「・・・お前には失望した・・・」
やたらとだだっ広いだけの異様な部屋に、さほど大きくない声が響いた。
「・・・っ・・・」
部屋の主が発した言葉を聞いた少年は、俯いて唇を噛み締めた。
少年と言っても、あの辛い戦いを強いられていた頃に比べると少しだけ背が高くなっており、体格そのものも少しだけがっちりとしている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人きりの部屋に沈黙が訪れる。
どれほどの時が流れたのか・・・やがて、少年が口を開いた。
「・・・父さん・・・」
「・・・なんだ・・・」
ほんの少しだけ、以前より低くなった少年の声に応えたのは、一切の感情を廃した無情な声。
それにもめげず、再び口を開く少年。
「・・・どういうことなの・・・説明、してよ・・・」
「・・・」
今度は沈黙が返ってきた。
「・・・説明してって言ってるんだよ!だいたい、なんでそんな事・・・!」
少年−碇シンジが激昂した様に叫んで、顔をあげた。
その視界に映ったのは、色眼鏡なヒゲ親父。
「・・・乗るなら早くしろ。乗らぬのなら帰れ!・・・臆病者に用は無い・・・」
相変わらずの口調が返ってくる。
「・・・わかったよ、父さん・・・それじゃ、帰るよ・・・」
諦めの境地に入ってしまった少年は、小さく呟いて父親に背中を向けた。
「・・・一つ言っておく。お前がやらぬのなら、お前のクラスメート・・・相田と言ったか・・・彼にやらせるまでだ・・・」
「っ!?・・・ケ、ケンスケに!?そんなっ!」
背中からかけられた声に、少年は驚きと怒りが等分に混ざった表情を浮かべて振り返った。
「・・・もう一度聞く。どうするのだ・・・?」
男は、両手で覆い隠した口元に『ニヤリ』とイヤらしい笑みを浮かべて尋ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったよ・・・僕が、乗るよ・・・」
「・・・用件は以上だ・・・下がれ・・・」
「・・・失礼します・・・」
呟くように言って退室した少年を見送って、この部屋の主である男は呟いた。
「・・・問題ない・・・全てはシナリオ通りだ・・・」
誰のためのシナリオ・・・?
けいけいさん
総司令公務室を退出したシンジは、その足で、もう通い慣れた場所へ向かった。
コンコン
その部屋のドアをノックしたシンジに、部屋の中から返事が返ってきた。
「・・・はいは〜い、だれかしらん?」
その声が、部屋の主が珍しく在室している事をシンジに教えてくれた。
「・・・シンジです・・・」
そう名乗ったシンジの目の前で、閉ざされていたドアが開いた。
「入って良いわよん」
椅子に腰掛け、シンジの方をニッコリ笑って見ながらそう言ったのは、言わずと知れたネルフの誇る酒徒・・・世界最強の飲んべえこと、作戦部長の葛城ミサト三佐だった。
ここは作戦部長の公務室なのだ。
「あ、はい。・・・失礼します」
おずおずと部屋に入ってきたシンジに、ミサトがいつも通りの軽い口調で言った。
「今日は夜勤だから帰れないから、晩ご飯はいいわ。ごめんね、シンちゃん。わざわざあたしに聞きに来てくれたのに」
「あ・・・はい。それは別に良いですけど・・・」
俯いて『うじうじモード』に入ってしまったシンジを見て、ミサトはホンの少しだけ首を傾げて考え込み、すぐに気を取り直して言った。
「・・・ま、とにかく座って。話はそれからよ」
「あ・・・はい、って・・・」
頷いたシンジだが、次の瞬間には戸惑った顔をして部屋の中を見回した。
部屋の中は、文字通り歩く場所も無いほど散らかっていたのだ。
辺り一面に転がるエビちゅの空き缶、山の様に高く積み重ねられた『やきとり』の串。
まるで、酒宴の後の惨状の様な様相を呈している。
「・・・あら・・・あははは・・・ごみん・・・」
シンジと同じように室内を見回したミサトは、シンジの言いたいことを理解し、笑って誤魔化した。
「・・・」
「・・・そ、それで、何か話があるんでしょ?」
「あ・・・は、はい・・・」
またもや俯いてしまったシンジを見て、ミサトは少し眉をひそめた。
「・・・どうしたの?」
「・・・」
「頼りないかも知れないけど、私で良ければ精一杯相談に乗るから・・・ね?」
「・・・ありがとうございます・・・」
シンジが少しだけ顔を上げて応えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じ、実は・・・」
長い沈黙の後で、シンジは重い口を開いた。
「・・・そう・・・司令が、そんな事を・・・」
シンジの話を聞いたミサトは、そう言って考え込んだ。
「・・・僕は・・・どうしたら良いんでしょうか・・・?」
呟くようなシンジの声に、考え込んでいたミサトは一人小さく頷いた。
「・・・シンジ君」
呼びかけるその声は、普段とは違う、しっかりと力の籠もったモノだった。
「・・・」
「・・・そろそろ、あなた自身が決断する時期じゃないのかしら?」
「・・・」
「・・・このままの状態がいつまでも続くことは、あなた自身に悪い影響を与えると思うのよ。・・・いいえ、シンジ君だけじゃないわ。周囲にも・・・あなたの周りでも、その影響は出てくるはずよ」
「!」
驚いたシンジが顔を上げてミサトを見た。
「・・・何より、これは何時までも放って置いて良い問題じゃないのは、あなた自身が一番良くわかっているはずよ」
「・・・わかってます・・・」
「それなら、よく考えて。シンジ君が自分で答えを出さなければいけないのよ」
「・・・でも・・・僕は・・・」
上目遣いに自分を見るシンジに、ミサトは優しく言った。
「・・・シンジ君がどんな答えを出したとしても、私はシンジ君の家族なんだから・・・ね?」
「・・・ミサトさん・・・」
「・・・どうしても答えが出なかった時には・・・そうね・・・加持にでも相談してみたらどうかしら?」
「・・・加持さんに・・・ですか?」
「ええ。アイツなら、シンジ君と同じ『男』だし・・・もっと役に立つ助言が貰えるかも知れないわよ?」
そう言ってウインクして見せるミサト。
「・・・ミサトさん・・・」
「・・・さぁ、もう行きなさい」
「・・・はい・・・」
「・・・よく考えてね。自分の一生を決める事になるかも知れないんだから・・・あ、それから、あたし今夜は帰れないから、よろしくね」
「・・・はい。ありがとうございます・・・」
そう言って部屋を出て行くシンジを見送りながら、ミサトは、これからの彼が背負わなければならないモノのあまりの重さに、思わずため息をついた。
「・・・」
ミサトの執務室を出たシンジは、今度は別の場所へ向かった。
そこには、今後の事に関して色々教えてくれるであろう人がいるはずだ。
ネルフ本部のピラミッド型の建物からジオフロントに出たシンジは、重い足取りで『目的地』へと向かった。
たいして長くもない時間が経過した時、シンジは『目的地』に到着していた。
そこは、あまり大きくもないスイカ畑だった。
そのスイカ畑の中を、一つの人影が忙しそうにうろうろと動き回っている。
「・・・ん?誰かと思ったらシンジ君じゃないか」
その人影は、スイカ畑の横にひっそりと佇んでいるシンジを見つけて、気さくに声を掛けてきた。
「・・・加持さん・・・」
シンジは、すがるような視線で加持を見て呟いた。
「・・・おいおい、どうしたんだ?そんな顔をして・・・何かあったのか?」
加持はそう言いながら、シンジの方に歩いてきた。
「・・・」
黙って俯いたシンジに、加持は少し眉をひそめた。
「・・・俺なんかで良ければ、相談にのるぞ?」
「・・・はい・・・実は・・・」
「おっと、こんなところで立ち話も何だから、あそこのベンチに座って話そう。シンジ君、何か飲むかい?」
「あ・・・で、でも、良いんですか?お邪魔じゃ・・・」
「おいおい、そんな事を気にするなよ。俺とシンジ君の仲だろ?」
「・・・ありがとうございます」
顔を上げて嬉しそうに言うシンジに、加持はいつものニヒルな笑みを浮かべた。
「・・・というワケなんです・・・」
シンジは俯いたまま小さな声で自分が抱えている悩みを話した。
「・・・というワケなんです・・・」
「そうか・・・」
語り終えたシンジのため息を聞いて、加持はどこか遠くを見つめながら言った。
「・・・僕は・・・どうしたら良いんでしょうか・・・?」
「・・・シンジ君自身はどうしたいんだ?」
「え?・・・僕・・・ですか・・・?」
「そうだ。この際、周囲の事は置いといて、シンジ君自身の素直な気持ちとしてはどうなんだ?乗りたいのか?それとも、乗りたくないのか?」
「・・・僕・・・僕は・・・」
呟いて考え込んだシンジに加持は内心苦笑した。
(シンジ君・・・君も男なら、答えは一つしかないだろう?)
「・・・ホントは・・・乗りたくない・・・わけじゃない・・・と思います・・・でも・・・」
しばらく考えた後、シンジがぽつりぽつりと話し出した。
「でも?」
「・・・でも・・・イヤなんです。責任とか、そういうのが」
先を促した加持の言葉に、シンジはそう言ってさらに俯いた。
「・・・そうか・・・そうだな・・・正直、俺は君の決断を凄いと思う。とても、俺には為し得ない選択だよ」
「・・・そう・・・でしょうか・・・?」
「ああ、もちろんだ。君は勇気ある男だよ」
「・・・でも・・・」
「わかってる。君が乗らなければ相田君が乗る事になる・・・と脅されたんだろう?」
「・・・」
「だから、君が乗ると答えるしか無かった。・・・君は優しいな。相田君の事を考えて、自分が乗った方が良いと思ったんだろう?・・・暴走でもしたら大変だからな。・・・相田君もただではいられないだろう」
加持がそう言うと、シンジは肩をビクッと震わせた。
「・・・それに、万が一と言うこともある。もしも暴走せずに相田君を受け入れてしまったら、彼を過酷な運命の元に追いやってしまう事になるからな」
「・・・はい・・・」
「・・・やっぱり、シンジ君は優しいな。・・・よし。俺が色々と教えてやろう。最悪の事態を免れる方法はいくらでもあるさ」
「ほ、ホントですか?」
「ああ。ちょっと耳を貸してくれ・・・」
加持から『策』を聞き『必須道具』を貰ったシンジは、少しだけ勇気づけられてその場を立ち去り、自宅であるコンフォートマンションに帰った。
「・・・ただいま」
「・・・おっそいわよっ!こんのバカシンジっ!どこほっつき歩いてんのよ!?」
シンジが玄関のドアを開けて小声で帰宅の挨拶をしたとたん、大きな声で罵声が飛んできた。
「ご、ごめん・・・」
慌てて謝りながらリビングに行くと、寝転がってテレビを見ていた紅茶色の髪の美少女が、シンジの方をチラッと見て言った。
「全く・・・アンタ、このアタシを飢え死にさせる気なの?」
「そ、そんな・・・と、とにかく、すぐに作るから、ちょっと待っててよ・・・」
シンジは、アスカを見てゲンドウに言われた事を思い出し、不安と緊張に包まれながら慌てて応えた。
「・・・今夜のメニューは?」
「えっと、和風ハンバーグとサラダ、コンソメスープだよ」
「らっき〜!早くしなさいよ!」
「うん・・・」
ハンバーグと聞いて嬉しそうな声で催促するアスカに、シンジは少しだけホッとしてキッチンに入って行った。
綺麗に食べ終わってフォークとナイフを置いたアスカに、一足先に食べ終わっていたシンジは慣れた手つきで食後の紅茶を入れてやった。
「・・・ダンケ」
「・・・う、うん・・・」
「・・・シンジ、あんた、何かアタシに隠してない?」
紅茶を一口飲んだアスカが、突然ボソッと言った。
「えっ!?・・・そ、そんなこと・・・」
「・・・ま、別にいいわ。アタシには関係無いもんね」
「・・・」
「・・・ごちそうさま。さっさとお風呂の支度、しなさいよ」
「う、うん・・・」
自分の部屋に戻っていくアスカの後ろ姿を見て、シンジは拳を握り締め、自分に言い聞かせた。
(・・・逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・)
「・・・はぁ〜っ!この一杯がたまらないわぁ〜っ!」
風呂上がりのアスカが牛乳パックに直接口をつけて飲み干した。
「・・・アスカぁ・・・コップを使ってよ・・・」
いつも通り「バスタオルおんり〜」な格好をしているアスカに、食器を洗い終えたシンジがため息をつきながら言った。
「・・・アンタ、このアタシに意見するって〜の?」
「・・・そ、そんな・・・」
ぐぐっと迫ってくるアスカの顔に、シンジは頬を染めて目を反らした。
「・・・フン!」
そのままアスカは牛乳パックをテーブルの上に置き、自分の部屋に戻っていった。
おそらく、寝間着に着替えるのだろう。
「・・・本当に・・・僕に出来るのかな・・・」
その後ろ姿を見送りながら、シンジはそう呟いた。
同時刻、総司令執務室を訪れていたE計画担当博士、赤木リツコが呟くように問いかけていた。
「・・・司令、本当によろしいのですか?」
「・・・問題ない・・・全てはシナリオ通りだ・・・」
無表情に問いかけるリツコに、ゲンドウはいつもの調子で応える。
微かに息を吐いて、リツコは手元の端末に手を伸ばした。
「・・・では、お手元の端末をご覧下さい・・・」
「・・・逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・逃げちゃ・・・ダメだっ!!」
いつもの「おなじない」をブツブツ唱えて、シンジは右手を握り締めた。
・・・その姿は、いつものTシャツと短パン姿。
そのシンジの目の前には、見慣れたホワイトボード。
『勝手に入ったら殺すわよ!』と書かれたそれは、シンジが今現在どこに立っているかを如実に表していた。
・・・つまり、シンジは葛城邸のアスカの部屋の前に立っているのだ。
そして、大きく呼吸したシンジは、震える声で呼びかけた。
「・・・あ、アスカ!?」
「・・・なによ?」
ほんの僅かな沈黙の後に、ふすまの向こうから聞き慣れた声が返ってきた。
「・・・ちょ・・・ちょっと、話が・・・あるんだ・・・」
緊張で僅かに裏返ったシンジの声に何かを感じたのか、シンジにしてみれば驚愕に値する返事が返ってきた。
「・・・いいわ、入りなさい」
「・・・・・・えっ!?」
「入れって言ってんのが聞こえないの!?さっさとしなさい!」
「あ・・・う、うん・・・お・・・お邪魔・・・するよ・・・」
緊張バリバリ状態のままでシンジがゆっくりとふすまを開けると、ふすまの向こうに、パジャマに着替えてベッドに寝ころんでいるアスカが居た。
「・・・話って何よ?」
「あ・・・う、うん・・・そ、その・・・」
アスカが寝ころんだまま尋ねてきたが、緊張しているシンジは上手く喋ることが出来ない。
「・・・」
「・・・え、えーと・・・」
「・・・」
「・・・だ、だから・・・」
「・・・」
いつまでたってもはっきりしないシンジに、アスカの表情が苛立ちに変わってゆく。
「・・・ほらっ!言いたいことがあるんならはっきりしなさい!」
勢い良く起き上がって怒鳴ったアスカに、シンジは全身を震わせて背筋を伸ばした。
「は、はいっ!」
「・・・で?何なの?」
アスカが、あからさまにため息をついて言った。
その顔を見たシンジは、なぜか全身を真っ赤に染めて俯いてしまう。
「・・・う、うん・・・」
「・・・?何赤くなってんのよ?」
シンジの様子を見たアスカが不思議そうに尋ねた。
その声に押されたかの様にシンジが勢い良く顔を上げ、大声を出した。
「・・・あ、アスカっ!」
「な、なによ・・・?」
突然のシンジの大声に、驚きの表情で応えるアスカ。
「・・・ぼ、僕は・・・僕はっ!」
「・・・」
何時にもなく緊張した様子のシンジ。
「・・・あ、アスカが・・・アスカが好きだっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
何を言われたのかわからない、といった表情でアスカが聞き返した。
「だ、だから・・・ぼ、僕は・・・碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーさんの事が、す、好きですっ!」
シンジは一度口に出した事で吹っ切れたのか、今度ははっきりと言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・・・・・・・・うそ・・・・・・」
呆然とした表情のアスカ。
「・・・嘘じゃない・・・」
信じて欲しい、とばかりにシンジはベッドに腰掛けているアスカの側に歩み寄り、微かに震える手でそっとアスカを抱き寄せた。
「・・・・・・ぁ・・・・・・」
突然抱き寄せられたアスカは、小さく声をあげて身を固くした。
「・・・ホントだよ・・・信じて、アスカ・・・僕は、君のことが好きなんだ・・・」
腕の中の少女を優しく抱き寄せて、耳元で囁くシンジ。
「・・・・・・・・・」
何も応えないアスカ。
驚いた表情のアスカの耳に、シンジの囁きが聞こえた。
「・・・アスカが僕のことを嫌いでも良いんだ・・・僕は、確かに君が好きだから・・・この思いは、本物だと思うから・・・だから・・・せめて今だけは・・・」
そして、シンジの言葉が切れるのと同時に、アスカの体に回されたシンジの腕にギュッと力が込められ、アスカは思わず軽く息を吐いた。
「・・・はぁっ・・・」
「・・・アスカ・・・」
「・・・しんじぃ・・・」
小さく呟いて、その肩に顔を埋めるアスカ。
「・・・」
「・・・」
どれだけの時が流れたのか、シンジがそっとアスカを離した。
「・・・ぁ・・・」
自分を包んでいた温もりが消え失せ、思わず小さな声をあげてしまうアスカ。
「・・・ゴメン、アスカ・・・」
シンジは、真っ赤な顔をしながらもアスカをじっと見つめて言った。
「・・・」
何も応えず、真っ赤になって俯いているアスカ。
「・・・ゴメンね、アスカ。僕、ここを出て行くよ」
ギュッと拳を握りながらそう言うシンジ。
「!?」
アスカが顔を上げ、息を飲んだ。
「・・・ホントにゴメン。・・・そ、その・・・今の事は、全部忘れてよ」
俯いて言うシンジに、アスカが微かに震える声で尋ねた。
「・・・な・・・なんで・・・」
「・・・このまま・・・一緒に暮らしてると、いつか、君を・・・アスカを、傷付けてしまうから・・・」
「・・・傷付けるって・・・」
唇を噛み締めて答えるシンジに、アスカが呟いた。
「・・・僕は、男だから・・・好きな娘と一緒に暮らしてると、我慢できなくなっちゃうから・・・だから・・・」
「!」
アスカは、再び息を飲んだ。
「・・・シンジ・・・」
「・・・だから・・・ゴメン」
俯いたまま自分を見ようとしないシンジに、アスカがゆっくりと言った。
「・・・ねぇ・・・一つだけ・・・答えて」
「え?」
顔を上げてアスカを見るシンジ。
「・・・アタシが・・・好き・・・?」
とても真剣な顔で、潤んだ瞳をシンジに向け、震える声で尋ねるアスカ。
「・・・好きだよ・・・大好きだよ・・・」
こちらも真剣な表情で、アスカの瞳をじっと見つめながら答えるシンジ。
「・・・アタシも、シンジの事・・・好きだから・・・イイよ・・・」
顔どころか全身を真っ赤にして、小さく囁くアスカ。
「!・・・ア、アスカ・・・!?」
驚愕の表情を浮かべてアスカを見つめるシンジ。
「・・・お願い、シンジ・・・アタシを好きにして良いから・・・側に居て・・・」
羞恥に紅く染まりながらも、しっかりとシンジの瞳を見つめたまま言うアスカ。
「・・・アスカ・・・!」
シンジが、堪えきれなくなったかのようにアスカを抱き締めた。
「・・・好きよ・・・シンジ・・・」
アスカも、シンジの背中に腕を回した。
次の日。
シンジは早朝からゲンドウに呼び出され、ネルフ本部の総司令執務室に来ていた。
「・・・」
複雑な表情で、ゲンドウをじっと見つめるシンジ。
「・・・どうした、報告しろ・・・」
いつも通りのポーズのまま、あくまで冷たく言うゲンドウ。
「・・・任務・・・完了しました・・・」
シンジが、小さく呟いた。
「・・・・・・・・・・・・任務・・・それだけか・・・?」
ゲンドウが、正面からシンジを見つめて口を開いた。
「!?」
「・・・答えろ・・・」
再度、ゲンドウが問う。
「・・・違うよ・・・僕は、アスカが好きだから・・・だから・・・任務なんて関係ないよ・・・!」
少し考えてから、シンジは、しっかりとゲンドウを見つめて言った。
自分に向けられた瞳を確認して、そこにウソが無いことを知ると、ゲンドウはゆっくりと立ち上がり、シンジの前に歩み寄った。
「・・・」
シンジは黙ってゲンドウを見つめている。
「・・・良くやったな、シンジ・・・」
「えっ!?」
いきなり、予想もしていなかったセリフを投げかけられ、驚いて目の前のゲンドウを見上げるシンジ。
「・・・」
ゲンドウは、黙ってシンジの肩に手を乗せた。
肩に乗せられたゲンドウの手から、今まで感じられなかった温かさが伝わってくる様な気がして、シンジはゆっくりと笑みを浮かべた。
ゲンドウが執務室を出ていったシンジを見送っていると、背後から声が掛けられた。
「・・・計画の第一段階は終了ですね・・・」
「・・・ああ・・・」
すでに聞き慣れた女性の声に、ゲンドウは小さく頷いた。
「・・・昨夜の映像の方は、どうなさいますか?・・・予定ですと、裏ルートに流して・・・」
いつの間に歩み寄ったのか、いや、どこに隠れていたのか、ゲンドウの隣に金髪&白衣の女性が立っている。
「・・・そちらの計画は中止する・・・オリジナルの映像はメディアに落とせ。MAGIの予備データは破棄だ・・・」
「なっ・・・!」
「・・・オリジナル映像の入ったメディアを至急提出しろ、赤木博士・・・」
「し、しかし!」
「・・・問題ない・・・だが、メディアの無断での複製はゆるさん・・・」
「・・・了解しました・・・でも、本当によろしいのですか?」
「・・・問題ない・・・」
二人は妖しげな会話をすませると、口を閉ざした。
同時刻。
「・・・それにしても・・・ねぇ?」
ミサトは、その豊満な肉体をシーツで包んで、自分の隣でのんきにタバコをくわえている無精ヒゲの恋人に声をかけた。
「ん?どうした?」
ベッドに寝転がったままタバコをくわえて天井を見つめていた加持リョウジが、視線だけを動かしてミサトを見た。
「・・・あんた、シンジ君にアレ、渡したんでしょ?・・・あの二人、ちゃんと使ったのかな・・・?」
ミサトがそう言った瞬間、加持は一瞬だけ目を見開いてミサトを見た。
「・・・お前・・・司令に聞かなかったのか・・・?」
「はぁ?何を〜?」
のんきな口調で聞き返してくるミサトに、加持はタバコを落とさないように手で持ち、ニヤリとシニカルな笑みを見せた。
「・・・それじゃ、話してやるよ。全てをな・・・」
「・・・ただいま〜」
珍しく父親からお褒めの言葉をいただいたシンジは、『父さんに褒められたんだ!父さんが褒めてくれたんだ!』という、何か少し違う様な喜びに心を満たしながら、自宅である葛城邸に帰ってきた。
だが、同居人であり、昨夜から恋人になった少女は未だに夢の中なのか、返事は返ってこなかった。
「・・・まだ寝てるのかな・・・?」
疑問に思ったシンジはその場で少し考え込み、やがてゆっくりと、恋人が眠っているであろう部屋に向かった。
「・・・はい」
シンジがアスカの部屋の前にたどり着いた時、小さな声が聞こえた気がした。
「・・・起きてるのかな・・・?・・・アスカ・・・?」
思わず首を傾げて呟いたシンジは、ふすまをノックして声を掛けた。
「!・・・ちょ、ちょっと待って!今着替えてるのよ!」
部屋の中からは、なぜか慌てたような声が聞こえた。
「・・・あ、う、うん・・・そ、それじゃ、僕は朝ご飯作るから・・・」
着替えと聞いて、シンジの脳裏に昨夜の映像が浮かびあがり、シンジは瞬間的に全身真っ赤になってしまった。
脳裏に浮かんだ映像のおかげで、ふすまの向こうの恋人に応える自分の声はどもってしまい、シンジは慌ててその場を立ち去った。
「・・・そ、そんな・・・それじゃ、全ては初めから仕組まれていた事なの!?」
「・・・ああ、そうだ。お前が聞いていたのは、司令がシンジ君に出す命令と、彼がお前を頼ってきた場合の対応策のパターンだけだろう?」
「・・・ええ・・・」
「・・・俺は、彼に対して後押しするのが役目だった。そして、もう一つ・・・」
「・・・初めから破かれていた、アレを渡す事ね・・・?」
「・・・その通りだ。・・・もっとも、アスカが記念すべき初めての夜に、そんなモノを使わせるとは思えなかったがな・・・まぁ、シンジ君の決断を促すためだ・・・」
「・・・そして、アスカは危険日だった・・・・・・・・・最終的な目的は・・・?」
「・・・『碇家補完計画』・・・」
「・・・ユイさんのサルベージ・・・ね?」
「そうだ・・・シンジ君に子供が出来れば、さすがのユイ博士も帰ってくる気になるだろうからな・・・」
「・・・うまくいけば、惣流キョウコ博士も・・・ね」
「・・・ああ・・・」
「・・・司令とアスカの利害が一致した・・・か・・・」
「・・・」
ひとしきり会話を交わして、二人の男女は口を閉ざした。
これからの、少年の運命を思って。
そして、それから一週間後。
シンジは、自分の腕にくっついている赤毛の少女の柔らかさに頬を真っ赤に染めながらも、嬉しそうに微笑んで歩いていた。
「・・・シ〜ンジ♪」
「なんだい、アスカ?」
「・・・何でもな〜い♪」
「ははっ・・・しょうがないな、アスカは・・・」
「だってぇ〜・・・」
とまぁ、見物人達に『ケッ!』と言わせるような会話を交わしながら、シンジとアスカは繁華街を歩いていた。
(・・・幸せだな・・・アスカがいるから、こんなに幸せなんだろうな、僕は・・・)
そんな事を考えている少年だが、今から3ヶ月後に恋人の懐妊を知らされて文字通りひっくりかえる事になるなどとは思ってもいない。
そして、それが初めから仕組まれていた事だということも。
その時、助け起こされた少年のセリフ。
「・・・あ、アスカ・・・!?・・・だ、だって、あの時、大丈夫だって・・・」
それに対する少女のセリフ。
「フフフ・・・シ・ン・ジ〜♪・・・もう逃がさないわよッ♪(ハァト)」
その光景を見て、ヒゲ眼鏡が呟いたかどうかは定かではない。
「・・・フッ・・・問題ない・・・」
とにかく、少年が一生逃れられない赤い鎖をつけられた事だけは、確かだった。
そして、少年がその『事件』に関する裏の事情を知ることも永遠に無かった。
FIN
ども、けいけいです。 今回も時間がかかりました。
滅茶苦茶時間かかってるし・・・(汗)
おまけに、どっかで見たことがあるような・・・(爆汗)
広い心をもって、笑って許してやって下さいませ。
さて、いつも通りのおまけがついています。
と言っても、大したモンじゃありませんが。
よろしければ読んでやって下さいませ。
それでは、今回はこの辺で。
おまけ
さて、懸命な読者の皆様には、もうおわかりであろうが・・・
事の裏側には、最近格好良くなってきたシンジを独占したいアスカと、未だにユイのサルベージを諦めていないゲンドウがいたのだ。
そう、全ては仕組まれた事だった。
アスカがシンジを受け入れた(爆)のも、ゲンドウが理不尽な命令を下したのも、ミサトと加持がシンジの説得をしたのも、シンジが加持に渡された例のアレ(爆)に針で沢山の穴が開けられていたのも、全て計画の内だったのだ。
初めから、シンジの命運は決まっていたのだ。
もちろん、シンジ本人はそんな事には全く気付いていない。
これは、アスカの巧みな思考誘導によるのが大きい。
作戦発動前、アスカはシンジに対して非常に巧みなモーションをかけて、シンジに「もしかして、アスカって僕のことを・・・」と思わせる事に成功していたのだ。
そして、迷える子羊は狼の目の前に自ら飛び込んで行った。
3ヶ月後、アスカの懐妊をシンジが伝えられた時点で日本の法律が改正されて、未成年の結婚年齢に対する条件が撤廃されたのは余談だ。
おまけ その2
さて、こちらは事成りし直後の司令執務室。
珍しい面子が顔を揃えている。
ゲンドウ、冬月、リツコ、ミサト、加持、そしてアスカ。
「・・・惣流・・・いや、アスカ君。御苦労だった・・・」
ゲンドウがいつものポーズで口を開いた。
「いえ・・・それより・・・約束通り、シンジは私にいただけますね?」
微かに赤くなったアスカが聞き返すと、ゲンドウはニヤリと笑って頷いた。
「・・・問題ない・・・シンジには必ず責任をとらせる・・・」
「・・・はい」
満足そうに頷くアスカ。
「だが、それも君が懐妊していたらの話だ・・・赤木博士?」
冬月が口を挟み、リツコを見た。
「はい。MAGIの予想では、98%以上の確率でアスカは妊娠したと出ました」
「・・・うむ。碇、良かったな・・・」
「・・・ああ・・・葛城三佐、加持一尉」
「は、はい!」
「・・・はい」
「・・・二人とも御苦労だった。・・・なお、この件に関する全ての情報をSSSクラスの機密事項とする」
ゲンドウが言いきると、冬月が尋ねた。
「・・・碇、シンジ君には言わなくていいのか?」
「・・・これより3ヶ月後、アスカ君に『兆候』が現れた時点だ・・・」
「・・・わかった。皆、聞いての通りだ。それまでは、絶対に口外してはいかんぞ」
冬月の言葉に、その場にいる者はしっかりと頷いた。
で、シンジは一生アスカの尻に敷かれる事になるのだが・・・それはまた別のお話。
以上。
けいけいさんから投稿LAS小説をいただいてしまいました。
「・・・乗るなら早くしろ。乗らぬのなら帰れ!・・・臆病者に用は無い・・・」
相変わらずの口調が返ってくる。
ここまでは、乗るといったらエヴァかと思ってたんですが‥‥
というか、加持のこの台詞でも、エヴァみたいなものに乗るのかと思ったわけなのです。
「わかってる。君が乗らなければ相田君が乗る事になる・・・と脅されたんだろう?」
「・・・」
「だから、君が乗ると答えるしか無かった。・・・君は優しいな。相田君の事を考えて、自分が乗った方が良いと思った
んだろう?・・・暴走でもしたら大変だからな。・・・相田君もただではいられないだろう」
ですが‥‥こんなふうに展開してきたからには、乗ると言ったらアッチのほうしかないな、とわかるわけですな(爆)
「・・・ぼ、僕は・・・僕はっ!」
「・・・」
何時にもなく緊張した様子のシンジ。
「・・・あ、アスカが・・・アスカが好きだっ!」
結果は‥‥もはや、あれこれ言うまでもないですね(笑)
シンちゃんはアスカにおいしく食べられてしまいました、と(下品)
当然シンジは‥‥
とにかく、少年が一生逃れられない赤い鎖をつけられた事だけは、確かだった。
まぁシンジもアスカと一緒なら幸せなんじゃないかなぁ、と思いますです。
それにしても他からの思惑に操られてばかり、可哀想なシンちゃんです。
実に面白い小説でありました。
読後にぜひ、けいけいさんへの感想をお願いします。