やさしいシンジ
どうかしら?おばさんにお話ししてくれる気になった?
アスカから悲鳴のようなメールや泣き声のような電話がかかってくるようになって、もう半月です
おばさんは思うの
シンジは日本に行って少し疲れたんじゃないかって
どうかしら
半月でもいいからドイツへ帰ってきたら
きっと気分もよくなるんじゃないかしら
それともおばさんが日本へ行こうかしら?
知らない人の中で暮らして、知らない言葉ばかり聞こえて
それで少し疲れたのかしら
ねえシンジ
ドイツと日本
なにが違うのかしら?
おばさんとお話いましょう
おばさんはお話が大好きなの
待っているわ


僕は携帯を閉じた
時計を見ると夜中の3時
僕はトイレに行こうとした

この手はどうしよう…

アスカちゃんは僕の手を握り締めている
眠っていても離すことはない

振りほどこうか…

少し考えて
静かに手を離した

「シンジ…」

アスカちゃんは眠ったまま僕の名を呼ぶ

僕はどうすればいいのかわからない

トイレから戻ってくると、アスカちゃんは寝ぼけた目で僕を探していた

「…トイレ?」
「うん」

僕はベッドに戻り目を閉じた

アスカちゃんが僕の手を強く握る
僕のほほに手を添える

ふりむけ ふりむけ ふりむけ

アスカちゃんの心の声が聞こえる

僕はどうしていいかわからない

ふりむけ ふりむけ ふりむけ 

僕はアスカちゃんの叫ぶような心の声を聞きながら眠りに落ちた
おばさんには絶対に電話しない
だっておばさんは心を診るお医者さんで
そんな人に、今、僕の心を覗かれるのが怖い



アスカちゃんは僕の手を強く握るようになった
それも
毎日
少しずつ
強くなっていく


学校でトウジに
「なぁ碇…」
話しかけられ
「なに?」
「いいかげんにしたれや」
「…うん」
なだめられた

僕はわからない
自分がなにをしたいのか
自分が何をしてるのか

はっきりわかっているのは

僕が

アスカちゃんにやつあたりをしてる事だけ


アスカちゃんは段々体調がおかしくなってきてる
見てればわかる
やつれたりしてきた訳じゃないけど

でも
僕は
どうしていいかわからない


僕は何とかしてアスカちゃんに自分でも何か出来るところをわかってほしくて

ごはんを自分で取り分けようとしたり
学校の準備をしたり
一人でベッドに入ったり

でも
そのどれもがアスカちゃんにやり直されてしまう
僕一人では何も出来ない
僕に出来るのは呼吸だけ


ついに今夜は抱きしめられた
まるでベッドから逃げ出さないように

僕は情けなくなってため息をついた

それを聞いたアスカちゃんは、一層強く僕を抱きしめた

「痛いよ」

返事はなかった


アスカちゃんの心がやつれて行くのがわかった

アスカちゃんの心の声が聞こえた

離さない 離さない 離さない

僕はどうしていいかわからない

「おやすみなさい」
「おやすみシンジ」

優しいアスカちゃんの声は
叫び声のように聞こえた






「じゃあいってくるわね」

え?

僕は飛び起きた
りっちゃんが僕に声をかけ家を出る
時計を見るともう7時半

僕は焦ってアスカちゃんを揺らし声をかけた
「アスカちゃん!起きてよ!もう!ねってば!もう朝だって!もうりっちゃんもいっちゃたよ!」

目をさましたアスカちゃんは
どこか青白く
目に力もなく
ふらついていた

アスカちゃんは両手で顔を覆うと
とても小さな声で
途切れ途切れに
「シンジ…私…体調よくないみたい…学校休むわ…」


ついにやってしまった
ぼくは…
アスカちゃんを壊してしまった


迎えに来た委員長たちは僕が追い返した


アスカちゃんは朝から何度ももどして
僕はアスカちゃんを抱え
何度もトイレに連れて行った

午後になるとアスカちゃんは少し体調がよくなった
僕は台所をあさるとレトルトのおかゆを見つけて暖めた
アスカちゃんは力なく起き上がる
だから僕はアスカちゃんの口におかゆを運んだ


