そろいもそろって不機嫌

理由は簡単
気持ちよく寝ているところを叩き起こされれば、誰だっていい気はしない

ましてやアスカと綾波に包まれて寝ていたならなおさら

その上、着替えもそこそこにミサトさんの狭い車に詰め込まれ
深夜なのか早朝なのかよく分からない時間のドライブ

目的地に着くなり三人とも口にキャンディーを突っ込まれる

“あんたたちは黙ってて”もしくは“ガキは飴でもしゃぶってろ”

多分その両方の意味

キャンディーの柄を指でもてあそびながら思う
カヲル君のことがあった後も前回同様、僕は特に拘束や検査もされることはなく
どちらかというと大人たちは使徒をすべて倒してしまったことに戸惑いを覚えているように見えた

少なくとも僕の回りの大人たちはそうだ

ミサトさんを除いて…ね

アスカはあの日の後、ますます甲斐甲斐しくなり
僕の心がまた使徒に汚されたんじゃないか
そんなことを仕切りに心配し
僕の知らないところで、僕に対する何かをたくらんでいる

まぁわかるよ

僕をドイツへ連れて行く

そのために四方手を尽くしている

なんで僕が気づいたか?
ある日、綾波が“サルでもわかるドイツ語”なんて本を読んでいれば…ね

アスカは我侭だ
その上強欲だ

連れて行くなら自分にとっての全てを根こそぎ持っていく

そういう人だ

手に入らないなら何もいらない
手に入れたものは欠片だって譲らない

ひどい言い様だけど
今なら確信出来る

アスカはひどく愚かで
僕よりも歪んでいて
誰よりも素直だ

「汚い女」

アスカがつぶやく
僕もアスカと同じほうに目をやる

車の窓は開け放たれ
ミサトさんは僕らの目の前で相手と話しをしている

僕らに発言権はない
でもちゃんと聞いておけ

そういうこと

「めがね君がかわいそう」

アスカは車の窓に肘をつき
あきれと不機嫌さで満ち溢れた表情を隠そうともせず
これで聞こえていなけりゃミサトさんは聴覚障害間違いなしな音量で独り言をつぶやいていた

そんな呟きなど丸で気にすることもなくミサトさんは相手と話しを続ける

「ありがとう、これで日向君に危ない橋を渡らせずにすむわ」
「おいおい、じゃあなにかい?俺なら危ない橋を渡っても良いってのか?」
「感謝してるわ、だから拘束も射殺もせずにしてあげてるでしょ?」
「こわいねぇ」
「ええ、怖いのよ女は、知らなかった?」
「俺の腕の中にいた愛らしい葛城は遠い昔か、いやはや」
「そうね、今はもっと心地のいい腕の中が待ってるわ」
「かぁー、」
「とにかく感謝してるわ、これからも頼むわね三重スパイさん」
「四重だよ、君は特別さ」
「そうね」
「なんだ?ずいぶんあっさりしちまって」
「ごめんなさい、余裕無いの」

加持さんは大げさにため息をつき
突然僕に話を振ってきた

「女には気をつけろ?シンジ君」
「はぁ」
「惚れたら最後、骨の髄までしゃぶられちまう」
「はぁ」
「その上自分のためならなんでもする」

アスカもね

「最後かもしれないからな、俺からのプレゼントだ」
「は?」
「君にアスカをけしかけたのは葛城さ」
「はぁ?」
「最初は自尊心をくすぐり、次は切っ掛けを与え、最後は一押し」

なんだ?
そんな当たり前のこといまさら

「最初っから知ってたのさ、いや…感ずいてた…かな?」

なんだ?

「君がどこかの誰かに何かを吹き込まれここに来たことを」

え?

「この世界の仕組み、君のお母さん、君がその後継者、司令はそのための駒…そんなところかな?議長から言われたのは」

いったい…加持さんはなにを…

「君が複雑な感情を持っていた父が侮蔑の対象、無力の象徴…そりゃ愉快だよなぁ」

ミサトさんは加持さんを止めるべきかどうかわからない顔をして地面をにらみつけたまま黙り込んでいて
加持さんは陽気に話を続ける

「議長の…あの老人の言うとおり、エヴァは君の思うがままに動いた…そうだろ?」
「偶然です」

下手な言い訳しか出てこない

「そうかい?葛城はそんな君が怖かったそうだ」

え?

思わずミサトさんに視線を送る
ミサトさんは少しいやな顔をして目をそらした

「始めてのはずのエヴァを見て笑ったそうだね」

え…それは…

「そしてうろたえも驚きもせず、葛城の支持どおり戦って見せた、そりゃ疑われるさ」

それは…

「そして司令同様レイに対して特別な感情を見せる」
「それは!」
「同じ仲間だからかい?」

それは…

「まぁいいさ…」
「それは…」
「そこにアスカの来日…葛城は考えた『全てを自分の思う方向に転がしたい、この怖い男の子を手なずけたい、この子が居れば奴らに復讐を』って」



「最初はぶつけてみた…これはうまく行かなかった…が収穫もあった」

「次に何度か切っ掛けを与えてみた…そこで確信したのさ…これはいける、闇の向こうが、君が手に入るってな」

「そして君をおぼれさせた…それが葛城のしたことさ…自分の復讐のためにね」

「君が恋しくてたまらない女は…君を“あいつら”から引き剥がし、葛城の側に引き寄せるための餌だったってわけさ」

僕は救いを求めるように
何かを乞う用に
アスカを見つめようと

その時

突然口にキャンディーがねじ込まれ
壊れそうな勢いで車のドアが開けられ

“パン”

乾いた音が響く

「なんでミサトがあんた選ばなかったのかよーくわかった!あんた最低よ!」
「アスカ!」

ミサトさんが急いで止めに入る

「我慢して!」
「なんで!?」
「約束なのよ」
「何の!?」
「加持が手に入れた全てと引き換えに…加持の自由にしゃべらせる…」
「…そう」

アスカがあっさり引き下がる

「そんなの私には関係ない!」

訳もなく

「アスカ…」
「ミサトが何か考えてて!それですっごく悩んでて!あんたそれ知ってるの!?本気で苦しんでたのよ!本気で私のこと心配してるのよ!本気でシンジとのこと 相談にのってくれるのよ!」
「アスカ」
「ミサトは黙ってて!あんたダメね!同情しちゃう!そんなんだから二度も捨てられんのよ!」
「アスカ!」
「もう話は済んだ!?じゃあ帰りましょう!」

アスカはミサトさんの手を無理やり引き、車に押し込み、加持さんに向け皮肉いっぱいに叫ぶ

「初めての相手が加持さんじゃなくてほんとによかった!さ!ミサト!出して!」
「えぇ…」

力ないミサトさんの言葉そのままに
車はノロノロと走り出した

僕の口からキャンディーが一本引っこ抜かれ
それを咥えたアスカは、すぐにガリガリと音を立て噛み砕くように食べてしまった

「気にしてないわよ」

アスカはキャンディーの柄を唇でもてあそびながらつぶやく

「知ってたし分かってた…って言うか気づくようにしてたんでしょ?私が」

ミサトさんは手近なところを見つけ車を止める

「ごめん…じゃすまないわね…」

「気にしてないって言ったでしょ」

「あいつの…加持の言ってたこと…否定はできない…」

「いいわよ、別に」

「シンジ君が怖かった…使徒を恐れない…そんな彼が怖かった…その力が欲しかった…お父さんの敵を討ちたかった…使徒だけじゃない…見殺しにされたの…お 父さん…“奴ら”に…だから“奴ら”も…だからどうしても…同じ目にあわせてやりたい…」

「あんたもなんか言ってやったら?」

アスカが僕を肘でつつく

「僕は…」

「いいわ…ありがとうシンジ君…てもあなたは黙ってたほうがいいわ…」

「え?」

「少なくても私にはあなたの真実を聞く権利はないわ…一生ね」

「そんな」

「正直に言うわ、最初は自分自身…次にレイ…最後はアスカ…何とかしてあなたに近づこうとしたの」

「…なんで…そんなこと」

「私ね、使徒が憎いの、父の敵なのよ」

そういえば前回…そんな話も

「あなたが普通じゃないことは最初の使徒でわかった…」

能ある鷹は…か

「司令のあなたへの態度を見て…シンジ君が司令の側の人間じゃないことも察しがついたわ…じゃあこの子はどこで“奴ら”と?」

ミサトさんにとってはそれだけで十分な情報だったわけか

「前も言ったわね…シンジ君のこと調べたって」

「はい」

「いやになるくらい真っ白…何も出てこない…まるで塗り固めたように」

「そうですか?」

「ええ、だから確信したの…加持にみすみすさらわせたのもわざと」

あの時か

「結論から言うとシンジ君」

「はい」

「あなたは向こう側の人間」

「向こう側?」

「人類の補完ってやつを望む人たち」

わかっていたのに
この一言を期待していたのに
背筋がゾッとする

「答えないで…あなたはそれに答えちゃだめ」

「はい…」

「だからアスカをそそのかした…最低ね…あなたがあっち側よりこっち側を…アスカを選ぶように…ね」

本当の事を言ってしまおうか…
僕がそんな事を考えたその時
アスカは突然咥えていた柄をミサトさんの頭に吹き付け、あきれたようにしゃべりだした

「あ〜もう!じれったい!」

「…」

「ミサトにウジウジされても困るのよ!」

「…」

「あー!もう!やだやだ!悲劇のヒロイン気取っちゃって!」

「アスカ…」

「私が女でシンジは男、だからそれは自然なことだって言ったの誰?」

「それは…」

「その一言もミサトのたくらみ?」

「そうだったかも…しれない…」

「自分に正直になれないわたしが変われた一言よ」

「そう…」

「あんたが作ったまっずい…あっと…焼きそば?だっけ?とにかく!それ食べて!あんたが何本目かわからないビール飲みながら、こいつに裸見せちゃったのを からかわれてる時に言った一言よ!その一言があったから、こいつの家に押しかけて、自分じゃ出来ないからヒカリに手伝ってもらって…あんたもシンジと同じ よ…私の鏡じゃない!ホンとはそうしたいけど出来ないことを馬鹿にするみたいにいってくれるじゃない!それとも何!?下着やリップの色にまで口出すのがあ んたのたくらみ!?バカにしないで!」

「ごめんなさい…私が…あなたに何を言ってもいい訳だもの」

ミサトさんはハンドルに突っ伏す

「ミサトも!わたしも!シンジも!ファーストも!みんな同じなのよ!誰かは誰かのために何かしてるの!自分は自分のために他人を利用してるの!ほら!あん たもなんか気の利いたこといいなさい!」

今度はアスカが綾波を小突く

「…人生はルーレット、…終わることのないメリーゴーランド…止まりたいところでは降りられない…永遠に追いつけない…過去は彼方に…未来は果に」

「…うまい事言うわね…もう!ナニ泣いてんのよ!」

ミサトさんはハンドルに突っ伏し鼻をすすり、ひたすら小声で“ごめんなさい”と繰り返していた









朝食
コンビニで買い揃えられる食材でアスカがでっち上げた
コンビに弁当は拒否

「手抜きはイヤ!」

わがままなお姫様

「洗濯大変だから、気をつけて食べるのよ」

じゃあ朝からカレーうどんなんか作らなきゃいいのに

ずいぶんと懐かしく感じる葛城家の食卓

違いといえばキッチンに立つのが自分ではないってこと

ミサトさんは帰るなり加治さんから渡されたメディアをパソコンに突っ込み何かを見つめていた
多分“真実”ってやつ

そういえばあの頃の僕は綾波と一緒に食事なんてのもほとんどなかった

そう思い綾波に目をやると不意に視線があってしまい
それがなんだか照れくさく
視線をそらすと

「大丈夫、みんなずっと一緒」

まるで綾波は自分の願いのようにささやき
少しだけなれた様子で微笑み

「はい」

僕の器に自分のゆで卵を
僕はなんだかそれがとても照れくさく

「ありがとう」

綾波のブレスレットを見つめてしまう

焦げてひしゃげたブレスレット
綾波が“綾波”である印
彼女がこれを必要としなくなった時
それは彼女が“綾波”でなくなった時

今の僕の願いは
このブレスレットが永遠に彼女の一部であり続けること

「ん?あんた卵好きだったの?嬉しそうに見つめちゃって」

「え?あ…うん」

“ふ〜ん”

アスカはそんな顔で自分の器を覗き込み
胸元のネックレスが揺れる

いつもピカピカのネックレス
アスカが“アスカ”でいられる証
彼女がこれを失う時
それは彼女が“アスカ”でいられなくなってしまった時

「ほい」

僕の器にかじりかけのゆで卵が
アスカはニコリともせずに

「次からはもっと多めに入れてあげる」

あまりにもバカバカしく
どこまでも素晴しく
何があっても失いたくない

「ありがとう」

だからこの偽物の世界

手放すもんか





アスカが食後のコーヒーを入れる
少し苦い

「はい」

ミサトさんにもマグカップを手渡しミサトさんは黙ってそれを受け取る

「気にしてないわよ」

アスカは僕を見ながら

「シンジが分けわかんないやつらの仲間でも」

責める風ではなく
本当に気にしていないようで

「僕は…ちがう」

「ミサトが言ったでしょう?答えないでいいの、あんたは」

「う…うん」

「たかがあんたのことなんて世の中誰も知りやしないし興味もない」

「うん」

「いい事教えてあげよっか?」

「なに?」

「わたし、あんたの笑顔のためなら何しでかすかわからないわよ?」

「え?」

「わたし以外の誰かがあんたをどうにかしようってんなら」

「なら?」

「世界中のやつ皆殺しにしてでもそいつ見つけ出して言ってやる」

「なんて?」

「『シンジはもうあんたのモノじゃない』って」

「…ごめん」

「謝る事じゃないでしょ?それに」

「それに?」

「わたし、そいつも殺すわよ」

「怖いんだね」

「怖いわよ?」

「ねぇ」

「ん」

「それが…そいつが」

「そいつが?」

「そいつが…もしも僕なら?」

「シンジだったら?」

「うん」

「そうね…わたしの心がさせたいようにさせる」

「…」

「殺すかも」

「そうだね」

「それにわたしはわたしを疑わないわ」

「強いね」

「あんたのおかげよ」

「僕の?」

「わたしは悲しさとか安らぎとかそんなものに惑わされない…あんたがいるからね」

「僕?」

「好きとか…そういうのもあるけど…シンジがいるからわたしがわたしで居られる、あんたが居なけりゃわたしはただの“セカンドチルドレン”」

「チルドレン?」

「エヴァに乗れなきゃ存在価値ゼロのどうしよもない生き物…でしょ?」

「そうかな」

「きっとそう…シンジが居なくてエヴァにも乗れなかったら」

「そうなら?」

「一番惨めな死に方するわ」

「そんな…」

「でもそんなのまっぴらごめん」

「うん」

「だってあんたが居るじゃない」

「うん」

「思い知らせてあげる」

「うん」

「あんたのために、わたしのために」

「うん」

「ほら、冷めるわよ?コーヒー」

「うん」

「『うん』しか言えないの?」

「うん」

「ばか…」

アスカはなぜか綾波の頭にお盆を載せ、そのまま立たせ

「よっ!」

豪快に綾波のスカートがめくれ上がり
かわいらしいパステルグリーンのショーツが

「いったでしょう?あんたの笑顔のためなら何でもするって…あら?」

ひどく無表情の綾波が一ミリの表情筋の動きも見せず
眼球だけに感情を込めアスカを睨み付け

「あら?ファースト…もしかして…怒ってらっしゃるのかなぁ?」

頭の上のお盆を揺らしもせずアスカを睨み付ける様は丸で怪奇映画のワンシーンのようで

「あ…ほら!シンジが笑えばあんたも笑う!ね!」

いくらなんでもそりゃ無理だ
そう思いながら逃げ回るアスカと追いかける綾波を眺める

もしアスカがここまで考えて僕を笑わせようとしたなら
彼女はとんでもない天才か
救いがたいバカか

「恋する乙女よ!わかった!?」

あれ?僕の心がわかるのかな?
なんてね

僕の呆れ顔に対する返事だったってわけ

アスカは必死にスカートを抑えながら綾波と格闘

僕は心の中の何かが少し楽になり

「アスカ」

「なに!今忙しい!」

確かに、乙女の一大事が起こりかけている

「ありがとう」

「どういたしまして!」

アスカのピンチはまだまだ続くようだ






昼近く
ミサトさんが冷めたコーヒーを飲み干し、人生ゲームに興じる僕たちを集めた

「そのためのエヴァシリーズか…ってとこね」

ミサトさんが一瞬だけ僕を見る

「アスカ」

「ん〜?」

アスカは昼の献立でも考えているようで
いすに腰かけ、足をプラプラさせ

瞳だけが氷よりも冷たく輝いていた

「今後について指示しておくわ」

「ほ〜い」

「いい?次に出動命令が出たら単独で確実に敵を殲滅しなさい」

「一人で?」

「ええ、多分、次の相手はエヴァシリーズ」

「ふ〜ん」

「S2機関搭載型が複数」

「へ〜え」

「撃破しても再生する可能性がある、エヴァとS2機関がそろえばそれも可能」

「で〜?」

「多分、その頃わたしは大忙し」

「まぁ大変!」

「残念だけど初号機で手に負える相手じゃない」

「わたしが守ってあげよっか?」

アスカが僕に嫌みったらしく笑って見せる

「アスカの仕事は単独でのエヴァシリーズの殲滅」

「磨り潰して団子にでもする?」

「方法は任せるわ」

「りょ〜かい」

「で、シンジ君は初号機で最終防衛線を展開してもらう、場所は…わかるわね?」

「…はい」

「レイは鈴原君と安全なところに退避」

「はい」

「おぉ?いやそうな顔しちゃって」

アスカはこれまた嫌みったらしく笑い
綾波のスカートにそっと指でつまみ
それを綾波は無表情のまま払う

「ではお願いします。それと」

「それと?」

「あなた方三人、それと鈴原君は今から本部で生活してもらうわ、荷物はこちらで取りに行かせます」

それを聞いたアスカはつまらなそうにバンザイをして見せ

「監禁生活ぅ〜」


綾波は表情に力を入れ

「あの…」

「なに?レイ」

「手帳…黒い手帳」

「手帳?」

「はい…わたしと碇君の手帳」

「わかった、最優先で持ってこさせる」

「ありがとうございます」

「乙女の願いは最優先よ、シンジ君は」

「あ…じゃあ…ドイツ語のテキストを」

ミサトさんの表情が緩む

「そっか、なんなら今日からおねーさんが教えてあげよっかぁ?」

「は?」

「どーせちゃんと教えてくれないんでしょ?」

「え?まぁ…ほとんど関係ない事喋ってるだけですから」

「でしょ〜?」

アスカは“ふん!”って顔して毛先をいじくり

「ミサトのドイツ語なんて超片言の上に全部敬語じゃない、NHKかっての!いいの!余計なことしなくて!」

ミサトさんはアスカの言葉なんかお構いなしに

「でぇ?シンジ君、アスカに教わったドイツ語なんか言ってみい」

う〜ん、まぁなんでもいいか
とりあえずこの場も和んできたし
でも、僕がアスカからちゃんと教わったのって数の数え方と挨拶くらいだし…

あ…そうだ

「アスカから教わって、意味は教えてくれないんですけど」

「ばか!」

アスカの大声で、え?っと思った瞬間
ミサトさんは暗殺者のような手際の良さでアスカを羽交い絞めにし
流れるようにその口をふさぎ

「い〜から!おねーさんに聞かせてみ!」

ミサトさんは必死にもがくアスカを苦もなく押さえ
なぜだか綾波までそれに参加して

アスカの血走った目を見ると
それをここで口にするのは非常にまずいんだろうなって言うのはわかる

わかるけど

逆に僕も知りたくなって
後ですごい目にあわされるのは目に見えてるんだけど

ねぇ?

