目が覚めれば思い出せないけど

ぼくは毎晩夢を見る

これより先も…これより前も…

この場面も…
何度も見てきたんだ
今日はどこで目を覚ますんだろう…

半年…
正確には5ヶ月と28日
僕は待ち続けた

昨日アスカから電話があった
元気な声で
「明日帰るからね!」
その声を聞いただけで
僕は嬉しくなって
夕べは眠れなかった

朝から玄関の外を何度も覗いて
二階に上って外を眺めたり
そんな事してるうちに少し眠ってしまって
でも

ぴんぽん

その音が聞こえた途端
僕は飛び起き
玄関へむかった

なるべく普通に
まるでいつもの様に
胸の高鳴りを抑えて

「はーい」

僕は焦る気持ちを抑えて
ドアを開けた

出かけた日と同じ服を着て
目深に帽子をかぶって
荷物を持った
僕の天使

「お帰り!アスカ!ずっと待ってたんだよ」

僕はアスカの手から荷物をひったくるように奪い取った
どうしても笑みを隠せない

「さあ、アスカ」

僕はアスカの手を引いた

なんだろう?
アスカが少し抵抗するように立ち止まる

「…どうしたの?忘れ物?」

アスカの顔を見るとアスカは目にいっぱい涙を浮かべていた

「私、わるい子なの…」

アスカが帽子を脱ぐと髪がはだける
僕の天使の髪は最後にあった日から少し伸びていた

僕の天使は泣き出し
罪を告白した

「たくさん人を殺してきたの、こんなことするためにエヴァに乗ってたんじゃないのに…シンジや皆を守りたかっただけなのに…」

僕は…
僕の魂は
僕の体を僕が思うより早くつき動かした

僕はアスカを抱きしめていた

僕はアスカを許した
神様が許さなくても僕が許す
世界中がアスカの事を責めるなら
僕が世界中からアスカを守る

僕は僕の胸を素敵な涙でぬらす天使を抱きしめ
部屋へ

僕は天使を抱いたままソファーへ

僕の天使は僕におしおきをねだる
こんな可愛い天使のお願いを聞かない男はいない

アスカは僕を見上げる
僕はアスカに最初のおしおきを…

僕はアスカを抱き上げると
アスカの唇を塞いだ
アスカの口から声が漏れる
“あぁ…”
とてもあまい声で


僕はアスカにたくさんおしおきをした

ベッドの上で
可愛く嫌がるアスカに

お風呂の中で
可憐に恥じるアスカに

もう一度ベッドで
少しはにかむアスカに

僕の胸の中で
静かに寝息をたてるアスカに

台所で
嬉しそうに食事の準備をするアスカに

食卓で
恥ずかしげに僕に跨るアスカに

そのどれもが
アスカの
「ねぇ…シンジ…もっとおしおきして…」
って声で始まり
アスカは嬉しそうに僕に…



ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!


目が覚めた


うわぁ…
なんかすごい夢でも見てたのかなぁ…
ぱんつ…
汚しちゃった…

よかった、アスカちゃんが僕のこと裸にしたりしなくて


とりあえず僕はぱんつを履き替えると、なんでもないような顔して洗面台に向かった
ぱんつは洗濯機に放り込み、奥のほうにねじ込んだ


僕はなんだかバツが悪くて
アスカちゃんのお手伝いをする事にした

今日は綾波の家に遊びに行く予定で
お弁当を作ってもらってる

アスカちゃんは僕に
「じゃあシンジはジャムサンド作って」

よし!
まずは材料を!
サンドイッチだからバター…は出てる
それにジャム
あ!クリーム!
うん!これも入れよう!
テーブルにあるバナナも!
うん!名づけて
まるごとバナナ風サンド!

アスカちゃんは笑いながら
「シンジ?ジャムだけでいいのよ」
だから僕も笑いながら
「大丈夫だよ、丸ごとバナナみたいにすれば」

よし!
出来た!

出来上がったサンドイッチをアスカちゃんに見せると嬉しそうに小首をかしげ
アスカちゃんはデートに向かうりちゃんを呼び止めた
「ねえ?リツコ、シンジが手伝ってくれたんだけど…味見してくれない?」

りっちゃんはお菓子が大好きで
夕べも僕たちがつくたクッキーをおいしそうにほおばってた
でもりっちゃん、夕べちょっとクッキー食べ過ぎて
「ちょっと胃がもたれてて」

でも安心して!
「大丈夫だよりっちゃん、果物だし」

りっちゃんは嬉しそうに微笑むとアスカちゃんからコーヒーを受け取りサンドイッチをほおばる

「どう?おいしい?」
僕は自信はあるけど一応聞いてみた
りっちゃんはまじめな顔でアドバイス
「ねえシンジ君?これ別々のほうが…その…味が引き立って…そっちのほうがいいと思うわ」

なるほど
シンプルさも重要なのか
さすが大人

りっちゃんはそれだけ言うと出かけてしまった
うん
デートだもんな
ブラジャーも着合い入れて黒だもんな

がんばれりっちゃん!



アスカちゃんにお願いして綾波の部屋に入れるようにしてもらった

だって綾波んちって
秘密基地の中なんだもん

綾波に電話してそれを聞いたとき
ビックリした

「もしもし?」
“なに?碇君”
「わぁ!僕だってわかるんだ!」
“ええ”
「やっぱり超能力かなんか?」
“ここの電話にかけてくるのは碇君だけ”
「え?そうなの?なんで?」
“ネル…地球防衛軍に電話かけるのは大変”
「え!?」
“私の部屋はその中”
「ええ!!綾波、アスカちゃんのところに住んでるの!」
“そう”
「…どおしよう」
“なにが?”
「あのさぁ…」
“なに?”
「遊びに行こうと思ってたんだ…綾波んちに…そっか…無理だね…」
“いらっしゃい…かあさんまってる”
「え?…無理だよ…入れないよ」
“シンジのおともだちにたのめばへいき”
「え?…あ!そっか!アスカちゃんに頼んでもらえばいいんだ!」
“部屋の場所…E層…”
「まって!メモ取るから!」


アスカちゃんに場所を伝えるとビックリして
それでも何処かに電話して僕を入れるようにしてくれた


秘密基地の
初めて入る場所にある
ものすごいエレベーター

その前で僕はマシンガンを持った人に目隠しをされた

その後はいくつもエレベーターを乗り継ぎ
めちゃくちゃに歩かされ
最後にもう一回エレベーターに乗り
扉が開くと
ようやく目隠しをはずされた


まぶしくて
目をしばたかせていると
マシンガンを持った人に地図を渡された

「この地図の通りに向かってください、それ以外の通路に侵入したり部屋に入れば即拘束されます」

アスカちゃんをチラッと見ると
腕を組んで壁に寄りかかり
ものすごく怖い顔で壁を睨んでいた


マシンガンを持った人はすぐにいなくなった

地図を頼りに綾波の部屋を目指す
うん
なんだ
わざわざシャッターとか閉めてくれて
これなら迷わないや

結構親切なんだな
地球防衛軍って

部屋はすぐに見つかった
表札はない

ドアをノックしてみても反応がない
「出かけてるのかなぁ?」
もう一回ノックしてみた
僕が首をかしげるとアスカちゃんが
「聞こえてないんじゃない?」
そういいながらドアの横にあったレバーを回わした

バシューってすごい音がして扉が開く

アスカちゃんはすたすた中に入り込む
行儀悪いなぁ…

「おじゃましまぁーす」

うわぁ
床にパンツやブラジャーが…
色とりどり

どっち向けばいいんだよ…
それに綾波もいない
トイレかな?
もしかしてお風呂?

