手作りのぬくもり

byクロメ


この日、葛城邸ではいつものように2人の少年少女の声がこだましていた。


「なんでそんなこと命令されなきゃいけないんだよ!」

「アタシはエースパイロットなのよ!当然でしょ!!」

「そんなのアスカが勝手に言ってるだけじゃないか。」

「なんですって!?アタシの才能を認めないつもり!!」

「そんなこと言ってないだろ!」

「なんなのよ、バカシンジ!!!」

ガッシャーンッ

大きな音とともに、ダイニングにあったテーブルが倒れた。
少年が時間を費やし、趣向を凝らして作ったおいしそうな夕食たちが、無残にも床にぶちまけられている。

「あ…
アンタが悪いんだからね!!アタシの言うこと聞かないから!!
アタシ知らないっ!」

その光景をリビングで静観していた2人の保護者はおもむろに口を開いた。

「アスカ…しんちゃんに謝りなさい。」

「な…なんでアタシが謝らないといけないのよ!
シンジばっかりひいきしちゃって。」

「ひいきじゃないわ。
シンジ君はせっかく夕食を作ってくれたのよ?
それをダメにしたんだから、謝るのが当然でしょ?」

「あれくらいで倒れるテーブルが悪いのよ。
ミサト買いなおした方がいいんじゃないの?
そ…それに、アタシは夕食を作ってなんて頼んでないわよ。
アイツが勝手に作ってるだけじゃない!!」

「アスカ!!」

「知らないわよ!!アタシ謝らないから!
もう、シンジが作った食事なんかいらない!!」

バタバタバタ…

「アスカ!」

保護者の制止を振り切り、少女は自室へ走って行った。

「まったく…
私のおつまみ、どうしてくれるのよ。」

これが本音か。


「ミサトさん、すみません。
今作り直します。」

「あ、しんちゃん、今日はもういいわよ。
アスカもああ言ってるから呼んでも夕食食べないだろうし、
店屋物かなにか頼みましょう。」

「はあ…。」

「で、なにを言い合いしてたのよ?」

2人の保護者は大好きなビールをちびちびやりながら、少年に尋ねた。

「聞いてたんじゃないんですか?」

「いつものことだから、内容まではちゃんと聞いてなかったのよ。」

「…今日、僕、弁当を作っていかなかったんですけど、
そしたら、学校でアスカが怒りだしちゃって、
それを見てたトウジやケンスケから冷やかされたんです。
『痴話げんか』って。」

「そりゃそうでしょうね〜。」

「え?
…で、アスカが、『冷やかされたりしたのは僕のせいだから、
明日の弁当には自分の好きなものばかり入れろ』って言いだしたんです。
でも、急に言われたって材料もないし、無理だって言ったら…。」

「は…?それだけ?」

「はい、そうですけど…。」

(くだらない…くだらなすぎるわ…。
そんなケンカのために、私の大事なおつまみが…。)

「あの…僕、言いすぎたから、アスカに謝ってきます。」

「しんちゃん!今回は謝っちゃだめよ!!」

「え…なんでですか?」

「いつも、あなたばかり謝ってるじゃない。
たまにはアスカから謝らせなさい。」

「でも…アスカはきっと謝らないから…。」

「そうでしょうね。
どうせ今日もしんちゃんが謝りに来るってたかをくくってるわ。
だから、謝ってくるまでご飯抜きよ。」

「え!?そんなのアスカがかわいそうですよ。」

「私はあなたたちの保護者よ。
ちゃんと人として成長してもらわなくちゃ困るわ。
謝るってことも人としてとても大切なことなの。
アスカには今回、それを学んでもらいます。」

「でも…。」

「しんちゃんも、アスカの成長のために協力しなさい!」

(私のおつまみの恨みは根深いんだから!)

やっぱりそっちか…。



「おなかすいたわ…。
アイツ、珍しく謝りに来なかったわね…。」

空腹に耐えかね、少女が部屋を出てきたのは深夜12時。
冷蔵庫に残りものでもあるだろうと物色しにやってきた。

「あら…何もないじゃない。
もう!レトルトでもいいわ。
…何よ、そんな買い置きもしてないの?危機感ないわね。
そういえば、アイツ全部手作りのものばかりだから、そういうものは買ってないのかしら…。
確かに、アイツの作る料理はおいしいし…。」


ひとりぶつぶつと冷蔵庫の前で思案している少女の背後に近付く影…。

「あれ?アスカ?」

そう、同居人の少年である。

「!!」

「どうしたの?冷蔵庫開けて…。
もしかして、おなかすいちゃった?
でも、ごめん。今日は夕食店屋物取っちゃったんだ。だから残り物がなくて…。」

「ち…違うわよ!!そんなわけないでしょ!?
アタシは喉が渇いたから、牛乳を飲みに来たのよ。」

そう言って、パックごとごくごくと牛乳を飲み下す。

「え…あ…そうなんだ…。
僕も喉が乾いちゃって…。」
(ミサトさんから謝っちゃいけないって言われてたけど、普通に話しかけるのはいいんだよね?)

心配そうに少女を見つめる少年。

「な…なによ、なに見てるのよ。」

「…ううん…。
あの…明日の弁当だけど…。
ハンバーグだけなら材料あるから作れるよ?」

「え…?」

「アスカが言ってた他のおかずは無理だけど、ハンバーグだけなら…。」

「アンタバカ?
アタシにあれだけ言われたのに、まだお弁当作るつもりだったの?」

「でも、アスカ、僕の作ったお弁当おいしそうに食べてくれてるから…。
別に購買に行ってパンやおにぎり買ってきてもいいのに、僕の作った弁当食べてくれるでしょ?」

「そ…それはアンタが作るからでしょ。」

「うん。でも、アスカおいしそうに食べてくれてるから、僕うれしいんだ。」

「バカじゃないの?」

「へへ…。
僕、これまで誰かにご飯作ってあげて、それをおいしそうに食べてもらったことなくて、
変かな?こんなの。」

「別にいいんじゃないの?アンタがそれでいいんなら。」

「うん。
ねえアスカ。アスカは、僕に他にしてほしいことはない?」

「な、なによ突然。」

「僕、アスカのために何かしてあげたいって思うんだ。」

「なんでよ。」

「分からない…でも、アスカには何かしてあげなきゃっていう気持ちになるんだ。」

その言葉を聞いた少女は、これまでになくやさしい表情で少年を見つめた。

「…もう十分よ。アンタはそこにいさえすればいいのよ…。」

「え?」

「だから!アンタはアタシのそばにいなさい!分かったわね。」

「?う…うん。そんなことでいいの?」

「アタシがいいって言ってるんだから、それでいいのよ。」

「…うん、分かった。」

にっこりとほほ笑み、見つめ合う少年と少女。
こんなやり取りを学校でやっていれば、少年の友人である2バカにからかわれることは必至。
まあ、それに気付かないのは本人たちだけ、というところだろうか…。

「あのさ、アスカ。
本当はミサトさんからダメだって言われてるんだけど…。」

「な…何よ…。」

「さっきはごめんね。
僕、言いすぎちゃった。なんか分かんないけど、アスカには言いやすくてついつい色々言っちゃうんだ。」

「え…べ…別にいいわよ。アタシも言いすぎたし…。
わ…悪かったわね。」

「え…?
アスカ…今謝ったの…?」

「は?」

「アスカが謝ってくれた。すごいや。」

「何言ってるのよ。」

「アスカが…あのアスカが僕に謝ってくれたんだよ!」

嬉しそうな少年の横で、少女は徐々に顔を紅潮させていく。
嫌な予感が漂う中、少年はそれに全く気付く風でもなく…。


「うるさいわね!!アタシがアンタなんかに謝るわけないでしょ!!
調子に乗るんじゃないわよ!!!」

「え…ええ〜!!
じゃあ、さっきのはなんだったのさ。
『悪かったわね』って言ったじゃないか!!」

「聞き間違いじゃないの?アンタボーっとしてるから。」

「ひどいよアスカ!!そんなの…」


真夜中の葛城邸にまたもやこだまする2人の少年少女の声。

2人の保護者である葛城ミサトは、この劣悪な環境の中、
ひとり、焼酎の空瓶を抱きしめ、睡眠を貪るのであった。

「んん〜おつまみ〜…。むにゃむにゃ…。」



終わり♪

クロメさまより短編第二弾。

こちらも一皮剥けばらぶらぶな二人です。もうミサトさんも酒でも飲まないとやってられないですね。それにしてもビールじゃなくって焼酎なのか…(笑

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