ほしよみ


著者:クドリャフカ
2008.02.28





普通ではない街にある、普通に見える中学校の、ごくごく普通の昼休み。
普通な顔して過ごしてる、普通ではない女の子。
どこでも売ってる普通の雑誌を彼女が手にしたところから、このお話は始まります。



‐1‐

昼休みを告げるチャイムが鳴ってから約5分。
アスカは窓際の席にお弁当を置き、サッとカーテンを閉めた。

本名、惣流・アスカ・ラングレー。
赤い色を好む女の子。
大学卒業の経歴を持つ中学二年生。
エヴァンゲリオン弐号機の専属操縦士。
別名、セカンドチルドレン。
これは、エヴァンゲリオン操縦士としての適性を世界で二番目に認められたため。

ちなみに、エヴァンゲリオン操縦士としての適性を認められたものは他に2人。
ファーストチルドレン、綾波レイ。
サードチルドレン、碇シンジ。
どういうわけか、この3人は、同じ中学校の同じクラスに所属していた。


アスカはイスを引いてストンと腰を落とし、横に立っている女の子に無言で着席をうながした。

彼女の名前は洞木ヒカリ。
アスカの親友にして、このクラスの学級委員。
おさげ髪のにあう女の子。

ヒカリは自分の方へ少しだけカーテンを引っ張ってから、アスカの一つ前の席へ後ろ向きに座った。
そしてそのまま、お互いに声もかわさず、めいめいに食事を始める。


アスカが何もしゃべらないのは、いつものごとく考え事をしているからであった。


お弁当のふたを開ける。

  不愉快極まりないが、事実認識は正しく行わなければならない…

箸を取り出す。

  一昨日のテストの時点では…

ウインナーを箸でつかむ。

  私と弐号機とのシンクロ率が、トップスコアではなかった…

ウインナーを口に入れる。

  弐号機は初号機よりも優れているはずだが…

ゆっくりと咀嚼する。

  パイロットとのシンクロに関する特性が、弐号機と初号機とで異なる可能性がある…

卵焼きを箸でつかむ。

  弐号機とのシンクロ率の向上を図るには…


万事こんな調子である。
既に大学を卒業し、エヴァンゲリオンの操縦士を務めているアスカにとっては、
中学校で得られるものなど何も無いと考えていた。

一方のヒカリは、食事中ずっと手元の雑誌に目をやっている。
一心不乱に雑誌を読んでいるために、終始無言なのであった。



やがて食事を終えたアスカは、カーテンを少しだけ開けて、
直射日光が自分に当たらないように気を使いつつ、
窓の外を眺め始めた。

  L.C.L.やプラグスーツは全員同じ条件なのだから…


ふいにヒカリが口を開いた。


「ねえ、アスカも占い好きよね」



‐2‐

アスカは机に頬杖をついたまま、日に照らされた自慢の髪を何とはなしにいじりつつ、
ただただ窓外の雲を見上げている。
目の前にいる親友の質問にも、目をあわせずに生返事。


「べっつに〜。当たるわけないし」


まあまあ、なんて言いながら、ヒカリはページをめくった。

大親友のことだから血液型は先刻承知。誕生日なんて聞くまでもない。
お目当てのページを大きく開き、頼まれもせずに読み上げるのは、仲がいいのか悪いのか。


「大きな発展のある月になりそうです。
 恋愛運が好調なので、気になる人をデートに誘うには絶好のチャンス。
 特に、単なる仕事仲間や友達だと思っていた人が、
 プライベートでも大切な存在になっていくかもしれません。
 たくさんの人と接することで、その人たちの良い面を取り入れることができる時でもあります。
 何事にも積極的に行動することを心がけてください」


アスカはいかにも眠そうに、頬杖くずして机に突っ伏し、
窓の方へと顔を向け、バカバカしいとつぶやいた。

窓際の席さいこう。ひるねさいこう…。
食事を終えたばっかりで、日のあたる席にいるものだから、
アスカの覚醒レベルがどんどん下がる。


「まだ終わりじゃないわ。
 今日の運勢は…と」

該当箇所を人差し指で押さえつつ、ヒカリは勝手に次へと進む。
互いの顔をまるっきり見ようともしないこの二人、仲がいいのか悪いのか。

「身近な異性と急接近しそう。
 いままで意識していなかった人の魅力に気付くとき。
 相手も、自分にないものをあなたに見て、それを評価してくれるので、
 見栄を張らず、素直な気持ちで正直に自分を表現していってください」


彼女はアスカの反応を注意深くうかがったけれど、アスカは微動だにしない。
これはどうやら本当に寝てしまったのかもしれなかった。

寝ているのならしょうがない、これで最後、と、そう考えて、
いたずらっぽく笑いかけた洞木嬢。



「身近な異性かぁ。
 一人いるわね」





アスカはガバッと跳ね起きて、両手を机に叩きつけ、憤然猛然反論開始。
「はあ!?なに言ってんのヒカリ!
 やめてよ。確かにシンジとは一緒に行動することは多いわよ。同じクラスだし、同じパイロットだし。
 でも身近っていうのは違うでしょ!どう違うって?だ、だから、アイツは同僚なの。そう、同僚!
 クラスメートやら職場の同僚やらが全て身近な異性だって言うんなら、ジャージバカだって該当するでしょうが。
 魅力に気付くとか見栄を張るなとか、そういうテキトーなことを真に受けるのやめてよ。
 とにかく、あのバカは身近な異性なんかじゃないんだから!」


窓枠にもたれかかって目を閉じて、涼しい顔の洞木嬢、
息を切らしたと見るや、流し目つかって厳しい指摘。

「でも、同棲してるじゃない」


アスカは息を大きく吸い込んで、
「はあ!?なに言ってんのヒカリ!
 やめてよ。確かに同居はしてるわ。同居は。だけどそれは作戦の都合上、ネルフの作戦部の
 命令で仕方なく、しかたなくやってるの!あの分裂するヘンテコリンな使徒のせいで
 2体同時に攻撃しなくちゃならなくなったからよ!いい迷惑よね!ホント。でもまあ、あの作戦を
 アタシが完璧に遂行したおかげで、こうして平和な日常を過ごせるんだから、ヒカリももっと感謝したっていいのよ?
 はあ?なに?その作戦は完了したのにどうして今も?
 そんなの決まってるじゃない、…保安上の都合よ、そうよ、保安!エヴァのパイロットっていうのは
 アタシみたいな天才美少女が何年も訓練を積んではじめて務まるの。超重要人物なわけ!
 当然護衛が必要になってくるけれど、それには一ヶ所に集まっていたほうがやりやすいの!そうなの!
 リスク分散?ファーストは?知らないわよそんなの!
 とにかく、あのバカと急接近なんてことは無いんだから!絶対!」


ニヤリと笑った洞木嬢、こんどは一転、身を乗り出して、
あごの前で両手を握って、おめめをウルウルさせながら、

「彼、料理とか得意なんでしょ?
 結婚するならそういう人よね」


「はあ!?なに言ってんのヒカリ!
 やめてよ。たしかに食事を作ることはあるわよ。だけど普通よフツー!料理が得意?誰に聞いたのそんな嘘!
 最近は慣れてきているみたいだけど、上手ってのとは意味合いが違うから!口にするのもはばかられるような
 恐ろしい物を食べなきゃなんないんなら、必死になって当然ってこと!
 え?…違う!アタシじゃなくて!ミサト知ってるでしょう?自称保護者。アレがひどいのなんの!
 粉ポカリをそのまま食べるなんてのは序の口でね、コーヒーにコーラを混ぜて飲んだりとか、そんなのばっかり!
 こないだなんてね、カップラーメンにレトルトカレーを入れるだけでは飽きたらず、その上からすりおろしニンニクを入れて、
 福神漬けをのせて、胡椒をかけて、ビール飲みながら食べてんの!もはや人間じゃないわね、奴の味覚は!
 あんなの口にするぐらいなら誰だって自分で作るわよ。シンジときたら『自分の好みの味を作れてるんだから
 技術的には下手じゃないんだよ』なんて言ってるんだけどね、そんなこと冷静に分析してどうすんのよ!ホントにバカね!
 だいたいねぇ、あんなバカはアタシの眼中に無いの。頭脳明晰、容姿端麗、唯一無二の絶対的エースパイロットっていう
 アタシみたいな完璧な人間の場合、つきあう相手にもそれ相応のものが要求されるのよ!そういうふうに決まってんの!
 あらゆる状況に対して冷静沈着・大胆不敵に行動できるような、素敵で無敵でカッコいい大人の男じゃないとつりあわないの!
 わかるでしょ?わかんない?わかんなさいよ!
 とにかく、このアタシがあんなバカを意識するなんてことは未来永劫ないんだから!絶対!」


ほとんどムキになってまで、アスカは必死にまくしたて。
顔が真っ赤に染まっているのは、怒っているのか違うのか。
ヒカリはそんな様子をすっかり無視し、
「まだあるのよ、ほら」
なんて言いながら、開いた雑誌をニヤニヤしながらさしだした。
アスカは雑誌をひったくり、にくい雑誌に一瞥くれると、目に飛び込んだのは仕事運。

 仕事運 ☆☆
 いままでの仕事にミスが見つかって、対応に時間をとられそう。
 慌てて対応せずに手順をよく考えて。

「いい!?
 こんなの絶対に当たらないっていうのを今日一日で証明してみせるわ!」

「当たった方が嬉しいんじゃないの?」

「自分の運命は自分で切り開くの!」


やっぱり否定はしないのね、そう思いつつ、指摘するのは止めておく。
話が妙な方向にずれてしまった気もするし、もう十分に楽しんだ。

お昼休みの終了をチャイムが告げると同時に、洞木嬢はこの話題への興味を失くしてしまいました。
一体全体この二人、仲がいいのか悪いのか。



‐3‐

アスカは憮然として、ヒカリから受け取った雑誌を半分に折り、机の上に置いた。
英語の教師が関係代名詞について講義しているが、今はそれどころではない。
ついさきほど、5限目の国語の授業にて、期限をむかえた課題を提出できなかったのだ。
お昼に聞かされた仕事運の話を思い出し、思わずヒカリをにらみ付けてやったのだが、
ニヤニヤ笑いを返された。
無論、この課題の再提出に関して、
対応に時間をとられることも、手順を検討する必要性も、無いとは思うのだが、
このままではシャクである。
何がって?
「こんなの絶対に当たらないっていうのを今日一日で証明してみせるわ!」
なんて言ってしまったからだ。
決してそれ以外の理由ではない。

しっかし、これってねぇ…。

この週刊誌には、12星座別・血液型別の1週間の運勢が細かくのっていた。
今週発行のこの雑誌の、今日の曜日の運勢をあらためて読み返す。

 ラブ運 ☆☆☆☆☆
 身近な異性と急接近しそう。
 いままで意識していなかった人の魅力に気付くとき。
 相手も、自分にないものをあなたに見て、それを評価してくれるので、
 見栄を張らず、素直な気持ちで正直に自分を表現していってください。

自分の誕生日と血液型からは、ラブ運☆5つが導かれるらしい。

…まあ、これを否定すればいいのだ。
今日という日はもう半分以上経過している。
放課後、きっちりとケリをつけてやろうじゃないの!



‐4‐

碇シンジは、綾波レイを見るたびに思い出す。

『大丈夫。碇君は私が守るもの』

宣言どおり、彼女は自分を守ってくれた。
目標をはずした自分に時間を作ってくれた。

今度は自分の番だと思う。
できる限りのことはしたい。自分にできることなど限られているけれど。
寂しそうにしてるなら(本当は違うかもしれないけれど)声をかけてみよう。

グーを握って、ちょっとだけ近づいてすぐ引き返し、後ろ向きのままで考え直して、
という動作を3回ほど繰り返してから、意を決してシンジが声をかけた。

「なに読んでるの?」


沈黙が苦しい。

彼女はほんのちょっとだけ本を持ち上げた。
どうにか表題と著者を見る。

「中島敦?誰?」

「さしずめ碇君は三蔵法師ね」

はぁ。
よく分からないが、著者についての質問には回答をもらえず、
いきなり内容の話をされているらしい。

「弐号機パイロットは孫悟空」
「赤毛猿ってこと?」

シンジが連想したのは、彼女のイニシャル S.A.L と髪の色からつけられた陰口のこと。

「そうじゃない。読めば分かるわ」
「ふうん」


ふと、背後から呼ばれた気がした。



‐5‐

「シンジ!」

なに?
なんて、間抜けな顔して近づいてくる。

ヒカリも言うように、身近な異性なんて1人しかいない。
こいつの魅力に気付くなんてことは、当人が魅力を持ちあわせていない以上、無用な心配なのであるが、
ここはひとつ、より積極的に、こいつのダメダメな部分を再確認してやろう。


「いい?アンタは、ドイツのことを分かってない!」

そりゃそうだよと思いつつ、口にはしない穏健派。

「F1ドライバーといったら?」

「う〜ん、ベルガー?」

「違うから!オーストリアだから!
 ていうかシューマッハーでしょ!まずは!」

「へぇ」

無知にもほどがある。
減点1だ。


「じゃあサッカー選手は?」
「ドイツの選手はあんまり知らないし…」
「じゃあ、誰が好きよ?」
「バティストゥータ」
「あんなの力任せに蹴ってるだけじゃない!」

そこがいいんだよ、と言っているのに、聞く耳もたないアスカ嬢。
ここでも減点1らしい。


「好きなら好きでいいんじゃないの?」

唐突かつ意味不明な質問に対して不満を漏らすシンジに対し、これ見よがしに首を振って

「アンタってホントにオコチャマね」


さすがのシンジも少し怒ったのだが、そんなことは無視し、
アスカはやたら低い声音で問いかけた。

「ヒカリが結婚の話をしてたんだけどさぁ。
 アンタは結婚てどう思う」

「どうって?」

「だから、結婚してずっと一緒って、なってみたい?」

シンジを睨みつけるようにして反応をうかがう。

「ずっと一緒?
 それじゃあ、クマのプーさんだよ」

しれっと言われたセリフに、アスカの表情が複雑に変化する。
怒る…のも変だし。悲しくなんかないし。

けれどもその様子にシンジは気付かない。
「でも、伴侶が見つかるってのは素晴らしいことだよね」


死ぬまで何十年も、力を合わせて生きていく。
そんな決意って、どういうときにするものなんだろう。

父さんは、どう考えたんだろうか。

サングラスの向こうの冷たい目。
彼がプロポーズする姿は、いくら想像しようとしてもシンジにはイメージできなかった。


なにやら思案しているアスカを見て、
また怒っちゃったかな?なんて考えてたシンジの視界へ静かにすべり込んできた女の子。

「あっ、ねぇ綾波」
躊躇せず声をかけるあたり、さすが本編主人公。

途端にムッとするアスカ。
もちろんこれは会話を一方的に打ち切られたからであって、決してそれ以外の理由ではない。

「帰るの?一緒に帰ろう?」

「でも」

レイの視線はシンジを突き抜けて反対側へ。

「仲がおよろしいこと〜」
アスカの嫌みったらしいセリフに対して、

「サヨナラ」
まるで捨てゼリフのように。


レイが出て行くまでの数秒間、アスカは彼女をにらみ続けて、見えなくなるのと同時に吐きすてた。
「フン、優等生が」

「そういう言い方やめなよ」

シンジが顔をしかめつつたしなめる。

「優等生のフリしてるの、自分の方じゃないか」



シンジはボソッとつぶやいた。
はっきり怒るわけじゃなく、言葉を飲み込むのでもなく。
アスカでなければこんなこと、シンジは言わなかっただろうから、
二人の関係をよく表してはいるのですが。

「アタシのどこが!」

激昂したアスカは両手で胸倉へつかみかかり。
シンジは眼をそらしながら、自分をつかんだ腕を指差して。

「こういうの、人前じゃやらないでしょ」

「アタシにここまでさせる程のバカはアンタぐらいしかいないからねえ!」


シンジはアスカを振り払い、急ぎ足で出て行った。



‐6‐

不愉快である。
はっきり自覚できるほど不愉快である。

…図星だから?

違う!
バカにバカって言われたようなものだからだ。
人の顔色を窺ってばかりいるくせに。

だいたい、あいつが朗らかに笑うところなど見たことがない。
いつも、そう、いつも、照れたような困ったような薄笑いを浮かべるのみ。
それがアスカは大嫌いだった。
なんでそうやってヘラヘラ笑っていられるのか?

アイツが笑っているのは、笑顔で取り繕うしかない自分自身なのだ。
何をしたら良いか分からず、笑う。
笑うしかない自分を、笑う。
だからきっと、ずうっとあの笑い方を続けるに違いない。
気持ち悪い。


授業が終わった帰り道、あいかわらずのうだるような暑さの中を、アスカは一人で歩いていた。
カバンを右肩にかつぎ、半分に折った雑誌を左手に持って、ぼんやりと考え事。
湿った温かい風が、アスカの髪を躍らせる。
顔にかかってくる前髪を左腕で払いつつ、やまない風の中、何気なく空を見上げた。
積乱雲が出ている、そう思った瞬間、脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。

夕方というにはまだ早い時間。
帰宅したら弦楽器の音が聞こえてきて、
中に入るとリビングのガラス戸が開いていて、
その向こうに、西日に照らされた入道雲が見えて、
チェロを抱えて座っている姿が逆光に照らされ、輪郭だけ光っているように見えて、
声をかけたら「おかえり」ってニッコリ笑って…。

アスカは頭をブンブン振った。



火山の火口、マグマの中で、
ケーブルが切れて、機体が沈み始めて、
もうこれで終わりなんだな、と何の感慨も無く思ったそのとき、
腕をガッシリとつかまれて、
見えもしない顔が見えた気がして、
その顔は苦悶しつつも強がって笑ってみせていて…。

アスカは頭をブンブン振った。
これでは妄想だ。幻覚だ。
どうかしてる。


体をはって助けてくれた?
耐熱装甲を準備できなかったスタッフが悪い。
それだけのことだ。



‐7‐

「待ってよ、綾波」

シンジが声をかけると、レイは静かに振り返った。

「どうして」

レイの発言は省略が多すぎるのだが、
不思議と、心の中の全てを問われているような気がしてくる。

「断られなかった…よね。
 それと」

アスカが朗らかに笑うところなど見たことがない。
いつも、というわけでもないが、
何をしているときにも、ふとした瞬間に、遠くにある何かを鋭く睨みつけるような顔になる。
そういうとき、シンジは漠然とした不安、というか原因のわからない胸騒ぎを感じる。
それは実に嫌な気分だった。
そういう一瞬は、長く一緒にいる自分しか知らないようだが。

彼女が戦っているのは、誰でもない、自分自身なのだろう。
きっと365日24時間戦いつづけているのだ。
それは彼女の強さの元であり、同時に疲弊をさせる、諸刃の剣なのだ。

シンジには、戦い“続ける”必要があるとは思えなかった。
何かのきっかけで、若くして頂点に上り詰めたテニスプレーヤーのようになってしまうのではないか。

一方でまた、
『屈辱は3倍にして返す』
という意味合いのことを発言した際の声音と表情が、強い心象としてシンジの内に残っている。
生みの親も育ての親も、引っ越してからの職場も同級生達も、みんなみんな、
同じような目をした人ばかりだったのに、
彼女は違ったのだ。
その瞬間、彼女が自分達とは、自分とは、決定的に違う、生きている人間なのだと悟ったのだった。
そして知らず知らずのうちに、自分自身も彼女の影響を受けて活力を得ていたような気がしてならない。

「いいところもいっぱいあるんだ。
 例えば?
 そうだね、努力できるところ、かな」

「わからない」

「いいんじゃないかな、それで」

微笑んだシンジを見て、レイはやっぱりわからないという顔をした。



‐8‐

ようやく日の暮れた19時過ぎ、シンジが夕食の準備をしていると、
今日もまたマンションへと重低音が近づいてきた。
この部屋の主だ。

早い時間に仕事を切り上げて真っ直ぐ帰ってくるのは、
彼女なりに気をつかっていることの表れなのだろうとシンジは思う。

自分はいままで、保護者だという人たちから保護者らしいことなどしてもらったことが無いと思っていた。
そもそも保護者らしいことって何だろう?

家にいて、いつでも話ができるとか、
衣食住を保証するとか、
きっとそういう、積極的な行動ではない何か、なんだろう。

そう思うと、同居人の「缶ビールが恋しいんでしょ」という悪態も
シンジには微笑ましく思えるのだった。



食事の時間になり、アスカは渋々といった態で席についた。
今はシンジにも、自称保護者の葛城ミサトにも会いたくない気分なのだが。

アスカから見ると、ミサトという人物は常にお気楽である。
悩みが無いというのは、ある意味うらやましい。

「やっと直ったわ〜」
「何が?」

相変わらず軽い調子のミサトに、アスカが不機嫌さを隠そうともせずに聞き返す。
ミサトは怪訝な顔をして
「エヴァに決まってるでしょうが」

「エヴァ?」


アスカは、エヴァンゲリオンのパイロットを務めているんだという意識が
一瞬飛んでいたことに気付く。


「今まで破損箇所があちこちあったけど、ようやく3機万全になったのよ。
 これで作戦の幅が広がるわ〜」
「けっこう長くかかりましたよね」
「ほ〜んと。
 ……を受け止め………の腕が……なかなか……」

ミサトがまだ何か話しているが、アスカの耳には入っていない。


どうしてだろう?
アスカは無意識のうちに腕組みをして、ちょっと首をかしげた。
考え始めた途端、なんとなく、不愉快な結論に達しそうな予感がしてきたので、
“めずらしい日もあるもんだ”
ということにして、腕組みしたまま一人で強くうなずいた。

そこへ突然鳴り出す電話。
急いで自分の部屋へと戻り、机の上に置きっぱなしだった電話機をとると、相手はやっぱり大親友。

「どうだった?占い当たった?
 魅力に気付いて急接近しちゃったんじゃない?
 あらためて見なおしてみると、けっこうカッコいいとか。
 きゃ〜」

昼から続くハイテンションは、からかってるのか違うのか。

「はあ!?なに言ってんのヒカリ!
 やめてよ。占いなんて当たるわけないでしょうが!
 そもそもあのバカに魅力なんかあるわけないっての!
 アイツはねぇ、バカで、ドジで、アタシにだけは生意気で、
 命令を聞かないわ、エヴァを暴走させるわ、ファーストにちょっかいだすわ、とにかくタチが悪いんだから!
 だいたいねぇ、カッコいいって言った?なに言ってんの?アイツのどこがカッコいいのよ!
 髪がサラッとしてる?顔立ちが整ってる?バッカみたい!そんなのねぇ、アイツが本気出して戦ってるときの顔に比べたら……ん?
 あ!
 あ〜、と、とにかく、あのバカの魅力に気付くなんてことは無いんだから!絶対!」

電話口からけたたましい笑い声が聞こえてきたので、アスカは慌てて電話を切った。

くっ、覚えてなさいよ。
もし誰かに話そうものなら、霞梵天をお見舞いしてやるから!

ヒカリについては、瀬戸内寂聴が自ら封印したという伝説の必殺技で息の根を止めるからいいとして。
あのバカはどうしてくれよう。
そもそもの原因は全て奴のせいなのだ!
文句言ってやらないと!

そう。ビシッと言っておかなければならない。
私はアンタなんか好きでもなんでもないし、
アンタなんか見てないし、
アンタに見てもらう必要なんか無いし。

「シンジ!」
アスカは部屋から怒鳴った。
「ちょっと来なさいよ!」

しかしやってくる気配がない。

携帯電話をベッドの上へ放り投げ、部屋の扉を後ろ手で乱暴に閉じ、
「シンジ!」
ともう一回怒鳴って
リビングへ入ろうとした刹那、

「呼んだ?」
とひょっこりシンジが顔を出したもんだから、
ゴツッと鈍い音がして、一瞬目の前が真っ白になり、二人とも廊下にひっくり返った。

「何すんのよ!」
「ごめん…」

すぐに立ち上がってシンジを見下ろし、
「どうしてアンタはそういつもいつも、ボケボケッとしてるのよ!」

さすがにシンジはふてくされて、
「アスカが急接近してくるからじゃないか!
 頭から当たるなんて…」

「なにが急接近よ!
 アンタが当たってきたんでしょうが!」


 ……きゅうせっきん…?
 …………あたった……?


突如静かになったアスカを不思議そうに見上げていたシンジだったが、
見る間に顔が真っ赤になった彼女から危険を察知し、
あわてて耳をふさいだけれど、残念ちょっぴり遅かった。


「アンタバカァ!?」



今日も今日とてこの街に、自称美少女の絶叫が、こだましたのでありました。


おしまい。


クドリャフカさんから短篇作品をいただきました。

アスカも星占いとか気にするのですね。
やはり、恋絡みのこととなると気になってしまいますか‥それもシンジとのことですからね。

まだ友達以上恋人未満な感じが素敵なお話でした。感想メールアドレスを公開しておりませんので、クドリャフカさんへの感想は掲示板へどうぞ。

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