学校帰り、買い物を済ませて帰ってみると、

リビングでクッションを抱きしめて、

アスカが寝てた。


丸くなって、猫のように。





*******




嵐が訪れる前の静けさは、彼女に幸福な夢見を与えていた…………。




*******









〜女の浪漫〜









「アスカ? …………寝てるのか…………。

 まったく、制服を着替えもしないで…………、

 幾らなんでも、クーラーかけたまんま寝たら、風邪引いちゃうよ」


とりあえず、お腹に何か掛けておいてあげないとマズイな。


僕は自分の部屋からタオルケットを取ろうとして…………止めた。

自分が今朝使ったばかりのタオルケットを、

アスカに使わせる訳にはいかない、よね? やっぱ…………。

いや、それはそれで、こう………なんて言うか……………、

そそられるシチュエーションと言うか…………、

それはそれでOK! と言うか…………、

…………って、イカーーーン!

これでは変態さんじゃないか僕!

しっかりしろ僕!!


はぁぁ〜っ、はぁぁぁ〜〜〜っ、(←深呼吸)

落ち着け、シンジぃ…………お〜け〜、どんと、うぉ〜り〜。


念の為に精神統一用のラジオ体操(マニアックな『第二』の方)を一節踊って、

気持ちを落ち着けた後…………、


次に、アスカの部屋からタオルケットを取って来ようとして…………やはり止めた。

入り口の襖には『勝手に入ったらコロス』のホワイトボード(ミニ)。

僕には分かる。これは冗談でも何でもないのだと。

彼女なら殺るだろう、ためらいも無く。

僕はまだ…………、命が惜しい。


第二新東京の松代西中の国語教諭 菊池先生、ゴメンナサイ。

『将来の夢』って作文に書いた事、アレ嘘です。

「死んでしまっても別にかまわない」なんて嘘です。

楽しい事見つけました…………一応。

今は生きるのが楽しんです…………多分。


訓練も受けてないド素人なのに、

イキナリ『切り札の決戦兵器』の操縦任せられちゃったり、

訓練通りに「目標をセンターに入れてスイッチ」ってやってたら、

上司の失策でそれが敵に効かなくって、何故か僕が馬鹿呼ばわりされたり。

上司兼同居人の作った『カレーに似た物体』で“違う世界”を垣間見たり、

射出と同時に拘束されっぱなしで何も出来ないまま、

加粒子砲で胸板火あぶり&釜茹でにされたり。

格闘訓練が三度の飯の次ぐらいに好きな2人目の同居人に、

理不尽な怒りと言いがかりと共に、新技の練習台にされたり…………。


ま、イロイロな意味で訳が分からない職場で、

なんとなく命ギリギリの生活だけど、今は死にたくないって思えます。

だって…………こんな事で死ぬのは馬鹿げてますから、エエ。



…………なんとなく昔を思い出して、ほろ苦い涙なんかも噛み締めつつ、

最後に、ミサトさんの部屋から………………………………

……………………止めよう。


僕はこれでも綺麗好きだ。

だから…………アソコには極力入りたくない。

だってアソコは腐海だ、還らずの森だ。

きっと未知の生物とか、謎の食肉植物も居るに違いない。

リツコさんが狂喜乱舞するような、脅威の宇宙生命体が居てもおかしくない。

某FBIの閑職窓際カップルが暇潰しに追っかけている、

例のWだかYだかってファイルにも、すこぶる花マル付で載ってるハズだ。


そうだとも、僕は確信してる。

アソコは魔のゴールデントライアングルをも越える史上最悪の魔郷、

いやさ、魔界だ。

パンデモニウムだ。

地獄の六道だ。

ソドムだ。

女やもめに蛆を涌かせてるような人の私室に、

対BC兵器用防護服の装備無しで入れる程、僕はチャレンジャーじゃない。


大体、入ってもタオルケットを発見、いや『発掘』出来るかどうか…………。

…………無理だろうな。

あの散らかり様なら、室内にルノーをもう一台隠していたって、

見つけられるかどうか自信が無い。


仕方が無いので、納戸兼用の自分の部屋の押入れから来客用の新品を持ってきて、

アスカのお腹に掛けてやる。

と、その時…………


「う、うぅ〜〜ん」


!!? あ、マズイ…………起こしちゃったかな?


「うぅ〜〜〜ん、むにゃ…………ふにゅぅ」


…………良かった、起きてない。

起こしてたりしたら…………折檻メニューだった…………(汗)

今日は水曜日だから『パターンB:痛快3連チャン』か…………。

あれは痛いから嫌なんだよなぁ…………。


「うふぅ〜〜ん、加持さぁ〜〜〜ん♪」


…………加持さんの夢なのか。

盛り上がってるというか、ヤニ下がってるというか…………、

ずいぶん締まりの無い笑顔だなぁ…………。


今のアスカの寝顔と掛けて、

焚き火の前に置いたアイスクリームと解く。

そのココロは?

『甘くて、溶けきってる』


…………最低だ、俺って。

ネタが笑点レベルだよ。



僕は思いっきり落込んだ気を取り直し、改めてその顔を眺める。


幸せそうだな、アスカ。

まあ、好きな人が夢に出てくるんなら、それも当然か。

ちょっと…………ほんのちょっとだけ悔しいような…………、

…………胸が痛いような…………、

ま、相手が加持さんじゃ、僕なんかが嫉妬するのもおこがましいよな。

同性の僕の目から見てもカッコイイんだから、加持さんは。

ただ、男の僕にすら『貞操の危険を感じさせる程の流し目』を送ってくるの、

止めて欲しいんだけど…………。



…………ブルーになってもしょうがない! さ、晩御飯の準備するか!


「しんじぃ〜〜〜〜♪」


へっ?! ぼ、僕?!

……………………僕が…………

…………アスカの夢にっ?!

嬉しいっ!!

そ、そりゃ、ちっぽけな事だけど、でもっ!!

夢に見てもらえるなんてっ!!


…………って、もしかして、悪夢じゃないよね? アスカ?!

そういうオチは、僕的にあまりにノーフューチャーなので、

カンベンして欲しいんだけども。

思わずアスカの寝顔を覗き込むと、

地上の幸福を一身にその身に浴びてるかのような、

どうしようもなく幸せに蕩け切ったような、顔。


嬉しい…………!!!

こんな…………こんな顔をするぐらい幸せな夢なのか…………。

その夢に、僕が出てるのか!

こんなに嬉しい事は無い!((C)アムロ)

と、喜びに浸って一人上手してる僕の耳に、それは聞こえてきた。


「しんじぃ〜〜〜♪ 加持さぁ〜〜〜ん♪」


え? ええっ?! 僕、加持さんと競演なの?!

どんな状況なの、それ?


「ダメよ二人共ぉ〜〜〜〜〜♪♪」


ダメって何が?!


「ダメよぅ、そんなのぉ〜〜〜〜〜ン♪♪」


だからダメって何が?!


「二人共ぉ『アタシ』を巡って、争わないでぇ〜〜〜〜〜ン♪♪」




………………………………………………………………ぷちっ!



*****


その時、葛城家の一員にして、

物言わぬ哲学者との呼び声も高い温泉ペンギンは、

確かに聞いたという…………

…………ナニかが、キれた音を。


それが…………明石海峡大橋を吊るワイヤーよりも太いと言われた、

碇シンジの堪忍袋の尾だったという事を、

今更ここに記す必要があるだろうか? いいや、無い(反語)


普段、温厚柔和、ともすればヘタレとも取られかねない生活態度の彼が、

ひとたび『キレ』た時の被害たるや、もはや想像する事すら憚られると言うモノ。

そう、普段大人しい奴はキレると怖い…………って言うか、ヤバイ。

これは宇宙の真理であり、世界の選択でもあるのだ。

もはやこの後の展開は不変の定理の通りにしか動かず、

また、覆る事は有り得ない。

筆者は哀れな同居人達の運命を思い、ただ ただ 合掌するばかりである。


*****


かくして、

その日の夕食時。

葛城家の食卓には、観測史上最大最悪の低気圧が襲来しておりました。


「ひそひそ(ちょ、ちょっと、アスカッ!?)」

「こそこそ(…………何よぉ)」

「ぼそぼそ(アンタ、また何かヤったんでしょっ?!)」

「こしょこしょ(何かって何よ? あ、アタシは知らないわよっ!)」

「もごもご(嘘おっしゃい、シンちゃん、めっちゃ怒ってるじゃん!)」

「もぞもぞ(だから知らないって! 学校から帰って、ちょっと昼寝してて、

      起きてみたらもうあんな風に低気圧纏ってたのっ!)」



       ごんっ!!



「「ひぃっ!!」」


テーブルも割れよとばかりにお茶碗を叩き付け、シンジ君が立ち上がります。

その背には…………ほぉぅ、見事なまでの暗黒闘氣を背負っていますね。

ゲンドウなんか、歯牙にも掛からないようなプレッシャーを発してます。

怒りの波動が、物理的な圧力を持ているかのようで…………、

はっきり言って、絶望的なまでに怖いです。

『心臓の弱い方は、決して直接見ないで下さい』って感じです。

今のシンジなら、人類補完委員会に出たって、

ゼーレの老人達から相当な妥協を引き出せるでしょう。


ちなみに女性陣お二人はそのあまりのプレッシャーに、

すくみ上って抱き合い、カタカタ震えております。

シンジ君はゆっくりと……ことさらにゆっくりとその視線を女性陣に向けました。

確実に体温が2℃程下がりそうなその視線に射抜かれて、


     「あひぃ」


とも、


     「ひゃぃぃ」


とも付かない、情けない悲鳴を上げるお二人。

とてもNERVが誇る敏腕・辣腕・凄腕作戦部長と、

他称『傾国絶色』、自称『超絶無敵』の天才パイロットの姿とは思えません。


シンジ君はというと、二人の身も世も無いような脅えっぷりにも、

さして溜飲が下がる事は無かったらしく、

耳に氷水を注がれるが如き凍て付いた声色で、淡々と語り始めます。


「ご馳走様でした。

 今日は本来ならミサトさんが夕食当番の日です。

 夕食当番は僕が代わりましたので、後片付けの方を二人で分担してやってください。

 僕はこれからお風呂に入りますので」

「えっとあの…………シンちゃん?」

「し、シンジ?」


恐る恐る…………本っっ当に恐る恐る口を開く二人。

もはやこの状況で、


     「皿洗いなんてしたくない」


などと命知らずな戯れ言を口にする勇気は、

『NERVのズボラの双璧』とまで言われているお二人にだってありません。

ただ単に、脊椎反射的にシンジ君の名を呼んでしまっただけなのですが、


「宜しいですねっ!?(ぎろぉり)」


蒼い雷光と共に放たれた(少なくとも二人にはそう見えた)眼差しを受け、


「「ら、ラジャーっす!!」」


などと、通常よりも3オクターブは高い声で返答するお二人。

直立不動の姿勢で、あまつさえ敬礼までしてるのは、

これまた脊椎反射的な行動なのでしょうか?


「結構。良いお返事です」


去り際に『ゴルゴ13』もかくやという様な、ほとんど邪眼の如き一瞥を

二人に(特にアスカに)投げかけて、

シンジ君はアコーディオンカーテンの向こうに消えました。





その瞬間、


「アスカぁっ! あんた一体何ヤッたのよぉっ!!」


少女漫画風に、キラキラと光る涙を振り撒きながらアスカの方に振り向き、

両肩をわし掴んでガクンガクンと揺さぶりはじめるミサトさん。

しっかり目の幅で涙を流して中学生に縋り付くその姿は、

相当にみっとも無いと言わざるをえません。

一方、揺さぶられているアスカさんも、

揺さぶられながら必死に抗弁します。


「し、知らないってっ! アタシは無実よぉ!」

「嘘よっ!! シンちゃんがあそこまで怒るなんて、

 よっぽどの事やらかしたんでしょっ!?

 意地張ってないで謝ってよぉ…………アタシ、あんなシンちゃん嫌ぁ…………」

「イイ歳してマジ泣きしないでよっ!」

「ううぅっ…………ぐすん、『イイ歳』は余計よぉ…………」


思わぬ所でトドメっぽい一言を言われ、

アスカさんの肩に手を置いたまま泣き崩れるミサトさん。

アスカさんも、さすがにその手をムゲに払いのける事は出来ず、

苦虫を噛み潰したような顔をなさいます。

そりゃぁ、御歳29歳の姉代わりの女性に、

身も世も無く泣かれたら困るでしょうねぇ。


「うっさい! イイ歳は、イイ歳よっ!!

 それにっ! アンタだけが辛いんじゃないのよっ!?

 …………あ、あたしだって…………あんなシンジ嫌だもん…………」

「じゃ、謝って!」

「身に覚えが無いって言ってんでしょぉっ?!」

「そ、そんな…………マジなの?!」

「大マジよっ!」

「じゃあどうするのよぉ! あんな低気圧シンちゃんが居るんじゃ、

 落ち着いてエビチュも飲めないじゃんっ!!」

「ミサトの飲酒環境なんざ、知った事じゃないわよっ!

 …………くすん…………どうなってんのよぉ…………。

 覚えてないけど…………

 『なんだかとっても夢見が良かった』し…………、

 タオルケット掛けてくれたのは嬉しかったし…………。

 今日は良い事多かったなって…………、

 ちょっとは、シンジとお話とかもしたかったのにぃ」


美女達の嘆きはしかし、天より遣わされし嵐の王子様を篭絡する事叶わず、

理由も分からずにとりあえず謝ったミサトさんの所為で、

更に暴風圏が拡大するなどして、

結局、5日間にわたって、低気圧は居座りましたとさ。





おしまい。



*****




≪あとがき、アトガキ、後書き、後書…………≫


ええと、そういう訳で後書きなんですが…………、



ハイ皆さ〜ん、

まず『人』という字について考えてみましょう(武田鉄矢風)

この『人』という字をよぉぉぉく見て下さい。

あるコトに気付くハズです。



そぉッッ!!


『人』という字はぁっ!



  “左側の奴が楽をしているッ!!(大基本)”


ここでまた一つ教訓だッ!!


つまりッ! 所詮『人』とは不平等な生き物だと言う事だッッッ!!!(違)



…………そういう事だからシンジ君、

あまり我が身の不幸を、悲観せぬようにナ…………。


どうせ君は“鉄板ヤられキャラ”なんだから(笑)



ま、そんな訳で…………烏賊……じゃなく(苦笑)

以下、真面目な後書き。


これは元々は、わが同志T氏(笑)へのメールに書いたSSSだったのですが、

なんとなく気に入っちゃったので、

同氏に許可を貰った上でこうして投稿の運びとなりました。

一応その時お送りしたのとは、ほぼ別物に近いぐらい改訂を加えてあります。


ちなみにネタ元は家の姉(笑)

姉に、


「『一生に一度でいいから言ってみたい台詞』って何?」


と聞いたら、


「アタシの為に争わないでっ! かなぁ(笑)」


とかなんとか、のたまいよったので(苦笑)、

それが元ネタです。

…………ホントろくでもねー姉貴だな(苦笑)


でも、もっと凄いのが姉の友達の方。


「金は返さん!」


だそうです(笑)


ま、そんな姉達が居てこその、電波というモノですね!(違)

んでは、以下はいつもの御礼のコーナー。


――――サンクス行進――――


☆怪作様☆

旧年中に

怪作様に『何か』お送りすると、BBSにてお約束していましたが、

ようやくこうして、貴殿の烏賊すHPに投稿させて頂きました(笑)

内容的にも向いてるんじゃないかな、と自画自賛(死)

どうなんでしょうか? →管理人様



☆とれとにあ様☆

難波背べ…………いやもとい(苦笑)

なんばぁぁーせぶぅぅーーーん!!(-.-)/


毎度毎度お世話になっちゃいまして、

ども、ありがとうございます。


お忙しいご様子ですが、新作の方も頑張って下さい。

1ファンとしての、切実なお願いです。

…………“(仮)”の新作の方も、草葉の陰で待ってます(爆)



―――――――――――――――


手厳しい批評メール、

舌鋒鋭い批判メール、

身を切り裂く罵詈雑言メール、

…………あるいはハートウォーミングな感想メールなど御座いましたら、

頂けたら嬉しいです。

周囲の目も気にせずに暗黒舞踏踊りつつ、必ずお返事も書かせて頂くので、

なにとぞ一つ…………一つと言わず二つ三つ(死)

あ! ウィルスメールはご勘弁を(苦笑)


ではこの辺で、

いずれまた、どこかの電脳世界でお会いしましょう。




K-2さんから素晴らしいお話をいただきました。

シンジ君もそんなに怒ること無かったんじゃ‥‥

少なくとも加持と互角に争えて潜在的パートナーと見られているわけで‥‥そんな問題じゃないのかな。

ま、シンジ君のハートはガラスのように繊細ってことなのでしょう。

皆様、読後には是非K-2さんに感想メールを送って実力に報いてあげましょう!