退院の日
迎えに来たのはミサトさんだった

少し意外

アスカと綾波が来るもんだと思ってた

まぁ、ミサトさんの怪しげな笑顔を見れば何か企んでそうなことくらい見当つくけど

病室を出て思わずわらちゃう
“303号室”
僕が閉じ込められてた部屋

そうじゃないかなって思ってたけど

僕は僕の見たことや行ったところから逃れられないらしい

まぁいいさ



病室から出て、一旦本部へ向い手続き
これでまたエヴァに乗れる

ん?

「ミサトさん」
「ん〜?」
「これ…何の工事やってんですか?」
「あぁ、これね。対テロ対策」
「テロ?」
「そ、やぁ〜すやす加持やなんやに出入りされちゃってるからね」
「へぇ」

こんなんで何かの役に立つのかな?

「結構渋られたのよ」
「へぇ」
「ほら…エヴァの補修やメンテって物凄くお金かかるじゃない?」
「そうなんですか?」
「そ、だからもうちょっと派手にエヴァを壊されてたら却下されてたわねぁ〜」

ふぅ〜ん
まぁ、あんまり僕には関係なさそうだ



ミサトさんの車の中
ミサトさんが僕に話しかけた

「ねぇ」
「なんです?」
「アスカのこと…おねがい」
「え?」
「いっぱいいっぱい、いろんな事したり…色んな所行ったり」
「何です?突然そんな事…」
「少しくらいなら…羽目外しても…シンジ君は男の子でアスカは女の子…そんな思い出でもいい」
「何なんです?一体」
「ねぇ…シンジ君」
「はい」
「使徒を倒してあなたたちの役目が終わった後のこと…考えた事ある?」

え?

「レイは…ずっといるわ…シンジ君の側に…もしかしたら少し遠くとかかもしれないけど」

それは…

「でもね…アスカは違う」
「違う?」
「ええ」

アスカが居なくなる?
この世界を僕が欲しても?

いや

欲すれば…

そんな…

「アスカはね、シンジ君のことが大好き。ほんと子供みたい」
「いや…」
「アスカね…天才よ?そりゃ…でもね」
「でも?」
「心のどこかは小さいときのまんま…どんなに自分が好意を持っていても相手からアクションを起してくれなきゃ癇癪起すだけ…ほんとに小さい子と一緒」

それじゃぁ…あの頃のアスカって…

「だからシンジ君みたいに手を握ってくれたり抱きしめてくれたり…キスもしたんでしょう?」
「まぁ」
「ふふ…して欲しい事をしてくれるシンジ君が…変な言い方だけど理想の恋人なの」



「でもアスカはずっとシンジ君と一緒に居られない、最後の使徒を倒したらすぐにでも呼び戻される…そしたらもう会うことなんてないわ」



「でもアスカはシンジ君の事をずっと好きなまま…次のシンジ君に出会うまで」



「“あんたダメね〜シンジならこんな時”なんて言える相手が現れる日まで」



「だからお願い…その日まで…その日の分まで」

今の僕は欲しいものが欲しい
守りたい人と居たい
だから

「離さないかもしれませんよ?」
「そうそう!それくらいの意気で!」

微笑むミサトさんの顔は、本当にアスカの“頼りない”おねえさんのように見え
ぼくはそれがとても眩しく
羨ましくもあった




僕の退院とはまったく無関係に騒ぐ皆
アスカは何かにつけてミサトさんの頭をを引っ叩き
トウジはまるで監視される様な目で綾波に睨まれていて

まあしょうがないかな?

アスカがさ、約束通り色んなものを作ってくれて
綾波もそれを手伝ってくれたみたいで
二人して“どうだ!”って顔で僕を迎えてくれて

嬉しくなって
つい「ありがとう、アスカ、綾波」なんて言っちゃって

てれる二人を見たトウジが
「なんやセンセ?本命はミサトさんちゃうんか?」
なんて言っちゃって

なぜだか嬉しそうにビールを煽るミサトさんと
これまたなぜかトウジに食って掛かるアスカと綾波

僕?

もちろんちゃんと言ったよ?
「トウジ…なに言ってんの?」
って
面白そうに笑いながら






散々騒ぎ立て、トウジは帰った
「この裏切りもんが!…ま、なんともないようじゃからええか」



騒いでくれてありがとう



ミサトさんはここが誰の家かなんてまったく気にせず、酔いつぶれた
「シ〜ンちゃん…ちゃんとぉ〜アスカにぃ〜“続き”してあげてね?」



ほんとに酔ってます?



綾波はいつの間に仕込んだのか、ペンペンと人生ゲーム



もう君の笑顔を見ても驚かない



アスカはかいがいしく後片付け


…アスカ…

僕は人の愛し方も愛され方も知らずに育った
人との接し方もそうだ

アスカも同じ
人を上から見下ろす事しか知らずに育った

だから
あの頃の僕はアスカが僕を見下ろすようにしか扱ってくれない理由が分からなかった

アスカも何も教えてくれなかった

僕の自惚れかも知れないけど、あの頃のアスカも僕に好意を持ってくれていたように思う

ただ僕が、それの受け入れ方を知らず
アスカは見下ろすようにしかそれが出来なかっただけで

「ねぇアスカ」
「ん?」

あの頃のアスカと今のアスカ
この二人が同じアスカかどうか

「昔…」

確かめたい




僕は昔話をした
僕の中にある僕の記憶
おぼろげな小さいときの記憶

僕に関られる事が迷惑に思っていることを必死に隠そうとしていた先生

僕だけ迎えが来なかったあの日の夕暮れの公園

家族の居る同級生たち、それを避けていた僕

いつの間にか僕は友達がどういうものか分からなくなっていた

「嫌ね…」

独り言のように話す僕
聞こえないふりをする綾波
アスカは片付けの手を止めずにもう一度つぶやく

「本当に嫌ね」

「でもそれが“王子様”の正体…アスカの知らない僕」

アスカが手を休めイスに腰掛け
もう一度つぶやいた

「嫌ね…まるで自分のこと言われてるみたい…」

アスカはまるでテーブルを見つめていれば何か答えが見つかるように
知ってはいても知りたくなかった答えを知ってしまったように

「まるでシンジと私は合せ鏡…私が望めば王子様にも嫌な自分にもなってくれる…」

アスカは困ったように笑うと

誰にも負けられなかった自分

会う人はみんなライバルになってしまう

いつの間にか周りから腫れ物のように扱われていた自分

そんな話を…

「これがわたし…必死にシンジのこと振り向かせようとしていい女ぶってるわたしの正体…」

そうつぶやいたアスカは
満面の笑顔で
今にも泣きそうで


ドン!


テーブルの上に置かれた人生ゲーム
見上げれば少し怒ったような顔した綾波

その顔を見たらなんだか笑っちゃって
アスカを見るとやっぱり笑ってて

「オーケーファースト!今日もどん底の人生味あわせてやるわ!ミサト!起きろ!」

アスカはさっと立ち上がり、ソファーでどこの関節をどうすりゃそんな寝相になるのか不思議な格好で酔いつぶれるミサトさんを蹴っ飛ばす

僕はもう一度綾波を見つめた
“やれやれ”
そんな表情で笑う綾波

「綾波…ありがとう」

綾波は僕の方をちょっとだけ向き
やっぱり聞こえないふりをしてくれた

もしかしたら僕の事を一番わかってくれているのは綾波なのかもしれない

まるで母親のように




ルーレットを回しながら思う
この世界の…
いや
人が
人が人を映す鏡なら
アスカの言うように他人が自分を映す鏡なら

アスカが変わったんじゃなく
僕が…



そうなのかも…しれない







「重くて動かせないでしょうが!」

やっぱり酔いつぶれてしまったミサトさん

“仕方なく”アスカは泊まっていくことに

僕のベッドはアスカと綾波に占領されてしまった
ミサトさんはリビングで毛布をかけて放置
僕とペンペンは…

「なぁ〜んにもしないって言うんならそこに寝てもいいわよ?」
ベッドの横に敷いた布団を指差す

「アスカが綾波の部屋に行けばいいんじゃない?」
「シンジ…言っとくけど…」

恐い顔のアスカ

「鈴原が言ってたこと…疑ってるからね」

は?
え…と…
え!

「アンタがミサトのこと狙ってるって言ってたでしょう!」

ええ!
いや!
それは!

「いい!?胸の大小で女を見ようなんて考えてんじゃないわよ!?」

アスカは立ち上がると恫喝するように僕に詰め寄り
僕は壁に追い詰められ腰砕けに

ちょうど目の高さにアスカの胸とペンダント

見上げればおっかない顔のアスカ
綾波に助けを求めようとしたけど…目が合ったのに無視され…

「…あれくらい…すぐになるんだから」

悔しそうにつぶやき
アスカは踵を返した






ペンペンの寝息を聞きながら思う

人類補完計画
“人類”の“補完計画”
僕は僕に触れるものすべてを拒んだ
その結果がサードインパクト
だからあの人たちが望んだ形ではなかった
地球上から人の生きた証を消し去るだけでは済まさなかった

リリスの作り出した
地球上に存在する全ての生命を消し去ってしまった

かあさんはどうせ人が滅ぶのなら、せめて人の生きた証となろうとした

とうさんはかあさんを妄信し、もう一度、ただ一言
それだけが欲しかった

じゃあ僕は何が欲しかった?

僕を受け入れない
僕の居場所のない世界の終焉?

そうなの?

本当は他に欲しいものがあったんじゃ…

守りたい人や…



そこまで考えて布団から体を起した

眠るアスカ

よく寝てる
かわいい寝息

アスカはとても疲れてて
朝早くから色々準備をしていたらしい

「…ありがとう」

僕が声をかけると眠るアスカが微笑んだ気がした


そのまま視線を綾波に

「あ…」

ははは…

「おきてたんだ」

綾波は視線だけこっちに向けて
僕の事を見つめていた

「寝ないの?」

僕が声をかけると
綾波は体をおこし、アスカをおこさない様そぉ〜っとベッドから下り僕の横に腰を下ろした

「今日…楽しかったね」

その言葉を聞き、嬉しそうに微笑む綾波

微笑む綾波が僕を抱きしめる

「大丈夫…碇君」
「え?」
「みんなずっと一緒」
「…うん」
「大丈夫…みんな…私が守るもの」

僕の首に腕をかける綾波は
まるでその腕の中に幸せがあるように微笑み

その笑顔は
記憶にないかあさんのようで

「綾波…」

僕はそっと綾波に体をまかせ
綾波はやさしく僕を抱きしめてくれた

別に何かしたいわけじゃなく
ただ、そこに幸せがあることを確かめたかった

「碇君」

僕に頬よせる綾波がとてもいとおしく
心地よく
だから僕は優しく抱きしめる綾波の胸の中で
そのまま眠りについてしまった







まぁこんなもんだろうね

早朝に目が覚め
部屋を見わたす

僕の布団の中には綾波とアスカ
まぁ、アスカが何時僕の布団に突入してきたかは解らない
まるで僕と綾波を割って入ったように布団の真ん中

勝ち誇ったような寝顔

うん
間違いなく君はアスカだ

変な納得をしながらベッドに目をやる
そこには新しい関節を手に入れたらしい寝相のミサトさん
そしてペンペン

しばらくミサトさんを眺める

うん
いい眺め

ベッドを制圧する事に成功した作戦部長様は
その遂行段階において着衣について何か不都合があったらしく

「ぱんついっちょ…」

うん
とてもいい眺め

僕は自分が“健康な男子”であることを存分に確認し
ひどく狭い布団に潜り込んだ

きっと次の目覚めはアスカの怒号、もしくはミサトさんをひっぱたく音







あれから少し日がすぎた


ここら辺だったかな?


トウジのシンクロテストは何度やっても微妙なところ
当人曰く
“まぁ予備の予備じゃろ”
僕もそう思う


うん、多分あそこだ


アスカは絶好調
逆にシンクロ率が高すぎて危険なくらいだってリツコさんが言ってた
綾波は…まぁいつもの通り


嫌な鼻歌が聞こえてくる


そうそう
伊吹さんがとうさんを見て“不潔”ってつぶやいてた


あの時と風景が随分違うから結構手間取った


「歌はいいね」


使徒がつぶやく

「歌うのがカヲル君じゃなければね」

使徒は驚いてみせる

「僕を知っているのかい?」

ぼくの口元が歪む

「知らないよ」

「そう、君は好意には値しないね…碇シンジ君」

「嫌いって事でしょ?」

僕は口元を歪めたまま振り向きもせずにその場を後にした

今の僕にカヲル君は必要ない
僕に僕らしさを
欠けそうな心を満たしてくれる存在は必要ない

僕は守りたい
僕を守るって言ってくれる人たちを

だから決めた
このあいだの人たちに決別を

それを伝える

僕がカヲル君を心の中で殺して

あの人たちに僕の気持を伝えよう









“私が守るもの”

綾波の最後の言葉だった

僕の努力は実を結ばなかった
いや…
むしろ、僕が必死になればなるほど
綾波を…

あの時の
二人目の綾波が身を挺して倒したあの使徒

ヤツは同じように現れ
僕の思惑など気にもせず、同じように零号機に取り付き

綾波は必死に使徒を僕に向わせまいと…

凍結を解除され駆けつけたアスカを守ろうと…

使徒と…

そして零号機から聞こえた最後の言葉


“大丈夫…みんな私が守るもの”


その声はとても嬉しそうで


「とにかく休みなさい」

ミサトさんにそう言われ
部屋へ戻り
あのソファーへ腰掛
天井を見つめた

下は向かない

こぼれた涙を見たくないから
止まらない涙を見たくないから



然程時間は経ってないと思う
戸が開く音が聞こえ
それこそ“ズカズカ”とわざとらしく足音を立て

「あ〜あ、みてらんない!」

僕の視界に入ったアスカは、腰に手を当てまるで“そんな事でメソメソして!まだ気にしてるの!?”って顔をしてて

どうせ強がってるくせに…

「アスカは悲しくないの」

何かが僕の頬を濡らし続ける

「別に?」

アスカはますます“なにが?”って顔をして

「“親友”だったんでしょ?」
「親友よ?」
「それとも…」

僕が独占できるから嬉しい?
そう言おうとしたその時

「親友で恋敵でライバル、私にとって今までの人生で手に入らなかった全部よ、ファーストは」

アスカの表情は“何言ってんの?”って顔をしてて
どうせ強がりのくせに

「だから私は泣かない、悲しまない」
「強いね…アスカは」
「強くない」
「え?」
「もし私が認めたら…あいつがいないって認めたら…壊れちゃうじゃない…」
「アスカ?」
「私があんたの知ってるわたしじゃ無くなっちゃうじゃない」
「…アスカ」
「ファーストは守ったの」
「僕らを…」
「違う!ファーストは自分が過ごした世界を守ったの!自分と同じ時間を過ごしてくれた世界を!」
「世界…」
「あいつにとって“世界”ってのはアンタでわたし!この部屋でそのソファー!」
「この…」
「だからわたしは変わらないわ、これからもアンタをファーストと争そうし負ける気もさらさらない!」
「アスカ?」
「別に頭どうかしたわけじゃないわよ?」
「う…うん」
「あいつが“いない間”にほんのちょっとだけ差をつけてやる」
「うん」
「あいつが“帰ってくるまで”気を抜かずにあんたの手綱握ってやる」
「うん」
「だからもう泣くの止めなさい?」
「…うん」
「あいつが“帰ってきて”泣いてるあんたを見て私が泣かしたって勘違いされたらめんどくさいことになっちゃう」
「…うん」
「はぁ…情けないヤツね」
アスカは睨むように僕の顔を見ると台所に消えた

僕はもう一度天井を見上げる
涙はまだ止まらない
でも少し落ち着いた
同情されるより怒られるほうが心が落ち着くなんて

ん?

じょきんじょきん

何かそんな音が
束ねた何かを乱暴に切る音が台所から

音が止み
アスカが台所から戻って…

「こんなもん?」
「アスカ?」
「だからこんなもん?もうちょっと短かったけ?」

アスカは手にした調理バサミで自分の髪の毛を掴んでは切り落とす

「ア…スカ?」
「なに?」
「なに…って」

アスカははさみを放り投げると僕を見下ろすように覗き込み

「あんまり泣かれると困るのよ」
「え?」
「王子様にピーピー泣かれちゃ台無しなの」
「泣く?」
「あいつが守った“世界”なんだから」
「うん…」
「だから泣かれちゃ困るの」
「うん」
「じゃあしょうがないじゃない?」
「なに…が?」
「王子様が泣かないですむように…あいつの変わりも…やってやる」

そのままアスカに抱きしめられ
僕はアスカの胸を涙で濡らす

「アスカ…」
「ばか」
「ん?」
「乙女が髪きってまでしてやったんだから…違うでしょ?」
「うん…」

僕は小さな
ほんとに小さな声でつぶやいた

「…綾波」

ぎゅっと抱きしめられた

「…碇君」

アスカの小さな小さなこえ

僕の頬を僕の涙じゃないものが濡らす

青い瞳の綾波は赤い瞳の綾波にさよならを言う変わりに

「碇君…」

僕の頬を濡らしていた







「ねぇ」
「え」
「ほんとに初めてだった?」

アスカも僕も少し落ち着いた

で…
いきおい…ってやつかな?

とにかく
その…

そいう事に…

「うん」
「ウソでしょ?」
「初めてだよ?」
「ふぅ〜ん」

ウソといえばウソだ
僕の初体験はあの頃のアスカで

どっちかって言うと犯されたっていうか

まぁ、あまり思い出したいことじゃない

“あんた見てると!”

うん…あんな初体験は…

「あぁ〜あ」
「なに?」
「こんな事になるならもっと可愛い下着にしてくればよかった」
「え?」

ベッドの中
アスカは本当に残念そうで

「髪きるのも勢いでやっちゃったし…どうしよ」

散切りになった髪をつまむアスカ

「よ!」

アスカが僕の上に跨る

「ね」
「ん?」
「もう一回…しよっか?」

う〜ん…

「ねぇ」
「ん?」
「気持良いの?」

ぺちん

おでこを叩かれる

「痛いだけよ」
「これも?」

アスカのおしりを愛撫する

「くすぐったいだけ」
「そうなの?」
「そうよ?」
「そっか」
「ふふ…でも“きもち”は、いいかな?」
「なにそれ?」
「体より心がきもちいい…シンジは?」
「同じ」
「うそつき」

もう一度おでこを叩かれた

アスカが僕の上で揺れる
短くなった髪を揺らし
痛みをこらえるように
目を潤ませながら

ぼくはどうしてもアスカの頬をなでたくなり
手を伸ばす

「ん…」

アスカは頬に当てた僕の手に手のひらを沿え
そのまま僕の親指を咥え
瞳をいっそう潤ませた

アスカの胸元でネックレスがゆれる

僕はゆれるネックレスを見つめた

「これはダメ…これがなきゃほんとに私が私でなくなちゃう」

僕の視線に気がついたアスカもネックレスを見つめ嬉しそうに囁くと
そのまま僕と唇を重ねた


がちゃ

まさにそのタイミングで戸が開く

「ファ…」

アスカの目が点になり

僕は喜びじゃない感情が湧き出る

「あんた…まさか…」

アスカが口元を押さえ
表情に歓喜の色が

でもねアスカ
そいつは違うんだ


三人目の…ん?


三人目…のはずの綾波は僕とアスカの状態をまじまじと見ると、みるみる顔色を変える

アスカも今の自分が何をしていたかを思い出し

「あ…これはね…ちが…くはなくて…その」

言葉通り三人目の綾波がアスカに掴みかかる

「まって!ファースト!話せば分かる!」









なんでこうなった?…

いや…まぁ…わかってるけど…

ベッドの上
首を動かし左を向く

アスカは僕と視線が会うと“参ったわね”って顔で、思いっきりはたかれた頬を赤くしながら笑って
指はネックレスをいじくっていて

視線を感じて右を向くと
三人目の綾波が僕の事を見つめていて
僕と目が会うと嬉しそうにしがみついてくる

僕の首に回された手には焦げてひしゃげたブレスレット

「こら!」

アスカが三人目の綾波のおでこを叩き
三人目の綾波がすぐにやり返す

僕を挟んでおでこを押さえる二人

二人は上体を起こしてにらみ合う


「「クス」」


二人が笑い出し

「あ〜あ!ばっからしい!」
アスカが僕の胸に勢いよく倒れこむ
それを見た三人目の綾波も僕の胸に

「あ〜あ!もう!死ぬほど心配したのに!」

もちろん綾波は三人目だからアスカが何を言っているのか分からなく
ぽかーんとして

「あんたのせいでこっちは女の命までこんなにして」

三人目の綾波はアスカの物凄く適当に切られた髪を不思議そうに見つめる

「操までちらしたのよ?」

アスカはイタズラっぽく僕を見つめ
三人目の綾波は“なにが?”って顔で

「ま、ほんとに命賭けて私達守ってくれたあんたにゃ叶わないけどね」

アスカは嬉しそうに微笑む



「そう…私、あなたたちのこと守ったの?」



「ん?あんだけ派手に自爆して覚えてないの?」
「知らない」
「知らない?…って」

三人目の綾波は悲しそうな顔で

「多分…私…さ…」

僕はその顔を見てるとたまらなく

「綾波は綾波だよ」

「え?」
「誰でも何人目でも」

綾波は綾波だ
綾波はまるで母親のように僕を…
僕らを守ってくれた

理由はわからない
でも三人目の綾波あの時の綾波とは違い綾波と同じように振舞っている
今の一言で記憶がないことも
“綾波”じゃないことも

それでも綾波は僕を
だから僕は綾波を

「碇君」





「ありがとう」



「なぁ〜によ!?かしこまちゃって!」

アスカがペンペン僕の頬を叩く

「ベッドの上で女はべらせちゃって、ドンファンかギャツビーじゃない?」

アスカは叩いてた手を僕の胸に這わせそのまま僕の胸に頬をよせ
綾波もそれを見て同じように…



僕は二人を抱きしめた
僕の守りたい人は今
僕の腕の中にいる


「アスカ」
「ん?」
「髪…」
「これね…ん〜どうしよぉ」

アスカはほんとに困ったような顔
そんな顔も守りたい

「僕が揃えてあげるよ」
「できるの?」
「自分の髪、自分でやってるから」
「じゃぁ…たのもっかな」

アスカがにかっと笑い
それにつられて綾波も微笑む

二人は僕の顔を見ると目をぱちくりさせ
二人して顔を見合わせて

「うん!ようやく笑ったわね」
「…私達が笑えば碇君も笑う」


僕は今、笑っている
それはただ、自分の感情に任せただけ
でも微笑む僕を見て喜んでくれる人達がいる

僕は…

僕は幸せを見つけられたのかもしれない





フォークリフトさんの「あの頃の僕なら」第09話です。

カヲル君登場、しかし友だちにはならなかった!そのかわりアスカと親睦を深めましたね(^^

レイは三人目、でも…仲間になったようです。また。良かったですね(^^

うまく運んでいるようですが、好事魔多し、との言葉もありますしこの先もまだ何かあるんじゃないかと、少しどきどきしますね。カヲル君も今回はシンジ君の敵に回るようで何をするかと…。

素敵なお話でした。フォークリフトさんへの激励・感想をぜひアドレスforklift2355@gmail.comま でおねがいします。

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