しばらくするとりっちゃんが帰ってきた
まだ夕方の4時なのに

でも都合がいい
何度言ってもお医者さんに行こうとしないアスカちゃんを見てもらおう

アスカちゃんは僕に綾波に電話をさせ
綾波と話し始めた
時々声を荒げながら
綾波と出かける約束をした

アスカちゃんは青白い顔で

「そんなわけで明日、プールに行くから」

僕は驚いた

「え!だめだよ!学校はどうすんのさ?」

「一日くらい平気よ」

信じられない

「アスカちゃん…」

「なに?」

「ぐれちゃったの?」

「い・き・ぬ・き!」


僕は確信した
僕はアスカちゃんの心まで壊してしまった

僕はりっちゃんになきつき
アスカちゃんを見てもらった



僕がプールに持っていく物を揃え
かばんに入れる

アスカちゃんはりっちゃんに貰った薬を飲んで少し楽になったみたいだ



アスカちゃんは僕を見つめていた
10年…もう少しで11年間そうして来た様に


僕はそっと部屋を出るとりっちゃんにお願いをした
「明日…ついてきて」
「どうしたの?」
「アスカちゃん…病気だから…心配だから…りっちゃんがいれば…」
「いいわよ」

りっちゃんは優しく微笑んで僕の頭を撫でると
アスカちゃんのところに向かい自分もプールについていく事を伝えた

りっちゃんは楽しそうに水着を選び出した
だいじょうぶかなぁ?



薬が効いたのか、アスカちゃんは少し動けるようになった
りっちゃんはアスカちゃんが病気なのにいつも通りの献立で晩御飯をこしらえた
本当はりっちゃんて藪医者なのかも…
だから僕はアスカちゃんの食べられそうなものだけ選んで
冷蔵庫からゼリーを持ってきてアスカちゃんの前に並べた

アスカちゃんは青白い顔で嬉しそうにしてくれた



アスカちゃんがお風呂に入るって言い出すから
心配で
一緒に入って
背中を流してあげた

僕はアスカちゃんの背中を流しながら
いつの間にか鼻歌を歌っていた

おばさんと見に行った
あのオペラ

おばさんが教えてくれた
あの歌

'O sole mio
sta 'nfronte a te 
'O sole, 'o sole mio
sta 'nfronte a te 
sta 'nfronte a te 



…そうだ

そうだ

僕の太陽は…



僕はアスカちゃんの背中を抱きしめた

僕はアスカちゃんに謝った
「アスカちゃん調子悪いの僕のせいでしょ?」

アスカちゃんの返事はやさしい声
「そうよ」

朗らかな声
「ゆるさないからね」



僕は僕の太陽に身を委ねた
もし、アスカちゃんが本当に太陽で
僕の体が焼かれても
同じことをしたと思う



僕はアスカちゃんを抱きしめて眠った
これからは毎晩そうするつもりだ

アスカちゃんの心の声が聞こえる

やさしい子





僕の胸の中で楽しげに髪の毛をいじるアスカ
アスカの体のあちこちには僕がつけたいたずらの痕
乳房には僕の歯型

アスカは楽しげだ
シーツに残るシミを楽しそうに数えている

ん?
何だろう?
アスカがぼくの読んだ雑誌を指差した
「ねえシンジ」
「ん?」
「車買うの?」
あぁ…カーセンサーね
「え?あぁ、あれね…なかなか僕の払える額で探してる車がなくて」

ほしい車があるんだけど
先立つものが…
かあさんが貸してくれるって言うんだけど
それはそれで、なるべく安いのにしないと

あぁ…もう一回エヴァンゲリオンに乗せてくれないかなぁ
そうすればいくらかもらえるのに…

はは…
もう綾波は遠くにいるから
僕一人じゃ動かせないか

りっちゃんにもお願いしてみようかな

しょうがない…
りっちゃんに頼んで…

「買ってあげる」

「へぇ?」

アスカが笑い出した
僕は
「い、いいよ!高いから!」
「高いの?ポルシェ?フェラーリ?ランボルギーニ?コルベット?」
アスカは自分が知ってる車の名前を適当に言い出した
「えぇ!そんなんじゃなくて…トヨタの…」
「びゅーんって速いやつ?」
「そんなんじゃなくて…」
アスカは本気みたいで
僕にどの車なのか見せろって
カーセンサーを覗いて
僕がヴォクシーを指差すと

