今日は昔話を

特別に記憶の扉なんか開けちゃおうかな

もう、随分昔の事みたいに感じる




自分が、はーはーふーふー息する音がうるさい

わたしの右腕は砕け
体は無数に貫かれ
左目はさっきから見えない

仲間は二人とも、とうに力尽きていた

いつも騒がしいけど頼りになる黒いやつと
信じあえる白銀の子

でも私はこれっぽっちも諦めてなんかいない

だってそうでしょう?
シンジが夢中になってみてるヒーローはいっつもこんな状況から逆転してるわ

それに夕べ約束したもの
寝ぼけまなこのシンジと

「ついでにこの世界も守る」

って

嘘つきに成るのは御免ね

だからこいつを今から倒すの

そう想うと力がみなぎってきた
それでもきっと私は無事ではすまない
でも関係ないわ
シンジと“守る”って約束したんだから
守らなきゃ
もし守らなかったら

「おねえちゃんの嘘つき!」

って言われちゃう

そんなふうに言われるほうが何倍もたまらないわ

だから私は残された力で高く飛び上がった

本当はもう、わたしには戦う力は何も残されていない
ミサトも逃げろ逃げろって

残念!

やつを打ち砕く力も技もわたしには残ってないけど

それ以外の全部を叩き付けてやる!

愛と!
勇気と!
努力と!
根性と!

それで足りなきゃ人生も!





そして私は砕け散った

ヤツを道ずれに





意識が戻ったのは何日も後のことだ

砕け散ったはずの私は、この人間の体だけが残った

全ての力を失う代わりに生き残った

でもそんなことはどうでもよかった

これで嘘つきに成らずにすんだわけだし



わたしの意識が戻って
感極まって飛びついてきたミサトをひっぱたく

そこらじゅう痛いのに冗談じゃない!

しばらくしてミサトは落ち着き
今後の事を話してくれた

わたしたちは、全てを忘れ
そして、ただの人として生きてゆける

とても幸せだ

そんな話を聞くうちに
とても重要な事を思い出し
噛み付くようにミサトに
「今日何月何日!」
って叫んだ

ミサトはちょっと驚いた様子で
「三月二十…」

それを聞いて私はホッとした

間に合った

なにが?って

ひ・み・つ!






即退院をしたい!
ミサトにそう告げるとミサトは真顔で

「バカいわないで…ちゃんと直さないと一生不自由に…」

案外優しいのよね…ミサト…
でもわたしも譲れない

「自由の身なんでしょう?ちゃんと毎日通院するわ!お願い!」

なんて事を小一時間!
もうベッドの上じゃなきゃ土下座でもしようかって勢いで

結局ミサトは折れてくれた
「必ず毎日ここに来てちゃんと治すのよ!」
って言ってくれて

ほんとに嬉しかった

まぁ…未だに左目があれなのはしょうがないけどね

とにかく感謝感激で
思わず敬礼しようとしたら右手はギブスで固定されてて
まあしょうがないわよね
一回砕け散っちゃってんだから

それを見たミサトってば、面白そうに
「あらぁ?アスカ?もう一般人なんだからそんなことしなくていいんじゃない?」
なんて意地悪そうに言って




今日で最後だからって
家まではミサトが送ってくれた

車の中でいろんな事話したっけ…

去り際にミサトが
「いい?全部忘れてしまうのよ…全部…」

優しく言ってくれた

さんきゅー

最後の別れ…振り向かなかった

走り去る車の下品な排気音が遠ざかっていく

まあ私はそれどころじゃなく

一歩ごとに激痛が襲う
しょうがない
一回砕けてしまってるんだから

それにしてもリツコの薬ってのは効かないわね…
冷や汗が止まらないじゃない!

まあいいや


玄関を開けるとシンジが駆けて来て
「うわぁ!おばけみたい!包帯ぐるぐる!」

あはははは…
世界を守った女神様をおばけ扱いとは…
いいご身分ね


ママに「シンジに適当に説明しといて」ってお願いしたんだけど…

ほんとに適当に言ったのね!
なによ!
「なんかアスカ怪我したみたいよ?」
って一言だけ!?

ああ…もう…イヤになっちゃう

シンジもシンジで
「おねえちゃん弱虫だなぁ」
なんて言いながら、わたしに膝枕させて、私のおなかポンポン叩いて…

痛みでどうにかなっちゃいそう!



でも気持ちいい




シンジは不機嫌

しょうがないじゃない…
一緒にお風呂は無理よ…

別に私はいいけど…
今、私の裸見たら
シンジ…泣き出しちゃうわ

それにしても…やっぱりリツコの薬って効かないわね!
お菓子のラムネ以下よ!

あんまり私が痛がるから
シンジが心配しだして

安心させようとして
「シンジがなでてくれたら痛くなくなる」
って言ったら

呂律が回ってなかったのかな?

