一万二千年後の覚書

by リンカ

   6.To Be or Not To Be.

謎の男達のアジト。
ドックに機体を収容して、シンジとシリンは機体から降り立った。
大柄な若い男と、それよりも背の低い少年と言っても良さそうな若い男が近づいてきた。
「よお、さっきは本当に悪かった。俺はフランツ・キャルバート。あんたは?」
少年の方がシンジに声を掛けて来た。
それに驚きながらシンジは答える。
「僕はシンジ。僕達は州軍の関係者じゃない、ただここを通り抜けようとしていただけだ」
「ああ、シンジ。分かってるよ。そうだ。この後ろのウスラデカイのがさっき粗相をした奴だ。
迷惑かけたな。・・・ま、ここじゃなんだ。落ち着ける所に案内しよう」
そう言ってキャルバートと名乗った男は踵を返して歩いて行く。
「えっ?あの・・・僕の機体は・・・」
「ああ、心配すんな。盗ったり壊したりしないよ。整備をしてちゃんと返してやる。
それからトレーラーのおっさんも丁重に迎えてやったから安心しな」
首だけ振り返り、そう言ってから、彼等はスタスタと歩いて行く。
シンジは慌ててそれを追って行った。


アジト内、とある一室。
割合に広く、ソファーなども設えられてある。ただ、多くのモニターや計器なども設置されていて、
やはり何らかの組織の活動拠点であることを匂わせていた。
キャルバートが立ち止まり、シンジに振り返って言った。
「ヒュルデと一悶着起こした謎の機体ってあんたかい」
「!!何でそれを・・・」
シンジは言い当てられて目を見開き、肩の上のシリンが毛を逆立てた。
「俺等の情報網を甘く見てもらっちゃ困るぜ・・・あんだよ、トーツェン」
キャルバートが背後の男を睨んだ。
「お、お前ホンマに州軍と関係なかったんかいな!?」
その叫びにキャルバートが身を翻らせ、鋭く男の顎を貫いた。
「こんド阿呆がー!!」
「へぶう!?」
大柄な鍛えられた男が顎を殴り上げられ、後ろに仰け反って尻餅をつき倒れ込んだ。
キャルバートが男を見下ろして睨む。
「先走るんやないってあれ程いつも言っとるやろうが!確認もせんと攻撃する奴があるかいな!
それでもお前元大尉かい!この阿呆トーツェンが!地下に潜っとるわい等があない派手にドンパチ
やってどないすんねや!あ〜もう!妹がおらへんと何でこないに抜けとんのやお前は!ああ!?」
ゲシゲシと男を踏み付けながらキャルバートが捲し立てるのを
シンジとシリンは呆然として見る。
「・・・何か・・・すごいね、シリン」
「・・・早く発った方が良いんじゃない?
シンジの呟きに、シリンが彼の耳元に口を寄せて小声で返した。
「か、堪忍して〜な〜、タイショ〜」
「やかまし、こんボケ!わいやからこない優しいんやで!?エミリアやったら・・・」
「ちょ、ちょ、タイショ!妹の奴には言わんといて!あいつにバレたら、わい偉い目に遭うてまう・・・」
「それが嫌なら早うお客はんに謝らんかい!・・・ええ加減に立て!」
そう言い放って、キャルバートは再びシンジに振り返り、爽やかに笑って言った。
「いや、済まない。みっともない所をお見せした。まあ、ともかく俺達はあんたに危害は加えないよ。
・・・おら、さっさと謝り!」
「す、すんませんでした。わいの早とちりやったわ、坊。この通りや」
キャルバートの叱責に身を縮こませて深深と頭を下げる男に、
シンジは、もう気にしてないから良いですよ、とお人好し振りをまた発揮させ、
その肩でシリンが脱力して項垂れた。
「で、これからのことなんだが・・・ん?」