振り向くとバスタオルを巻いた綾波がいて
僕は驚いてつまずいて
その拍子に押し倒しちゃって
「碇君…私は母親…だめ…」
なんて言いながらほほを染めて

なぁ〜んちゃって!

でもほんとに出かけてるのかなぁ?

ん?
カーテン…
外の景色でも見ようかな

アスカちゃんもカーテンをつまんでる
顔を見合わせ
めくってみた

オレンジ色?

あれ?
水槽?
おっき…


「うわぁ!」


裸の綾波が水槽の中から僕を見下ろし微笑んでる

「何やってんのよ!あんた!」

ごもっとも

アスカちゃんの声が聞こえたのか、水槽の中の液体がどんどん下がってゆき、中が空になると、ガラスの部分が天井に格納されてゆく

「いらっしゃい」

綾波はすっぽんぽんで僕らに挨拶をした

思わず目をそらす

アスカちゃんの裸はいつも見てる
とてもきれいで
僕は大好きだ

りっちゃんの裸もたまに見る
丸みとくびれと
とにかく
その…
エッチな体って言うか

ドイツでおばさんの裸もよく見た
やわらかくて
大好きだった

その…
なにが言いたいかって言うと
同年代の女子の裸を…
アスカちゃん以外で
初めて
見たわけで
その…
なんていうか…
ええい!

勃起した!


そんな僕をおいて、アスカちゃんと綾波が口げんか…
ちがうなぁ…
不思議な会話

「ちょとあんた!…じゃなかった綾波さん」
「いらっしゃい…」
「『いらっしゃい』じゃなくて服着てくれない!?」
「そう?わかった…」
「シンジはお弁当広げて!」

突然僕の名前が出てきてちょっとうろたえる
「え・あ…うん」
「レジャーシート持ってきてるからそれを広げて」
「うん」
僕は荷物の中からレジャーシートを取り出した

どこに敷けばいいんだろう?
そんな事考えてると、アスカちゃんが部屋に散らばるパンツとか色々を拾い始めて
「綾波さん、洗濯物はどこに入れるの?」
それを聞いた綾波はダンボールを指差した
アスカちゃんは抱えた汚れ物をダンボールに叩き込む
ボスン!って音が聞こえた

「それから綾波さん」
ようやく服を着た綾波
僕はちょっとざんねんだけど
安心して顔を上げて
綾波をみると
胸の辺りにポッチが…

「わるいんだけど下着もつけてもらえないかしら」
アスカちゃんはため息みたいなしゃべり方
綾波は“なによ!?”って顔して…
下着を着けた


僕はレジャーシートを広げその上にお弁当をならべた
本当にアスカちゃんは用意がいい

準備か…
じゃあ僕はっと
「ねえ綾波、トイレ貸して」

僕が立ち上がろうとすると
アスカちゃんがものすごい顔して
「シンジ!先行かして!」
僕を押しのけトイレに向かう
「あ…いいけど…そんなに?」

アスカちゃん…
よっぽど我慢してたのかな
だからエレベーターでもあんな怖い顔してたのか

じゃあ僕は後でいいや

「綾波、先に食べてよう」
綾波は嬉しそうに微笑んだ
そういう顔を見ると僕も嬉しい
「これ、食べてみて」
僕は飛びっきりおっきなクッキーを選んで綾波に渡した

アスカちゃんが“あっ!”って顔してる
ざんねん
一番おっきなのは綾波にあげちゃった
それに
「アスカちゃん手洗った?」

振り向くと綾波は口いっぱいにクッキーをほおばっていた
「どお?おいしい?僕が作ったんだ」
「堅くて…苦くて…味がしないけど…碇くんが作ったの?」
綾波は斬新な表現で僕の作ったクッキーをほめてくれた
思ったと通りだ
「うん!綾波なら…その…かあさんみたいに…なんかいってくれるかなぁ…って」
「そう…おいしかった」
綾波は満足そうに微笑んでくれた
僕も嬉しい

じゃあ次は!
「このサンドイッチも僕が作ったんだ!」
僕が差し出すと綾波はすぐに食べてくれた
たっぷりのジャムで出来た特製サンドイッチ!
りっちゃんのアドバイスでおいしさ倍増!
「どお?おいしいでしょう!」
「あまくてべとべとする…でも…おいしかった」
やっぱり綾波は斬新な表現でほめてくれた

「シンジ、トイレいっといで」
戻ってきたアスカちゃんは少しだけ残念そう
うん
帰ったらアスカちゃんにも作ってあげよう


僕はトイレで思いをめぐらせた
聞けるかな…
大丈夫だよな…
うん…
大丈夫…


「さあ食べましょう!」

トイレから戻るとアスカちゃんはご機嫌だった
きっと僕の焼いたクッキーを食べたんだ


デザートはりんご
日本に来ておどろいた
日本じゃりんごは高級品
ドイツじゃ毎日いやってほど食べたのに
でもドイツじゃ滅多に食べれなかったバナナやメロンは、缶ジュースと変わらない値段で売ってる
夏の国と夏のない国
僕はその二つの国を経験したのか…

アスカちゃんがりんごを剥こうとすると綾波がナイフとりんごを取り上げ
「かあさんがむいてあげる」
僕に微笑んだ

おぼろげな記憶
「ほらシンジ!どこまで続くかなぁ?」
「かあさんじょうず!」
「ほぉら剥けた!皮は…じゃーん!」
「すごーい!かあさんすごーい!」

綾波はりんごの皮を起用に剥く
途中で途切れることなく
僕の記憶の中にいるかあさんと同じ

綾波はりんごの皮を剥き終わると
僕にりんごの皮を見せて、バネみたいにびよんびよんしてくれた

記憶の中のかあさんと同じように


綾波は僕らにりんごを切り分けてくれて
自分はヘタをつまんでりんごを眺めている
だから僕は聞いたんだ
「綾波、りんご食べないの?」

綾波は寂しそうにつぶやいた
「知恵の実…」

知恵の実?

