居候は甘い夢を紡ぐ


第三話
こめどころ






「あつつつつ・・・。」


目がさめると頭の中がグわんグわんと揺れた。嵐の海の船の上で、大鐘が打鳴らされ
ているようだ。

そうだった。昨日は正体がなくなるまで飲んだもんなぁ。服もちゃんと・・。大丈夫
だったのかなあ。私すぐ脱ぐ癖あるもんな。加持とだって脱ぎはじめた私を送っていっ
て、身体の関係になった訳だし。送り狼よね。あれ、ああいうのは送り狼とは言わな
いかな。まあいいや。どっちにしろ昔の話よ。あ、アスカはどうしたかしら。

枕元に牛乳のリットルパックが置いてあってびっしりと水滴が付いている。

そういえばアスカが起こしにきて何か言ってたわよね。服とか入り用なものを買いに
いくって言うから財布をわたしたんだっけか・・・。その時牛乳を・・・。いいとこ
あるじゃない。二日酔いにはなんて言ってもモウモウちゃんのおっぱいが一番よねー。

ミサトはパックの口を引き開けると、ごくごくと喉を鳴らして半分程一気に飲み干し
た。そして大きな満足のため息を漏らすと再びベッドに潜り込んだ。




「インナー、シャツ、ワンピース、ジーンズ、パジャマ。こんなものかしらねえ。」


ここは市内の大きなデパート。アスカはこの店がお気に入りである。大きな籠にいっ
ぱい服を積み込んでいる。そこに、汗をフキフキ、まだ若い店員が駆け付けて来た。
ネームプレートには外商部とある。


「あっ、アスカ様!今日はまた急な御越しで。言って下されば私がお屋敷までお迎え
にいきましたものを。」

「あら、日向さん。私今家にいないのよ。ちょっと訳ありで担任の先生のところに住
んでるのよね。」


こそこそと柱の影に隠れて話し出す二人。


「わ、訳ありって、じゃあ、あの話は本当だったのかい。勘当されて追い出されたっ
ていうのは。」


彼、日向まことはこの白白デパート外商部の花形である。花形と言ってもアスカを通
じてラングレー家の購入物品を全て引き受けられるようにしたと言う事なのだが。つ
まり彼はダメダメ社員で追い出されそうになった所を、学校のクラブの先輩だったた
め、アスカがひとはだ脱いだと言う訳である。


「あら、良く知ってるわね。」

「僕のところにも回状がまわって来たよ。ラングレー家に付け回しはいっさいまかり
ならんって。」

「へえ。意外と細かくやって来たわね。ま、兵糧攻めにされるのが一番応えるけど。
まあそんな訳で、節約しなくちゃいけないんだけど外商通すと安くなるでしょ。あ、
部長がきたわよっ。」


外商部としても大得意のアスカがくれば部長が挨拶にくらい来る。知り合いだから実
績が上がったと言うのでは日向の立場もあるので、あくまでも客と営業として他人の
前では振る舞わなければならない。


「アスカ様。こういう時だからこそ言わせて頂きますが、こんなフランス製やイタリー
製のブランドインナー類を買って、節約なんかできっこありませんよ。これ一枚で普
通の下着から服から、全部揃うんですよ。下着なんか一枚300円のからあるんです
から。」

「なにそれ。そんなものがあるの?」

「買い物の費用、全部その先生が出すわけございましょう?ここへ来る前に机とかタ
ンス、ベッドとかもお買い上げなさったようですが、今までの今日の御買い物総合計
はすでに198万円を越えております。何処の世界にそんな額をポンと出せる学校の先
生がいるんです。」

「だって、それより安いの無かったんだもの。」

「私のデスクは高校から使ってる、3万円の机ですよ。」

「うっそお!私がうちで使ってる机って幾らなの。あんたが売り込んで来たのよ。高
校生になった記念にもなるからって。ヒマラヤ一本樫を丸彫りにしたとかいう机。」

「あれですか?あれはたしか1138万円?・・・だったかな。アハハ。」


やっぱりダメ社員だ。





日がとっぷりと暮れ、ようやく起き上がったミサトの前にアスカがちょこんと座って
いる。


「それでね、その45万円の机を止めて近所の家具屋さんを紹介してもらったの。そう
したら何と現金正価25万8千円の机があったのよ。その値段で、私がいま使ってる机
とまったく同じサイズで、見た目もそっくりなのよ。しかも日向さんに教えられた通
りもう少し何とかなりませんかって言ったら、送料込みで8万にしてくれるって言う
のよ。」

「そりゃあまあ、この年末の忙しい時期に勉強机買う人ってあまりいないでしょうか
らね。その机の値札、別になにか書いてなかった?」

「ええっと、特売!ってかいてあった。8万3千って赤い字で。」


熱いシャワーを浴びて酒を抜いたばかりのミサトは、全裸にガウンを羽織ってタオル
でガシガシと髪を拭きながら聞いていた。そのこめかみがぴくぴくっと痙攣した。


「それで、デパートではこのスウェーデン製の22万8千の椅子を買ったと。」

「それは仕方ないわ。変な椅子に座ると脊椎に影響が出るって言うじゃない。」


真顔だ。他にも個人オーダーのブラとか、アフガンの絨毯とかとんでもないものを買っ
ている。いいものはいい。だけどそれを貫ける人間なんて殆ど居ないって事をアスカ
は知りもしない。だから困るんだよなあ。


「だってミサトのうちの床に傷が付いたらいけないと思ったんだもの。」

「はいはい。気を使ってくれてありがとうね。」


現金を引き出してそれで即金ですでに支払ってしまっているので返品もきかない。泣
きの涙のミサトだった。


「とほほほ。この調子じゃ1千万がすぐぱあだよ。短けェ夢だったな。」


その時、チャイムが鳴り響いた。


「誰よ。こんな時間に。」

「お届けものにあがりましたあ。」

「あ、この声は外商の日向さんだわ。」


それを聞いたとたん、ミサトは玄関に走った。バン!とドアが開いた。


「ちょっとあんたねえっ、世間知らずのアスカ捕まえて400万からの買い物させる
たぁどういう了見なのよっ!事と次第によっちゃア、出るとこ出るわよっ!」

「あ、ミ、ミサト先生?」

「え、あ、あんたもしかしてホッケー部の日向君?」


そのとたん、ミサトの出る所のバーンと出た凶悪なバディを包んでいたガウンの帯が、
バラリ、とほどけた。


「きゃああああああっ!」


マンション中に、いつになく女らしいミサトの叫び声が響いた。


「へえ、そうなんだ。ミサト先生はアイスホッケー部の顧問だったの。」

「当時僕らは3年生でね。ミサト先生はまだ初々しい大学を出たばかりのほやほやの
先生でさ。随分皆して熱を上げたのさ。」

「既に初々しくなくて悪かったね。日向君からもらったラブレターまだ持ってるわよ
ん。」

「ほんと!見せてえっ。」

「せ、せんせいっ!」

「冗談よ、冗談。呵々かかかか。」


3人の和気あいあいとした笑い声が部屋に響いた。400万はどうなった。




一方その頃。


「すまんのう、碇君。お嬢様がいなくなった以上ドライバーもいらんと言う旦那様の
判断でのう。永年この屋敷に住んだ君には酷な話とは思うのだが。」

「いえ。友人の子供と言うだけで今までずっと育てて頂いただけで・・・。過分な退
職金も頂いて、3年生の学費も出して頂いて。僕の仕事っていっても、アスカお嬢様
の付き添い、免許とってからは運転手ってだけでしたから。かえって申し訳なかった
んです。」

「お嬢様は何処へ言ってしまわれたのかのう。」


しらとぼける家伯。
頭を無言で下げて歩み去るシンジ。雪が激しく降り出した。12年間住んだ屋敷が影
だけになって、彼を見送る。6歳の時から住んだ家である。アスカとの思い出が一杯
ある。両親を失った夜に一緒に寝てくれたアスカとお母さん。厳しいけれど優しい目
をしていた社長。いろいろな思いでが通り過ぎる。


「アスカ、どこへいっちゃたんだよ。赤ちゃんがいるのに無理しないでよ。」


シンジは本当にアスカが何処にいるかしらないようだ。


「シンジ君に、暇を出しました。手渡しで50万。彼の給与口座には950万が退職金
名目で振り込んであります。」

「うむ、それでいい。シンジがアスカの男なら、自由になったら必ずアスカを迎えに
行く筈だ。金の心配はもはや無いのだからな。もし関係ないとしても一番アスカが心
を許しているシンジに連絡を入れる可能性は高い。仲を取り持っているかもしれん。
シンジから目を離すのではないぞ。先生の方も破綻しないようにさり気なく自然に取
り図るように。」

「そこはぬかりありません。」


シンジは盛り場をアスカを求めて歩き回った。もしかして、と思ったのだが、みて回
るうちに、あの誇り高いアスカがこんな所で遊ぶ事も働く事もするわけがないと思い
直し、安ホテルへと入った。


「なにするつもりっ。」

悲鳴と熱く押さえた声。

「はあっ、はあっ、はあっ。」

「君が好き。」

体中に噴き出す汗。

「やめてよ、信じてたのにっ。」

「もう、待てない。」

抗う腕をはね除ける。

「もう、こんなになってるくせに。」

フラッシュバックが延々と続く。

「あんたを。」

細切れに繰り返されるおぞましい場面その断片。

「もう少しだけ待って。」

「お願いっ。」

「きみを。」

食いしばる歯がギリッと鳴った。

「だって、だっていつかどこかへ行っちゃうじゃないっ。その前に。」

熱い吐息。

「そうなってもかまわないっ。」

パシン!赤くはれる頬。

激しい想いに燃える目、怯えに引き締まる唇。

「口先だけの約束なんてっ。」

荒々しい息遣い。

「馬鹿言わないでっ。あたしがいつっ。」

「いやだっ。誰にも君をわたしたりしないッ。」

手と手が争う。脚が股を割り込んでくる。下着に手が触れる。

「いやっ、離してっ。」

シンジの手がアスカの服の端に掛かる。ばりっ、鈍い音がして胸元が裂けた。



アスカは飛び起きた。


「もう、とっくに許してあげたのに、あの時の事。」


やっぱり、どこかに信じ切れていない気持ちがあるのだろうか。まぎれもなくこのお
腹の子はシンジの子だけど、愛しあってできた子じゃないから?でも、私はずっとシ
ンジが好きだったし。シンジだってそうだった。でも、この子はあくまでそれが明ら
かになっていなかった時の子だ。あの時私は、シンジに裏切られたとしか思わなくて
ずっとシンジの事憎んでた。あいつに当たり散らして。だってシンジに獣みたいに扱
われたんだもの。男の子ってそういうもんなのかって、絶望したんだもの。でも、妊
娠したのが分かった時あいつは逃げなかった。改めて私に謝罪して、どうか自分と結
婚して欲しいといった。意地になっていた私はそれを思い切り拒絶したけど。本当は
すぐにでもあいつを受け入れたかったの。縋り付きたかったの。


「先生、あたしどうしたらいいと思う?」


アスカはぐっすり寝込んでいるミサトに言った。


「素直になんなさい。あたしみたいになりたくなければね。」


向こうを向いたままミサトは応えた。アスカは吃驚したが、静かに応えた。


「うん・・・自分の気持ち。良く考えてみる。」

「そうね、それから早く彼氏に居所を教えてあげるのよ。」

「知ってたの?」


ミサトは声を出さずに笑ったのでふとんの山が震えた。


「迎えにきてって、すぐに受け入れちゃうの、悔しかったんじゃないの。」

「あ・・・。」

「あんた、似てるんだもの若い頃のわたしに。もう、笑っちゃうくらいね。」


雪が静かに降り積もっていった。







次の日、ミサトの部屋は、アスカの大型の荷物が搬入されると一気に狭くなった。



「なんでタンスが3つもいるのよっ。」

「家には7つあったからこれでもぎりぎりなのよっ。」

「段ボールに入れて積み上げときゃいいのよっ。」

「ミサトじゃあるまいし、そんな野蛮な事できないわよっ。」

「すみませーん。こちら加持ミサト様のおたくですかア?赤木法律事務所の者ですが
。」


やれやれ、今度は法律が攻めて来たか。


「なんでしょうか。私がミサトですが。」

「あの、直裁に申し上げますが、旧東京市の荻窪に住んでいたあなたの伯母様の息子
さんが亡くなられまして伯母様も既に亡くなられてお子様も他の係累もありませんで
したのであなたに財産の相続権が回って参りました。」

「はあ・・・そうですか。」

「あなたが相続放棄されますと、この財産は国庫に収納されます。」


チンプンカンプンだ。第一父が死に続いて母が死んだ時、そんな伯母がいた記憶もな
い。ましてその息子のとなればまったく分かる訳もない。皆、セカンドインパクト後
の明日をも知らない日々の中、施設に収容されるしか私の生きる道はなかった。


「はあ、それで伯母は何を残したんでしょうか。」

「この新東京市に、8LDK180坪のマンションが一件と、時価6億の家屋付き地所
物件。ラングレー財閥系の未公開株式1億2千万円分。あと、貯金が815万6千1
28円。負債は自動車ローンが320万程。」


どうもピンと来ない。だいいちそんな伯母に覚えはない。まあ両親揃って学者などと
言う家だったから、金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんであったという可能性はあるけれど。


「お受けになりますよね。是非受けましょう。国庫の収納じゃこっちはタダ働きになっ
てしまうんですわ。この未公開株式だけでも公開上場時に売却すれば10億以上にな
るんですよ。まあ全部でざっと20億といったところでしょうか。」

「にじゅ、にじゅうおくう?」


百万、は分かる。一千万で怪しくなる。一億、といわれると自信がない。10億だと
一体それがどういう額なのか実感が丸でない。落として惜しいのは1万円札であっ
て10億落としたとしてもあまり惜しいと思えない・・・。


「まあ、これで少なくともアスカに食いつぶされる心配だけはなくなったかな。」


などとミサトは考えていた。そうだ、差し当たりはその広いマンションに引っ越そう
かしらね。アスカの赤ちゃんだって産まれてくる訳だし。





その頃シンジは駅の立ち食い蕎麦で280円のかけ蕎麦を啜りながら、アスカとの新
居を何処にしようかと考えていた。




つづく/07-Augー2001



あとがき

さて、やっとアスカのお腹の赤ちゃんのパパが判明しました。いやあ意外な人物でし
たね。<ばればれだっての。
ミサト先生も甘甘アスカパパのおかげで、成り金状態。何処が自然なんだって?また
ダメ営業の日向君が大儲け?赤木法律事務所も大儲け?辛い目にあうのはお約束のシ
ンジ君。今回もどうなるんでしょう。<どうなるんだろうねいったい。
それにしてもシンジ君らしくない展開ですな。彼にあんな度胸があったとは。

それでは続きをお楽しみに。

 こめどころさんからの連載3話目です。
 ついに、謎の(笑)アスカのお腹の子供の父親がわかりましたね。

 やはりシンジ君でしたか〜。

 はやくアスカを迎えに行って欲しいです‥‥でも、知らないのか(笑)
 それにしても、シンジ君もなかなかヤルものですね(謎)

 みなさん、ぜひ、こめどころさんに感想メールを送ってください。

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