キャルバートが言葉を切り、誰かが入ってきた入り口の方を見る。
シンジもそちらを見ると、少女に連れられてタルクがやって来ていた。
先生も無事だったみたいだ、とシンジが安堵していると、彼の背後で、げぇ、という呻き声がした。
タルクが近づいてきてシンジに話し掛けた。
「ああ、無事だった様ですね、シンジ君。どうなることかと思いましたが、どうやら彼らは友好的な様です」
「うん・・・みたいだね。何だか変わってるけど。でもここは・・・」
彼らが話していると、鈴を転がすような声がした。
「若、お客人連れて来ましたわ。ホンマ、うちの兄が迷惑掛けましたわぁ。うちが良う躾ときますよって。
堪忍して下さいな」
「ああ、存分にやれ」
「ちょっ、大将?話が・・・」
男―トーツェン・ドルシェが慌ててキャルバートに訴えるが、少女のニコニコと笑う顔にその動きが止まった。
「ミ、ミ、ミリィ・・・」
ミリィ―エミリア・ドルシェは彼女の兄に可愛らしく笑い掛けて、そして言った。
「お兄ぃ。またおいたしたそうやね」
「そ、それは・・・坊主にはもう謝って許してもろうたで・・・?」
「やからって、過ちが帳消しになる訳やないんよ?」
「いや、それは・・・せやけど」
「何時までもうちがお兄ぃの面倒見るぅ思うとるんやったら、それは大間違いやわぁ。
うち、そこの格好ええお人みたいな旦さん見つけたら、そのお人のトコ行ってまうよ?」
エミリアがシンジの方をチラリと見て可笑しそうに笑う。
「な、何やて!誰ぞ惚れた相手でもおるんかいな!ま、まだ早いで!?
ちゅうか、わいが認めた男やないと許さへんで!?」
トーツェンがその大きな体でエミリアに覆い被さるように乗り出して問い詰めるが、
それに言い返した妹の迫力に仰け反って後退る。
「ああもう、うろたえるんやないわ!この馬鹿お兄ぃ!!そない言うてるからお兄ぃには
何時まで経ってもええ人の1人も出来ぃへんのよ!うちももう子供やないんよ!」
「ば、馬鹿はないやろ・・・。それに16は子供やないか・・・」
「もうよろし。夕餉の後覚悟しとき。22ぃにもなって何やの。もう、うち恥ずかしいわ」
そう言い捨ててエミリアはシンジの前まで歩いて行った。
彼女の背後でトーツェンが真っ白になっている。
シンジとシリンは再び呆気に取られ、タルクは口元を抑えて笑いを堪えている。
「お恥ずかしい所お見せしてしもうたわぁ。うちの馬鹿兄がホンマ失礼しました」
そう言って頭をペコリと下げる少女に、シンジは慌てて、構わないと伝える。
「そう言うて貰えれば助かります。もうホンマ何時まで経っても手ぇの掛かる兄なんやから」
「で、でもキャルバートさんにももう怒られたみたいですよ。蹴られてたし・・・」
「ああ、あれはじゃれおうとるだけです。もうお兄ぃも若も何時までも子供っぽいんやから。
・・・それにしても」
エミリアが頬に指を当てて首を傾げてシンジの顔を見詰めた。
「?」
「お兄ぃと闘り合うたぁ聞いたから、どないなお人か思うてましたけど・・・。
先生さんの言わはったこと、うち信じてなかったんやけど、驚きやわぁ」
「・・・?先生何言ったの?」
面白そうにシンジの顔を見る少女の様子に、シンジはタルクの方を見て問い質す。
「いえ、ちょっと貴方の容姿と人となりについて講義を・・・」
シンジの視線にタルクは顔を反らして答えた。
「・・・先生、肩震えてるよ」
「ぷっ、いえ、何でも・・・くく、何でもないんですよ・・・?」
どうやらタルクはこの部屋に連れて来られるまでの間、エミリアと中々有意義な時間を過ごした様だ。