りんご食べながらアスカちゃんが
「綾波さん嫌いなんでしょう?りんご、気にしないで食べちゃいましょう」

そうなのかな?


「碇くん」


綾波が真剣な声で
だから僕はわざととぼけて
「え?ほしいの?」

綾波は首を振り

「生命の実と知恵の実…どっちがよかった?」

生命の実…
知恵の実…

あ!

あのゲームか!
はいはい!
“勇者よ選べ、力の実か生命の実かそれとも知恵の実か!”

うん!ぼくは力の実を選んだんだよね
はは…
そっか、綾波もやったんだ

そうだなぁ
現実にそんな物があるなら…

「うーん、知恵の実かなぁ〜もっと漢字読めるようになりたいし」


綾波はなぜか嬉しそうに笑う
「そう…よかった…」



食事が終わって
いつ話を切り出そうか
そればかり考えていた

「はぁ…」

アスカちゃんのため息

「ねぇ綾波さん、シンジが聞きたい事あるんだって」

アスカちゃんは僕のことは全部お見通し
ちょっと照れくさい

綾波が僕のことを覗き込んで
「碇くん…なに?」

僕はアスカちゃんと綾波に挟まれて
照れくさくて
うつむいたまま
「あのさ…もし知ってたらでいいんだけど…かあさんて、どんな…どんなひとだったのかな?優しかったのかな?綾波、かあさんのこと知ってるんでんでしょ?父さんに聞いても『あぁ』とか『そうだ』とかしか言ってくれないし…」

僕は思い切って僕がこの部屋に来た目的を口にした
綾波は笑ったまま机に向かうと引き出しから何かを取り出した
戻ってきた綾波は僕に手にした物を見せた

「私と碇くん」

そういいながら
綾波が差し出したものは写真で
そこには


「かあさん…」


かあさんは笑っていて
かあさんに抱かれた僕も笑っていて
空想の中でしか見れないかあさんの笑顔がそこにあった


覚えている
湖のある公園で
とおさんとかあさんが僕をよく連れて行ってくれた
何をしてたのかは覚えてない
ただ三人でよく出かけて
あれ?
ダメだよ
涙で汚しちゃうじゃないか
せっかくの写真が
僕の涙で汚れちゃう
しっかり抱えないと…
しっかり…
そうしないと
だってかあさんが笑ってるんだ

アスカちゃんだって
ほら
僕の事なでて…
だから泣いてちゃダメだ…


「あげる…碇くんにあげる」


僕は綾波を見上げた
僕は…

アスカちゃんは僕のことを抱きしめ、僕のことを優しく撫でながら
「あげるって…大切にしまってあって…あんたも大切にしてたんでしょう?」

「シンジはやさしいこ、かあさんのたからもの」

「あんたも大切なんでしょ?この写真」

「かあさんのたからものはシンジ」

「……シンジ!おきなさい!」

僕はゆっくり起き上がった
写真を落としてしまわないように

アスカちゃんは僕たちの手を引き部屋を出た
エレベーターに乗り込んで
上に向かった
なぜか警備の人はいなかった


向かった先は
地下なのに日差しがあって
公園もあって
アスカちゃんに木陰に連れて行かれた

「シンジ、ケータイ貸して」

アスカちゃんは静かな声で僕に話しかけて
僕が携帯を差し出すと勝手にいじくりだし
ちょっと離れたところに立って

「二人の写真撮ってあげるから、こっち向いて」

よくわからない

「もう!あんたたち親子なんでしょう!ほら!」

アスカちゃんは僕と綾波を無理やりくっつけて
手まで握らせて
綾波はすごく嬉しそうで
アスカちゃんもなんだか笑ってて

僕は少し恥ずかしくて

「動くんじゃないわよ!」

アスカちゃんは僕たちの写真を撮った

「よし!じゃあついてきて!」

アスカちゃんはスタスタ先に歩き出した
僕はアスカちゃんの後を追う
綾波は嬉しそうに僕の手を握ったままついてきた

アスカちゃんはコンビニに入ると写真をプリントして綾波に差し出した

「これとさっきの写真と交換、それでいいでしょう」

そういながら

綾波はようやく僕の手を離すと
写真を受け取り

「ありがとう…」

嬉しそうにつぶやいた

「あー!世話の焼けるやつらね!」

アスカちゃんはそっぽを向いて
でも
口元は満足げだった

「アスカちゃん、ありがとう」
本当にありがとう


部屋に戻っても綾波は写真をずっと眺めている

僕は写真を大切にしまった
家に帰って
アスカちゃんと二人で
もう一度ゆっくり眺めよう
だって
アスカちゃんは
かあさんのにおいがするから

僕は綾波の部屋をうろついた
何か不思議なものはないか、宇宙の何かとかそんなのが
…あった!
黒い電話ぐらいの大きさの
なんだか不思議な物体を!

早速綾波に聞いてみた
「ねぇ綾波、これ何?」

綾波はチラッと僕の指がさすほうを眺めると興味なさげに
「電話…」

そっか
電話か…

って!えぇ!?

これが?!
だってこれ
「ボタン壊れてるよ?」

アスカちゃんも穴に指を入れる
「ほんとだ…綾波さんこれ壊れてるの?」

綾波は人差し指を立てると、クルクルまわす
「時計と同じ方向…」

アスカちゃんが小首をかしげて言われたとおりにしてみた
じーこじーこ
「あ!」

アスカちゃんは何かを理解したらしく
ジーコジーコ始めた

僕の携帯がなる
着信音がなる
液晶には
“綾波”

すごい!
アスカちゃんも
「ねえ綾波さん!これ秘密回線かなんかでしょ?すごいわね!これならまず電話だって思われないもんね!」

僕たちは感動した!
これが宇宙のテクノロジーか!

あれ?綾波なんだか不機嫌?
何でだろう?

「シンジのともだちいじわる、かあさんをおばさんあつかい」

どうしてだか綾波はぷりぷり怒って
僕たちは綾波の機嫌をとろうとして宇宙電話を仕切にほめたんだけど
綾波の機嫌は一向によくならない

そんな事してると綾波は「は!」って顔して写真と自分を交互に見て

「どうしたの?」

あれ?綾波、突然服を…


ゴキッ!!!!


突然僕の首はあさってを向き…
しばらくするとアスカちゃんの声

「ねえ綾波さん」
「…何?」
「わるいんだけど服着てくれない?一応シンジも男の子なんで」
「きてる…」
「下着のほかに…着てくれない?おねがい…男の子の前なんだし…ね?」

綾波が服を着る音が聞こえて
しばらくすると

バキッ!!!!

