちは次々と僕らの周りに降り立つと
醜いアダムをにらみつけた

天使は皆
素敵な少年や少女で
肌の色もそれぞれで
神父様がお話してくださったとおりで
とても素敵だ


9人の天使は天使の喇叭のような声を上げ
汚れたアダムに立ち向かった

りっちゃんは今のうちに逃げろって言ってきたけど
今のアスカにそんな力はなく
エヴァンゲリオンもスクラップって言うより肉塊寸前
動くはずもない

でも
突然エヴァは宙を走った

「これで貸し借り無しね」

自衛隊の人型ロボットが
女の人の声でエヴァを運んでくれていた
ロボットの胸には“屠竜U”のマーキング

「とりゅうだ」
思わず僕は喜んじゃった


かっこいい屠竜は離れたところにエヴァを下ろしてくれた

天使たちを見ると
欲望のままに暴れるアダムには及ばず
次々と吹き飛ばされてしまう

「だめだ…」
アスカの声

一体の天使がアダムに吹き飛ばされ
そのまま屠竜にぶち当たりエヴァの前に転がった

天使は痛みに耐えていた
天使?

いや…知ってる

カヲル君だ?

君はカヲル君だ

アダムにその姿を奪われたカヲル君だ

そっか
君は天使になったのか
りっちゃんのお母さんが天使にしてくれたのか
なんて素敵なんだ

それに
君は僕たちのために苦しんでくれている

「かわいそう」

僕は懺悔した
僕が僕の太陽を守れないばっかりに
君たちは天使に姿を変え
舞い降り
苦難に立ち向かってくれている


“ありがとう”


カヲル君の声は
アダムとはまるで違い
とても暖かかった


カヲル君は立ち上がるとエヴァに祝福のキスを

キスを受けたアスカは
さっきまでプラプラしていた
ぐちょぐちょのエヴァの手を何とか持ち上げカヲル君の頭へ


カヲル君は心から嬉しそうに笑ってくれた


天使たちに笑顔が伝播する


アダムと戦っていた天使たちは次々と飛び立つと僕らの周りに降り立った

もう天使たちはアダムと戦う必要はない
僕たちをアダムから守るだけでいい
それは



“だから私はあなたたちを選んだ”



綾波が来たくれたから


地球が歓喜に震える

再び地上に女神が現れたから


美しい姿の綾波
醜い姿のアダム

二人は何十億年かぶりに言葉を交わした

“やあ…ひさしぶりだね”

“この星はやさしい命で満ちている”

“でも野蛮だ”

“それでも私は信じる”

“わが子を、かい?”

“人間を”



綾波の言葉が嬉しかった
綾波は僕ではなく人間を信じるといってくれた
そうだ
綾波は僕らのかあさんなんだ!


「かあさん」
僕はつぶやき綾波を見上げた

“あなたたちが野蛮でも…傷つけあっても…私は優しいあなたたちを信じる”

僕はかあさんの言葉を聞いた
綾波じゃない
間違いなくかあさんがそういった


そして綾波はアダムをにらみつけた

“あなたのやるべきことは命を生み出す事”

“人間は君が作った失敗作さ”

“ちがう…”

綾波はまるで頬を張るように初号機を握り締めた
初号機だけが綾波の手をすり抜ける

綾波の手の中にはアダム

“君は僕よりも彼らを選ぶのかい?”

“ええ…あなたは間違っている…命は育むもの…奪うものではないわ”

“彼らも奪ったさ、僕の子供たちの命を”

“………”

“ふふ…君も「親」か…”

“さようなら”

“ああ…こうなる事はわかってたよ”


アダムは綾波に受け入れられない事を悟ると
自分の子供たちの下へ去っていった

命以外何も与えなかったアダム
そのアダムが最後に、始めて子供たちに与えたもの


子供たちと一緒に居てあげること


綾波が最初に僕らにしてくれた事だった



綾波を中心にして地表が抉れて行く

僕たちのエヴァは天使達に抱えられ空へ逃げた

「ありはとう」

僕は天使にお礼を言った
かわいい黒い肌の天使がはにかんだように笑い
他の天使が冷やかすように笑った

「かわいいね」
「うん」

きっとアスカにも天使が見えているんだろう


世界は白く塗りつぶされてしまった


僕らは綾波の手の中に下ろされた
天使たちはそのまま空を泳ぐ


綾波は僕たちに話しかけた

“アダムは無へと帰った…でも世界は彼に止められてしまった”

「綾波さん!止められたってどういうこと?」

“アダムは無へ帰るとき、あなた達に世界の選択を託した”

「選択?何のこと?綾波!わかんないよ」

“今まであなた達は、私たちが用意した世界を生きてきた”

「この星に相応しいか見てたのね」

“彼はその世界を終わらせていってしまった”

「みんな死んじゃったの!?いやだよ!そんなの!」

“だからこれからの世界をあなたたちが選ぶの”

僕たちが世界を…未来を

“さぁ…なにを望むの”

僕はアスカに抱きしめられた
「今までの通り!元通りの世界に決まってるじゃない!そうでしょう!シンジ!」

僕は太陽に抱かれたまま悩んだ
「父さんが言ってた…そのときが来たら『箱庭に帰りたい』っと願ってくれって…綾波…箱庭ってかあさんが生きてたころの世界?四季があって、使徒もいなくて、僕に父さんもかあさんもいる世界?」

“そう…私たちが目覚める前の世界…人が無限に繁栄を謳歌する世界…天敵のいない世界…碇君に両親がいる世界”

「アスカはいるの?」

“いる…でも碇君の回りにはいない…遠いところで両親と一緒に暮らしてる”

アスカがいない世界…僕の太陽が…日の射さない世界…
僕は両親と4年…いや…かあさんとはおなかの中も入れて5年を過ごした
僕を生んでくれたかあさん
父さんとは離れて暮らしたけど
それも僕のためだった
僕は父さんとかあさんと…
それにずっと憧れていた

でも

「…僕は…父さんやかあさんと暮らしたい…でも…僕と一番一緒にいたのは父さんやかあさんじゃない…アスカだ…だから」

“あなたのお父さんは家族で暮らせる世界を望んでいた…”

僕はアスカの手をとった
あったかい

「僕は…アスカといた世界がいい…アスカといたい」

“それでいいの?”

「うん…父さんには後で謝る…」

ごめんね父さん
僕の世界はアスカのいる世界で
僕のいたい世界はアスカのいる世界
だから…
ごめんね


アスカが僕の涙をぬぐってくれた
それを見た綾波は

“わかった…碇君…いま、世界は動き出した…”

「ありがとう…綾波」


…さようならかあさん



綾波はめちゃくちゃになってしまった芦ノ湖畔に僕たちを下ろしてくれた
僕たちはエヴァから下りると、手を握ぎり、綾波を見上げた

“これでこの星はあなたたちのもの”
「綾波は!?僕達と一緒にいてくれるんでしょう?」
“生命で溢れた星に私は必要ない”
「なんでさ!またかあさんの話聞かせてよ!いっしょにいよう!」
“ありがとう…でもだめ…またわたしをみつけ何かをしようとする人がいるかもしれない”
「大丈夫よ!わたしが守ってあげる!」
“ありがとう…でも私は次の星を目指す…あなたたちの仲間でこの宇宙を満たす”
「いやだ!綾波!ここで僕と…僕達と暮らそう!」
“大丈夫また会える”
「いつ?何年後?」
“50億年後…この星がなくなるときわたしが迎えに来る”
「まって、私たちそんなに生きられないわよ」
“あなたたちがどんな姿になっていても、私はかならず碇君とあなたを見つけてあげる…大丈夫きっとわかる…わたしが迎えに来る”
「綾波…約束だよ」
“ええ…碇君…約束”


天使たちが初号機を抱えやってきた

“碇君…少しお話があるの”

「わかった…アスカちょっと待ってて」
「うん…まってる」

僕はアスカの手を離し、天使の手のひらに載り初号機とともに綾波のところへ向かった

アスカの横にはカヲル君が寄り添ってくれている



僕は天使に連れられ綾波の額の上に降りた
僕は天使の手のひらから初号機に移り、初号機につかまるとそのまま綾波の額に吸い込まれていった



眠りから目覚めるように目を開くと
僕は裸で
僕の上に笑顔のアスカが

アスカは頬を上気させ快楽に喘いでいた

「いいよ…綾波…わかってる」

僕はアスカの手をとり
瞬きをすると
アスカは綾波に

「碇君…」
「だいじょうぶ…僕が愛してるのはアスカだけど…だいじょうぶ」
「碇君…」
綾波は吸い付くように抱きしめてきた

僕たちは愛し合った
愛し合いながら綾波に教えられた

僕は使徒で
リリンで
でもみんなリリンで使徒で

僕は綾波と触れ合って
不完全だったリリンから少し先に進んでいた

だから愛する人の心が聞こえた

「碇君には二つ…道がある」
「道?」
「どちらも同じ道…歩き方が変わるだけ」

綾波は僕に、綾波の持つ命を受け入れ一人完全なリリンになり、この先を生きるか
不完全な、限りある命を繰り返すか
それを選べと


「アスカと」


答えを聞くと綾波は咲くように笑ってくれた


僕たちは何百回も愛し合った
「綾波」
「なに?」
「僕の…」
「なに?」
「僕の何かを持っていってほしい…何億年も一人で過ごす綾波が寂しくないように」

綾波は嬉しそうに笑い

「もうこれ以上もてない」
そういった

綾波と僕との思い出
ほんの少しの思い出

「もう思い出してもいい…」
綾波は僕のほほをそっと撫でた

ああ…
そうか…
ずっと一緒にいたんだね

迷子の僕を案内してくれた子供の姿の綾波

僕に泳ぎを教えてくれたインストラクターの綾波

教会でやさしく神様の教えを説いてくれたシスターの綾波

僕の聞こえなくなった耳を見てくれたお医者さんの綾波

美術の時間、僕の書いた絵をほめてくれた先生の綾波

いつもお使いに行っていたパン屋さんのお姉さんの綾波

父さんからの手紙を届けてくれた郵便やさんの綾波

いつも傍にいてくれた
綾波はずっと僕のことを見守っていてくれていた


「綾波…ありがとう」


綾波は嬉しそうに僕を抱きしめてくれた



僕は綾波に膝枕をねだった
とても気持ちがいい

「ねえ…綾波」
「なに?」
「何でかあさんのふりをしてくれてたの?」


綾波は目を見開いて驚いていた


「しってたの…」
「うん、すぐにわかった。かあさんだって言えば僕の前に堂々と、みんながいてもこれるもんね…それに…かあさんなら父さんの事も心配なはずでしょ?」
「そう…」
「でも嬉しかった」
「…」
「ありがとう」

綾波は僕を見つめて
「…かあさんとシンジ」
「うん、かあさん」



僕は綾波に甘えていた
綾波の乳房をくわえ
目を閉じていた

「ねえ、綾波」
「なに?」
「もう持ってきた命はないんでしょう?」
「ええ」
「次の星でどうするの?また誰かと一緒に命を作るの?」
「たくさん…」
「え?」
「碇君からたくさんもらった」

綾波は子宮のあたりを優しく撫でていた

「そっか」
「ええ…だから次の星で芽生える生命は“シンジ”」
「え!?…はは!じゃあその星は僕だらけだね」
「ええ、楽しみ」

僕も綾波のおなかをさすった

「ねえ」
「なに?」
「いつになるか解らないけど…僕に子供が出来たら“レイ”って名前にする…約束する」

「ありがとう」
「うん」




僕は一体何日くらいここで綾波と愛し合ったんだろう
いや
ほんの一瞬だったかも

でも

もう僕は僕だけのものじゃない

だからアスカのところに帰らなきゃ

「綾波…」

「………いってらっしゃい」

綾波は小さな欠片を僕にくれた

「私から碇君へ」

キラキラする綺麗な欠片

「碇君のこれからをきっともっと素敵にしてくれる」

「ありがとう…大切にする」

「ええ…」

「綾波」

「なに?」

「君は僕のお月様」

「?」

「アスカはね、僕の太陽なんだ。手をかざせば暖かくて、僕のことを明るく照らしてくれて…もしアスカが居なけりゃ僕は生きていけない」

「…」

「綾波はね、僕のお月様で、手を伸ばしても届かなくて、でも…僕に夜が訪れるといつでもそこにいてくれるんだ、満ちたり欠けたり姿を変えながら…それに」

「それに?」

「目を凝らせば昼だって月は空にある」

「ありがとう」

「うん」

「碇君」

「綾波」






「いってきます」

「いってらっしゃい」









僕はアスカの元へ帰った

僕は僕を運んでくれた天使にお礼を言った
「ありがとう」
天使は喜んでくれた

そのまま僕はアスカの横に寝転がり空を見つめた

もうそこに綾波はいない

そう思うと涙があふれてきた

さよならは言わない
またすぐに逢えるから

たったの50億年

それだけ待てばいいだけ
悲しくなんかない

僕は泣いてなんかない
泣き叫んでなんかない

綾波とほんの少しの間別れることなんか悲しくなんかない

かあさんの思い出をくれた綾波との別れを嘆いてなんかいない

綾波との思い出なんかいくらでもある



“だいじょうぶ…碇君には太陽がある”



「ありがとう」



手が暖かい
振り向くとアスカが僕に手をやさしく包んでくれた

僕はアスカがくれたジュースを握り締め立ち上がった

赤く染まった芦ノ湖

その湖面に立つアダム

お前一人でなにが出来る!

僕はアダムに缶を投げつけた

アスカも投げつけた

アダムは肩をすぼめて見せると消えてしまった

「もう大丈夫」
僕はアスカに微笑む
「うん」
アスカも

「いこう!アスカ!」
「うん!」

僕たちは手をつないで歩き出した
行き先は決まってる

さあいこう!





僕たちは綾波の部屋を目指した

途中で倒れている人たちをたくさん見かけた
みんな明日になれば目をさまし
日常に帰る

僕らが選んだ未来を、みんなで歩み始める

りっちゃんも倒れていた

でも

どこを探しても

ミサトさんと父さんは見つからなかった


父さんはかあさんのいる世界へ旅立ってしまった



エレベーターは動いていた
エレベーターの中でアスカは僕のにおいをかいで

「浮気もの」

そういいながら小突いてきた


綾波の部屋
僕はアスカの手を握り締めた

綾波の部屋は相変わらず散らかっていて

でも

綾波の宝物は全部なくなっていた

きっと今頃綾波は
携帯を眺めてはにやつき
写真を見ては満足し
ワンピースを見ては興奮してるんだと思うと

アスカと二人、顔を見合わせ笑った



僕のポケットの中にしまっていたキラキラが突然消えた

誰かがいる

部屋を見渡す

見つけた

ベットに人が二人

綾波と同じ色の髪をした女の人と女の子

僕は確かめずにはいられなかった

そんな僕の姿を見たアスカは諭すように
「綾波さんじゃないよ…シンジ」

わかってる…わかってるけど…
「…わかってる、でも…誰だろう?」

僕が触れると女の人が目をさました

目の色も綾波と同じだった

「…ここは…あなた達は?」

アスカは少し警戒したように
「ここは第三新東京、私たちはアスカ・ラングレーと」
僕も
「碇シンジです」

「碇…シンジ…シンジ!…シンジ!」

女の人は僕の名前を繰り返し歓喜するように涙を流した
そしてよろよろと立ち上がると僕を力いっぱい抱きしめた

「シンジ!あぁ!夢じゃないのね!あなたがシンジなの?よく顔を見せてちょうだい」

女の人はアスカと同じにおいがして

「あ…あの…」

「シンジは今いくつになったの?12?13?お父さんは?冬月先生は?」

「えぇ…と…あの」

「あぁ…夢じゃないのね!でも、夢の通りになったわ!」

「あの…あの…」

「シンジ!母さんにもっとよく顔を見せて!」


僕は綾波のくれた欠片の意味がわかった


「お母さん?シンジの?」
アスカは驚いている


「あの…すいません」
アスカはおずおずと

かあさんはまるで小さな子供に話しかけるように
「あなたは?シンジのお友達?」

「私は…」



「僕のアスカだよ…僕のお母さんで、お姉さんで、先生で、友達で、恋人で…僕の一番大切な人だ」

「そう…シンジの大切な人なの」
かあさんは嬉しそうに笑ってくれた


僕はかあさんの笑顔を見るととても嬉しく
「お帰り、かあさん…おかえりなさい」

「ただいま…シンジ…ただいま」
かあさんを抱きしめた



かあさんは僕に話をしてくれた
かあさんは夢を見て
その夢を信じて綾波とひとつになり僕に世界を残してくれた

アスカは自分のプラグスーツをかあさんに貸すと
綾波の山積みの服の中からお気に入りを引っ張り出して袖をとおした
やっぱり胸元は緩いみたい


僕は少し我に返って
かあさんにどう接していいかわかんなくて
かあさんが寄ってくると、ちょっとずつ僕は距離をとってしまう

「しょうがないわね」

かあさんは少し残念そうだった

ベッドに腰掛ける僕たち
かあさんはもう一人の女の子の頭をなでた
女の子が目をさます

「ここ…どこ?」
女の子が目をぱちぱちさせあたりを見渡す

僕は女のこの前にしゃがみこむと

「おはよう」

「うん、おはよう」
元気に返事をしてくれた

僕は女のこを膝に乗せ毛布をかけてあげた
女の子は屈託のない笑顔で僕に聞く

「お兄ちゃん、ここどこ?」
「ここ?…うぅ〜ん…あ!そうだ!これ、あげる」

僕は綾波にもらったキャンディーを女の子に食べさせてあげた

「おいしい?」
「うん!」
嬉しそうな顔

「ねえ、お名前はなんていうの?」


「かつらぎみさと」


「そう…ミサトちゃんか…はじめましてミサトちゃん」


アスカは僕と一緒に少し大人になり
だから僕にウソをついた

愉快で
ばかばかしくて
冷え切った墓石みたいだけど
どこか憎めなくて
優しかったミサトさん

もういないんだね
でも
魂は僕たちが望んだ世界を選んでくれた

ありがとう綾波



僕はミサトちゃんを抱きしめた

少し泣きたかったけど
我慢した

「おにいさんいいにおいがする!」

ミサトちゃんは嬉しそうに笑ってくれた


僕たちは寄り添って一夜を明かし
再び世界が動き出すのを待った




「よく無事で…」
部屋に入ってくるなりりっちゃんはアスカと僕を抱きしめた

世界は今、全ての膿を吹き出した有様らしい

「おかえりなさい…」
涙を流しながらりっちゃんがささやいた

「「ただいま」」

