手首に刺すような痛み
それで目が覚めた

自分が眠っていた事も気付いていなかった
全裸で真っ暗な部屋に座らされている

「お目覚めかな?碇少年」

暗闇に“01”と書かれた物体が浮かぶ

「一度君と二人で話がしたかったのだ」

数字が僕に話しかける
手首には手錠のようなもの
なんでこうなったんだっけ?

駅で加持さんに誘われて…
そうだ…
そこから記憶がない

「混乱しているかね?」

「すこし…」

「ほほう」

数字は楽しげに話しかける

「手荒な事をしたことは侘びよう、しかし我々老人は何事も急いてしまう。わかるか?」

「よく…わかりません」

一体誰なんだ?

「なるほどな、では手短に聞こう」

嫌な沈黙

「碇少年、君は使徒か?それとも神たる資格を与えられたか?」

僕が?使徒!?

「我々は君らに鈴をつけている」

「鈴…スパイ…ですか?」

「そうだ、その鈴が鳴ったのだ、碇少年、君が使徒であるかも知れぬと」

「あの…僕は…」

「比喩だ…言葉の遊びだ…だがどうしても確かめたい。我らが同士にして裏切り者“碇ユイ”とその代弁者にして代行者“碇ゲンドウ”」

とうさんとかあさん…

「わが同士、碇ユイは自身を永遠にする事で我らが手から離れた、これが彼女が望んだ事であればこれ以上の裏切りはない」

かあさんの願い
人の生きた証として永遠になる事
あの赤い世界でかあさんはそういっていた

「碇少年、君は永遠の世界と無限の命を得た母の力を借りて何をする」

僕…僕は…

「破滅を望むか、新生を行うか…それとも己を神とする新世界を欲するか」

「あなたは…」

「なにかな」

「あなたは何を望むんです?使徒を倒して…それで終わりなんですか?」

「やはりな」

「え?」

「碇少年、間違いない…君は使徒だ」

冗談じゃない!僕はカヲル君じゃない!

「ぼくは」

「今は分からなくてもよい…だが碇少年」

「僕は…使徒じゃありません」

「無論だ、君は人だ…そして我らが同士たる資格を持っている」

同士?なんなんだ?

「我らは欠けた心を欲している」

「あの…」

「碇少年!君には何が見える!?母の中で何を見ている?」

なんだ?
知っているのか?
誰なんだ?

「……僕の…願う世界…です」

「ほお、同士碇少年、君は碇ユイの後継者であるのだろうな」

「あの…僕は…ただ…」

「少しこの老人に喋らせてもらえまいか…君の母と我々は同じ方向を向いていた。人のあるべき姿を求めていたのだ…しかし…彼女は同じ方向を向いてはいても 見ているものは違っていた、我々は進化という名の退化を望んでいる、私は私であり君である世界…それでいてなんの不安も争いも起こりようのない…罪のな い…純白の世界だ」

「純白」

「左様…我らは罪を犯しすぎた、もはや神の子たる資格もない…贖罪だ…それが神の子への回帰だ」

「神の子…」

「君が導くのだ、君の母に願うのだ…彼女は君の願いを叶えるそのためだけにその力を握っている…ならば我らを…18番目の使徒へ」

「かあさんは人の生きた…」

「おお!人の生きた証し!それは罪の歴史!…碇少年…すべては我らが用意しよう、君はただこのまま流れていればいい」

数字は消えてしまった

わけが分からない…ってわけでもない
少なくとも今の人と僕の目指すところは一緒だって事だ
数字が言った“純白の世界”と“赤い世界”
見たことがあるかどうかの違いで、同じ意味だ

「じゃあシンジ君…帰ろうか」

暗闇の中、加持さんの声が聞こえ
僕はまた意識を失った






目が覚めると映画館の中だった
よく分からないポルノ映画

立ち上がり映画館を出る

ポケットに違和感

外は明るい

携帯を出し時間を確認する

「お昼…半日以上たってるのか」

違和感を感じたポケットをあさる
お札が折りたたまれていた
開くと中から手紙とマイクロカード

“これでご機嫌でもとってくれ、それから絶対に誰にも見せるな”