そんな訳で僕はアスカに教わった通りの言葉を口にした

最初はぽかんとされた

「それ…アスカに?」

「え?はい…何回も」

ミサトさんは、更に激しくもがくアスカをまるで抱き枕のような気軽さで押さえながら

「何回も?」

「はい」

ミサトさんはアスカをほっぽり出すと引きつったように笑い出し

綾波は転げまわるミサトさんを不思議そうに見つめ

開放されたアスカは力なく項垂れ
やがて小刻みに震えだし
そして

「忘れろ!ばかぁ!」

笑い転げまわるミサトさんをサッカーボールのように蹴り上げ
鬼のような形相で、一撃で動かなくなったミサトさんを何度も踏みつけながら

「あんたも!こうなりたく!なかったら!余計なこと!しゃべんじゃ!ないわよ!わかった!?」

僕はあまりの剣幕にうろたえ
あの頃ならこんな剣幕、日常茶飯事だったなぁなんて思いつつ

「あ…いや…ほら」

「なに!」

その言葉とともに振り下ろされた踵が鈍い音を立てミサトさんの腹にめりこみ
“あ…死んだ”なんて他人事のように思いながら

「どんな意味か知りたかったから…いっつも同じ事言わされるばっかりで…意味教えてくれないから」

アスカは途端に顔を真っ赤にして
もじもじしだし

なんだ?
なんていうか

乙女?

「いいの…まだ…知らなくて」

アスカはしきりにモジモジしながらペンダントをいじくり

「そのうち…ちゃんと…全部教えるから…そしたら意味も…」

モジモジしながらミサトさんを踏みつけグリグリ

まさに踏んだり蹴ったり









急かされたのも気にした様子もないアスカは、部屋で旅行の準備でもする様で
それを僕たちにも手伝わる

「なんだか楽しくなってきちゃう」

アスカのその言葉はまるで自分自身を奮い立たせているようで
いつの間にか僕らのそんな姿を見つめていたミサトさんは、さっきまで死体のようだった表情をいつの間にか引き締め