その後エミリアは出て行き、再び話が再開された。
キャルバート、トーツェンに、シンジ達がソファーに腰掛けて顔を合わせる。
「さて、ちょっと話が大幅にずれちまったが、元に戻そう。俺達はウィッシュで活動する地下組織だ。
で、シンジ。あんたは?」
「・・・僕は何でもない只の旅人ですよ。国境を越えて東へ行きたいだけです」
シンジが目を伏せて答えた。
それを見てキャルバートが顎を撫でながら考える。
「・・・ヒュルデとのゴタゴタはあの機体が原因か?見たことない型だったな。
つまりヒュルデはあんたの新型に目を付けたってことか?」
「・・・国境に向かう途中で偶然連中に目を付けられたんです。所属不明を放っておく連中じゃない」
「なるほどな。ま、いいだろ。で、クジェールは諦めてウィッシュから海か」
キャルバートが探る様にシンジを見詰める。
「ええ、そんなとこです」
「抜けられると思ったか」
「・・・国の間の行き来は割合自由です。機体も他国人なら個人所有もある。
中立州から抜けることは可能でしょう。別にヒュルデ以外には目を付けられていない。
・・・あれは僕の生国の機体です。だから貴方達は知らない・・・」
シンジが再び目を伏せる。
あの機体はシンジが彼の国から持ち出したものだ。
その後シンジが記憶を失っていた間、どうなっていたのかはシンジは知らない。
そう言えば何故あんな所にあったのだろう、とシンジは今更思った。
あの時の記憶は霞が掛かった様に曖昧で、今まで考えなかったのだ。
「中立州、か。生憎だが情勢が変わりつつある」
キャルバートの言葉にタルクが、その意味を問うた。
「ウィッシュも何かやらかしてる。俺達は州政府に反乱軍なんて呼ばれてるが、実際俺達が
やってるのは反乱じゃない。・・・俺達は調べてるんだ」
「・・・何をです?」
「ウィッシュがその影に何を隠してるのか、この国で今何が起こってるのか、をさ。
キャルバート中将って知ってるか?」
「・・・数年前病死した・・・?」
タルクの言葉にトーツェンが吐き捨てる。
「カッ、病死な訳あるかい!」
「・・・というと?」
タルクの視線にキャルバートは天井を見上げてポツリと言った。
「暗殺されちまったのさ。何かを知ったが為に。あの人はそう言うことを見過ごせる人じゃなかった。
・・・俺の親父だ」
シンジにはこの国の内情は分からない。
トーツェンがキャルバートに続けて言った。
「わいの死んだ親父とキャルバートの旦那がダチでのぉ、その縁でわいもあのお人には良う
面倒見てもろうた。で、あのお人が殺された後、どうもおかしいゆうてな。
中将は軍でも人望があった。それでここにおる若が中央の士官学校から帰ってきて
わい等を纏め上げたんや。今日も州軍機、ゴタゴタ話して帰って行ったやろ。
軍の中にもおかしい思うとる奴は結構残っとんや」
「では、真相の露見は易いのでは?それだけ・・・」
「ところが、だ。どういう訳かそれが上手くいかない。どうも余程のやばいネタらしい。
だから皆を盛り上げるよりもその真相って奴を掠め取ることにしたのさ。
そこから反乱だ」
キャルバートとトーツェンの顔に決意が漲る。
「なるほど。だから、ウィッシュからも出るのは難しいと・・・」
「ああ。ただし、普通の方法ならな」
タルクの言葉にキャルバートがニヤリと笑う。
シンジはこれまでの話を聞いて、顔を上げキャルバートを見詰めた。
不敵な顔だ。そう思った。
「何だ、シンジ」
「それを僕達に話してどうしようと?何故余所者の僕に其処まで話したんです」
「良い質問だぜ、シンジ。お前は要するにこの国じゃ何処行っても付け狙われる可能性がある訳だ。
しかもたった1機。自ずと限界ってモンがあるよな」
「・・・つまり」
「俺と一緒に来い。トーツェンの筋肉馬鹿とまともに闘り合ったんだ。お前は戦力になる。
俺に付いて来たらこの国から外に出してやるぜ」
「・・・・・」
「今、協力者が得られそうなんだ。その為の一仕事をしたら国の外に連れてってやる。
どうだ、悪い話じゃないだろ。勿論先生さんもちゃんと面倒見てやる」
「僕は戦いたい訳じゃない」
「誰だってそうさ」
苦渋を滲ませたようなシンジの様子に、キャルバートは肩を竦めて答えた。
「・・・戦争なんか沢山だ」
「だから頭押さえられて下向いて生きるのかよ。それともあれか。逃げるのか?」
キャルバートの揶揄するような声にシンジは彼を睨みつける。
「僕は・・・」
「村の連中のことも、国を出たらそれでお終い、か?」
シンジが勢い良く立ち上がった。
タルクが、キャルバートが村のことを知っていたことに驚きながらも非難の声を上げるが、
キャルバートはそれに構わずシンジの睨みつける眼光をただ見返していた。
「ま、いいさ。命賭けるってのは強制するモンじゃない。自分の意思で決めるモンだ。
どの道今日の詫びに国外へは連れてってやるよ。アジトに個室を宛がってやる。
俺達は10日後にアンシェルへ行く。そしてそこで一発かました後が国を出るチャンスだ。
あそこは国境だからな。東側とはまるで逆方向で悪いが。ま、それまでに良く考えな」
キャルバートが立ち上がり隣のトーツェンの肩を叩いて歩き去って行く。
「・・・ほな部屋に案内するわ。付いて来ぃ」
トーツェンの声に3人は歩いて行く。