僕の首はようやくあるべき方向へ
うん
このまま一生横向いて暮らすのかと思った


しばらくするとアスカちゃんは綾波に服の交換を提案した
綾波の返事は

「だめ」

綾波は勘違いしてて
今日着たワンピースをアスカちゃんがほしがってると思ってるみたいで
その姿を見たアスカちゃんは
「あぁ、それじゃなくてあっち」
ダンボールを指差した
ようやく理解した綾波は
「あれならいい」
「じゃあ今度私のいらない服もってくるから交換ね!」

ぼくは少し気になることがある
綾波の胸は今日食べたりんご位あって
アスカちゃんは…

僕は勇気を出して声をかけた
「アスカちゃん?」
「なに?」
「その…サイズとか平気?」

アスカちゃんは最初“はぁ?”って顔をして…
次に自分の胸を見て
視線を僕に戻すと…
もんっのすごく怖い顔で

「わるかったわねぇ…」

そして僕の眼前に立つと
泣きそうなくらい怖い笑顔で

「どこのサイズのことかしら?」

僕は直視できずに
「……べつに…」

綾波は相変わらず写真とワンピースを眺めていた




アスカちゃんは綾波に「今度はうちに遊びに来なさい」って言って
綾波は頷いた

明後日、もう一回遊びに来る約束をして、帰る事になった

僕はどうしても綾波にお礼が言いたくて
写真の入った、お弁当を持ってきた袋を抱きしめて
綾波にお礼を言った
「綾波…写真ありがとう」

綾波は微笑んで頷いてくれた
そして
綾波はアスカちゃんの方を向いて

「…写真…ありがとう」

アスカちゃんは照れくさそうに笑い
照れ隠しみたいに

「写真ぐらいいくらでもいいわ!何なら今度三人でプールでも行きましょう」

綾波をプールに誘った

あれ?
綾波、僕をみてる
なんだろう?

「プール…シンジはかなづち…かあさんしんぱい」

なんだかものすごく心配そうな顔でそんな事言われ
何の事だかわからないけど

「大丈夫だよ」

返事をしといた



綾波はエレベーターまで送ってくれた
僕はそこでまた目隠し
アスカちゃんに手を引いてもらいエレベーターの中へ
僕は入り口のほうを向くと
アスカちゃんと二人でお別れを言った

「「またくるね」」

「いってらしゃい」

綾波の声は優しかった




僕はアスカちゃんの胸の中でかあさんの写真を眺めた
アスカちゃんは子守唄を歌ってくれて
それすらも心地よく
僕は
夢のような気分で
アスカちゃんのにおいに包まれて
かあさんの写真を眺め
眠りにつく

この写真を見るまで
正直に言うと
“お母さん”
って言われて思い浮かべるのはおばさんだった

でも今日からはちがう
僕は自分で記憶の引き出しの奥底に仕舞っていたかあさんとの思い出を取り出した

…ちがう

綾波が思い出させてくれた

多分
綾波はかあさんじゃない
でも
綾波は僕にかあさんを返してくれる
綾波の中には僕のかあさんが詰まってる
じゃあやっぱり綾波はかあさんなのかな?
うん
わからないや

アスカちゃんの歌が心地いい
外れた音程
どこかおかしいメロディー

“オーソーレミーヨー”

素敵な子守唄
何度もおばさんが歌ってくれた
おばさんの大好きなイタリアのオペラの歌
僕には二人の母親がいる
この歌のように

ねえ…アスカちゃん知ってる?
アスカちゃんの歌う子守唄
こういう意味なんだよ?

私には二つの太陽がある
私には二つの太陽がある
だから私は日暮れを恐れる事はない
ああ
私には二つの太陽がある


僕にも今ならわかる
僕にも二つの太陽が
なんてしあわせなんだ
僕には二つの太陽がある

そして

女神まで

僕はなんてしあわせなんだ



メール受信
楽しかった?

本文
優しいシンジ、今日は電話をしてくれないのね
声を聞けなくて、おばさんは少し寂しいです
別に用事がなくても電話していいんですよ
やさしいシンジ、おばさんはひとつ、あなたを育てて失敗だった事があります
それはあなたに私のことを「おばさん」って呼ばせたこと
とても後悔しています
最初にママって言わせておけば
いつも後悔しています
答えてくれなくてもいいです
でも聞かせてください
おばさんはシンジにとってどんな存在なのかしら

変な事聞いてごめんなさい
気にしなくてもいいです
ただ聞いてみたかっただけです
ほんとにそれだけです
そうだ!今度シンジの大好きなクッキーを焼いて送ってあげましょう!
どんな味がいいかしら?
シンジの食べたい味を教えてちょうだい
もちろん電話で
そうしたら両手でも持ちきれないくらいのクッキーを送ってあげる!
まっています
それからアスカのおっぱいの事あんまり言っては可愛そうです
女の子は強がっていても、みんな気にしてるんですよ?
特にアスカは強がるから
シンジがアスカの事一番分かってあげないと
お願いします
それじゃあおやすみなさい
やさしいシンジ




翌日、
週の初め
月曜なのに
怪獣が現れた

僕たちは登校中に車が迎えに来て地球防衛軍に
もちろん僕も連れて行かれる
ミサトさんとの約束もある


僕の着替えた姿を見るとアスカちゃんはミサトさんを睨みつけた

ちょっとして
アスカちゃんは悲しそうな顔になると、なにも言わず僕におまじないをしてくれた
まるで僕はアスカちゃんに守られているようだ

アスカちゃんがつぶやく
「大丈夫よ…私がいるもの…大丈夫…」
アスカちゃんはミサトさんから出撃の指示を受けるまでずっと僕を抱きしめて
ずっとつぶやいていた
僕を守ってみせるって
僕はとても嬉しかったんだけど…
なんだか少し…
くやしかった



ビルの陰から怪獣を覗く
怪獣は蜘蛛の化け物みたいで
何でも溶かす液体で攻撃をしてくる

気がつくと
アスカちゃんのロボットは颯爽とビルの上に立ち
腕なんか組んで怪獣を見下ろしていた

怪獣の攻撃を蝶のように舞
ひらりひらりとかわすアスカちゃん
まるで弄ぶ様に

怪獣は相手が悪いと悟ったのか狙いを僕にさだめて来た!

僕は怪獣に狙いを定める

怪獣をセンターに入れてスイッチ!

あれ!?

簡単によけられちゃった…

あ…ああ!
うわぁ!
変なべとべとを吐きかけられ僕のロボットの装甲が溶ける!
「うわぁ!なんだよ!これ!」
どんどん溶けて行く!
大変だ!このままじゃ!