「“奴ら”の目的はエヴァシリーズとアダムによるサードインパクト、これをなんとしても防ぎなさい、あなた達のこんな日常のために」

その言葉は僕ら三人に言っているようで
でも、きっと本当はアスカに言っていたんだと思う







ネルフに着くと真直ぐ発令所へ向かう

「おう!」

トウジは先に連れられて来ていたようで

「なんやよう訳分からんうちに連れられてもうたわ」

困ったように頭をかいて

「まぁ暫く世話になるわ、ほんじゃよろしゅうにな」

「うん」

トウジとは少し話したいこともあるし
ちょうどいいや
なんて思っていたら

「シンジ!そんなやつに近寄ると童貞がうつるわよ!」

アスカに強引に引っ張られ

「離れて!ほらぁ!」

トウジは顔をみるみる真っ赤にしながら

「んなもんうつるか!アホか!大体お前意味わかっていっとんのか!」

「いやだぁ、この変態」

アスカはトウジを軽蔑した目で

「意味分かっとんのかって言うとんじゃ!」

「分かってるわよ?ねえ?」

アスカはさも当然のように僕の顔を覗き込み

「へ?…そうなん?」

トウジは困ったような裏切られたような顔で僕のことを見てきて
僕ももう笑うしかなくて

「この裏切りモン!どっちや!惣流か!綾波か!まさか両方か!」

漫画みたいに襟首つかまれてガックンガックン振り回され

「うつしたる!いや!うつれ!」

アスカがバッグのフルスイングでトウジを撃退してくれるまで振り回され続けた







「これで全員そろったわね」

遅れて入ってきたミサトさんは周りを見渡し、号令をかける様な声

「完了しました、指令」

そして発令所に入って以来一度も僕と目をあわさない父さん
その横にはリツコさん

もう僕には関係のない二人

「ご苦労、チルドレンは所定の場所で待機、それでは作戦を開始する」

父さんは僕らの方を見ようとせずにしゃべり
ミサトさんは父さんの言葉に敬礼を返し、リツコさんに向う

「それでは赤木博士」

「はい」

返事をするリツコさんはひどく艶っぽい仕草でキーボードのキーをひとつ、撫でるように叩き
うっとりしたような表情を見る

ミサトさんは確認するように

「これで世界中のマギタイプは…」

「ええ、私たちの思うがまま。事をおこすその瞬間まで奴等は気づきもしないわ」

「これで引き返せなくなったわね」

「あら?あなたが計画したんでしょう?」

「ええ」

「じゃあいいじゃない」

「そうね、それに」

「それに?」

「リツコがこの短期間でここまでやってくれるとは思ってなかった」

「あら?誰かさんをこき使って調べ物をしてるのはあなただけじゃないのよ?」

「そう…そういうこと」

「そういうこと」

リツコさんの言葉を聞くミサトさんは、少し嫌そうな顔をしていた










テーブルの上にはドイツ語のテキストが放り出されたまま

綾波は“最後の調整”を受けに向かった
ミサトさんから渡された僕らの黒い手帳を大事そうに抱えて

アスカはいつものように僕をもとめる
ベッドの上で僕に例のドイツ語を何度もつぶやかせ
それをうっとりとした表情で聞き入りながら
ABCでもなぞるように僕に舌を這わす

僕たちのルールはアスカが決める
少なくてもベッドの上では

アスカの瞳はまるで僕の遺伝子でも眺めているように僕の体を見つめ

「心もからだも…わたしのモノ」

「え?」

「全部…根こそぎ…わたしのモノ」

「うん」

「抱き合おう」

「うん」

アスカが僕を抱きしめ、僕もそれに答える

「確かめてあげる」

「ん?」

「あいつに童貞うつされてないか」

「はは…」

そのままアスカにそっと押し倒され

「ねぇアスカ」

「ん…」

「持ってきてないよ」

「わたしも無い」

さすがにまずいよ…それは

アスカは僕のそんな考えなどお構いなしで
僕にまたがり、僕とは違う快楽を貪り
僕が果てるのを確かめ
僕を苦しいほど抱きしめ
地の底から振り絞ったような声でつぶやいた

「絶対…誰にも渡さない…ファーストにも…指令にも…“奴ら”にも」

ぞっとするような声
その声に僕は驚きではなく笑みがこぼれる

アスカは今、僕が求めるアスカだ
僕が求めたアスカだ
僕が“ソレ”をさせようとしているアスカだ

アスカは僕の頬をそっと両手で包み
トビっきりの笑顔をみせ
でも、瞳は狂気に彩られ
暫く僕を見つめると、そっと視線を自分の股間に移し
そこから溢れてくる僕の欲望を見て困ったようにつぶやいた

「最低ね…わたしって」


確信した
間違いない

僕がアスカの身も心も…彼女を戦いに奮い立たせる全てを手にした瞬間だ

そう思うと自然と僕の口元が歪む

それを何か勘違いしたアスカは嬉しそうに笑い
僕を抱きしめる

だから僕もつぶやいた

「最低だ…」

アスカは僕を強く抱きしめ嬉しそうにささやく

「あんた以外なんて…まっぴらごめんよ…だから振り向かずに…一緒に…」

アスカが僕と唇を重ねる

僕は世界を手に入れる
最低が世界を手に入れる
偽物が本物を手に入れる
このキスがその始まりだ






フォークリフトさんの「あの頃の僕なら」第11話です。

ついに、ゼーレや戦略自衛隊との決戦の火蓋が。

その前に、シンジに対する加持やミサト周囲の人々の心証が。こういう風に思われていたのですね。

先の楽しみな素晴らしいお話でした。フォークリフトさんへの激励・感想をぜひアドレスforklift2355@gmail.comま でおねがいします。

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