「トヨタ?」
それくらいしか分からなかったみたいで
「これいくら?」
値段なら下に載ってるのに
そう思ってそこを指差すと
「そうじゃなくて…パチンコ屋さんの隣のトヨタでいくらで売ってるの?」

僕は絶句した

新車で
諸経費込みなら…

「400万…位…」

「おーけー、明日おろしとく」

僕は僕の太陽を呆然と見つめた
アスカは時々僕のことを甘やかす

よくわからないけど
アスカは
とてもたのしそうで

「だから…」
ん?
「もういっかい」
ははは…
僕は言われるままアスカを抱きしめた
アスカは嬉しそうにつぶやく

「おーそーれみよ」

ちがうよ
音痴だな


「'O sole mio」

僕らは歌いながら愛し合った






鼻歌が聞こえる
目が覚める
ゆっくり目を開いた

「おはよう」

アスカちゃんが笑顔で僕の頬をなでていた
僕は寝ぼけている振りをしてアスカちゃんの胸に顔を埋めた

「甘えん坊」

アスカちゃんは嬉しそうに僕を抱きしめた



りっちゃんは念入りにお化粧して
たくさん荷物を持って
まるで遊びに行くみたい

僕はアスカちゃんの手を引いて歩いた

今日から僕が手をつなごう

そう決めた
アスカちゃんはとても嬉しそうだった

「シンジ」
「なに?」
「もっとゆっくり」
「うん」

アスカちゃんはとても嬉しそう



綾波とは駅で待ち合わせ
もちろん気づいている
僕が最後にかあさんと…
それが駅前だった
綾波はその続きをわざわざやってくれている

綾波はすぐに見つかった
だって
でっかいシャチの浮き輪をもって立ってる
肩から小さなバッグをかけて

「あ!綾波!こっち!」

僕は手を振る
綾波は笑顔でこちらに向かってきた

僕の横でアスカちゃんは呆れ顔
やってきた綾波に
「綾波さん、悪いけどそれ、いったんしぼませてくれない」

綾波はむっとしてた



プールに着くと入館手続き
僕は部外者だから
でも綾波は?
何で地球防衛軍の人は綾波のこと無視するんだろう?
まるで見えてないみたい…


でっかいプール!
50メートルだって!

僕がアスカちゃんの手を離し更衣室に向かうと

「こら!」

アスカちゃんの声
僕が怒られたのかと思って振り向くと
すぐ後ろに綾波がいて
綾波も後ろを振り返っていた

「あんたはこっちでしょうが!」

アスカちゃんが綾波を引きずって連れて行く
綾波は僕に手を振りながら連れて行かれた

その光景がまるでコントみたいで
りっちゃんは吹き出していた


僕が着替えて出て見ると
まだ誰もいなかった

昔を思い出す
プールでアスカちゃんにいじめられる僕を見かねて泳ぎを教えてくれた人
女の人
でもどうしても顔が思い出せない

あれ?
僕はいつあの人に教えてもらったんだっけ?
そんな時間あったのかなぁ?
僕はいっつもアスカちゃんと一緒にいたし…

でも
あの人が教えてくれて
それで泳げるようになった…
それは夢でもうそでもない

声も覚えてる

ぼくが泳げるようになると
優しい声で

“そう…よかったわね”



「おまたせー」
振り向くとアスカちゃんが水着で立っていた
かわいいワンピースの水着



うん
ワンピースなら
胸の傷は見えない


「ばか…」
なんだか勘違いされちゃったみたいで
アスカちゃんが僕に寄り添ってきた
「ちょっとだけよ?」
僕の手をとり、そっと胸に
「これでいい?」

僕は頷いた
アスカちゃんは笑って僕の手を胸から下ろすと握り締めた



りっちゃんと綾波はビキニで
特にりっちゃんは、誰に見せるのってくらいの水着で
でもりっちゃんはねっころがってジュースを飲みながら本を読むだけ
僕と視線が合っても微笑んで指をヒラヒラさせるだけで
一向にプールに入らない


アスカちゃんは念入りに準備運動
綾波はボーっとたってる

もう…しょうがないな

「ねえ!気持ちいいよ!一緒に泳ごうよ!」

ん?