マイクロカードとお札を財布に仕舞う
確かにご機嫌とりは必要だ
さっき携帯を開いたとき、液晶に“不在通知86件”の文字

確かに必要だ





バスにゆられながら考える
“誰にも見せるな”
言葉遊びだ
見せる相手を選べって事かな

こんなもの見ても何も驚かない
セカンドインパクトの資料
仕組んだのは数字の人たち
仕掛けたのはとうさん
かあさんはそれから得られた何かを利用しようとした

別に驚かない
僕はサードインパクトを起こしたし、また起す
いつ壊れるか分からない日常なんて御免だ
綾波はもうすぐ三人目になる
アスカはいつ僕を憎むか分かったものじゃない

別に僕に守りたいものなんてないんだ
ただ暇を潰していただけ


さて…
これを誰に渡そう…
アスカは論外だ
副指令は…あいつは傍観者だ、特等席で…すべての結末を知りながら…
リツコさん…分からない…多分違う

じゃあやっぱりそれしかないか










聞き取り調査
回答者 セカンドチルドレン

“天才だって聞いてたから、なめられない様にしようと思って。理由は何でもよかった、難癖つけてひっぱたいてやろうって思って”

“印象?人の事横目で見て、何かあるとすぐファーストがしゃしゃり出てきて、とにかく気に食わなかったわ”

“エヴァねぇ…一発目でレベルの違い見せ付けられちゃったから…そりゃ泣くほど悔しかったわよ、でも…見てるものが違っただけだったのよね”

“普段?…う〜ん…淋しがり屋ね!そのくせ相手してやると鬱陶しがって”

“はぁ!?なんでそんな事答えなきゃいけないのよ!ノーコメント!”

“う〜ん…ほっとけないって言うか…気になるって言うか…”

“え!?それは!あ…アレよ!借りを返す…って言うか…なんなのよ!このいかず後家!三十路ババア!胸しか取柄ないでしょうアンタは!”




回答者 ファーストチルドレン
“碇指令の息子…”

“埋まる…心が埋まる”

“知りません”

“一緒に…います…”

“一緒に…いたいです”

“必要があれば答えます”

“葛城三佐…夜も…碇君の部屋にいるには…どうすればいい…ですか”




回答者 フォースチルドレン
“大変なんやなぁ、思いました”

“なんやこいつ?思いましたわ”

“エヴァは…恐いです、それに乗っとるあいつはもっと恐いです”

“学校でですか?むかつきますわぁ!いっつも惣流と綾波はべらしとるでしょう、軟弱やっ!”

“悪いヤツじゃないです、なんや一緒におると話が会うんですわ。あ…でもなんだか話が盛り上がりそうになると突然黙り込んでどっか行ってしまうんですわ、けったいなやっちゃ”

“友達ですわ、変わりもんですけど”

“はぁ…まぁわしが見たところ惣流がジリジリと追い詰めとる感じです、あ!でも綾波もでかいの一発やらかすタイプですから分からんですよ”





回答者 2−Aチルドレン候補
“え?碇君てアスカの彼氏なんじゃないんですか?”

“う〜ん…クラス委員としてみると…普通です”

“はい、アスカの彼氏だと思ってました”

“クラスの仲間です”

“分かりません…わたし避けられてるみたいで…委員長だからかな?”




さて
疑惑のサードチルドレンからお誘いか…
こんなヒアリングじゃ何の役にも立たないわね











家に帰って
待ち構えていた二人の大騒ぎに付き合い
それを何とか収め

夜、寝静まってからミサトさんにメールを送った

“会って話しましょう”

内容はそれだけ
すぐに返事は来た
場所と時間を指定する内容

なぜだかとてもわくわくする




広い広い公園の駐車場
僕とミサトさんはボンネットにこし掛ける

「率直に言うわ」

腕を組むミサトさん
胸が強調される
「加持に“誘われて”帰ってきたのはシンジ君、あなたが初めてなの」
僕を値踏みするような瞳
「あの日あなたをガードしていた警護班、一人は入院中もう一人は行方不明…まどろっこしい事はいい、答えてもらう、シンジ君あなた何者?」

何者…って

「調べればいいじゃないですか…僕は…僕です」

「調べたわ、悪く思わないでね」

「仕事ですから」

「そうね…とにかく、ここに来るまでも来てからもあなたは“碇シンジ”だわ、間違いなく」

「はい」

ミサトさんが空を眺める

「喜んでたわよ」

「は?」

「アスカ、あなたからもらったネックレス」

ああ…あの日、ご機嫌取りに買って帰ったんだ
アスカにはネックレス
綾波にはブレスレット
同じデザインのものを

「虜じゃない?アスカ」
「え?」
「暇さえあれば眺めてるわよ?」
「はぁ」
「散々自慢もされた」
「はい」
「街のディスカウントストアで購入、金額も問題ないわ、あなたが受け取っている生活費で十分購入可能…ただ」
「ただ?」

ミサトさんの視線が僕に戻る

「あなたの知らないところで付けられている出納帳にずれが出た」
「え?」
「あなたはあなたの知らないところでお財布の中身を1円単位でチェックされてる」

ああ…やってそう

「それがズレた…あの日にね」
「おこずかいもらったんです」

「加持から?」
「はい」
「そう…じゃあいいわ」

ミサトさんからの露骨な警告
おまえの事は全部見ている
だから怪しい
お前は怪しい
そういっている
だから少しだけ期待にこたえてやった


「僕…使徒だそうです」
「加持がそういった?」
「はい」
「そ…」
「それから…これ」

ミサトさんの前にマイクロカードを差し出す
ミサトさんは何も言わず眉をしかめて見せた

「加持さんからミサトさんへ渡してくれって頼まれました」
「加持から?」

ミサトさんはまるで触れてはいけないもののようにカードを摘まむ

「ラブレター…」
「加持がそう言った?」
「まぁ…」
「中身は?」
「ちょっとだけ…」
「そう…私に必要なものだった?」

カードを見つめるミサトさん
少し不安そう
謎かけごっこも飽きたし
だから正直に話した

「あの日の南極の事と…とうさんとかあさんがやったことが」
「…そう…私のことは?」
「少し…」
「そ…」

ミサトさんはカードをぞんざいにポケットに放り込み、表情が晴れた

「これではっきりしたわ」



「加持はシンジ君のこと“使徒だ”って言ったのね?」
「え?あ…はい」
「そしてこのデータを私に渡せっていった」
「まぁ…」

ミサトさんは“はぁ”なんて溜息を漏らし

「かぁーっこ付けてあのバカ!」



「キューピットよ!」
「はい?」
「天使!」
「は?」
「シンジ君は加持と私のキューピットだって事!」
「はぁ?」
「あなたが解放される直前に姿をくらませたのよ!あいつ!」
「はぁ」
「あなたが姿を消したら私は大忙し!姿を現してもまたまた大忙し!」
「はい」
「こんなことしなくても私に渡す方法なんていくらでもあるでしょうに!」

あぁ…
そういうことか
僕はだしに使われた
そう言いたいんだ

「これの中身の事、誰にも言ってないわね?」
「はい」
「いいわ」

ミサトさんは一人で納得すると、僕を解放した

「今度遊びに来なさい?アスカも喜ぶわ」

そんなこと言いながら下品に笑って送ってくれた

ミサトさんは勝手に納得してくれた
僕は聞かれてないことは答えてない
だから数字の人の事も話さなかった
加持さんに誘われたんじゃなく拉致されたことも

答える用意はしてたよ
どこから来たのかって聞かれたら“赤い世界です”って答えたし
何を企んでるのって聞かれれば“サードインパクトです”て言うつもりだった

あはははは
まるで僕の思い通りじゃないか!




