もう夢はみない


わたしは少しずつ生まれ変わっていく

だからもう夢を見る必要はない


目が覚めると私はシンジを抱きしめていた
やっぱりちょっと股間が疼く

もしシンジが望むなら、私はどんな変態じみた行為でも受け入れる

でもシンジはそんな事しない
やさしく私を抱いてくれる

だから私もシンジのことやさしく抱きしめる


部屋の扉が静かに開いた
「アスカ…起きてる?」

リツコだ

「うん」
私は静かにベッドを出る
シンジを起こさないように


早朝
テーブルにすわる
向かいに座ったリツコが、私の前にキャラメルの箱くらいの大きさのものを滑らせる

「別にあなたたちがなにをしようと私はかまわないわ…でも少し気をつけなさい」

リツコはそれだけ言うと立ち上がり私たちのお弁当の仕度を始めた

箱を手に取る

避妊具

「わかった、ありがとう」

ベッドに戻りもう一度シンジを抱きしめた

突然笑いがこみ上げてくる
だってそうじゃない?
リツコが薬局でコンドーム選んでる姿

ふふふふ…

こんどシンジにも教えてあげよ…




めずらしい

本当にめずらしい

だってリリスから電話掛けてきた
しかも怒ってる

私たちはリリスに呼び出され、外れにある喫茶店に向かった
「なんでこんな外れなんだろう」
不思議がるシンジ
「多分コーヒーが飲み放題の店だからよ」
さらっと答える私
それに何でリリスが怒ってるかも大体想像つくし
リリスはシンジのことなら何でもお見通し


喫茶店には鬼の形相のリリスが待っていた

私たちが席に着くなり説教を始める

「シンジはまだこども、していいことといけないことがある」

しかも怒りの矛先はシンジ
とりあえず私はシンジと私の分の飲み物を注文した

ぷりぷり怒りながら説教を続けるリリス
自分の子供が一足飛びに大人の階段を登ったのが御気に召さない様子

私は知らん顔で紅茶を飲む


いつの間にかリリスの説教はシンジのママとパパの馴れ初めの話になっていた


私は話が一通り終わったリリスに
「綾波さん、私はかまわないの‥シンジなら」

むすっとした顔のリリス

わたしが数えただけで21杯めのコーヒーを飲み干す
今日はブラック

「それにわたし‥小さいころからいろんな薬や変な実験をいっぱいされてきたから…ちゃんとこないの…生理が…だから多分私…シンジの子供は…」

リリスは言葉をさえぎるようにテーブルの上に小さな箱をおいた

イチゴマークのかわいいコンドーム

「それはいいわけ…あなたはいつかかならずシンジのこどもをさずかる…それまではちゃんとしなきゃだめ」



喫茶店の帰り
リリスがつぶやく
「かあさんまごがたのしみ」

シンジは走っていく自衛隊の装甲車を眺めていて聞こえなかったみたい

私にははっきりと聞こえた




エヴァのテストが終わりシンジを待つ

おかしいなぁ?いつもなら私が終わるとすぐに来るのに

とりあえず休憩所へ向かった

あら?
シンジ…ロンゲのオペレーターとめがねのオペレーターにニヤニヤしながらこずかれてる
なんだろう?

「シンジ!」

ビックっとする三人
オペレーターの二人はすぐに席を立つ

「じゃあなシンジ君!」
「うらやましいぞ!この!」

シンジに声をかけながら私の横をすり抜けていった

シンジは焦るようにかばんに何かを放り込んだ

もう…見えたわよ…これって日本の習慣なの?
大体そんなに毎晩なんかしてないわよ

何でみんなコンドームくれるわけ?!


「シンジかえろ」

「あ、うん」



さすがのヒカリも皆には話さない
だから学校は今までどおり

みんなと楽しくお話して
つまらない授業を受けて
駅までみんなと帰る

素敵な日常

後ちょっとで私たちは3年生

またみんな同じクラスだといいな



最近シンジはシンジのパパによく呼び出されるようになった
少し心配だから一緒についていったこともあったんだけど
なんだか昔の話をシンジにするだけ
お花見や紅葉狩りハイキングや雪合戦
時にはシンジのママとの思い出

ただそれだけ

離れてくらしてたから親子の会話をしたいだけなんだろうけど




夜、シンジがつぶやいた

「今の日本は夏しかないんだね」


いままで蒸し暑さに文句を言うだけだったのに
ドイツが恋しくなったのかしら?
しょうがないなぁ

「わたしが全部やっつけたらまたドイツで暮らしましょう」


返事はなかった

その代わり
めずらしくシンジから私を求めてきた

うれしぃ


シンジが私の胸をはだける

その時

「きゃぁ!」
お風呂場からリツコの悲鳴
そして
「ちょっと!なんなの!」
お冠のリツコが部屋に怒鳴り込んできた
私たちはわざとらしく寝たふり
「ビックリしたじゃない!ちょっと!おきてるんでしょう!」
笑いがこみ上げてくる
我慢できずに笑い出す私たち

湯船にはお水で膨らましたコンドームがびっちり浮かんでる
皆があんまりいっぱいくれるもんだから、シンジとコンドームで遊んでたんだけど
水入れて膨らませたコンドームを見てシンジが
「ねえ見てアスカ、ドラクエのスライムみたい」
なんていいだして
あんまりにてるもんだから二人してサインペンで顔なんか書いちゃって
ついでに湯船いっぱいに大量のスライム君たちを浮かべて遊んで

「あはははははは!」

もうリツコの「きゃあ!」って声がおかしくって!
「笑ってないでかたずけなさい!」
お冠のリツコ

「はーい」

「ものは大切にしなきゃだめでしょう!」
もうかんかんのリツコ

だからからかちゃう
「じゃあ今晩全部使っとこうか?シンジ」

ぽかん!

頭ひっぱたかれた挙句にスライム君たちの処分をさせられた
シンジがスライム君たちの水を抜きながら
「ほんとに今夜、全部アスカと使おうかな」
なんていいだすから…思わず顔が熱くなっちゃたじゃない…
はずかしい…

でも…

いいよ



朝、台所からの音で目が覚めた
そっとベッドを抜け出す
キスはシンジが起きてから
だからそっとシンジの唇を指でなでた

「手伝うわよ」
「もうなれたから大丈夫よ」

確かにリツコは手際よくなった

「それだけ出来りゃすぐにでもいお嫁にいけるんじゃない?」

からかい半分でいってやった

「相手がいればね」
「いつもあってる自衛隊のおじさんは?」
「お互い情報が目当て…それにタイプじゃないわ」

贅沢いってるから…

ん?

「ねえリツコ…それ」
「ねに?すききらいは駄目よ」
「そうじゃなくて、お箸」

シンジのお弁当にお箸が添えられている

「あぁこれ?シンジ君がお箸にしてくれって」
シンジはお世辞にもお箸の使い方が上手いなんて言えない
「ふぅん…じゃあ私のお弁当にフォーク二つ入れといて」
おかしそうに笑うリツコ
「ふふん、大変ねアスカも」
「別に」

んん?
リツコ私のことじーっと見つめちゃって

「なによ?」
「ほんとによかったじゃない」
「なにが?」
「シンジ君に自分の弱いところ知ってもらって…どう?素直になるって素敵でしょう」

そうね…多分…ここに来たころの私なら「シンジもフォーク!」って言ってわね…絶対

「まぁね…ねえリツコ」

「なに?のろけ話?」
「そ、昨夜シンジと話してたの、もし私が襲われたら助けてくれる?って」
「ふぅ〜ん…シンジ君なんて答えたの」
「ふふ…アスカをつれてどこまでも逃げる。だって」

とっても嬉しかった
シンジとならどんなところでもかまわない
シンジがいれば
生きてさえいれば
そこが天国だもの

のろけついでに
「ねえリツコ、シンジが自分の体の中でいっちばん!嫌いなのってどこだか知ってる?」
「う〜ん…どこかしら?…なで肩?」
「ざんねん!答えはまゆ毛」
「まゆ毛?」
「そっ、女の子みたいで嫌なんだって」
「ふぅ〜ん…私はかわいくていいと思うんだけど」
「それが嫌なんでしょう」

まじまじと私のことを見るリツコ

「何でも知ってるのね、シンジ君のこと」
「まあね!」
私は洗面台にむかう
ここ何日か、いろんな髪型で登校してる

毎日が楽しくて
素敵で
シンジがいてくれて
皆がいて

しあわせだなぁ

自然と笑みがこぼれちゃう

ふふ…実はまゆ毛の事は夕べ初めて聞いたの
まだまだシンジには私の知らないことがたくさん!





授業中緊急招集を受けた

シンジもつれて来い
そういう指示だ

シンジの手を引き教室を出る
その時
クラスの皆が応援してくれた

「がんばれよ!」
「アスカ!宇宙人なんかやつけちゃえ!」
「ラングレー!怪獣の写真撮ってきてくれ!」
「負けるなよ!」
「おーい暴力女!碇はおいてけや!」

皆が笑う

「ばーか!シンジはあんたとちがって特別扱いなの!文句があるなら国連に言いなさい!」

シンジは要人の家族だから特別扱いってことになってる

校庭に着地する迎えの飛行機
乗り込む前に教室の皆に向かってガッツポーズをして見せた

クラスの皆が手を振ってくれる
ううん
ちがう
全部の教室からみんなが応援してくれる
学校のみんなが応援してくれる


もう絶対に負けない!
シンジがいて
みんながいて

何も怖くない!

私は一人じゃない!




使徒は一箇所にとどまり行動を起さない
マギの出した答えは

わたしを待受けている

上等じゃない
受けてたとうじゃないの!


で…わたしが出向くのはいいとして

ミサトが
「前回のこともあるし、バックアップとして初号機を出撃させるわ」

前回…確かにシンジが指令の指示でロンギヌスの槍をもって使徒の結界を打ち破ってくれた、だから私は助かった

後で教えてもらった
何度もはじき返され、それでも結界に挑んだシンジの話を

もしシンジが助けてくれなかったら私は…消滅していた

あの時…私は消えかかっていたそうだ


アスカちゃんにひどい事をするな!
アスカちゃんをいじめるな!
僕のアスカちゃんを返せ!



シンジが私を助けてくれた




「いい、シンジ君!アスカの後方3キロに待機!何かあったらすぐに逃げるのよ!」
「はい!」

ははは…たのもしい…

わたしの3キロ後方を機動隊みたいな盾をもってついてくる初号機
武器はナイフだけ

プラグの中のシンジは少しおびえてる
当たり前だ
この前、使徒と戦ったとき、どんな目にあったか…
それでもわたしのために、震える足で前に進んでくれる
こんなに頼もしい事はない

「シンジ、はい!」
私はエヴァ専用のショットガンの化け物をシンジの初号機に投げてわたした
「うわぁ!」
何とかキャッチできた初号機
「上手い上手い!やれば出来るじゃない?」

「アスカ!シンジ君は素人なのよ!」

ミサトに怒られちゃった

「大丈夫よ!…そろそろ…」

ミサトの声が響く
「作戦開始!」

紐の化け物みたいな使徒に向けエヴァが駆け出す
両手には日本刀の化け物

チラッと初号機を見る

盾に隠れながらこちらの様子を伺っている

ふふ…よし!

使徒が襲い掛かってくる

ばかめ!

串刺しにし、そのまま地面に突き刺し、逃げられなくしてやった

「さあこの白うなぎ!蒲焼にしてやる!」

もう一本の刀を突き刺し止めを刺そうとすると、使徒は必死に抵抗してきた
無駄な事を…

え!
こいつ!
初号機に気づいた!

初号機目指して伸びてゆく

バカメ!届くわけないでしょう!
ここから3キロ…

使徒はにょろにょろと伸びていく

しまった!

「シンジ!逃げて!」

初号機が盾を捨て逃げ出す

それでいい
後はわたしが!

なぁ!

使徒は一瞬のうちに初号機まで伸びかかり、初号機の頚椎あたりに突き刺さる

歓喜に震えるように波打つ使徒


まるで全身の力を抜いてしまったような初号機


そして

初号機がわたしに、ゆっくりと向かってきた

「シンジ…」


「アスカ!いったん退却!体勢を立て直すわ!」

ふざけるな!
シンジをおいて逃げるくらいなら!

私は初号機に飛び掛り、使徒を引っこ抜きにかかる

ガシン!ガシン!

まるでハンマーで殴られたような衝撃…
初号機が至近距離からショットガンで攻撃している

「この!」

初号機の腕を蹴り上げる
骨が砕ける感触
ショットガンが中に舞う

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

まさか…

シンジの悲鳴

ミサトが叫ぶ
「初号機とパイロットのシンクロ全面カット!なにやってるの!」
オペレーターが
「やています!でも…でも初号機側から強制的にシンクロし続けています…」


そんな…


じゃあ今、私はシンジの腕を…


「アスカ…にげて!」

シンジの声が響く
モニターには腕を押さえながら必死にわたしに逃げるように呼びかけるシンジ

「僕は大丈夫だから…逃げて…」
使徒に侵食され、意識を失いかける中、必死に呼びかけてきたシンジ


わかった!シンジ!

「にげない!」


使徒に操られエヴァに襲い掛かる初号機

ナイフを振り上げ襲ってくる

いまだ!

初号機の懐に飛び込むとフィールドを展開し、初号機を抱きしめる

このまま使徒をATフィールドで押し出してやる!

背中に痛みが走る
初号機がエヴァの背中にナイフを突き立てる

こんなもの!
痛くなんかない!

「シンジ!シンジ!」
初号機に呼びかける

うずくまったまま動かないシンジ

顔面に激痛が走る
エヴァの顔にナイフが刺さる

首筋に痛みが
初号機が噛み付いている


私はフィールドを開放した





暗闇の中シンジを探す

顔からは血が滴り
首筋には血がにじむ


見つけた

シンジだ

それに使徒…


シンジは子供の姿で女の子と遊んでいる

「シンジ…かえろう」
私は呼びかける

シンジは私を見ると、おびえたように女の子の後ろに隠れた
「アスカちゃん…あのお姉さん怖いよ…」

「ダイジョウブヨしんじ」
女の子が顔をあげる
まるで操り人形のような顔をした
小さいころのわたし

「アンナヒトホットイテ、ココデワタシトアソンデマショウ」

「うん!」
嬉しそうに私みたいな人形と戯れるシンジ

「シンジ…おいで…そのこはアスカじゃないわ…アスカは私」

またシンジは女の子の陰に隠れてしまう
「怖いよアスカちゃん…あのお姉さん血流してる…」

人形がしゃべる
「ココニイレバダイジョウブ、しんじ、ズットワタシトアソビマショウ」

「うん」

私の首筋から血が滴る
「うぅ!」
シンジを怖がらせないように叫び声を我慢する

「おねえちゃん怪我してるの?」
シンジが心配そうな声で私を見る

「なんでもないの…シンジ…」

「おねえちゃん、何で僕の事しってるの?」

「しってるよ…シンジのことは何でも…」

「おねえちゃん誰?」

「ふふ…さぁ…誰でしょう?」

少しずつこちらに歩み寄ってくるシンジ

「しんじ!ワタシトアソビマショウ!ソノヒトハコワイヒト!ワタシタチミンナコロシタ!」

「でもねアスカちゃん、お姉さん怪我してるんだ」

「ココニイレバしんじハモウキズツクコトモ、オビエルコトモナイ!ワタシトヒトツニナリマショウ!」

「ひゃぅ!くぅん!」
ワタシの首筋から血が流れ出す
悲鳴を上げたいけど我慢した
シンジがおびえないように

シンジが使徒の傍らから駆け出し私の前に立ち、しわくちゃのハンカチを差し出す
「おねえちゃん大丈夫?」

シンジを抱きしめた

「おねえちゃん?…おねえさん…アスカちゃん?」

わたしのにおいをかぐシンジ

「アスカちゃんだ!」

「チガウ!アスカハワタシ!」

「アスカちゃんはかあさんと同じにおいがするんだ!だからお前はアスカちゃんじゃない!」

だまってシンジを抱きしめた

「アスカちゃん、おねえちゃんアスカちゃんでしょう!大丈夫?怪我してるの?」

「大丈夫…さあシンジ…帰りましょう」

「どこえ?」

「ダメヨ!しんじ!イッテハダメ!」

「私たちのおうち」

「おうち?ドイツ?」

「ちがう、ワタシとシンジとリツコとシンジのパパと綾波さんと学校のみんなが待つおうち」

「みんな?」

「そう…シンジは一人じゃないもの」

