目が覚めれば思い出せないけど

ぼくは毎晩夢を見る

これより先も…これより前も…

この場面も…
何度も見てきたんだ
今日はどこで目を覚ますんだろう…



6時だ
うん、帰ろう
もう10年以上この生活だ
定時に出勤
定時に帰宅

社長は細かい事にうるさい人だから、残業にもぐちぐちうるさく言ってくる
うぅ〜ん
しかし今日は何か計算がおかしかった様な…
なんだっけ?
ボールペンは大丈夫…
コピー用紙とホチキスも大丈夫…

ゴミ袋…は在庫があったし…
トイレットペーパー?
う〜ん
どうだっけ?
まあ、あってるか

よし!帰ろう!

僕はかばんを持って階段を下りた

エントランスへ出ると
後輩が
「六文儀さん!すごい美人が表にいるんですよ!」
へー
「そうなの?」
「ええ!なんか!車に腰掛けて、人待ってる感じで」
ふぅーん
「そうなんだ」
「俺!声かけちゃおっかな!」
はぁ
「やめときなよ、この間もほら、居酒屋で相手にされなかったし」
「いやーあれはほら…とにかく六文儀さんもちょっと見てくださいよ!すっごい美人だから!」
はいはい
「ちょっとだけね」

………

僕が後輩に連れられて表に出ると
青いRX8が止まってて
確かにそこに女の人が腰掛けてて

「あー!きたきた!」

僕を見つけると手を振って

「え!六文儀さん?お知り合い…ですか?」

後輩は僕と女の人を交互に見て

「うん?あぁ、妹」
「えぇ!六文儀さんの!?」
「そ」
「……ええ!!!!!!」

あーあ、固まっちゃった

「おにいちゃん、ほんとに6時ぴったりなのね」

ミサトちゃんはあきれたように時計を見た

「どうしたの?こんなところで?」

「へへ…ちょっち王子様をさらいにね」

はぁ…
僕は助手席に乗り込み
「じゃ、また明日」
ぼーぜんとする後輩に手を振った

「じゃあ行きましょう!」
「安全運転でね」
「おーけー」

四点ベルトでシートに固定され、アスカにメールを打った
“ミサトちゃんにさらわれた。今日は遅くなるかも”

返事は
“(―人―)ナム”

はぁ
拝まれちゃった
まあ今日も死掛けるのかな…


向かった先はドリフトで有名な峠
ミサトちゃんはこの峠のちょっとした有名人
この間もRX8でランエボをぶっちぎったんだ
しかも登りで
下りならまだしも相手はラリーカーだよ!?

ま…隣に乗ってる僕の胃袋がひっくり返りそうな運転なんだけどね…

「きた…」
ミサトちゃんが呟いた
隣に滑り込んできたのは青いWRX
スバルの誇る最強マシン
なんたって試乗車すら用意しない…
まあ、あったとしても事故るだけだろうけど

とにかくミサトちゃんは本来Zやスカイラインと競うような車でこんなことやってるわけで…

「しっかりつかまっててね」
ミサトちゃんの声がなんとも怖く

相手の車に向かって指を突きたて、一本ずつ折ってゆく
最後の一本が折れると2台の車は急発進

もうジェットコースターのほうが100倍まし!

結果は完勝
ミサトちゃんは車を運転するために生まれてきたような子で
アクセルワークやブレーキのタイミングは驚く外なく
軽自動車でも勝てたんじゃないかって思うくらい

僕がそんな事考えているとミサトちゃんは車を降りてWRXに向かった

「わかったでしょう!あんたが私に勝てるわけないの!」

WRXから降りてきたのは
ムサシ君

「はん!バカみたい!なにが『一回でも俺が勝ったら結婚してくれ』よ!」

うなだれるムサシ君
でも僕は吹き出しちゃった
ミサトちゃんとムサシ君が僕を見る
笑いが止まらない

「ほんとに素直じゃないなぁ、ミサトちゃんは!」
僕もフラフラしながら車から降りて
「途中で何回も抜かさせようとしてたくせに」
「それは…」
「僕だって運転位するからわかるって」
「別に…ちょっとからかっただけよ!」
「ほんとにミサトちゃんは可愛いよ、うん!ムサシ君」
「は…はい」
「君の勝ち」
「あ…え?」
「ミサトちゃんが譲ろうとしてるのに意地でも自力で勝とうとして抜かなかったんでしょう?」
「う…まぁ…」
「だってさ!ミサトちゃん」

「ふん!」

「僕が決着つけてあげるよ!ミサトちゃんの完敗!」
そういいながら僕は勝手にWRXの中をあさる
男の考える事は男が一番よくわかるって!
ほら!
あった!

「はい!ムサシ君!」
僕は車の中に隠してあった小さい箱をムサシ君に渡した
「勝ったんだから堂々とね!」

僕はムサシ君に箱を渡すとちょっと遠くで成り行きを見守った

二言三言、二人は言い合って
ミサトちゃんが左手を差し出して
はは!

わかってたよ!
ミサトちゃんは誰かに自分がほんとはどういう気持ちか、代わりに伝えてほしかったんだ
きっと僕なら気軽に誘えるから
うん
そんなところだ

僕は星空を眺めた
だってさ
キスする二人を見てるのも気が引けるだろ?






まぶたが開いた
りっちゃんとミサトちゃんだ

ミサトちゃん?
なにそれ?

ミサトさんだよ
うん

寝ぼけてるんだ…僕

「おはようシンジ君」
りっちゃんが声をかけてきた
「うん…おはよう」
ぼくは返事をしながら部屋を見渡した
広い病室

二人と少し話をして
おいしくないご飯を食べて
また話をして

「じゃあシンジ君…これはなんに見える?」
「青いはさみ」
「じゃあこれは?」
「ちょうちょ」
「じゃあ…」
「ねえりっちゃん…」
りっちゃんは手に持っているスケッチブックみたいのに書かれてる絵を僕に見せては、それが何か聞いてくる
「さっきから僕になにしてるの?」
「ん?あぁ…気にしないで」
「僕がおかしくないか調べてるの?」
「いいえ…ちがうわ…じゃあ次、これはなんに見える?」
「…」
「ほら、シンジ君?これはなに?」
「もう!」
「怒らないで、なんに見える?」
「なんなのさ!これって!」
「イライラしないで、ほら、なんに見える?」
「もういい加減にしてよ!」
「怒っちゃ駄目よ、さぁ、これは何かしら?」
「知らない!」
僕は頭から布団をかぶって抵抗した

しばらくして布団の隙間から顔を覗かせると
りっちゃんはまだそこにいた

「シンジ君」
「知らない!」
「少しお話いましょう」
「いやだ!」
「じゃあ私の話しを聞いてくれる?」

返事はしなかった

りっちゃんは話し始めた

前回、ミサトさんに無理やり乗せられたときに打たれた注射は3種類で

僕を動けなくする注射
僕の脳みそを興奮させてA10神経ってやつを、りっちゃんが言うにはロボットを動かす念力みたいなものを出させる神経を刺激する注射
僕を興奮させてあるはずのないものまで見せる注射

この3つだったんだって
この注射は体に負担はかかるけど、これが原因でおかしくなったり治療に何ヶ月も掛かるものじゃないんだって

で、今回僕に打った注射の回数はともかく、種類は12種類
いちいち説明はされなかったけど
今、僕とこうしてちゃんと話しをしてるのが不思議なくらいの量の薬を注射したんだって

「それにシンジ君がさっき幻覚と幻聴を聞いたって言ったから…」
「だから!幻覚じゃないよ!アスカちゃんは居たんだ!してるでしょう?!」
「そうね…アスカはシンジ君といたわね…ごめんなさい…とにかくそういう事を少しずつ調べなきゃいけないの…だから少しだけ我慢して、お願い」
「…」
「ね、お願い」
「…ねえ」
「なに?」
「アスカちゃんには会える?」
「…ちゃんと私の言う事聞いてくれたら…」
「うん…」

僕はよくわからないテストみたいな事を一日中受けた



僕はりっちゃんが持ってきたモニターを見た
写ってるのはミサトさんとアスカちゃん
音は聞こえない

「まだ検査の結果が出ないからこれで我慢して」

りっちゃんは出来る限り僕との約束を守ってくれた
アスカちゃんはまだ怪我がよくなってないらしくベッドで寝たきり
でもよかった


目が覚めて2日目
僕はりっちゃんに渡された本を読んで感想を書かされた
おいしくないご飯を食べ
また、りっちゃんにわけのわからない質問を延々とされた

夕方
りっちゃんに連れられておおきなガラスのある部屋に入った

「声をかけちゃ駄目よ」

明かりがつくとガラスの向こうにアスカちゃん
僕はじっとアスカちゃんを見詰た
暇そうにあくびをしているアスカちゃん
うん
よかった


三日目
りっちゃんが検査の結果を伝えてきた

「結果から言うわ…」
「うん…」
「シンジ君…あなたの体はおかしい…」
「はい…」
「あ…落ち込まなくていいのよ」
「え?」
「おかしいって言ってもね」

りっちゃんが“おかしい”っていったわけは
僕の体の中にはたくさんの薬がのこってて
それが僕のいろんなところから検出されなきゃいけないんだけど
いくら探してもそんなものは出てこなくて

「だからこまってるの」

つまり
みんなどっかへ消えちゃって
それが“おかしい”らしい

「頭のほうも少し記憶の混乱があるけど…まぁ、これも問題ないわ」

つまり
さんざん脅かしといて
結局僕はなんともなかった
そういうこと

「なんだ…さんざん気が狂うとか脅かしといて」

りっちゃんはとてもこまった顔で答えてくれた
「シンジ君…あなたが初めてなのよ…こんなのは」


僕ははれて自由の身になった
もちろん最初にした事は



アスカちゃんはまだ眠っている
もちろんそれを知ってて入ったんだけど
僕はアスカちゃんの枕元に座って本を開いた
後はアスカちゃんが目をさますのを待つだけ

1時間くらいたったころ
アスカちゃんは静かに目を開いた
僕は隣で静かに本を読む
アスカちゃんが寝ぼけたような声で

「…シンジ…なにしてるの?」

僕はアスカちゃんに
いつもの通り
「ねぇ、この漢字なんて読むの?」
本を差し出した


「ばか」


とても寝返りも打てないようなけが人とは思えないような力強さで引き寄せられ
抱きしめられた

後はいつもどおり





受信メール

もうゆるしません!

本文
シンジ!アスカの入院で泊りがけの看病するんならちゃんとそお言いなさい!
あんな内容のメールじゃ誰だって勘違いします!
さっきシンジとアスカを預かってくれている女の人から連絡がありました
アスカの怪我の事はわかりました
でもシンジ!
あなたのメールはひどすぎます!
今すぐおばさんに電話しなさい!
帰ってきたらおしおきです!
いいですね!
必ず電話しなさい!




僕はちょっとした検査とアスカちゃんの遊び相手をしながら、1週間入院した
明日からは学校に戻れる
でも、アスカちゃんはあんな大怪我したから、あと2週間も入院しなきゃいけない

ぼくは色んな不満をアスカちゃんに話した
アスカちゃんは楽しそうに聞いてくれる
アスカちゃんは僕に教科書を持ってこさせて、漢字に振り仮名を振ってくれた
アスカちゃんは指を動かすだけども大変なのに
何ページも何ページも
僕とお話いながら
自分もわからないときは辞書で調べて

だから僕もアスカちゃんに何かしてあげたい

帰りに僕はミサトさんの携帯に電話してお願いした
「ミサトさん?」
“あら?めずらしい、男から連絡なんてなんねんぶりかなぁ〜”
「お願いがあって、ここに友達連れてきたいんです」
“う〜ん…シンジ君…そこってね”
「なんとなくわかってます…でも…アスカちゃん毎日一人ぼっちだし…僕が…」
“う〜ん…ちょっと待っててね”

電話が切れた
少ししてミサトさんから着信が
“3日に一回”
「え?」
“それが精一杯”
「え!?」
“足りない?”
「良いんですか!」
“ええ!久しぶりに男からお願いされちゃったからお姉さんがんばっちゃった”
「ありがとうございます」
“ふふ…ねぇ”
「はい?」
“私からもお願いがあるの”
「なんですか?僕にできる事なら」
“もうちょっとエヴァにのってみない?”
「…交換条件って…やつですか?」
“そうは言わないわ、どう?”
「いいですよ」
“オーケー、これからもいろいろよくしてあげる”
「…大人なんですね…ミサトさんて」
“まーねー、あ!”
「なんですか?」
“私から忠告”
「え?」
“今日からリツコと二人っきりよね”
「ええ」
“特別に教えてあげる”
「なにをですか?」
“んふふ〜リツコさぁ大学のとき彼氏がいたの”
「ん〜…あぁ!知ってます、お弁当つくっってあげたって人ですよね」
“そーそー、その彼氏ね…中学生だったのよ”
「へぇ!?」
“家庭教師のアルバイトしてて、リツコがお熱になっちゃったの”
「はぁ!?」
“それ以来リツコには『ショタ』の疑いがあるのよ…”
「え…えぇ!」
“だから気をつけてね!ばいばぁーい”



アスカちゃんのいない半月はとても不思議な毎日だった
朝、早起きして
アスカちゃんの所によって
ちょっとお話ししてから学校に向かう
学校ではいつも通り
トウジやケンスケと遊んで
事業中にさされて、こまって
アスカちゃんの変わりに委員長がこっそり教えてくれて
皆でお昼を食べて
授業が終わるとアスカちゃんの病院に向かう
3日おきに皆も連れて行く
それ以外の日は僕一人で



途中まで方向が一緒だから毎日霧島さんと帰ったんだ
で、霧島さんがいろんなことを教えてくれるんだ
うん…ちょっとしたデートかな?
ミスドにいった時なんか僕感動しちゃった!
だってドイツで食べてたドーナツと全然ちがうんだもん!
もうケーキみたいで
霧島さんがおかしそうに僕の事見てたな
うん
退院したらアスカちゃんを連れてきてあげよう



朝ご飯を食べてたらりっちゃんが変なもの食べてたんだ
それなに?って聞いたら
「納豆、日本の朝ごはんの定番」
へー
なんか変なにおいするけど
僕も少し分けてもらって食べてみた
うん
なんかちょっと癖があるけど
これはこれでおいしい