アジト内、シンジに宛がわれた個室の前。
トーツェンがドアを開けながら2人に言った。
「坊主がこの部屋。先生さんは向かいや。これがキー」
タルクにカードキーを投げて、シンジにも手渡しながらトーツェンは部屋に入る。
シンジもその後に続いて部屋に入った。
「ま、狭い部屋やけど、休むんはこれで十分やろ」
小さなデスクにチェア、ベッドにクローゼット。それだけの部屋だ。
シンジが黙ってベッドに腰掛けると、トーツェンはそれを黙って見て部屋から出ない。
暫くそのまま2人は押し黙る。
「・・・何か飲みもん要るか?」
「いえ・・・」
沈んだシンジの声にトーツェンはガシガシと後頭部を掻き、ポケットから小さな携帯端末を出した。
それを操作して、イヤホンを引出して耳に付ける。
「・・・ミリィか。・・・おお。客の坊主のトコに何ぞ飲みもん持って来てくれんか。・・・ああ?
何でもええやろ。・・・あ?構へんからそのまま来い。・・・でりかしーって、お前ほんなモン。・・・ああ、頼むで」
トーツェンは話し終えてイヤホンを耳から外し、シンジを見る。
「別に何でも構へんよな」
「ええ・・・」
「ん。ガキが遠慮するもんやないで。ミリィなんか食堂のメニューにケチ付けて勝手にメニューの内容
変えたりしよる。それの相手するおばちゃんも大変や。ま、楽しそうに相手しとるけどな」
「・・・・・」
シンジは答えないが、トーツェンは構わず続けた。
「何でおばちゃんやら兵士と関係無さそうな人間がこんなとこにおるかと言うとな、
これは単なるクーデターやないからや。州なり中央なりの軍とガチンコ戦うのんが目的なんやない。
ちまちま隠れながら小競り合いしてゲリラ展開するんともちゃう。政府乗っ取りたいんやない。
わい等が旦那・・・ああ、キャルバート中将のことやけど、旦那が殺されてもうたその真相を掴んでな、
そうしたら、この国を長い間包んできた胸糞悪い空気がな、晴れるんやないか、
それの1歩になるんやないか、そう思うんや。
若大将はこのネタがこの国全体に関わるモンやと睨んどる。事はウィッシュだけやのうてな。
ヒュルデの暴走も、他の州の其々の動きやら日和見やらもな、全部繋がっとるんやないかぁ思うんや。
せやから旦那は消された。
せやからわい等がそれをなんとしても掴むんや。その為にわいは命賭ける。
若大将も先頭立って命賭けとる。せやから皆ついて行くんや。
お前は・・・っと、来たかいな」
トーツェンが話していると、ドアのチャイムが鳴った。
「ミリィか?」
「うん。・・・あの、シンジはん、持って来ました」
「何かしこまっとんのや、あいつは」
トーツェンが妹の声に呆れながらドアを開けた。
「ん。ごくろうさん。・・・何や落ち付きの無い」
エミリアからドリンクのボトルを受け取ったトーツェンは妹の様子を呆れて見やる。
彼女は顔をゴシゴシと擦ったり、服の皺を伸ばしたりとごそごそ動いている。
「そない言うても、お兄ぃが整備中に呼び出すんやもん。うち油塗れや」
「いちお、手ぇは綺麗にして来たんやろ。構へんやないか」
「やからデリカシーが無い言うんよ」
エミリアが兄を睨む。
「・・・何や色気づきおって。大体お前20歳になったら大将に貰うてもらうんやなかったんかい」
「な、何言うのん!あれはうちが8つの時の話やないの!」
彼女は顔を赤くして腕を振り回して声を上げる。
そしてその振り回した腕が兄の顎にヒットした。
「っ!・・・つつ、何や、大将はごっつう男前やないか。何が不満なんや?」
「そ、そういう問題や・・・」
「まあ、ええけどな。兄ちゃんが認めた奴やないと許しまへんで」
「もう、こないな時だけ兄貴振るんやから・・・」
エミリアが大きな兄を見上げると、トーツェンは妹の頭に手を置いた。
「何や、わいは何時だってお前の兄貴やで?」
それを聞いてエミリアは目を丸くした後、顔を赤らめてポツリと言った。
「分かっとるよ・・・」
「ま、何や。わざわざ頼んで悪かったの。お前やないとあかんかったんや」
「ええっ、うち困ってまう・・・」
兄の言葉に再び赤らんだ頬を両手で押さえてシンジを見詰めるエミリアに、
トーツェンは笑いながら彼女の頭を軽く小突いた。
「おら、何言っとんのや。途中やったんやろ、もう戻り」
「もうっ。ほな、シンジはん。今日は良う休んで下さい。お疲れになりはったやろ。うちは失礼します。
・・・お兄ぃ、迷惑掛けるんやないよ。ほな」
エミリアは小突かれた頭を押さえて、兄に舌を突き出したかと思うと、
今度はシンジに向かって笑い掛けて言って、ドアを開けた。
「迷惑なんか掛けへんて。ほな頑張り」
「うん!」
そう返事して彼女は部屋を出て駆けて行った。
それを見送ったトーツェンはドアを閉めて、シンジにボトルを投げて寄越した。
シンジが受け取ったのを見て、彼は口を開く。
「可愛いもんやろ。最近は生意気に胸や尻が張り出してきおったけどな。まだまだ子供や」
トーツェンの表情は優しい。
「16で結婚できる、軍に志願できるゆうてもな、あくまで最低年齢や。
16で大人になれる奴はそうおらん。自分のことで手一杯や。他人まで背負えへん。まして命はな」
シンジがボトルのキャップを開けて口をつける。