僕は怪獣から逃げようとして
転んじゃって
振り向くと怪獣が迫ってて
怪獣に蹴り飛ばされて
もう一度溶解液をかけられる!
全身に激痛が走る
もう戦うとかそんなのは無理で

「いたい!いたたたたた!」

情けなく叫ぶだけで

アスカちゃんに助けを求めようかと思ったけど
ぐっと歯を食いしばった

そうすれば僕にも反撃のチャンスがあるかもしれない

でも
そんな物はなくて
怪獣が足を振り上げると
身が竦んで
全身が痛くて
反撃どころか立ち上がる事も出来なくて


突然、怪獣がひっくり返った
ちがう
真っ赤なロボットが怪獣の足を掴み
まるで人形を振り回すみたいにバンバン地面に叩き付けている

僕は全身の痛みに情けなくうめいていた
少し安心しながら

「シンジ、大丈夫?」

アスカちゃんは怪獣を振り回しながら僕のことを心配してくれた

それがなんだかとても悔しくて
情けなくて

「いたいの?」

僕は首を振って答えた

しりもちをついた僕のロボットが“イヤイヤ”するみたいに首を振った
それを見てアスカちゃんは小さく笑った

「おしおきよ!」

アスカちゃんが叫ぶと怪獣はアスカちゃんのロボットの手から出た壁みたいのでぺっちゃんこに潰されてしまった

僕は下を向いていた
だって
見えたんだ
小さな女の子が
アスカちゃんに潰されるのが




僕は駆けつけたりっちゃんに連れられて診察室へ
服を脱がされると僕の体は少し赤くなっていた
さわられるとちょっとヒリヒリする

りっちゃんにクリームを塗られ
シップを貼ってもらって
お尻を叩かれた

「したばっかり見ちゃって!しゃんとなさい!」

りっちゃんは笑っていた


休憩室でアスカちゃんを待つ間
昔の事を思い出していた

アスカちゃんが教わっていたカラテ
そのカラテの先生が僕のことを見て
「君もやってみるかい?」
声をかけてきた
僕はカラテをやるアスカちゃんがカッコよかったから
僕もカッコよくなれるかなって思って
うなずいた
アスカちゃんが
「がんばれシンジ!」
って声をかけてくれて
先生から「きほんのかた」ってのを教わった
先生の指導で僕は言われたとおりにやってみた
しばらくするとカラテの先生は驚いたような顔をして僕に
「人は殴れないのかい?」
って聞いてきた
僕は先生の言っている事がよくわからなかった
別に先生に言われたとおりやってるだけだし
第一、人なんてどこにもいない
僕が返事にこまってるのを見てカラテの先生は
嬉しそうに僕の肩に手をかけ
僕の目を見て
「君は心根がやさしい」
そういった

未だに言葉の意味はわからない

アスカちゃんは僕がバカにされたと思ったらしい
とても怒っていた


ドイツを出る時
カラテの先生がもう一度、僕に声をかけてくれた
「君はラングレー君よりも何倍も強い」
僕の胸にこぶしを当てながら

そして僕に漢字をひとつ教えてくれた
“忍”
「君のためにあるような言葉だ、もう少し大人になったら分かる」

餞別のお世辞なのはわかってる
漢字の意味だって
“我慢する”
大きくならなくてもわかる



でも
現に僕は
アスカちゃんの何の役にも立たない
そんな自分に我慢も出来ない

僕は僕が情けない

だって
ほら…
今だってこうやって
アスカちゃんを待ってる




夕食
何も食べたくないのに
僕の好きな物ばかり食卓に並ぶ
アスカちゃんは僕に気を使ってくれてる
今だって
ほら…
「もう!そんなにいじけなくてもいいじゃない!」
僕に寄り添ってくれる
「私だって何年もかかってるんだから!」
僕の頭を撫でてくれる
僕の手を握ってくれる
「シンジがいてくれるだけで私は十分なの…」
僕を慰めてくれる

僕は僕が嫌になる
この気持ちはどうしようもなく僕の心に広がっていった


翌日
僕たちは綾波の部屋に遊びに行った
僕は綾波に相談したくて
アスカちゃんが着替えてる隙に背中越しに綾波に話しかけた
振り向いたらまた裸の綾波をみちゃうから

「ねえ綾波…」
「なに?」
「なんで昨日は何にも教えてくれなかったの?」
「…あのこはとても怖がり…私がいなくても…」
「アスカちゃんがやっつけちゃうから?」
「…」
服に袖を通す音が聞こえる
「ねぇ綾波」
「なに?」
「“忍”って漢字の意味、知ってる?」
「…しのぶ?」
「こう」
綾波が僕をみてる気がしたから、僕は宙に字を書いて見せた
「“やいば”があるのに誰も傷つけない…とてもやさしい字…」
「やさしい?」
「“やいば”を“こころ”の上にしまって…相手の身になって人と触れ合う…誰も傷つかないよう…」
「そうなの?我慢するって意味でしょう?」
「それはちがう…とてもやさしい字…まるで碇君…」
「え?」
僕は思わず振り向いた
綾波はアスカちゃんと取り替えた服に袖を通して
胸元がしまらず苦戦していた

僕は何とか胸のボタンを閉めようとする綾波の動きが面白くって
手を貸してあげた

「シンジはやさしい、かあさんはうれしい」
“シンジやさしいのね!かあさんうれしい…”

綾波は笑ってくれた
かあさんも笑ってくれた


綾波の服を着こなして現れたアスカちゃんに
綾波は無表情に、アスカちゃんに聞こえるように

「…きつい」

僕は笑いをこらえた

うそ!
わらっちゃった!

綾波の一言に怒るアスカちゃんと聞き流す綾波
聞いてるだけで楽しくなる!

「なによ!自分がちょっと胸が大きいからって!失礼ね!」
「そう?…わからない」
「胸元開ければいいでしょう!」

綾波は“なるほど”って顔して
せっかく閉じた胸元を全開に
かわいいピンクのブラジャーが見えて
しっかり目に焼き付けてから
下を向いた

「ほら!少しは恥らいなさいよ!」

アスカちゃんは自分の持ってきたカーディガンを綾波にかぶせる



部屋にはあの日のワンピースがかかったままだった





何でだろう?
いやな事が続く

僕の友達で…
友達かな?
少しちがうかな
とにかく、とても仲がよかった山岸さんが、お父さんの仕事の都合で転校する事になった

「ねぇ…碇君、最後に思い出を作りたいの。本に書いてあるような素敵な思い出」

僕はアスカちゃんにお願いして
山岸さんと動物園に出かけた

生まれて初めてアスカちゃん以外の女の子とデート

山岸さんはアスカちゃんとは真逆で
思った事は口に出さない
しかも心の中はとても歪んでいる

でも、僕たちはどういうわけか打ち解けた

「碇君の言葉にはとげがない」

いつも山岸さんが僕に言っていた

僕たちは手をつなぎ
檻の中の動物を見て回った

「ずっとこの中で生きていくんだね」
僕は何気なくつぶやくと山岸さんが
「ねぇ、あいつならこんな時なんて言うの?」
「アスカちゃん?そおだな…『ざまあみろ!』かな?」

山岸さんは面白そうに笑ってくれた

「よかった!碇君があいつのもので」
「え?」
「私が檻の外から碇君に言うの『ざまあみろ!』って」

僕と山岸さんはお互いを見合わせて
思わず吹き出して
声を出して笑った

山岸さんは僕の手を強く握った

山岸さんはアスカちゃんのことが大嫌いで
理由は

「図書室で大声を出したから」

もちろんアスカちゃんは売られた喧嘩は買うわけで
二人は犬猿の仲

アスカちゃんにはないしょだけど
僕が校舎裏に連れて行かれたあの日
山岸さんは率先してバールのような物を振り回していた


僕たちは動物園の中のレストランで食事をした
もちろん僕が払う
アスカちゃんがお小遣いをくれたのはないしょ
それを知ったらきっと山岸さんは歪んだ笑顔でアスカちゃんを罵る

その後で山岸さんと売店に行った
お土産を選ぶ
山岸さんへの餞別はもう用意してある
だからここではアスカちゃんへのお土産でも買おうかと思って

「あいつに?」

山岸さんが覗き込んできた

「選んであげる」

山岸さんが一緒に選んでくれるんだけど…
ゴリラのぬいぐるみとか
トラの置物とか

逆にありかなって思っちゃって
言われるがままそれにしちゃった

山岸さんは動物がお辞儀するペンを気に入って買っていた

僕たちは動物園を出ると高台の公園に向かった
ベンチから眺める町の景色は夕日に映えてとてもきれいで

僕はかばんから山岸さんへの餞別を出した
ガラスのプレートに時計が埋め込まれていて
ガラスにメッセージを彫ってもらって
ガラスにはこう掘り込まれている

“君との想い出は永遠に”

「あいつ、なかなかいい趣味してるわね」
受け取った山岸さんは嬉しそうに笑いながらそういってくれた
アスカちゃんにお店を教えてもらって
アスカちゃんと買いに行った
山岸さんはそんな事はとっくに気づいている

もしアスカちゃんがこのお店を選んでくれた優しさの半分でも山岸さんに見せていたら
二人は友達になれたかもしれない

ちがうな
僕がそうなるようにしなかったから二人はこんなに仲が悪くなってしまった
僕は僕が思ってるほどアスカちゃんのために友達を作れてはいない



「じゃあ、これ、私から」
山岸さんは僕に一冊の絵本を差し出した
熱帯魚のお話
とてもきれいな絵の
子供が読むような

僕が日本に来てすぐの頃
漢字がわからないのをちょっと何とかしようと思って図書室に行った
行ったは良いけど、どうしていいかわからなかったから
図書委員の席に座っているおとなしそうな女の人に相談してみた

「あの…僕、日本に来たばっかりで…その…字がわからなくて…少し覚えたいんだけど」

図書委員の子はちょっと驚いて
でも
ちゃんと僕と一緒に本を選んでくれた

「これ、読める?」
「うぅ〜ん」
「ちょっとむずかしいか…じゃあこれは?」
「えっと…」
「もうちょっとやさしいのがいいわね…じゃあこれなんかどう?」

そういって図書委員が…山岸さんが渡してくれたのがこの絵本だった

おぼえていてくれたんだ

あの後あんな大騒ぎになっちゃって
僕が謝りに行ったんだけど…

「自分で謝りに来ないなんて!なんてやつ!」

山岸さんの怒りの矛先は完全にアスカちゃんに向かってしまった


僕は絵本を開いた
見返しのページに

“親愛なる碇シンジ様へ、あなたの友、山岸マユミより”

きれいな字で

「ありがとう…宝物にする…日本で最初に読んだ本だし…」

「かして」
山岸さんは笑うと僕から本を取り上げた
「え?あ、はい」

山岸さんは後ろの見返しを開くと、さっき買ったペンで文字を書き始めた

本が大好きなシンジ君へ
本が大好きな山岸より

「はい!ほんとは“本が”なんて書きたくないんだけど、あいつが怒るでしょう?」

僕は笑いながら絵本を受け取った

その時

山岸さんは僕の両手を握り締め

引き寄せ

キスをした


僕は生まれて初めてアスカちゃん以外の女の人とデートをして
生まれて初めてアスカちゃん以外の女の人とこんなキスをして
生まれて初めてアスカちゃん以外の女の人を抱きしめた


最後だから素直に言った
「山岸さんの事…すきだった」

「おこられるよ?」
山岸さんはおかしそうに笑ってくれた




「さみしくなるから」
そういわれて
僕たちは分かれた
もう会う事はない
小さな恋のお話はもう終わり

僕は小さな恋を絵本に閉じ込めアスカちゃんの待つ家に向かった
山岸さんがすきなのとアスカちゃんへの思いは矛盾しない
僕の中ではまったくちがう
アスカちゃんは僕の全てで

