居候は甘い夢を紡ぐ
第5話
こめどころ







「という訳でお嬢様、わたくしは旦那様を裏切ってしまいました。もうラングレー
家にお仕えする訳には参りません。」


がっくりと打ち萎れた様子で、家伯の冬月はミサトの家のテレビ電話の中で頭を垂

れていた。この一件で諜報部数百名が路頭に迷うことになる。むろん、筋金入りの

精鋭達であり、今回の事は家伯が正しい。お嬢様の為にやるだけの事をやって悔い

はない。旦那様の御勘気が解けるまで工事人夫をしても食いつないでいけるのだか

ら心配しないでくれと、なおも意気盛んなのだ。だがそういわれれば言われる程、

そうですかと言えないのが冬月という男であった。


「そうなの、困ったわねえ。」


アスカはぬくぬくした柔らかいフィッシャーマンズセーターを着込みテレビ電話の

前で頭を傾げた。金の髪がさらさらと流れ落ちる。ちろ、とミサトの方を眺める。


「い、いくら何でも20億の金では数百人の人間とその家族の面倒は見れないわよ。
正確には何人なの?854人?1日2回お弁当を支給するだけも、奥さんと子供1人平
均として854x3x2x600円のお弁当で3074400円・・・。」

「月あたり9223万2千円ですね。」


きっぱりとシンジが言う。それもたった600円の弁当を日に2回支給するだけで、だ。

弁当は服やふとんや電気水道ガス宿舎にはならない。医療費だって掛かる。みんなで

困った困ったと頭を抱えていると突然ミサト先生が笑い出した。ぎょっとする3人。


「いやあ、ごめんなさいねえ。良いわよ、ドーンと面倒見ようじゃないの。」

「でも、何処にそんなお金が在るのよ。たしか預金が12億ぐらいしか残っていなかっ
たでしょう? 全額入れても1年くらいしか・・・。」


アスカが疑わしそうに眉間にしわを寄せてミサトを問いつめる。ミサトはにっぱ、と

笑うと、机の引き出しから何やら取り出した。


「私だって先の事くらい考えているわよ。5億円を投じて買った宝くじの中からこれが
当たったのよね。全部で32枚あるわ。」


何処の世界に宝くじを5億もかけて買う人間がいるだろう。とシンジは思ったが

現にここにいるのでは何も言えない。問題はいくら当たったのかという現実だけだ。


「で、いくらあたったのよ。」

「これだけあたったのよ。」


色とりどり、カラフルなデザインの宝くじを机の上に並べるミサト。


「これって、いったい何処の宝くじ?」

「第一勧業銀行の宝くじでない事だけは確かだよ・・・アスカ。」


ミサトがメモを見ながらいう。


「これが、メラネシアのマグロくじ、ブラジルのカポエラくじ、ロシアのヤルツーツク
自治区毛皮くじ、メキシコのテキーラくじ、アルゼンチンの牛くじ、オーストラリアの
豪邸宝くじ・・・・。」


聞いているうちに、アスカの顔が不満げな膨れっ面から、だんだんげんなりして来て、

最後には怒りのあまり青くなって来た。


「何か・・・聞くからに現物支給っぽいクジばかりなんですが、ミサトセンセ。」

「バッカねえ、だからこそ当選確率が高いんじゃないのよ−。」


シンジは2人の会話を聞いていて思った。


「世の中でアスカ以上に我田引水な論理を展開する女の子っていないと思っていたけれど
ミサト先生も相当なモンだな・・・。」

「で、結局結果はどうだったのよ。マグロが30匹あたったというのは確かに凄いけど
幾らになるの?」

「一匹平均500万円にはなる最高級マグロよん。引き取り先はメラネシア共和国スバイ港
超低温倉庫前・・・。」

「現地でしか渡さないって物をどうやって取りに行くのよ。超低温倉庫のついた輸送船の
チャーター料がいくらかかるか知ってんの?そのあと売れるまでは今度は築地の倉庫を借り
なきゃ行けない訳よ。」


アスカが渋い顔でマグロくじの上にバツをつける。


「ははは、次行ってみようかあ。毛皮くじはシベリア産の虎の毛皮よ。値段がつけられない
程の価値があるわよねー。一億にはなるんじゃない?」

「それって、国際保護動物でしょ。持ち込む事すらできませんよ。」


疲れ切った声でシンジが呻いた。


「じゃ、じゃあ向こうで買う人を見つけて・・・。」

「さすがミサトねー、密輸グループと渡りをつける訳ねー。」

「そうそう。」

「だぁぁぁぁぁーっ。馬鹿言ってんじゃな−一いっ!却下却下あああアッ!」

「だいたいこの籤は、発行者が書いてませんよ。現地のやくざやさんにでも騙されたんじゃ
無いですか?あれ?たからくじですらないじゃない、これ。」


そう言ってシンジが取り上げたのか勝利の暁には額面の30倍で買い上げると言う保証書の

付いた札束であった。


「それは何か現地では有名な通貨だから心配ないのよ。」

「ここに何か書いてあるわよ。・・・・クメールルージュってなにこれ。」

「それは20世紀末に崩壊した何処か東南アジアの共産政権じゃ無い?歴史で習ったことが
有るよ。まあ、お土産的価値は有るかも。」

「日本のティッシュペーパーの方がまだ価値が有るわね。」


さて最後に残ったのが段ボールに詰まった宝くじ。破いて開けて擦るというタイプ。

これだけは未だチェックしていない。


「凄い量ね・・・うんざりだわ。今まで実際には幾らになってるの?」

「さあ・・・・物凄く御都合主義に考えて3万円くらいじゃ無いかな。ミサト先生はこれを
47億円と計算してたんだからね。」

「何処をどうすれば3万円を47億に算定することができるのよ。」

「せめて日本の籤だったらもっと歩留まりがよかったんだろうけどね。」



さすがのミサトもうち萎(しお)れてやけ酒をあおっている。

「いいわよいいわよ、私がメラネシアまで行って、日本のの漁船に売り付けてくるから。」

等と喚き散らしている。



「これも当たってないだろうね」

「あったり前じゃない、当たってたらあたし学校のトレ掃除当番3ヶ月やってあげるわよ。」



堆く高く積み上げられた南米のスピード三角籤、やはりちっとも当たっていない。ここまで

当たらないというのも才能かも知れない。

(そう言えばミサトさんは本編では軍人でしたものね。当たったら困る職業なんだ。)



「やっぱり徒労だったわね・・・。」

「指の先がじんじんするよ。さ、これは明日の燃えるゴミに出さなきゃね。」

「五億円の紙屑かぁ・・・。」


その時、はらりと段ボール箱の底から一枚の籤が舞い落ちた。








「わーはははははは!

矢でも鉄砲でも持って来ーい!」






3日後、換金を終えたミサトは黄金のキャデラックオープンカーの上に仁王立ちになって
フラッシュを全身に浴びていた。



「まあ、悪運が強いと言うか何と言うか・・・さすがの私もまいった。」

「世の中には悪魔の付いてるような方がいらっしゃるんでございますねえ。」

「まあ、これで諜報部のみんなは路頭に迷わなくて住む訳ですね。良かったじゃないですか。」


シンジの手にした新聞には、


『驚異!宝くじ歴史上最高金額。
1392億6700万円獲得!』

『金はある所に寄ってくる!
なんと五億円のまとめ買い!
宝くじの女神も目が眩んだか!』


などと言う見出しが、これ以上大きな活字はないという大きさで並んで、なんと裏表を開いた

ぶち抜きで、ミサトのこれ以上笑えないという顔が、どアップになっている。



「まぁ、なんだ。これで生活の心配も無くなったし、あたしらも受験に専念できるわね、シンジ。」

「そうだね、アスカ。でもこんなに家庭教師はいらなかったんじゃないの?」


シンジの後ろには現役の大学教授から世界トップクラスの研究者までが問題集を持って並んでいる。

さらに金に開かせて世界中から受験のプロ、記憶術のオーソリティーを集めたのである。


「なにいってんのよ。万がいち受験に落ちたら一緒の大学にいけなくなっちゃうのよ。」

「うっ、うう〜ん。」


幼い頃から英才教育を受けているアスカは記憶のコントロールや暗記、志望校の出題パターンなど

完璧に刷り込まれている。脳の機能は完全に思考を巡らせることに使い、暗記などと言うものに、

時間を割かなくてもいいのだ。こういう技術が身に付いていないシンジはそうは行かないのである。


「はあああ。」


深いため息をついてもやるしかない。、可愛い恋人と、未だ見ぬわが子の為だ。

巨大ホテルのペントハウスがシンジとアスカの勉強部屋。

その周囲はもとラングレー財閥諜報部の猛者達が十重二十重に取り囲み、全ての騒音源をシャット

アウトしている。暴走族などはホテルから5kmの地点で対地ミサイルと重機関砲の餌食である。

1ヶ月後、優秀な諜報部を駆使して世界中から集めた優良技術を持つベンチャーへの投資開始。

アスカとシンジが受験勉強に汗を流す中(アスカは見張りと御褒美の配給係りだ。いったいどんな

御褒美を与えられているかと言うと、勉強がはかどっている時程、シンジの顔がやつれていたとか

いう話だが、さだかではない。)ミサトの投資会社はその間にもどんどん巨大化していく。


さていよいよ2人の受験の日がやって来た。アスカのお腹も大きくなり、シンジの頭も有用無用の

知識で、はち切れんばかりある。



「いよいよだね!僕のアスカ!」

「がんばってね!私のシンジ!」



志望大学の前で、ひしと抱き合って熱烈なキッスをかわすふたり。周囲の受験生の顔色が変わり、

手から参考書を取り落とすもの、鼻血を噴き出すもの、色々である。


「ちくしょ〜〜〜ッ、俺だってなあ、俺だってなあ。あああっ、あああ−ッあの時のお!」


滝のような涙を流しているのは、いつぞやの大学爆発事件の際の受験生であろうか。

既に旧ラングレー財閥諜報部はダークスーツとサングラスに身を固めて大学周囲に展開済。



さあ、いよいよ決戦の日だ!








居候は甘い夢を紡ぐ5ーーー22/10/01 こめどころ


 こめどころさんから『居候は甘い夢を紡ぐ』第5話をいただきました。

 前回の続きは兵糧問題からの始まりですか。
 数字で裏付けられた明確でリアルな奥行きを備えていますね。‥‥備えてるよね。

 なんだかミサトが滅茶苦茶な宝くじをあてたりして、リアリティも無いかもしれないけど(^^;;でも、ミサトさんらしいリアリティは備えていると思います〜。‥‥今度はアスパパの援助じゃないんですよねぇ‥‥たぶん‥‥。

 さて、いよいよ二人の決戦。結果はどうなるか?

 続きも楽しみですね。ぜひ、こめどころさんに感想メールをお願いします〜。

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