綾波がアスカちゃんの頭をなでなで

「なにやってんの?」

ポカーンとしてたアスカちゃんは、はっとなって
「ちょっとやめてよ!はずかしい!」
綾波は笑っていた

うん
あの二人は本当に仲がいい



アスカちゃんは昨日がウソみたいに元気いっぱい
ついにはプールサイドから僕をスープレックスで投げ飛ばし始めた
綾波も止めやしないで
「よーし!ツープラトンよ!」
アスカちゃんに言われるままに僕を放り投げる
りっちゃんはいつの間にか読んでいる本がファッション雑誌に変わっていた



ごはんを食べたら少し眠くなって
イスの上でうとうとしちゃった

誰かか水を蹴る音が聞こえて心地いい

アスカちゃんと綾波の話し声が聞こえてきた
あの二人は本当に仲がいい


おどろかなかったって言ったら嘘になる
アスカちゃんは綾波から宇宙の秘密を聞き出した
綾波はやっぱり宇宙人で
綾波を作り出したのはこの宇宙で最初に栄えた文明で
その文明が遠い未来に滅ぶかもしれないから
宇宙に文化を残すために綾波たちが生み出された
「何人くらいなの?」
アスカちゃんは綾波の仲間が何人いたか聞いた
「宇宙が少し見えた…」
綾波の答え
つまり宇宙いっぱいに綾波の仲間がいて、その隙間から宇宙が見えたってことらしい
綾波は宇宙を旅した
途中で何回か先に旅立った仲間が生命を繁栄させているのを見たそうだ
宇宙人はいるんだよ!
すごいね!
綾波が地球を見つけて降り立つと、そこには先に来てた人がいて
その人と二人で生命を作る事にしたんだって
そのひとは“アダム”って言うらしい
アダムは自分の体の一部に似せて生命を作り出した
瞳や羽、自分の頭上にある光の輪、形だけ自分に似せた事もあった
液体に大部分を覆われたこの星に合わせて魚みたいなのも
でも全部ダメだった
みんな勝手にするばかりで他人と打ち解けようとしなかった
いやになったアダムは自分の子供と一緒に眠ってしまった
一人ぼっちになった綾波は自分で生き物を作ってみた
自分にそっくりに
でも実は上手くいかなくて
綾波は失敗しちゃって
そこで男と女が別々に生まれちゃった
綾波はそれでも根気強く育てていたら
女の人はどんどん子供を作って
男の人はその子供を守りながら育てた
それをみた綾波はその命を地球中にばら撒いて
地球を人が住めるようにした
見てるだけで楽しかったらしい
どんどん人間が増えて、いろんな事をするのが

つまり
綾波は
僕たちのお母さん

僕は宇宙の神秘を聞いた世界でたった一人の男って事になる
うん!
かっこいい!

僕は満足した

それにさっきの仕返しもしなきゃ!
大体そのために寝たふりをしてたんだから!
僕はコッソリ二人に近づいて

「うわぁ!」

バシャーン!
二人は頭っからプールに突っ込んだ

「あははははははははは!びくりした?」
大成功!
と思ったら
「こら!シンジ!」
アスカちゃんに思いっきり引っ張られて
プールにどぼん
「あばばばばばば!ごめんなさい!アスカちゃん!やめて!おぼれちゃう!」
「いたずらっこ、かあさんおこった」
綾波とアスカちゃんにこてんパンにされる
二人とも楽しそう


僕はシャチの浮き輪に乗っかってプールをぷかぷか

ようやく思い出した

この浮き輪
小さいとき、かあさんとプールに行って
僕は自分の背より大きいシャチの浮き輪につかまって
かあさんと遊んだ

今思えば1メートルかそこらの浮き輪なんだろうけど
今の僕の身長にあの光景を合わせるとこんな大きさになっちゃったんだと思う
つまり綾波は
自分の記憶の中にあるプールで遊ぶ僕
その光景を再現するためにこんな大きな浮き輪を用意したんだ

