転校初日…
その繰り返し…

の、わけもなく
クラスの皆の注目はアスカで
僕は刺身のツマ

それはそれで楽で良い
アスカ一人に注目が集まって
楽だね



ん?

「ねえ!なんで惣流さんは碇君と手、繋いでたの?」
「え?あ…んん!まぁ、あれよ!」
「あれ?」
「そ!」
「え?それって“彼氏”って事!?」

なんだかアスカは少し嬉しそう

「んん〜」
「ねえねえ!どんな関係!」
アスカは僕の横に立つと僕の頭に肘を付いて
「こんな関係」
アスカは“ふふん”って顔で

「私達とそっちの天然少女はエヴァンゲリオンのパイロット!」

クラス中が大騒ぎ
僕もアスカももみくちゃ
綾波は迷惑そう







放課後
隙を見てアスカと綾波をまいて
校舎の裏へ向う

授業中、僕の端末にメッセージが来た

“放課後校舎裏へ”

って

なぜだか
そのメッセージを見るとわくわくしてしまって

何が待っているのかわかってるのに

いやな事なのに






「ワイはお前を殴る!」

あぁ
やっぱりこうなるんだ

「その後お前はワイの事殴れ!」

へ?

「ワシはどうしてもお前の事殴らにゃ気がすまん!」

そう…だろうね
妹さん…
だもんね

「せやけどワシはお前に借りがあるし…お前が必死なのもしっとる」

あ…
あの時のことか

「いくでぇ!歯食いしばれや!」

鼻の中がツンとし
口の中に鉄の味が広がる

頬が熱い

でも

「あ!こら!転校生!どこ行くんじゃ!?」

こんな事にこれ以上付き合ってられない

もし付き合ってしまったら…

僕はそのまま鞄をとりに教室に戻り
教室にはなぜだかアスカと綾波がいて
僕のかおを見ると驚いて

だから
めんどくさいし

「殴られただけだから…かえろう」

しつこく
“めがねと黒ジャージのどっち!?”
って聞いてくるアスカを適当にあしらい

そんな物を持ってること自体が驚きなんだけど
綾波はハンカチで僕の頬を…

「どうでもいいから…」

二人をあしらおうとすればするほど
二人は…

まるで蜘蛛の糸に絡まった気分だ







今日は学校を休んだ

あの後、アスカが二人に詰め寄ったらしい
僕は直接は知らない
僕が居ないときだったそうだ
綾波から聞いた
アスカは二人を音楽室に呼び出し
「説明してもらおうじゃないの」
二人を睨みつけ
事情を聞き
「あんたバカじゃないの!?」
蔑むように罵り
アスカは自分の知る僕の事を話し
自分の身を省みずアスカの事を助ける“王子様”の僕の事を話し
「だからわたしはこうやって今、生きてる。あんたも考えてみるのね、」
部屋を出た

トウジは頬を押さえながら頷きもせず黙っていたそうだ
ちなみにトウジの頬を叩いたのはアスカじゃない
これはアスカから聞いた
アスカが、どっちが僕をを殴ったのか聞くと、トウジが名乗り出た
アスカはそこで物音に気付いたそうだ
戸が閉まる音
綾波は音楽室の戸を閉めると、そのままトウジに歩み寄り
アスカ曰く、あらん限りの力で、ピッチャーのような勢いでトウジの頬を張ったそうだ
あ、ちなみに綾波のビンタって結構痛いよ?
僕、経験者だから


綾波…
今日は居ない
“ノルマ”のために朝早くネルフへ向った

綾波…か

広い広い墓地
墓石を見つめる
何の感情も沸いてこない

だからつま先で踏んでみた

自分の心に何か変化が現れるかもしれないと思って

その時

「何をしている」

振り向けば

「久しぶり…とうさん」

かあさんの墓参り
思えば、あの18ヶ月間の中でとうさんと親子らしい会話をしたのはあの一回だけだった
だからリツコさんを通してとうさんと連絡を取った
“墓参りに行こう”
って

「その足はなんだ」
「え?」
「お前は何をしている」
「ここにはさ」

つま先で墓標をコンコン

「何もないし誰もいない…そうでしょう?」
「ああ…だが…そこはユイの墓だ」
「お墓…ね…」
「…何が言いたい」
「別に…ねえ、とうさん」
「なんだ」
「とうさんは本当に思い出があれば生きていける?」
「何を言っている」
「本当はもう一度抱きしめて欲しい?微笑んで欲しい?声を聞きたい?」
「…」
「どう?」

我慢できない
どうしても顔が歪んでしまう

笑いがこらえきれない

「ねぇ、とうさん」
「…」
「かあさんはとうさんを選ぶのかな?」

とうさんの表情が情けなく歪む

「おまえは…」
「なに?」
「いや…」
「そう…ほら、とうさん…いそがしいんでしょう?」

むかえの飛行機がやってくる

「それと、とうさん」
「…」
「聞きたい?」

とうさんは答えなかった
そのまま
情けない顔のまま迎の飛行機に乗り込んで行った

飛行機の窓を見つめる

前回、綾波がいた辺りを

今、そこに座っているのは

赤木リツコ

僕と視線が合うと朗らかに微笑み
ヒラヒラ手を振って
とうさんが席に着くと、まるでもう僕には興味がなくなったように何か話しかけていた

リツコさん、とうさんの表情がよっぽどお気に召したんだね


僕は墓地を後にするとネルフへ向い
エヴァのハンガーへ行き
初号機の前に花束を置いた

僕からかあさんへの手向け
とうさんへのイジメ
リツコさんへの警告

そんなところ







「おっかえり〜」

ここは僕の部屋だ
そりゃ鍵をかける習慣は無いけど
僕の部屋だ

「せっかく来てやったのにファーストは居ないしシンジは出かけてるし」

大体、大口開けて咥えてるコロッケは今晩のおかずにするつもりだったし
そこに転がってる空のペットボトルはもう買い置きが無かったはず

「あ…おじゃましてます」

本来その一言が先じゃないの
それにその台詞はアスカが言うべきで

「いーのよヒカリ、一々こいつのご機嫌伺わなくても」

ここが君の家ならね

頼んでもいないのにアスカはコロッケの味を批評しながら
偉そうに
自分が晩御飯を作ってやると言ってきて

しかも和食

あぁ…
大体わかったよ
今日、僕は学校を休んだ
ちゃんと“墓参り”って連絡して


それを知らされたアスカは何かを企んだわけで
その計画に必要な人材を確保してきたわけ

それが委員長

どうでもいい
僕は返事もせずに部屋に向かい
チェロを取り出した

“気にしない気にしない!さ!はじめましょう!”

アスカの声
そして包丁が刻むリズム
二人が笑いながら何かを話している
僕の弾くチェロ
とてもいい音楽だ



「じゃーん!」

いや…確かに和食だけど

「ミサトが作った和風パスタがあんまりひどかったから教えてもらったのよ、ヒカリに」

和風…パスタねぇ

「じゃあ遠慮なく食べたまえ!」

ソースのいい香り
ははは“和風”か
アスカから見れば焼きソバもパスタなわけか

食卓を囲む
他愛の無い会話が弾む
委員長は気のない返事しかしない僕からターゲットをアスカに戻す
「ねぇ、本当は碇君とアスカってどうなの!?」
まぁ委員長はずっとこんな調子で
そしたらアスカが意地悪な笑顔で
「まぁ隠してもしょうがないから教えてあげようかなぁ」
アスカのイタズラ
どうでも良いよ、もうなれた、好きにして
「うん!」
目をキラキラさせる委員長
「実はわたしたち三角関係」
「やっぱり!」
アスカは委員長に自分と綾波が僕を奪い合う様子をフィクション8割増しで話して
さすがにこりゃ…
だから口を挟んだ
「ねぇアスカ…加持さんは?」

話の腰を折られて不満げなアスカ

「加持さん?…あぁ…あの人は…そういうのじゃないのよ…わたしもちょっと大人ぶりたくて…それにあの人は私が“チルドレン”だってだけで手の一つも握っ てくれない…」

加持さんの事を話すアスカは
なんだか少し後ろ暗そうで

「ごめん」

意地悪したのは僕なのにあやまっちゃって
そしたらアスカが“にやッ”ってわらって

「まぁどこかの誰かさんは裸のわたしを抱き寄せておしりまで撫でてたけどね!」
「な!」

思わず委員長に“違うよ”って言おうとしたんだけど
委員長は顔を真っ赤にしてて
何とか言い訳をしようと思って
「あ!あれは!不可抗力…っていうか!それに抱き寄せただけで、おしりとか覚えてないし!」

「シンジ、わたしあの日のこと今でも夢に見るのよぉ〜“アスカ”ってわたしのこと呼びながら抱きしめてくれたもんねぇ〜☆」

まさにミサトさんのようなアスカ
ああ…泥沼に飛び込んだ気分だ



アスカは散々騒いで
遅くまで僕の家で過ごし
委員長を連れて帰った
多分綾波の帰りを待っていたんだろう


殺風景な部屋
それでも前回のあの部屋に比べれば随分華やかだ
アスカがやってきてはあれこれいじくり回す

ベッドの前に立つ
一輪のカーネーション
綾波のベッドの上にそっと置く
綾波レイ
かあさんの体を持つ少女
だから今日、綾波にも花を捧げる







穏やかな土曜の朝
物音が聞こえる
シンクロテストも午後から
学校も休み
ベッドから起き上がり部屋を出る
リビングのソファーには綾波

「おはよう」
「おはよう」

“ノルマ”から帰ってきた綾波は大概不機嫌だ

顔を洗いリビングに戻り
冷蔵庫から夕べの焼きソバを取り出す
「これ、綾波の分だって、暖めなおすよ。夕べアスカが作ってくれたんだ」

少し綾波の表情が緩みソファーから立ち上がった
ソファーにはカーネーションが一輪

二人で夕べの焼きソバを取り分ける
僕はソファーを見つめた
ネルフに用意してもらった
盗聴器抜きでっておねがいしたけど…どうかな?

理由がある
身を守るためだ

少し前
綾波と二人でいつものようにベッドに腰かけ映画を見ていた
画面の向こうの二人が愛し合っていた
僕は“はっ!”っとなり
綾波を見ると
綾波はうっとりとした表情で
それでいてどこまでも真剣に画面を見詰めていて

よりにもよって、そこで
僕と視線が合ってしまい

僕は背筋にあらん限りの力を込め、僕にしがみついてくる綾波を受け止めた
断じて、今ここで押し倒されるわけには行かない
綾波が僕の首筋を舐めてくる
画面の向こうの女性がする首筋へのキスが綾波にはこう見えるんだろう

たまらない
このままじゃ僕が我慢できなくなる
だから僕は綾波を抱き寄せて立ち上がり

「コンビニ行こう、おなか空いたし」

どうにもやるせない顔で頷く綾波

コンビニで綾波は熱心にデザートを物色していた
特に気にはしなかった
アスカにでも教えてもらったコンビニスイーツでも探してるんだろう
お目当ての物を見つけた綾波はひどく嬉しそうにレジへ向っていった

部屋に戻ると綾波はすぐにベッドに腰掛けデザートをうれしそうに見つめる
なんだかゴテゴテ色んなものが乗っかったプリン
それを見つめて笑う綾波がなんだかとっても不思議で
隣に腰掛けて“それが食べたかったの?”って聞こうとしたら

綾波はプリンの上に乗っかった真っ赤なさくらんぼを摘まむと
かわいらしくそれを咥え
僕の唇に押し付け、舌でねじ込んできた

いつか見た映画のワンシーン
綾波のお気に入りのワンシーン


こんな事がベッドの上で…
だからソファーを用意してもらった
少なくともここなら押し倒されても何とかなる
自分の感情に歯止めが利く

「ゆっくり二人で座れるから」
綾波にはそう言っておいた
ソファーが来て以来、そこは綾波の定位置になった



食事を終えた綾波はソファーに戻りカーネーションを見つめていた









騒がしい
これほどアスカに似合う言葉はない

「ちょっと!しんじらんない!」

人の家に勝手に上がりこんで
第一声がこれだ
ほんとに騒がしいよ

「なにが?」
「今度アメリカから送られてくる参号機のチルドレン!」

考えないようにしていた
背筋が凍るから
でも、この時がもう一度やってきた

「よりにもよってあいつなのよ!?」
「あいつ?」

なるべく白々しくないように
出来るだけ冷静に
そうしたつもり

でも、僕の頬を綾波が撫でる
きっと僕の顔はまた歪んでいるんだろう

「鈴原!あんたのことぶっ飛ばしたあいつよ!なんで!?しんじらんない!」

アスカがまくし立てる
今朝、ミサトさんから告げられたそうだ
「今度のチルドレンはクラスメートよん」
なんて気軽に
それがよりにもよよってトウジ
僕の事を殴った
アスカが呼び出した
綾波がひっぱたいた

トウジ

「『仲良くするのよ』じゃないわよ!まったく!」
アスカ曰く考えうる最悪の人選
最悪の関係

「まぁ…安心しなさい」
「え?」
「そんなに不安がる事もないわ」
「え…うん」
「また、あいつにいじめられそうになったら私が守ってあげるから」

守れるもんか…

心の中でそう呟こうとした時
いいにおいがして
僕の頬にアスカの唇が触れた

「心配するな!少年!」

思わず
「うん」

綾波は頬杖をつき横目でアスカを睨む

「なによ?ほっぺはオーケーって約束でしょう?」

何の話?
まぁ…いいよ…
今はもうトウジとは友達でもなんでもない
だからきっと心も痛まない

「大丈夫だよ…」

僕のつぶやきを聞いたアスカは満足そうに微笑み
「じゃあおまじない」
僕の唇に…

立ち上がる綾波
「おっと!約束のケーキを買ってきたわ、これでチャラに…してくれそうもないか」

アスカは“ぽん”と僕の頭を叩くと綾波から逃げ回り始めた

なんて騒がしいんだ
でも

なんで心地良いんだろう?







午後、シンクロテストへ向い
あらためてトウジをミサトさんから紹介された
「皆の方が知ってるわね、鈴原君よ」
「どうも」
トウジはとても居ずらそう

アスカは露骨に横を向き
綾波はまったく興味を示さず
いくらなんでもこれじゃあ可哀想だし

「よろしく」

とりあえず挨拶

「お…おう…よろしゅう」

少しほっとしたトウジと
ものすごく嫌そうな目で僕を見る綾波と
“チッ”って声を聞こえるようにつぶやいたアスカ

「ダメよ、仲良くしなさい」

ミサトさんは命令口調
ミサトさんは事のすべてを知っている
そういう立場の人だ

アスカは
「了解しました作戦部長!」
綾波は
「命令なら…そうします」

針のむしろじゃないか
これじゃあ

トウジは今日のところは施設の見学がメインだそうで
とりあえず僕らのシンクロテストの見学のためにミサトさんに連れられて部屋を出て行こうとしたその時

「よっ!」

アスカの足払いとドスンって言う音

「何すんじゃい!」

お尻をさすりながらトウジがアスカに噛み付く

「こんなもんも避けれないでチルドレンが聞いてあきれるわ」

アスカは相手にもせずテストケージへ向う
綾波も“転んでる物体A”を横目で眺めながらそれに続く

しょうがない
これじゃ後でミサトさんに大目玉だ
そんなのは御免だ
ただでさえ最近騒がしくなってしまった僕の日常
これ以上騒音を持ち込まないで欲しい
だから

「気にしなくていいよ」

手を差し伸べた

「すまんな」

トウジの手も暖かい







「なんで!?あんなヤツほっときゃいいのよ!」
アスカはキーキー
綾波も僕を睨む
「大体アンタあいつに何されたか忘れたの!?」


忘れないよ
忘れない
忘れられない
必死に助けを叫ぶトウジを…三号機を
グチャグチャになるまで殴って
忘れるわけない


「忘れた」

「はぁ…男にまで優しくすることなんてないわよ」

なぜだかアスカは困ったような顔をして

「わかったわよ!仲良く…はしないけど!それなりには付き合ってやる。いいわね!?ファースト!」

綾波も不承不承頷く
うん、これで少しは静かになる





トウジの見学と僕らのテストが終わり
ミサトさんに誘われて食堂で5人で食事をする事になった

「じょーだんじゃない!」
アスカの絶叫
綾波は何事もないような顔でフライドポテトを咥える
アスカがミサトさんに食って掛かっている
そりゃそうじゃない?
ミサトさんは僕にふられたのがよほど悔しかったのか
「鈴原君も家でいっしょに暮らさない?」
って笑顔で誘っちゃって
それを聞いたアスカが鬼のような顔で叫びだし
「女の園にこんな野獣見たいのが来たら何されるかわかったもんじゃないわ!ちょっとでも空き見せたら2分でレイプさせるに決まってるわよ!」
それでもミサトさんは「いいじゃない?何事も経験よぉ?」なんて言っちゃって
アスカはアスカで
「出っててやる!」
ミサトさんも
「どこに!?行く当てなんかないでしょう!?」
「ファーストのところ!」
途端に綾波が迷惑そうな顔
「何よ!?ファースト!あんた親友を見捨てるの!?」

親友?

まるで悪い冗談を聞いた気分だ
アスカが綾波を
冗談にしても
“親友”

この世界はどうなてしまってるんだ?

「あ…あの」
トウジが申し訳なさそうに口を開く
「ワシ…じいちゃんや妹の世話もあるんで…」

それを聞くとミサトさんはとても優しそうな顔になり
「そうね、ごめんなさい。やさしいのね鈴原君」
「いや…そんなんじゃ」
「寂しくってね」
「え?」
「私ね、ずっと一人で…家族なんて居なくて…やっとうるさいのが一人一緒に暮らしてくれるって喜んでたら」
アスカはちょっと困ったような顔
「なによ…」
「友達のところに入り浸って…私の相手なんかしてくれやしない」
“ふん!”そんな顔をしながらアスカが席に座る
「でもね、アスカってとても優しい子なの。この歳で大卒で、大体エヴァーのパイロットなんだから学校なんか行かなくても誰にも文句なんか言われないのに、 “友達と学校に行きたい”って言い出して…何でだかわかる?」

トウジはぽかーんて顔で
「さぁ」

ミサトさんの視線が僕へ

「学校にも行かないでエヴァの事ばっかりで、そのくせ人の心配ばっかりしているシンジ君に何かしてあげたかったんですって」

思わずアスカを見てしまい
一瞬だけ視線が合うけど、アスカはすぐにそっぽを向いて
間に挟まれた綾波は視線だけ僕とアスカを行ったり来たり

トウジの静かな声が静寂を静かに終わらせる
「わかります…こいつら…いいやつなんやとおもいます」
嬉しそうなミサトさん
「そうね、アスカもシンジ君もレイも…ちょっち付き合いづらいところがあるけど、とてもいい子達よ」

結局照れたアスカがまた騒ぎ出し
それなりに楽しい食事だった





そうそう
結局、収まりのつかないアスカは、一晩だけ家出して綾波のところに泊まることになった

僕はベッドの上で壁を見つめる
この壁の向こうにアスカと綾波が居る

僕はそっと両手で自分の頬を被う
さっきまで二人は僕の部屋で騒いでいた
二人してソファーに腰掛け
あれやこれや散々二人につき合わされ
二人のための演奏会まで開き
“もう寝るから”
そういっていつまでもおしゃべりを続ける二人を追い出した

なんてめんどくさいんだ

耳を澄ませば壁の向こうから二人の声が聞こえる
何を話してるかまではわからないけど
二人の声が聞こえる

しばらくすると二人の声が聞こえなくなり

コンコン

壁がなる

コンコン

壁を叩く音

僕は手を伸ばし
一度だけ叩き返す

コツン

その音が合図のように二人の笑い声が聞こえてきた

僕は頬を被いながら眠りに落ちる
さっき、二人を追い出すとき
アスカが綾波に何か耳打ちして
二人に突然挟まれ
二人同時にキスをされた
両頬にキスをされた

「おやすみなさい」
「グッナイ」

嬉しそうな綾波となぜだか僕の事を指差すアスカ

僕はもう一度だけ壁を叩いた
返事のノックはすぐに返ってきた

もし僕が眠らないのなら、一晩中壁を叩いていたかもしれない







三号機起動実験
トウジはミサトさんたちと松代へ向う
僕はリツコさんを探して引き止め、物陰に連れ込んだ

「なに?お父さんみたいなことして見たくなった?」

リツコさんは随分余裕で
多分僕の起こした波紋は
僕が見ることが出来ないリツコさんととうさんの関係を愉快なものにしているらしい

「調べてください」
「なにを?」

リツコさんは、さも“何がかしら?”って顔で
逆に何か知っているのを僕に教えるようで
でも、それでも僕は

「装甲の変色とかカビとか…何かちょっとでも」
「おこらないわ」
「え?」

リツコさんは“ああ、やっぱり”って顔で僕の事を見て

「三号機では四号機みたいな事はおこらないわ。あれはあの一度だけ」
リツコさんはタバコを取り出し火をつける
「心配しなくても“イタズラ”はあの一回だけよ」

そういい終わるとリツコさんはタバコくさいキスをして

「帰ってきたら続きをしてあげる」

行ってしまった


大丈夫…なのかな?
四号機ってなんだろう?
きっとろくな事じゃないんだろうけど
多分、リツコさんは“四号機”の何かをしっているんだ
とうぜんそれを僕が知っていると
“四号機”の真実を知っていると思って
ぼくに“おこらない”っていったんだろう

なんだろう
悪寒がする

振り向くと
そこにはアスカが立っていて
指をポキポキ鳴らしていて

「何の続きをしてもらうのかな?」

僕はさっきの悪寒がこれであったことを祈りながらアスカとは逆方向に走り出した







胃どころか内臓全部にに穴が開きそうな時間がすぎる

そして警報
アスカと綾波は何がおこったのか解っていない
あーだこーだ言いながら読んでいた雑誌を放り出し
現れた“使徒”撃退に向う

僕は思っていたよりずっと冷静だ
むしろ気が楽になった

やっぱりこんなもんなんだ
僕はあの赤い世界に返りたいんだ
だからこんなに冷静で居られるんだ

僕は頬に貼られた絆創膏をはがす
アスカに付けられた爪の跡
さっきひっかかれた爪あとがうずく

ぼくは頬の疼きを楽しむようにエヴァの元へ向った





アスカと綾波の息を飲む声が聞こえる
「これが…使徒!?」
ミサトさんも居ない
リツコさんもいない
指揮は直接とうさんが取っている
別に前回と違いはない

あ…ダミーシステムが乗ってないか

まあいいや
関係ないよ
とうさんは“使徒”の殲滅を指示
僕はとうさんの声と同時に躍り出た

取り残されるアスカと綾波

“使徒”は高く舞い上がり僕を目指し飛んできた

渾身の力を込め
飛び掛ってきた“使徒”の顔面を殴りつける

「これでおあいこ」

我ながらよく言うよ
顎を砕かれてなお立ち上がろうとする“使徒”
僕はその“使徒”の腹を思いっきり蹴り上げる
“使徒”が血反吐を吐いてのたうつ
いい気味だ
本当はあの日、最初のあの日
頭の中でトウジに仕返しをした

殴り返し
気が済むまで蹴りつけて
腕の1本くらい折ってやった

それを今現実にやっている
ひどく気持ちが高ぶる

僕に蹴り飛ばされたトウジは腕を四本にして向ってくる
関係ないよ
へし折れる腕の数が増えただけさ

高ぶった気分のままトウジを弄った
はいずるようにしか動けなくなったトウジの胸を踏み潰す
かかとに感触が伝わる
もう一度この感覚を味わいたくて

トウジの
“使徒”の頭
踏み潰したらきっといい感触だ

快楽を求め
足を振り下ろした瞬間
羽交い絞めにされ、押したおされた

「聞こえないの!?」

アスカの騒がしい声

「シンジ君!?使徒は活動を停止!もうやめて!」
伊吹さんの叫ぶような声

そういえばさっきから皆がわーわー言ってたような

「使徒は現時刻を持って撃退したものとします!直ちにチルドレンの救助を!」

なんかそんなことをさっきから言ってた気が

零号機がナイフで三号機のプラグを穿り出す

僕が動こうとすると弐号機が力ずくで僕を押さえつけてきて

「動かないで!どうしちゃったの!?どうしちゃったのよ!?なにやったかわかってるの!?」

アスカの声は涙ぐんでいるようで

「嫌よ!こんなのシンジじゃない!私の王子様じゃない!」







とうさんに呼び出された

「もう少し感情を抑えるべきだ」
「はい」
「何か言いたい事はあるか」
「いいえ」
「では戻れ」
「はい」

とうさんなりの僕へのアドバイス…か

荷物をとりに更衣室へ戻る途中リツコさんとすれ違い
お尻を触られ
驚いて振り向くと
リツコさんは手をヒラヒラさせていた




ぱん!

頬に熱さと痛みが襲う
あまりの勢いで叩かれた僕はしりもちをついてしまい
目を真っ赤に腫らしたアスカは振り上げた手を震わせながら僕を睨みつけていた

「アンタみたいなヤツに守ってもらってたかと思うと反吐が出るわ!」

アスカは叫ぶように言葉を吐きつけると更衣室を走って出て行ってしまった
綾波はうろたえていて
アスカの走り去った方をしきりに気にしていた


僕には何の処分も下されなかった


僕は部屋には戻らず、一晩中映画を見て
朝を待ち
睡魔に耐えられなくなるのを待ち部屋に戻り
ベッドに潜り込み
日が暮れる頃目がさめた

人の気配を感じる

どうせ綾波だろう
そう思いリビングへ向うと

「…」

アスカが黙り込みながら
横目でこちらを見ていた

なんて声をかければいいのかわからない
確かなのはアスカは怒ってるってことだ

気まずい

思わず目をそらす

まるでそれが合図のようにアスカは口を開いた
とても静かな声
「あいつのお見舞い…いってきた」

「あ…そう」

「別になんとも思ってないって」

「え…うん」

「怪我もないしなんともないから気にするなって」

「そ…そう」

「ただ…」

「え?」

「アンタの事“怖いやつ”だって言ってた」

「…うん」

「悔しいけど…私もそう思った」

「…」

「もう止めろって言われても、まるで聞こえてなくて、何かの憂さでも晴らすみたいにあいつの事いたぶって…」

「うん…」

「もしそんなのが本当のシンジなら…私もこわい」

本当の僕…
カヲル君を殺し
トウジを助けず
アスカを見捨て
綾波から逃げ

「僕は…」

「イヤよ!イヤ!それでも!私はあんたを見捨てないって決めたのよ!?」

アスカは僕の手を掴み、引き寄せると僕の両頬を両手で挟み込むようにし
キスするより顔を近づけ

「お願いよ!言ってよ!言ってくれなきゃわからないの!」

ATフィールド
心の壁
いま、僕とアスカを遮る存在

「なによ!まだ一人でいる気!バカにしないで!」

アスカは僕の目の前でブラウスを脱ぎ捨て
ブラジャーを放り投げ
僕の腕を取り
無理やり顔におっぱいを押し当ててきた

「言いたくないってんならベッドの中でも夢の中でもいいわよ!どうにかしたいってんならここでもかまわないわ!だからお願い!わたしに言って!」

思わずアスカの瞳を見つめてしまい
その瞳はまるで魔法のようで

「じゃなきゃわたし…アンタのそばにいる意味がないじゃない」

「…ごめん」

「ばか…」

僕は青い瞳に吸い込まれるように喋り始めた

「何とかしたくて…でも…僕は何にも出来なくて…トウジのことも…助けたかったのに…使徒とトウジと…考えてたらごちゃ混ぜになって…わからなくなって… ごめん…」

「ばか…ようやく素直になって…もう…」

アスカは僕を抱きしめたまま床に座り込み
スカートに手をかけた

「これでわたしも素直になれるじゃない…ねえ…はじめて?…わたしは初めて…」

どう返事していいものか

「いやね…初めてが床の上なんて…」

僕は見上げるような姿勢でアスカに唇を奪われ
ぎこちなく舌までを絡ませてきた

僕がアスカのショーツに手をかけようとした時


がちゃ


両手に雑誌を抱えた綾波
アスカの声が聞こえたから、早速相手をしてもらいにやってきたんだろう

それはともかく
綾波はみるみる表情を硬くする

立ち上がるアスカ

「オーケーファースト、落ち着いて。ほら、まだ下着は脱いでないわ…って無理か」

アスカはぱんつ一丁でそこらじゅうを逃げ回り
僕は綾波が投げる雑誌を避けながら二人を見つめた

赤い世界の事を忘れてしまいそうだ





三人でトウジのお見舞いに行った
本当にたいしたことはなくて

「ほんまにお前はワシの事殺す気か!」

「うん」

アスカと綾波が笑う
トウジはあきれていた



お見舞いの帰り
アスカと綾波は買い物に行くそうで
僕は一人


「少し付き合ってもらえるかな?」

人ごみでごった返す駅で声をかけられた
声をかけてきた加持さんはとってもさわやかな笑顔で
でもものすごく冷酷な目つきで

だから

「いいですよ」

ゾクゾクするような気持ちで
そこにいけば何かがあるようで
赤い世界に繋がっているようで

「じゃあいこうか」



フォークリフトさんの「あの頃の僕なら」第6話です。

トウジ&バルディエル登場ですね。四号機の事件は人間の画策でしたが、参号機は使徒の仕業なのでリツコさんへの警告はスベってしまったか…。

なんだかシンジはヒかれてしまいました。いい感じの人間関係だったのにちょっと残念…でもトウジの状態と対応が良かったので大丈夫かな。

そして加持が動く。いったい西瓜マンはどんな話をシンジとするのか…。

フォークリフトさんへの激励・感想をぜひアドレスforklift2355@gmail.comま でおねがいします。

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