そうそう
やっぱりミサトさんも伊吹さんもりっちゃんのこと勘違いしてるよ
りっちゃんは優しいんだ
それだけ
変な事なんか一回もされない
それに

「一人じゃ寂しいでしょう?」

って言って
一緒にお風呂はいってくれるし
うん…ちょっと恥ずかしいけど
笑いながら
「アスカには内緒にしなきゃね」
って
それに夜も僕が寝付くまで添い寝してくれるんだ
目が覚めるといっつも朝ごはんの準備中だから、どのくらい添い寝してくれてるのかわからないけど
うん…
第1、僕がついいつもの癖でお風呂の中でおっぱいさわっちゃったときも
「ふふ…おっぱいスキなの?」
って言っただけで怒られなかったし
うん
みんな変に誤解してるだけだよ
金髪にした理由も
「付き合ってた子に振られちゃって、気分転換ではじめたの」
って
ちゃんと話してくれたし
りっちゃんは絶対違う
神父様が昔言ってた
「私は昔従軍牧師をしていました。あの大混乱の時代です、ある時、地雷原の中でなきすくむ異教徒の女の子を見つけました。皆かわいそうにとは思いましたが 皆見てみないふりをしていました。罪深い事です。私はせめて彼女に幸あらん事を祈ろうとしたそのときです
それまで私がいた部隊の中で私が一番軽蔑していた男が、粗暴で野蛮で神の教えなど干からびたパンの一欠けらほどにも思っていないような男が、何も言わずに そのこの元に駆け出したのです。私は目を疑いました、彼は子供を抱えるとすぐさまこちらへ取って返してきました、私は神へ祈りました、どうか奇跡をと。し かし彼は最後の一歩で地雷を踏んでしまいました
彼はそれが爆発せぬようそこで立ち止まり子供だけを私たちへよこしたのです。私はすぐさまその子を受け取ると皆に言いました、「誰か!地雷の処理を」と、 彼はそれを聞いてこう答えたのです、「いいよ神父さん」と
彼は戦友に、一発で頼むと声をかけその願いをかなえたものの手で神の国に旅立ちました
私は今でもあの光景を忘れる事が出来ません、彼は最後の瞬間子供に笑顔で手を振っていたのです
後で彼を打った彼一番の友人から聞かされました、「あいつは子供が大好きだったんだ」と
皆さん、彼は女を買い、酒を飲んでは酩酊し人を見ては殴るような粗暴な人間でしたが決して子供には手を出しませんでした。私は彼に教えられました、幼児愛 好家と彼のような人間の間には海よりも広い溝があるのです。ですから皆さん………」
って
うん
僕も神父様のお話の意味がわかった
りっちゃんは年下の男の子が可愛いだけで
変な事する人じゃないんだ




朝、委員長が僕の事迎えに来たとき
りっちゃんが忙しそうに僕の仕度をしてるのを見て

「あの!もしよかったら私が碇君のお弁当作ります!」

って言ってくれて
姉妹の分も作ってるから僕の分くらいなんでもないんだって
りっちゃん最初は遠慮してたんだけど

「助かるけど…その…迷惑じゃないかしら」
「全然大丈夫です!」
「でも…申し訳ないわ」
「気にしないでください!」
「悪いわよ…」
「大丈夫です!私…好きだから!!」
「シンジ君のこと?」
「え!…ち・ちがいます!お料理とか!その…」
「ふふふ…じゃあアスカが戻ってくるまでお願いしようかしら」
「はい!」

委員長の作ってくれるお弁当は毎日違う内容で
毎日なにが入ってるのか聞くのが楽しみで
委員長も僕がなにが入ってるか聞くたびに嬉しそうに答えてくれた
まるで僕のお嫁さんみたい




アスカちゃんがやっと退院!
僕は学校を休んで迎えにいった
りっちゃんも午前中だけ休みを取って
ミサトさんも
それに今日帰ってきたばっかりのとうさんも!

アスカちゃんは皆にお祝いされてちょっと照れてる

とうさんがアスカちゃんの快気祝いをしてくれる!

行った先はすごいところ!
秘密基地の中にある広い部屋で
床なんかガラス張りで下の景色がみえちゃって
もうほんとにすごいんだ!

きっととうさんは地球防衛軍の人で僕には言えない仕事をしてるんだ!

僕はご飯を食べながら、とうさんにいろんなことを話した
学校の事
友達の事
ロボットに乗ったこと

父さんも楽しそうに聞いてくれた

話がひと段落するととうさんが
「話がある」
っていって

女の子が入ってきた
そのこを見て思い出した
この間の子だ
挨拶した子だ

とうさんが僕に
「紹介しよう…シンジ」
「何?」
「母さんだ」


え?


女の子は僕の顔を見て笑いながら

「お帰りなさい、碇くん」
なんていいだして
とうさんも説明してくれるんだけど
ちんぷんかんぷんで
とにかく

この子はかあさんの生まれ変わりで…

僕のお母さん?

わけわかんないよ!

その時
女の子が
僕を見つめながら
「ニンジンきらい、ピーマンきらい、ジュース好き、おかし好き、夜きらい、お化け怖い、子守唄何度もねだる、あさはねぼすけ、はみがききらい、おふろ好 き、おっぱい好き、私のこと大好き」

あさはねぼすけ

“ほんとにシンジは、あさはねぼすけなのね”

記憶の奥底にあったかあさんの言葉

僕は何度も頭の中で繰り返した
「あさはねぼすけ…昔…母さんが言ってた…聞いたような気がする」

僕が呆然としてる間にアスカちゃんが女の子ととうさんに食って掛かってた
アスカちゃんと父さんたちの言い合いの中で聞こえた

「綾波レイ」

アヤナミ…レイ?
アヤナミ…アヤナミ…

“碇君…こっち”
“碇君…あそこ”
“今日の事は内緒”
“ありがとう。ねえ、君の名前は?”


綾波レイ


思い出した…

女の子…綾波が僕を覗き込み話しかけてきた
「思い出した?」
僕は頷く
「そう…」
綾波は昔と同じ笑顔を向けてくれた
「碇くん…あなたは死なない…」
楽しそうにそういうと綾波は席をたった


僕は何でこんな大切な事を忘れていたんだろう…

スプーンでデザートのシャーベットをつつきながら昔の事を思い出した
うん
間違いない
あのときの子だ


その時突然
「いきましょう!シンジ!帰るわよ!」

僕はアスカちゃんに袖をつかまれ、ひきづられるように部屋を出た



家に着くとアスカちゃんはお風呂に飛び込んだ
しばらくお風呂に入ってないのと
父さんたちと喧嘩したのでイライラしてて

僕がアスカちゃんの背中を流しているとアスカちゃんが
「ねえシンジ」
「何?」
「この間の事…覚えてる?」

もちろん覚えてる

「覚えてるよ、アスカちゃんがなかなか打っていいって言わないから、熱くて焼け死ぬかと思ったんだから」
「そう…ちゃんと覚えてるんだ」

アスカちゃんはなぜかちょっと…

そのまま僕はアスカちゃんに全身洗わされた
腕も足もおなかも首も

胸も

胸には小さな傷跡

僕はそこだけ痛くないように、優しく撫でるようにした


アスカちゃんの唇が動いた
“シンジのママ”

ぼくのかあさん…
どうなんだろう?

アスカちゃんは僕からスポンジを取り上げると僕のことを洗い始めた
アスカちゃんはさっきの話が理解できたのかな?
頭がいいからわかったのかな?

「ねえアスカちゃん」
「なに?」

アスカちゃんの声は優しかった

「さっき父さんが話してた事…全然わかんなかった、りりーだとかシトだとか…何だったの?」
「シンジは知らなくて良いわ…知らないほうがいいこともあるの」

声は優しいまま

「ふぅーん、ねえ」
「なに?」

僕はなんだか不安になって
アスカちゃんに抱きついた
アスカちゃんのぬくもりを感じながら口にした

「アヤナミって…母さんの生まれ変わりなの?そうなの?父さん、そう言ったんでしょう?」

アスカちゃんは首を振って答える

僕の中の不安が少し大きくなった

「母さんと…僕が覚えてる母さんと同じこと言ったんだ…『あさはねぼすけ』って…」

「おじさんに教えられえたんでしょ、どうせ…」

ぶっきらぼうに答えるアスカちゃん
まるで僕を騙すように


今度はアスカちゃんが僕に聞いてきた

「ねえシンジ」
「ん?」
「綾波って子、どこで会ったの?日本に来る前に会ってるんでしょう?」
「うん…小さいとき、ドイツでアスカちゃんに連れられて研究所にいってた時、退屈だからふらふらしてたら迷子になっちゃって、不安になって泣きたくて…そ んな時にいっつも道案内してくれた子がいたんだ。いつもちゃんとアスカちゃんのところに連れて行ってくれたんだ」

道に迷って泣きそうな僕
“どうしたの?”
気がつくと目の前に女の子が立ってて
僕が
“どっちにいったらいいかわかんない”
って泣きそうな声で言うと
笑って手を引いてくれた
“いかりくん、こっち”
女の子に手を引かれて
しばらく進むと大きな扉の前に
そこで女の子は
“ここ”
笑いながら指差してくれた
僕はお礼を言おうと思って
“ありがとう…えーっと”
“あやなみ…あやなみ・れい”
“うん!あやなみ、ありがとう”
綾波は嬉しそうに笑うと僕に言うんだ
“わたしのことはないしょ”

秘密の友達

ちっちゃい僕はそんなのが大好きで
“うん!ないしょ!”

喜んで内緒にした

僕がドアを開け
扉の向こうでビックリした顔のアスカちゃんがいて
もう一回お礼を言おうとして振り返ると
綾波はもういなかった


それから僕が道を迷うたび
綾波が案内してくれて
そのたびに二人で
“ないしょ”
にして

ああ…なんであんなに楽しかったのに
忘れてたんだろう…


「ねえシンジ、何で今まで黙ってたの?」

アスカちゃんの声は少し不安そうで
だから僕は正直に話した
「忘れてた…でも…『ないしょっ』て言われてた」
「綾波って子に?」
「うん、いつもアスカちゃんのところに連れて行ってくれた後『ないしょ』って」
「そう」
「でも本当に忘れてたんだ…本当に」
「わかってる」


僕は正直に綾波のことを話した
なんで今まで忘れてたんだろう?
こんなにはっきり思い出せるのに

湯船でアスカちゃんにいたずらされながら昔の事を話した

「最初に父さんたちが来たときの帰りの飛行場で会ったのが最後だったと思う、出発する人たちのほうにアヤナミが見えたからバイバイって手を振ったんだ、そ うしたら父さんが『見えるのか?』っておどろいてた。何当たり前のこと言ってるんだろうって思ったけど、父さんがあんまりビックリしてたから…」
「そう」

アスカちゃんは潤んだ瞳で僕のことを見つめ
僕の頬に手を添えてくれた

「ねえシンジ」
とても優しい声

「ん?」

「私がいない間にリツコになんかされた?」





抜けるかと思った
いや…
抜けかかった…

僕はアスカちゃんに抱えられて浴室から引きずり出され、ソファーの上で…
もう一ミリだって動けない

アスカちゃんは冷蔵庫を開けて牛乳を一気飲みしてる

しばらくするとりっちゃんが帰ってきた
僕は横目で事の成り行きを見ていた

裸で仁王立ちのアスカちゃん
詰め寄られてうろたえるりっちゃん
りっちゃんの手からケーキの箱を毟り取るアスカちゃん
必死になだめるりっちゃん

ごん!

あーあ…






りっちゃんの買ってきてくれたケーキを食べるアスカちゃんは
ちょっと不機嫌
それにまた僕にわからない会話をりっちゃんとしてる

りりーだとかなんだとか

僕はケーキを二個食べて
歯を磨いて
ベッドに入った

半月ぶりにアスカちゃんと眠る
僕はアスカちゃんの傍らで瞬く間に眠りに落ちた





アスカは制服のまま僕の胸の中でぐずっていた
「みんなね、みんな私の事『アヤカは六文儀がいないと何も出来ない』って言うの」
相変わらずアスカは泣き虫で
今日もクラスの子にちょっとそんなこと言われただけで…
昔のアスカなら…

うん

昔のことはいいや

我慢する事をやめてからのアスカはよく泣き、良く笑う

10年間我慢したんだ

だから10年分我慢しなければいいんだ

僕の胸元はアスカの涙と鼻水とよだれでべとべと
だから僕もちょっといじわるをした

「もう、泣かないで…アヤカ」
アスカの顔がたちまち泣き崩れる
「アヤカじゃぁなぁい〜」

知ってる?アスカ…
泣いてるときの君はとても気持ちよさそうなんだよ?




胸が疼き
目が覚めた

アスカちゃんが僕の胸の中で泣いている

僕は静かに涙を流すアスカちゃんをそっと抱きしめた

もっとたくさん泣けるように

だから僕はちょっといじわるをした

もっとたくさん泣けるように

「大丈夫だよ…アヤカちゃん…」

アスカちゃんは頷くと僕の胸の中で静かに泣き続けた

僕はアスカちゃんの泣き声を聞きながら
もう一度眠りについた

だって夢の中のアスカもまだ泣き止んでないんだもの
はやくもどらなきゃ




「僕ご飯がいい」

アスカちゃんに朝ごはんなんにするか聞かれたから
素直に食べたいものを答えたんだ

アスカちゃん不思議そうな顔して
「ご飯って…白米?」
「そう!」


僕は早起きしてアスカちゃんとりっちゃんが仕度をするのを眺めている
ずっとこれが見たかったんだ

それに夕べ、りっちゃんに何日か学校休むように言われたアスカちゃんが“えぇ!”って顔して
僕のこと見て
うんって頷いて

「明日から行く、体育とか休めば大丈夫よ」

って言い出して

アスカちゃんはやっぱり学校がすきなんだ

僕はアスカちゃんがご飯の仕度をするのを楽しく眺める
だって僕はアスカちゃんのことが好きなんだから



三人が食卓に着き朝ごはんを食べようとするとアスカちゃんが

「だめよシンジ!それ腐ってるわ!捨てなさい!」

ビックリした顔して僕の手から納豆を取り上げた
りっちゃんは、それをひょいとアスカちゃんの手から持ち上げて僕に返してくれた

アスカちゃんが
「ちょっと!リツコなにすんの!」
って睨みつけると、りっちゃんは
「これは日本に昔からある食べ物なの、大丈夫よ」
僕も
「大丈夫だよ」

「いったいあんたたちこの半月どんな食生活送ってきたのよ!明日から朝ごはんは私が作るからね!献立も!」

なんだかアスカちゃん怒っちゃった




ぴんぽーん

「「「「おはようございます!」」」」

その声を聞くとアスカちゃんの顔が明るくなった


アスカちゃんはみんなと楽しくおしゃべり
まぁ、トウジはよけいなこと言って締め上げられてたけど

おしゃべりの途中
突然僕を抱き寄せて
「シンジ」
「ん?」
「今からはみがきしてらっしゃい、念入りに」
「え?まだ早いよ」
「命令」
「う…うん」

そんなこと今言わなくたっていいのに…
ほら、霧島さんが笑ってるじゃないか


仕度が終わって
玄関に向かおうとすると
アスカちゃんが僕の顔を覗き込んできた
「え?なに?」
突然だったんでちょっとビックリしてたら
「ふふふ…」
なんて笑いながらキスされて
元気な声で
「行きましょう!」

あきれる皆を横目に

「いってきまーす!」


通学途中
僕は霧島さんと借りた本の話してて
そしたらアスカちゃんが

「今日の体育水泳でしょう、めんどくさくって」

僕はビックリして
だってアスカちゃんはまだ退院したばっかりで
本当は歩くのだって楽じゃない
だから
「だめだよアスカちゃん、体育は見学しなきゃ」

僕はアスカちゃんが無理してるのを知ってる

でも

「わかってるわよ!気分の問題!」

アスカちゃんは楽しそう
それなら僕はかまわない

そんな事思ってたら
「こら!シンジ!浮気する気?!」
本のどこら辺がよかったか教えてくれる霧島さんが少し僕にひっついてきて
それを見たアスカちゃんがそんな事言い出すから
僕は言い訳みたいに
「ちがうよ!もう…貸してもらった本の話してただけだよ」
霧島さんも
「先輩が漢字苦手だって聞いたんでそれで…」


「いやらしい本じゃないでしょうね?」


いやらしくは…ないと思う…たぶん…
「……ちがうよ?」


アスカちゃんは表情を変えずに僕の腕をひっつかむと
「シンジ、お話があるの」
僕が、作り笑顔で何とかしようとしたんだけど


「正直に言いなさい…お・こ・ら・な・い・か・ら」


アスカちゃんも作り笑顔で
とにかく何とか説明しないと
「ち・ちがうよ、誤解だよ」
「何がかしら?」
「ケータイ小説っていって、そんなにやらしいとかじゃなくて、恋愛ものって言うか」
「ほんとね?」
アスカちゃんが真顔になってる
うん、もう一押しだ
そう、もう一押し


「おーいラングレー!シンジが読んどるの女子高生がやりまくって妊娠する本やで〜」
ガシィ!

トウジの密告と同時に僕の顔面は締め上げられた
「あだだだだだ!だめだよ!アスカちゃん!頭割れちゃ!中身が出ちゃう!いだだだだだだだだだ!」

みんな笑ってるけどアスカちゃんてものすごい力なんだよ!?
ほんとに中身出てきそうなんだから!


僕はアスカちゃんに引きずられるように
ほんとに引きずられるようにして教室へ

久しぶりにアスカちゃんの姿を見たクラスの皆がアスカちゃんを取り囲む
アスカちゃんも楽しそう
うん
よかった

まあ、さすがに僕たちがちゅーしてる写真を見せられたときは引きつってたけど



そういえば今日
転校生が来るんだっけ

…あ
そうだ
おばさんに今度教えて上げなきゃ
“土下座”じゃなくて“お辞儀”だって
…でもなぁ
…この間電話したらものすごく怒ってたもんなぁ…
しばらく連絡してないし…
うぅ〜ん

やっぱりメールにしよう



ホームルームが始まった
転校生か…
今度は僕たちが仲間になってあげる番なんだ
たのしみだなぁ

あ、先生が入ってきた
「どうぞ、入って」

僕は目を疑った
だって入ってきたのは

それに
「何で?何で?…何であんたがここにいんのよ!」
アスカちゃんがそう叫んで立ち上がる

そんな事は無視するみたいに
転校生は

「綾波レイ………です」

間違いなく綾波で
僕を見つけると微笑みかけてきた

僕は思わず手を振って答え…
皆に睨まれた


綾波は僕の横がいいって言い出して
先生も簡単に席替えして
綾波が僕の隣に…
アスカちゃんはそれが御気に召さなかったらしく
立ち上がって睨みつけてる

「アスカちゃん、とにかく座ろう」
僕はとにかくアスカちゃんをなだめその場を治めた



休憩時間
早速綾波が皆に囲まれる
「ねえ綾波さん、碇くんと知り合いなの?」
「そう…」
「どんな関係?」
「遠い親戚…」
「綾波さんって碇くんのことどう思ってるの?」
「碇くんのこと…すき…碇くんも私のこと…すき」

綾波と皆の会話を聞く僕は生きた心地がしなかった
マンガでさ
“ゴゴゴゴゴゴ!”
って効果音あるじゃない?
あれってほんとに聞こえるんだよね

だってほら…僕の横から

アスカちゃんの後ろに

でっかく
ゴシック体で
“ゴゴゴゴゴゴ”
って

アスカちゃんはものすごくゆっくり立ち上がって
綾波の横にたつと

「転校生、ちょっといい」

問答無用で綾波の腕を掴んで教室から引きずり出して
僕はあわてて追いかけた

アスカちゃんは綾波を生徒指導室に連れ込むと内側から鍵をかけ
脅すような声で
「あんた、なんのつもり」

綾波はまるで気にもしないような声で
「つもり?…しらない」

それじゃまるで喧嘩売ってるのと一緒で
僕は二人を止めようと必死に
「やめようアスカちゃん、だめだよ暴力は」

喧嘩はしてもいい
よくはないけど…
でも
人を殴っちゃいけない
だってアスカちゃんは
僕のアスカちゃんは
ほんとは優しくて…

僕は睨みつけられ
それでも小さな声で
勇気を振り絞って
「いけないよ…やめようよ…」

アスカちゃんは僕のことは無視して綾波をらみつけ
「もう一度聞くわよ、何しに来たの」
「碇くんと一緒にいる…そう決めた…私は碇くんの母親…碇くんがかわいい」

アスカちゃんが真顔になった
僕にはわかる
殴る気だ
僕は振りかぶったアスカちゃんの腕に飛びついた
勢いよすぎてアスカちゃんの肘が思いっきり胸に当たって
なみだ目になっちゃったけど
とにかく僕はアスカちゃんの腕にしがみつき
切れ切れだけどアスカちゃんに言えるだけのことを言った
「よしてよ…アスカちゃん…みたくないよ…アスカちゃんがひとは叩くとこ…」

不思議そうに僕を見つめるアスカちゃん
アスカちゃんが腕を振ると僕は簡単に振りほどかれて
しりもちをついた

僕を見下ろすアスカちゃんは
だんだん表情を取り戻して
怒ったような顔になり


「あんたなんか絶対にちがうわ!」


そう叫ぶと僕のことを軽々と抱きかかえ
蹴破るように扉を開け
そのまま教室まで連れて行かれた

僕は子供みたいに抱かれてるのが恥ずかしくて
「恥ずかしいよ…放してよ…ねぇ…」

いっそう抱きしめられ
「もう…アスカちゃんてば」

本当に恥ずかしかった



授業が始まると綾波はじっと僕の方を向いたままで
先生に指されても
「しらない」
だとか
「なに?…それ」
だとか
まるで興味なさそうにして
僕がチラッとでも綾波のほうを向くと
笑う
嬉しそうに


お昼休み
綾波は僕たちと一緒に…
って言うか僕にくっついて
僕の隣に座って

みんなはアスカが爆発したときの保険に離れて座って

僕を挟んでアスカと綾波で…
どっち向いていいやら…

じっとお弁当箱ながめてたら
ボリボリ音がして
顔を上げると綾波がサプリメントみたいの鷲摑みで食べてて
驚いたアスカちゃんが
「何やってんのよ…あんた」
綾波は表情も変えずに
「…食事」

食事?
お昼ごはん?
それが?
「あ・綾波…体に悪いよ、僕のはんぶんこしよう」

綾波は嬉しそうに笑った
「やさしいシンジ、いつもかあさんととはんぶんこ」

僕の中の記憶
その結晶化が進む記憶の
大切な大切な思い出の
扉が開いた

“ありがとうシンジ、いつもかあさんとはんぶんこね”
笑顔のかあさん
僕はそれが嬉しくて
うれしくて


僕は泣いていた
心配したアスカちゃんが僕に寄り添う
「どっかいたいの?シンジ?」
心配そうな声
でも僕は胸がいっぱいで声も出ない
「ねえシンジ?大丈夫?どこが痛いの?」
アスカちゃんの声がいっそう不安げになる
だから僕は何とか声を振り絞った
「かあさんだ」
「なに?」
僕の声が小さくてアスカちゃんは聞き取れない
だからもう一回、少しでも聞こえるように

「ほんとに母さんだ…」

僕の、僕のよみがえった記憶
その今まであける事の出来なかった記憶の扉の中身を、アスカちゃんに話した
「かあさんとはんぶんこしてたんだ、いっつも…いっつも…そしたら母さんが言うんだ『やさしいシンジ、かあさんとはんぶんこ』って…かあさんが喜ぶの見た くていつもはんぶんこしてたんだ…」


アスカちゃんは何も言わずに立ち上がると
委員長に僕たちの荷物を持ってきてもらい
僕を連れ学校を出た

僕は帰り道ずっと泣いていた
まるで今まで流さなかった涙を全部、今、流すように

その間、アスカちゃんはずっと僕に寄り添ってくれていた


家に着くと
僕はアスカちゃんに言われるままソファーに腰を下ろした
「靴脱ぎなさいよ」
「そう…わかった…」
綾波も家に上がる

僕はアスカちゃんに寄り添われ涙を流し続けた
胸の中では何度も何度もかあさんとの思い出が

そんな僕の泣く姿を見たアスカちゃんが綾波に
「みて…あんたがいるとシンジが迷惑するのよ…せっかく友達もできたのに、遠慮して」
「そう…わからない」
「あんたがいるとシンジが独りぼちになっちゃうでしょ、母親なんでしょ?子供が迷惑してるのわからないの」
「碇くん…私がいると…迷惑?」
僕はくびを振った
まるで子供みたいに
綾波はそんな僕の姿に同情でもしてくれたのか
「もう…学校には行かない…碇くんが泣いてる」
そういって僕の頭に優しく手をあててくれた
そして

「かあさん、なきむしはきらい」
“かあさん、なきむしはきらいよ?”

僕は綾波を見上げた

「しんじはおとこのこ、ないちゃだめ」
“そう!しんじはおとこのこ!ないちゃだめ”

僕はかあさんに抱きしめられた
僕はそのまま眠りに落ちた



転んだ僕は泣きそうになって
かあさんが笑いながら
「ほら、すぐになかない!かあさん、なきむしはきらいよ?」
僕は泣くのをこらえてかあさんに抱きついた
「そう、しんじはおとこのこ!ないちゃだめ…」
かあさんは僕のことを優しく抱きしめてくれる
父さんはとても楽しそうに僕の事を見ている
「えらいわ、シンジ」
かあさんは嬉しそう
「さぁ、おやつにしましょう」
僕はもう一度かあさんに飛びついた
「…甘えん坊だな…シンジは」
「あなたに似たのよ」
「…あぁ…」




目が覚めると
アスカちゃんがいて
綾波がいて
りっちゃんが帰ってきてて

夢を見ていたんだ…
僕はとてもしあわせな夢を見ていた


りっちゃんは綾波にごはん食べてから帰れって
皆が遊びに来たときと同じ様に
だから今夜のメニューもわかった

カレーライス

りっちゃんは僕らが友達を連れてくるといつもカレーライス
すぐ出来て
皆が好きで
マナーなんてなくて
おしゃべりしながら食べれて

だからカレーライス


いつの間にか綾波は僕の隣にいて
それをみたりっちゃんが
「あら!シンジ君モテモテじゃない!」

綾波は少し嬉しそうだった


カレーはご飯が炊けるのと同時に出来上がった

テーブルの上にはカレーとサラダ
「飲み物は勝手にどうぞ」
りっちゃんのいつものせりふ
「お口にあうと良いけど」
これもいつものせりふ

綾波は無表情にカレーの中のお肉をつんつんしている
それを見て勘違いしたアスカちゃんが
「スプーンもって口に運ぶのよ!わかるでしょ!」
「そう…」
綾波はお肉を避けて食べ始めた
「どう?口にあうかしら?」
りっちゃんは自信ありげに聞いてくる
「ありがとう…」
変な返事の綾波
「まあ!お行儀のいいこね!」
なんか勘違いして喜ぶりっちゃん
うん
まあよかった


“思い出した”

綾波がそう言った気がした

と思った途端
綾波が自分のカレーの中に入っていたお肉をポンポン僕のお皿に移してきた
「いっぱいおにくをたべてはやくおおきくなりなさい」
真顔でそんなこと言いながら

りっちゃんはそれを聞いて笑い出す
いつもアスカちゃんが僕のことチビチビゆってるから
綾波まで僕のことからかってると思ってるじゃないか
ほんとに恥ずかしい…


ご飯が終わって後片付けをしながらりっちゃんが
「ねえ綾波さん、下の名前はなんていうの?」
「…レイ」
「そう、かわいい名前ね」

あれ?
いつもならここからりっちゃんのトークが炸裂するのに?
今日はりっちゃん疲れてるのかな?


僕たちは駅まで綾波を送った
途中、特に会話も無く

駅に着くと綾波が笑顔で
「またあした…シンジはやくねなさい、ねるこはそだつ」
“シンジはやくねなさい、ねるこはそだつのよ”


「おやすみ…綾波」
僕は笑顔で手を振った

間違いない
綾波はかあさんを知ってる
かあさんの生まれ変わりかはわからないけど…




家に帰ると、お風呂に入って、歯を磨いて、ベッドで横になった

アスカちゃんは鏡台に向かい、髪をいじりながら鼻歌を歌ってる

頭脳明晰
スポーツ万能
武道に長けている

そんなアスカちゃんの欠点
それをひとつ上げろといわれれば

「音痴」

今歌ってる鼻歌も一体何の曲かさっぱり
それにアスカちゃんが夜、鏡に向かい鼻歌を歌う日は、必ず子守唄を歌ってくれる

嬉しいんだけど
聞いてるとなんだか眠れなくなっちゃうから
とにかくそのくらい音痴で

だから僕は一刻も早く寝る事にした
幸い今日は疲れてる
目をつぶればすぐにでも眠れそうだ

あぁ…アスカちゃんがベッドの中に滑り込んできた
僕の頭に手を回す…
僕の手を握る…
ぼくの…
ぼく…
ぼ…


「碇君」

うん?

「ないしょ」

うん



朝が来て、皆が迎えに来て
みんな僕のことを心配してくれた

アスカちゃんが不思議そうに委員長に話しかける
「ねえヒカリ」
「なに?」
「昨日来た転校生って…」
「転校生?」
「あ?え…なんでもない」

そう…
皆は忘れてる
綾波のことはすっぽりと

綾波のことは僕とアスカちゃんだけの


「ないしょ」



僕は授業中呼び出された
何でアスカちゃんだけじゃなくて僕も…
あ…そうか…
ミサトさんと約束したんだっけ…


僕はアスカちゃんと地球防衛軍に連れていかれ
秘密基地の中に通された

アスカちゃんは僕が連れてこられたことを仕切に不安がっている
さっきから僕の手を離そうとしない


秘密基地でミサトさんに作戦を説明された
宇宙からおっこってくる宇宙人をアスカちゃんが捕まえてやっつける
しかもスーパーコンピューターが出した計算では、そんな作戦100%失敗するらしい
バカみたい
じゃあやめればいいのに

アスカちゃんとミサトさんが何か言い合ってる
ミサトさんが優しく笑いながら僕とアスカちゃんを見て
「シンジ君を連れて逃げなさい」
「え?」
「作戦が開始されたら全力で逃げなさい、シンジ君もプラグの中にいれば大丈夫でしょう…何も死ぬ事はないわ」

なるほど!
それがいいや!
皆で逃げればいいんだよ!
うん


「無能だな…君は」


とうさん!
ビックリした
チラッと僕のこと見て
その後ミサトさんと話し始めた

そうか!
父さんは正義の味方なんだ!
話し方からすると偉い人なんだ!
だからずっと僕に仕事の事教えてくれなかったんだ!


「搭乗者ならシンジがいる」


父さんが僕の名前を呼んだ
なんだかわからないけど嬉しい
僕は父さんとミサトさんの言い会いを眺めていた
父さんはとてもかっこいい

「命令だ」

なんていって
テレビに出てくる人みたいで
ほんとにかっこいい!


「不可能です」


え!?
りっちゃん!?
りっちゃんが居る!
今度はりっちゃんが父さんと言い合いを始めて
それでも父さんは威厳たっぷりに

「命令だ」

うん、父さんカッコいい!
とうさんはそれを最後に僕のことをチラッと見ると
部屋を出て行った
僕は手を振ろうとしたんだけどアスカちゃんに握られてて

あーあ…
いっちゃった…

父さんカッコよかったなぁ…


それにしても
「ねえ、何でりっちゃんがここにいるの?」
しかも白衣なんか着て
「こっちでも働いててね…秘密なのよ」
りっちゃんは唇に人差し指を当てると
ないしょのポーズ
うん!
きっとりっちゃんはすごいお医者さんで
それで地球防衛軍にも出入りしてるんだ!

「へぇ〜」

僕は納得して頷いた

アスカちゃんたちは三人で作戦会議
僕は蚊帳の外
しょうがないよ、だって僕だけただの中学生なんだから
だから僕は一人でボーっとしてた
得意なんだ、ボーっとしてるの
それに今日は秘密基地の中だし
壁一面に映し出されてる地図とか見てると結構楽しめる

そんな事して時間をつぶしてたら

「教えてあげる」

声がして、横を振り向くと綾波がいた

別に僕は驚かない
だって昔も突然現れて、広い部屋の真ん中でも突然消えたりしてた
きっとエスパーか僕たちに友好的な宇宙人なんだ
それにかあさんの…
うん
かあさんかも…
わからないけど…

僕が綾波に話しかけようとすると綾波は、僕の口を指で押さえて微笑んだ
そのまま綾波は音もなく歩いて
ようやく綾波に気づいたアスカちゃんを一瞥して
そのまま空中まで歩き出して
でっかい地図の一点を指差し僕に微笑んだ

“ここ”

綾波の声がした

「ありがとう」

僕の声は静かな秘密基地の中に響いた


アスカちゃんと僕はお互い視線を合わせて頷いた
もう一度地図を見ると
もう綾波はいない

“ありがとう”

今度は口に出さずにお礼を言った



アスカちゃんの立てた作戦
僕とアスカちゃんが綾波の教えてくれたあたりで宇宙人を待つ
そしてやっつける

僕はミサトさんとの約束でロボットに乗り込む
アスカちゃんには約束の事はないしょ
僕にだってアスカちゃんのために出来る事くらいあるんだ


それに嬉しい誤算も
アスカちゃんが今回の御褒美になんでも食べさせてくれるって!
僕の頭の中で、普段食べさせてもらえない食べ物が大行進を始める!
この隊列の中からひとつを選ばなきゃいけないなんて
なんて大変なんだ!


それと今回は前みたいに大砲を打てばいいわけじゃなくて、ちゃんと操縦しなきゃいけない
それをりっちゃんが説明してくれるんだけど
もうなにを言ってるのかちんぷんかんぷん!
とにかく、このロボットは僕が痛い目にあう代わりに、僕が念じたとおりに動いてくれる
念力で動くロボットで
僕はロボットが走ったりするイメージを絶えず持ってなきゃいけなくて
もし、途中で脅えたりよけいな事考えたりしたらロボットは動かなくなるらしい

そんな事やってるなんてアスカちゃんてやっぱりすごい

アスカちゃんは僕を見かける度に僕のことを心配している
僕のプラグスーツを見たときは、なんだかものすごい目で睨みつけて
その後に
「大丈夫だからね」
って、優しく


丸二日僕はロボットの練習をして
ついに本番がやってきた

出撃前、更衣室みたいなところでアスカちゃんに着替えを手伝ってもらいながら
「いい?シンジ、作戦が始まったら綾波さんが教えてくれたところを目指すのよ…ゆっくりで良いから」
「わかってる、宇宙人受け止めればいいんでしょう?」
「それからシンジがエヴァに乗ったことは皆には絶対ないしょよ」
「わかってるよ…もう…」
「もし誰かに話したら即転校しなきゃいけないんだからね、わかった?」
「大丈夫だよ…もう…」
「いつも相田に自慢してるじゃない、エヴァに乗せてもらった事があるって」
「いわないってば…もう…本当にアスカちゃんは…」

信用ないなぁ…ぼく…

アスカちゃんは僕を抱きしめる
僕におまじないをするアスカちゃん
きゅって抱かれて
キス

「入るわよ」

ミサトさんが入ってきて
僕は「あ」って思ったんだけど
アスカちゃんはキスしたまんま

「なんかすごいところ見ちゃった感じね」
ミサトさんのなんだか嬉しそうな声

アスカちゃんも調子に乗って
僕に頬寄せながら
「うらやましい?」
って

ミサトさんも
「分けてほしいくらいだわ」

うん、みんな結構余裕がある

アスカちゃんはミサトさんと最後の打ち合わせ
僕はお守りをくるくる回して暇つぶし

「じゃあ行きましょう」

ミサトさんの声で立ち上がる

「さあ行くわよ!二日間の特訓の成果見せてやりなさい!」
アスカちゃんが僕の前に仁王立ちしてはっぱをかける

「大丈夫!僕がやっつけてやるから!」

アスカちゃんは嬉しそうに笑った


作戦開始!
アスカちゃんのロボットはまるでロケットみたいに走り出した
ミサトさんの指示で見事にターンしてみせる

僕はといえば
必死に走る事をイメージして
その結果がこの女の子走りで
さっきから伊吹さんがモニターの向こうで必死に笑いをこらえてて
はぁ…

“もっと早く?”

そりゃそうさ
…あれ?

“願いなさい…もっと早く”

願う?
早く?…早く!早く!


あ!
うわ!
よけいな事考えたせいでロボットが頭から突っ込んだ!
顔が擦り切れたみたいにイタイ!
でも、


こつは掴んだ!


それに!
もう!


誰だよ!

“さぁ、想像して…風よりも早く走る姿を”

ん?
うん…
こう?

わぁ!
すごい!
まわりの景色が流れてく!

あそこだ!
綾波が教えてくれたところは!

とぉう!

目的地に立ち
空を見上げる
空には目玉焼きのお化けみたいな宇宙人

僕はこいつを受け止めれば!

「このぉ!」

わぁ!

つぶれちゃう!
だめだ!
助けて!
アスカちゃん!


“アスカちゃん助けて!”


僕がそれを口に出そうとしたとき
僕の願いは真っ赤な光になって

真っ赤な光が
宇宙人を貫いて
外が真っ白になって

小さな女の子が
赤い光に貫かれ
息絶えた

僕はなにを見たんだろう
僕はまた子供を殺したの?
わからない




僕がロボットから降りると
仁王立ちのアスカちゃん

「シンジ!」
「え…」

「ばか」

僕はそのままアスカちゃんに引きずられシャワールームへ
赤いスカートをはいた女性用のマークが張ってある
視線を感じて
後ろを振り向くとりっちゃんが居て
「一応言っとくけど、ここ女子シャワールームよ」

アスカちゃんは気にもしてない
「どうせ私しか使わないんでしょう?」
「『私しか』?またっく…」
りっちゃんは勝手にすれば!って顔で行っちゃった…

アスカちゃんは僕を裸にして
じろじろ見回して
なんか納得すると、ちょっと頷く
「さあシンジ!きれいさっぱり洗い流すわよ!」
「いいのかなぁ」
「いいの!」

狭いシャワーブースでアスカちゃんが体をくっつけるようにして僕の頭や体を洗ってくれた
僕が洗ってあげようとしたら、僕をシャワーブースから追い出し自分で洗い始めた

わかってる

宇宙人との戦いで興奮して
体が少しパンプして
体のラインが…筋肉が…はっきり見えるから…いやなんだ
背中の筋肉や割れた腹筋を僕に見られるのが…
だから僕は用意してある飲み物を夢中に物色するふりをして
アスカちゃんに背中をむけた

冷気を感じる
アスカちゃんは冷水のシャワーを浴びて体をクールダウンしている
筋肉を萎縮させて早く僕を振り向かせるために
だから僕は両手に飲み物を持って悩み続けた

しばらくすると湯気が流れてきた
お湯を使ってる
もう振り向いても大丈夫

ほら
アスカちゃんが声をかけてきた
「ねえシンジ」
「ん?」
「シンジなんで走れたの?」

僕は適当に答えた
本当のことを言っても笑われそうだし
「なんかコツみたいのが解ったからやってみただけだよ、最初は転んじゃったけど」

アスカちゃんはそれで納得してくれた
う〜ん
違うな

きっとわかってるんだろうなぁ

僕はごまかすように炭酸を選んでアスカちゃんに怒られた
「だめよ!またお腹痛くなるでしょ」
「一口だけ、いいでしょう?」
ほんとはちょっと飲みたいってのもあったんだけど
そしたらアスカちゃんがすっぽんぽんなのに仁王立ちで
しょうがないわねぇみたいな顔して
「じゃあわたしとはんぶんこ!」



僕は事前の計画通り、皆でごはんを食べに行く
食べたいのはラーメンで
一回アスカちゃんとここの食堂で食べて以来!

