「今日家によって来なさい!」

騒がしい
これならずっと溶けたままでいてくれればよかったのに

「どーせ暇でしょ?あんたたち」

なんでそう断定するんだろう?

「ミサトもさ、つれて来いつれて来いってうるさいのよ」

相変わらずめんどくさい人だ…

「ミサトと私で手料理作ってあげちゃうからさ」

はぁ?
手料理?
…は!
まさか!

「カレー…じゃ…ないよね?」

アスカも思い当たる節のある顔

「あぁ…カレーね…」
「そぉ…カレー…」

いつの間にか僕もアスカもどんよりした顔に…
それをどうでもよさげな顔で見つめる綾波

「大丈夫よ…カレー…禁止したから」
「そう…よかった」
「ん?」

アスカが僕の顔を覗き込む

「ねぇ?」
「え?」
「なんでミサトのカレーの事知ってんの?」
「え…いや…その…嫌いなんだ…」

アスカは“はぁ?”って顔で

「よく食堂で食べてるじゃない?」
「え…ここのは…辛さとか…ちょうどいいかな…って」
「たまに自分で作ってるんでしょう…っていうか作ってたじゃない?ね、ファースト?」

話をふられた綾波が指を折りながら具材を数えだす

「…大根…なすび…玉ねぎ…肉は碇君だけ」
「あ…自分のは…味付けとか…ね?」
「あやしぃ」
「あ…他所のカレーって独特だからさ…それで…苦手って言うか…」
「ねぇ」
「はい」
「まさかアンタ」
「…」
「私たちに隠れてミサトと会ってるんじゃないでしょうね!?」
アスカがすごい顔で僕の事を覗き込む
なぜか綾波も…

あぁ…この顔…覚えがある
罵られて迫られてコーヒーまみれになって
同情の欠片もなく
一言だけ
“哀れね”

あの時の顔だ…

ん?
じゃあ何?
この表情って…

「確かにそうよね…あんたいつの間にかどっかいてること多いわよね」
「あ…それはさ…それより!から揚げとか食べたいな!」
「あん!?」
「ほら!普段さ綾波といるとそういうのあんまり食べる機会ないから!うん!揚げたてとかいいな!」

「なぁ〜んか納得いかないけど、いいわ!リクエストに答えてあげる」

かなり苦しいけどとり合えずこの場はしのげたかな?

「ファーストは野菜のてんぷらとかでいい?」

綾波はじとーとした目で僕を見ながら頷く

「とにかく続きはミサトをくわえて話し合おうじゃない!」

アスカは恐ろしく冷たい目で言い放ち、髪をかき上げ、胸元のネックレスが揺れた

「じゃぁひよこちゃん!着いて来なさい!まずは買い物よ!」

さっと踵を返したアスカの顔があっちを向く寸前、微笑んで見え
ブレスレットが軽い音を立て僕の手を取る綾波は、まるで必死に無表情を装っているように見えた





「いーじゃない!泊まってきなさいよぉ!」

ミサトさんはアルコール全開
いやぁ
危なかったんだよ?
アスカとミサトさん
何事も無く料理してるからさ“あぁ、一安心”とか思ってたら
料理が出来上がって席に着くなり
「じゃあシンジ、なんでミサトのカレーに過剰に反応したか言ってもらおうじゃない?」
って真顔で
それで困ったなぁなんて思ってたらミサトさんが
「ゆーめーだからぁ、私のデリシャスカレー☆」
なんて笑顔でさらっと言ってくれて
「そ、そうなんだ!リツコさんとかさ!あと加持さんとかから話を聞いてて!」
我ながらよくもぺらぺらと…
そしたら、なんかアスカも
「あぁ…加持さんか…」
って
あれ?
なんかこの反応…
もしかして加持さんとミサトさんの関係…
「きったない女!」
アスカがミサトさんを座ったままつんつん蹴っ飛ばす
「なぁ〜によがきんちょ!」
なんだ?何の話だ?
「アンタも聞いてみる?」
「え?」
「このおっぱいお化けねぇ、一週間連続セックスと言う偉大な記録をお持ちでして、なんとそのお相手が」
「加持なのよねぇ〜」

いやぁ参ったって顔のミサトさん

「はぁあ、あんたも一回聞いてみる?一週間連続セックスについて」
「あ…あはははは」
「絶対頭わいてるわよ、ミサト」
「はは…ははは」
「あんたたちもやればわかる!」
「残念!私たち清い関係ですのよ?」
「床の上ではじめようとしたくせに?」

スパァーン!

綺麗に響き
ミサトさんは顔面からテーブルに突っ伏す

思わず綾波と顔を見合わせて笑ってしまう

ん?
…そうか
僕の知っている
僕のいたあの頃は
アスカとミサトさんは少しずつずれて行って
僕以上に上辺だけの関係になってしまった
じゃあ今は?
少なくともミサトさんはアスカに加持さんの話しを出来るような関係で
しかも面白おかしくそんな話までするような関係

何が違うんだろう?
僕がいないから?
それだけかな?
いっそこの部屋に監視カメラでもつけようかな



なんで
なんで気になるんだろう?



とにかく
酔っ払ってやたら泊まってけってうるさいミサトさん

「あ…着替えとか無いし」
「んぁあ?そんなもん一日くらいだぁ〜いじょうぶ!」
「下着とか…」
「そぉ〜れくらいコンビニで売ってるじゃない?それともぉおねえさんのおぱんつ貸して欲しい?」

スコーン!

またもやミサトさんはビール片手に顔面からテーブルに叩きつけられ

「くどいのよ!ミサトは!」

アスカはコントみたいにスリッパを持って

「でもまぁ遅くなちゃッたし、ミサトもうるさいしさ。泊まってきなさいよ?」
「あ…でも」
「いいじゃない?洗い物終わったら一緒にコンビニ行きましょう?売ってるんでしょう?シンジのぱんつ」
「まぁ…」
「ファーストも泊まってくき満々だし」

綾波は食後にみんなでやった人生ゲームがひどく気に入ったらしく
ずっとルーレットを回して喜んでいる
ちなみに綾波は結婚して子供が3人出来てたいしたお金も手に入れないままゴールした

「じゃあ泊まってきなさい、決まりね」
「あ…うん」

僕のその一言を聞くと
綾波は“当然”って顔で
アスカは“やれやれ”って顔でわらった

「じゃあとっとと洗い物終わらせるからちょっと待ってて」

アスカが流しへ向い水の流れる音が聞こえてくると、電話がなった

「ねぇ!ミサト…は死んでるか、シンジ!ちょっと電話出て!」
「あ…うん」
なんだか少し懐かしいな
そう思いながら受話器を上げる

ん?
あぁ
そっか

「アスカ!」
「ん?使徒?」
「違うよ、お母さんから」

片言の日本語で「わたしアスカの母親です、アスカいますか?こんばんは」
文法はめちゃくちゃ

そっか
もうそんな時期なんだ

エプロンで手を拭いながら戻ってきたアスカ
「さんきゅ」
僕から受話器を受け取る
ひったくられた前回とは大違いだ

アスカはしばらく話しこむとハンズフリーのボタンを押し僕と綾波を手招き
アスカがお母さんに何かを話し
アスカのおかあさんが嬉しそうに話し、すぐに黙り込む

「ファースト、あんたの名前聞いてるのよ、言ってあげて」
綾波は不思議そうに瞬きをして
「綾波…レイです」
途端にアスカのお母さんが嬉しそうに何かを話す
「あははは、ファースト、とり合えず“ヤー”って言っといて」

「…ヤー」

何を言ってるかはわからないけどアスカのお母さんは大喜び
それを聞いたアスカは、まるですごい秘密を打ち明けるような喋り方で
それを聞いたアスカのおかあさんはすごく驚いてるみたいで

「シンジ」
「あ…僕も挨拶すればいいの?」
「そ!元気にね!」
「碇シンジです」

ん?
なんか電話の向こうの反応が微妙だ

「じゃぁ、シンジは“ヤー マム”って言って」

「え?うん…ヤー マム」

電話の向こうでアスカのお母さんが驚いてる
一体僕に何を言わせたんだ?

アスカはその後、少し喋りこんでから切電した

「よし!じゃぁコンビニ行くわよ!」
人生ゲームの棒人間をペンペンの頭の上に並べて遊んでいた綾波が立ち上がる

「ねぇアスカのおかあさん僕になんて言ってたの?」
「ん?知りたい?」
「まぁ…少し」
「教えない!」
なんでこんなに楽しそうなんだ?



コンビニへの道すがら
二人の背中を眺めながら少し考え事


「ミサトの財布持ってきたからパーッと使ってやりましょう!」

アスカはなんだか嬉しそう

コンビニに入るなりアスカと綾波はお菓子をあさりに
僕は申し訳程度に売っている下着を手に取る

「決まった?」

いつの間にかアスカが僕の後ろにいて僕の選んだ下着を覗き込む

「ふ〜ん白か…ねぇこっちの黒いのは?」

アスカは僕の手からぱんつを取り上げると、勝手に黒いボクサーブリーフに変えてしまう
まぁ僕ももう…えっと…もうすぐ17…かな?
あの18ヶ月と今の生活足すとそんなもんかな

とにかく、まぁ少しくらいおしゃれしても良いか

アスカは髪をいじくりながらこれまた申し訳程度に並ぶコスメを物色
綾波は飲み物のショウケースを物色中

折角だから聞いてみるか

「つらいんでしょう?」
僕はすぐ隣の生理用品を指差した

「ん?…まぁね」
「無い方がいい?」
「んん〜でもこないと困るかな」
「なんで?」

子供なんか要らないんでしょう?

「なんでって…そりゃ私だって女だし…ね」
なぜだかアスカの顔は少し赤くなっていて
僕の疑問はいっそう深まった
そう
僕が今一番知りたい事

今、目の前にいるアスカとあの時の僕と一緒に過ごしたアスカ
この二人は本当に同じ人なのか

綾波が両手いっぱいに飲み物を持ってやってきた
それを籠に入れるアスカ

「おぉ!ファースト、悪い子ちゃんね」
アスカは綾波が選んだ飲み物の中に混じっているカンチュウハイを摘まんでニヤニヤ
綾波は“ぽかーん”って顔

その後も二人は籠にいっぱいお菓子を放り込み、ミサトさんの財布を容赦なく軽量化した

帰り道
両手に買い物袋を持たされながら思う

僕はこの世界で何もしたくなかった
現に率先して何かしたことなんか無い

あ…
とうさんをいじめるのは別だけど

とにかく
空母の上で会ったアスカはあの時のアスカと変わらなかった
でもその後は会うたびに印象が変わって行った

ねぇアスカ?
アスカは本当にアスカなの?









静かな夜
リビングに布団を敷いて眠る
なんだか落ち着く
あの頃の僕に戻ったみたいだ
聞こえてくるミサトさんのいびきも思ってたほど五月蝿く感じない

綾波はアスカの部屋に引っ張り込まれた
僕の隣で寝ようとしたからね

久しぶりにペンペンとお風呂にもはいった

でも僕の帰る家はここじゃない
そうしないと…

そこまで考えたところでふすまの開く音

「…まだ起きてたの?」

少し寝ぼけたアスカが僕の事を見ながらトイレへ向った

ん?
今のアスカ…なんか違う…
あ…そっか、寝巻きか
前のときのアスカは部屋着のまま寝てた
今のアスカはネグリジェ

なんだろう?
普段家に男がいるかいないかで変わるもんなのかな?

そんな事考えているうちにアスカがトイレから戻ってきて僕に声をかける

「寝れない?」
「ちょっと考え事」
「ふぅ〜ん」

アスカが僕のほうにきて
何でだか見つめあっちゃって

どうすりゃいいのかな?なんて思ってたら

「きゃ!」

一歩僕のほうに向おうとしたアスカが僕の布団に足を取られ
それを僕はとっさに受け止めようとしたんだけど

気がついたらなんだか微妙な感触のものが僕の顔面に乗っかっていて

「あ!…ごめん!…」

アスカの声にあわせるように視界が開け
アスカは薄明かりの中でも分かるぐらい照れてて
ネグリジェの裾を引っ張りながら

「あ…大丈夫よ…あの…ちゃんとお風呂とか入ってるし…その…今も洗ってきたから」

よく見るとアスカはネグリジェの裾を引っ張てるんじゃ無くて
手で股間の辺りをモゾモゾしてて

あぁ…
なるほど
わが人生初の顔面騎上位だったわけか

やっぱりお互い顔を見合わせて
しばらくすると可笑しくなってきて
どっちってことなく噴出した






「静かね」
「うん」
二人で布団の上に座って空を見上げ
アスカが僕の肩に頭を乗せる

「呼んだ?」
「え?」
「私のこと…呼んでくれた?」

アスカを見ると
アスカはその青い目で何も見えない夜空を見つめている

「あの時ね、とっても心地よかったんだけど…」
「あの時?」
「私がエヴァと一つになっちゃったとき」
「あぁ…」
「なんだかそこにいるだけで幸せで、全部どうでもよくって…そんなとき聞こえてくるの」
「声が?」
「そう…シンジとファーストが私を呼ぶ声が…そのたんびに“あぁそっか、私はわたしだ”って思い出して」
「うん」
「そんな事が何回もあって」
「うん」
「突然、誰かがわたしをあそこから引き剥がそうとしてきて…もうやめて!って思ったら楽になって」
「うん」
「そしたら…さ…ミサトが泣きながら呼ぶ声が聞こえてきて」
「泣いてたよ」
「そおらしいわね、笑っちゃう…とにかくミサトの声が聞こえて」
「うん」
「ファーストがすっごい大声で私のこと呼んでて…ビックリして」
「そうだね…きっと大声で叫んでたんだと思う」
「ふふ…急いで声のする方へ向ったら」
「うん」
「突然シンジがわたしのこと抱きしめてきて…“アスカ”って言いながら…それなのに、もうちょっとってところで…気がついたら、ぶっさいくな泣き顔のミサトの腕の中」
「…」
「ねぇ」
「ん?」
「わたしにキス…してくれた?」
「うん」
「そっか…残念…おぼえてない」
「“アスカ”って言いながら…したよ」

もう一度アスカを見ると
アスカはとってもかわいい顔をしていて

「ねぇ」
「ん?」
「キス…しようか?」
「うん」


鼻はつままれなかった


長いキスや短いキスを何度か
アスカは満足したのか、また僕の肩に寄り添い、指で唇を撫でている

気がつけば手を握っていた


ふすまの開く音
足音が近づく

ぽすん

僕の反対側に綾波が腰掛け
そのまま綾波も僕の肩に寄り添う

「ファースト」

綾波は夜空を見つめたまま、返事はしない

「ありがと」

夜空を見上げる綾波は少し微笑んで見え…
ん?
アスカがクスクス笑ってる

「でもあんた、あんな大声出すのね」

綾波とアスカは視線だけ合わせると
二人して面白そうに微笑んだ

ん?
ふすまが閉まる音
そういえばミサトさんのいびき…いつの間にか聞こえなくなってた
ま、いっか

僕は
両肩から伝わってくる温かさと柔かさを楽しむ
心地いい
でも駄目だ
このまま寝ちゃダメ

しばらくするとアスカが綾波をつれて部屋に戻った
「グッナイ」
「おやすみなさい」

「うん」
なんだか照れたような返事しか出来なかった自分が少しもどかしい

僕は何がしたいんだろう?
この先あの二人におこる事を知ってるのに
僕に何が出来るんだろう?





翌朝、僕らはミサトさんの説教
別に夕べの事とかじゃない
目覚めたミサトさんが見つけたテーブルの上に転がっている見覚えの無いカンチュウハイの空き缶

「未成年がなぁ〜にかんがえてんの!」

まあつまりそういうこと

ああ…やっぱりこの家は騒がしい






とりあえず話をしたい人が
だから綾波の“ノルマ”についていくことにした
綾波はとっても嫌そうな顔で
途中で何回も僕の事をまこうとして
まぁ無理だけどね
だってかくれ方とか小学生レベルだし
そんな事をしているうちに

「あら?めずらしいお客さんね?」

リツコさんは物凄く嫌そうな顔の綾波を嬉しそうに見つめ
とても軽やかに喋る

「レイの事、気になる?それとも私が何かしないか心配?」

僕に対する歌うような口調とは裏腹に
リツコさんは綾波に冷たく服を脱ぐように言い放つ

「あなたには必要ないでしょうに」

綾波の下着をリツコさんは僕にバカにするように摘まんで見せた

「シンジ君の趣味?」

綾波がしていたパステルカラーの迷彩色の下着を僕に向けてヒラヒラ

「いけませんか?」

なんだかムッとして
だから言い返してやった

「ほんと…似てるのね」

リツコさんはとても嬉しそうにそう言うと
綾波の下着を脱衣籠に放り投げ言い放つ

リツコさんの視線が綾波の手首に

「別にそれはいいわ…本当に…」

裸の綾波は手首のブレスレットをまるで隠すように
それを見たリツコさんは大げさな溜息

「じゃあはじめましょう」






「ねぇ、シンジ君」
「何です?」
「レイの調整が終わるまでお茶でも飲まない?」
「いいですよ」
「ちょうどいい場所があるの」

リツコさんは少女のように微笑んで見せた






とてもいい香りのする紅茶
落ち着いた照明
簡単なテーブルとイス
安物のカップ

「どう?」
「べつに」
「ふふふ…」

一面の水槽
まるで水族館

「驚かないのね?」
「そうですね」
「知ってた?」
「どうでしょうね」

水槽の中を漂うたくさんの人影

「別にあなたの何かを知りたいってわけじゃないの」
「はい」
「加持君かしら?それとも委員会の老人たち?」
「なにがです?」
「あなたに何かを吹き込んでる人」
「とうさんに頼まれたんですか?」
「ふふふ…」

リツコさんは楽しそうに僕の唇を指でなぞる

「私はどうでもいいの」
「じゃあどうでもいいじゃないですか」

リツコさんは僕の頬をなで
話を続ける

「欲しい物ってね、手が届きそうで手が届かないからあこがれるの…こうすればいいんじゃないか…ああすれば上手くいくんじゃないかって…でも手に入れてしまえば…つまらない…でもね」

リツコさんは水槽に視線をうつす
水槽の中の人影は笑っている

「今度は…手に入れたものを失いたくない…ずっと自分だけのものにしていたいって欲望に駆られる」

僕も水槽の人影を見つめる
そこに漂う心の無い綾波たちは何も無い笑顔を浮かべていた

「取引しましょう?」
「はい」
「あなたはあの人から…理由は何でもいいわ、奪えるものをこれからも奪い続けてちょうだい」
「そのつもりです」
「意地悪なのね、いいわ…そのかわりわたしもあなたの望むようにしてあげるわ」

僕の願いは一つ
歪んだ形で聞き入れられた

たくさんの綾波が見守る部屋で







“ノルマ”が終わった綾波はひったくるように僕の手をとると
逃げ出すようにリツコさんの部屋を出た

長い長いエスカレーター
綾波は携帯をいじくり
僕は今晩のおかずを考える
そんな事してるうちにエレベーターが終点をむかえ、綾波が携帯を閉じる

少しはなれたところから着信音が聞こえ

「はぁ〜い」

携帯をプラプラもって見せるアスカがベンチに

「何か御用?」

もう驚かない
アスカと綾波がメールをしてるとか綾波とアスカが待ち合わせてるくらいじゃ




カフェで一休み
どうやら綾波は僕を連れてアスカのところに遊びに行きたいらしく
アスカも大歓迎らしい

いい機会だ

「ごめん」
「はぁ?」
「一人で行きたいところ…あるんだ」

綾波が僕の裾を握り締めアスカは

「ねぇ」
「え?」
「リツコのところ?」
「え?」
「あんたちょくちょくリツコのところに顔出してるんだって?」
「ん?そうかなぁ」
「この際!言っとくけど!」

じゃあ僕もこの際言っとこうかな

「大丈夫だよ」
「なにが!」
「リツコさん…とうさんと付き合ってるから」

アスカの目が点になる

「だからそれは大丈夫」
「あ…あっそう…それなら…いいけど」

どうしたらいいか分からないって顔のアスカ

「トウジのところ…行くだけだから」
「え…あ…そう」

ばっちり混乱してるアスカ

「じゃあ行って来る」

綾波の目は僕とアスカを行ったり来たり

はは…リツコさん、早速約束を守ったよ
また、とうさんから一つ取り上げてやった
“信頼”ってやつを
アスカは帰ってミサトさんにとうさんとリツコさんの事を喋る
その後は人の口に戸が立てられないだけ

僕は楽しくなって
振り返って二人に手を振った

アスカは夢中で携帯をいじっていて気付かない
綾波は不思議そうな顔で手を振り替えしてくれた

ははは
僕の予想より早くうわさは広まってくれそうだ




トウジとは世間話をして分かれた
来週から僕たちに合流するらしい
やっぱり恐いって言ってた

それと

「で?せんせは綾波と惣流、どっちが本命なんや」

「ミサトさん」

いい切返しでしょ?


アスカから連絡があった
綾波は泊まっていくらしい
僕も今から来いって


断った



僕は久しぶりの静寂を楽しむ

だって…
明日は…











久しぶりの天井だ
どんな目にあうか分かってたつもりだけど
ははは…
まいった


今朝、使徒が現れた
はるか宇宙の彼方に
僕と綾波に出撃命令が出た
アスカは弐号機を凍結されていて、ケージで待機
苦笑いしか出ない
僕はあの日、アスカが立っていた場所に立つ羽目に
覚悟はしたよ?
でもこんなにひどいとは…
使徒は、まるですみからすみまで楽しむように僕の心を嘗め回し
あの時と同じように綾波に槍で葬られた

それにしてもひどい扱いだ
あの時のアスカは何かのチェックを受けたあと、形だけは普段の生活を許された
僕は今“精神汚染”の可能性があるそうで
ここに閉じ込められている

想像がつくよ
とうさんだ
理由を付けて僕を縛り付けたいんだ

まぁいいさ

制限はあるけど外部との接触は出来る

初日はみんなしてお見舞いに来てくれた
“なんだ!全然なんとも無いじゃない?!”
なんていいながら

次の日からも入れ替わり立ち代り
誰かがきてくれる

今だって
ほら

「ん?何?」

アスカがいる

「ん?なんでもない」
「そ、あ…そーだ」
「え?」
「もうすぐ退院できそうだって」
「へぇ」

もう放し飼いにするんだ
あまいなぁ…とうさん

アスカは一瞬監視カメラを見て“ま、いいか”って顔をすると

僕とキスをし

「ねぇ」
「ん?」
「退院したらさ」
「うん」
「続き…しよっか」

アスカが僕の耳元で囁く

アスカを見ると
少しだけ照れたような表情で
胸元のネックレスがキラキラ輝いていた

お見舞いに来てくれたミサトさんが言っていた

“毎日磨いてるわよ、あのネックレス”

僕はそのキラキラ光るネックレスを摘まむと

「あ…」

そのまま引き寄せて
抵抗しないアスカを引き寄せ

キスをした

さっきの返事のつもり



アスカは僕と一緒に病院の晩御飯を食べて
「美味しくないわね」
なんて真顔でいって
「退院したら私が何か作ってあげる」
なんていいながら帰って言った





消灯時間をしばらくすぎた頃
来客があった

「楽しそうじゃない?」

リツコさんは病室の中でもまるで気にしないような顔でタバコに火をつけ僕のベッドに腰掛ける

「別に秘密ってわけじゃないから教えてあげようと思って」

楽しいんだかつまらないんだか分からないような顔して

「五人目のチルドレン…来るわよ」



「老人たちが直接よこしてきたわ」



「どう?…あら?いい顔してるじゃない」

リツコさんは本当に楽しそうで

「資料…持ってきたけど、目を通す?」

知ってるよ…

「渚カヲル…経歴は抹消済み…生年月日はセカンドインパクト当日…でしょう?」

「ほんと、何でも知ってるのね」

リツコさんはムカつく顔で
咥えタバコのままベッドの上の僕に跨り
耳元でつぶやいた

「委員会の老いぼれに自分が選ばれたからって…ちょっとおしゃべりがすぎるわよ?」

「どうせ今、あのカメラ動いてないんでしょう?」
「ええ…でも舐めない事ね」
「何がです?」

リツコさんが乳房を押し付けながら僕の耳元で囁く

「アスカとなんの続きをするのかしら?」

頭にきた

だから言ってやったんだ
リツコさんが一番知りたい事を

「使徒ですよ…そいつ」

「ありがとう」

リツコさんは僕の言葉に満足しベッドから降りると歌うように

「ほんと、あなたまで欲しくなっちゃうわ」

「お断りです」

いいかげんにしろ
この年増

「もう一つ教えちゃおうかしら?」

「何です?僕にコアでも見つかりました?」

リツコさんは黙ってポケットから小さな機械を取り出すと何かボタンのようなものを押した

機械から僕の声が流れ出し
血の気が引いた



“嫌だよ…もう嫌だよ…たすけてよ…アスカぁ…綾波ぃ…もういやだ…”



あの時の…
使徒に心を嘗め回された
あの時の

「プラグのレコーダーから抜き出してね、とてもいいわ…ほんと素敵」

リツコさんは感極まったような声で…

そして振り向きもせず部屋から出て行った

どこかの誰かに僕の監視をまかされてる
カヲル君のことを喋ったのと引き換えにそれを教えてくれたんでしょ?

好きにすればいいさ
勝手にやらせてもらう
自分勝手で申し訳ないね
嫌いな人は嫌いだし守りたい人は守る
だから僕はこの世界を守る

あの世界には一人もいなかった

守りたい人を守るため

そのためならサードインパクトだっておこす





フォークリフトさんの「あの頃の僕なら」第08話です。

シンジが決意して色々と変わっていく風景…。
でも、シンジには脆いところもあるのですね。アラエルの攻撃でつい口をついてしまったようです…リツコさんにも聞かれてしまったし。

カヲル君があらわれたら、どうなるのでしょうか。
この先もどうなっていくのでしょうか。

フォークリフトさんへの激励・感想をぜひアドレスforklift2355@gmail.comま でおねがいします。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる