“私はチェロになりたい、やさしく握り締められたい、しっかりと抱きとめられたい、いつもそばにいたい”

黒皮の交換日記を閉じる

はぁ…
綾波は感情の海を泳ぐ人魚になってしまった

まぁいいけど
僕はこれからも上手くやるさ



久しぶりの静寂
綾波は買い物に出かけた
アスカと二人で

何を買うかは「秘密」らしい

まぁ
見当は付く

下着

アスカみたいのがほしいんだと思う

まあいいよ

いや…
よくないかな?

今朝はさすがにビックリした

なんか
キスされたみたいな感じがして
目を覚ますと
ベッドの中に綾波が…

僕の事をじっと見ていた

ドラマの見すぎだ…
綾波にそんな知識は無い
だから綾波はテレビかDVDか雑誌で見たそんなシーンを…

“あの人は私…この人は碇君…”

そんなこと考えながら見たんだと思う

ちっちゃい子と一緒だね

まあいいよ
かまってあげる

赤い世界へ帰るためにね




綾波…

僕らと同じに見える…
でも本当は9歳

その事さえ忘れなければ
僕は間違う事は無い


アスカは…
どうだろう?

愛される事をわからなくて
人のことを傷つける

僕にはそう見えた

でも、かわいそうだとは思いはしない

僕と同じ…

いや…
僕はもっとひどい

歪な形でしか愛されず
守りたいものはすべて奪われ
好意かも知れない感情を持ちかけた相手は…


そうだ

だから僕は赤い世界へ帰るんだ



「なにこれ?殺風景ね」

え?

「もっとなんかこう…パーっと明るくしない?」

なに?

「ただいま…」
「え…おかえり」

なんだ?
何でアスカが来るんだ?
綾波がつれてきたの?
なんでアスカはニヤニヤしてるんだ?
なんで綾波は嬉しそうなんだ?

「ほらね、言ったでしょう?」

ふふんって顔のアスカ
綾波は嬉しそうに頷く

「寂しがり屋なのよ、こいつ。みたぁ?今の“おかえり”って言ったときの笑顔!」

笑顔?
僕が?

「それはそうと、客が来たのに飲み物も出さないの?」
「勝手に来たんでしょう?」
「はいはい、てれないてれない」
「…」
「ケーキ買ってきたから食べましょうよ」

なんなんだ?
アスカは…
綾波も…

“必要があればそうするわ”

アスカに“仲良くやろうじゃない”って言われて
前はそう答えたのに

これじゃあアスカと…

まぁいいか

どうせしばらくしたら次の綾波だ

どうでもいいか






三人でケーキを食べる

アスカは楽しそうに喋り
綾波がそれを不思議そうに聞き入る

僕は…

「少年!」
「なに?」
「むふふ」

アスカのミサトさんみたいな笑い声

「じゃーん」

ん?
へぇ!?

「おほほほほ、無敵のシンジ様もさすがにこれは目が離せないみたいねぇ〜」

アスカが摘まんでヒラヒラさせる
黒いレース

って言うか

下着…

「ファーストがぁ“わたしも…見てもらいたい”って言うからぁ〜聞いてみればぁ〜…シンジィ」
「なんだよ」
「グラビアのページがお好きなんですってぇ?」
「な!…べつに」
「あらぁ?ファースト?」
「…碇君はそこから読む…雑誌を見るときは…下着の女の人のページから…」
「こんなぁ?」
アスカは下着をヒラヒラ
「そう…」

はぁ…
なんなんだよ…

「と、言うわけで買ちゃいましたぁ☆」





散々アスカにからかわれ
目の前で例の下着に着替えようとする綾波を取り押さえ
そのうえ
アスカはいつまでも帰ろうとしない

「ねえ」
「…」
「もうなれたわよ、聞いてんでしょう?」
「なに」
「聞かせてよ」
「なにを?」
「なんか弾くんでしょう?楽器」
「うん…」
「ファーストが自慢してたわよ?“わたしだけの演奏会”みたいなこといちゃって」
「そう」
「はいはい、照れない」

綾波に視線を送る

綾波は買ってきた服を並べて眺めている
あれじゃまるで普通の子と一緒じゃないか…
嬉しそうに服を眺めて…

「それとも」

ん?
アスカなんで小声なんだ?

「ファーストにだけ?」
「え?」
「弾いてあげるのはファーストにだけ?」

アスカは
なんだかとっても挑発的で

それが気に入らなくて

「いいよ…まってて」




結局僕は
二人のために
小さな演奏会を開き

何をやってるんだろう?

これじゃあ前より…








ベッドで本を読んでいると携帯がなった

なんだろう?
使徒?

違うなぁ…
前回は、こんな夜中に召集された事ないし

「はい」
“…”
「もしもし?」
“…”
「あの…」

間違い電話?
ん?

“おやすみなさい”
「え…あ…おやすみ」

綾波か…

別にそんなことで一々電話してこなくていいのに…



どういうわけか
僕はその晩
何度も携帯を開き
着信履歴を眺めていた

うん
気にする事は無い

絶対に違う
僕は…

喜んでなんかいない










ぼーっと作戦地図を眺める

ミサトさんが概要を話しているけどどうでもいい

たしかあの辺りの…
あぁ、あの岡だ

あそこに向えばいいんだ

別に“神のみぞ知る”ってほど低い成功率じゃない


それより
遺書を書くかって聞かれて
「はい、とうさんに」

奇麗事を並べてやろう
多分とうさんは読まないだろうけど

いいよ

大体の内容くらいはだれかが伝えるよ

「じゃあ私はママに、あんたは?」
「…碇君に」

へ?
なんだ?

「ばっかね、あんたが死ぬときは私達も天国の階段登ってるのよ?」
「碇君は死なない…」
「あんたが守っちゃう?」

綾波はまじめな顔でうなずいて
アスカは“あ〜あやってらんない”って顔して

「もてる男は違うわねぇ〜」

アスカのイヤミと

「じゃあアスカも守ってあげたら?ライバルなんでしょう?」
「うっさい!」

それを茶化すミサトさん

はぁ…
ん?

そういえば
食事…
ステーキだなんだって
今回は言わなかったな…


「さぁ!行くわよ!もてお君!」

アスカに背中を叩かれ

「大丈夫…」

綾波に手を握られ


そうされると
どうしてだか
そんなつもりは無かったんだけど

「この作戦が終わったら」

何を言ってるんだ…
僕は…

「みんなで…」

止めとけ
いいことなんか無いんだ
何も無いんだ
だから
これ以上

喋るな

僕は必死に言葉を飲み込んだんだけど

「いーわねぇ、シンジ君のお誘い」
「へー、じゃああんたの奢りね!決定☆」
「肉…食べれない」

三人の女性は勝手に盛り上がり

あぁ…
何を…なんて事を言ってるんだ
僕は…





まっすぐ
わき目もふらず
あの丘を目指した

落ちてくる使徒を見上げ
「さよなら」
使徒にお別れを言う

別にささえる必要はない

どこにコアがあるか知ってるし

だからナイフを突き立てたんだ
落ちてきたあいつに

目がくらむ閃光

轟音と全身を打ち付ける激痛

意識が遠のく

かあさん?







目が覚めると
あの天井だった

しばらくするとミサトさんが現れ
無茶な作戦を立てたことを謝られ
その事でとうさんにこっぴどく怒られた様子を楽しげに話した

「それと…シンジ君」
「はい?」
「男の子が“さよなら”なんて…言うもんじゃないわ」
「え?」
「大変だったのよ?」
「?」
「あなたが使徒と刺し違えた後」

あぁ…あの時ね

「二人ともわたしの指示なんか聴きゃしない」
「二人?」
「レイとアスカ」
「はぁ」
「瓦礫の山をかき分けて…グロテスクに成り果てた初号機を引きずり出して」

あぁ…結構痛かったから
初号機もぐちゃぐちゃなのかな?
ごめんね
かあさん

「泣かすもんじゃないわ…二人も」
「はい」
「大変だったのよ?」
「なにがです?」
「あなたを助けた後、レイとアスカが喧嘩を始めて」
「なんで?…ですか?」
「アスカがね…“あんたがチンタラしてるから”ってレイに突っかかって“わたしの方が距離は近かった”って言い返して…間に合わなかった事のあてつけよ… 二人ともね」

それはとにかく外傷は無い
よかったじゃない
笑顔でそういわれ

「みんな楽しみにしてるわよ?」
「は?」
「あらぁ?とぼけちゃだめよ」
「え?」
「みんなで食事に行くんだから」
「ああ」
「シンジ君のおごりでね☆」





おごれって言われればおごるけど…
生活費も貰ってるし

でも
アスカがこれ見よがしに高級店のガイドブックをちらつかせるわ
ミサトさんが好みのお酒がないとイヤだって言い出だすわ
綾波は相変わらず肉がいやだって

「じゃあこうしましょう」

ミサトさんが
まるで端から決めていたように

「シンジ君の部屋でみんなが好きなもの持ち寄る!」
「さんせー!」

アスカもガイドブックほっぽり投げて

綾波は真剣に何かを悩んでるし

「あら?じゃあわたしもおじゃましようかしら?」

リツコさんまで…






「わからない…」
帰り際
綾波が僕の袖を掴んで

「何を用意すればいいか?」

綾波が頷く

まぁそうだろうね
ビタミン剤の箱詰めくらいしか持ってないしね

まぁそれはそれでみんな喜びそうな気がするけど
綾波は真剣に悩んでるみたいだし

「一緒につくろうか」






綾波とキッチンに並んで
カレーを作る

大人数相手にはもってこい

まぁ綾波はほとんど眺めてるだけ
別にいいよ

“野菜切れる?”
って聞いたら頷くから
皮をむいて渡したら

スコン!

っていい音がして
何かの恨みでも晴らすように
ジャガイモに包丁がつきたてられていて

まあ、そんなわけで
綾波は野菜を炒めたりする係り


うん
駄目だよ
絶対に駄目だ

料理をする綾波の後姿

綾波を抱きしめたい

なんて思っちゃ駄目だ


僕はよくわからない葛藤と戦いながらカレーをこしらえる








騒がしい
僕の静寂はどこへやら

アスカはケンタッキーをこれでもかってくらい買ってきた
よく見ればコールスローとかも…
綾波と喧嘩中だからあれだけど…
アスカってこんな人だったっけ?

ミサトさんは飲み物ばっかり
ほとんどアルコール
後はコンビニじゃない揚げ物
多分…手作り…

ペンペンは生魚を袋いっぱいに

リツコさんは
「お口にあうといいけれど」
なんていいながらパンをたくさん




大騒ぎ

綾波とアスカはちょっとしたことで言い合いをはじめるし
ミサトさんは止める気なんかまったく無しで
リツコさんは…
僕に話しかける機会をうかがってる

「…碇君」

綾波が僕の首にしがみつく

「だぁ!むかつく!やっぱり喧嘩売ってんでしょ!あんた!」

それをアスカが引き剥がそうとして

「おーやれやれ!」

ミサトさんは煽るばっかりで

リツコさんはすました顔でカレーを食べていた

僕はカレーに乗っかったフライドチキンをかじる

「ほーら!やっぱり私が買ってきたチキンの方がいいって!」

何で言い合ってるんだかよくわからないけど
綾波とアスカは僕が何かを口に運ぶたびに
あーだこーだ言い合って

鬱陶しい

そうだ

鬱陶しい

「大体あんた!本当にシンジとキスしたの!?」

え!?
なに!
それ?

驚いて
僕にしがみついている綾波に目をやると

「…ええ」

綾波は少しどころじゃなく
照れていて
僕のカレーの上に乗っかっているかじりかけのチキンを指で弾いていた

「ハッタリかましてんじゃ無いでしょうね!」

ぼーぜんとする僕の視界には

恥ずかしそうに首をふる綾波と
この騒ぎを楽しんでいるミサトさんと
今にも綾波に噛み付きそうなアスカと
まるで興味なさげにペンペンと戯れるリツコさん

「じゃあ!ここでしてみなさいよ!」

はい!?

って思うまもなく
アスカの徴発に綾波は
僕を押し倒して
瞬きもせずに
僕に迫ってきて

「はいはいそこまで」

ミサトさんが綾波の首根っこ捕まえて止めてくれて

もう
なんだかどうしたらいいか解んなくて

愛想笑いしながら席を立ってトイレに逃げ込んだ




落ち着こう
キスしたって言ったって
寝てる僕にしただけだし

うん

いい様にあしらおう
よし


そう思ってトイレを出て
洗面台に向うと

鏡越しにリツコさんが

「苦手?こういうの」
「…はい…あんまり」
「そぉ…あの人と一緒ね」
「そうですか?」
「あら?」
「はい?」
「誰のことか聞かないの?」

んん〜
リツコさんはやっぱり大人だ…
綾波みたいにはいかない
どうすればいいのかな?

「親子ですから」
「ほんと…そんなとこまでそっくりね…」

鏡越しに話していたリツコさんが
僕の肩にそっと手を回し
耳元でささやいた

「槍…あなたも同じ事に使うのかしら?あの人と」

その声はとても冷たくて
思わずリツコさんに振り向いて

その瞬間

キスされた



「んなぁ!」

アクシデントは最悪のタイミングで起きる
その言葉を実感した

偶然その瞬間をアスカにみられて

「あんた女なら誰でもいいの!?ちょっと!ファースト!一大事よ!」

そのままアスカと綾波に詰め寄られ
散々な言われようで
どういう訳だか
何でそうなったのか
僕はまたみんなの前で演奏会を開く事になって

散々僕をからかったリツコさんは
僕の耳元で

「もてる男はつらいわね…あなたもあの人も」

少しわかった
リツコさんは
僕に…

多分とうさんへのあてつけか何か


その日
夜遅くまで僕はみんなにチェロを聞かせた






アスカは綾波の部屋に泊まっていくらしい
彼女曰く

“抜けが…変な事しないか見張るの!”

だそうだ

リツコさんはなんでもないような顔をしてミサトさんと帰って行った





ベッドの中で
寝付けないでいると
携帯がなった
綾波かな?

「もしもし?」
“今日…楽しかったわ…ありがとう”

アスカ?

“それと”
「なに?」
“そんなに足手まとい?私達”

足手まとい?

“それとも…男の見栄?”
「…別に…」
“ねぇ”
「ん?」
“あんまりかっこつけないで”
「別に…そんなんじゃ…」
“あんたが誰かが傷つくの…みたくないのと同じくらい…その誰かは…あんたが傷つくの…みたくないの…”

アスカ…

“んん…じめっとした話は苦手ね…”

ぼくは…

“それに”

僕はあの赤い世界に返りたいだけなんだ…

“嫌いじゃないわよ?…あんたの事”
「あ…アスカ?」
“ん?”
「ありがとう」
“ばか…ちょっと待って…ほら…あんたもなんか言ってやりなさい”

ありがとう?
何で僕はそんなこと言うんだ?

“碇君…”
「ん?」
“おやすみなさい”
「うん…おやすみ」



夢は見なかった

ただ

壁の向こうがとても暖かく感じて

それが気のせいだって
自分に言い聞かせて

そうしないと
ぼくは…







シンクロテスト
もう何度目かもわからない

あ…

今回って…


「お望みどうり裸になってやったわよ!7回も垢を落として!」

裸だ…

って事は

「シンジ君?集中して」

いや…
集中してって言われても

ほら…




あたりが騒がしい
綾波の悲鳴

詳しい事は知らないけど

前回、ミサトさんにコッソリ教えてもらった
ばい菌みたいな使徒をリツコさんが退治したって

まぁ
どっちにしろ僕の出番じゃない



ほら

僕たちのテストプラグは緊急排除され
湖面を目指す

ん?
通信?

“初号機パイロット”

とうさん…

“プラグをB層で停止させる、そこで初号機と合流…搭乗しろ”

「はい…」

なんだ?
前回と違うぞ

二人のプラグは湖面を目指し
僕は急ブレーキで結構な衝撃を受ける

テストプラグから出ると
裸のまま初号機に乗せられ
今度は初号機ごと地上に送り出された


なんだ?
何が起こってるんだ?

少し不安に駆られていると

とうさんから通信が入った

“いいか…指示があり次第、ATフィールドを全力で展開しろ…初号機だけでいい、後はかまわん…いいな”

「何が起こってるの?」

“お前は知らなくていい”

「“初号機”を守ればいいの?…とうさん」

“ああ…そうだ…頼む…”

あぁ…そういうこと
ふぅん
じゃあ結構ピンチだったんだ
この時って

じゃあちょっとからかってやろう

「とうさん」
“なんだ”
「大丈夫、僕が守る…」
“………”

はは!
なやんでる!
ユイ…お前はもう会えたのか?
とか自問してるんでしょう?
いいよ!
もっと喘いでよ!
いっそのこと僕とかあさんとエヴァでぐちゃぐちゃになってくれればいいんだ!







うん

ひま

状況はリアルタイムで送られてくる
リツコさんがコンピューターの中に入って何か作業をするらしい

それにしても…ひま

エヴァで湖を眺め体育座り

プカプカ浮かぶ二本のテストプラグを眺める

暇だし
する事ないし

どうせ使徒はリツコさんがやっつけちゃうし

何でだか知らないけど話し相手がほしくて
湖に入って
プラグをとってきた

「丁寧に扱いなさいよ!」

接触回線でアスカが怒鳴る

どうせ今まで“ママ”とか言いながら脅えてたくせに

湖畔にプラグを下ろして
もう一度体育座り

夜空が綺麗だ

「碇君」

綾波からも通信が入る

「ありがとう」

僕は答えずに夜空を眺めた




僕は何で二人を…
万が一爆発とかが起こったら守るため?

違うよ
そんな分けない

暇つぶしだ

ただ、話し相手がほしかっただけだ

そうに決まってる


「ねえ、シンジ」

アスカから通信が入って

「ん?」
「そっち行く」

はい!?

そっちって?
こっち!?

「え…でも…裸だよ」

「わたしもよ?」

いや
そう言う事じゃなくて…

「…いや…まずい…と…思う」

「じゃあ見なきゃいいでしょ?とにかく行くからプラグ出して」



気が動転して
つい
言われるままプラグを…

人が飛び込む音が…二つ

二つ?

「変なにおい…他人のプラグってなんだか変ね」
「碇君の匂い…感覚が混じる…碇君の感覚」

えぇ!

どどどどど!
どうしよう!
とりあえず振り向くな!

「ほぉ〜、男用のシートって大切なとこガードがついてんだ?」

すぐ後ろからアスカの声がして
絶対
100%僕の股間を覗き込んでいて



恥ずかしい



「ありがと」

え?

「普通じゃないもんね…あの慌て様」
「腕が…わたしじゃない誰かにさわられた感じがした」

いや…
そう言われても

「使徒なの?」
「使徒…私たちの敵…碇君を取り上げようとする…」

僕は首をふった
「わからない」
そういいながら

「そう…ねえ」
「え」
「そっち行っていい?」

答える暇も無い
アスカは手で胸を隠して
ぼくの右手に寄り添ってきて

「じろじろ見たら殺すからね」

冗談を言うみたいにそんなこと言ってきて

綾波は無言で僕の左手に絡み付いてきた
左手に柔らかいふくらみが当たる

僕は必死に正面だけを見つめる
殺されるとかそんなんじゃなくて



その
ちょっとでも気を抜くと
股間に変化がおきてしまいそうで…





状況は切迫している
リツコさんの作業は間に合うかどうかぎりぎり

本部では自爆のカウントダウンが始まった

まぁ…きっと間に合って
いやー心配して損したって感じになるんだろうけど
アスカと綾波は緊張した顔で黙り込んでいて
そんな時

「一人はいや…」

静寂を破るアスカの呟き

「やっと居場所を見つけたのに…」
その声は寂しそうで

「このまま…爆発に巻き込まれて…そんなことになったら…ねぇ…」
「…なったら?」
つい答えちゃって

「せめて最後くらい…一人はイヤ」




アスカの髪に顔を埋める

何をしてるんだろう…
僕は…

何でぼくはアスカを抱き寄せてるんだろう…

何で僕は…

「ねぇシンジ…」
「ん?」
「一人ぼっちは御免だわ…」
「…大丈夫だよ…リツコさんが何とかしてくれるから…」
「ちがう」
「え?」
「一人で…私だけの…私の世界なんてもうウンザリ…」
「世界?」
「あんたの言った通り…大学出て…人より先を走って…エリートなのって自分に言い聞かせて…」
「それがアスカの選んだ世界なんでしょう?」
「そう…走り続けて…ある日“碇シンジ”ってパッとしない窓を覗いたら…」
「ぼく?」
「私が必死になって手に入れたものを端から持ってて…それにこれぽっちも執着して無くて…」
「…別に…そんなんじゃ…」
「私は自分ひとりで走るのが精一杯なのに…女の手なんか引きながら…やって見せて」
「…そんなんじゃ」
「気がついたら…私の手まで引いてくれてた」
「…」
「手を引かれて外に出てみたら…外の世界は楽しいことがいっぱい」
「それは…」
「一緒に暮らそうって…変なおばさんはいるし」

ちがう

「頭の中が“碇シンジ”ってお花畑な天然女」

そうじゃない

「どこにでもついて来る変なペンギン」

ちがうんだ!

「答えないでいいわ…ねぇ…それなのに…あんたは何でそこから出てこないの?」










今回は間に合わないのかな?
最後の一秒
もう本部は自爆だ


アスカは
この世のすべてから開放されたような表情で僕の腕に抱かれ

綾波は
かあさんみたいな顔でアスカを抱き寄せる僕を見つめ…


そして爆発も何もおこらず
時間がゆっくりと流れていった









“シンジ”
とうさんからの通信で現実に引き戻される
“今から回収に向わせる”
「終わったの?」
“ああ…”
「シナリオ通り?」
“…イレギュラーもある…が…問題はない”
「そう」
“シンジ…”
「なに?」
“いや…ご苦労だった”

ふん…
かあさんの事
聞きたかったくせに

ん?

「だめ…」

綾波が僕の顔に手を添える

「そんな顔は…ダメ」

どんな顔してるんだろう…
僕は…
こんな時
どんな顔を…

「ねえ!終わったの?」
アスカが僕を見つめている

「助かったの?」

とりあえず頷いてみた

「やったぁ!」

アスカが綾波の手を取ってぶんぶん振り回す

僕は急いで視線をそらした

別に自分の笑顔を隠そうとかそういうんじゃない

だって

目の前でおっぱいが4つ、ぷるぷるしてて…

これはさすがに…




「ねぇ!」
「え?」
「キスしよ!」
「ええ!」
「おかしいじゃない?」
「なんで!?」
「あのおばさんとして!ファーストとして!わたしとはしてない!」

…君が一番最初だったんだよ
鼻摘ままれたけど

「はずかしい?ファーストがいると?」
アスカは綾波をチラッと見て
綾波は微笑んでるだけで

「ほら!ファーストもいいって!」
「いや…だって…」
「乙女の裸まで見といて?」
「そっちがはいってきたんじゃないか!?」
「冗談よ…命の恩人なんだから…キスくらい…してあげる」

命の?
恩人?

「聞こえてたわよ、自分だけ助かれって…指令に言われてたのに…私たち迎に来てくれて…ほんとに…星の王子様ね…あんた」

いや…
別に…
そんなつもりじゃ

「これでもファーストキス」
「え?」
「いいじゃない、感謝のしるしが乙女の唇」

そういい終わると

アスカは僕に唇を押し付けてきて

「ファーストキスは血の匂いね」

アスカは恥ずかしそうにLCLをかき混ぜ

あぁ
どうしてだろう

僕は
守りたいものなんか無いのに

何でアスカと綾波を抱き寄せてるんだろう

「ほんとに…わたしたちの王子様」


僕の視線の先には

しっかりと手を握りあうアスカと綾波…


僕は
その手に自分の手を…

「碇君…」
「シンジ…」


ちがう
違うんだ…

流されてるだけだ

僕は
こんな世界を望んじゃいない

そう自分に言い聞かせた

そうしなければ…僕は…
この世界を受け入れてしまう



フォークリフトさんの「あの頃の僕なら」第4話です。

リツコさんも罪つくりですね。シンジの周囲がますます加熱してます。
結構動揺しているみたいですね。さて、続きはどうなるのか…。

フォークリフトさんへの激励・感想をぜひアドレスforklift2355@gmail.comま で〜おねがいします。

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