この間、公園で、テレビに出てきそうな屋台を見つけて
そこで食べたいなんて言ったって、絶対アスカちゃんに「ダメ」って言われるから

今日、そこに行くんだ!
屋台だよ?!
すごいよ!

僕は、りっちゃんやミサトさんや父さんに電話して皆で行く事にした!
でも父さんは忙しいからダメだって…

少し残念

それから綾波にも電話した
番号は父さんに教えてもらった

「もしもし?綾波?」
“なに?”
「あ…碇です」
“知ってる”
「ははは!なんだ!あのさぁ…」
“ちゃんと…走れたでしょう?”
「え?」
“シンジがんばりやさん、かあさん…いつでもおしえてあげる”
「え………綾波…だったの?」
“そう…わたし”
「僕に……」
“でも…鼻つまんで話すのは大変”
「あ……あはははははは!もういいよ!綾波だってわかったから!なんだ!幻聴かと思ってた!」
“そう…”
「うん!じゃありっちゃんやアスカちゃんに教えて…」
“碇君”
「ん?なに?」
“ないしょ”
「え…うん…わかった、僕と綾波の『ないしょ』」
“ええ…”
「綾波…ありがとう」
“わたしはしんじのかあさん、いつでもおしえてあげる”
「ありがとう」
“…”
「…あ!そうだ!ねえ綾波!」
“なに”
「今、ひま?」
“ええ”
「もうごはん食べちゃった?」
“なんで?”
「一緒に食べようよ!皆で!」
“みんな?”
「うん!迎えに行くよ!」
“そう…じゃあ待ってる”
「うん!…あ!どこで?」
“駅”
「わかった!待ってて!」


あ…なに駅か聞くの忘れてた…
まあいいか!この間送った駅にとりあえず行けばいいか!



僕たちは車に乗り込んで目的地に向かった
僕はアスカちゃんの横じゃなくて助手席
だからアスカちゃんは少し不機嫌

うん
でも仕方ない
だってここでアスカちゃんにばれたら絶対他のところに変えさせられちゃう!

まず、駅に向かってもらって綾波と合流した
やっぱり綾波はあの駅で待っていた

「おまたせ!」
「…大丈夫…今…来たところだから」

僕は綾波の手を引いて車に戻った
僕に手を引かれる綾波は少し嬉しそうな声で

「そんなにいそいじゃだめ」
「うん、ごめん」

振り向くと綾波はやっぱり笑っていた
僕も嬉しくなって微笑み返した


車に戻ると僕はアスカちゃんの横に座って
そのとたん

つねられた




「ココ!?本当にココ!?」



屋台を指差して何回も僕に聞いてくる
唖然とするアスカちゃん

ミサトさんとりっちゃんはそんなアスカちゃんを見て笑ってる

「屋台じゃない!」
アスカちゃんは屋台を指差しまるで騙されたような顔して
うん!
計画通り!

僕がどこでもいいって言ったじゃないかって言うと
アスカちゃんは
「ぬぅ…今回だけよ」
って

うん!僕の勝ち!



「「はあ」」


アスカちゃんのため息

あれ?

綾波も!?

それにアスカちゃん、突然綾波のこと引っ張って
「ちょっと来なさいよ!」
なんて言い出して
僕が追いかけようとすると

「話だけよ!」

って
ほんと?
ちょっと心配…


しばらく二人をりっちゃんたちと眺めてたら
アスカちゃんが突然大きな声で
胸を突き出すみたいな格好で

「ざんねんでした!あんたがシンジのことスキなら私はシンジの事が大好きなの!覚えておきなさい!」

隣に立ってたミサとさんが
「モテモテじゃなぁ〜い」
なんて言って僕のこと突っついてきて

もう…
そんな…
はずかしいよ

アスカちゃんは戻ってくると僕の腕を掴んで屋台へ向かった
だから僕はアスカちゃんに
「皆に聞こえるじゃないか…もうアスカちゃんてば…」
って言ったら
アスカちゃん、ふん!って鼻で笑って
「聞こえるように言ったの!」

もう
なんで二人っきりのときはそんなこと言わないのに
みんなの前で言うのさ?


皆が座って注文!
テーブルには
“女性の方チャーシューサービス中”
って書いてあるのに
アスカちゃんは

「わたしチャーシュー麺!チャーシュー大盛り!」
「アスカちゃん太るよ?」
思いっきり睨まれた
こわい〜
「あ、うそです…ぼくもチャーシュー麺」
屋台のおじさんが“大盛り?”って聞いてきたけど断った

綾波もチャーシュー麺


ラジオからは懐かしい曲が流れてきた

ドイツにいたころ
月に一回、おばさんが街に連れて行ってくれて
その時、車の中でおばさんがいつも聞いてた

テンポのいい曲になるとおばさんは
「ポウ!」とか「アオ!」とか一緒になって歌ってた

なつかしいなぁ

「今度ドイツにマイコーが来たらシンジも一緒に見に行きましょうね」

おばさんはいっつも僕に笑いながらそういってた

日本に来てもう3ヶ月…
少しドイツが…
おばさんが恋しくなってきた…


「ねえシンジ君、マイコージャクスンって知ってる?」
僕がおばさんの事を思い出していると、りちゃんに声をかけられた
「知ってる、昔の人でしょ?ポウ!とかアオ!とか叫ぶ」


どうだろう…
もし、りっちゃんと離れて暮らす事になったら…
やっぱりこんな気分になるのかな?


「へいおまち!」




僕はおなかいっぱいで
アスカちゃんの膝の上で寝転がっていた
アスカちゃんは嬉しそうに僕のほほをなでる

綾波はそんな僕たちをしばらく眺めてから帰った
「また電話…待ってる」
そういいながら僕の頭を撫でて

送らなくてもいいらしい

きっと少し離れたところで瞬間移動でもするんだろう


アスカちゃんは回りをチラッと見ると僕にキスをした
「デザート」
そう言いながら

僕がアスカちゃんのデザート?
それともアスカちゃんが僕のデザート?

うん…きっと両方だ…

風が気持ちいい

それに
アスカちゃんのにおいがする
アスカちゃんは…いいにおいがする

だから僕はアスカちゃんのほほを撫でつぶやいた
「アスカちゃん…いいにおい」

「ばか」
そう答えたアスカちゃんは嬉しそうに笑ってくれた

メール受信
Re:おなかいっぱい!

本文
優しいシンジ、食べすぎはいけませんよ
でもよかったですね、皆でテラスで食事ですか?
画像で送ってくれたパスタはお肉だらけですね
野菜も食べなさい
それからシンジ、アスカは照れてるんですよ。
みんなの前でなら大きな声でそんなこと言ってもなんとでもなるから
今度シンジがアスカと二人っきりのときにおなじことしてあげなさい?
きっとあの子は顔真っ赤にして喜びますよ
優しい子なの、アスカは
お願い、アスカを愛してあげて
あの子は、シンジの言葉が大好きなの

追伸
今日はシンジの声が聞けてとても嬉しかった
おばさんはもう怒っていないから、また、声を聞かせてください
少し寂しくなってきたんでしょう?
いつでも帰っていらっしゃい
おばさんはいつでもシンジを待っています
おやすみなさい、やさしいシンジ




寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる