いつもと同じ夢
ここより先も、ここから後も何度も見てきた

でも、この夢は絶対に秘密

やっと開放された
これでシンジの待つ我が家に帰れる
国連も自衛隊もユーロも中国もぜーんぶだいっきらい!

早く帰ってシンジにあんなことしよう
早く帰ってシンジにあんなことしてもらおう
毎日そんな事ばかり考えていた

黒塗の車で送ってもらう
家に近づいていくほど憂鬱になる

あんなに会いたかったのに
どうしよう…なんて言おう
 
私が何をしてきたか…
とても言う気にはなれない…

玄関の前に立つ
いったいどれくらいこうしてるんだろう
いっそこのまま戻ってしまったほうが…
でも…せめてひと目シンジに…

震える指でチャイムを押す

足音が聞こえる
喉が痛いほど乾く

「はーい」

シンジの声
昨日電話で話したのに
何で涙が出てくるの?

戸が開く
私を見て笑顔になるシンジ
「お帰り!アスカ!ずっと待ってたんだよ」

目深に帽子をかぶる
涙が止まらない
シンジが私の手から荷物を奪い取る
「さあ、アスカ」

手を引き私を連れ込む

私は玄関で立ち止まる
「…どうしたの?忘れ物?」
シンジのとぼけたような声

泣き声になるのを我慢して声を振り絞る
「私、わるい子なの…」

帽子を脱ぐと胸元で握りつぶす
「たくさん人を殺してきたの」

涙が止まらない
「こんなことするためにエヴァに乗ってたんじゃないのに」

もう声にもならない
「シンジや皆を守りたかっただけなのに…」

立ち去ろうとした
シンジが人殺しと一緒にいちゃいけない
震える足で駆け出そうとした

でも動けない
シンジが抱きしめてるから

「アスカがどんなことしても、誰がなんていっても、僕はアスカの事許す」
涙がシンジの胸をぬらす
「アスカの事を世界中が悪くいったって僕がアスカのこと許す」
シンジの胸で泣くのは何回目だろう?何百回目だろう?
「だから僕と一緒にいよう…」

ソファーの上でシンジにもたれかかり涙を流した
ずっと抱きしめてくれるシンジ
「ねえシンジ」
「なに?」
そう言いながら強く抱きしめてくれるシンジ
「私わるい子なの…だから」
「だから?」
はなをすする
シンジが笑ってる

「だから私のことおしおきして」
えぇ?って顔のシンジ
でも
「いいよ、悪いアスカにいっぱいおしおきする」

シンジになら何をされてもいい
ぶたれてもいい
口汚く罵られてもいい
もし、私の人生の幕をシンジが下ろすなら

かまわない

シンジに抱き上げられる

「じゃあ最初のおしおき」
シンジが私の唇を奪う

あ…シンジ…




目が覚めた
もう…ここからがいいところなのに…
シャワーも浴びず、シンジにたっぷり“おしおき”されるのに…
もう!

横で寝息をたてるシンジ
何年かしたらあんなエッチな男になちゃう

眠るシンジの耳元でつぶやく
「ねえシンジ…おしおき…して」

ふふふ…
さあ起きよう!
料理の下ごしらえしなくっちゃ!
まったくシンジったら
めんどくさい事ばっかり私にやらせるんだから…


昨日シンジに頼まれた
「綾波のいえに遊びに行きたいんだ」
まあ、いいけど…何でいちいち私に…

「綾波一人だからなんかご飯もって行ってあげようと思って」
まぁ…いいけど

「で、これが綾波の家の場所なんだけど」
………マジで?

「アスカちゃんならここ入れるでしょう?」
まあ…

そんなわけで本部重要警備区域、通称レベルEまでお弁当もって遊びに行く羽目に…
せっかくの休みも台無し…

テーブルの上には夕べ作ったクッキー
シンジと私でつくったクッキー
でかくて黒くていびつなのがシンジが作ったほう
あれ…食べさせる気よね…リリスに…
リツコだって「味見して」って言われて泣きそうになってたのに…

これが原因で人類がリリスから見捨てられたりするんじゃないかしら…

ちょっと心配


リツコが起きてきた
何でも今日は自衛隊の人と待ち合わせらしい
「恋が芽生えるといいわね」
って言ったら
「子持ちよ、しかもおじさん」
だって

じぶんだっておば…
うわぁ…にらんでる…さすがニュータイプ

まずいなぁ話題を変えよう
「すずめって朝から元気よね、もう目覚ましなんかいらないくらい」
頭をかきながら牛乳を飲むリツコ…
だから未婚三十路なんじゃない?
「ねえアスカ、知ってる?昔学校にいた神父様に聞いたの」
神父?そんな学校にいたの!?
「すずめって天国からやってくる人の魂が見えるんだって」
「へぇ…初めて聞いた」
「ガフの部屋だか扉だか忘れたけど…そこから人の魂が降りてきて新しい生命が誕生するんだって」
「へえ〜なんか素敵ね」
「だからすずめの声がよく聞こえる乙女は必ず母親になるんですって」

そっか
だからあの夢のときは
シンジに求婚される夢のときはすずめが鳴いてるんだ

「私にも聞こえてるんだけどね…」
自分で言っといて…コップをくるくる回すリツコ


目覚ましが鳴る

シンジが起きてきた
「おはようりっちゃん…アスカちゃん」
目をこすりながら洗面台に向かうシンジ

面白い事思いついたような顔のリツコ
「ねえアスカ、シンジ君随分とレイちゃんにお熱じゃない?」
いじわるく笑っちゃって
もう…
「旦那が浮気性だと嫁は苦労するのよ!」


シンジが手伝うって言い出した…
リツコは急に仕度を始めた
夕べで懲りたらしい…
そりゃそうね…石炭みたいなクッキーだもんね…
「じゃあシンジはジャムサンド作って」
とにかく見張ってなきゃ…ジャムと何かの奇跡のコラボが始まっちゃう

冷蔵庫からジャムの瓶と…あぁ…シンジ…ジャムとバナナで何する気なの?あと、その胸焼けしそうなクリームは?
「シンジ?ジャムだけでいいのよ」
「大丈夫だよ、丸ごとバナナみたいにすれば」

あぁ神様…なぜあなたはシンジにこんな発想力をおあたえになられたのですか?

危険な三色パンが出来上がってゆく…

「じゃあ行ってくるわ」
急いで出かけようとするリツコ

そうは行かないわよ

シンジをつれて行く手を阻む
「ねえ?リツコ、シンジが手伝ってくれたんだけど…味見してくれない?」
「りっちゃん、はい!」

ジャムを塗りたくった食パンは、危険水域いっぱいまでクリームを湛え、その間で見事な隊列を組むバナナ

まさに奇跡だ

恐怖に引きつった笑顔で見つめるリツコ
「これから会食なのよ…」
逃がさないわよ…
「お昼でしょ?食事って言っても」
目をそらすリツコ
「ちょっと胃がもたれてて」
ばかねぇ…
「大丈夫だよりっちゃん、果物だし」
目の前に差し出すシンジ

さぁ、のーうぇーあうつ

ガス室に放り込まれる囚人みたいな顔してほおばって

おつとめご苦労様です

私も悪魔じゃないから…コーヒーを差し出す

必死にコーヒーで流し込むリツコ
「どう?おいしい?」
笑顔のシンジ

「…え・えぇ…ねえシンジ君?これ別々のほうが…その…味が引き立って…そっちのほうがいいと思うわ」

さすが大人、うまいこという

そう?なんていいながら首をかしげるシンジ

「い…いってきま…す」

「りちゃんいってらしゃーい!」

いろんな意味で
「がんばってね〜」

あーあれ、絶対吐くわね…




シンジは本部警備部で入館手続き
昨日シンジに頼まれて連絡入れたら
「承っております」
って、言ったたけど
ほんとにあっさり許可が出た
さすがリリス

E層、第4フロアー、ルームナンバーゼロ

そこがリリスの部屋

秘密保持のためにシンジは途中まで目隠し
エヴァに乗せといて秘密保持もクソもないでしょうに…

シンジはE層につくと目隠しをはずされる
「この地図の通りに向かってください、それ以外の通路に侵入したり部屋に入れば即拘束されます」

シンジに地図をわたすと自動小銃を担いだ警備部員達は帰って行った
私には目もくれない
私も一言も喋らない

やっぱり大人なんて嫌いだ
その小銃は何のために持ってきたの?
相手は中学生よ?
馬鹿じゃないの?

すぐに部屋の前についた
そこらじゅうシャッター下ろしといて「地図の通り」もクソもないわよ

シンジがドアーをノックする
ロケットランチャーだってきかなそうな扉叩いて中に聞こえるのかしら?

「出かけてるのかなぁ?」
もう一回ノックするシンジ

「聞こえてないんじゃない?」
ドアーの横にあった開閉ノブを回す

バシューってすごい音がして扉が開く

「さあ入るわよ」
生命の母の部屋に侵入ね
「おじゃましまぁーす」

うわぁー
ひろいなぁー
それにしても何にも無い
ベットとイスとクローゼット
あと小さな机
そこらじゅうに脱ぎ散らかした服や下着
もう…シンジが目のやり場に困ってるじゃない
それにしても…リリスはどこだろう?
ん?
なんでこんな部屋にカーテンが?
シンジとめくってみた

「うわぁ!」

シンジがしりもちをつく

「何やってんのよ!あんた!」

私たちが目にしたのは巨大な円筒形の水槽の中で気持ちよさそうに漂う裸体のリリス
私たちに気づき微笑んでる

水槽の中の液体がどんどん下がってゆき、中が空になると、円筒状の外周が持ち上がり天井に格納されてゆく

「いらっしゃい」

当然全裸で私たちを迎えるリリス
真っ赤な顔で視線をそらすシンジ

もう!

「ちょとあんた!…じゃなかった綾波さん」
「いらっしゃい…」
はぁ…
「『いらっしゃい』じゃなくて服着てくれない!?」
「そう?わかった…」
何が疑問なのよ?!まったく
「シンジはお弁当広げて!」
「え・あ…うん」
「レジャーシート持ってきてるからそれを広げて」
「うん」

私はそこらじゅうに散らばる汚れ物を拾い集める
「綾波さん、洗濯物はどこに入れるの?」
どうみてもゴミ箱なダンボールを指差すリリス
なんて贅沢!使い捨て?!

「それから綾波さん」
かわいいワンピースを着たリリスの肩を組み、話しかける
「わるいんだけど下着もつけてもらえないかしら」

思いっきりめんどくさそうな顔されちゃった…なんて女?!

それに…LCLの匂い


床にレジャーシートを広げその上にお弁当をならべる
入館を拒否されたらリリスを呼び出して外で食べようと思って持ってきたのに…
まさか室内で使うなんて…

準備が終わるとシンジが
「ねえ綾波、トイレ貸して」
リリスが指差す

ふーん、水周りはちゃんとしてるんだ…って、まった!
「シンジ!先行かして!」
シンジを押しのけトイレに向かう
「あ…いいけど…そんなに?」
部屋があの有様ならトイレの汚物入れなんて溢れてるに決まってるじゃない!
男の子が来るのに!まったく!

あれ?

トイレはトイレだけど…
使ってるの?ここ?

思わず見回しちゃう

ぱたん

何だろう?
やっぱり人間じゃないからかな?

ん?
あ!
まずい!

「アスカちゃん手洗った?」

だめよ!

リリスが手にしている黒い塊
リツコいわく
「小麦からできた奇跡の物体」
もし、使徒以外にリリスと接触さててはいけない物体があるなら…それは

ぼり…ぼりぼりぼり

「どお?おいしい?僕が作ったんだ」

携帯…どこしまったっけ…ミサトに非常事態を連絡しないと!人類の危機だ!

「堅くて…苦くて…味がしないけど…碇くんが作ったの?」
シンジが笑顔で
「うん!綾波なら…その…かあさんみたいに…なんかいってくれるかなぁ…って」

「そう…おいしかった」

まるで何事もなくあの物体を食べきったリリス

シンジは嬉しそうに
「このサンドイッチも僕が作ったんだ!」

魔の三重奏はリツコの献身で回避したが…何かの恨みでも晴らすように塗りたくられたジャム…

ぱく…ぐちょぐちょぐちょ

「どお?おいしいでしょう!」
どうしてそんなに自信満々でいられるのかしら?
シンジ…あなたに足りないものがあるとすればそれは「味見」…
あぁ神様…どうか、あの優しく思いやりもあり心の美しい将来の夫にそれを与えてください…

「あまくてべとべとする…でも…おいしかった」


とにかくリリスに飲み物をすすめる
いくらなんでも無理しすぎよ!

ご機嫌でトイレに向かうシンジ

ぱたん

よし…
「あん…綾波さん、大丈夫?」
お茶を飲みながら視線だけ向けるリリス
「…なにが?」
「胸焼けとか…無理しなくていいわよ…」
「胸?」
リリスは自分の胸を見つめ
「焼けてない…」

いやぁ…まいるわ…

「おいしかった…」
え?
「碇くんが一生懸命作った固まりもべとべとも…」

本気?味覚あるの?

「シンジいっしょうけんめい、かあさんうれしい」
お茶を見つめながらつぶやくリリス…

「そう…」

一番の調味料は“愛情”か…


シンジが戻ってきた

「さあ食べましょう!」

デザートに用意したりんご
日本に来てからりんごの高さにビックリしたけど

そのりんごを起用にむいていくリリス…
おどろいた

シンジが嬉しそうにながめてる

きっとママの姿を重ねてるんだろうな

きれいに切り分けて私たちに渡す
あれ?自分は食べないの?
シンジも気になるみたい
「綾波、りんご食べないの?」

「知恵の実…」
りんごのヘタを持って見つめるリリス

知恵の実…いやな思い出なんだろうな…何億年も前なんだろうけど…

「綾波さん嫌いなんでしょう?りんご、気にしないで食べちゃいましょう」

不思議そうにリリスを見ながらりんごをほうばるシンジ

りんごの芯を見つめるリリス…
「碇くん」
「え?ほしいの?」
首を振るリリス
「生命の実と知恵の実…どっちがよかった?」
「え?…うーん、知恵の実かなぁ〜もっと漢字読めるようになりたいし」

嬉しそうにりんごの芯を見つめるリリス
「そう…よかった…」




何にもない部屋で時間をつぶす
「ねえ綾波さん、外に出て買い物でもしない?」
「いい…」
はぁ…
何やってんのかしら…わたし…
シンジを見つめる
ん?
シンジがもじもじしながらリリスをちらちらみてる

しょうがないなぁ…

「ねぇ綾波さん、シンジが聞きたい事あるんだって」
照れくさそうにうつむくシンジ

シンジを覗き込むようにするリリス
「碇くん…なに?」

シンジはうつむいたまま
照れくさそうに
「あのさ…もし知ってたらでいいんだけど…かあさんて、どんな…どんなひとだったのかな?優しかったのかな?綾波、かあさんのこと知ってるんでんでしょ? 父さんに聞いても『あぁ』とか『そうだ』とかしか言ってくれないし…」


リリスが机に向かい引き出しから何かを取り出しシンジにわたす

「私と碇くん」

額縁だ…
覗き込む
写真…女の人と男の子…レンズを見上げるように笑ってる
「かあさん…」
「そう…わたしと碇くん」
「かあさんが笑ってる」

昔、私がシンジを喜ばせようと、データベースから見つけてきたシンジのママの写真は、IDカード用の無表情なものだった
テストパイロットだったシンジのママは私と同じ理由でほとんど写真が残っていない
だからシンジが持ってるシンジのママの写真はまるで証明写真みたいなそれっきりだった

いま、リリスにわたされた額縁は無防備な笑顔の二人
まるでその場の事がわかるような一枚

ほら、シンジ!ばんざーい
ばんさーい!
いいぞ…シンジ

カシャ

ふふふ、ねえあなた、今度は私が撮ってあげる…


きっとそんな風にしてとった一枚

シンジが額縁を抱きしめてうつむく
「かあさんが笑ってる…」

シンジの頭をなでてあげる
よかったね…シンジ…よかったね

「あげる…」

え?

「碇くんにあげる」

「あげるって…大切にしまってあって…あんたも大切にしてたんでしょう?」
額縁を抱いてうずくまるシンジを見つめるリリス
「シンジはやさしいこ、かあさんのたからもの」
でも…
「あんたも大切なんでしょ?この写真」
見つめたままのリリス
「かあさんのたからものはシンジ」

……わかった

「シンジ!おきなさい!」
「うん…」
もぞもぞ起き上がるシンジ
大事そうに胸に額縁を抱えて

私はリリスを見つめる
「綾波さん、外に行きましょう」
二人の手を引くと本部内の緑地帯にむかった

木陰を見つけ
「シンジ、ケータイ貸して」
シンジから受け取るとカメラモードで最高画質に設定して
「二人の写真撮ってあげるから、こっち向いて」
きょとんとする二人
「もう!あんたたち親子なんでしょう!ほら!」
無理やりくっつけて手も握らす
照れくさそうに笑うシンジと嬉しそうに微笑むリリス

ピロリン♪

よし!
「じゃあついてきて!」

本部内に併設されているコンビニに入るとデジカメプリントの機械にカードを入れ一番大きなサイズでプリントする

出てきた写真をリリスにわたす
「これとさっきの写真と交換、それでいいでしょう」

写真を見つめるリリス
「ありがとう…」

シンジのママに負けないくらい素敵な笑顔で写っているリリス
照れくさそうに手を握っているシンジ

「あー!世話の焼けるやつらね!」

「アスカちゃん、ありがとう」

ぷいっ!てそっぽを向いた



よかったね…シンジ…


部屋に戻ってもリリスは写真をずっと眺めている

さすがにシンジはママとの写真は満足したらしく、部屋の物色を始めた
「ねぇ綾波、これ何?」
シンジが黒くて穴がたくさん開いた置物を指差す
リリスは写真から視線を離さず答える
「電話…」

えぇ!?

言われてみれば受話器みたいなのがのってるけど…
なにこれ?

シンジが穴に指を突っ込み
「ボタン壊れてるよ?」

私も穴に指を入れる
「ほんとだ…綾波さんこれ壊れてるの?」

リリスは人差し指を立てると、クルクルまわす
「時計と同じ方向…」

んん?時計?

じーこじーこ

「あ!」
こうやって使うのか!
ためしにシンジの携帯にかけてみる

着信!

すごい!

「ねえ綾波さん!これ秘密回線かなんかでしょ?すごいわね!これならまず電話だって思われないもんね!」

あれ?リリスなんだか不機嫌?
何でだろう?

「シンジのともだちいじわる、かあさんをおばさんあつかい」

えぇ〜なんでリリスの機嫌損ねちゃったの?


しばらくするとリリスは「は!」って顔して写真と自分を交互にみる
「どうしたの?!」

えぇ!
おどろいちゃう!
シンジの顔をとりあえずあっちに向ける
なんか「ごき!」って鳴っちゃった…ごめんねシンジ
あう!ってシンジの声…
ごめんね…でも…だって…

だって…リリスが突然服脱ぐんだもん

リリスは焦るようにゴミ箱代わりのダンボールをあさると一本のハンガーを取り出す

脱ぎ捨てたワンピースにハンガーを通すと壁にかける
満足げに写真とワンピースを交互に見つめる

あぁ…そういうことね…

「ねえ綾波さん」

ワンピースを見つめるリリス
「…何?」

「わるいんだけど服着てくれない?一応シンジも男の子なんで」

リリスは自分の胸に手を当てブラのカップをポンポンたたく
「きてる…」

あぁ…もう…
「下着のほかに…着てくれない?」

リリスが私をにらみつける
言いたいことはわかるわよ…
さっきは下着つけろって言っといて今度は下着姿に文句つけるの?
そんなところね
はぁ…

「おねがい…男の子の前なんだし…ね?」

リリスはめんどくさそうに新しい服に袖を通した

でももったいないなあ…
「ねえ綾波さん」
「…なに?」
「脱いだ服もういらないの?」
「ええ…」
ほんともったいない
そうだ
「ねえ、いらなくなった服、交換しない?」
「だめ」
え?即答?

リリスは掛けてあるワンピースの前に立ちふさがる
「あぁ、それじゃなくてあっち」
ダンボールを指差す
リリスが見つめる
「あれならいい」

よし!きまり!
「じゃあ今度私のいらない服もってくるから交換ね!」
ん?シンジが私とリリスを交互に見てる
「アスカちゃん?」
「なに?」
「その…サイズとか平気?」
なにいってんのかしら?そんなにかわらな…

「わるかったわねぇ…」

バストのこといってんのね…
このばか!

シンジの目の前に立ってにらみつける
「どこのサイズのことかしら?」
「……べつに…」

まったく!


リリスに今度はうちに遊びに来なさいっていうとうなずいてくれた
とりあえず明後日、服を持ってもう一回遊びに来る約束をした
シンジが
「綾波…写真ありがとう」
嬉しそうに言うと
リリスはだまってうなずいた
そして

「…写真…ありがとう」

私に対してだった

「写真ぐらいいくらでもいいわ!何なら今度三人でプールでも行きましょう」
笑顔のリリス
「プール…シンジはかなづち…かあさんしんぱい」
シンジを見つめるリリス

エレベーターまで送ってもらった
シンジはそこでまた目隠し
リリスが不機嫌そうな顔をした
シンジと二人で手を振る
「「またくるね」」

「…いってらしゃい」

変な会話



翌日、使途が襲来した
一応シンジも召集され私のバックアップを指示される
マギの出した結果は私だけで150%勝てる
一回倒した後に半殺しにでもするのかしら?
ミサト曰く
「もしものときのため」
らしい

うそつき…
シンジのデータを取ろうとしてるくせに
一回だけっていってたのに…


結果から言うとシンジは足をひっぱただけ
でっかい蜘蛛みたいな使徒は私から必死に逃げ惑う
変なよだれみたいな液体撒き散らして

私はそんなの簡単によけれるんだけどシンジは…
「うわぁ!なんだよ!これ!」
とが
「いたい!いたたたたた!」
とか
もう射的の的
まったく…

「アスカ…もういいわ…」
ミサトも諦め
私がとっとと倒した

帰還するとシンジは即リツコのメディカルチェック
私はミサトに呼ばれ
「どう思う?」
どうって聞かれても
「どう…っていうか…まあ想像してた通り」
渋い顔のミサト
当てが外れちゃったのね
まあ、こんなもんよ
「…シンジ君戦闘に向いてないわね」
情けない顔のミサト

あたりまえよね
昔、わたしに格闘術を教えてくれた先生が、暇つぶしにシンジにも教えてくれた事がある
先生曰く
「シンジ君は心根の優しい子だ」

つまり向いてないってこと

ミサトはもう一回シンジをエヴァに乗せるよう私に頭を下げてきた

「別にいいけど…危ない事は…」
本当はいやだ…
シンジを守りたい…
いくら指令の肝煎りでも…シンジを危ない目にあわせたくない
私から見れば弱い使徒でも
シンジにとっては…


もうひとつ言われた事がある
「シンジ君がいると強いのよ、データより」

そおかもね…
今日もフィールドたたきつけてぺっちゃんこにしてやったし
シンジがいてくれたほうが…

だめ…

シンジに頼っちゃ…
私が守るの…



私の不安はもうひとつ
シンジがエヴァに乗ったこと喋っちゃわないか…
本部の人たちは大丈夫
ほとんどの人が知らされてないし
知っているのはほんの数人だけ
ほとんどの人はダミープラグでの起動って信じてる

シンジだいじょうぶかな?
しゃべっちゃわないかな…
不安だな…


夕食
シンジは申し訳なさそうにしている
「もう!そんなにいじけなくてもいいじゃない!」
「うん…」
「私だって何年もかかってるんだから!」
「うん…」
ほんとにもう…
手を握ってあげる
「シンジがいてくれるだけで私は十分なの…」

「ありがとう…」


すこしきずつけちゃったかな…




リリスと交換した服は結構フィトした
うん
わるくない

私の服に袖を通したリリスが
「…きつい」

シンジの笑い声

「なによ!自分がちょっと胸が大きいからって!失礼ね!」

「そう?…わからない」

こんなときばっかり!
ほんとに!
「胸元開ければいいでしょう!」

あ…
しまった…

シンジが目のやり場にこまってる
リリス、本当に胸元全開にしちゃった…
まったくもう!
「ほら!少しは恥らいなさいよ!」

私はおかあさんか?



部屋にはあの時のワンピースがかかったままだった




女子でシンジと仲のよかった山岸さんが転校する事になった
彼女のたってのお願いで最後にシンジとデートする事になった
ちょっと複雑な気持ちだけど
シンジと山岸さんは本当に友達として仲がよかったから
しょうがないかな…

本当はじゃましてやりたいけど

何でだろう?

最近私…



デートから帰ってきたシンジはとても寂しそうだった
ほとんど口もきかない
余計寂しくなっちゃたのね…

「ばか…」

そっとキスをした


変な雰囲気…

ベッドの中で寄り添って…

「ねえシンジ?」
「ん?」
なんにも聞く事なんかないのに…
「ねえ…」
「うん」

「なんでもない」
「うん」


休み時間、シンジはクラスの子と話してる
何でだろう?
昔はシンジがほかの子と話してるの見るだけでイライラしたのに
シンジへの想いが変ったわけじゃない…
前よりもっとスキなのに…

なにがあっても
どんな子がいても
絶対シンジは私の元に返ってくる…

そんな確信が…


「アスカ?」
「え?」
「どうしたの?ぼーっとして」
ぼーっと?してたのかなぁ?
「ほっとけや委員長、どーせ碇の事みとるだけや」
「きゃぁ!すてき!」
ははは…

シンジがこっちを見て微笑んだ



使徒襲来
ミサト達に今回が最後って約束してシンジも連れて行った
今日はシンジに火機を持たせる
っていってもエヴァ専用のピストル
まちがって私のエヴァを打っても傷ひとつつけれないような、何でこんなもの開発したのかわからない代物


出撃前、シンジにおまじないしてあげた後、シンジが耳元で
「ねえ、アスカちゃん」
「なに?」
「今日はがんばる」

ばか…
こずいてやった

男のプライドってやつかな?


空に浮かぶ斑模様のまあるい使途
シンジは私のすぐ後ろに
今回で最後なんだから少しシンジに華を持たせてあげよう
「いい?私が指示したら打つのよ、わかった?」
「うん」
まったく手のかかるダミープラグねぇ…

じりじり使途ににじり寄る
小さいころ、シンジをつれて虫を取りに行ったときもこんなだったな…
シンジが私に後ろについて歩いて…


何かおかしい

私の本能がそれを感じた
その瞬間
使徒が突然消え
私たちの頭上に現れる

「二人とも逃げて!」
ミサトの声が響く

銃声

シンジが頭上の使徒を打ち抜く

まるで効かない

突然エヴァが沈みだす
しまった!

とっさにビルによじ登る私

「たすけて!アスカちゃん!」

振り返るとシンジの初号機が腰まで沈んみもがいていた

私はシンジの初号機の腕を掴むと力いっぱい引き上げようとした
だめだ、ぴくりともしない
胸元まで沈んでしまった初号機

絶対に手ははなさない!
初号機が沈み、引きずられるように私も沈んで行く

「アスカ!はなして!」

ミサトの声が響く

いやだ!放すもんか!
絶対に!
はなすもんか!




無限に広がる空間
その中に閉じ込められてしまった
泣きながら謝るシンジをなだめ、非常モードに移行させる
「アスカちゃんごめんなさい…僕がアスカちゃんの言う事聞かなかったから…」
「いいから泣かない、男の子でしょう?いい?一番後ろにあるスイッチを右から順に押して」
「わかんないよぉ…」
「うしろむいて」
「うん…むいた」
「オレンジ色のボタン、わかる?」
「わかった…」
「右から順番に押して」
「うん…おした」

これで三日は持つ…
その間に何とかしよう

「アスカちゃん…」
「なに?」
「ごめん…」
「いい…きにしてない」
「うん…」
シンジ…守ってあげるからね

ソナーも帰ってこない
あれから30時間以上たっている
シンジは非常事態用の薬で眠っている
まったく…冬眠まで準備してあったとはね…
私も少し寝よう…




どうしても…
ひと目だけ…

私のわがままだった

「遠くから見るだけでいいから…」
瞳いっぱいに涙をため懇願した

いつもの黒塗の車ではなく、目立たぬようにワンボックスカーが用意されていた

シンジと二人、あの町へ向かう

ほんの3年前なのに
とても懐かしい…

車が止まる
「外には出ないでください」
やっとしゃべった運転手

窓の外には

「ヒカリ…」
コーヒーショップで楽しそうに女の子としゃべるヒカリ
高校の制服で…
私と同じだ…セーラー服なんだ…

ちょっと位なら…
ドアに手を掛けようとした瞬間

「だめだよアスカ、きっと、もっとつらくなる…」
シンジに止められた

「うん…」
わかってる

シンジが手を握り締めてくれた
涙が溢れる
頬を伝う

シンジがそっと私の手を離す
私は涙をぬぐった

「時間です」

運転手の声が響く

私はヒカリの姿が見えなくなっても外を眺めていた


「ありがとうシンジ…」
私は横を向く

誰もいない

シンジは?


そっか…

シンジはいないんだ…

だってあの時…




…ん

…ちゃん

…かちゃん

「アスカちゃん?」

シンジの声で目が覚めた

なんて夢だろう…

「どうしたの?」
答えながら時計を見る
もう41時間もたってる
たっぷり寝たのね

「なんか寒いんだ…」
寒い?
おかしい?
プラグ内の温調が止まるまであと20時間はあるはず…
「それに」
「それに?」
「変なにおいがする」

匂い?
まさか
LCLの循環が止まってる!?

「アスカちゃん…これ…大丈夫?」

なんてこと…

あぁ!
そうだ!
シンジはモード移行に手間取ったんだ
私より先にケーブルも断線してたんだ
なんてこと

「なんか少し暗くなってる…アスカちゃん…平気…だよね?」

照明まで…
もう末期だ…
何とかしなきゃ…

なにができるの?
私にできる事なんて使徒と戦うだけじゃない!
こんなときにシンジに何もしてあげられないじゃない!

「大丈夫よ、それより後ろ向いて」
「うん」
「ひだりっかわに小さいノブがあるの、わかる?」
「うん」
「回して」
「…あ!」

非常食
とにかく落ち着かせよう

「おなかすいたでしょ」
「うん」

食べ終わったシンジにもう一度、休眠薬を打たせる
「チックってするからやだなぁ…」
そういいながらシンジは眠りに落ちた


何度考えてもだめだ…
シンジを助けてあげる方法がない…

ここに閉じ込められてから55時間
そろそろシンジのプラグは生命維持限界を迎える

せめて一緒に死んであげよう
それなら私にもしてあげられる
何もできない私が今、唯一シンジにしてあげられること…

もうすぐシンジは眠ったまま安らかにそのときを迎えるはず…


「…かちゃん」

通信?
おきたの!?

「アスカちゃん」
「なに?」
自分でもビックリするくらい優しい声で答えた
「苦しくなってきた…なんか…目も…よく…見えない」
「大丈夫よ」
そう…大丈夫…シンジ一人だけ行かせない

突然右手に圧力を感じる
初号機が…シンジが私のエヴァの…私のてを握り締めた



「アスカちゃんと…一緒で…よかった…………ありがとう」


なにをしてたんだろう私は
ばかばかしい
いったい今までなにをしてたんだろう
なにが“何もしてあげられない”よ

立ち上がるとプラグの強制排出レバーに手をかけた

シンジの所に行こう
いって一緒にいてあげよう
もうそれでいい

外に出たからってなによ
シンジはすぐそこにいるじゃない

レバーを力いっぱい引くと警告音が鳴る
そんなの知らない
関係ない
思いっきり回そうとした
その時


ドクン


心臓の音みたいな…
そこからは覚えていない





「時間です」

運転手の声が響く

私はヒカリの姿が見えなくなっても外を眺めていた


「ありがとうシンジ…」
私は横を向く

シンジも泣いていた

私がシンジの手を握ってあげる

二人で涙を流した

どんなに現実がつらくても
もう一生、ヒカリや鈴原や霧島さんやクラスの皆に逢えなくても

シンジはいてくれる

ずっと

私のそばに

だって
約束したもの
ずっと一緒にいるって

「泣かないでアスカ」
「うん泣かない」
シンジの胸に顔をうずめ静かに涙を流した
私の頬にシンジの涙が落ちる

同じ高校の制服を着た私とヒカリ
ヒカリとお話して…シンジの文句を言って…またヒカリにキャーってくねくねされて…
また明日…

さよなら…ヒカリ…
また会いましょうね
シンジの胸の中でならいつでも会える




目が覚める
病室だ…

隣を見る
空のベッド

少しだるいけど体は動く

点滴の針を引っこ抜く

心電図をとるための吸盤を払いのけた

ベッドを降りると部屋を出た

向こうからかけてくる白衣の人影
ちょうどいい
大きな声で聞いた

「ねえ、シンジはどこ?」




極度の衰弱

シンジはまだ意識を戻していなかった

「何もしないわよ!」
そう言い張ってシンジのベッドの横に腰掛けた

駆けつけてきたミサトの説明では
私たちが取り込まれたと思ったら、私のエヴァが初号機を引きずりながら這い出し、球体ではなく影のほうを片手でバンバン殴りだしたそうだ

初号機の手を握り締めたまま拘束具を弾き飛ばし、暴れるエヴァ
そのたびにアスファルトのように砕かれる影
粉々になった影の上に立ち、初号機の首を猫のように口で持ち、両手で宙に浮く球体を引き裂く
上と下から上がる使徒の血しぶき

真っ赤に染まるエヴァ


私は何も覚えていない

リツコが教えてくれた
間違いなく私がやったらしい
ブラックボックスにも、絶叫しながらエヴァを操る私の姿が残っているそうだ

ママ…ありがとう
シンジも私もこの世界に帰ってくる事ができた

ありがとう…


ごめんね、シンジ
私は何もしてあげなかった…
そばに行くなんて、まず最初にしなきゃいけなかったのに

シンジが薄れてゆく意識の中、最後に願ったのは私のぬくもりだった
初号機はそれに答えた



シンジのてを握る

シンジ…

頬をなでた


私が意識を取り戻してから3日目
薄らとシンジの目が開いた

私は笑顔で

「おはよう」

声をかける

シンジが私を見つけると顔をぴくぴくさせた

笑おうとしてるんだ

「おみずのむ?」
小さくうなずいて答えるシンジ



ベッドの上から私を見つめるシンジ
微笑み返すわたし

シンジが消えそうな声で
「ありがと…」
わたしは笑顔でこたえる
「なに?…どうしたの?」
聞き取るのがやっとの小さな声で
「なんだか…眠くて…さみしくて…アスカちゃんがいればなぁって…」
「うん」
「ぼーっとしてたけど…覚えてる…アスカちゃんが僕の手を引いてあそこから連れ出してくれたの…ありがと…」
「うん」
「僕はアスカちゃんがいないと何にもできない…」

シンジの目に涙が浮かぶ

シンジをそっと抱き起こした
そのまま抱きしめる

シンジがいなきゃ何もできないのは私のほうだ…

「いいの…ねえシンジ」
「なに?」
「ずっと私のそばに居て…それだけでいい…」

「うん…」


シンジを抱きしめた
日が暮れるまで
ずっと

私の腕の中でシンジは眠りに落ちた


「アスカちゃん…かあさんのにおいがする」


そうつぶやきながら


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