「外があんまりひどいから…二人ともエヴァにもいなかったし…心配したのよ…ほんとにもう」

世界が動き出してすぐ
りっちゃんは僕たちを探し回ってくれた

ありがとう

「あぁ…ごめんなさい…そちらの方は?」
りっちゃんはかあさんを見ると怪訝な顔でそういった


「私は六文儀ユイ」
「六文儀さん?」
「あなたたちには“碇ユイ”か“綾波レイ”って言ったほうが通じるかしら」

かあさんはりっちゃんたちを見ると
まるでいやみでも言うようにそう吐き捨てた

「碇…綾波レイ…まさか…」

「えぇ…碇シンジの…六文儀シンジの母です」


おどろいた
かあさんの口から出る言葉は驚きだった

僕の本当の苗字は“六文儀”で“碇”は偽名だった

僕はドイツに渡るまでは“六文儀シンジ”で
ドイツに行ってからは“碇シンジ”で

僕が日本に残してきた色んなものは全部処分されていて

まるでドラマみたいな
そんな気分だ




一月がたった

「デア・グロス・クラッシュ」

あの日の事を世間はそう呼んでいる

僕たちは本部の地下で暮らしている

ミサトちゃんは伊吹さんが施設へ連れて行った
僕はしょっちゅう遊びに行ってる

近い将来
僕とミサトちゃんは家族になる

じゃなけりゃミサトさんは綾波の姿でこの世界に戻ってきた意味がない



学校には行ってない
もうあの学校には行けない

でも大丈夫
僕のそばにはアスカがいて
皆との想い出もある

だから平気



かあさんはもう一度
僕の存在をこの世界から消した
世界中のコンピューターをハッキングし
僕の記録を世界中から消し去った


碇シンジは皆の記憶の中のだけにいる



僕の悩み

あれほど焦がれていたかあさん

でも

どうしてもなじめない

かあさんが近づいてくると
どうしてもアスカの影に隠れてしまう


わかってる

自分が信じられないんだ

かあさんをかあさんだって
そう思うと
アスカを失いそうで


そんな毎日を送るうちに
見かねたアスカが僕をかあさんの前に突き出し
僕はかあさんとアスカに挟まれた

「ねえシンジ、今はまだ不自然かも知れないけど…かあさんと暮らしましょう」

僕はどうしてもかあさんを直視できない

「千葉にね、かあさんの実家があるの。そこで二人で暮らしましょう」

アスカも僕に

「ねぇシンジ、お母さんと暮らそう。私のことは気にしないで…ね」

僕は首を振るのが精一杯で

「シンジ…かあさん一生懸命あなたにお母さんだって認めてもらえるように努力するわ」

「…一人じゃいやだ」

やっと言葉が出た

「ごめんなさいね、今までシンジを一人…」

「ちがう!」

僕の言葉は堰を切った

「僕は!僕は!アスカがいて!りっちゃんがいて!それが家族なんだ!かあさんがかあさんだって!僕もわかろうとしてる!でも!でも!」

涙も

「僕はアスカがいなきゃ嫌だ!」



僕は僕の思いをようやくかあさんに伝える事が出来た



僕たちは家族になった


かあさんとりっちゃんが何かの話をしていて
「そうね…10年も経ってるのよね…私も38だって突然言われても…ついこの間まで20代だったのよ!?」

それを聞いたりっちゃんの顔は
うん…
なんていうのかな
一生忘れられないね



それとかあさんの僕に対する接し方が
4才の時のまんまで
それを見たアスカが大笑いしたり


でも一番アレだったのが…
千葉に引っ越した最初の日

りっちゃんは仕事の都合でまだ一緒に住めなくて
三人で食事をして
アスカとお風呂に入って
アスカとベッドに入った

かあさんは
「オネショしちゃだめよ」
なんていって
なぜかアスカが
「はーい」
って元気よく答えて

二人で少しお話をして
アスカが僕に
だから僕もアスカに

だんだん盛り上がってきて
アスカの声がどんどん大きくなって

「シンジ!大好き!ねぇ!大好き!」

ガラッ

突然戸が開いて
かあさんが笑顔で覗いてきて
「まぁ!二人はほんとに仲良し…」

そこまで言ったかあさんの笑顔が固まって

僕もとりあえず笑って

アスカは幸せそうに僕の胸に顔を埋めてて

「シンジ…アスカちゃん…ちょっといらっしゃい」



大音量で響くかあさんのお説教
その夜
僕とかあさんはようやく本当に親子に戻れた




そうそう!
そのお説教なんだけどさ!
まったく一緒だったんだよ!
あの日の綾波と!



おわり



フォークリフトさんから「思い出せないけど」最終話「空に太陽 天に月」をいただきました。

おつかれさまでした、フォークリフトさん。
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