だからほら…
綾波は満足そうに僕のことを眺めてる
アスカちゃんと二人で

え?りっちゃん?
あぁ…ジュースかと思ってたらカンチュウハイで

いまや顔の上に雑誌を乗せて夢の国を散策中



僕たちは駅で別れた
りちゃんは上機嫌で
「じゃあねレイちゃん」
楽しげにゆれてる
アスカちゃんは携帯をいじってる

僕はコッソリ綾波にお礼を言った

「またね…かあさん」

綾波は嬉しそうに笑ってくれた





僕はもう一度アスカちゃんに謝った
僕は僕の思いを伝えきれずにアスカちゃんを傷つけてしまった

「アスカちゃんが病気になってわかった…僕、きっとずっとアスカちゃんに守られていくんだ、僕がどんな意地悪してもアスカちゃんは一生懸命僕の事いろいろ してくれた…」

アスカちゃんは優しげに笑っていた

「いいよ…きにしない…だからシンジ」
「なに?」
「ずっとわたしをささえて…いまは難しいけど…大人になったら…」
「…うん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」

僕はアスカちゃんの胸の中で眠りに落ちた
僕はとても穏やかな気分で夢の世界へ向かった




納車されたダークレッドマイカのヴォクシー
アスカは嬉しそうに何度も
「何で赤なの?」
って聞いてくる
…知ってるくせに

僕はアスカを載せてドライブに出た

僕のことを何度も守ってくれた赤い巨人
僕のことを愛してくれた赤いプラグスーツの女の子

だから僕は赤い車を探していた

高台の駐車場に車を止め
夕暮れを待つ

なんで7人乗りの車なのか
僕の家族は7人だから

たとえ滅多にそろわなくても
家族みんなで乗れない車に用は無い


「きれいだから写真とろっかなぁ〜」
夕暮れの町
アスカが携帯で写真を撮る
「う〜んうまくいかないわねぇ」

僕はアスカを抱きしめた
「これでぶれないよ」

「うん」
アスカは携帯を下ろしてぼくの腕を抱きしめた
「ねえシンジ」
「なに?アスカちゃん」

アスカは少し面白そうな顔をした
“アスカちゃん”
僕たちの中の思い出

「ねえシンジ…シンジが抱っこしたのって私と綾波さんだけ?」
「……うん」
「そっか」
「うん」
「ヒカリや霧島さんは?チャンスならあったでしょう?」
「うん」
「でもしなかったの?」
「うん」
「そっか」

二人で夜空を眺めた
星空を見ていると綾波を見つけれそうで
とても静かな気持ちになった



目が覚めると寝息をたてるアスカちゃん
僕はアスカちゃんにそっとキスをした
思い出せないけど
さっきまで見ていた夢
その続きは
きっとキスだから


目覚めたアスカちゃんはとてもしあわせそうだった





宅急便?…ちがうなぁ
なんだろうこれ?
アスカちゃん宛だ

帰ってきたアスカちゃんは荷物を見ると大げさにため息をついた

晩御飯を食べながらアスカちゃんがつぶやいた
「めんどくさい」
「なにが?」
「自衛隊のなんとかってロボットのお披露目に呼ばれちゃって…」

!!!!!!!!

「ねぇ!」
「え?」
「それって明日!」
「え?…うん」
「アスカちゃん!」
「なに?」
「お土産買ってきて!」

ニュースでやってた
自衛隊も怪獣退治に本腰を入れるためロボットを導入するんだ
で、そのロボットがかっこいいんだ!
それのお披露目が明日!
アスカちゃんはそれに呼ばれたんだ!
なんてうらやましい!
「いいなぁ、ねえアスカちゃん、戦車の写真とか撮ってきてよ!」

アスカちゃんはめんどくさそうに笑ってくれた
しばらくすると吹っ切れたみたいに
「シンジ、お土産買ってきてあげるよ」

だから僕はもうひとつお願いした
「!ねえ!アスカちゃん!自衛隊にさ“とりゅう”ってエヴァくらいのロボットがあるからさ、絶対写真にとって来て!」

なぜかため息のアスカちゃん

「JAって奴でしょ?かっこ悪かったわよ?」
まさか!
「アスカちゃんみた事あるの!?」
「うん…」
「いいなぁ〜」
やっぱりアスカちゃんは特別だからそういうのも全部知ってるんだ
いいなぁ〜



朝早く
アスカちゃんはりっちゃんと、迎えに来たミサトさんに連れられて出かけた
ミサトさんと自分が同じ格好なのを見てため息をつきながら

出掛けに僕にキスをして
「ちゃんと朝ごはん食べて学校行くのよ?」
ちょっとおせっかい
「うん」
「遅刻しちゃダメよ?」
「うん」
「じゃぁ行って来ます」
「いってらっしゃい」

ミサトさんとりっちゃんがくすくす笑ってる

でも気にしない
だってアスカちゃんは僕の太陽だから



朝ごはんを食べているとおばさんからメールが来た


やさしいシンジ
オハヨウゴザイマス
どう?あってる?
昨日、アスカがシンジが少し大人になったって言ってました
どういうこといかしらね?
アスカはあなたの事をたくさん話してくれました
アスカが落としたトマトにきずかず踏み潰した事
飛行機雲を見上げて頭をぶつけた事
不細工な猫をいじめていて引っかかれた事
傘を買ったとたんに雨が上がった事
二人で虹を見上げた事
ねえシンジ、あなたはきっとアスカの太陽なのね


携帯を閉じた
太陽か

ピンポーン

いつもより少し早く委員長がやってきた
僕しか居ないって言うとなぜか少し照れてた
僕がごはん食べてるのを見て
「子供みたい」
ってフォークで食べてるのを見て
笑って

僕が食べ終わるとかたずけを手伝ってくれた
「碇君は座ってていいから」
なんだか照れくさい

不思議な沈黙
お皿を洗う音だけが響く

「ねえ碇君」
沈黙が破られる
「え?」
間抜けな僕の声
「私の親…ネルフで医療の仕事をしてるの」
「ふぅ〜ん」
「医療班…第3班って言うの」
「そう」
委員長の親は救急隊みたいな仕事をしてて
第3班って言うのは3番目の班って意味じゃなく
24時間体勢で待機するためにひとつのチームを3つに分けた中のひとつ
「アスカも何回もあってるんだよ」
スタッフはアスカちゃんとコミュニケーションをとる事を禁じられてるから話した事はないらしい

「メディカルチーム…第3班…」

委員長は僕のことをチラッと見ながらそういった
何かを訴えるように

でもすぐにトウジたちが来て
なんだかその話はうやむやになっちゃった


ケンスケにアスカちゃんが自衛隊の式典に呼ばれた事を話すと
猛烈にうらやましがってた
それにケンス、アスカちゃんの事好きだし
いっつもアスカちゃんの事聞いてくる
うん
実は僕の恋敵
ケンスケ曰く
僕とアスカちゃんを見るのは
「重機関銃に小銃で突撃する気分」
だそうだ

ちなみに世界中、どこの国の軍隊でも重機関銃のある陣地に支援なしに突撃することは禁止されている

つまり攻撃が成功する確率が「0」って事


下校中
僕は突然黒塗の車に押し込まれた
別に誘拐ってわけじゃない
中には父さんが乗っていた

僕は皆に手を振り
車は急発進


父さんは僕の手を握り
懇願するように
「シンジ…お前だけが頼りだ」

僕は頷いた
父さんが言いたいことはわかる
怪獣が現れたんだ
そしてアスカちゃんは出かけてしまっている

「わかった」

僕は地球防衛軍の秘密基地へ向かった


僕がプラグスーツに着替え終わると
父さんが現れて
膝を折って僕にしがみついた
「お前だけがユイを私の元に導いてくれる…この世界を…ユイと私の世界に戻せるのは…シンジ、お前だけが頼りだ」
父さんはうつむいて涙を流しながら僕に懇願した
「シンジ…私を導いてくれ」

僕がアスカちゃんを求めるように
父さんはかあさんを求めていた

父さんは話す
全部の怪獣を倒して
世界中に僕たちと綾波だけが残ったら
綾波はかあさんを…返してくれる
でもそれには綾波とかあさんその両方に愛された僕が必要
そしてロボット…エヴァンゲリオンも

「箱庭に帰ろう…シンジ…そこが私たちの…人類の楽園だ」

四季
僕は知らない
今僕が暮らす日本には 夏
僕が育ったドイツには 夏ではない季節
その全てが巡る世界
ドイツの季節は“冬か冬ではないか”の二つ
おじさんに連れられて行ったカルタゴの日差し
半そでを着たのは僕の人生では
僕の覚えてる人生では
毎年のバカンスだけ

「頼む…シンジ…かあさんの帰ってくる…ユイの戻る世界を守ってくれ」

僕は頷いた
父さんとかあさんとアスカちゃん
四人で暮らす世界

かあさんが朝ごはんを作り
父さんは新聞を読んでる
僕は寝ぼけてて
アスカちゃんが乱暴に僕のことをおこす

もしそんな世界が“箱庭”で
怪獣からこの世界を守らなければその世界が手に入らないのなら

僕は戦う
僕のやり方で

僕はエヴァンゲリオンの元へ向かった
エヴァンゲリオンはまるでフルアーマーガンダムみたいになっていた

僕がエントリープラグへ向かうと

「だめ」

振り向くと綾波が立っていた

「碇君…だめ」

僕は首を振った
「とおさんのために戦うんだ」

「碇君が戦う相手は…違う」
「父さんが…かあさんが帰ってこれるように戦うんだ」

綾波は泣きそうな顔をして自分の胸を押さえ
叫んだ

「かあさんはここにいる!」

僕は微笑んで答えた
「ありがとう」

僕はエントリープラグに乗り込み怪獣のところへ
使徒の元へ向かった

エントリープラグの中には
いつまでもいつまでも
子供に様に泣きじゃくる綾波の声が響いていた


使徒の攻撃を受けるたび
増加装甲が吹き飛び
激痛が襲った
綾波の話を聞き、怪獣の
使徒の正体を知ってしまった僕は使徒に対する殺意を持てない
今まで見えた小さな子供
あれは幻なんかじゃなく
お互いを受け入れられずに
僕たちと同じ姿になれなかった彼女たちの願望で
僕にはそれが見えていた
綾波が見せてくれていた
綾波に見える彼女たちの姿を
綾波の言う“あの子達”の姿

僕は何とか使徒を押さえつけようとした
その先のことは考えてない
もしかしたら分かり合えるかもしれない
ニャンタと僕だって仲良くなれたんだから
出来ないことはないと思う
綾波に…“箱庭”に戻してもらう時
僕たちと同じ姿で
それも出来るかもしれない

さっきから左腕が動かない
右足も…
左目も見えない
わき腹が動くたびに疼く

胸の感覚はとっくにない

それでも僕はあの子に
あの使徒に何とか触れようとした
そうすれば僕が…僕の想いが届くかもしれない

僕の右手が真っ二つに引き裂かれた
僕は絶叫した

いや、まだだ
まだ触れることは出来る

僕はかすむ目で使徒を見た
真っ赤な使徒
真っ赤?

真っ赤な使徒は僕をのぞきこんでいる
やさしく僕に
何度も何度も語りかけてくる

「大丈夫?シンジ…もう痛くないからね…私が来たからもう大丈夫よ…」

僕の想いが通じたのかも知れない
使徒の声はとても優しく
まるでアスカちゃんのようだ

アスカちゃん?

突然真っ赤な使徒が倒れてきた

僕は真っ赤な使徒を支えた
使徒の
エヴァの
アスカちゃんの心が見えた

“やさしいシンジ”

真っ赤な使徒は…
アスカちゃんは
獣のように使徒に襲い掛かった

もう僕の想いがあの使徒に届くことはない
僕は動くことも起き上がることも出来ない
あのこと分かり合えるチャンスは永遠に失われた

誰かが僕のことを抱きしめた
「やさしいシンジ」

綾波が
全裸で
僕のことを抱きしめていた

泣きはらした目で僕を見つめながら

「かあさんはここにいる」

綾波は僕のことを抱きしめた

綾波はアスカちゃんに犯されるように泣き叫ぶ使徒をにらみつけた
「ゆるさない」
綾波は僕の元を離れエヴァンゲリオンの前に出ると使徒の手を弾いた

その綾波の姿を見た使徒は絶望するように叫んだ
自分の求めていた母が
自分を拒絶したから

使徒は全てに絶望し
獣のようなアスカちゃんに犯され
命のともし火を消した

「ばいばい」

僕のお別れの言葉は届いたかな?