シンジ…きょとんとして
頷いて

私にしがみついて

眼帯外して

あぁ…驚いたのね…
しょうがないわよ…
私の左目は内出血がひどくて…
赤を通り越してどす黒くなってて…

それでもシンジは…

私の左目をなめてくれたの

もう…“なめる”じゃなくて“なでる”なんだけどなぁ…

まぁいいか

ふふふ…なんだか本当に痛みが引いていくみたい…





そうそう…
さよなら…ミサト
もう思い出さないわ
あなたの事も
あなたたちと一緒に戦った事も
記憶に残すのは「毎日通院する」って約束だけ

ありがとう…

私は本当に最後に残った力で
あの人たちと今までの事を記憶の扉の向こうにしまいこみ

私の記憶から消し去った




「あれ?おねえちゃん泣いてるの?よわむしだなぁ」

「ん?本当だ…なに泣いてんだろう?」




翌日 

私は突然いろんな事を思い出せなくなってしまった

まあ、病院に行かなきゃいけないのは自分を見ればわかるんだけど

それに、思い出せない事も小さな事ばっかりだけど…

しかし何かしら?
病院の先生…いい年して髪なんか染めちゃって
人のこと名前で呼んで…



それにしてもどうしたのかしら

時々シンジの名前がでて来なくなる…





翌々日

今日も通院
しかしなれなれしい医者ね
くれる薬も効かないし

これなら……シンジ…になめてもらうほうがまだ楽になるわ!

だから帰ってすぐに………シンジ?…に目をなめてもらったの

私の左目をなめる……シン…ジ?

何か色々…シ…ンジ…が話しかけてくるが…よく…わからない…思い出せない



三日目

金髪の藪女医の所から戻ると、家でかわいらしい男の子が待っていた

男の子は私にとても懐いていて
私のことを“おねえちゃん”って呼ぶの

私もこの子がとても可愛い

でもなんで思い出せないんだろう?

ママが私のことをチラッと見てため息を漏らすのがわかった

なんだろう?


かわいらしい男の子と一緒に眠る…

早くこの子の事…思い出さなきゃ…

この子もなんだか不安そうにして…かわいそうに…






夜が明けた

目が覚める

私は“惣流アスカ”

それは間違いない

じゃあこの子は?

何で一緒に寝てるのかしら?

男の子が目をさます

「おねえちゃん、おはよ」


「おねえちゃん?」

「おはよう」
男の子はそう言うと、目をこすりながら私の胸に顔を埋めようとしてきた

だから私は男のこの頭を抑えてそれを止めさせ

いったの


「あんた…だれ?」


男の子はひどく困惑して

何でかしら?
私はただあなたが誰か聞いただけなのに?

男の子は何か一生懸命私に説明してくれるんだけど
さっぱり理解できない

「ほんとにごめんなさい…あんた…誰なの?」

男の子は泣きそうになって…
何かを思いついたように、私の机を勝手にあさり、かわいい便箋を出し
私に差し出した

受け取って目を通す

“けっこんせいやくしょ”



覚えがないわ

よくわからないから、私はその紙切れを横に放り投げ、もう一度聞いてみたの


「あんた…なんなの?」


男の子は今にも泣き出さんばかりになり
必死に、私と自分は将来結婚するだの、私はこいつの“おねえちゃん”だとか言い出す


「なんのこと?」


よくわからないからそう言うと
男の子は泣き出してしまった


男の子の泣き声を聞き付けママが部屋に入ってくる
男の子は泣きじゃくりながらママに必死に何かを説明する

ママは男の子の話を聞くと
ため息をついて

私の頭をげんこつで一発!

そして…



「毎年毎年おんなじことを!よくも飽きずに!本当にいいかげんにしなさい!シンジ君泣くまでやるなんてバカじゃないの!まったく!毎年こんな事に三日も四日もかけて下準備して!」

そういいながら私の頭をゴンゴン何発も殴るママ

「はははは!ごめんごめん!シンジ!おいで!冗談よ!冗談!」

シンジはママの足にしがみつきながらまだ泣いてる

「エイプリルフールよ!四月馬鹿!」

私の一言でようやく事態を把握したシンジは
今度は別の意味で泣き出しちゃって

あはははは!
毎年引っかかるから!ついね!

いやぁ〜!
愉快愉快!

「ほら!シンジ!冗談よ!じょ・う・だ・ん!」

あらら…

シンジってばますます泣き出しちゃった

まあいっか!
毎年エイプリルフールはこんなだし!

今年も上出来!




さて!
昔話はここまで

あぁ…この話
ちょっとした落ちがあってね

怒っちゃったシンジがその日一日、私の目をなめてくれなかったの
おかげで今でも左目はちょっとアレなんだなぁ〜
通った医者もやぶだったし


正義のヒロインも愛しのダーリンに掛かると形無しね!





どう?
私の左目の話
全部が本当か
それともウソと本当が混ざってるのか
はたまたぜぇ〜んぶ作り話か



まあどおでもいいわ!
だって今日はエイプリルフール!

信じるも信じないもあなたしだい!

それに私は忙しいの!
なんたって今日は、今からシンジを騙すんだから!
じゃあね!




え?
ところでミサトって誰かって?


ミサトぉ?
知らないなぁ?


へ?
私が言った?


はぁ?
知らないわよ?そんな人



フォークリフトさんからアスカ姐様シリーズのエイプリルフール記念作品。

はたしてどこまでが嘘でどこからが本当だったのでしょう…。

フォークリフトさんの感想メールはアドレスforklift2355@gmail.comま でどうぞー。

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