めんどくさいことと不愉快なことがいくつか

シンクロテストが終わり、評価が通知され僕らは解散

アスカは朝から体調がよくないそうで
それでもシンクロテストは絶好調

リツコさん曰く
「体調とシンクロ率に直接的な関係はないわ」

それはともかくアスカはよたよたしていて
綾波がどこかぎこちなくそれを心配していて

そんなアスカを僕はできるだけ冷たくあつかう
出来れば僕たちの関係が進展してしまったことを回りに悟られたくない
もちろん、僕らのプライベートなんてものはここの大人たちには筒抜けで
僕のこんな態度も白々しく見えるんだろうけど

好きにすればいい
僕は僕の望むようにさせてもらう

もう純白の日常も紅い世界も望まない

いま
今日
この瞬間
僕が望んでいるのは

“あかちゃんみたい”

そんなことを言ってくれるアスカで

そうだ…今日だって人気のない更衣室で綾波の目を盗んで
アスカとお互いの何かを確かめ合って

「ごめん…今日は…出来ないから…」

アスカは困ったような顔で僕にそういって

僕はそんなアスカの顔を見つめながら
アスカの胸元のペンダントを服の上から撫でる

「ホンとは…自信ないんだ…」

アスカは何かを勘違いして恥ずかしそうに胸をはだけ

「でも…シンジならいい」

そんなことを言って僕のことをからかうように抱き寄せ

小さくて柔らかいふくらみに僕は包まれ

誘われるように僕はそれを唇で包んだ
そんな僕のことを見たアスカは、笑うように囁く

「あかちゃんみたい」

そう
僕は今すぐそばにいるアスカのことなんか丸で気にかけていないような振りをして
ずっとアスカとのことを考えていて

今も部屋をフラフラと出るアスカを目で追っていた

そんな時

「シンジ君」
「はい?」
「あなたは残りなさい」

ひどく無表情なミサトさん

不安げな表情で僕を見つめるアスカとにらむような視線の綾波は部屋を追い出されるように出て行った

いやな静寂が広がる

「盗聴の心配はないわ」

怖い顔のミサトさん

「シンジ君」
「はい」
「確認したいことがあります」
「はい」

ミサトさんは僕から視線をはずし壁をにらむ

「先日、あなたの部屋で…」
「…」
「あぁ…まどろっこしいのはどうもね…」
「はぁ」

腕を組み壁をにらみ続けるミサトさん

「シンジ君」
「はい」
「あなたの行動と生活は逐一監視され、私は作戦部長とセカンドチルドレンの保護者として報告を受ける義務があります」
「はぁ」

沈黙
いやな空気

「…」
「…あの」

耐え切れなくなった僕が口を開き
ミサトさんに視線を向けると

笑ってる?
こっちを見て
しかも飛びっきり下品に

「よくやった!」

はい?

「でかした!」

はあ

「もぉ〜この色男!」

あ…

にじり寄ってきたミサトさんが僕を肘でぐりぐり

「『本日○○時、チルドレン同士による好まざる身的接触あり』なんてつまんない報告はどぉ〜でもいいのよ!」

やっぱり…

「もうね、アスカが髪の毛ばっさり切って帰ってきたからどうしたのかと思ってうろたえたのよ、おねーさんは!」

はぁ

「なんて声かけよう…なんて思い悩んでたら」



「あっち見てニタ〜、こっち見てニヤ〜」

想像つくよ

「ピン!ときたわけよ!おねーさん!」



「そんでちょっと突っついてみたらぁ〜『な…なによ!みんなすることなんでしょ!あんたがそう言ったんじゃない!』なんていちゃって」



「もう後は勝手にぺらぺらと聞いてもいないのに」

はいはい…
根掘り葉掘りだったんでしょう?どうせ…

「もうテレビとか見ててもぽけ〜っとしてて、料理をさせればキッチンは大惨事、黙り込んだかと思えば急に笑い出したり。そうかと思えば部屋からかわいい悲 鳴とバタバタする音が聞こえてきたり」

そりゃご愁傷様

「今日なんか朝から下着選びで嬉しそうに頭抱えてたわよ☆」


「ほんと、シンジ君が使徒だったらアスカの精神汚染成功ってとこね☆」



「家にいても、ず〜っと上の空で、もう完全にやくたたずよ☆」

ああ…本当にこの人はめんどくさい…

「使徒ですよ…最後の」

「おお!?カッコいい事いっちゃって!」

結局、小一時間ミサトさんのおもちゃにされ

「ありがとうね…シンジ君」

不思議な言葉をかけられ開放された

もちろん

「おっと!避妊はちゃんとしなさいよ!」

最後に下品なお言葉もいただいた

ようやく団地のおばさんと化したミサトさんから解放され
着替えを済ませ二人のところに向かう途中

「お暇かしら?」

リツコさんに声をかけられ

「少しでいいなら」

僕の返事を聞き素敵に微笑むリツコさんに連れられ人気のない部屋へ

「どう?」
「何がです?」
「レイ」
「綾波は…綾波です」
「そう」
「ええ」
「記憶のデジタル化…」
「…」
「とても高度な技術だけど、ここにはその設備があるわ」
「はい」
「レイが最後に調整を受けた日までの分」
「はい」
「記憶を移すことはできたわ、成功する確証も」
「はい」
「でも、記憶と感情は別」
「…」
「同じ記憶を持った感情のない別のモノ」
「…」
「あら…モノじゃご不満?」
「…」
「だからちょっとした実験をしてみたの」
「…」
「あなたとアスカ…あなた達との“楽しい”記憶を持ったレイに二人の情事を見せる……あら?怒ってる?」
「べつに」
「その結果はすばらしいものだったわ」
「…」
「自分の中にある記憶と目の前の光景…」
「…」
「レイの中で爆発が起こったのよ」
「…」
「記憶と記憶の化学反応」
「…」
「感情の発生と爆発」
「…」
「手がつけられなかったでしょう?」
「…ええ」
「おもしろかったわ」
「そうですか」
「ええ!そうそう…シンジ君」
「まだ何かあるんですか」

「あら?怖いお兄ちゃんね」

リツコさんはまるで僕をからかうように自分のおなかに手を添え、語りかける

「あなたには感謝してるのよ?ねぇ?」

リツコさんは自分のお腹に話しかけるように

もうどうでもいい
僕が父さんを困らせ苦しめた結果、リツコさんは歌うような人生を手に入れた
そういうことを伝えたかったんだろう
そのお礼が綾波の“奇跡の生還”で
面白半分に試してみた感情の復活だったんだろう

「もういいですか?」
「そうね、いとしのジュリエットがお待ちですものね」
「じゃぁ…」

部屋を出る僕にリツコさんの声

「…来てるわよ」
「え?」
「彼」

思わず振り向きリツコさんを見つめる

リツコさんは“もう用事は済んだ”といわんばかりに、愛おしそうに自分のお腹をなでていた

どうやら今日は“愉快な”一日が待ってそうだ




いつも待ち合わせに使っている休憩所を目指す

アスカの悲鳴とそれに続く罵声と怒号

リツコさんのおかげで、なにが起こったかはすぐに分かった

「はぁ…めんどくさいなぁ」

思わず愚痴が出、足取りが重くなる

引きずるような足取りでアスカの叫び声が聞こえた女子トイレを覗き込む

へたり込むように崩れながらも敵意むき出しの表情を見せるアスカと

まるでアスカを守るように立ちふさがる綾波

そして

「やれやれ、乱暴だな」

頬を押さえながらどこかうれしそうな表情を見せる使徒

僕の時はお風呂で今回はトイレ

じゃあ次回は?

なんだ…君もめんどくさいね

それはそうと…
やれやれ

「どうしたの?」

僕はため息を抑えるように声をかける

「シンジ!」

見る見る弱々しい表情になってゆくアスカ

「シンジ!変態よ!とびっきりの変態!」

アスカはまるではいずるように僕にしがみつくと語気を荒げ

「ちょっと調子があれで…そんでトイレで…そしたらこの変態が女子トイレにズカズカ入ってきてなんか訳分かんないこといいながら私の頬さわってきたのよ! 怖かったんだから!」

何でカヲル君が頬を押さえけつまずいているかとか、いろいろ抜けているアスカの説明はさておき

「大変だったね」

とびっきりの笑顔でカヲル君に手を差し伸べる

「結構だよ」

使徒は露骨にいやそうな顔をし、立ち上がる

「リツコさんから聞いてるよ、渚カヲル君でしょう?“始めまして”」

「どうも」

使徒は僕の素敵な挨拶を無視するように流すと

「じゃあまた」

アスカに微笑み、去っていった

アスカは中指を立てながらドイツ語であろう言葉で何かを叫んだ
たぶん英語で言うところの“F”から始まる4文字

「何なのよ!あの変態!」

相変わらず僕の足にしがみついたままのアスカ

「大丈夫?」

「こら!」

え?

「私に言うのが先でしょう!」

怖い顔のアスカが僕の足をつねる

ははは

心地良い痛みってやつかな?





二人でベンチに腰掛けジュースを飲む
左手の自由をアスカに奪われ、飲みづらい

綾波は
“先に行ってて”
と言い残し使徒を追いかけていった

「ホント怖かったんだから」

アスカの指が僕の指に絡み
僕の脳裏にあの日の湯船の記憶が蘇る


「『繊細だね、君は』」
「え!?」
「『好意に値するよ』」
「なんで?」
「『好きってことさ』」
「なんで知ってるの!?あ!聞いてたんでしょう!かっこよく登場しようとしてたんでしょう!何よ!わたしの唇の一大事だったのよ!」

アスカが僕の指をつねる

「最低ね!」

アスカの頭が僕の方に

「しんじらんない!」

青い瞳がかわいく睨み

ゆっくりと近づき

「ばか」

僕の唇に何かが触れた






綾波はまだ戻らない

時間はゆっくりと流れる

「楽になった?」
「ん?…うん、くすり効いてきた」
「つらい?」
「そうね…なかったらいいなぁって思う」
「そう」
「でも…」

アスカの指が僕の指を優しくなで
まるでそれがアスカの返事のようで

「ねぇ」
「ん?」
「今夜…しよっか?」
「え?」
「来ちゃったから…いつも見たいのは…出来ないけど…」
「…?」

アスカの唇が頬に

「こっちでしてあげる」

アスカは少し恥ずかしそうにうつむいて、短くなった前髪をいじくる

「…うちのさ…行かず後家が…いらないおせっかいで…そういうこと…聞いてもいないのに教えてくるから…」

アスカは前髪をいじっていた指でいつの間にか胸元のペンダントをつまんでいて
ペンダントで恥ずかしそうに自分の唇を撫でていた

「あ!」
「ん?」

真っ赤に照れていたアスカの顔が急に引き締まり

「今日から勉強会始めるからね」
「お勉強会?」

なんだ?
突然?

「しっかり覚えてもらうからね!」
「…なにを?」

“はぁ!?なに言ってんのよ”
アスカはそんな表情をして見せ

「ドイツ語!」

「へぇ?」

「あったり前でしょう!」
「なにが!?」
「なにが何でも!とにかく覚えてもらうからね!」
「あ…うん」

なんだかとんでもない迫力に思わず返事をしてしまった

何なんだ?
一体

僕の返事を聞いたアスカはうれしそうに指を僕に絡ませ
僕は途方にくれる

その時
綾波が颯爽と現れ
無言で僕たちのつないでいた手を払いのけ
アスカに力強いVサインをしてみせる

「よくやった!さっすがわが親友!」

一体なんだ?
まあ多分ろくでもないことだろう
カヲル君をひっぱたいてきたとか
そんな事だよ

「じゃあ帰りましょう!」

君の家はこっちだったっけ?

なんて、そんなこと言える雰囲気じゃないし
そんな気分でもなかった






家に帰るとアスカは甲斐甲斐しく
まるで新妻気取り

「とりあえず何か作るから」

どうせ18ヶ月の間だけだから
僕はそう思い、物は増やさずに生活していた
そのつもりだった
でも

いつの間にか増えていた食器
そこかしこに転がる日用品
本当に食べ切れるのかと首を傾げたくなるほどの食材

ある物は僕が
ある物は綾波が
そしてそれ以外のほとんどはアスカが

そうやってこの部屋を変えていった

もうこの部屋に純白の名残はない

有るとすれば綾波と僕のあの手帳

それもここ数日、見当たらない

綾波が自分の部屋に持ち帰り
自分の記憶に存在しない、バックアップ以後の日付のページを繰り返し繰り返し読んでいる
そうしていればいつかその日の記憶が手に入ると信じて




アスカと綾波はキッチン

僕は一人部屋に取り残される

キッチンからは二人の会話にならない会話が聞こえ
僕は部屋に向かいチェロを取り出した



二人のための演奏会







「行儀悪い!」

アスカが映画を見ながらご飯を食べる僕をしかる

「ファーストも!大体あんたこの映画一回見てんじゃない!」

「そう…」

「はぁ?ついこの間よ?」

「知らない」
「はぁ?」
「私…記憶喪失だから」

“記憶喪失”

僕が綾波にそう言うように教えた
アスカになにかを聞かれて覚えてなければそう言えって
リツコさんにも頼んだ
だからこの綾波はあの爆発で軽度の記憶障害を起こしている
そういうことになっている

「ま、いっか」

“またか”
アスカはそんな顔で

綾波は僕に視線を送る

それはアスカと僕の秘密があるように
綾波と僕の秘密だ

綾波との精神的浮気

僕と綾波の秘め事

だから

「ゆっくり思い出せばいいよ」

僕の言葉を聴いた綾波はやっぱりどこかぎこちなく微笑み
僕の膝にそっと手をかけ
焦げてひしゃげたブレスレットが音を立てた






謎のドイツ語勉強会と
それよりもはるかに長い二人のおしゃべり
そして、アスカと綾波のよく分からない僕に対する何度目かの協定の成立



結局いつものように時間は過ぎる




「おやすみなさい」
愛おしそうに僕を見つめる赤い瞳と鈍く光る腕の焼け焦げてひしゃげたブレスレット

「グッナイ」
いたずらっぽく僕を見つめる青い瞳と胸に光るピカピカのネックレス

僕は二人に挟まれ寝床に着いた





夜が更る

部屋には静かに広がる綾波の寝息と
押しこらえる僕の声と
アスカの鼻にかかった呼吸

僕は一度果てているのに、アスカは僕のを咥えたまんまで
「かわいい」
なんて僕の顔を見ながらうれしそうに
「シンジの男の子は私のもの」
そんなことをつぶやいて
「なんか分かる気がする」
「なに…を?」
果てたばっかりでひどく敏感な僕のをもてあそばれる
「行かず後家がさ『自分から相手のものになればその分だけ相手は自分のものになってくれる』って言ってて」
「…」
「分かる気がする」
「…」
「わたしの女の子がシンジのものになる分だけシンジの男の子がわたしのものになってくの、それにね、私、感謝してるんだ」
「誰に?ミサトさん?」
「違うわよ、神様」
「神様?」
「そ、だってそうじゃない?大切な友達もくれた、大好きな人もくれた」
「…」
「もし神様じゃなくてそれをしたのが悪魔だってんなら」
「悪魔なら?」
「やっぱり感謝しちゃう」

うれしそうに微笑むアスカ

アスカ…そいつは神様でも悪魔でもないんだ
ただの偽物なんだ
もうすぐ分かる

でも
僕はこの世界を守る
偽物を守る

愛が何なのか僕にはまだ分からない
知るべきことも知らないこともまだ分からない
誰かに好かれたいとかそんなことばかり考え
そのくせ傷つくのが怖くて
うれしいとか悲しいとか、そんなことを感じれるだけで十分で

そんな偽物の僕なのに
君は
たとえば僕が歌を望めば
のどが枯れても
血を吐きながらでも歌ってくれるだろう
それが愛だといって
それを僕に注ぎ続けてくれるだろう

僕は偽物の上に卑怯者だ
無関心を装いながら手を伸ばし
まるでどうでもいいような顔をしながら手を離さない

そんな僕だから君とこの世界を守ろう
君やこの世界を狙うあいつから


「やっぱり私のほうが少し長いんじゃない?」


アスカの声で考えから引き戻される

アスカは鏡台に写る僕と自分を見比べ

「ね?やっぱり私のほうが少し長いでしょ?」

アスカは髪の毛を整えながら鏡越しに僕に話しかける

「あんまり大きな声出すと綾波がおきるよ?」
「もう終わり、それともまだする?」

うれしそうにからかうアスカ
あの日、僕はアスカに聞いた

“どれくらいにそろえればいい”

女の子だし、少しでも長いほうがいいんだろうななんて考えながらはさみを持つ僕に向かって、いたずらっぽく笑いながら

“シンジと同じが良い”

もちろん僕は色々説得した
女の子なんだし
いくらなんでもそれじゃぁ短いよ
なんて事言って

“いいの!”

なんて言われて押し切られ
それでも心持長めにしておいたんだけど

「ねぇえ、どぉ?」

鏡を見ながら僕の前髪をいじくるアスカ

「絶対あたしのほうが長いと思うんだけど」

もうなんだかめんどくさくなってきて
どうせロメオ気取りの僕なわけだし

「んん!」

アスカの唇をふさいでやった

アスカ瞳を閉じながらすぐにおとなしくなって
われながらうまく行ったとか思ってたら
アスカが舌をねじ込んできて
びっくりして思わず離れちゃって

「おっそわけ」
「え?」
「自分の味よ」
「?」
「んふふ」

なんだ?…
あ!