使徒を葬ったアスカちゃんは
まだ獣のままだった

このままじゃ人に戻れなくなる
そんな気がして
「かあさん…アスカちゃんを…」
段々意識が遠のくなか
かあさんにお願いした
かあさんは微笑むと僕の元を離れ、アスカちゃんをやさしく眠りにつけた

“やさしいシンジ”

かあさんは…綾波は…かあさんは…綾波は…

おかあさん

ああ…真っ暗だ




山岸さんとのちょっとした浮気を楽しんだ僕は家路についた
浮気って行ってもコーヒーショップで二人、雑談するだけ
山岸さんは最近恋をしていて
その話を聞くのが楽しい

僕が玄関を開けると
アスカが飛んできた

僕の前に仁王立ち
でも顔は微笑んでる

なんだろう?
「どうしたの?アスカ」

アスカは僕の手をとるとそっとおなかに当て
なんでもないような口ぶりで
「赤ちゃん…できたって」

ばら色の世界
生まれて初めて本当に見えた
喜び以外の感情はどこかへいってしまった

まず確認しなきゃ!
「男の子?女の子?どっちだった!?」

おかしそうに笑うアスカ
「まだわからないわよ、」

僕はアスカのお腹に両手を当てる
子供の鼓動を感じれるかもしれない
「動くかな?」

嬉しそうにあきれたようにアスカが笑う
「まだに決まってるでしょう」

僕はアスカのお腹にそっと抱きついた
今この中には宝石が詰まっている

「ねえシンジ」

どんなにアスカが嫌がっても放してやるもんか
僕の決意は固い

「私…仕事しばらく休む…私、ママになる」

アスカは世界を守ることよりも僕の…僕たちの…こどもを守ることを決意した

僕はアスカに抱きついたままだ

「ねえアスカ」
「なに?パパ」

世界一しあわせな気持ちになった
もし、世界一のお金持ちにこの気持ちを売ってくれと頼まれても、絶対に譲らない
「ぱぱか…僕がんばるよ!子供のためにも!」

あきれたようなしあわせそうなアスカが
「シンジは安月給なんだから…しっかり稼いでよね?」

僕は照れ笑い

そうだ
りっちゃんに電話しよう
りっちゃんは妊娠と出産に関してはエキスパートだ!
あの大家族を見れば誰も文句なんか言えない
五つ子

そうそう、僕はちょっとしたりっちゃんの秘密を知っている

五人の子供にの中の一人に
昔の恋人の名前をつけている

りっちゃんはそういう乙女チックなところがある可愛い人なんだ

「ねえアスカ」

アスカはあきれたような顔をしている
何でだろう?
「シンジ…上がったら?」

僕はずっと玄関でアスカのおなかを抱きしめていた
ちょっと恥ずかしい
だから

「はははは…よいしょ!」
「ちょっと!」

僕は子供みたいに靴を脱ぐとアスカをお姫様のように抱えた

「ちょっと!おろしてよ!」
僕はアスカの頬にキスをした

かあさんがチラッと覗いてきた
“好きになさいな…”
そんな顔ですぐにおくに引っ込んだ

僕の腕の中には今
アスカ以外の命がある

それを思うだけでまるで羽毛のように軽い

「ねえ!おろしてって!まだ晩御飯の仕度の途中なの!」

一大事だ!

だってかあさんが向かった先は

台所!

僕はアスカを抱えたままキッチンへむかった
アスカは楽しげに僕の頬にキスした




とても幸せな気分で目が覚めた
そして目覚めてもしあわせだ

アスカちゃんがいる
僕はアスカちゃんに手を差し出した

アスカちゃんは僕の腕を抱きしめる
少し悲しそうに

アスカちゃんがやさしく話す
「写真…とってきたわよ、お土産もいっぱいもらってきた」

僕は嬉しかった
目が覚めたらアスカちゃんがいて
僕を抱きしめて

そうだ
お礼言わなきゃ


ありがとう


アスカちゃんは嬉しそうだ


アスカちゃんは僕にお水を飲ませてくれて
ないしょでお菓子も食べさせてくれた

自衛隊の話も

僕はトイレに行きたくなって
でも体が動かなくって
アスカちゃんに

「おしっこ」

っていったら
尿瓶を持ち出してきたから
恥ずかしいからいやだって言うと
笑って僕を抱き起こしてくれた

「重い?」

僕が聞くと
「全然!羽毛みたい」

アスカちゃんは僕を車椅子に載せてくれた
僕はアスカちゃんの首筋に顔をうずめささやいた

「アスカちゃんだ…」

僕の太陽
かあさんのにおいがして
どんなときも僕を抱きしめてくれる
素敵なひと

そうだ
アスカちゃんだ



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