夕食
簡単に済ませた
綾波が食器を洗う

めんどくさい…

食器を洗い終わった綾波は外していたブレスレットを僕に差し出す
付けてくれって事

一々なんか言うのもめんどくさいし
手をとって付けてあげた

なんでこうなったんだろう…

まぁ分かってるけど

あの日…
部屋に戻ると案の定アスカに物凄い勢いで怒鳴られて
綾波は黙って睨みつけて
ここって僕の部屋だよなぁ…なんて思いながら平謝り
そして

「あははは…二人にさ、プレゼントがあるんだ」

猛烈な罵声の隙を突いて鞄からプレゼントを取り出し
仁王立ちで僕を睨みつけるアスカに差し出す

「あぁん!?」

物凄くガラの悪いアスカの返事

「はい、これ」

かわいい包装用紙に包まれたネックレスをアスカに押し付け
アスカは「物でごまかそうって!?はん!」とか言いながら物凄く乱暴に包装を破く
中から出てきたハートのシルバーアクセサリー

「似合うと思ってさ」

「…まぁ…一応もらっとく」

突然回れ右してあっちを向いてしまったアスカ

「あ…綾波も」

同じように綾波にもプレゼントを渡す

「…ありがとう」

綾波のぎこちない返事

それと少し意外
綾波ってさぁ、こういう包装用紙とか綺麗に剥がしそうじゃない?
バリバリって感じでひん剥いたんだ
…アスカの影響だね

化粧箱の中のブレスレットを見つめる綾波
それを横目で覗くアスカ

「よし…」

なぜかアスカは小声でつぶやくと、洗面所へ向った

綾波はいつまでもブレスレットを覗き込んでいて
なんていうか…ここはもう一押しっていうか…そんな気がして

「綾波…付けてみてよ」

我ながら恥ずかしい台詞

「ごめんなさい」



「こういうの…初めてだから」

あぁ
そうだろうね

「じゃあ僕が付けてあげるよ」

綾波の手を取りブレスレットを付けてあげた

綾波は顔を真っ赤にして反対の手で胸の辺りを握り締めて
そのまま僕の手も握り締めてきて

「碇君」

綾波が僕を引き寄せる
やばいかな?

「じゃあ私も付けて☆」

まさにナイスタイミングでアスカが戻ってきて綾波から僕を引っぺがす

あれ?
ネックレス付けに行ったんじゃないの?
胸元も少し開いてるし

まぁご所望とあらば…

今度はアスカの首に手を回す

あら?
アスカは僕の腰に手を回して僕を引き寄せる

「似合う?」

有無を言わさぬ感じのアスカ

「うん」

アスカは僕の返事を聞き満足そうに笑う

え!?

今度は綾波が後ろから抱き付いてきて、僕のおなかの辺りに腕を回して

だから

「綾波も似合うよ」

首筋に綾波の吐息を感じる
アスカも僕の肩に顔を乗せ
からかうように

「誰にでもそういうんでしょ?まぁいいか、今度から映画見に行くんなら私たちも誘いなさい」
「うん」

いいにおい
それと、何でだか“あ、僕おっぱいに挟まれてる”なんておもって

本当にこの二人といると赤い世界の事を忘れてしまう

まぁとにかくそんなだったんだけど
今日の綾波はいつまでたっても帰らない
さっきからソファーに陣取って、日付が変わっても動こうとしない

「もう遅いよ?」

綾波の横に腰掛け声をかけた
綾波が僕を覗き込む

「帰りたくない」

え?

綾波はそのまま僕に膝に倒れこむと

「今夜は帰りたくない」

誰だよ…綾波にこんな事教えたの…
物凄く棒読みじゃないか…
多分…こうなったら梃でも動かない
動かす方法があるとすれば三人目になってもらうくらいしか思いつかない

もう仕方ない…
いつかはこんな日が来るんじゃないかって備えてはいたけど…
最低限身を守って尚且つ綾波を満足させる方法…
それは




「おやすみなさい」
「おやすみ」

僕のベッドで眠る綾波
僕は布団を敷いて寝る
別の部屋に寝ると付いてきそうだし
しょうがないから隣に布団を引いて寝る

それにしても…
綾波はさっきからずっと僕のこと見てて
暗い部屋でも綾波の赤い目ははっきりと見えて
なんだかそれが少しイヤで

「寝ないの?」

綾波は首をふる

「寝ないと明日辛いよ」

綾波は答えない

しょうがない
寝れなくて辛いのは僕のほうだし
そっと手を伸ばす
綾波は黙ってその手を握り返してきた
綾波の腕のブレスレットが小さく鳴る

「おやすみ」
「おやすみなさい」

赤い瞳は闇に融けていった

部屋が真っ暗でよかった
もし少しでも明かりがあったら今の僕の顔を見られてしまうかもしれないし

ベッドの上の綾波を見つめてしまうかもしれない

僕の家に綾波の寝巻きが有る訳がないし
大体綾波は寝巻きを持ってない
だから今ベッドの上にいる綾波は…

なに考えてるんだ?
僕は

相手は“綾波”だぞ?

ははは…はぁ

さっき綾波に聞かされた
あの日
壁を叩いたあの日
壁の向こうの二人が笑った理由

「今、私たちの格好知ったらあいつどんな顔するかしら!?」

寝巻きのない綾波の部屋でアスカと綾波は盛り上がって
壁を叩いて僕が起きているのを知って
思わず笑ったそうだ

「あのバカ興奮するわよ!?」

そんなこといいながら


あぁ
バカらしい

ちなみに翌朝、布団の中に綾波がいたのは想定の範囲内の出来事





使徒襲来
前回はこの街から逃げ出す途中だった
今回はいつもの通り召集

はっきりと覚えてる
僕は必死に動いてくれって叫んで
かあさんとエヴァがそれに答えた
そして目覚めた二人は使徒を小虫よりも簡単に縊り殺した
その後、僕はとてもおなかが空いて
目の前には新鮮で美味しそうなご馳走があって
それを食べれば、この永遠の空腹から開放されるようなきがして
そして満たされた僕はかあさんじゃない誰かに導かれ安息の楽園に向ったんだ
その後のことは覚えていない
ほんの一瞬だったのか
100年くらい過ごしたのか
そんなまどろみの中ですごして
誰かの呼ぶ声がして

帰ってきたんだ



それはそうと
強いんだよなぁ
三人がかりなら何とかなるかなぁ?

「とぅ!」
「うわぁ!」

記憶を辿る僕の背中に突然の衝撃
振り返るまでもない

「なぁ〜に?緊張しちゃって」

プラグスーツに着替えた二人
格好の餌食を発見したアスカ
僕はアスカに突き飛ばされた

倒れた僕に綾波が手を貸してくれる

「無敵で頭脳明晰な私に任せなさい!」

アスカは胸をぽんと叩く
あれ?

プラグスーツ姿の手首に光るものが

「ん?あぁ、まぁ折角もらってやったんだからね☆」

手首にまかれたネックレスが小さく音を鳴らし、アスカは少しだけ頬を染めた
その時目の前に白いプラグスーツの腕が伸ばされ、その手首にはやっぱり光るものが

「あ…うん、ありがとう綾波」

綾波の手を借りて立ち上がる
綾波は少し怒った様な顔でアスカを睨み
アスカは意地悪に笑って見せ

「さぁ!いくわよ!」








気がつけばアスカと綾波は吹き飛ばされていた
前回と違ってあんな有様じゃないけど
とにかく動けそうもない

僕は綾波とアスカが作ってくれた隙を突いてヤツに飛び掛った
やっぱり左腕は吹き飛ばされ、ケーブルも吹き飛ばされてしまった
でも前回よりはるかに良い
僕は馬乗りになってヤツを一方的に打ちのめす

ははは…今日はチームプレーだ
相手の破壊力を見たアスカが冷静に自分と綾波が囮になる作戦を立て、僕は作戦通り使徒に取り付きやつを圧倒している

三人力をあわせればそんなに厳しい相手でもないね

なんてのが甘い考えだった
突然、初号機の動きが止まり電源が落ちる
プラグ内を走り回るエラー表示

なんてことだ
何があっても前回と同じ事がおこるっていうの!?

衝撃が走り吹き飛ばされる
続けて連続した衝撃と色んなところが壊れていく音
ちくしょう!
冗談じゃない!
動け!
動いてよ!
今僕が動かなきゃ皆死んじゃうんだ!
アスカも!綾波も!
いやだ!
何度も僕から取り上げないで!
ひとりにしないで!

僕が叫びながら
祈りながら

その時
誰かが僕の頬を包んだ


“守るって約束したでしょう?”


アスカ?


轟く咆哮
今まで打ち倒れていた弐号機が拘束具を吹き飛ばしながら立ち上がり、禍々しい様相で使徒へと向う
アスカ?
ちがう
真っ赤な獣だ
真っ赤な獣が使徒に襲い掛かっている
使徒を易々と倒し、生きたまま己に取り込み
永遠の空腹から解放され歓喜に打ち震えている


僕は羨望と絶望の眼差しで赤い化け物を見つめることしか出来なかった






「ほれ、プリント…なぁ碇、たまには学校こいや」
「うん…ありがとう」
「何もお前ら三人いっぺんにこんようにならんでもええやろ」
「うん…」
「安心せぇ」
「え?」
「あいつがこんなんでどーにかなる玉かって!」
「う…うん…トウジ」
「お!?やっとワシの事名前で呼んだか!」
「ありがとう」
「おう!…安心せぇ」
「うん」
「また三人そろったらワシの事イビリに来いや」
「うん」
「ほなな」



僕に静寂な日々が戻った

アスカは消え
綾波は時間さえあれば弐号機のところに
だから僕に静寂が戻った

静かさ…耳が痛い
自由なのに落ち着かない

自分の時間を取り戻したはずなのに

だから少し出歩くことにした

「碇君」

気まぐれだ
偶然だ
たまたま来ただけだ

そう自分に言い聞かせながら僕は赤いエヴァを見つめる

綾波は少し表情を緩めて僕の手を取ると、すぐに視線をエヴァに戻し巨人を睨みつけた
まるで物凄く仲の悪い姉妹の様に





アスカの救出
その責任者、赤木リツコ
その態度はとても軽やかで

「親子そろって、よっぽど弐号機に気に入られてるのね」
「親子そろって?」

なんだかとっても頭にくる言い方

「ええ」
「一度目のサルベージ計画はアスカの母親が事故にあったときに組まれたの」
「アスカの…おかあさん?」
「失敗したけどね」
「失敗!?」
「ええ、廃人を一人作っただけね」
「廃人って!」
「まぁ見ようによっては成功ね」
「でも今、廃人って!」
「精神のほんの一部を残してサルベージは成功したわ、99%成功」
「そんな…」

リツコさんは勝ち誇ったような嫌な笑顔を見せる

「心配?それとも不安かしら」
「え?」
「レイだけじゃ足りない?」

胸が悪くなる
もうこれ以上話したくない

「お父さんから散々取り上げて自分は一つも失いたくない?」

こいつ

「どうする?その手で私の首でも絞める?指令からまた逃げ場所を取り上げるのかしら?」

気がつくとリツコさんはひどく色っぽい顔をしていて

「いいわ“碇シンジ”君、約束してあげる。必ずあなたの願うよな結果を出してあげるわ…私ね最高につまらないの…それなのに底知れず愉快なの…」

リツコさんの手のひらが僕の頬をなで
まるでその目は僕に僕ではない誰かを見ているようで
それがとても気に入らなくて
僕はその手のひらを払いのけた

「ほんと、そんなところまでそっくりね」

そんな事を言うリツコさんの顔はひどく嬉しそうだった








サルベージ当日
リツコさんの自信はどこかへ飛んで
ガラスの向こうにいるリツコさんが慌しく動く
焦ってるんだ
べつにアンタなんかに期待なんかしちゃいない

僕らは僕らの力でアスカを取り返す
今日まで毎日そうしてきた
そうさ、僕は綾波と二人でアスカを取り返す

そう決意をし、綾波と手を繋ぎアスカを呼ぶ
その瞬間
甲高いエラー音とリツコさんの金切り声
そしてプラグが排出され排出口という排出口すべてからアスカが漂っているLCLをぶちまけた
LCLが盛大に飛び散りそこらじゅうを濡らす

呆然とした表情でそれを見つめるリツコさん

だからなんだ

僕は綾波と必死に飛び散ったLCLに呼びかける
アスカはそこにいる
僕たちには分かる
僕たちの声が届けばアスカは必ず帰ってくる

ケージ内に響くミサトさんの嗚咽

僕は何度も何度もアスカを呼ぶ

ミサトさんが叫ぶ
「アスカを返して!私の家族を帰して!」
ミサトさんは座り込み目の前に転がるプラグから吐き出されたペンダントを握り締めた

ミサトさんの声が響く
一つの感情しか感じられない声が響く


その時

全身が泡立つ
僕が僕の形を一瞬保てなくなるような
そんな感覚

驚き綾波に目をやる

綾波は怒っている
見たこともないような表情で
皆が飛び散ったLCLを呆然と眺めている中、一人エヴァを唸り声を上げそうな表情で睨みつけている

綾波は戦っている
自分の“親友”を取り返すために

なら僕も戦う
アスカがよく言ってるじゃないか
僕の事を“王子様”って
絵本に書いてある
お姫様は王子様のキスで目覚める
絵本にはそう書いてある

だから僕は手摺に飛び散った一滴のLCLを指ですくい、やさしく口付けをした
お姫様に口付けするように
“アスカ”
そっとつぶやきながら


ぱしゃん


何かが水に飛び込むような音

皆が息を呑み
綾波だけがへなへなと座り込む

ミサトさんの歓喜の叫びが響き
綾波が疲れたように微笑む

ミサトさんの悲しみの要素のない泣き声が辺りに広がり
綾波は僕に微笑みかけ

「ありがとう」

僕は頷く

そして僕たちは帰ってきたアスカに目を向ける
ぼーっとミサトさんを見つめているアスカ
そのアスカの手が動きミサトさんの手に重なり
アスカの小さな声が聞こえる

「返してよ…まったく」

アスカの手にはミサトさんから取り返したあのペンダント
ミサトさんは涙いっぱいの笑顔で嬉しそうに
「ばか…いつも言ってんでしょう?…十年早いって…」

それを聞いたアスカが嫌そうな顔で
「ミサトが十年遅いのよ…」

ミサトさんは思いっきり憎らしげな顔をしてみせ
力いっぱいアスカを抱きしめた

夢の光景だ
夢のような光景だ
アスカは帰ってきた…僕の
僕らの願いそのままに

ああ
僕はここにいたい
この世界にいたい
ぼくは…
この世界を…
守りたい…





フォークリフトさんの「あの頃の僕なら」第07話です。

シンジが使徒…そう、ゼーレの皆さんからするとそう見えるのかも…それもゼーレが待望する人間の使徒…。
この時点では週末を望む彼に心境の変化は無かったようですが…。

使徒に飲みこまれたのはシンジじゃなくてアスカでした。覚醒したのは弐号機
アスカのサルベージで、シンジも"この世界"を守りたいと思ったのですね。これからシンジが描く軌跡はどんなものになるのでしょうか。

この先もどう変わっていくのか興味津々ですね。

フォークリフトさんへの激励・感想をぜひアドレスforklift2355@gmail.comま でおねがいします。

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