今度はアスカが僕の唇をふさぎ
舌をねじ込みながらつぶやく

「わたしの大切なシンジ…その男の子の味…分けてあげる」

僕とアスカの夜は、あまりの騒がしさに目を覚ました綾波にアスカが蹴り飛ばされるまで続いた

ちなみに綾波は髪を伸ばすらしい
実はアスカの長い髪がうらやましかったらしく
伸びたら髪を染めるらしい


ああそうだ
僕はこの世界を
この偽物を守ろう
僕の偽物の翼をきれいだと言ってくれる人たちを

本物と偽物

僕とカヲル君

終わりの始まり

明日、それを始めよう









弐号機のケージ
一人赤いエヴァを見つめる

これから始まる破滅
終局
その始まり

それをことごとく覆す
それが弐号機に
アスカのお母さんに僕が望む

…いや

押し付ける…かな

とにかくその最初のひとつ…かどうかは分からないけど
まず僕の知る終局を僕が望んで変える

ここでまた“アレ”を僕がその手でするのなら
あの日のことを覚えている僕の心は
18ヶ月前のように
ほんの少し壊れる




だから僕はここに来た




戸が開く音はしなかった

ただ気配だけが忽然と現れ

「やぁ…まさか君とはね」

「ここにいればあえると思ってた、それに…」

僕は弐号機を見つめる

「きっと弐号機は君に心を開かない」

「エヴァ…リリンの作り出した…魂の器」

最後の使徒
渚カヲル

「なるほど…老人達の書いたシナリオよりは興味深いね」

「ありがとう…大好きだよ、カヲル君」

僕の言葉を聴いたカヲル君は困ったように微笑み

「鋼のように強靭だね…君の心は」

僕はリツコさんから借りてきた銃と心からの親愛の笑顔をカヲル君にむけ

「扉を開くには十分だよ」

そうつぶやくカヲル君に向かい愛情いっぱいの銃弾を放った









よく分からない
僕はカヲル君に導かれ
まるで故郷へ向かうように地下を目指す

自分が宙を進む事に何の疑問も持たず
ただ当然のようにカヲル君に導かれ
“そこ”を目指した


「ようやく来たね」

僕も感じる
アスカだ

真っ赤な
燃えるような肉体を
母の魂で己のものにした

アスカだ

「とまれって言ってんだろーが!」

アスカの罵声とともに巨大なナイフがカヲル君へ向かう

それじゃあだめだよ

案の定カヲル君の他者を拒絶する心に遮られ
アスカの刃はとどかない

「この!返せって言ってんのよ!」

アスカの巨大なこぶしがカヲル君の拒絶の心を何度もたたきつけ

「このぉ!このぉ!このぉ!」

アスカがその巨大な手でカヲル君の拒絶する心を引き裂こうとする

「シンジを返せ!」

アスカの巨大な手がカヲル君の拒絶する心を引き裂いたその時

「これは!…リリス…」

いつの間にか僕らは目指すべき場所へとたどり着いていた

そこにはカヲル君の絶望が詰まっていて

「そういうことか…リリン」

カヲル君はこの世界で始めて僕に笑顔を見せ

「ありがとう…シンジ君」

その言葉を最後にアスカの鉄拳とともに欠けらも残さず消えていった






巨大な白い巨人

いつの間にか僕はLCLに漂っていた

まるで今、この空間に気づいたように困惑するアスカが何度も僕に声をかけながらその巨大な手のひらで僕を救い上げる





辺り一面に飛び散る赤い鮮血

粉々になって消えたカヲル君の欠片

その一部が僕の頬をぬらしていた

まるで僕の

僕らのさだめを知ったカヲル君の流す哀れみの涙のようだった


僕はこの結末を知っていた
僕が演出したんだ
僕がカヲル君に声をかけ
カヲル君に導かれ
それを知らされた、カヲル君にこれっぽちの好意も持たないアスカは、怒りに身を任せ僕とカヲル君を追い
この部屋のからくりに気がついたカヲル君は
僕がそれを知っていて
それをカヲル君に教えるために事を起こした事を理解し
僕が胸のすくような偽物である事を見抜き
そして自身が開放される事を選んだ

そうさ
僕は守る
このすばらしい偽物の世界を
僕のほしかった
それがすべてあるこの世界を

そして僕は頬をぬぐい
弐号機を見上げた

「よかった」

アスカの安堵したような声
それがとても心地よく響く

僕が狂わせた何かの歯車が音を立てるようにアスカの弐号機が唸りを上げ
僕は心のそこから暗い笑みを浮かべた

さぁ終局が始まる

「いこう…アスカ」






フォークリフトさんの「あの頃の僕なら」第10話です。

カヲル君が登場し、ひっかきまわして…でも、今のシンジ君とアスカだったら大丈夫だろなあ、と。そう思ってたら

>さぁ終局が始まる

「シンジ君が」何か動くようです。いったい何をしようというのでしょうか。

先の読めない展開に入っていよいよ終章の始まり?素晴らしいお話でした。フォークリフトさんへの激励・感想をぜひアドレスforklift2355@gmail.comま でおねがいします。

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