「うん、かえる」

シンジは使徒に振り返ると
「ばいばい、また遊ぼうね」
手を振った

「リリン!アナタハワタシヲコバムノ!イノチトチエヲヒトツスルコトヲコバムノ!ワタシヲミステルノ!!!」

絶望するように叫ぶ使徒の姿





エヴァに噛み付いたままだらしなくぶら下がる初号機

ワタシのフィールドに押し出され、宙でのたうつ使徒

あなたの願いはかなえてあげる
ただし相手は人間じゃない

エヴァは使徒を捕まえると、生きたまま食いちぎり
そのまま捕食した

零号機は神様の模倣
初号機はリリスの化身
そしてワタシのエヴァは
使徒を狩る獣

使徒はリリスの化身を通して人と融合を図った
新しい生命の誕生を試みた

他人を受け入れた使徒

使徒を拒絶した人類と、どっちがこの星に相応しいんだろう…

エヴァが絶望の悲鳴を上げる使徒を食い、命の実を手に入れた



知恵を持った獣が

命も手に入れた





シンジは特別隔離室に入れられてしまった

私も入室は許可されない

シンジはその精神の一部を使徒と同化させてしまっていた

三日目
シンジは治療室に移された

検査の結果、精神汚染の心配はない

ただ

魂もなくなってしまった

わたしはシンジの枕元にこしかけ、シンジに微笑んだ
わたしを見つめるシンジ
シンジはしばらくすると私から視線をはずしてしまった



シンジは突然暴れたり
そうかと思えば本を読む私をじっと見つめたり

シンジが暴れたり、何かを観察するたびに
シンジをやさしく見つめていた

物を投げつけわたしを張り倒し病院のスタッフに取り押さえられるシンジを
私は微笑みながら見ていた

じっと、本を読む私の手の甲を見つめているシンジを
私は微笑みながら見ていた

トイレに行ったとき、個室の中にわたしがいることに気づかず、病院のスタッフが話をしていた

「エヴァの女の子かわいそうに」
「ほんとね、303号があんなになっちゃて…もう元には戻らないのに」

303号?
シンジのことか…

「しかもあの子も相当きちゃってるわよ」
「え!まじで?」
「うん、このあいだまた303号が暴れたんだけど」
「うんうん!」
「花瓶投げつけられてけがまでして、その上びしょびしょなのに、笑ってるのよ?!」
「え〜!やばいんじゃない?あの子もそうとうこたえてるんじゃないの?」
「多分ね…かなり疲れてるんじゃない?」
「かわいそうにね」
「そうね…あそうそう!このあいだ丸善でね!」



大人たちは何も知らない
私はもう一回、これを経験している

夢の中で

シンジは満月の夜に正気を取り戻す

それまであと2日…

だから今はシンジが怪我しないように見てあげないと
大丈夫…
シンジはかならず元に戻る

正気に戻ったシンジはこういうの
「あれ?アスカ?…何で僕こんな所にいるの?」



満月の夜
私はエヴァのケージにいた

エヴァを見上げる

この中にシンジの魂は止められている
使徒を捕食したエヴァによって

エヴァのさらに上を見上げた

リリス

宙に立ちエヴァを見下ろしている


「待ってたわ、綾波さん」

うなずくリリス

「さぁ、わたしをシンジの元に連れて行って」

さっきまで宙にいたリリスがわたしの目の前に立つ

「碇君の魂はいま、あの人の魂と戯れている…」

「しってる」

驚いた様子のリリス

「夢で見たの…でも夢はここでいったん終わるの…」
夢ではこのあと私は病室の前に立っていて
ドアを開けるとシンジが月をながめてる

うなずくリリス
「行きましょう…キョウコさんが呼んでる」

気がつくと私も宙に浮いていた
そして
リリスと一緒にエヴァの中に入っていく
まるで水面のように


真っ暗な闇の中
小さな明かりが見える

何度も訪れた

エヴァの中のママの部屋

私はエヴァのシンクロテスト中、偶然この部屋にたどり着いた

部屋にはママがいて
お話は出来ないけど
ひざまくらしてもらったり
わたしの話を聞いてもらったり
抱きしめてもらったり

いつも最後に
アスカ…
ってやさしく声をかけてくれる


あれ?
いつもと違う…
ママの部屋…
これじゃあまるでわたしたちの家じゃない

あ!

シンジ!

ママと楽しげに話している

「シンジ!」
抱きついた…
はずなのに…
シンジはまるで何も感じてないみたいに…

ママが私を見て首をふる

シンジにはわたしが見えてないの?

きょとんとした顔のシンジ
「ママ?どうしたの?」

ママ?!
シンジ…今、私のママのこと「ママ」って

「なんでもないわ」

シンジが私のママとしゃべってる…


肩を叩かれた
「今、碇君は向こう側にいる…だからあなたもわたしも碇君には見えてない」

向こう側?


リリスが鞄から例の黒電話を取り出し受話器をとった


♪〜
ママの部屋の電話が鳴る

この曲…シンジのお守りのウォークマンに入ってた奴だ

曲名はダンスウイズムーンライト

シンジのお気に入り


じゃあ向こう側って…
シンジの世界?

ここはママの部屋じゃなくて
シンジの世界

じゃあママは…
そうか…
シンジが迷子にならないように

ありがとう…ママ


ママがリリスからの電話に出る
「もしもし?」

「…いまから碇君のところへ」

「そう…早かったのね…」


ママは電話を切った

楽しそうなシンジ
「ママ、誰から?」
少し寂しげなママ
「シンジ…もう帰る時間よ」
「帰る?なにいってんのさママ、ここが僕の家だよ?それよりさぁママ」

ピンポォ〜ン

扉が開く

リリスがシンジの世界に踏み込んだ

怪訝そうな目でリリスを見るシンジ
「あ…えっと…おばさん…だれ?」

おばさん?
いつものリリスじゃない?
綾波さんじゃない?

ママがシンジを抱きしめる
「さあ、あなたのいた世界に返りなさい」
おどろくシンジ
「なにいってんのさ!ママ!あのおばさんはいったい誰?ここは僕の家だ!そうだろママ!」

ママはシンジを抱きしめながら涙を流す
「ごめんなさい、あなたもアスカと同じ…一人ぼっちにされてしまったかわいそうな子」

「なんだよ?!アスカ?しらないよ!いやだ!僕はここから出て行かない!もう一人ぼっちは嫌だ!父さんには会えない!かあさんはいない!そんなの嫌だ! ずっとママといるんだ!」

ママは泣きながらシンジを抱きしめる

そしてリリスは
滂沱の涙を流していた

「シンジ…ごめんさい…かあさんずっとあなたのそばに居たかった」

「うるさい!今頃のこのこ来て!かあさんは僕を捨てたんだろ!いやだ!そんな大人たちのいる世界になんか返るもんか!」



「ちがう!!!!!」

大声で叫んだ

シンジがビックリした顔で私を見る

「…アスカ…何でここに」



「シンジは一人ぼっちなんかじゃない!みんながいて!リツコがいて!綾波さんがいて!」

「いやだ!みんないつかいなくなるんだ!僕を捨てるんだ!その女みたいに!!!!」

シンジが指差すリリスの姿

わたしにも見えた
シンジのママ
碇ユイ


「違う!シンジ!シンジは捨てられてなんかない!シンジのママはシンジのためにリリスにお願いしてシンジを見守ってもらったの!何よりも大切なシンジのた めに!どんなにお金を出しても手に入らないシンジとの思い出までわたして!だから絶対に違う!」

「いやだ!絶対にここから出るもんか!僕は一人が怖いんだ!『僕』は忘れちゃったけど“僕”は覚えてる!かあさんは僕に「さよなら」って言っていなくなっ たんだ!僕の事捨てたんだ!それにアスカだっていつかぼくのこと…」

シンジを思い切り殴り倒した

「ばか!私は絶対にシンジから離れたりしない!世界が滅びたって!わたしが世界を滅ぼしたって!どんなにシンジが私のこと嫌いになっても!絶対にシンジか らはなれない!私はシンジの一番になるって決めたんだ!わたしが決めたんだ!」

瞳から暖かいものがどんどんあふれ出る

「シンジが帰ってこなかったら私は一人ぼっちなのよ!いやよ!シンジ!あなたがわたしの一番なのよ!わたしだって一人はいや!」

私はシンジのお母さんの手をとった

「それにシンジのママはシンジのこと捨てたんじゃない!シンジのために!この世界を残すためにリリスのところに消えたの!私には解る!じゃなきゃどんな宝 石より大切なシンジとの思い出をリリスに託したりしない!」

倒れたままのシンジがつぶやいた
「かあさんは僕の事捨てたの?」

涙を流し首を振るリリス
「私たちがアダムを見つけたせいで世界は滅びかかった、たくさんの人の命、四季、本当に沢山失った。でも…生きていれば、どんなにつらい世界でも生きてさ えいればそこは天国にだってなる…だからリリスを手にいれたとき、私はシンジのためにこの世界を残そうってきめた…ごめんね、かあさんシンジのために…シ ンジが生きてくれればって…それだけだったの。でもシンジはとても寂しかったのね…ごめんね…かあさんシンジが泣いていても何もしてあげる事が出来ない… 今もシンジはこんなに泣いてるのに」

リリスの目から流れる涙は
シンジが10年前に泣くのをやめ
ずっとこらえてきたお母さんへの思い
息子が泣けないのなら母が変わりに泣く

「かあさんは勝手だ…」

シンジの目から涙が流れていた

リリスの瞳から流れ出る涙が止まった

「でもかあさんと話せた」

シンジはゆっくり立ち上がりわたしとリリスの手をとった
「僕は一人はいやだ…」

瞳から溢れるもので、なんだか上手くしゃべれない
「わた…しだって…いや」

「かあさん…もう一度あそこに帰るよ…かあさんが残してくれた世界に…アスカを一人ぼっちになんて出来ない…ありがとう…かあさん」

シンジはリリスの手を離すと私を抱きしめた
「僕は…アスカのいない世界なんていやだ」

「わた…しもシンジがいないのは…いや」

「だからアスカ、僕と約束して」

「なに?」

「僕はこの部屋を出たらここでの事は忘れちゃうんだ…でも」

「でも?」

「ううん…いいや、大丈夫!」



シンジは玄関にたった
「ありがとうママ…本当のお母さんみたいで…嬉しかった」

ママがシンジの手を取る
「ごめんなさい…手…痛かったでしょう…ごめんなさい」

「手?…そっか、あのときの声、アスカじゃなくてママだったんだ…はは!…大丈夫!なんともないよ!」

「ありがとう…」

ママはシンジの手を離しシンジにキスをした
そして私にも
「アスカ、またね」

「うんママ、またね」


シンジはリリスに手を引かれ部屋を出て行った

私も部屋を出た





気がつくと私はシンジの病室の前に立っていた

ドアを開く

月をながめるシンジの姿

わたしに気がつき、微笑む
「月が綺麗だね」

夢と少しちがうけど

「ほんと…綺麗ね」

シンジは帰ってきた

シンジの傍らに腰掛け寄り添う

稜線に月が消えるまでながめていた

「ねえアスカ」

「なに?」

「もう僕のことぶたないって…約束したじゃないか」

「ごめん…」


え?


ふふ…まあいいや


もうすぐ太陽が昇る

生きていれば天国

じゃあ私の仕事は世界中の人に天国を…
そう思うとなんだか素敵な気分になった


朝日が昇る
「ありがとう…かあさん」

シンジの顔を見た

涙が溢れてる

涙がとても綺麗

日が昇るとシンジは眠りについた




結局私はおきたままだった
眠るシンジの涙をながめていた
そういえば、もう何日、私はちゃんと寝てないんだろう?

日が高く昇り短い眠りから目をさましたシンジ
不思議そうに周りを見渡す

「あれ?アスカ?…何で僕こんな所にいるの?」



その一言を聞くと、とても安心して
そのまま私は眠りに落ちた


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