いつかアスカちゃんと結ばれたい


山岸さんは
委員長や霧島さんと一緒で
好きな女の子の中の一人

ただそれが言えないまま今日まで過ぎてしまった
それだけ


僕の中にある女の子のランキング
その中の絶対王者はアスカちゃん
でも今日からそれ以外の女のこのピラミッドの頂点は山岸さん

ちなみに“女の子”ランキングだからりっちゃんは入っていない
女の人ランキングはまた別にある



家につきアスカちゃんにお土産を渡すと

「あいつにしちゃいいセンスなんじゃない?」

そういいながら本棚のはじに飾ってくれた
アスカちゃんもやっぱりお見通しなわけか



しばらくするとアスカちゃんは僕の横に座り込んで
二人とも何も話さずに

「ばか…」

アスカちゃんはそういうと、僕にそっとキスをした



お風呂に入って
二人でベッドへ
ベッドの中で寄り添って…

アスカちゃんが何度も僕に話しかけてくる

「ねえシンジ?」
ただそれだけ
「ねえ…」
ただそれだけを繰り返す
「なんでもない」
時々そんなこと言いながら


僕はいつの間にか抱きしめられ
アスカちゃんの胸にうずまる
アスカちゃんの胸がいつもより温かい
僕の可愛いまくら

その温もりと
アスカちゃんのにおいにおぼれながら
眠りについた




さよなら…山岸さん…




最近気づいた
アスカちゃんは僕の母親みたいなんだ
今もこうしてクラスのことお喋りしてるけど
アスカちゃんは昔みたいにじゃまをしてこない

ただ、僕のことを見守っている

僕はアスカちゃんに守られている

「きゃぁ!すてき!」

委員長の声がして振り向くと
アスカちゃんが微笑んでいた




怪獣が現れた
呼び出された僕ら

僕が着替えているとミサトさんが入ってきた
「みーちゃった」
「あ…ミサトさん」
「シンジ君ブリーフ派!」
「なんですか?アスカちゃんに言いつけますよ?」
「きゃぁ!こわぁ〜い!」
「いい年してくねくねしないでくださいよ…なんですか?」
「…冷たいわねぇ」
「僕だって男なんですから、ずかずか入ってこられたらムッとします」
「あはははは!ごめんごめん」
「ほんとに、なんですか?アスカちゃんに聞かれたらこまる事ですか?」
「そ、シンジ君、今日が最後でいいわ」
「え?」
「アスカにね毎日問詰められちゃって『あと何回シンジをつき合わせる気!?なにが目的!?なんて言ってシンジを騙したの!?』そんな感じでね」
「アスカちゃんらしいや」
「そうね…正直に言うわ、データはもう十分取れた、だからもういいわありがとう」
「そうですか」
「だから今日が最後」
「僕も毎回アスカちゃんに怒られてたんで…よかったです」
「そう…シンジ君」
「はい」
「ありがとう」

ミサトさんは出て行った

僕はなんだかとても情けなくなった
僕はやっぱり何の役にも立たない

ロッカーを殴ろうとしてやめた
そんなことしても何にもならない

ただ
もしここにアスカちゃんがいて
僕を慰めてくれたなら
僕はアスカちゃんを突き飛ばしていたかもしれない

きっとそれでもアスカちゃんは僕を許してくれる
“もう…気が済んだ?”
そんなこと言いながら


僕の中に歪んだ想いが膨らんでいく

アスカちゃんを困らせてやりたい

その思いはどうしようもなく膨らんでいった


「シンジ!用意はいい?」

明るいアスカちゃんの声
僕はこの思いを胸の奥にねじ込んだ

「うん」

僕はアスカちゃんに手を引かれロボットへむかった



僕のロボットはピストルを持ってアスカちゃんのロボットの後に続いた
出撃前
僕はアスカちゃんに抱きしめられた
おまじないをしてくれた

僕は抱かれたままアスカちゃんに誓った
「ねえ、アスカちゃん」
「なに?」
「今日はがんばる」

アスカちゃんはちょっと笑うと
僕のことこずいて
その後
おでこを僕のおでこにくっつけてきた

アスカちゃんの顔は
とても嬉しそうだった

その顔が僕の瞳に焼き付いて離れない


空には宇宙人の円盤
変な斑模様で
なんだか気持ちが悪い

「いい?私が指示したら打つのよ、わかった?」
アスカちゃんから指示が出る
「うん」
僕はピストルの安全装置を解除した


そうだ…
小さいころ
僕はおじさんたちとバカンスに連れて行ってもらって
アスカちゃんと虫を取りに林へ
僕はアスカちゃんの後ろを網を持ってついて歩いて
「シンジ!今よ!」
言われるままに網を振り下ろして
「ね!ちゃんと取れたでしょう?」
ちょうちょを捕まえて


ちがう
アスカちゃんが捕まえたんだ

僕は網を言われる通り振っただけ

今日は違う!
今日は!


“あぶない”

え?

僕の頭上に斑模様の円盤が

チャンスだ!
僕は引き金を引いた

銃声

円盤にはピストルの弾はまるで効かない


“にげて”


え?

気がつくと僕のロボットは膝まで真っ暗な影に沈んでいた

僕は抜け出そうとしてもがくと
一気に腰の辺りまで沈んでしまった

僕は怖くなって
助けを呼んだ
とても情けない声で
アスカちゃんを呼んだ


僕の叫びを聞いた赤いロボットはビル伝いに飛んでくると
僕のロボットの腕を力いっぱいひっぱった

気がつくと胸元まで沈んでしまってる

アスカちゃんは両手で僕を引き上げようとしている

アスカちゃんのロボットまで影の中に引きずり込まれていく

アスカちゃんはそのまま僕と一緒に深い影の中に沈んでいった



僕たちは真っ白な世界に閉じ込められた



僕は気がつくと
泣いていた
アスカちゃんに謝っていた
泣きながら

僕は後悔してる
やっぱり僕はアスカちゃんの言うとおりにしていなければいけないんだ
だから…
だからアスカちゃんの言う事を聞かなかったから
こんな事になったんだ

「いいから泣かない、男の子でしょう?いい?一番後ろにあるスイッチを右から順に押して」

アスカちゃんはとてもやさしい声で僕に指示を出す
僕にはどれの事かわからない

「うしろむいて」

優しい声の言うとおりに振り向いた

「オレンジ色のボタン、わかる?」

すぐそばにオレンジ色のボタンが並んでいた


「右から順番に押して」

お箸を持つほうから順に押していく
ブゥーンって音がして
その後すぐに静かになった

僕はアスカちゃんに会いたくて
脅える自分をなぐさめてほしくて

一人で涙を流した





僕は少し高いところからアスカちゃんを見下ろしていた

アスカちゃんは車の中から外を眺めていて
視線の先には委員長

アスカちゃんは涙を流し外を眺めている

僕は声をかけてあげる事は出来ない

アスカちゃんを乗せた車はゆっくりと動き出し
アスカちゃんの泣き声が大きくなった

「シンジ…ごめんなさい…ごめんなさい…」

アスカちゃんは何度も僕に許しを請う
自分ひとり生き残ってしまった事を

“さぁ…帰りましょう”
“うん”

僕は綾波に手を引かれ
僕の世界に返った
何もない世界
無の世界
魂たちのいる世界

アスカちゃんのいない世界


さむい…
さむいよアスカちゃん

アスカちゃん



目が覚めた

おかしいなぁ?
僕のプラグスーツはお古だから壊れちゃったのかなぁ?
温度調節がおかしい

アスカちゃんに聞いてみよう

僕はアスカちゃんに呼びかけた
何度も

なかなか返事がない

不安になってきた

何度もアスカちゃんを呼んだ

泣きそうになった
その時


「どうしたの?」


少し暖かくなった気がした

僕はアスカちゃんに寒さを訴え
変なにおいがすることを伝えた

話しているうちに少しずつ照明が消えてゆく

僕はとても不安で
アスカちゃんに抱きしめてほしくて
アスカちゃんの返事を待った
アスカちゃんの声は軽やかだった

「大丈夫よ、それより後ろ向いて」

後ろを振り向く

「ひだりっかわに小さいノブがあるの、わかる?」

薄暗くなったプラグの中でノブを探した

「回して」

まわすと箱がせり出してきた
中には食べ物がたくさん

「おなかすいたでしょ」

僕はおなかいっぱい食べた
アスカちゃんが時々
「おいしい?」
って聞いてくる

僕はとっても落ち着いて
食べ物の袋に何か書いてある事に気がついた

“諦めるな、助けは必ず来る!”

僕はその言葉を見ないようにした
もう一度見ると
なんだか泣いてしまいそうで
アスカちゃんに助けを求めそうで

僕はそのまま眠りについた




僕は魂の世界で綾波と戯れて過ごした
綾波と遊び
綾波と求め合い
綾波とひとつになった

僕は名前を捨て
リリンになった

僕は世界を見下ろした

世界は醜くただれ
たくさんの無駄な魂がうごめいていた

“みにくいだろう?”

アダムが僕に声をかける
僕は頷いた
吐き気すら催す光景だ

“もし君が望むならあの世界を唾棄しよう”

僕は頷いた
僕の瞳に写る世界はとても汚く
その世界を守ろうとする赤い巨人は
まるで獣のようだ

何の躊躇いがあるんだ?
こんな世界終わらせてしまえ

僕はアダムに頼み
この醜い世界を終わらせ
リリスとアダム
そして僕の世界を始めた

とても素晴らしく
美しい世界

でも…
そこに…
僕の求める物が一つ足りない

僕にはそれが何か思い出せない

僕の悩む姿を見たリリスは
この世界から赤い色をなくしてくれた

僕はとても寂しくなった

まるで

アスカがいなくなったことを思い出してしまったみたいで





目が覚めた
何か夢を見ていたような…
そうなのかな?
わからないや…

なんだか苦しい

それに回りも随分暗い
電気が切れたのかな?
それとも僕の目が見えなくなったのかな?

手探りで通信ボタンを押し
アスカちゃんに呼びかけた

今度はすぐに返事があった

僕は苦しくて…暗いんじゃなくて目がかすんできた事も伝えた
もう体も思うように動かない

でもアスカちゃんの声は優しい

「大丈夫よ」

その声を聞くと僕は安心した
安心して
アスカちゃんの手を握った

そうだ…
僕は一人じゃない

アスカちゃんがいる

ほら…ここに

僕はすぐそばにいるアスカちゃんに話しかけた

なんだかちゃんとしゃべれないけど
アスカちゃんに話しかけた
アスカちゃんと一緒でよかったって

その言葉を聞いたアスカちゃんは嬉しそうに笑うと
僕のことを力強く引っ張った

僕はこの真っ白で
真っ暗な世界からアスカちゃんに手を引かれ、連れ出された

外に出たアスカちゃんは
僕の手を握り締めたまま
目の前に立つ
脅えきった女の子に詰め寄った

アスカちゃんは吼える

よくもシンジに!

女の子は僕に助けを求めるようなそぶりをして

でもすぐにアスカちゃんに胸倉を掴まれて
引き倒され
馬乗りになったアスカちゃんに滅多打ちにされた

アスカちゃんは僕のことを口でくわえると
女の子を両手で抱え上げ引き裂こうとした
女の子は助けを求め、手を動かす
アスカちゃんはそんな事はお構い無しに女の子を引き裂いた

全身を血でぬらしたアスカちゃんは勝ち誇るように叫び声を上げる

僕を抱きしめながら

僕はこの美しくいとおしい
血塗られた女性に抱きしめられ
幸福を感じながら
眠りについた



「みて!アスカ!」
さっきまで悲しそうに微笑み
握った僕の手を見詰ていたアスカが外を見上げる

その視線の先には

恥ずかしげもなく手をつなぐトウジと委員長

僕たちは思わず目を見合わせて
もう一度外を見た
楽しげに話しかけるトウジ
何でだか知らないけど少し怒ってる委員長
トウジがあやまる
委員長は手を離してスタスタ
追いかけるトウジ

もう一度アスカと顔を見合わせ

二人で笑い転げた

なんだよ!
わしゃ硬派じゃ!とか言っといて!
まったく!
あははははは!
トウジ!
ざんねんだったね!

だってさ
委員長のファーストキスの相手

僕なんだよ?

あははははははは!

笑う僕を見てアスカも笑う
二人で笑う
ううん
ちがう
僕たち四人は友達だから!

だから笑う!

こんなに素敵な事はない!

ほなな!トウジ!

僕たちはどんなに離れていても友達さ!






目が覚めると
アスカちゃんがいた

僕がおきたのに気づくと

「おはよう」

笑顔だった
だから僕も笑った

アスカちゃんは僕の笑顔を見ると嬉しそうに笑って
お水を飲ませてくれた

僕の体は動かない

でも別に不満はない
だってアスカちゃんがずっとそばにいてくれるから
だから僕はアスカちゃんをみつめていた

ぼくはアスカちゃんにお礼を言った
きっとアスカちゃん一人ならいつでもあそこから抜け出せたんだ
でも
僕がいたから
時間がかかったんだ

きっと…


「ありがと…」

アスカちゃんは僕の声を聞くと
嬉しそうに笑ってくれた

僕が寂しくなったころ
アスカちゃんはやってきてくれて
僕をあそこから連れ出してくれた

結局僕は何も出来なかった

だから僕は謝った

なんだか涙があふれてきた

アスカちゃんは僕を優しく抱き起こすと
つぶやいた

「…ねえシンジ…ずっと私のそばに居て…それだけでいい…」

「うん…」
僕はなぜか嬉しくなかった

こんなに優しい言葉なのに

ぼくは

僕は

悔しかった

だから僕は少しだけよけいな事を口にしながら
眠りに落ちた


「アスカちゃん…かあさんのにおいがする」


そうつぶやきながら


アスカちゃんは少し困惑している
僕はアスカちゃんの香りにおぼれながら眠りについた



メール受信

けんか?

本文
やさしいシンジ、アスカと喧嘩でもしたの?
アスカがシンジの様子がおかしいと困っていました
アスカは本当はとても弱い子なの
だからシンジがイジワルなんかしたらアスカはどうしていいかわからないの
シンジはアスカの何倍も強い子です
だからアスカの事をいじめてはダメですよ
おねがいです
アスカにとってあなたは天使なのですから
もしシンジに悩みがあるなら、おばさんがいつでも相談に乗ります
やさしいシンジ
おやすみなさい


フォークリフトさんから『思い出せないけど』6、7話の投稿です。
シンジ君も意外にナンパだったのですね。
綾波さんは「お母さん」だけどそれとは別にいろいろと…。

アダムよりアスカをとったシンジ君。そうでなくてはいけませんね。

素敵なお話でした。フォークリフトさんへの感想はforklift2355@gmail.comへどうぞー。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる