居候は甘い夢を紡ぐ


第二話
こめどころ





惣流家、書斎。


「旦那様、お嬢様は学校の担任の所に、転がり込まれたようでございます」


ぴくぴくと主人の眉間の立て皺が神経質に震える。


「家をたたき出せば男の所にやむを得ず転がり込むと思ったが、担任の所とは。うーむ」

「隠したいと思っている相手の所にまっすぐ向かうような娘はいないと思いますが」

「そう言われればそれももっともだな」

「ですから、勘当などと無駄な事はおやめになるように申し上げたのです」

「しかし、他に父親の威厳を示す方法が思い付かなかったのだ。アスカがもし儂の前で泣いて 縋って来たら、間違いなく儂は今回の件を許してしまっていただろうからな」

「御同情申し上げます」


昔の執事のような趣のある秘書部長が深々と頭を下げた。代々秘書を勤めている一家のもので あるので、秘書と言うよりはやはり執事とか家伯に近い扱いなのだろう。実際彼は会長と呼ぶ のは、会社にいる時だけで、屋敷に戻れば「旦那様」と呼んでいる。主人のの呼び方はつねに 「伯父貴」だ。主人とても一定の敬意を払っているこの人物は惣流財閥の裏のNo2といえる。 


「あの女教師、名前は何と言ったかな。アスカが転がり込んだとなれば、大変な物入りになる のは見えている。伯父貴よ。そっちのほうはあんたに任せる」

「は、すでに手配済です」





アスカと先生は家路を辿っていた。学校から地下鉄で10分。東高円寺の駅からさらに10分。
地下鉄の駅を地上に上がると広い公園と幹線道路が走っている。その道ぞいに3分ほど行った 所にあるレンガの外壁を模した瀟洒なマンションが先生の借りている部屋である。


「さーて。やっと仕事も終わったしぃ。ッと、今日はコブが付いてるんだったな−」

「コブって何よ」


アスカが膨れている。


「まあまあ、これからいいとこに連れてってあげるからん」

「????」


先生の部屋で制服をぬがされ、楽な格好に着替えたアスカは先生に連れられて再び外へ。
マンションの1階は、酒処である。


「みんな、こんばんはー」

「ちわーっす」

「らっしゃいっ。今日はいい寒ブリがはいってるようっ!」


満面の笑み。そのへんがパーッと明るくなったような気がする。待ち構えていたように
人々が二人の側に椅子を持って座りはじめた。


「おっ、加持ちゃんじゃないか。仕事上がったのかーい?」

「今日は可愛い子連れてるねえ。何処の子だい?」

「ウーン、ちょっと訳ありでねえ。2、3ヶ月預かる事になるかもなのよゥ」

「アスカ・ラングレーです。よろしく」


ひとしきり、髪や目の色に付いて盛り上がる。小さい頃はこのためにいじめにあったりした 事もあったけれど、今はこのおかげで誰とでもすぐ仲良くなれる。とアスカは前向きに自分 の容貌を捕らえていた。その間にミサトがアスカに貸した格子縞のマントコートを壁のハン ガーにかけてくれる。続いて自分の短コートを壁にかけるとチャコールグレーのセーター、 ぴったりしたコットンパンツとロングブーツ姿が現れた。アスカが全く知らなかった姿だ。
か、かっこいいな。と思うアスカ。


「初日から飲み屋かい。いい保護者じゃねえなア」

「何いってんのよ。この子はノン・アルコールですからね。勧めたりしちゃダメよっ」

「へいへいっ。じゃあ、まず食事っすね」

「そうね。適当に頼むわ」


アスカはミサトの袖を引っ張って小声でささやいた。居酒屋になんか来るのは初めてだった ので、注文の仕方やメニューの事などを聞いていく。そして気になっていた事を尋ねた。


「先生は、ここでは加持って名前なの?偽名?」

「ううん。わたしのほんとの名字よ。葛城って言うのは結婚前の名字なの。まあ芸名ね」


先生はコップになみなみと注がれた日本酒をすーっと喉に流し込みながら答えた。


「結婚、してたんだ。学校では8年待たされてるって言ってたけど」

「結婚生活はしてないけどねー」

「え、なぜ?すぐ離婚しちゃったの?捨てられたの?」


苦笑いをしながら、モロキュウをぼりぼりと齧る。
遠慮の無い子だ。いいうちの子って、真っ白だけど悪気なくまっすぐだから困るのよね。


「離婚なんかしてないわ。捨てられてもいない。でもね、人生色々あるのよ。避けたくても やってくるものがあるってことかな」

「ごめんなさい・・・」


聞いてはいけない事を聞いてしまった事にすぐ気が付いたアスカがしょんぼりして謝った。

(「この子、ほんとに根っからいい子なのねえ」)


「いいのよっ。もう昔の話よ。私は、そいつが帰ってくるのを8年、好きで待ってるんだから」


そう言って、アスカの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「あん、先生。くしゃくしゃにしちゃイヤ」

「はっはっは。まあ、あんたが思ってるよりも世の中はほんの少し複雑なのかもね」


男の人のように明るく豪快に笑う加持ミサト先生。
思っていたよりずっといい人なのかも知れないなあ。
と、アスカが思っているとがやがやと人が外に集まって来て、酒場を回るイベント部隊のような人 たちが店にどやどやと入って来た。店長と交渉を始める。美人ちゃんのコスプレ部隊が、半ダース ばかりついているので客は大喜び。店長もほっぺたにキスされて苦笑いしながら、とうとう許可を 降ろした。


「みなさーん!今日は新しい煙草『ヘブンスドア』、おなじみ『エヴァ』の拡販に参りましたあっ」


バッと一斉に毛皮のコートを脱ぎ捨てると、その下には扇情的な際どい切れ込みの入った、殆ど 布がないみたいな水着を着こなしたナイスバディが、ぷりぷりと出現した。
店のおじさん達、大歓声!(<なぁにそれ、作者の趣味丸出しじゃな−い。:ア)


「うわーお!好い女揃いじゃないの!こっちへ来ねぇっ!」


ビールを大ジョッキで立て続けに2杯開けたミサトは上機嫌で女の子達を呼んだ。店のまん中に陣取っ ていたアスカとミサトはナイスバディ軍団にわっと取り囲まれた。
煙草のサンプルをもらって次々と煙にしていく。


「今日はアンケートにお答え頂いた方に、特等一千万円の当たる宝くじもやってます」


あちこちでサンプルと一緒に籤が配られる。たいていは製品1カートンとか、お姉さんの着ている
Tシャツプレゼントとかといったものだが、中には1万円が当たるコースなどもある。特等が1千万円
という訳だ。


「いいわねえ。これルノーのレストアかぁ。クラシックカーとして飾るもよし、自分で乗るもよし」

「こちらの方もどうぞ」

「え、っと」


ちらりとアスカはミサトを見たが、上機嫌のミサトはレディのお尻を撫でたりして、キャーキャー
やっている。籤を引く。ついでに勧められるまま煙草ももらった。ついつい、好奇心に負けて煙草を
くわえて、火をつけて吸った。


「むはむは...げほげほっ。苦ーい」


我慢してさらに2息、3息吸うと、くらくらするわ、気持ち悪くなるわ・・・。


「と、特等10000000円!あたったーっ!」


その時、ミサトの引いた籤を端末で確認していた軍団のレディが大声で叫んだ。


「えっええええええ〜〜っ!!」


店にいた全員が総立ちになった。


「ミサトさーんっ、僕と結婚して下さいっ!」


飛びついて来た2、3人を叩き伏せて、ミサトはゆらっと立ち上がった。


「ふぅん、一千万かぁ、まぁ邪魔にはならないわねぇ」


にやにやッと顔が崩れる。


「ようし、今日は私のおごりよ−ッ」

「ウオオオオオッ、さすが太っ腹ミサトさーん!」


どんちゃん騒ぎの大宴会が始まった。
軍団ガール達ももはや仕事は放棄してちゃっかり宴席に加わっている。
悪のりした店主が『本日おごり』と、「本日のお勧め」のうえに黒々と 大書する。大声で艶歌をがなるやつ、軍団レディーを口説きはじめるやつ、
ここを先途と、栄養補給に余念の無いもの・・・。


アスカが気がついたときには宴会は既に終了していた。河岸のマグロの ようにごろごろと大人達が倒れている。起き上がるとまだ気持ちが悪い。


「うえ〜〜。やっぱり煙草なんて馬鹿がのむものね。もう2度と吸わないわよ」


ぶつぶつ言いながら起き上がリ周りを見回す。何よこの惨状は・・。とあきれる。
煙草軍団のコスチュームのまま、あられもなく身体を投げ出したまま眠りこけて いる女の子が数人。他の子達はデリバリーされてしまったのだろうか。そして パンツ一丁で丸まっている若いサラリーマン。女の子の毛皮を被って高いびきの おっさん。生ビールの樽を抱えたまま眠っている店長。そしてその景色のど真ん中 に、ビールのジョッキの林の中で、何と素っポンポンのかっこうで大の字で寝てい る自分の担任。


「あ〜〜。いくらなんでもこりゃあひどいわね」


その辺に散らばっている下着や服を着せても全然目を醒まさない。あきれた。
その担任の腕を両肩に載せ、ずるずると引きずって店の外に出る。降り出した雪が 放射状に自分を包む。汗だくになりながら何とか部屋の前まで辿り着いた。ミサト のポケットから鍵を引っ張り出す。


「うう〜ん、加持くーん」

「気楽なもんねえ」


おもわずつぶやく。そして、愛しい自分の恋人の顔を思い浮かべた。



「ばか・・・。さっさと迎えに来なさいよね」













つづく


 こめどころさんからの投稿連載第二話目です。

 実は甘ちゃんアスパパ。結構いい人ですな。

 それとミサトさん、うーん、人に歴史ありですね。加持さんはどうしたんでしょ‥‥

 まだ見ぬアスカのボーイフレンド。是非よわよわでなよなよとした微少年を期待したいとこですね(笑)

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