トーツェンがエミリアをわざわざ呼び出したのは、彼女の話をするためだ。
「お前幾つや?」
「・・・16」
「ほうか。妹と同い年やな。・・・あいつ、わいとあんまり似とらんやろ。喋りもちいっと感じが違うしな。
わい等異母兄妹っちゅうやつでな。
ま、親父の恥ぃ晒すことになるけど、何処ぞに赴任中に妹のお母んと恋仲になってもうてな。
所謂不倫っちゅうやつやな。わいがあいつんこと知ったんは、あいつが7つの時や。
親父が死んで・・・あいつのお母んもその後死んでもうてな、それで、初めてあいつんこと知ったんや。
んで、“センター”に引き取られる前に、正式にわいの妹として引き取ったんや。
お袋も嫌な顔せんとよう引き取ったもんやと思うわ。あないごねたのは、わい初めてやったけどな。
ほんでまあそれ以来、蝶よ花よ、言うて可愛がって来たんやけどなぁ・・・
すこーし、育ち方間違えとるのぉ・・・」
トーツェンが頭をガシガシ掻いて零す。育て方、は間違えてないらしい。
はぁっ、と溜息を吐いて天井を見上げた。
「・・・あいつここで兵士になりよった」
その言葉に俯いていたシンジはトーツェンの方を窺う。
「元々軍人でも無いおばちゃんやらがここにはおるゆうたやろ。あいつもな、わいに付いて来よったんや。
散々帰れゆうたんやけどな、全然聞きやせん。お袋もあいつの意思に任すなんて言いよるし。
始めは雑用やら何やらそんなことしとってんけど・・・その内に自分も戦う言い出して。
別に戦場に出るだけが戦いやないって、今度こそ言い聞かせようとしたんやけど、
大将が本人がやるゆうならやらせろ、言うて、機動兵器の乗り方覚えてもうてなぁ。
1年くらい操縦訓練して・・・あいつがそれでよう覚えた思うけど。正規の訓練やないからな。
まあ、まだちゃちな小競り合いに何回か出ただけやけどな。
言った通りわい等は派手に動いとる訳やないからな」
トーツェンがシンジの顔を見ると、シンジは再び俯いた。
「わい等の武器は其々軍から抜ける時に個人で勝手に持ち出したもんやとか、
今日みたいに運搬中の物資奪ったりとか、そんなんで掻き集めたもんや。
いや、今日のことは謝るけど。
州軍も部隊によってあんま真剣に抵抗せんかったり、捜索もおざなりだったりな。
ま、それでどうにかこうにかやっとる訳やけど。
坊主がどないな事情抱えてこの国におるんかは知らん。本当に只の旅行者っちゅう訳やないんやろ。
いや、言いたくなかったら言わんでええで。
そんでまあ、何や。これからどうするかは坊主次第やけどな。お前には力がある。
それを使うてみるのも1つの手やないかと、思うんやけどな。
大将が言うてた村てあれやろ。交戦中の部隊ごと吹き飛んだゆうあれ。
その後、付近を移動する所属不明機とヒュルデとのゴタゴタ。ま、大将は怪しい思うてカマかけたんやな。
お前はこの国の騒動にもう関わってもうた。
このまま国を出て、そんで綺麗さっぱり忘れます、言うんが気持ち悪かったらな、
何かしてみるんもええと思うで。覚悟は要るけどな。けどそれで見えてくることもあるかも知れんし。
別に最後までわい等に協力せえなんて言わへん。
まあ、良う考えてみ。どないな結論でもわい等は責めたり蔑んだりせえへん」
シンジがボトルの中の液体が揺ら揺らと揺れるのを見ながら沈んだ顔で聞いている。
トーツェンは続けた。
「大将もきっついこと言うけどな、責めとる訳やあらへん。
・・・あの人も、戦いは好きな訳やないんや。軍人にもなりたかった訳やない。
ま、旦那の手前、士官学校通うとったけどな、大将ホンマは学者になりたいんやと。
“系統人類生物学”ちゅうてな。ま、一口に人類言うても色々おるからな。
ガキん頃から良う遊んだけど、大将いっつも目ぇ輝かして笑うとったわ。
せやから・・・今は辛いんやろうな。こないなこと似合わへんお人なのに。
・・・わいが軍人になったのは、親父や旦那の影響もあるんやけど、
やっぱし一番はミリィを守りたかったからや。あいつが笑って暮らせるようにな。
ここで大将とやっとることも、旦那の無念晴らすゆうんはきっかけで、結局はミリィの為なんや。
せやのにあいつまで戦う言い出して・・・けどわいは止められんかった。
あいつが自分の心でそう決意したんなら、それはわいと同じや。
心配やけど、そんならわいが直接守ってやるだけや。ま、自分でどうにかする言うかもしれへんけど。
あいつ守るんは、わいが勝手に決めたことやからな。
お前も自分で決め、坊主」
トーツェンがシンジに呼び掛けると、シンジは顔を動かさず、はい、と小さく返事した。
「よっしゃ。ほなら・・・っと。長話してしもうたな。今日は休むと良いわ。
何ぞあったら、デスクに端末がくっついとるから、それ使い。
それと・・・明日バイクとオペレートロイド貸したるわ。面は割れてないんやろ?
この州見て廻るとええわ。あんまり州境には近づくんやないで。街廻るんは構へんけど。
好きにしてええけどただ、連絡は取れるようにしとき。何かあったら困るしの。
“10日後にアンシェル”いうんも忘れるんやないで?ほな、良う休み。今日は済まんかったの」
トーツェンは微笑んでシンジに語り掛け、部屋を出て行った。



ベッドの上にいたシリンがシンジを見上げて話し掛けた。
「シンジ、大丈夫?」
「うん・・・」
シリンは尻尾を左右にブンブンと振りながら口を開く。
「好き勝手言ってくれるわ。特にあのキャルバートとか言う若造。
シンジが背負っているものも知らずに勝手なことを・・・」
「シリン・・・」
シンジが悲しげな声で彼女の名を呼んだ。
それにハッとしてシリンはシンジの膝の上に乗って彼の手に慰める様に頬擦りする。
「ごめんなさい。軽率だったわ。許して、シンジ」
「うん・・・いいよ」
「シンジ、いつか・・・道は開けるわ。貴方も・・・」
「うん。いいんだ。投げ出す訳じゃない。それが僕という存在だから」
「シンジ・・・貴方は・・・私にとっては只のシンジよ。いえ・・・従者の私が言ってもしょうがないわね」
シンジの膝の上で項垂れた彼女を、シンジは優しく撫でた。
「そんなことないよ。シリンは僕の親友だもの。ありのままの僕を見てくれる」
「ありがとう。・・・駄目ね。私が反対に慰められちゃ」
シリンは優しいシンジの手の感触に、目を細めて言った。
「ふふ、偶にはいいじゃない。これからのことは・・・もう少し考えたいんだ。いいかな」
「勿論。貴方の思う通りに」
「ごめんね、シリン」
謝るシンジに、シリンは尾を彼の手に絡ませて嘆息した。
「また謝る・・・。もう、何とかならないもんかしら?」
「うん・・・疲れたし、少し寝よう」
そう言ってシンジは横になった。
「そうね。・・・私が貴方を抱き締めてあげられれば良いのに。こんな時この小さな体が恨めしくなるわ。
嫁様の条件の1つね」
「もう、シリンってば・・・」
「駄目駄目。貴方にはそういうことも必要よ。男でも包み込まれたいことはあるんだから。
そうね・・・さっきのエミリアとかいうのも、悪くはないけど・・・やっぱり駄目ね」
シンジの枕元で尾の先をヒラヒラとさせて言う。
「・・・また例のチェック?」
「そうよ。如何なる時もチェックチェックよ。エミリアは悪くはないけど、あれはブラコンと見たわ。
少し子供っぽいし・・・貴方にはもっと包容力のある女が良いわ。2つの意味でね」
シンジが目をシパシパさせながら、シリンの言葉に反応を返す。
「・・・何さそれ。・・・2つ?」
「そう。貴方にはそういう女が似合うし、きっとしっかりした良い女が多いわ。
といっても無条件で包み込むだけじゃそれは母親と変わらないけど。
まあ、貴方と2人、支え支えられが出来るような女じゃないと駄目ってことよ。
それと、2つっていうのは、勿論体も大事ってことよ」
「・・・え?」
「エミリアはちょっと足りないわね。発展途上なんだろうけど。
そうねぇ・・・あの小娘。あの小娘は綺麗な体してたわ」
「・・・・・へ?」
シンジが寝惚けたような間抜けな声を出すのを横から見て、
シリンは彼の胸の上に乗り、シンジの顔を覗き込んだ。
「む・ね・の・は・な・し・よ。あの小娘、貴方の為に服を脱いで破ったでしょう。
大きさも形も良い線いってたわ。肌も綺麗で・・・そう、悪くないわ」
覗き込むシリンの大きく迫った小さな顔を見ながら、シンジが寝惚けた頭を働かせる。
「むね・・・あすか・・・アスカの胸?」
「そう。乳房は抱擁のときにも意味があるわ?やはりそれなりのモノでないと」
「アスカの胸・・・それなり・・・シ、シリン!?」
跳ね起きようとしたシンジの唇に尾を押し付けて黙らせ、シリンは言葉を続ける。
「ほらほら、興奮しないの。貴方の嫁様は美しくないと、ね。
胸も大きければ良い訳じゃないわよ?形や感触も大事。整っていて・・・そう、調和が大切なの。
あの小娘は腰も引き締まっていて、・・・そうね、体全体にメリハリがあるわ。
素材としては一級品ね。あと数年すれば目も醒めるような女性になるわ。
残念ねぇ・・・昔から傍にいれば私や他の者がきちんと育て上げたものを。何とも惜しいわ」
シンジは本当に残念そうに言う親友に目を丸くした後、体の力を抜いて大きく溜息を吐いた。
シリンの尾が彼の口を塞いでいた為、空気の抜けるような音がシューっとする。
「あんっ、擽ったいじゃないの。ま、性格も悪くないかも知れないわ。
気の強い女は大概支配欲だとか母性だとか、そういうものが強いわ。
そういう女は貴方みたいな不器用で純粋な男に惚れるものよ。懐も一度気を許せば広いしね。
まあ、惚れた相手がいたら、ちゃんと言うのよ?私がしっかり相談に乗ってあげるから」
シリンがシンジの口から尾を離して、彼の頬を撫でる。
「もう、シリンは・・・。ひょっとして楽しんでない?」
「うふふ、恋の話が楽しくない女はいないわ。さ、お眠りなさい。
これからのことはまだ考える時間はあるわ。今は体を休めて、ね?」
シリンがそう言って尾でシンジの瞼を上から下に撫でる。
目を閉じたシンジは、すぐに寝息を立て始めた。
シリンはそれを見て、シンジの体の上から降り、悲しげに部屋を見回した。
妙な成り行きで、また留め置かれることとなってしまった。
シリンは尾をだらりと垂らして溜息を吐き、険しい表情―猫面なのでそれは人には分かり辛いが―で
正面を睨む。
「この国の秘密、か。恐らく奴等が関わっているわね。やはり早く出た方が良い。
出来る限り早く、奴等の息の掛かっていない地域へ逃れて・・・そしてそこで帰還の日を待つ。
いえ、こちらから・・・、それも危険か。そもそもこの不安定な国へ入ったのは完全に誤算だったわ。
でもあの時は逃げるだけで精一杯だった。皆殺されて、逃げて逃げて・・・シンジ自身も
危うく殺される所だった。・・・奴等にも誤算だったでしょうね。シンジを殺す訳にはいかないから。
・・・派手に動けばシンジの所在を感付かれる。
・・・・・何でこんな役立たずの私しか生き残らなかったのかしら。私では守ることも出来ない。
あの森でも・・・あの小娘には感謝ね。あんな場所で死なせる訳にはいかないもの。
協力者・・・仲間が・・・必要だわ。でも・・・間諜とも連絡が取れないし・・・同盟国までは遠い。
・・・ここの連中は果たしてどうかしら、ね」
シリンは振り返って、己の主であり、親友の寝顔を見詰めた。
「この優しい子が何故こんなものを背負っているのかしら。一体“何時まで”こんなことが続くの・・・」
シンジは安らかに寝息を立てている。
シリンは表情を和らげて、少し微笑んだ。
「寝ている顔は小さな頃から変わらないのね。貴方と初めて会ったのは、貴方が6つの頃よ。
それ以来貴方は本当に変わらない。純粋で優しいまま。迷ったり逃げ出したりしても
それでもやっぱり前へ進んで行くのね。貴方が背負わされたものは途方も無いものなのに。
・・・貴方に言わせれば“背負わされた”というのは正しくないのかしら?」
彼女は寝ているシンジの頬をそっと撫でた。
「こんな風に寝顔が見られるのは何時までかしら。ふふ、いつか貴方の伴侶だけのものになるのね。
お2人の邪魔をする訳にはいかないものね。
貴方は・・・優しくて純粋で、でも不器用で・・・それでも苦しくても前に進む男らしさもあるわ。
そういう風な貴方を見ているとね、何とかしなくちゃって思っちゃうのよ。
自分1人で立って生きようなんて、そういう気が強くて前に突き進むような女は
貴方みたいな男に弱いの。放って置けなくなるのよ。包もうとして、でも貴方の優しさにも包まれて。
貴方の嫁様もきっと貴方のそんな所に惚れるわ。ふふ、どんな方かしらね」
シリンの“手”がシンジの髪を撫でた。
シンジが少し寝言のような声を漏らす。
「貴方をとことん愛してくれる女は、どんな女なのかしら」
優しくシリンが見守っている。
「貴方がとことん愛する女は、誰なのかしらね・・・」


アンシェル行きまでの10日間。
シンジ達はここで過ごすことになる。




同じ頃、アスカもまたアンシェルへ行く準備を進めていることは、当然知る 由も無かった。




7へつづく


あとがき

読者の皆様、こんにちわ。
リンカです。

えー、今回6話は、
「ウィッシュ人、そのウィッシュ気質」
「シスコン・トーツェンの漢気物語」
「シリンにお任せ!お嫁選びのセクハラ講座」
の、3篇でお送りしました。

・・・まあ、それは置いておくとしまして、
ウィッシュの人達が怪しげな関西弁を話しておりますが、これはウィッシュ訛り、と思って下さい。
ウィッシュ語と言ってもいいでしょう。
決してこの場所が関西地方という訳ではありません。

トーツェンが誰かさんに似ているのは何ででしょうね。因みにこの方はウス ラデカイ筋肉馬鹿です。
妹さんはくりくりした可愛らしい女の子を思い浮かべて頂ければ宜しいでしょう。
ま、要するに遺伝子に喧嘩売るほど似ていないということです。不思議やわぁ。

相変わらず訳の分からないお話で申し訳無い所ですが、
そのうちシンジとアスカの嬉し恥ずかしストーリーが始まるはずですので。


では、次もお楽しみ頂けるなら大変嬉しく思います。
これで失礼。


リンカさんから6話を頂きました。
読み終えた後にはぜひリンカさんのお話に感想お願いします。

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